皆さんありがとうございます!これからもよろしくお願いいたします。
焔矢と亜夜子が婚約して数日経った頃,焔矢の姿は学校の生徒会室にあった。
「わーい,手伝ってくれてありがとー!」
喜色の色を浮かべた現生徒会長,天霧心が目の前の焔矢に曇りなき笑顔——言い換えればやっと引き受けてくれた!という類の顔で頷いていた。
その焔矢は焔矢で疲れた表情を見せていた。内心「しつこいから」というのはあったが,引き受けた後でそんな嫌味を言うのは少しダサかったので口を閉じた。
「じゃあ俺帰ります。」
代わりに帰宅宣言をすると,心ももう帰るつもりだったのか荷物をもって立ち上がった。
「途中まで一緒に帰ろ?」
今時は個別電車での通勤通学が当たり前で,昔のように電車で笑いあって帰宅する光景はないのだがそれでも駅までは一緒に帰るという概念はあるのだ。
それに,彼女とは一度一緒に帰った事があったのでそんな提案をするのも分からないでもなかったが…焔矢は首を振った。
「俺は弦が切れちゃったので楽器屋に寄りますので,お先に失礼します。」
これは嘘ではなく本当だった。
薫のギターではなく,焔矢が本来使っているギターの弦が切れてしまったので買い替える必要がある。ついでに楽器屋で新しいアンプとかも覗きたいというものだ。
そんな私用に生徒会長を待たすわけにはいかない。…亜夜子に不機嫌になられるからというのもあるが言わないでおこう。
「そうなの…?少しくらいなら待つのに」
”今まで待たされたから”などという事は言わない。
焔矢が生徒会長を引き受けたのはつい1週間くらい前だが,今日は前哨戦と銘打って何故か生徒会の業務を手伝わされた。他の役員たちは既に部活や帰宅をしていて残っていたのが2人だったのだ。
それも残りはコンクールとか間近だったというのが尚質が悪い。
「生徒会長を待たせるなんて真似出来ませんよ。まだ日は高いとはいえ,気を付けて帰ってください」
心の心底残念そうな顔を見ながら焔矢は生徒会室を出た。
亜夜子に彼女が自分に好意があるように見えるという言葉を聞いた時から,なんとなく勝手に気まずくなっているのだがそれを言葉に出すわけにもいかず…それにもう既に亜夜子の婚約者という自覚はあるので余計なことを起こさないようにと焔矢はそそくさと学校を出て楽器屋に向かった。
焔矢の中にいる精神体の彼らが鳴らす事が出来る音というのは,生前彼らが鳴らしたことのある音と焔矢が彼らに聴かせた音だけが限度である。
だからそれ故に焔矢はギターやベース,ドラムにキーボードと色々な楽器の研究をしてきてその経験を彼らに還元してきた。結果として焔矢の作曲スキルも上がっている。
そう言った事情もあって,弦1つでも音は変わるのでこう言った弦探しは焔矢の趣味になりつつあった。
「こっちの弦…今使ってるのよりも太いな,重厚感のある音が出せる可能性が微レ存か…?」
いつも使っている弦をかごに入れ,その周りにあった新しく入荷してきた弦も手に取ってみる。
焔矢の楽曲では世紀末観とした殺伐としたものが多く,それ故に腹のそこにのしかかるような重い音が好みだ。別に軽快な音が嫌いとかではないが,純粋に自分の音楽を表現する為にその方が良いというだけだ。
そんな音の表現の為に色々試すのも悪くはない。
「帰って試してみよ~」
新しい出会いにルンルンとした気分で会計を済ませ,帰路につく。
今日はレーベルでの練習もなく,打ち合わせも特にない。そもそもライブが決まっていないからだが最近はそれなりに平和に過ごしていた。
楽器屋がある通りを歩いて行く焔矢,しかしふと何かの視線を感じ背後を振り向いた。
時刻はもう夕方,楽器屋の他にもスーパーなどが立ち並ぶこの通りではそれなりに人は多く一瞬勘違いかと思ったが…
(誰だ)
黒服たち…の視線ではない。
