魔法科高校の劣等生 黒羽の姫と焔の絶対王者   作:レオ2

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という訳で(どういう訳で),アフターストーリー…と銘打ってはいますが,日常やその後をやっていくだけです。
今回はエピローグの当日の話,ただ焔矢と亜夜子が晩御飯を食べながら喋るだけのお話です。


アフターストーリー
晩餐の席で


 焔矢が所属しているレーベル,<エクセリクス・レコード>が実質四葉の手に堕ちた日のこと。

 亜夜子は先に帰る――譜面通りという訳でなく黒羽の仕事がある為——と言って焔矢は予定よりも少し遅れたが練習を始めた。

 

「…」

 

 いつも通りの練習…なのだが,どうしてかいつもより好奇心という視線が多かった。当然それは四葉家当主の代理人として来た亜夜子と代表である大原の会談の場に焔矢が呼ばれたことから無関係とは思われていないからだろう。

 実際紆余曲折あったとは言え亜夜子の婚約者…つまり,四葉の実質的な内縁になるのだから無関係所かバリバリに関係がある。

 今の所彼らに自分と亜夜子の関係を教えるつもりはないし,大原のように口が堅い人間ばかりじゃないから多分四葉から公表しない限りバレる事はないだろう。

 

「はぁ…疲れた」

 

 亜夜子の婚約者という事を差し引いても,焔矢に対してあれこれ疑いが向けられるのは仕方がない事だった。一応大原が亜夜子が来た事について事務所内で箝口令を引いたらしいが,それもどうなることやら。

 

「それになー」

 

 焔矢はその箝口令はそれほど意味があるとは思えなかった。

 そもそも秘密裏に先程の”契約”をするのなら,亜夜子はわざわざ堂々とレーベルの正面から来なかった筈だ。動画電話でも,書面でも良かったはずでわざわざ顔を出してきた目的を考えてみれば…前の亜夜子からの様子から何となく察してみる事は出来る。

 

「ったく,亜夜子のやつ」

 

 少し,呆れたように首を竦めたがその口元は笑っていた。

 その察した理由というのが…女性スタッフやアーティストに対しての牽制だったのではないかと思ったからだ。

 

 焔矢のレーベルに所属しているのは当然焔矢だけではない。他のアーティストも属しているし,中には女性もいる。

 別に焔矢がモテている訳でもないのだが,亜夜子にとって不穏分子は早急に手を打っておこうと思ったのかもしれない。

 以前生徒会長と話している所で不機嫌になった事のある彼女なら,ありえるかもしれないと思ったのだ。

 

 …本人にいえば絶対否定するし,逆にそんな事を思った痛い奴として弄ぶエピソードにされてしまうので絶対に言わないけれど。

 

 そうして焔矢は練習を終わらせて,住まいとなっている四葉家のビルへと帰った。今日は霊体を召喚するものでもなく,新たな曲についての精神会議をしていただけだ。

 その出鼻を亜夜子にくじかれた訳だが,それはそれとして無事会議を終わらせたし,好奇心の視線が嫌だったのでさっさと帰る事にしたのである。

 

 時刻は既に19時を回るかどうか,今日はこんな事もあろうかと炊飯器飯というのを予め時間予約で炊いておいた蒸し鮭と白米,それに冷蔵庫に置いといた漬物や野菜等々が待っている。

 今時簡単な料理で良いのなら設置されているHARで充分なのだが,1人の時間を紛らわす意味や昔色々あった影響で焔矢もそれなりに料理が得意な男である。

 

 以前亜夜子とラーメンを食べに行った時は,あれほど時間がかかると焔矢も思っていなかったせいであり,基本的に焔矢は自炊する人間である。

 予定外だったあの日とは違い,今日は元々夜まで練習するつもりだったので朝の内に予約しておいたのだ。

 

