魔法科高校の劣等生 黒羽の姫と焔の絶対王者   作:レオ2

19 / 33
という訳で,過去編後半戦で1万字位です。
特に語る事もないのでレッツラゴーです。


音羽焔矢 エピソード0 ~帝王降臨~

歌唱大会から焔矢の取り巻く環境は大きく変わった。

 先ず,焔矢の生活リズムが音楽全振りに変わり練習に励む日々が続いていた。相変わらず人と関わることに関しては不器用だったが,不器用なので行動で示す事が多く,彼の不器用さを知る人間は焔矢がそういう子供だと知ってからはそれなりに上手くやるようになった。

 

 そして,引っ越した部屋の一室を両親は焔矢の為にスタジオに改造してしまって焔矢は練習場所に困る事も無く自分が元来持っている能力も相まって勉強出来る・不器用だけど優しいというどこかの少年漫画の主人公のような立ち振る舞いのおかげで小1の時には比べ物にならない位人間的にも精神的にも豊かな生活を送っていた。

 

 そんな中でも,紅羽とは前のように毎週とは行かなかったが数カ月に一度会っていた。

 

「じゃあ8月中は無理なの」

 

 あの公園で,3カ月ぶりくらいに会った紅羽と焔矢はギターの合間に他愛のない話をしていた。それが紅羽の8月は学校のカリキュラムの関係で沖縄に行く事になっているというものだった。

 夏休みにまで学校の予定があると知って焔矢は「うへー」と思いつつも,自分だって予定があって紅羽に会えない時があったのでお互い様だと分かっていたから顔には出さなかった。

 

 紅羽はこの頃になると体つきは筋肉質になっており,日焼けもしていたのでその変化に驚いていた記憶が焔矢にはある。

 

「ああ,次は9月かなー」

「そっか~…じゃあ,今度会ったら新曲プレゼントするね!」

「おお!そいつは楽しみだ,じゃあ俺も実習頑張って来るよ」

「うん!!」

 

 この時が焔矢と紅羽が会った最後の日だった。

 夏休みに入り,焔矢は音楽活動にそして紅羽は”実習”という事で沖縄でそれぞれの日々を過ごしていたある日の事。この頃になると自分で作曲を覚えた焔矢は一休みしていた時に…そのニュースが飛び出してきた。

 

「え…?」

 

 余りに現実離れしたそのニュース映像は…沖縄に大亜連合が潜水艦を用いて沖縄に攻撃を仕掛け,それと同時に那覇から名護にかけて大亜連合に内通したゲリラが現れたというニュースだった。

 2092年,8月11日。沖縄海戦と呼ばれた戦いだ。

 

 この沖縄の防衛戦自体は,焔矢の知る由もない所で達也の活躍もあり完勝と言うべきものだった。だが,被害者がいなかったと言えば嘘になる。

 何故なら,この時ゲリラが一般市民を守る為に戦った魔法師が1人…亡くなったからだ。

 

「なんで出ないんだよ!!」

 

 胸を凄まじい悪寒が貫くのを感じながら,焔矢は必死に紅羽のプライベートナンバーへコールし続けた。

 この嫌な予感が…外れてほしいと必死に願いながら,数えきれないくらいコールした。

 何度留守番電話サービスが起動しようと直ぐにかけなおし続けて…何度目かのコールで,ようやく繋がった。

 安堵に顔を染めた焔矢はそのまま語り掛けようとして

 

「紅羽…」

「えん…や」

 

 電話の向こうの,まさに命を削って出した声が…幼い焔矢にも彼が今どんな状態なのかイメージ出来てしまった。

 ハッと眼を見開いて,訳も分からず流れてくる涙を必死に抑えながら…そうであってほしくないと願った。

 

 だけど,それが叶えられる事は無かった

 

「おれは…もうだめだ」

「なに,言ってんだよ!」

 

 叱咤するように叫ぶ焔矢,だが紅羽は…自分が守った人々に囲まれながら頭から血を流し,両眼が潰れた激痛を感じながら自分はもう長くない事を悟っていた。

 