黒服たちであれば焔矢を探るような視線を向ける理由がない。なんなら彼らにとって焔矢はお嬢様の夫となる人物なので間違ってもそんな視線は向けない。
似たような視線では2回目のライブを終えた後の,自分を狙う視線に近いものを感じる。
「あれ…消えた」
だが,その感じた視線は直ぐに消えた。どこか拍子抜けた感じと,狙われなくて良かったという思いを感じながらも処理してくれた黒服の誰かに感謝しつつ踵を返した。
個別電車に乗り込み,調布にあるビルへと帰っていく。20分ほどで着くと,いつものように部屋に入り…
「なんか…当たり前のようにいすぎてツッコミする気が失せたな」
「愛しの彼女が出迎えたのにその言いぐさは少し酷くない?」
焔矢の帰るタイミングをどのように把握したのかしらないが,亜夜子が
一見同棲している彼氏彼女,或いは夫婦の微笑ましいシーンに見えるのだが2人は別に同じビルというだけで一緒に住んでいる訳ではない。
しかしその割に亜夜子が部屋に来るのは数える程だというのに,何故かもうそこに住んでいるのが当たり前のような感じでもはやツッコミする気も無くしたのだ。
亜夜子の拗ねたようにぷくっと頬を膨らました表情が可愛くて,焔矢は少しばかり眼を反らしながらも…
「ただいま」
彼女の言葉に応える代わりに,帰宅の言葉を発し亜夜子もじゃれあいのものだと分かっているのか微笑んだ
「お帰り」
家族がいれば当たり前のような会話,だが焔矢は既に独り身の時間が4年と長かったため何だか恥ずかしくなってしまった。そんな焔矢を飽きる事も無く愉しそうに見た亜夜子はテーブルに着くように促す。
「文弥…さんはどうしたんだ」
ギターバックを壁に立てかけ,手も洗って席に着いた焔矢が弟の事を問いかける。
箸を渡しながら詰まる事も無く続けた。
「文弥は仕事,最近達也さんを狙うマフィアがいるから」
潰して回ってる,とは口に出さなかった。
「あの人本当に狙われてるんだな」
今まで自分の知らなかったことが次々に明らかになって,驚愕する気持ちよりも世界に対しての呆れの方が強くなりつつある。
2年前の通称「シバ・ショック」の事は焔矢も当然知っていて,彼が実戦で力を示したというのに暗殺を出来ると思っている人間がいる事の方が驚きだ。
いくら達也の常駐型重力制御魔法式熱核融合炉…恒星炉がエネルギー資源の革命に繋がる裏で今までこれまでの生活を牽引してきたエネルギー産業が危ないという理由があったとしても,それで人を殺して良い訳なかろうに。
…まあ,達也も大概数えきれないくらいに命を葬っているのだが,彼の場合はやられたからやり返すスタンスなので焔矢はまだマシだと思っている。
「無駄なことなのにね」
焔矢は達也が使う魔法を知らないし,別に知ろうとも思っていないが2年前の影響で勝手に脳内で「達也=最強」みたいな方程式がなりたっているので亜夜子の言う事が辛辣であるが否定しようとも思わなかった。
そんな当たり障りない話題から,2人は晩御飯を食べ始めた。
(美味しい)
亜夜子が作ってくれたお惣菜を食しながら内心で上機嫌に味の感想を言う焔矢は,一見してステージ上での柄の悪さとはまるで別人のように見える。
焔矢は典型的なステージ上で性格が変わるタイプであるが,そのギャップに亜夜子は微笑ましく見つめていた。
…のだが,亜夜子が今日部屋に来たのは晩御飯を振舞う為ではない。
「さて,食べ終わった所でお話があります」
「え,なに?」
まさか生徒会室で心と2人で仕事をしていた事かと思ったが,流石に黒服たちも学校の中にまで入っていない筈なのでそれは分からない筈だ。多分。
「今日,貴方の事を狙う賊を黒服が捕らえました」
そんな事を思っていたら数段重い話だったので,焔矢はつい姿勢を正して聞く体勢を取った。
「俺なんか狙っても仕方がない気がするんだがな」
「それ位貴方の魔法は規格外ということでしょうね」
「喜んでいいのかそれは」
「喜ぶべきでしょ?だってこんな美女と結婚出来るのだから」