 いつものように個別電車に乗り込み,このあらかじめ作っておいたものを食べる楽しみを噛みしめながら帰路につく。

 ご飯を食べたらヨルの散歩に行ったりとか,新曲の事とか色々考えながら帰っているとあっと言う間に調布に着き,貰ったIDカードをリーダーに翳す。

 別にそんな事をしなくともドアの所にあるカメラの顔認証によって勝手に開くのだが何となく焔矢はこうしている。

 ビルの入り口を通り,エレベーターで4階に上がって焔矢に与えられている部屋に行く。

 

「ん…?」

 

 そうしてドアを開いた瞬間,一応一人暮らしの筈の部屋で鼻を刺激する何ともいい匂いが飛び込んできて…まさかと思って玄関を見るとそこには案の定というか,焔矢が絶対に履かないようなヒールがあった。

 玄関からのドアを開け,リビングに入ると…

 

「あら,お帰り焔矢」

 

 いつものように髪を下げてミディアムレイヤーではなく,ゴムで髪を1つにまとめたポニーテールにしている亜夜子が赤色のエプロンを着て台所に立っていた。

 台所の上には焔矢が作っておいた炊飯器で炊いといた蒸し鮭に加え,冷蔵庫から勝手に取って作ったであろうお惣菜が並んでいた。

 

「…」

 

 だが問題はそこではなかった。

 焔矢は時間が止まったように亜夜子を見つめる。普段はミディアムレイヤーの髪と大人らしいメイクをしている彼女が、今日はポニーテール姿。

 焔矢はその姿にドキッとし、心臓が高鳴った。さっぱりとしたポニーテールにまとめられた彼女の髪からは、普段は見えない首筋が露わになり、目のやり場に困る。清楚な印象の中に浮かび上がった小悪魔的な可愛さに、焔矢は見つめてしまったのだった。

 

「焔矢?」

「あ…な,なんでもない」

 

 亜夜子の声に我に返ると,恥ずかしそうに眼を反らした。そんな反応をする焔矢が珍しく,そして彼が感じた事を一寸の狂いも無く理解した亜夜子は弱みを見つけたかのようにニンマリと笑った。

 しゃもじを台所に置くと,ニヤニヤとしながら

 

「ふーん,なんでもないの?」

 

 言いながら亜夜子は焔矢の前に立ち,わざとポニーテールを見せびらかすかのように首を横に向けた。

 すると普段はほぼ見えない彼女のうなじが一瞬見えて,カーッと顔を赤くした焔矢は俯いてしまった。

 そして…諦めたように一言

 

「…可愛い」

 

 その言葉に羞恥が混じっていて,今にも溶けてしまいそうなほど顔を赤らめた焔矢に亜夜子は満足そうに頷いた。

 

「ふふっ,ありがと。」

「え,亜夜子その手にあるやつなに?」

 

 そう言いながら焔矢が見たのは,掌に収まるほどの長方形の物体。なんだか嫌な予感を感じながら問いかけた焔矢の言葉に,亜夜子は悪魔のような微笑を浮かべ,そのスイッチを入れた。

 

『…可愛い』

 

 すると聞こえたのは焔矢の先程の言葉,ステージ上での”王者”には似ても似つかない,でも同一人物から発せられる誉の言葉だった。

 

 「あ,亜夜子消せ!」

 

 自分の黒歴史に追加されてしまったその痕跡を消そうと焔矢は亜夜子に手を伸ばしたが,彼女はするりと躱して愉しそうに言った。

 

 「そんな事言わないの。せっかく彼氏の可愛いを貰ったのに消すわけないじゃない」

 

 オホホホホ!と言いそうな感じで亜夜子は笑っているが,この言葉の意味は「焔矢の弱みをもう1つ握ったわ」という意味であり,その弱みを消すわけないじゃないと。

 焔矢が言う可愛いというのは,彼の世間でのイメージをぶち折る事でしかないので出来るなら今すぐに記録ともう記憶も抹消したいと思ってしまっている。

 

