今回は2人オリキャラ出るので一応キャラ設定書いときます。
宝栄紅羽:真紅のギターの元の持ち主,当時国立魔法大学付属第一高校第三学年で話の中では二学期の為に自由登校である。ある日焔矢の音楽的才能に眼をかけ,自分が持つギターの技術を叩き込んだ焔矢の先導者。
少年:今回のお話の小物。小学生ながら魔法を使え,焔矢の通う普通の小学校に通っている。つまりこの子以外に魔法を使える子供がおらず歪んだ承認欲求と自己顕示欲を持つ。
一応ヴィラン扱いだが,正直ヴィランにも値しない小物である。
では!
2089年,10月の中旬…今年で6歳になった音羽焔矢は陰湿ないじめを受けていた。
小さな子供には白髪は老けたようにしか見えないものだったし,金色のライオンを思い起こさせる瞳は他の子供達とは明らかに違っていていて…当時の焔矢は心が脆く直ぐに小学校が嫌になった。
時代が進むにつれていじめの形は更に激化し,変わった見た目と”魔法を使えない”というただそれだけの理由でクラスの一部の男子から目の敵にされた。
普通なら魔法を使えないというだけではいじめの対象にならなかったのだが,焔矢のいじめを始めたグループのリーダーは”魔法の才能がある”とだけで他者とは違うという優越感を持つ子供で魔法が使えるという一点で他のクラスメイトに威張り散らかすのが焔矢には我慢ならず指摘すると,あっという間に焔矢がターゲットになった。
元々魔法を持つというのは希少な才能であり,その子供が”他人とは違う”という優越感を持つのは大人になってもある感情でその感情を魔法を使えない人に指摘されて我慢出来る程大人ではなかった。
そもそも小1に感情のコントロールを求めてそれが出来る人間がどれだけいるのかと言われたら甚だ疑問ではあるが,やって良い事と悪い事があるのも確かだった。
だが,当時の学校は魔法の才能を持たない焔矢よりも,魔法の才能を持つその男子生徒に味方をして…焔矢は先生にすら裏切られて絶望した。
だから焔矢が不登校になるのは必然だった。両親も焔矢を止める事はせず,共働きなのもあって焔矢は家では1人で事務的に教科書を見て内容を覚えてあとは虚無の時間を過ごしていた。
その際に家に自分しかいないからという理由で料理本にも手を出して,火は危ないから使っちゃダメという制約があったので炊飯器飯に目覚めた。火を使わないし時短にもなるしと,当時の焔矢の食生活が炊飯器飯中心になるのは仕方がない事だった。
そんな虚無な日々を過ごしていた時,焔矢は午後に何となく近くの公園まで遊びに行った。公園に言った理由は特になく,ただ気分が紛れないからという変哲もない理由である。
だけど,それが音羽焔矢の始まりだった。
「…つまらない。あんなので遊んで何が楽しいんだろ」
この年をして,人間の醜さの一端に直面した焔矢は同級生よりも数段大人な考えを持っていて…公園の遊具で遊ぶ自分と同じか年上の子供の無邪気な声へ向いて呟く。
視線の先の子供達は例外なく皆笑っていて,焔矢はそんな彼らと反対…仏頂面で適当に広いだけが取り柄の市民公園を歩き回っていた。
軽い人間不信になっていた彼には既に他の子どもと遊ぶという発想も無く,公園に来たのだって晩御飯を作るまでの暇つぶし位しかの今は無かったのだ。
心の内がどうであれ,焔矢は他者と触れ合う事が怖かったのだ。
そんな時だった,市民公園の奥の方…自然な雰囲気を市民に体感してもらいたいというどっかの誰かの考えで産まれた森林地区に足を踏み入れた時
「なんだろう…?」
ビーン!とした伸びるような軽快な音,今までこの公園では聞いたことがないような類の音で,それでもこの森林地区の雰囲気を損なわなず寧ろ森の中を吹き抜ける爽やかな風を表現したような音に焔矢の足はつい森の奥に向いた。
音が聴こえる方に歩いて行くと,やがて森林地区中心のベンチに1人の男性が…真紅のエレキギターを携えてスローテンポの何かの曲を弾いていた。
焔矢は胸を何とも形容しがたい衝撃が貫いてきたのを,昨日のことのように思い出せる。男性は焔矢が目の前に立って魅入ったようにギターを聴いている事に気が付いていたが,それを咎める事はなく寧ろ聴かせるように最初は緩いコード進行だった演奏を緩急が激しく,心の底を揺さぶるような曲に繋げて変えた。
たった2人の小さなライブ…男性は数十分間ノンストップで焔矢に曲を聴かせて焔矢は年相応の子供のように,憧れの人を見るかのように男性の事を見上げていた。
やがて演奏を止めた男性は,優しい笑みを浮かべて…
「近くで見るかい?」
「う…うん!!」
そう言った焔矢は男性の隣に座り,男性の…名は宝栄
この時焔矢は初めてギターに出会い,弾き方を教えてもらった。これが焔矢の音楽の始まりであり,焔矢の音楽的才能を早々に見抜いた紅羽は楽しくなって…2人は兄弟のように日々を過ごしていた。
当時の焔矢は無自覚の完全記憶能力で紅羽のコード進行を覚えるが,同じようにやっても上手くいかなかったり,そもそも自分の身体の半分くらいの大きさのギターを持つ様子はどこかのお姉さま方に好かれそうな姿である。
当時の焔矢にとって,人間関係以外の事は大抵の事が”見たら出来る”を地で行っていた。焔矢の異常な記憶力の事はクラスや当然両親も知っていて完全記憶能力というワードが出ていないだけで焔矢の異常性はこの頃からあったのかもしれない。
勉強にしても,スポーツの競技の簡単な動き程度なら直ぐにまねる事が出来たし,テストも全部満点は当たり前。
出来ない事がこれまでなかった焔矢にとって音楽は初めてぶつかった壁であり…千差万別の音を奏でるギターの事が瞬く間に虜になった。
「凄いな焔矢君…この前少し教えただけなのにもうこのコード進行出来るのか」
ギターを焔矢に貸した紅羽は,先週出来なかったフレーズを難なくクリアして見せた焔矢を呆気にとられたように褒めると彼は年相応の嬉しそうな笑みを浮かべた。
本当は家で自作した段ボールのギターに適当に弦を張り付けたもので練習していたのだ。コードのやり方を見て覚えた所で,大雑把な動きをまねればそれっぽくなるスポーツとは違いギターは如実に音が異なる。
動きを何度も自分に馴染ませ,いざ本番で成功させるあたりやはり…
(この子は天才だ)
ギターを始めて結構経つはずの紅羽も苦労して出来たそのフレーズを,ほぼ見て時間をあげるだけでこなして来る焔矢の事をそう称するのも当然だった。
どこかではその場で教えたフレーズを,その場で出来る天才もいるのかもしれないが焔矢にとって紅羽から習うフレーズにはいくつかの前提条件があった。