「だまって,き…け」

 

 だからこそ,優しい彼が今まで聞かせたことのないような低い声が焔矢の詰め寄ろうとした気持ちを押さえつけて来た。そして,これからいう言葉が紅羽の最後の言葉になるのだと知って涙を必死にこらえて彼の言葉を聞くことにした。

 それが,今自分が出来る最大の弟子孝行だと思ったから。

 

「えんやの音楽は…きっと世界を変えられる。おれができなくて…諦めたことを…託して…いいか?」

 

 本当に,命を削って出しているのであろう。

 紅羽が現代音楽に対して,並々ならぬ思いを持っているのは焔矢も当然知っている。努力じゃなく,機械学習などで出来た作られた音が人の手で作ったものよりも受けやすい現代。

 そんな世界を,紅羽は変えたかったことも…その期待を,焔矢に向けていた。

 徐々に彼の声が聞こえ辛くなっていくが,その言葉は焔矢の心に確かに届いた。届いたからこそ…認めたくなかった。

 

「そんなの…そんなの…自分でやってよ!!紅羽の…紅羽の音楽だって凄くて…紅羽に憧れてギターをはじめたのに…紅羽がいなくなったら意味がないじゃんか!俺だけじゃ…俺だけじゃ出来ないよ!」

 

 だから生きて欲しいと,言外に伝えても…紅羽はその口元に微笑を浮かべた。それは弟に対する兄のような「しょうがないなぁ」と言った様子でそれがイコール焔矢の言葉のように生きるという意味ではなかった。

 どんなにここで綺麗ごとを言った所で…自分の命が風前の灯火なのは自分が一番よく分かっている。だから背負わせることの意味を知りながらも,焔矢なら乗り越えてくれると信じての言葉だった。

 

「焔矢なら…できるさ。いっただろ,君がその気になれば誰よりも上手いって」

 

 今や懐かしい歌唱大会の言葉,あの時も激励の言葉だった。

 そして,今回も

 

「自分を信じて,本当の自分を解き放て…それで,世界はいただきだ」

「くれ…は」

「あぁ…でも,さいご…焔矢の新曲を聴きたかったなぁ」

 

 それが,紅羽の最後の言葉だった。彼は自分が身を挺して守った民間人に見守られながらその短い生命に終わりを告げた。

 

 

「う…ぁあ…アアアア!!」

 

 

 この時,焔矢の心が初めて()()()

 

 葬式は,紅羽の遺体が本土に戻って来た一週間後に執り行われた。

 焔矢も紅羽の母——紅羽はシングルマザーの母と二人暮らしだった――に連絡を受け,最後の別れへとやって来た。この1週間,焔矢は学校にも行かず,ギターにもマイクにも触れずただ部屋に引き籠った。

 作っていた曲も…作る気力も何も湧かなくてただ虚無に沈んだ。

 

 両親が紅羽の葬式を知らせてくれて,それでようやく家から出た。

 紅羽の葬式には,紅羽の学友…焔矢はこの時初めて知ったが紅羽は防衛大学校に通っていて,多くの学友が葬式に現れた。死因がゲリラから民間人を守る為だったというのも,多くの人達が来る要因だっただろう。

 初めて人のお葬式に来た焔矢は,どう見ても正常ではなく眼は虚ろになっているし血の気も引いているし音楽に必要だからと言って鍛えていた身体は細くなってしまっていた。

 たったの1週間で,そこまでなってしまった焔矢の事を心配する人間は多かった。

 

 紅羽の学友たちは,焔矢の事を自慢げに教えてもらっていたからか優しくしてくれた。それでも,焔矢の心の炎が灯る事はなかった。

 

「焔矢君」

 

 葬式が終わり,火葬も終わり,火葬の様子を見ていられなくなった焔矢は1人外で空を眺めていた。

 知らない内に火葬も終わって,一般参加である焔矢がいられるのはここまでだった時…紅羽の面影を感じる女性が両親と一緒にいた焔矢の元へと歩んできた。

 彼女は紅羽の母,魔法師だった夫を早くに亡くし女手一つで紅羽を育てた。紅羽が防衛大…のちに軍に所属しようと思ったのは収入が安定して母に恩返しを出来ると思っていたから…というのを,焔矢は後で知った。