亜夜子がしれっと自分を美女と称して,ニヤニヤを隠そうともせず言うと焔矢は内心では自分で美女とか言うなと思いつつも,やっぱり美女というのは事実であり…嬉しいのは本当だったので軽く流した。
「それより…いつもは報告なんてしていなかった事なのになんで今日に限って?」
「相手は洗脳されてたのよ。」
「…つまり,俺を狙おうとした本丸は分からないってことか」
「そういうこと。洗脳をするにも色々手口はあるけれど,犯人が捕まるまで例え普通に見える人でも油断しないでってこと」
普通の賊であれば,焔矢の見えない所で黒服が捉えてくれるかもしれないが,例えば学校とかで襲われたりなんてしたらたまったものではない。
亜夜子のような観察眼とかにも優れている魔法師であれば,直ぐに見分けはつくかもしれないが焔矢は至って普通の人間なので何が命に関わるのか分からない。
「分かったよ。」
亜夜子がわざわざ直接話に来てくれた理由は結局分からなかったが,取り合えずまた自分を狙う得体のしれない連中がいるらしい。
焔矢に言わせてみれば,自分の魔法を知った所で複製なんて出来ないし,純粋な研究以外でそんな役に立つことがあるか?と思うのが本音なのだが口には出さなかった。
そんな事を話していたら,唐突に焔矢の胸ポケットに入れていた情報端末が着信を告げた。
「ごめん」
宛先を見て焔矢は亜夜子に一言言って亜夜子は首を竦める事で許可を出して情報端末を耳に当てた。
「大原さん?どうされました?」
電話の相手は大原であり,まだ夜中とは言えないがそれでも19:30過ぎに連絡をしてくることは珍しい。焔矢の方には心当たりがなく,訝し気になるのも無理はないのだが古谷はどちらかというと困惑気味と言った方が正しかった。
曰く,今日の昼頃にある人物がレーベルにやってきて焔矢にタイアップの依頼が来たという事だ。
「おぉ…タイアップは初めてですけど,どこなんですか?」
タイアップとはCMや何かの番組の主題歌を,事務所とテレビ局或いはスポンサーの提携によって決まるもの。
今<エクセリクス・レコード>では焔矢が大きな注目を集めているが,焔矢以外にも有名どころのアーティストはいるものでその中でもなぜ焔矢に回って来たのかが気になった。
だが…大原の答えは意外なものだった
「日本魔法協会からだ」
「…え?」
焔矢の訝し気な声に,自分の情報端末で適当にネットニュースを見ていた亜夜子が顔を上げた。
「え,なんで魔法協会からタイアップなんてくるんですか?」
そしてその言葉に流石に亜夜子も驚いたのか,少し身を乗り出して焔矢に自分の情報端末をスピーカーにするように言った。
亜夜子には色んな意味で逆らえない焔矢はスピーカーにして机上に置いた。
「内容は…今年の九校戦の大会イメージソングを作って欲しいという事だ」
「九校戦…って」
正式名称は全国魔法科高校親善魔法競技大会,全国に九つしかない魔法科高校の猛者たちが学校の威信をかけて競い合う魔法競技大会のことだ。
焔矢は司波達也が選手として出場した最初で最後の競技,2096年のモノリスコード位しか見た事ないが…なぜそんな話が来るのかが分からなかった。
一応,あれは軍が将来有望な魔法師を見定める為のものであり一般にも大会の内容自体は公開されているが,それでも軍が全面協力している関係もあっておふざけの場ではない。せいぜい場が弛緩する事が許されるのは大会前と後の懇親会くらいだろう。
それ以外はバチバチに競い合う生徒達の姿しか目に浮かばない。
「お話し中失礼いたしますわ。先日,お伺いした黒羽亜夜子です。」
焔矢の困惑が置いといて亜夜子はそのまま大原に声をかけた。端末の向こうで息をのむ音が聞こえたが,何故亜夜子がそこにいるのかは問いかける事はしなかった。
前回,婚約したと言っていたのだから近くにいても可笑しくないと割り切ったのだ。