それは元々のギターの知識に加え,紅羽のギターを使う為の身体の構造的な意味合いもある。当時の焔矢の小さい手で大の大人が持つエレキギターをただ鳴らすのではなく1つのメロディーにするのには,大人とは違う難しさがある。
紅羽がやったように弾いても,そもそもで焔矢の手の大きさが違うから同じ弾けるようになるわけではない。それを焔矢は努力と才能だけで自分と同じ音になるようにアレンジして聞かせてくる。その分焔矢の手の動きは紅羽よりも激しいが,彼はそれをものともしなかった。
掛け値なしの天才だった。
この分だと,直ぐに追い抜かされそうだなと紅羽は思ったが…それが悔しいとは思わなかった。嫉妬がないと言えば嘘になったが,VR空間や打ち込みなどの”作られた音”でのライブが流行っている現代音楽において焔矢はもしかすると生の音楽でそれらを圧倒するかもしれない。
個人的に現代音楽の事が気に入らなかった紅羽は…将来,焔矢がこの音楽界を背負って行って欲しいと本気で思っていた。
その為に…
「なあ焔矢君,歌も歌ってみないか?」
「え…お歌も?」
焔矢には意外な提案だったのか,ある日提案されたボーカリストの道に戸惑って…紅羽の熱烈なアプローチのおかげで歌も歌ってみる事にした。
しかし,結果から言えば
「…」
「うぅ…」
紅羽は,焔矢の余りの音痴さに唖然としていた。
「や,やっぱり無理だよぉ」
焔矢が紅羽のギターと合わせて歌った曲は,最近巷で話題のアニメのオープニング曲…なのだが,音程は合わないわ棒読みっぽいわロングトーンが出来ないわそもそも演奏に合っていないわで本当に焔矢は音痴だった。
初めて歌ったのもあるのかもしれなかったが,それを差し引いても驚嘆するべき下手さ。そして焔矢もその事は自覚していてもどう変えれば良いのかが分からなかったのだ。
歌詞は当然見ただけで覚えていたが,発声の仕方や腹式呼吸のやり方は見て覚えた所でどうにもできない所があり,これも焔矢にとって新たな壁となって立ちふさがった。
こればかりは記憶力でどうにかなる次元ではなく,焔矢は自分の音痴さに絶望して泣きそうだった。
それを更に助長させたのは
「ハハハハハっ!!」
「…っ」
いきなりギターレッスンをしていた2人に割り込んできたいかにも性格の悪さが滲み出ている少年で…焔矢をいじめていたという男子生徒だった。
彼は焔矢が歌う所を見ていたのか,余りの滑稽ぶりに抑えきれないと言ったように腹を抱えて笑っていた。
「音羽歌下手過ぎ…あはは!!」
なぜ彼がここにいるのかと言うと,普通に小学校が終わった帰りだからだろう。その証拠に彼はいつの時代も変わらないランドセルを背負っていた。
それでも時刻は既に夕方の17時にもなろうという時間なので他に何か用事があったと考える方が自然だ。
「俺の方がもっと上手く歌えるわ」
紅羽がいる前でも,お前本当に小1か?と思うほど罵詈雑言を捻りだして来る。
彼にとって”魔法を使える”というのは,アイデンティティであり他者を見下すための道具でしかなかったのである。
当時の焔矢はメンタル的にもまだ強いわけではなく,また学校まるごとが敵になった後だったので涙を滲ませながら相手を睨んで,相手はそれを更にふざけて煽る。
そんな時,2人の間に割って入ったのは紅羽だった。彼はまるでゴミでも見るかのような眼だった。
「んだよおっさん」
余りの迫力に一瞬飲み込まれたようだった彼だったが,直ぐに固まったプライドで気丈に紅羽を見返した。現代では,魔法を使える子供は魔法を使えない大人よりも強いとか言われてしまう時代であり,自分の魔法を過信している彼は年上に対してもそんな態度だった。最も大人より強いの下りは都市伝説であり,実際は銃火器など使われたら魔法師の子供であろうと足が竦んでお陀仏なのだろうが。
紅羽は内心,どんな育て方をしたらこんな子供が出来るのかと思った。
「今は俺が焔矢君とやっているんだ。邪魔をしないで貰えるかな?」
出来るだけ丁寧に言ったつもりだったが,相手はその事が気にくわないのか,それとも焔矢が自分の知らない所で面白そうなことをしていたのが耐えられなかったのが,どちらにせよ聞く気は微塵も無かったらしい。
「え~いいじゃん。あ,おっさんのそのギターかっちょええ」
そう言って紅羽が肩にかけていた真紅のギターを勝手に触ろうとしたが,紅羽はさっと後ろに隠し触れさせないようにした。自分の思い通りにならなかったのは珍しいのか,嫌悪感に満ちた顔で少年は紅羽を見上げ…初めてゴミを見るかのような眼で見られてカッと頭に血を上った。
「いいのかな,そんなことしちゃって?おっさんなんて俺の魔法で一発だぜ?」
この年をして既に脅しという事を覚えているのが将来的に大丈夫なのかと思ってしまうが,紅羽は自分の知った事ではないと割り切って冷たい眼のままに返した。
「防衛以外の目的の魔法の使用は法律違反だけど,いいのかい?」
あくまでも魔法は使わない方が良いという通告だったのだが
「はぁ?んなもん知らねえし子供の俺の方が守られるに決まってんじゃん。だって俺,国に必要な”魔法師”だからな!」
だからって傲慢不遜な対応していいわけではない。この子は,自分が出来ると思っている魔法という万能の力に酔って魔法師なら”何でもしていい”と勘違いしているただの愚か者だ。
そして…彼は小学1年生という年齢で既に汎用型ブレスレット型のCADを身に着けていて,彼の中で紅羽が断罪の対象に決まったのか手を伸ばし,移動系…基礎単一工程魔法の起動式を選択して,CADに想子を流す。この魔法によって2人同時に後方のベンチに吹き飛ばそうとしたのだ。
そのスピードは,年齢の事もあるので流石に紅羽からみたら”遅い”と言わざるを得なかった。
魔法が放たれる寸前,焔矢があっと眼を見開いた時には既に起動式の構築を紅羽は完成させていて…領域干渉を半径3mに展開して紅羽の干渉力が少年を遥かに上回っていて,少年の移動魔法が2人に作用する事は無かった。
「は…?なんで…なんで吹っ飛ばないんだよ!!」
魔法師は冷静であるべし,そんな言葉は魔法師にとっての常識であるのだが自分の得意魔法が何故か作用しない事に少年は冷静さをあっと言う間に忘れて汚い言葉を吐き続ける。
焔矢はなにが起こったのかが良く分からなくて,ただ目の前の数段大きくなったように見える背中を見上げていた。
少年はやけくそに何度も同じ魔法を放つが,そのどれもが領域干渉に阻まれてまさに手も足も出ないようだった。
やがて少年の想子が枯渇してしまい彼は目の前で肩を大きく乱して,それでも紅羽を睨みつけていた。