 「俺のそんなの聞いたところで需要ねえだろ?!」

 「ふふっ,それはどうでしょう?」

 「え?」

 「一部の方にはとっても需要がありそうですが…」

「…あったとしても亜夜子は渡したりしないだろ?」

 

 いきなり真面目腐った焔矢に亜夜子は目を丸くした。

 だが焔矢は焔矢で内心しまったと思っていた。何故なら焔矢はその予測を,今日の夕方に邪推した「亜夜子は他の女性への牽制の為に真正面から来た」に基づく予測であって亜夜子が本当にそう思ったのかは分からないのに,そんな「俺分かってるんだぜ?」みたいな感じで実際違っていたらダサすぎる。

 

「まあ…そうですね。私には何のメリットもありませんし」

 

 だけど,亜夜子は意外にも直ぐにそれを認めた。

 自分で言ったようにこんな記録を持っていても,それを周りに公開する事にはなんの意味もない。そう呟いた亜夜子はさらりとボイスレコーダーをポケットにしまい何事も無かったかのように晩御飯の準備を進めた。

 公開するメリットはないが弱みは握っておこうという彼女の魂胆は,当然焔矢にも伝わって消して欲しいと詰め寄ろうとした。その前に亜夜子が茶碗を差し出した。

 中には既にホカホカのご飯が入っている。

 

「そんな事より,ご飯にしましょ?」

「…う,うん」

 

 亜夜子のイタズラをして満足そうな顔のせいで気が逸れてしまい,つい亜夜子の言う事を聞いて茶碗を受け取ってしまった。

 知らない間に食器棚に追加されていた食器におかずをよそって,2人はリビングのテーブルに並べると亜夜子はエプロンを解き,髪もポニーテールを解いた。

 するといつもの下ろした髪に戻り,次に少しぐるぐるじみた髪に戻った。

 

「…」

「どうしたの?」

 

 向かい側に座った亜夜子を不思議そうな眼で見ていた焔矢の露骨な視線に,彼女は同じく訝し気に問いかけた。

 

「いや…亜夜子の髪って形状記憶強くないかと思って」

「あなたってよく無粋って言われない?」

 

 ニコリと笑いながらも,言葉の中身は氷と同じかそれ以上に冷たい声で反問する。

 別に髪の事に触れてくれるのは良い,普段からケアをしっかりとしている亜夜子からすれば褒められるのは悪い気はしなかった筈だ。

 だが焔矢の言葉は努力を認める”綺麗”とかではなく,まさかの髪型の強度の話だ。亜夜子の言葉に冷たい刃が灯るのも仕方がない事と言えた。

 亜夜子をそうした焔矢は乾いた笑みを抑えきれずとも…なんとか気概だけで食らいついた。

 

「いや…あまり言われないけど…」

 

 そもそも言うほどの関係の人が亜夜子ほどいないから…という悲しい理由があるのだが,なんとかその話題は出さない事に成功した。

 

「じゃあ覚えておくと良いわ,女性は髪の質を褒めてほしいのであって癖の強さの言葉なんて求めてないのよ」

「…綺麗?」

「正解」

 

 と言っても,少し不機嫌そうに箸を持つ。

 それを見た焔矢も慌てて自分の箸を持ち…2人は示し合わせた訳でもないが声を揃えた

 

「「いただきます」」

 

 本日のメニューは鮭の香りがついた白米に,炊飯器で蒸す事でホクホクとした鮭,亜夜子が作ったきんぴらごぼうにお味噌汁。それからピーマンのツナ和えである。

 因みに鮭は焔矢と亜夜子のもので少し違い,亜夜子は普通に焼いたものを乗せている。これは今日家を出る時点で焔矢が炊いた時は1つしか炊いていなかったので亜夜子のものが無かったのだ。