「九校戦は我々魔法師の事を,一般の人が見る事が出来る機会ではありますが軍事色が強い行事であることには変わり在りません。なぜ今までになかった大会イメージソングを欲しようと思ったのでしょう?」
少なくとも,亜夜子が去年出場した九校戦ではそんなものは無かった。それには様々な事情があるのだろうが,それにしてもなぜ焔矢にそんな話が来るのかと。
だが,こんな疑問を呈していながらも亜夜子は推測は立てていた。
それには…焔矢が魔法師と魔法師じゃない一般人の境目にいる事が関係しているのではないかと思っている。九校戦は2年前,司波達也が作った戦術級魔法が使われ,その関係で魔法師排斥運動が活発になった事がある。
それを受けてその年の九校戦はモノリスコードだけの開催になり,達也の責任でないとなってもその魔法が産まれたきっかけである九校戦の非魔法師のイメージダウンは避けられなかった。
ここで半魔法師のような焔矢を起用する事,それは…
「魔法協会は,”兵器”には使えない魔法を使う音羽の音楽で九校戦のイメージアップを図りたいそうだ」
表的にも裏的にも,九校戦は軍人スカウトの為のオーディションのようなものとも言われている。だから学校が軍と癒着しているとかいう話題は以前にも出てきていたのだろうが,全ての生徒が軍人になる訳ではない。
それを周囲に伝える為の手段として,”兵器”にはなりえない焔矢の魔法によって少なくとも魔法は軍人になるためだけのものじゃないという意識を植え付けたいのだろう。
「あー…なるほど」
魔法協会側の言い分はそれなりに納得出来るものだったし,何より方針としては少なからず自分達の誓に近いものを感じる。
あの2ndライブでのAlter Egoの結成理由についてはインタビューとかでも答えているし,魔法師との共存を望む焔矢にしてみればこの上ないタイアップとも言えるだろう。
目の前の亜夜子が何も言葉を発さないのが怖いなと思いつつも,なんの仕事を受けるかは焔矢とレーベルに一任されている為一々四葉の許可を取る必要はない。
経緯はどうであれ,目的のための一歩とするのなら受けない理由はそれほどないだろう。
「分かりました。詳しいお話をお伺いしたいと思うのですが,先方に会う事って出来ますでしょうか?」
「まさにその事で電話をしたんだ。今まで会議が入っていたから遅くなったのだが,明日の放課後は空いているかい?」
「はい。元々練習に行くつもりでした」
「結構,それでは…」
「少しよろしいでしょうか?」
明日の打ち合わせについて決まりそうになった時,亜夜子が横から口を挟んできた。
「どうされましたか?」
「明日の打ち合わせにはわたくしも参加してよろしいでしょうか?」
まさかの横入案件に焔矢は眼を見開いて向かい側の亜夜子を見つめるが,彼女は仕事モードなのか焔矢にも見向きせず情報端末の先にいる大原の返事を待った。
「…それは契約違反ではないのですか?」
四葉に仕事に干渉されると思った大原が,声を震わしながら言うと亜夜子は飄々と答えた
「もちろん,打ち合わせに介入するような事はしません。
わざとらしく強調した四葉の名前,亜夜子は少しかは分からないが魔法協会の動きに疑問を持っているが故の行動だった。
それに,何かが起こった場合焔矢の身を守るという契約の範疇であり焔矢の事に対してレーベルの主導権が四葉に握られている状態だ。
「しかし…どのように参加するおつもりですか?」
それは言外に打ち合わせの参加を認める発言であり,どうやって打ち合わせに参加するのかという問いだった。まさか四葉の名前を使うのかと思ったが,流石にこの程度の事で四葉の名前を出すわけはない。
だからと言っていきなり現れた女性を前に打ち合わせをするか…そもそも亜夜子の存在は去年の九校戦で出ている。ましてや相手は魔法協会の人間で当然顔が割れていて打ち合わせに参加などどうするのかと思うのは大原だけではなく,焔矢も思っていた。