その憎悪とでも言うべき視線を,紅羽は淡々と受け流しながら言葉を紡いだ。
「俺の高校にも,ブルームやウィードって優越感に浸る奴らはいるがだからと言って他人を馬鹿にしていい理由はない。魔法は何でもしていいっていう免罪符じゃなく,責任を持つべき力なんだ。間違ってもそんな簡単に他人に向けていい力じゃない」
紅羽の言葉は,これまで魔法で比肩する人間がいなかった少年に刻み付け…顔をプルプルと震えさせてただただ紅羽を睨んでいた。
「それに,力っていうのも色々あってな…焔矢君には君とは違う力を持っている。魔法は確かに君の才能だ,だけど焔矢君の音楽の才能も本物だ」
紅羽は先程焔矢の事を天才と言った。
その言葉には嘘はない。焔矢は天才だと思っているし,手先の器用さも相まってギターの基礎はおろか簡単な応用に関してはもう3週間程度しか経ってない筈なのに身に着けて来た。
それも自分の身体に合わないサイズのギターを使ってだ。
ギターの調整や弦の種類についてはまだ教えていないが,この分だとおすすめの教本でもプレゼントしたらそれすらも身に着けてくるだろう。
だが,コード進行とそれにまつわる指の動きは自力で習得してきた。頭で覚えるだけでなく,身体で覚えてくるまでにどれだけ練習したのかは想像に難くない。
「なにが本物だよ!さっきの歌とかめっちゃ下手だったじゃねえか!」
だが少年は墓穴を掘る事が出来ると思ったのか,一気にニヤリとした人の悪い笑みを浮かべて指摘した。
紅羽は眼を細め,どうやったらこの目の前の少年の歪な自己呈示欲を訂正させる事が出来るのか考えた。
紅羽は,焔矢がこんな時間から公園になぜいるのか理由をこれまで聞いて来なかった。どうやら訳ありのようだったし,ギターを楽しそうに弾いてくれるのが嬉しかったから聞こうとは思わなかった。
焔矢が不登校っぽいのも気が付いていたが,今時学校なんて行かなくても才能を磨ける子供は磨ける。焔矢は典型的なそのタイプだったし,そもそも学校を少しサボっているという意味では自分だって似たようなものなのだ。…まあ,紅羽の場合は既に自由登校だったからという簡単な理由なのだが。
だけどその原因がこの目の前の少年にあるのなら,これからの焔矢の成長の為に邪魔な壁となる。だから焔矢には早急にこの壁を越えてもらわなければならなかった。
だからこその提案が…
「じゃあ…こうしようか。2週間後,近くの商店街の年越しのイベントで”歌うまコンテスト”があるんだ。」
「それがなんだってんだよ」
「それに君と焔矢君が出て勝負しよう」
「「え?」」
紅羽の余りに突飛な提案に,呆気にとられたように声を揃えた2人。
そんな2人を置いて,紅羽はそうしようと自画自賛するように頷いた。意外に押しが強い性格なのか,この時点で2人に拒否権は余りなかった。
というか,少年についてはプライドをズタボロにされた後なので簡単に靡くしかなかった。
「順位の決め方は歌い終わった時に,観客たちによる投票だから順番によって有利不利は産まれない。純粋な歌の上手さで決まる。焔矢君に才能がないというのなら,君でも当然勝てるよね?」
煽るように,挑発的な笑みで問いかけると…少年はまんまと挑発に乗せられ何故か2人の商店街での祭りでの決戦が決まったのだった。
★
ここまでの話を聞いて亜夜子は色々な意味で意外に思った。
焔矢がいじめられていたのも知らなかったし,不登校だったというのも知らなかったし,何となく焔矢は自主的にギターや他の楽器をするようになったと思っていたから誰かに教えてもらっていたというのが意外だったのだ。
更に意外だったのは焔矢が音痴だったという話で,今の彼からは想像もつかない。
焔矢の歌は確かに声が美しかったり,誰もが聞き入るようなハイトーンではない。声だけなら多分亜夜子や達也の方が万人受けはするかもしれない。
しかし,歌っている時の彼は全てを破壊するが如くのシャウトや不思議と耳によく残る憂いを帯びた歌声を出してきて,美声とはまた違うがそれでも万人に受け入れられている。
そして…なによりも驚いたのはその焔矢のギターの師匠が魔法師だったと言う点だ。
「あの時はウィードとかブルームとか意味が分からなかったけれど…そもそも魔法が使えて高校生と言ったら魔法科高校しかないしあの人の実家は東京にあったから十中八九第一高校の出身だったと思う。」
ウィード・ブルームは蔑称だったが,今の第一高校ではウィードの二科生,ブルームの一科生のシステムはなくなっている。しかし焔矢の過去の話では当然その制度は続いていていたし,場所も東京だったので東京にある第一高校が彼の学校だろうと焔矢は後から思っている。
当時はまだそんな高校があるのも知らなかったのだ。小1で高校の事を調べる小学生なんて普通いないから当然と言えば当然ではあるが。
一応,焔矢が第一高校に反応を示したことは理解した亜夜子だったが首を傾げた。何故ならその彼が第一高校に通っていたというだけで,あれ程暗くなったような眼をするのかが分からなかったからだ。
しかし,恐らく焔矢はその結末も話してくれると分かっていたので聞くことはせず,代わりに少し楽しそうに続きを促した
「それで…その愚か者との勝負はどうだったの?」
「なんか当たり強くないか?」
余りに直球な言い方に焔矢は顔を引き攣るのが抑えられなかったのだが,亜夜子は亜夜子で足りないというように笑顔なのが逆に怖い。
もしかしたら彼女なりに焔矢をいじめたというその少年に憤りを感じているのかもしれない。
「まあ…結果から言うなら俺の勝ちだったよ」
憤りを感じてくれている事にそこはかとなく嬉しさを感じながら,再び当時の事を再生した
★
少年が…今更だが焔矢が当時のいじめっ子の事を少年と形容しているのは深い意味はない。当然彼の名前は覚えているが,正直に言うなら彼とは最後まで仲良くなれなかったし年次が変わるまで焔矢は不登校だったからだ。
それはそれとして,焔矢は少年が家に帰った後に当然紅羽に猛抗議した。自分ですらさっき試しに歌った歌は酷いと思ったのだ。
少年の歌の上手さがどの程度なのかは知らないが,ただ”普通”に歌われるだけで正直勝ち目がないと心から思っていた。
「俺なんてどうせ下手なのになんであんな事言うの!」
涙目になりながら抗議する焔矢だったが,紅羽は紅羽で違う視点から焔矢の事を見ていた。
確かに,焔矢の声は声変わりしていないのもあるのだろうが到底バラード曲には合わないだろうし,かといって爽やか系の青春ソングが似合うという感じでもなかった。