 

 彼女は酷く憔悴しているようだったが…それでも,自分に与えられた役割だと思っていたのかその背後にキャスターに乗せて引っ張って来たそれを焔矢に見せた。

 それを見た焔矢は眼を大きく見開いた。

 

「ちょっと…時間がないから手短だけど…紅羽の遺言に従ってこれを焔矢君に()()()()の。」

 

 一般参加者はここで終わりだが遺族である彼女は違う。

 だから手短にと言って…それをキャスター事焔矢に受け渡した。それは黒のギターバックで…中身が何なのか,言われなくたって分かる。

 知らない間に滲む涙が,視界を塗りつぶす。

 

 なぜ紅羽が遺言なんてものを書いていたのか,焔矢は知らない。もしかするとそう言う予感的なものがあったのか,それとも防衛大に入った時点でどこかで戦場に駆り出される事を考えていたのか…どちらにせよ,紅羽は自分が使っていた真紅のギターを焔矢に託したのだ。

 

「う…ああ…ああああ」

 

 家に帰り,焔矢はそのギターを取り出して…再び涙を流してそこにあるはずもない紅羽の温もりをギターから感じようとした。

 そうやって焔矢は,心の内に紅羽のギターという拠り所を作ることに成功した。だが,それは所詮一時的なものでしかなくそれが瓦解したのは早かった。

 

 沖縄海戦の数日後,そのニュースは焔矢の心を抉り倒した。

 新ソ連の佐渡侵攻のニュースだ。十師族,一条家長男の一条将暉の実戦の初陣にして”クリムゾンプリンス”と呼ばれたあの戦いの映像がニュースに流れたのだ。

 画面の先で見せられる苛烈な生存競争…血が流れ倒れ伏す人間たち。

 

 ”戦い”に関して,トラウマのようなものが芽生えていた焔矢はそれに絶望した。

 紅羽が死んでも,世界は何事も起きなかったかのように再び争いが始まる。

 血を流す人間が…絶え間なく現れる。

 

 もしも神様という奴がいるのなら,どれだけ残酷な性格をしているのだろう

 なんでそんな事が出来るのだろう

 そんな事をするのなら神様なんて要らなくないか?

 

 ”死”を,運命と嘲る様に弄ぶ神なら…そんなものは握りつぶした方が良いんじゃないか?

 

 ニュースを見ているこんな時でも,世界のどこかでは誰かが死んで誰かが悲しんでいるのだと知って…でも自分にはそんな戦いを仲裁する力を持たなかった。

 

 それでも…紅羽のように理不尽に命が狙われる事を無くしたかった。

 

 だけど,自分では何もできない。無力だ。

 そんなジレンマが焔矢の行く手を阻み…ふと,紅羽が遺したギターが目に映り,混濁とした眼が大きく見開かれた。

 焔矢がふと思い出したのは,あの歌唱大会の日…自分の歌で会場の人間達が争う事もせず,ただ自分だけに注目していたあの特別な時間だった。

 それに気が付いた時,焔矢の心に衝撃が走りやがてその口の端が人の物とは思えない…壊れた人形のように歪められた。

 

 

「そうだ,あるじゃんか…俺だけの…俺だけの力が…ハハッ」

 

 

 乾いた狂気の笑みが,この時焔矢の心が塗り替えられたことを如実に示していた。

 そう,紅羽が信じてくれた自分の”音楽”の力で…争いを止める。

 

 あの歌唱大会の時と同じ,紅羽が信じてくれた自分を裏切る訳にはいかない…そんな呪いが焔矢に”世界を変える”という到底正気の沙汰とは思えない考えに縛り付けたのだった。

 この時の焔矢には,それが出来る出来ないじゃなく”やらなければならない”となっていた。現実的に考えて不可能とも言える目標をもってしまった。

 