「それについては1つ考えがありますの。」
だが,亜夜子にその事に憂慮したような気配はなくどこか楽しそうに意味深な笑みを浮かべていたのだった。
翌日,<エクセリクス・レコード>にて焔矢は中年に差し掛かるほどの男性と対面していた。今時はファッションとしてか,また病気か何かでする事のある眼鏡という珍しいものをかけ,協会の人間と言うよりかはどこか研究者と言った方が風体としては正しいかもしれない。
オールバックにした髪,綺麗に刈り揃えられている髭は却ってダンディーなイメージを持たせるため対面する人には好感を持たせやすいのだろうな焔矢は思った。
——この隣にいる派手な金髪ロングのぐるぐるドリルにして何故か室内なのにも関わらずサングラスっぽいものをかけている女性がいるからこそ,余計にそう思った。
「え…えっと」
奇抜すぎる女性に,どんなに後ろめたい事を考えている人間でもこんな顔をしてしまうのだろうなと目の前の男に同情しながら場を見守っていた。
誰が相手でもこの男性のような反応をしてしまうだろうし,相手の意表を突くという意味ではもはや感嘆するしかないのだが…にしてもここまで振り切って来るとは焔矢も予想外だった。
だが,相手も流石交渉の場に足を運ぶことのあるプロというべきなのか,目を丸くしたのも直ぐに柔和な瞳に変わった。
「初めまして,日本魔法協会関東支部から来ました
そう言って今時では珍しい,紙媒体の名刺を渡してきた。一瞬名刺の受け取り方ってどうすんだっけと思いながら無難に両手で受け取りながら返した。
「ありがとうございます。エクセリクス・レコード所属,音羽焔矢です。それでこちらが…」
言いながら金髪の女性…言うまでも無く変装した亜夜子が自分を偽っているとまるで感じさせない優雅な動きでタブレット型端末を持ちながら一礼する。
その際,サングラス?を取ることも忘れない。因みに瞳の色は赤ではなく,髪色に合わせたのか金のカラコンが入っていた。
——因みに,このサングラスはAR端末であり既に亜夜子は新城巳の顔写真と魔法協会側とのデータを照合している。凄まじい早業である。
「音羽のマネージャーをしております,羽金八子と申します。本日の打ち合わせにご同席させていただきます。」
そう,亜夜子の意味深な表情の裏にはこの案が既に脳裏に浮かんでいたからに他ならない。
これまで焔矢にはマネージャーという存在はおらず,そもそも情報化が進んだ現代ではスケジュールなどその場で音声認識でもカレンダーに刻めるし,焔矢は自分の秘密の為にマネージャーを付けてこなかった。
だから学生でありながら仕事の打ち合わせとかも自分でしてきたのだが,今回はそのいなかったマネージャーとして亜夜子は立ち会ったのだ。
…にしても金髪にする必要があったのかは甚だ疑問ではあるが,レーベルに到着する前の公園で待ち合わせた時には既に金髪だったのでももう遅い。
それに,黒髪の方が亜夜子の顔を連想してしまうかもしれなかったから却ってこれで良いのかもしれない。
「マネージャーさんでしたか」
新城巳は訝し気に亜夜子の事を観察するが,亜夜子の変装術の方が一枚どころか3枚くらい上手で新城巳は気にする事が出来ずに純粋な疑問として言葉に出した。
「音羽さんはインタビューの際にも1人で受けていましたので…マネージャーさんがいるのは意外でした」
「本当は俺にはマネージャーはつけなくても良いって大原さんには話していたのですが,2ndライブでの影響か少し1人で捌くには無理なこともあって」
「それで私がこの度マネージャーになったんです」
まったくの嘘ではあるが,それを確認する術は魔法協会側にはない。
それにプロとは言え未成年の彼にマネージャーが付くのは寧ろ普通だと思っていたのでこの事に相手はそれほど疑問を持たなかったようだった。