 だから亜夜子は予め焔矢よりも早くこの部屋に入り,自分の焼き魚を準備していたという事だ。

 

「今更なんだけどさ」

「どうしたの?」

 

 蒸した鮭によって鮭の香りがついた白米という,自分でも何を言っているのか分からないメニューを半分ほど食した時,これまで静かに食していた焔矢が口を開きやぶさかでもないのか亜夜子も聞く姿勢を取った。

 

「…さらっと部屋に入って来るよな」

 

 そこには嫌悪感よりも,呆れの気持ちの方が多く締めていた。

 別に彼女達黒羽のビルなのだからいくらでも部屋に入る事は出来るのだが,婚約して2日目で連絡もなく帰って来たら亜夜子がいる光景というのは…少しばかり馴染みがなくて違和感を持ってしまったのだ。

 

 呆れたような焔矢とは反対に,亜夜子は楽しそうな笑みに変わった。

 

「見られて困るものでもあるの?」

「特にないのは亜夜子が一番知っているはずだろ」

 

 亜夜子は焔矢が取り乱してくれる様を見たかったのだが,彼女の性格を1割ほど理解している焔矢はその手には乗らないとばかりに返す。

 実際,この部屋の事はもしかすると亜夜子の方が分かっているというのは事実であり,なんなら多分実家の方も黒羽の黒服が楽器を持って行く時とかに見られているだろうし…よく考えなくても色んなものを見られていると思った。

 だからこその答え方なのだが,亜夜子は更に上をいっていた

 

「あら,あなたの場合は一度見れば良いだけなのだから用済みのものは捨てれば良いだけよね?」

「んくっ?!」

 

 それは…恐らく焔矢以外には絶対に通用しない文句であり,そんな答え方をされると思わなかった焔矢は飲み込もうとした白米を吹き出してしまいそうになるのを懸命に耐えた。

 そんな焔矢をケラケラと笑った亜夜子は上品にお味噌汁に口を付ける。

 

「…本当にないからな?」

 

 悠々自適に箸を進める亜夜子へのささやかな抵抗にそう呟くと,亜夜子は艶やかな笑みを零しつつも分かってると言いたげに小さく頷いた。

 

「冗談は置いておいて,今日は貴方に話しときたいことがあるの」

 

 だから部屋に勝手に上がったという。

 因みにだが,ヨルはリビングにいつの間にか現れたペット用クッションの上で熟睡していた。飼い主であるはずの焔矢が帰って来ても,まさかの反応なしだった。

 いつの間にか亜夜子に調教されていたのかもしれない。

 

 「話って…なに?」

 「別にご飯は食べながらでも良いのだけど…<エクセリクス・レコード>は実質四葉家の傘下になったのよ」

 「今日のあれか…って,傘下?」

 

 今日の会談を見る限り,焔矢の事についてはそうだと思ったが会社全体としてそうなのかと不思議に思ったが…焔矢は四葉家の内縁にはなるが,完全には信用されていない事を思い知らされた。

 

「ええ,焔矢が裏切らないように人質って感じかしら」

 

 そう聞いた焔矢はそっと箸を置いて亜夜子を見つめる。

 麗しいものを見る情熱的な眼ではなく懐疑心の眼だ。だが亜夜子は淡々と受け流す。

 

「勘違いしないで,スポンサーになるのも本当の話で裁量も変わらない。焔矢にとってもレーベルとしても,今までと同じ事は私が保証する。」

 

 その言葉の裏には「貴方が四葉を裏切らなければね」という言葉が続くことを焔矢は感じていた。

 一昨日の夜…晴れて婚約した2人ではあるが,それで直ぐに甘々な雰囲気になるかと言われたら別にそうでもなかった。どちらかというと今向かいあっている2人はベテランのネゴシエーターと,若い新人社員のような感じにも見える。

 2人の中間で火花が飛んでしまいそうな中,先に話を折ったのは亜夜子の方だった。

 彼女は弛緩した空気を和らげるように「ふっ」と小さな笑みを浮かべた。

 