 焔矢はこの頃,荒れに荒れて片っ端からライブハウスに殴り込みをかけただスキルを磨こうとした。

 ”楽しい”も何もない,ただ圧倒的でありながらも人の共感を全く得られなかった。

 出禁を食らった事も一度や二度じゃない。それでもギター一本で,そして作曲に必要だからと他の楽器にまで手を出しても焔矢の音楽が認められる事は無かった。

 

 音も,歌詞も使っているギターテクニックも歌唱も…何もかもがピーキー過ぎて,それでもレベルは高かった。だが”唯我独尊”を地で行っていた焔矢はその傲慢さから,どれだけ曲が良かったとしても年齢によってあった嫉妬も含めて人々からは受け入れられなかった。

 到底小学生にかけられるべきじゃない言葉も吐かれた。

 だが焔矢はそんな事を無視した。ただ自分の音楽を押し付けた。

 

 そして焔矢も,自分の音楽が分からない有象無象なんてどうでもいいとさえ思った。あの時の焔矢は,王者というよりもただの独裁者だった。

 上手くはあった,紅羽が睨んだ通り矢の音楽はこれまでと全く違って現代音楽に喧嘩を売っていた。

 それ故にただアナログの彼のやり方にアンチもいた。

 

 だから焔矢の音楽に振り向いていくれる人間は…やがていなくなった

 東京中にある中大のライブハウスは焔矢の情報が共有され,入れなくなった。客が集まらないからというのが大きな理由だったらしいが,本当の所はどうか分からない。

 焔矢の性格が酷かったからというのも理由にあるだろうし,音楽性が受け入れられなかったからとか色んな理由があっただろう。

 

 ライブハウスが無理なのを知った焔矢は,路上ライブに切り替えた。

 駅に許可を出す程度の良識は残っていた。

 だけど,そこでも焔矢は受け入れられなかった。

 

 通りゆく人々は,小学生が…それも現代ではほぼ死語である路上ライブをする事に興味を持ち最初の内は立ち止まってくれる人たちはいた。

 だがそれも直ぐにいなくなった。

 

 ここでも同じ,”上手くはある”,だけど上手いだけでなにも惹かれなかった。口は悪いし歌詞も過激だし,小学生にあるまじき様相で人から受けられなかった。

 やがて,ライブハウスで焔矢を見たことのある人間達が駅に対して苦情を放ちそれによって焔矢は路上ライブも禁止された。

 

 そうして…焔矢が次に選んだライブの舞台は5年生の文化祭だった。

 クラス単位か,あるいは有志によって体育館のステージを使う事が出来るというもので…ライブするところが無かったからという安易な理由で焔矢は申し込んだ。

 小学校の先生の中にも当然焔矢の暴走を知るものはいたが,それでダメというのは言えなかった。何故なら生徒自ら動くことを推奨している現代なのに,自ら動いている焔矢を断ることは出来ないからだ。

 

 

 ——そして,この文化祭ライブでも焔矢の事は受け入れる人間は…4人を除いていなかった

 

 

 

 ★

 

 現代

 

 久しぶりに色々語って疲れてしまった焔矢は,亜夜子と一緒に帰り部屋の前で別れると少しだけギターに触りヨルに語り聴かせた後お風呂に入る。今日ばかりは精神的な疲労も合わさって長風呂になってしまった。

 お風呂から上がった焔矢が寝室に入ると,いつものようにベッドに潜り込んでいたヨルと…

 

「なんでいるんだ」

 

 彼女もお風呂に入ってからか,現代のドレスコードに照らし合わせれば少々肌面積が大きいと言わざるを得ない赤のキャミソールを着た亜夜子がベッドに座っていた。

 普段はミディアムレイヤーにしている髪も,お風呂から上がった後だからか下ろしていて雰囲気が変わってるしなにより,肌面積が大きいキャミソールから胸元が少し見えてしまった。