「それでは始めさせていただきます」
「よろしくお願いします」
そうして焔矢達は打ち合わせを行った。
タイアップの目的,予想通り焔矢がセカンドライブで叫んだAlter Egoの創造理念を持ち出して来て目的は同じなので協力してくれませんか?という類の話の持って行き方だった。
そして焔矢もそれ自体は予想していたし,別に断ろうとも思っていなかったので素直にタイアップを受ける返事を返した。
「微力ながら協力させていただきます」
「ありがとうございます。それではタイアップ曲の話になるのですが…」
焔矢は改めて姿勢を正した。正直,言葉を聞く前から厳しい戦いになるとは思っていた。理由はただ一つ,時間が純粋にないのだ。
確認した所,今回のタイアップは九校戦開始の前日に行われるそうなので余裕をもって1週間前…九校戦が8月中旬の10日間,3年前は11日間の開催だったはずだ。
なので,実質的に残りの時間は3週間か2週間くらいしかない。
相手の注文次第では,今作ってる新曲を充てる事も出来るかもしれないが…そんな事を思っていた焔矢の気苦労は新城巳の意外な言葉によってプライドに変わった。
「時間も時間ですし,今ある既存曲でも構わないと思っています」
「それはお断りします。」
焔矢のまさかの拒絶に新城巳は目を丸くし,隣の亜夜子も一瞬眼を見開いた。
新城巳の言うように,既に時間はそれほど余裕がある訳ではない。作曲さえできれば練習自体は精神世界の仲間達は勝手に始めてしまうから良いが生身の人間である焔矢はボーカリストとしての練習も,さらにその前には歌詞も彼が作るので諸々合わせてもタイトなスケジュールであることは間違いない。
それに,新城巳が今回九校戦のこれまで大会イメージソングを作って来なかった前例をひっくり返してまで魔法師に対して親しみやすさを感じさせたいという理由で焔矢を起用したい。
逆に言えば,焔矢がこの話に頷いた時点でタイアップの曲はそれなりに九校戦の雰囲気に合えばなんでもいいと思っていたのだ。
「新城巳さんのおっしゃる事も分かります。時間がない中で,今から九校戦のイメージソングを作るのは骨が折れる事も分かってはいます。ただ,俺
焔矢の確かな思いが乗った鋭い眼光が新城巳に向けられる。
これまで作って来た楽曲は,その時その時の焔矢達の考えの結晶だ。だが,だからこそ九校戦という場に相応しそうという理由だけでイメージソングとして出すのは焔矢には出来なかった。
何故ならその既存曲には,九校戦への考えが徹底的に不足しているから。他人がそれでいいと言っても,焔矢達にしてみれば当時の自分達の考えをすり替えるような事になってしまうからこそ,拒絶したのだ。
自分よりもずっと年下の高校生から感じる確かなプロとしての意識,それを無下にする事は新城巳には出来なかった。
「時間がないのは確かです。それでも…お願い出来ますか?」
それは確認だった。焔矢の仲間に対する熱い思いは分かっている。
そもそも想念という曖昧なものだけで,焔矢の精神世界に根付いた彼らの存在は言ってみれば簡単のように聞こえるが,実際そんな事を出来る人間なんてほぼいない。
逆に言えば,焔矢達の絆はなによりも固いのだと示している。
そんな時に作った音楽を時間がないという理由で差し出せと言われても,彼らは納得しないと悟ったのだ。
「当然です。やる以上は,期待を越えたものにしてみせますよ」
ステージ上で見せる…「焔の絶対王者」と呼ばれるにふさわしい獰猛で不敵な笑みを浮かべた焔矢の顔が亜夜子には印象的だった。
そうして打ち上げを終え,イメージソングのテーマを大雑把に「盛り上がるというよりも,闘争心に火を点ける曲」という定めて打ち合わせは完了した。
出来た新曲はレーベルを通して魔法協会側で一度聴いてもらい,配信や当日ステージ上で流す事になった。