「それに…焔矢は四葉に関わったのは初めてだから知らないと思うけれど,あなたの対応は四葉としては破格なのよ?」

 

 世間では,魔法師にとってもそうじゃない人にとっても四葉はアンタッチャブルと呼ばれ,身内に火の粉がかかった場合は滅びをもって処するみたいになっているし実際その通りだ。

 四葉の恐怖心を植え付けられ――中には達也によって――四葉の軍門に下った会社もあるが,あれや今回の事は例外中の例外だ。

 いくら焔矢の事を手に入れたいからと言ってレーベルにまで手を伸ばす事は珍しい。それだけ真夜も焔矢を本気で四葉に取り入れたいという事なのだろう。

 焔矢もそれを感じてはいる。だからこそ聞かなければならない事があった。

 

「一応聞くが無駄に傷つけたりしないだろうな?」

 

 色んなものを,だ。

 従業員やアーティスト,他にも沢山の人達の事であるしレーベルが今まで築き上げて来たものも含める。

 言葉にしていない部分も亜夜子はしっかりと読み取り首を竦めた。

 

「安心して,ただの保険だし…」

 

 亜夜子はどこか色っぽい表情で,その紅い唇を動かした。

 

「焔矢は私の事が好きだものね」

 

 ニヤリとして言外に「私を裏切ることは出来ないでしょ?」と言ってくる亜夜子に,無駄に艶めかしい唇を見せつけられたせいなんだかいけない気分になってしまった焔矢は強引に彼女から眼を反らした。

 

「分かってんなら…言うな」

 

 心臓の音を早くしながら言う焔矢をニヤニヤした亜夜子が愉しそうに見つめる。

 

(篭絡され過ぎだろ俺)

 

 余りに亜夜子に甘い自分にそう苦言を呈するが,心の中なので誰にも聞かれる事なく代わりに鮭を口に入れる事で話の合間を保つことにしようとした。

 

「あーん」

 

 のだが,焔矢が目線を向けた先で彼の思考を先読みした亜夜子が自分の焼き鮭をほぐして差し出してきた。

 

「…1人で食えるぞ?」

 

 一瞬口が開きかけたのをなんとか自制し,それでも亜夜子の眼を見ていたら何だか虜にされてしまいそうでついぷいっと目線を反らして素っ気なく答える。

 

「あら残念」

 

 そして亜夜子の方も元々するつもりが無かったのか,残念と言いつつも鮭がある箸を自分の口に入れる。それを見た焔矢は内心食べたかったと思いつつ,これ以上亜夜子に弄ばれるのは男のプライドとして許したくなかったので意地でも言葉には出さなかった。

 今度こそ自分の鮭を入れると,胃に流し込むのが早かった亜夜子の方からまた続きがあった

 

「話を戻すけれど,傘下と言っても貴方の扱い以外はなんら変わっていないってことを分かってほしいってこと」

「…まあ,それは分かったよ。要するにいつも通りで良いって事だよな?」

「ええ。」

 

 それを傘下と言って良いのかは分からなかったが,既に賽は投げられた後なので頷くしかなかった。

 その後,2人は少し黙食していた。黙食と言っても,亜夜子が作ったお惣菜に感想を言ったり,焔矢の炊飯器飯の事について言い合っていたが先程のような大事な話は特に出なかった。

 

 焔矢は別にその事を気にしなかったし,何なら亜夜子が持って来た大事な話というのがレーベルの事だと思っていたからなのだが…実は亜夜子の話はまだあった。

 2人して晩御飯を食べ終え,食器を軽く洗ってからHARに入れて乾燥させて曲について考えようと思った焔矢は亜夜子に捕まった

 

「焔矢,まだ話ときたい事があるの」

「え,まだあんの?!」

 