さっきのアニメの曲は,どこか自分が歌いたくないものを謳っているかのようにも感じた。
だけど焔矢にボーカリストとしての才能がないのかと言われたらそう思わなかった。
「じゃあ,焔矢君はさっきの自分の歌はどんな所がダメだったと思う?」
「そんなの全部だよ!」
「具体的には?」
「音程もまるで変だし息継ぎも変だし気持ちも込められていないし演奏にも合わせられなかったしただの音読だよあんなの!」
「分かってるじゃないか」
「…え?」
普通に紅羽がその通りだと大きく頷いて,焔矢は思わず呆けた表情を見せた。何故か紅羽は焔矢の言葉に嬉しそうにしていたのが焔矢にとって意外でなんでそんな顔をするのかが分からなかった。
だが,紅羽にはきちんとした理由があった。
「いいかい焔矢君,本当にボーカリストの才能がない人間は君のように一度歌っただけで自分のダメな所を言葉にする事は出来ないんだ」
そう,紅羽が焔矢にボーカリストとしての才能があると感じたのは焔矢の無意識に客観的な自分の歌を分析出来ていると思っていたからだ。
本当に下手な人間は初手歌った時に「何か違う」と思う事はあっても焔矢のように具体的な言語化をする事は出来ない。
そして他人に指摘されて初めて気が付ける事が初心者には多い。自分で歌って,自分のダメだった所を言語化出来るのは上級のアマチュアやプロなら当然いるが焔矢は若干6歳にして自分だけで言語化している。
これで”才能がない”?焔矢で才能がないのなら他の人の才能なんてそこら辺のゴミ同然ではないかと紅羽は本気で思っていた。
しかし,焔矢はその事にピンと来ていなくてただただ不思議そうに首を傾げる。彼にとって今の歌の評価は客観的なものであり,別に自分が特別凄いという感覚がないのだ。
ましてや今あの少年にこっぴどく馬鹿にされたばかりで,凄いと言われても実感がないのは当然だったかもしれない。焔矢のメンタルが化け物じみたものになるのはもっと後なので仕方がないのだ。
「君とさっきの子の間に何があったのかは知らない。だけれど,魔法だけが特別じゃないんだ。君には君の才能がある。」
天才…焔矢は自分でそう思っている訳では無かったし,彼の両親も焔矢を天才と称したことはない。確かに記憶力は異常だし学校の通信によって送られてきたテストは満点だ。
小学生レベルではないのかもしれないが,焔矢のレベルなら年齢が上がればいるという自己分析によって”才能”と言われてもよく分からないのが紛れもない本音だった。
だけど…焔矢は初めて全くの他人に,少し人間不信を感じていた時に才能があると言われて柄にもなく嬉しく思ったのを今でも覚えている。
紅羽の真剣な眼差しに,焔矢は自分の何かが動かされたのを感じた。
自分を信じてくれる紅羽を,裏切る訳にはいかないと思ったのだ。
「分かった…やってみる」
こうして焔矢は一度ギターを横に置いて歌の練習を始めたのだった。
紅羽が選んだ決戦の舞台,この現代においても場所によっては年越しの祭りというものは行われていて焔矢の地区の小学校の近くにある商店街でも毎年のように行われていた。
そして今年は眼玉イベントの1つとしての歌唱大会が用意されていて,1人或いは数人のグループでの歌唱力を競うというシンプルなものだ。
音源は空オーケストラ,略してカラオケで曲は基本的に何でもあり。ただし,審査員の他に観客達も投票するというシステムの関係上知名度が殆どない楽曲だと逆に盛り下がって投票が伸びないなど様々な事が考えられる。
だが,投票の時間は紅羽の言うように参加者が歌い終わった時に行われ観客が持つ投票数はある意味無限,つまり”良かったか”,”良くなかったか”の二択で参加者全員が終えるまで繰り返す。
このシステム上,順番による投票操作は行われず理論上観客が全て同じなら公平なジャッジになるという事だ。
「はぁ…はぁ…」
練習を始めて一日が経ち,焔矢は当時住んでいたマンションの風呂場で息を乱していた。家には誰もおらず,焔矢はいつものように1人で自分の身の回りの事をこなし練習に励んでいた。
その成果はと言えば,未だに少し微妙な歌唱と言わざるを得ないと自己分析をしていた。
「腹式呼吸は身体で覚えるしかないけど…どうしても高音が出せない」
当時の焔矢の音域はそれほど広くなく,低音ならともかく高音を出すやり方がイマイチ分からなかった。これも他と同じで,見ただけではよく分からないが故の壁であり情報端末から流れるピアノの戦慄に合わせて練習しているが一向に高音が出ない。
人に聴かせる分には問題ない領域にまでたったの一日で辿り着いたのは流石と言うべきなのか,それでも焔矢が今回歌おうとしているアニメの曲は女性が歌っているものなので必然その為に高い音を出す必要があると焔矢は思ったのだ。
「背筋…体幹…今からやっても間に合うのかな…」
高音 出し方 とネット検索して出て来た方法はオーソドックスなもので姿勢や体幹が良いと綺麗な高音が出しやすいとどのページでも紹介されている。
しかし,発達段階真っ最中の今の段階で無理しても良いのかなという思いと,あと二週間しかないのに間に合うのかなという思いで少し足踏みをしてしまっていた。
他の音程の取り方や音のテンポは既に身体に馴染ませることに成功したが,恐らくこの曲をやる上で一番のポイントであるはずの高音を出せない事には月並みの評価しか得られない。
別に大会に優勝する事を目標にしている訳ではないけれど,それでも少年を上回る必要があってその少年の歌唱力がどの程度のものなのか分からない以上出来る事は全てしたかった。
人はそれを負けず嫌いというのだが,当時の焔矢は紅羽の面子を守るために練習していたのでその自覚はない。
「出来る事は全部しよう」
一度は悩んだが,悩んでいてもどうにもならないと決めたのか再び歌い始めた。
そんなこんなで祭りの一週間前の水曜日,いつものように公園で集まった紅羽と焔矢は取り合えず練習の成果としてテーマ曲を歌った。
紅羽の反応は一週間前に比べたら良かった…が,どこか訝し気に首を傾げていた。
「取り合えず,一週間前よりも数段上手くなったね。凄いよ!」
それは紅羽の忖度なしの評価だった。焔矢が自分の課題として出したのは…ボーカリストとしての基礎そのもので,それをレベルは兎も角人に聴かせるレベルにまでたったの一週間で持ってきたことは称賛するべき事だったからだ。
音程やロングトーンも,一週間前に比べたら惚れ惚れするとは言えないがマシだったし歌唱大会に出ても恥をかくことにはならないレベルにはなっていた。