 その大胆な姿に焔矢は思わず眼を反らしてしまう。

 そんな焔矢の初心な反応をクスッと笑った亜夜子は首をこてッと傾けて,何にもない事のように言い放った。

 

「あら,婚約してるのだからいたって可笑しくないわよね?」

「いやそれは…そうだけど」

 

 余りに亜夜子の恰好が目のやり場に困り,そんな恰好をしてくるとは思わなかった焔矢は所在無さげに宙を見つめる。

 亜夜子は座っていたベッドの上で,わざとらしく足を組み換えた。

 

(分かってやってんだろこの人)

 

 煽情的な行動を,少し慣れてしまったのか焔矢は淡々と分析してしまう。

 …分析をしたからと言って,見ていて恥ずかしいと思う気持ちはあるので眼を反らす事は忘れない。

 そんな焔矢の分かりやすい行動を,期待通りの反応をした彼を「ふふっ」と艶やかに笑ってそのまま立ち上がった。

 

「髪,乾かすでしょ?やってあげる」

 

 焔矢の寝室には鏡台が最初から備え付けられており,そこにいつの時代も変わらないドライヤーが備え付けられている。

 脱衣所や洗面所じゃなくてここにある理由は,ただただその場所にあると湿気によってドライヤーになにがあるとも限らないからで使うのはどうせ焔矢と偶にヨルだけだったのもあって不便に思った事は無かった。

 

 そして,亜夜子も自室に鏡台とヘアアレンジ用の道具がある側の人間だったのでその事を特に気にも留めず鏡台の前の椅子に座るように指示する。

 ここで断ろうものなら…何となく不機嫌になるような気がしたので,大人しく座った。

 

「ちょ…くすぐったいって」

「まだ少ししか触ってないけど…?」

 

 大人しく座ったはいいが,惚れた女が後ろにいて,尚且つ髪を乾かす為に髪に触れてくる状況というのが初めてだったからつい身震いしてしまった。

 鏡を通して彼を見ると,顔は赤くまた鏡越しに亜夜子のキャミソール姿を出来るだけ目に移さないようにしているのが見えた。

 

(もう…見て欲しいから着て来たのに)

 

 焔矢の髪の感触を味わいなが…ではなく,確かめながら適切な温度設定でドライヤーを起動して乾かし始める。

 前から思っていたが,彼の髪は毛量がそれなりに多いのにもかかわらず天然なのか勝手にふわっとなる癖がある髪だ。触ってみるとやはり毛根の根元は普通の人よりも固く,これが彼の余り崩れない髪型の秘密なんだと分析しながら手を加える。

 

 鏡の中の焔矢は未だに恥ずかしそうにしていて,あからさまな話題の転換をした。

 

「で,本当はなんなんだよ」

「なんなんだよとはなによ」

「…今まで部屋に来ることはあれど泊ってくことはなかっただろ」

 

 その言葉の通り,亜夜子が部屋に来ることはあれど大体が用事のある時でそれ以外では日頃の癒しの為に部屋に勝手に入ってヨルと戯れるくらいしか部屋には来なかった。

 そしてさっきも散歩が終わり,部屋の前で別れたはずなのになぜもう一度戻って来たのかと…まさか本当に婚約しているからという理由ではあるまいな?という問いかけでもある。

 

 だが,亜夜子は心外だとでも言うように乾かす手を止めずに口を開いた。

 

「いつだって始まりがあるのよ?今日がその始まり,…それじゃ納得出来ない?」

 

 婚約者だから――その内本当に2人で暮らして,今のように一緒に寝る事だって当然あるだろう。そしてその初めてが,今日なだけという亜夜子。

 基本的に焔矢は亜夜子が何を考えているのかを完全に理解する事は出来ない。腹の中ではどんな事を考えているのか分からないし,婚約するほんの少し前は今に思えば自分を好きでいてくれたんだなと思う場面が多々あった。

 だけど…婚約してからはそう言った所が亜夜子の中でなにか心境の変化があったのか照れた反応が少なくなってしまった。

 だから最近の焔矢は亜夜子の本心というのが少し分からなくなってきてしまっていた。

 