 あっさりと彼女にまだ解放されない…つまり作曲させてもらえないと知った焔矢が露骨に嫌そうな顔をするが,亜夜子は特に気にする事も無く2人はまたテーブルを挟んで向かい合った。

 

「まだ…って,どれも大切なことだもの。」

「…婚約の事とか?」

「そう。結婚はまだだけれど…,ご当主様からの命令で私が嫁入りする事になるの」

 

 厳密には焔矢はまだ17歳なので,日本の婚姻年齢に達していないから結婚が出来ないというのが正解なのだが四葉にとって婚約はほぼ結婚と同義なので今更そんなものを議論する必要はない。

 焔矢の生年月日は2083年3月18日,来年の誕生日と同時に正式に籍を入れる事になる…と聞いている。

 問題はそこではなく,亜夜子が嫁入りする事だった

 

「じゃあ…将来的に”音羽亜夜子”になるってこと?」

 

 亜夜子の言葉を最もわかりやすい言い方で恥ずかし気に聞くと,亜夜子は鷹揚に頷いた。

 

「そうなった時,音羽家は本当の意味で四葉家の分家の1つになる」

「前から思ってたけど,分家って今時珍しいよな」

 

 四葉のシステム,つまり分家に別れているシステムの事を思い出したかのように言う焔矢に亜夜子は頷きつつ説明する。

 

「四葉は秘密主義だから。このシステムはどの十師族も使っていないという意味では確かに珍しいわね。ですが,分家だからと言って力関係があるわけではないのですよ?」

「え,そうなんだ」

 

 分家は本家の下位互換…みたいなものが失礼ながら胸のどこかで思っていたのでつい意外そうに呟く。

 今の四葉の次期当主は直系と聞いていたので余計にそう思っていたのだ。

 

 「ええ,四葉の当主は分家の中からその代の一番魔法力がある人が選ばれるから」

 

 確かに分家の人間が当主になる可能性があるのなら,物理的な力は兎も角権力的な力はそれほど変わらないのかもしれないなと思った。

 

「まあ,分家の意味は分かったけれど…それと亜夜子が嫁入りする事になんの関係があるの?」

「大有りよ,単純に分家が1つ増えるのだから」

「って…別に俺は戦闘力皆無だろ」

「誰も貴方に戦闘を期待してないわよ。」

 

 もしも戦闘や諜報を期待されるとしても,それは焔矢の子供であると亜夜子は思っている。

 焔矢は魔法について知識が少ないから分かっていないだろうが,黒羽貢によって精神干渉系の適正はそれなりにあると亜夜子は思っている。

 実際焔矢は霊子で構成し,その霊子に想子を張り付け維持する形で精神そのものを召喚する事が出来るのだから少なくとも精神系への適正はあるはずだ。その彼の遺伝子を持つ子供は,四葉家始まって以来変な方向で伸びる精神干渉系の使い手かもしれない。

 …まあ,そうなるのかは一旦置いておいて

 

「それに,四葉は本当なら”普通”の魔法師じゃないといる価値無しとして虐げられる」

「生粋の魔法師集団だもんな。…って,もしかして俺はその他の分家の人とかに嫌われる可能性?」

 

 自分で言っといて気が付いたのか,「面倒くせ」と顔に書きながら問いかけると彼女は否定ではなく普通に頷いた。生まれてこの方,魔法師としての適性検査のものは一度しか受けなかった焔矢は,当時想子量だけは驚くほど…今は制御が効かなくて暴走してしまう位には多かったと診断されたが肝心の魔法演算領域には適正の魔法がなかった。その為事象干渉力がそもそもないので想子…そして魔法を暴走させるような事は小さな頃は無かった。

 希少な魔法という才能が無かったことが焔矢にとってマイナスになったのかと言われたら別にそうでもないのだが,四葉にとって魔法師じゃないもの,或いはピーキー過ぎて魔法を持つ人間は虐げられることはある。