でも,紅羽と同じように焔矢も同じく納得がいかないような微妙な顔をしていた。それは2人が同じことを考えていたからに他ならない。
それは…
「でも…しっくりこない」
たった一言で焔矢は自分の歌をそう評価した。
紅羽はそれを肯定する事は無かったが,同じことを思ったのか否定する事も無かった。
では,2人がどうしてしっくりこないのかを言語化するのは少々難しかった。課題だった高音も出来るようになっていたし,ただのカラオケ採点システム位ならきちんと85点以上は確実だとも思えた。
年齢を考えればそれでも十分なのだが,妥協という二文字を2人とも知らなかった。
「なんだか…焔矢君が押さえつけられているように感じる」
感じた違和感を,聞いた側の紅羽は言葉にする事が出来た。
確かに焔矢の歌は上手くなった。だが,それが感動するようなものかと言われたらそうでもなく,言ってしまえばセオリー通りで面白みに欠ける。
上手くなった代償に,焔矢が本当にしたい歌を歌えていない気がするのだ。
「押さえつけられてって…俺何も抑えていないよ?」
だがそう言われても焔矢はやっぱりそう返すしかない。
そもそも”自分らしい”というのが何なのかが分からず,ただ譜面通りに歌っているだけ…それが自分にも分かっているけれどではどうすればいいのかも分からなかった。
「違うな」
だが,紅羽は焔矢の言葉をバッサリと斬った。否定されたことの意味を理解出来なかった焔矢は顔を上げて紅羽を見ると,紅羽は焔矢の何かに問題を感じたのか心配気と憤りを交えたような表情で見下ろしていた。
「君は…本当の君を抑えている。あの子と対峙した時の君はもっと獰猛な獣のような眼をしていた」
ハッと眼を見開いて紅羽の言葉を噛みしめた。
それは全く意識をしていなかった事で…確かに焔矢はあの少年が目の前に現れた時,紅羽の言うように落ち着いた焔矢からは想像の出来ない程の殺気に満ちた目をしていた。
指摘されるまで気が付かなかった事で,紅羽の指摘は焔矢の中にも”獣”…或いは”王”がいることを示していた。
焔矢は元来大人しい性格である。だが,安っぽい正義感は持っていてだからこそ魔法師の卵という理由だけで威張り散らかす少年の事が許せなくて…彼の一派のいじめにあった。
焔矢は知る由も無かったが,当時焔矢のいじめに火が付いたのは焔矢の怒りの眼が少年のプライドを刺激したことによって起こった事である。
自分自身では気が付かない所で,自分の知らない自分がいると言われて意味は分からずとも理解をする事は出来た。
「で,でも…例えそうだとしてもそんなのどうやって出したらいいのか分かんないよ!」
だが,それを出せるのかは全くの別問題である。
確かに焔矢の中にはそう言った激情の渦があるのかもしれない。だけどその感情をどうやったら引き出せるのかは分からなかったし,普通に怒ればいいのかもしれないが人間不振に堕ちていても根が優しいので怒るに怒り切れないしそもそも歌ってるときに怒ってどうするんだよともなる。
出し方が分からないのにそんなものに頼ることは出来ないというのは自然の帰結である。
「出す必要はない,歌えばいいんだ。」
だから,なんとしたこともないように言われた事に呆気にとられたのは無理も無かった。
その歌い方について色々悩んでいたというのに,答えが”歌えばいい”というのだから。
呆気にとられた焔矢は,自分に目線を合わせて肩に手を置いて来たギターの師匠を見やる。彼はどこかワクワクしたような,焔矢に何かを期待しているような笑みを浮かべていた。
「焔矢君,歌は…音楽は自分のやりたいようにやらないと意味がないんだ。確かに先人たちの知恵やテクニックも真似する事は大事だ。君は真似っこが上手いし,天才だ。」
そうやって真正面から天才と言われながらも焔矢は黙って紅羽の言葉を聴き続けた。
この時の言葉は,焔矢の人生において確かな教訓として刻み付けられている。
その言葉は既に機械的技術によって音を作る現代音楽において喧嘩を売っているようにしか思えない言葉だった
「今までとは違う事をする事は怖いかもしれない。それでも俺は君にただ”正しい”だけの音楽をしてほしくない。だって停滞する唯一の正解に,誰も憧れたりなんかしないから」
唯一の正解…作られた音に対する紅羽の並々ならぬ思いを感じた。
焔矢は紅羽の事をどう思っていたのか,それは正直今でも分からない。
紅羽が先走ったかのように自分に”憧れた”と形容していても,そんな憧れが自分の中にあったのかは言葉に出来ない。今でこそ焔矢は胸を張って紅羽を憧れと言えるが,当時はまだ人間不信続行中だったので仕方がない。
でも,確かに焔矢はこの時の紅羽と彼のギターによって音楽に目覚めた。そう言う意味では,焔矢の先導者に当たり音羽焔矢としてのアイデンティティの形成に大きな影響を与えてくれた。
だから焔矢は,紅羽の言葉を信じてみる事にした。
高音だとか,音程だとか,その他もろもろ歌に必要なスキルを度外視して心のままに歌う事に決めたのだ。自分の中にいる”獣”或いは”王”を歌に乗せて解き放つことにしたのだった。
夏祭り当日,焔矢の姿は商店街ステージの控えのテントにあった。
ついに始まった夏祭り記念歌唱大会,参加者は一週間前までに商店街振興組合に参加票——氏名と歌う楽曲を書くだけの簡素なもの――を提出する必要があり事前に判明した参加人数は20人程度。焔矢は土壇場に最初に歌おうとしていた女性が歌うアニメの主題歌を却下し,どこからか見つけて来た自分を解き放つために適して…そして何より音楽性に惹かれた曲を見つけてきてそれに変えて来たのである。
年齢はバラバラで焔矢や少年のような小学生は2人と少ないが,他には20代から60代くらいまでの老若男女が参加していた。歌唱の順番は希望者は初手から出来るが,焔矢は緊張で到底初手なんて出来ないと思って残った人のくじ引きで決めた。
「うぅ…なんでだよぉ」
しかし,焔矢は何故か最終番…つまりこの歌唱大会のトリを飾ることになってしまった。
何度でも言うが,この時の焔矢は現代の焔矢のようにメンタルが化け物ではない。化け物と形容するのも問題かもしれないが,四葉に眼を付けられてその分家の当主に「クソ親父」とか言えるようなメンタルを化け物と言わずして他に何が言い換えられようか。
過去の焔矢はメンタルは,一度いじめによって砕かれたもののせいでもあり,自信をまだ取り戻していない頃。
ただでさえ人前で歌うというのが彼にとって精神を少なからず摩耗するような事なのに,その上ステージに最後に立つのが自分?