 もちろん,焔矢自身は亜夜子の事が好きなのは今も変わっていない。容姿は言わずもがな,家事も出来て料理も出来て,仕事している彼女を見て冷酷な面があることも知っているけれど性格だって嫌いじゃない。

 からかってくることとか,弄んでくることはあるけれどそれだって孤独を経験した焔矢には心の底では嬉しい事だった。

 自分は司波達也の代わりじゃないと言ってくれた。

 

 好きだって言って…本当のキスもしてくれた。

 

 それでも…外堀を埋めている今の現状で亜夜子の態度がなんだか…仕事をしている時みたいに思ってしまっているのだと。

 

 焔矢の一瞬で色んな事を考えたような顔を見て,亜夜子はどこか困った顔を見せ…手早く焔矢の髪を乾かし終えてドライヤーを鏡台にあるフックにかけた。

 

「はい,終わったわ」

「…ありがとう」

 

 他人にドライヤーをしてもらったのが初めての事だったのでどこか照れくさそうだが,その中の影は取れていなかった。

 

「寝ましょ?」

「え…あ,うん」

 

 どことなくぎこちなさそうな焔矢は,いつの間にかヨルがベッドから降りてフローリングに寝そべっているのを見て力のない笑みを浮かべてベッドの端に転がろうとしたら

 

「焔矢」

「亜夜…わっ?!」

 

 唐突に背後から名前を呼ばれ,訝し気に振り返ろうとした焔矢は完全に振り向くことが出来なかった。

 なぜなら,亜夜子が振り向きざまに焔矢の身体を勢いよく自分の身体ごと押し倒したからだ。

 焔矢は完全に油断していた事も相まって簡単にベッドに倒れ,亜夜子はそのまま焔矢の身体に跨って…ぱっと見亜夜子が壁ドンならぬベッドドン(?)をしているような恰好だった。

 

 亜夜子のキャミソール姿,それも下手したら胸元が出てしまいそうなほど露出が高い恰好で…流石に寝る前なのでいつもの赤い口紅はついていなかったが,それでも彼女の唇は艶めかしく光っている。

 焔矢は一気に心拍数が上昇してしまって口をパクパクと意味のない形にして亜夜子を見上げている。

 

 そして,その亜夜子と言えばわざとらしく,見せつけるかのように自分の重力に従って垂れた髪を見せつけるかのように自分の耳にかけ…普段はあまりお目にかかれないうなじが見えてしまって目を全力で逸らそうとしたらその前に亜夜子の指が焔矢の頬を這った。

 

「…っ。」

 

 ただそれだけ,ただ指で触れられただけなのに焔矢は面白い位身体をビクッと震えさせて亜夜子はしてやったりと微笑を浮かべた。

 

「ふふっ…焔矢,前から思ってたけれど感度高いよね」

「へ,変な事言うなよ」

「変,どの辺が?」

 

 そう言って,まるで大切なおもちゃに触れるかのように焔矢の顔に触れて反応を楽しむかのように指が這いずり回る。

 その度に恨めしそうな顔をしてビクビクとする焔矢を,愉しそうに笑い続ける。

 以前もこういう問答をして,答えるに答えられなくなった焔矢を弄んだ。

 

 あの頃から,こうなった亜夜子に焔矢が勝てたためしがない。

 

「あ…亜夜子,んだよ」

 

 一しきり反応を楽しんで満足そうに笑った亜夜子を,顔を赤くした焔矢がジト目で見上げてきて亜夜子は更に悪戯心を芽生えさせた。

 焔矢が動けないのを良い事に,亜夜子はそのまま身体を焔矢にダイブさせて彼の耳元に口元を近づけて甘美に囁いた

 

「ご・め・ん・な・さ・い」

「~~っ」

 

 囁くというか,もはや言葉を微妙な風に乗せ耳に当てたと言った方が正しいかもしれない。余りにこそばゆい自体にたまらず少し暴れたが亜夜子は楽しそうに笑うばかりで離れる事はしなかった。