新城巳をレーベルの出入り口で見送った焔矢は,そのままスタジオに戻った。大原は他のアーティストの事で会議が入っているのでしばらく姿を見せない。
スタジオでは,亜夜子が巧妙に出来た金髪のかつらを取って代わりに持ってきていたタブレット端末で何事かを調べていた。
「亜夜子,何してるんだ?」
亜夜子がここに出入りしている事は大原含めて数人しか知らされておらず,もし外部に漏洩した場合は四葉の制裁が待っていると脅しているので彼女がここにいる事はもはやただの景色と同じだった。
彼女は焔矢を見る事もせず,焔矢も自分のギターの調整をしながら耳を立てる。亜夜子の方に身体を向けていない事からも,焔矢も内心亜夜子が答えてくれるとは思っていないのである。
「少しね」
予想通り,亜夜子はなにを調べているのか教える事はせず数回タブレットをタップすると立ち上がった。
「それじゃ,私は先に行くわね。今回は伴野が残ってるから,何かあれば彼女に言って」
焔矢も伴野の事は婚約してから亜夜子に紹介され,亜夜子が1人で出かける際の護衛の忍者というのは聞いている。
以前ヨルの事を守った事がある関係か,彼女の事もヨルは好きで焔矢がどうしても無理な時は散歩に連れ出してくれていたりする。
着実にヨルが黒羽の中枢に愛嬌によって浸食しているが良いのだろうかと思いつつ,彼女の事は焔矢も頼りにしている為頷いた。
姿は見えないが,認識阻害と人払いの結界によって認識出来なくなっているのだろう。
「うん,亜夜子も伴野さんもありがとう」
その謝辞に亜夜子は微笑む事で答え,堂々と真正面から事務所を出たのだった。
伴野からは特になにもアクションは無かったが,彼女の拘りなのか呼ばれた時以外は滅多に姿を見せない…というか焔矢が認識できない。
「さて…それじゃあ,少し相談してからするとしようか」
そう言って焔矢は先程まで亜夜子が座っていた椅子に座り,眼を閉じて精神を統一させ…精神世界にいる仲間達と曲の方向性について相談しに行くのだった。
★
東京都某所,待ち並外れた廃工場の跡地にて今年の3月あたりに密入国してきたマフィアたちとは別口で数年前から滞在している密入国者,マフィアのアジトにて携帯端末を交えた会話が繰り広げられていた。
「それで,音羽焔矢の洗脳は出来ないと?」
電話の向こうで忌々し気な声で報告してくる,男性とも女生徒も言える中世的な声色の相手はどうやらこれまで想定外な事が起きたせいで苛立ちを隠せないようだ。
「君の精神干渉系魔法が効かないとはね。もしかすると,別の精神が入り込んでいる彼の精神には効き辛いのかもしれない」
元からそう言う想像をしていたのか淀みなく精神干渉系魔法が通じない理由について推測を述べ,相手も同じ意見だったのか不機嫌さが伝わる声で何事かを話し…男もそれに同意した。
「ああ,音羽焔矢を力づくで拉致し我々の実験動物になってもらおう。そして必ずやあの男を…司波達也を葬る術を見つけ出すのだ」
闇の中で光る眼光が,きらりと光った
お疲れさまでした!
という訳で,バリバリ原作改変です。従来の九校戦はタイムスケジュールパンパンだったので後夜祭とかじゃない限り音楽が入り込める余地はなかったのですが,本作では魔法師イメージアップの為に魔法協会側から焔矢にタイアップの依頼が来た感じです。
そして,打ち合わせの為だけに亜夜子がマネージャー(1日限り)になりました笑。金髪亜夜子は達也暗殺計画で出たのでもしかして割となっているんじゃないかなという事で金髪です笑。
次回は焔矢が曲を詰めるために,亜夜子が九校戦についてレクチャーします。ちょっと文弥と焔矢の話も入れたいのですが,今書いている分だともう少し後になっちゃいますね。
では!
どのお話見たい?
-
達也&焔矢(UBW強化話?)
-
空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
-
貢&焔矢(修羅場)