冗談であって欲しかったと割と
会場には既に沢山の人達が来ていて,パッと見た所だけでは魔法師がいるのかどうかは分からなかった。しかし,会場にいる人は例外なく皆楽しそうで…腹をぶっ壊したみたいな蒼白となった人間なんて焔矢位なものだった。
祭りというのは魔法師でもそうじゃない人間にとっても,等しく楽しめるものである意味平等を現した一時的な聖域かもしれないと…緊張から来る現実逃避をしながらテントからモニターで他の参加者たちの…現在18番目である少年が歌っている所だった。
だが正直に言って焔矢は殆ど聞いていなかった。それは別に彼が音痴だからという理由ではなく,聴く余裕が無かっただけである。
「よっ,元気してるかい?」
「わぁっ?!」
だから,頭がボーっとし始めてきた頃に紅羽が焔矢の様子を見に控室に来たのにも気が付かず変な声をあげてしまった。
「どうした焔矢君,そんな今にも死にそうな顔をして」
「だだだだって…あそこで今から歌うんだよ?!しかも最後に!」
歌唱大会の幕を下ろすにはいささか役不足ではないかと焔矢は本気で思って問いかけると,紅羽は優し気な笑みを浮かべた。
「大丈夫,練習したことを思い出せば君はこの場所で一番になれる。俺が保証する。」
「そ,そんなこと言ったって」
余りの人の多さに呂律が上手く回らなくなっていてこのままでは喉が閉じて歌えないなと思った紅羽は…がくがくしている焔矢の両頬をつねった。
そうすると少年焔矢は涙目のままほっぺをぷにぷにされるという不思議な光景が産まれた。
「く…くれひゃしゃん?」
「お~,前から思っていたけどやっぱりモチモチしてるな。触ってて飽きねえわ」
「や…めぇて」
焔矢の涙声の抗議に少し,名残惜しそうに話すと紅羽はにかっと笑った。太陽のようなその笑みを,焔矢は多分自分の能力がなくても生涯忘れられなかっただろうなと思った。
不安を全て晴らすかのような清々しい笑顔,そして…
「良いか,焔矢。お前がその気になればここにいる誰よりも上手い。自分を信じて,ただぶっ放す事を考えていればいい。それで優勝はいただきだ。」
「ゆ,優勝って…俺小1だよ?」
「音楽の世界に学年なんて関係ない。他の人に気負う必要はない。彼らにとってはお遊びでも,君にとって音楽は”自分の証明”だ」
「…っ」
その言葉に焔矢は勇気づけられ,ようやく極度の緊張が解けた焔矢は周囲の音を聴く余裕が出来た。
正気を取り戻した焔矢の耳に入ってきたのは,少年が歌い終わった事による観客たちの生暖かい拍手の音だった。モニターを見てみると,少年の投票の時間が集まっていてガチで審査する人達の評価は中間点…恐らく小1というお情けも加わっている。
そして観客たちも大体が似たような感じで,歌は中の下——ただ初めて歌った時の焔矢よりは上手かった――で少年の愛嬌という面を被った姿を見分けられなくて「可愛かった~」という感じで投票した人も何人かはいた。
だが焔矢はモニターに映る観客達を見て,初めて気が付いた
「あいつら…」
この会場での投票方法はスマホではなく,商店街に入る時に配られる光るカラーリングを手首に付け投票する場合に掲げるというもの。それを周囲の街頭カメラが撮影し,商工会の事務所にあるカラーリングに反応する投票プログラムによって計測される。
例外はステージにいる商店街の会長さんと,近くのライブハウスのオーナー2人の審査員は直接手元のボードに100点満点で書き込む。観客たちの点数は1人一点なので例え観客たちの点数が低くても3人の審査員の点数次第ではきちんと上位も狙える。
しかし,それでも一点の差が勝敗に繋がる事は確実で焔矢の事を極度の音痴という情報から更新していない少年はある策を用意していたらしい。
「どうした?」
「…俺のクラスメイト達もいるからビックリして」
一瞬モニターに映し出された自分のクラスメイト…つまり,現在では少年の一派のクラスメイトが数十人いて1人の例外も無くカラーリングを掲げていた。
それによって背後では――そもそも焔矢は不登校だから知らないだけ――賄賂か脅しによって不正に点数を稼いでいる様だった。
たったの数十人,だが塵も積もればなんとやらで数十点にもなる。それがどのような影響があるのか,幼い焔矢でも分かった。
だが,焔矢はそれを大会委員に指摘しようとは思わなかった。
それには彼らの不正を証明する手段がないからという理由に加え――”どうでもいい”——というものもあった。
どれだけあの少年が焔矢を陥れたいが為に不正をしようとも,観客を全員掌握した訳ではない。それにクラスメイト達は本当に少年が良かったと思うから投票した可能性だってある。
少年にとってこの大会の目的は焔矢の鼻っぱしを折る事であり優勝ではない。一点でも多くとれば音痴から成長していないと思っている焔矢に勝つことは出来ると思っているのである。
しかし,焔矢は既に少年の事は眼中になかった。悪く言えば敵とすら認識していなかった。
焔矢にとってこの大会の目的が紅羽によって”優勝”に変わってしまったからだ。優勝,つまり頂に君臨するのならたかが数十点の不正なんざどうでもいいと思った。
観客のキャパは椅子を詰める事によって約150人前後,一割にも満たない数を不正に得た所で取るに足らないものだといつの間にか焔矢の思考は”王”のそれに変わっていた。
「いやぁ楽しみだなあ,音羽の音痴な歌が」
いつの間にか戻って来た少年の嫌味たっぷりなセリフも,焔矢の耳には入っていなかった。ただ精神を研ぎ澄ませ,到底小1の雰囲気には思えないまま彼はステージ裏に向かった。
紅羽は焔矢に心の中でエールを送り,無視されてプライドが刺激されて顔を真っ赤にしている少年を置いて観客席へと向かった。
19番目の若い女性の歌と,投票も終わりいよいよ焔矢の出番が回って来た。時刻は既に夜を迎えており,THEお祭りとも言うべき雰囲気が会場を包み込む。
その光景の圧を,確かに感じながらも焔矢は堂々たる雄姿でステージに足を運んだ。
——それでは,長いようで短く感じた歌唱大会も最後を飾ってくれるのは,先程の――君と同じ小学一年生の音羽焔矢君です!拍手お願いします!!
精神統一の為に深呼吸をしている姿は,逆に初々しくて女性陣からの反応は上々であるが焔矢は殆ど観客たちの密かな声も聴いていなかった。
ただ…自分の中の獣を抑えるのに必死だった。
——それでは意気込みの後,始めてください!