 そしてやがて焔矢は引き剥がすのを諦めた。

 

 亜夜子の華奢な身体の感触が直に伝わって来るけれど,無我の境地で誤魔化す事に決めたのだ。だが,亜夜子はそうはさせなかった。

 顔と顔を真正面で向けさせて見合った。そしてなんの脈絡もなく

 

「好きよ」

 

 そう言ってまた焔矢の心を乱して来て,焔矢はとうとう我慢ならなくなって少し強引に亜夜子の足を引っかけた。

 

「きゃっ」

 

 素なのか,演技なのか焔矢には見分けがつかなった。だけど亜夜子はそんな反撃をしてくるとは思わなかったので一瞬力が抜けて,その隙に焔矢は亜夜子を自分の隣に倒れさせて…ベッドに一緒に横たわった。

 ベッドに倒れた状態で,お互いその瞳を交錯させて…焔矢の方が言葉にしたくないけどしたい,みたいな感じで呟いた。

 

「俺だって…亜夜子のこと,好きだし。というか俺の方が好きだし」

 

 言っていて恥ずかしくなったのか身体を反転させて亜夜子に背を向けようとしたが,亜夜子は嬉しさに心臓を高鳴らせながら先に焔矢の身体に腕を回してそれを阻止した。

 焔矢が使っているこのベッドはシングル,つまりどうやっても2人の身体はほとんど密着せざるを得ない。あっさりと寝返りを阻止されて焔矢は弱った顔を見せた。

 

「ほんとに…今日どうしたんだよ」

 

 あの告白の後から,亜夜子がこんな大胆な事をしてきたことは一度も無かった。

 それが何故か今日は,ボディータッチがやたら多めだしなんなら一緒に寝ようとしてくるし…頭が亜夜子の色香のせいでぐちゃぐちゃになっている。

 そんな焔矢を,亜夜子は愛おしく見ながら彼の頬に自分の手を這わせて自分の方に向けさせる。

 亜夜子の方に顔を向けた焔矢は,彼女が少し,申し訳なさそうな顔をしているのが初めて見えた。

 

「今日は…焔矢の色んな事聞いたから,かな」

 

 最初は純粋に焔矢の事が知りたいという気持ちだった。普段,外にいる時は態度に出さない亜夜子だが亜夜子とて焔矢が好きなのは否定しようがない事実である。

 彼女の態度が淡泊なものに見えてしまっていたのは,自分の気持ちを認められなかった婚約前とは違って今は焔矢を愛している事を自覚しているが故の…”家族”に対するいつも通りの行動の結果でしかない。

 亜夜子としては焔矢をないがしろにしているつもりはないし,こうして…フリーセックス時代が終わって外では肌を見せるような薄手のファッションをするのは基本的にNGと言われている現代で,心を許している人にしか見せない肌が多く見えるようなキャミソールをどうでもいいと思っている人間には絶対に見せない。

 そもそも一緒に寝ようと思わない。

 

「焔矢が昔,ライブハウスに道場破りみたいな事してたのは知ってたけれど…その理由も知れて嬉しかった。」

「…」

「焔矢の…データだけじゃ分からなかった色々な事,どうして世界を変えたいと願ったのか…今まで知らなかった事貴方の事を知れて嬉しい。」

 

 本当にうれしいと思っているのか,彼女の表情はどこか慈愛にも満ちているようでそのまま焔矢の頭を撫でる。

 

「まあ,データはデータだしな…」

 

 それに恥ずかしそうにしながらも,焔矢は亜夜子に身を委ねて大人しくしていた。暴れたりなんかしたら白い眼で見られるからというのもあったが,なぜか亜夜子の撫で方が気持ち良かったからというのもある。

 そうして大人しくしている焔矢を魅惑的に微笑んで見て,謝罪した

 

「だから…今日は辛い事を思い出させてごめんね」

 

 記憶には3つの工程が基本的に存在する。記銘,記憶痕跡…見たものを意味記憶として処理すること。アラビア語など,意味記憶が日本人なら処理しにくい言語などが余り頭に入らないのは日本人には処理しにくいからである。