 

「別に今からあなたに魔法を身に着けてほしい訳ではないけれど,可能性の1つとして知っておいてね」

 

 実際現状四葉の中で亜夜子の婚約を知っている人間は,既に四葉の分家も含めて周知されている。黒羽の諜報部隊を中学生の頃から率いていた亜夜子の婚約はそれだけでも驚くものだったが,その相手が焔矢と知っていい意味でも悪い意味でも驚きに値する話だ。

 まだ他の分家の反応を亜夜子は知らないが…焔矢を本家の集まりに連れて行くかはその反応次第とも考えていた。

 

 敬愛する達也が,まだ深雪の婚約者になる前では隠れて罵られている事も知っていた亜夜子は本気でそう考えていた。

 

 余りに物騒な亜夜子の予想を,焔矢はゴクリとつばを飲み込みながらも頷いた。そんな強張る焔矢に亜夜子はくすりと笑った。

 

「私が嫁入りする理由だけれど,あとは単純に社会的な名前の1つとして欲しいっていうのもあるわ」

「…そう言えば司波さん達と亜夜子達は四葉の中でも名前が出てるもんな」

 

 今の所四葉の中で名前を世間に公表しているのは司波の2人と,黒羽だけ。諜報や工作をする事が多いのならどこかに潜入もあるのだろうが,その際に使う名前の1つだろうか。

 

「もちろん,あなたに迷惑をかけるつもりもないから」

 

 焔矢も本名で世間に姿を現している為,下手に音羽亜夜子が目立ってしまえば彼にも社会的な被害が及ぶだろう。それは亜夜子も望むところではなかった。

 

「まあ,理由は分かった。…何か釈然としないことはあるけど」

 

 言うまでも無くビジネスネームの1つとして嫁入りしたいと言われているようで釈然としないのも当然である。

 だが,そんな心の機敏も亜夜子の掌の上なのか途端にその紅い瞳が熱く光った――気がした。

 

「あら,あなたの事が好きなのは本当なのだから良いじゃない」

「~~っ!」

 

 年上の余裕なのか,はたまた彼女本来の姿なのか,からかいのレベルも高すぎて焔矢は顔を真っ赤にしてしまった。

 そんな初心な反応を見せる焔矢を色っぽく嘲笑う亜夜子をこれ以上調子に乗らせたくなかったので,1つため息をついた。

 

「分かったよ。利用されてやるよ」

 

 投げやりに言うと,亜夜子は嘘か本当か見分けがつかない笑顔で

 

「ありがと,焔矢の素直な所は好感が持てるわ」

「それって遠回しにバカって言ってる?」

「いやね,そんな訳ないじゃない。」

 

 焔矢が抵抗もしないのは純粋にそれが時間の無駄だと知っているからであり,命を握られている以上無駄に逆らうのも良くないし…亜夜子と一緒にいられるならどんな形であれ良いと思っているからだ。

 

「まあ良いけど。」

 

 なんだかさらりと大事なことを決断させられたような気がしたが,既に後の祭りだった。

 




お疲れさまでした!
エピローグの最後に亜夜子が音羽性になっていた理由ですね。
音羽性を隠れ蓑に何をするつもりなのだろうか()。

亜夜子と文弥って二人暮らしの時に家事普通にしていたので料理も普通に出来そうという事で本作での亜夜子は料理スキル高めです。焔矢も一人暮らしだったから…ではなく,昔から訳あって炊飯器料理をしてました。

因みに,焔矢の知らない内に亜夜子はヨルの為の寝床を用意したりおやつを常備したり亜夜子はヨルには甘いです。あと焔矢がいない間にしっかりと主従関係を叩き込んでいる。

ではまた次回!…作品内での時間軸,今は夏なんですよね

どのお話見たい?

  • 達也&焔矢(UBW強化話?)
  • 空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
  • 貢&焔矢(修羅場)
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