そう言われて焔矢は初めて目の前の観客達を意識した。昔から,と言っても第三次世界大戦が起きた後だが出来た商店街。だから若い人も老人も多く焔矢の小さな体からどんな可愛い声がするのだろうと期待しているような眼が多く見られた。
中には鼠色がかった白髪に金色の瞳に驚いたような人もいるが,髪色が違う位今時魔法師の開発によって当たり前でもあるので特に気にも留められなかった。彼ら彼女らは,この長い歌唱大会の最後という事もあってか疲労の色も見える。中には”さっさと終わって欲しい”と顔に書いている人間もいた。
大会の参加者は大体がアマチュアか,本当にただの趣味程度の人間が多くプロのような人はそれほどいなかった。最初の内は良かったが,それも19人も続いたら疲れるのも当たり前だった。
紅羽は近くの人間がそう言う顔をしているのを見て,不利な条件だというのを再確認した。恐らく身近に見えないだけで余りの長さに帰ってしまった人もいるだろうし,投票数という意味では焔矢は余り良い条件とは言えない。
焔矢が本気で優勝を狙うのなら,観客達も勿論の事,審査員の点数を稼ぐしかない。
現在の最高点が363点…審査員合計300点と,観客の約150点分合計450点前後を照らし合わせて見れば低い点数かもしれないが,審査員の内2人がライブハウスのオーナーという”プロ”の眼で見てくる為参加者のほとんどは彼らの点数はあればあるだけマシとも考えられる戦略をしていた。
――因みに少年の点数は123点で内数十点が不正,7割くらいはお情けが多かった。
だが,そんな状態でも紅羽は落ち着いていた。彼が歌うものは到底小学校1年生が歌うような歌詞をしていない。求められている歌唱スキルも最初にしようとしていた曲とはまるで違う。
それでも,練習での焔矢は…まさに”王者”だった。
マイクを受け取った焔矢は,少し音量を確認すると金色の瞳を眼前の客達に向けた。
「エントリーナンバー20番,音羽焔矢…ついて来られる人間だけついてこい!…”MANIFESTO”」
その到底小1とは思えない言動に呆気にとられたのは観客達だけじゃなく,司会の女性も審査員の3人も絶句して焔矢を見ていた。
この大会の音楽が始まるタイミングは,参加者に委ねられていてシステムとしては登録した楽曲名を言えば,予め登録されていたカラオケの予約システムに受け付けられ音楽が流れるという仕組みだ。
だから観客や審査員の絶句を他所に,焔矢の歌唱が始まってギターのイントロが入ったかと思えば力強くマイクを握った焔矢は殺気を放ちながら叫んだ
「Get ready on!!」
滑らかな英語,意味としては「準備しろ!」という命令の言葉。
背後のモニターにある歌詞ではないが,これは焔矢のオリジナルだ。激しいギター,ベース,力強いドラムの打ち込みがスピーカーから放たれるが,観客たちは…正直それらの音を聴いていなかった。
それ位,小さな体のどこにそんな声帯があるのかという圧倒的な重圧と,心に叩きつけるような凄まじい歌詞が姿とのギャップに観客たちは度肝を抜かれた。
特にサビ前の,何かをため込むかのようなこの歌詞は未知の予感をも感じさせた
「さあ 行こうか 遅れんなよ――どけよ運命俺が通るぜ!!」
そこから一気に最高点に引き上げる形でサビに入り,この曲は元々コーラスがあってモニターの歌詞表示にもその部分は当然映っている。
しかし,余りに焔矢の迫力がこれまでの参加者と段違いだった為絶句したままの観客もいてある意味盛り上がらない事になってしまっていた。
それ位,焔矢の歌が可笑しなベクトルで突き抜けていて観客を置いてけぼりにしていたのだ。
コーラスの無いサビはイマイチで,でも焔矢は2人としていないので観客が反応しまいがしようが関係なく曲は2番に入って行く。
相変わらず過激な歌詞,それも英語も織り交ざったお前どこで習ったと思わず口走るような歌詞しかない。
Oh! yeah! King of the world!
Oh! yeah! King of the world!
(Bang!) 真っ正面突破 Bang! Bang!
撃ち抜く弾丸 Bang! Bang! Like a revolver!
乗るか 反るか Live or die! Burn!Burn! 燃やせ 眈々と
One for the money より one for the Show で
Million doller より 勝る フロア
Bounce しな! Rockers!
Now 今 hold up! G.Y.R.O シーンの革命児だ
それでも…焔矢は止まる事なんてしなかった。ただ自分の思う自分の心の内をさらけ出し,己の獣を解放する事しか考えていなかった。
そして,いつしか観客たちは焔矢の歌に理解が追い付き始め…2番目のサビから1人の男がコーラスを入れたことをきっかけに,会場の熱気が一気に高まりだした。
焔矢の”ついて来られる奴だけついてこい”と言う言葉を,理解した観客達はほぼ例外なく焔矢に歓声を響かせていた。
誰かが言った 正論? そんなんじゃ無理無理?
Booing も boogie boogie!
掻き消して 上等!自分信じて don't stop!
世界のセオリーは日々 non stop!
誰の人生?俺のもんだ!君のもんだ!
文句あっか?Don′t blast! さあ hands up!
邪魔する奴は 速攻で one shot!
目の前の壁? 蹴り飛ばし goes on!
答えを導く!What do you want?
天下統一の未来へ エスコート let's go!
「世界を自分色に染めてく」
それを証明!ここで証言!
凄まじい速さのラップパートも難なくクリアして見せた。焔矢が短時間でものにした腹式呼吸が結果に現れたものだ。
そして…いよいよ曲はラストのサビを迎え,これもまた観客達を焔矢の歌が引っ張りコーラスもぴったりと合わさり…商店街ステージは今日一の盛り上がりを見せた。
ワガママくらいで いいさ!誰の人生でもない
自分貫いて 突き抜けりゃいい
さあ 行こうぜ!Never end! Take my hand!
世界を 今 変えてやろう
最後,まるで焔矢自身に向けたかのような歌詞で…商店街夏祭り記念歌唱大会の優勝は焔矢に決まったのだった。
★
焔矢の,初陣とも言える夏祭り歌唱大会の顛末を聴き終えて亜夜子はその少年はさぞかし赤っ恥だっただろうなと思った。
魔法が使えるというだけで,魔法を使えない焔矢の事を下に見て不正した挙句負けてしまうなんてプライドがズタボロだっただろう。
だが,亜夜子は少年に同情するつもりはない。自分達魔法師は確かにただ人とは違うかもしれない。だけどそれで差別していい理由にはならないし,その紅羽という人の言うように”力”にだって色々ある。
それに,魔法師が一般人を差別なんてしてしまったらそれこそ本当に魔法師排斥の動きが強くなってしまう。過去,新人類フロントという魔法至上主義団体がテロを起こした時の魔法師に対しての世間の当たりは強かった。
魔法師だけでこの世界が成りたっている訳ではない。だからこそ,共存という手段があるのだからそれを反故するような行動は亜夜子から見ても余計なお世話だとしか思わなかった。
自分が持つ他人とは違う力持ったからこその優越感も分からないでもないが,それで敵を作ったら元も子もないだろう。
「それにしても…焔矢のステージの豹変にはそんな理由があったのね」
亜夜子の興味は既に少年ではなく,焔矢のステージ上でのキャラに変わっていた。
焔矢のステージのキャラを見た時,亜夜子は焔矢があのキャラを作っていると思っていた。世界を変えたいから,王者の風格を漂わせるようなキャラになっているのだと。
だが実際は違くて,普段は胸の内に秘めている激情を解き放っているのだと知って意外な気持ちが抑えられなかった。
「豹変って…そこまででもないだろ?」
実際,あの歌唱大会の後から焔矢は少し口調が変わった。それに気が付くことが出来たのは両親と紅羽位だったが,言葉の端々に自信がある故の大胆さを見せるようになっていた。
焔矢にとってはほぼ無意識な事だから豹変という大げさな言葉を使われて不本意そうだったが,亜夜子にしてみればあれは間違いなく豹変だ。
普段も…非魔法師にしては頼りがいのようなものはあるし,そう言う所も惹かれた一面では確かにあるのだが…亜夜子が本格的に焔矢の事を意識してしまったのは彼の2ndライブで,人が変わったかのような”焔の絶対王者”に相応しい貫禄を見せつけたあの時だ。
ライブ以外の飄々とした態度からは想像もつかない圧倒的な存在感で,見るもの聴くもの全てを虜にしてくるあの時の焔矢の普段とのギャップは今でも亜夜子の中にある。
「あれで豹変じゃないのなら他になんていうのよ」
「…いつも通り?」
「絶対にないわね」
「いやでも…どんな俺でも俺なんだからいつも通りなのはそうだと思うんだけど」
焔矢の屁理屈に近いその言葉を呆れた眼で見た亜夜子は,1つため息をつくと話を焔矢の過去に戻した。
「それで学校には行けるようになったの?」
「いや…実は,俺が引っ越ししちゃったんだ」
元もと焔矢の両親は不登校の件で学校とは決別したような状態というのもあって,”焔矢の為”という条件で焔矢の祖父に当たる人がスポンサーとしてあの一軒家を購入したという背景がある。
不登校になった孫の為とはいえ,一軒家を購入してしまうなんてどんな孫バカな祖父だったのだろうと亜夜子は思ったが結果的に言えば焔矢には良い環境の変化だったのだろう。
現在,四葉が焔矢の財産管理をしている関係上亜夜子も彼の金の動きを確認したが元々祖父は投資家…それも大成功していると過言でもない程の人物で焔矢が1人になってもお金に苦労しなかったのも納得の出来るものだった。
なんなら,焔矢も今はプロとしてのお金も入って来るのでよほどの失敗や詐欺に合わない限りは大丈夫だろう。少なくとも四葉が関わっている以上詐欺なんて出来っこないし,失敗もさせないが。
「それじゃあ…紅羽さんとは?」
「毎週は無理だったけれど…数カ月に1回は会ってたよ」
両親が…正確には祖父が焔矢の為に一軒家まで購入までしてくれたという後ろめたさが当時の焔矢にはあった為,歌唱大会を折に身に着けた小さな自信と一緒に新年度から再び新しい学校には通う事になった。
新しい学校では”友達”と言いきれる人間は小6になるまでは出来なかったが,それでも”魔法”を使えるからといって威張る人間がいなかっただけで焔矢はそれなりに楽しく学校に通う事が出来た。
紅羽とは別れの際に,進級祝いと優勝祝いにと小学生の大きさにフィッティングされた…それでもそれなりに高いギターと教本やピック等のギターセットとでも言うべきプレゼントを貰った。
思えばこの時焔矢は初めて人と離れたくなくて泣いたかもしれない。
しかし,焔矢の家が東京にあるように必ずしも永遠に会えないような距離でもなかったしお互いの家も把握していたので完全な疎遠になった訳ではなくそれから2年間2人は定期的に会っていた。
焔矢のギターの腕はみるみるうちに上達し,この年になる頃には技術では紅羽を追い越しボーカリストとしても如実な進化を果たしていた。
紅羽が何をやっているのかとか,当時の焔矢は知らなかった。会ってくれるだけで嬉しかったし,紅羽が何をやっているのかなんてもはや些細な問題としか思っていなかった。
だが…そんな根拠のない”また会える”が,どれだけ愚かで奇跡的なことだったのか…この時の焔矢は知らなかった。
「…俺が小学4年の時の夏休み,紅羽さんは実習と言って沖縄に行っていた」
一気にこの話の核心をついたような焔矢の放ったワード,一見するとなんも可笑しくはない言葉だ。沖縄になんの実習に行くのだとは思うが今はそれは問題は無い。
だが,亜夜子はその言葉を聞いた時悪い予感が脳をかすめ取り一瞬で焔矢の年齢を逆算した。
そしてハッと眼を見開いて焔矢の顔を覗き込んだ。
「ちょっと待って…焔矢が小学四年生って事は…」
焔矢の生年月日は2083年3月18日生まれ,早や産まれなので2080年6月生まれの亜夜子とは2歳から3歳差になるのだが焔矢が四年生という事は亜夜子が中学一年生。
そして,西暦は2092年…その夏に沖縄で起こった事と言えば1つしかない。
焔矢は亜夜子がその事実に辿り着いたのを流石だなと感心しながら…絞り出すように答えた。
「そう…大亜連合が沖縄に上陸して侵攻した沖縄海戦の時だ」
沖縄海戦,大亜連合が沖縄を侵略しに来たあの戦いは兵士・民間人問わず多大な被害が出て彼らを偲ぶ行事も出来たほどのものだった。
力なく笑う焔矢が握りしめた膝上の拳を,亜夜子はそっと自分の手で重ねた。焔矢は亜夜子に目を向け,自分のもう片方の手で手を重ね「ありがとう」と言って,眼を閉じて続きを語った。
お疲れさまでした!と言っても直ぐにもう一話投稿しますので軽くあとがきです。
今回のお話は,焔矢がステージ上でキャラが変わることについての深堀とギターをどうやって習ってどうして音楽に嵌ったのかのお話です。
焔矢は典型的な天才児です。見たら出来る事の方が多くて挫折とかも余りした事がないタイプです。強いて言うならいじめによって不登校になった事が唯一の挫折ですが,それ以外なら音楽が初めて挫折したことです。見たらなんでも出来ていた焔矢が,見ても出来なかったのが音楽や歌唱でだからこそ嵌った感じです。
自分の中の王を解き放つツールが当時の焔矢にとっては音楽だったのです。
今回のお話で現実の歌詞を使わせてもらったので歌詞コード記載しております。
引っ張って来た曲はGYROAXIAってバンドの”MANIFESTO”って曲です。焔矢のキャラクターを作る際にテーマになった曲でもあります。あとボーカルの人も容姿も参考にしました。
時間があったら聴いてみてください!
では次後編です!
どのお話見たい?
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達也&焔矢(UBW強化話?)
-
空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
-
貢&焔矢(修羅場)