 次に保持…これは記憶痕跡を持続的に維持するための過程であり,通常の人間であればその保持する長さによって短期記憶と長期記憶に別れるのだが焔矢は記銘の段階で長期記憶という枠には収まらない保持能力を持っている。因みに四葉の洗脳技術を応用して知識を脳に”書き込む”技術では記銘を飛ばして直接ここに記憶する事柄を書いている。

 そして最後に検索,これは保持した記憶の中から該当する記憶を探し出す過程の事なのだがこの過程において焔矢は他者とそれほど変わらないプロセスを踏んでいる。

 膨大な記憶の中から,必要な記憶を取り出す。いわゆる”思い出せない”というのは基本的にないが,全てを”思い出せる”が故にその当時の感情とかも全部思い出してしまう。これ自体は他の人でも同じだが,焔矢の場合はその傾向が顕著である。

 握られた拳とかに無意識な反応が出てしまうとかでも,彼にとって記憶と感情が強く結びついているのは一緒にいれば分かるようになる。

 

 だからこその謝罪,そして…そんな弱った焔矢を見て亜夜子は一緒に寝ようと思い至ったのである。

 

「なんか…亜夜子からそう言われるの変な感じだな」

 

 亜夜子はこれまで自分の過去や魔法について聞いた後に謝罪をした事はない。お遊びの延長戦で軽い調子で言われた事はあったが,こんな神妙な面持ちで言われた事に焔矢が面を食らうのもある意味当然とも言える。

 

「もう,そこは素直に受け入れなさいよ。…きゃっ!」

 

 いきなり亜夜子が変な声を出したかと思うと,焔矢もいきなり足元から布団の下を這って何か来たと感じると…

 

「ヨル…ビックリさせんな」

 

 亜夜子と焔矢の間にすっぽりとはまるように顔を出したヨルが清々しい笑顔で亜夜子の方に頭を向けて「わたしもなでてー」というようなポーズを披露した。

 最初は呆気に取られていた亜夜子だったが,やがてクスっと笑うとお望み通り小さな頭を撫でてあげると気持ちよさそうに顔を歪め,直ぐに亜夜子の胸元に飛びついて寝る準備に入ってしまった。

 

「ヨル…なんか初めて会った時から亜夜子には甘いよな」

「そう?…そうかもね」

 

 初めて会った時からヨルは女性ということもあってか,割と直ぐに懐いて来た。

 焔矢の教育の賜物なのか,ヨルは人懐っこく成長し今ではなぜかヨルの写真がお守りとして黒服たちの中で流行中とかなんとか…冗談である。

 しかし,伴野に関しては間違いなくヨルの事を気に入っていると亜夜子は断言できる。

 

「でも…それも焔矢のおかげじゃないかな」

 

 ヨルがこうなっているのは,焔矢がヨルを拾ったおかげとも言える。

 だから素直にそう言うと,焔矢は恥ずかしそうに眼を反らした。あまりに亜夜子がふざける様子も無く,真剣な瞳で見てくるものだから顔を熱くしてしまった。

 そんな焔矢を見て亜夜子は愉しそうに笑うと,ヨルを撫でていた手をもう一度焔矢に向ける。

 暗い部屋の中で向かい合う2人,焔矢もそっと亜夜子の頬に手を添える。

 彼女は嫌がることはせず,色っぽく微笑む。

 

「もう遅いから,今日は寝ましょ?」

 

 日付は既に超えている。

 2人とも明日はまだ大学や高校があるので,亜夜子のその誘いはごく自然的で焔矢は特に何も気にする事は無かった。

 

「うん…おやすみ,亜夜子」

「ええ,お休み…焔矢」

 

 やがて先に眠ったのは焔矢の方で,実に寝つきの良い表情で眠りについている。亜夜子的にはヨルと焔矢の表情が一致している事の方が面白かったが,やがてその慈愛の笑みを力強い,何かを考えた表情に変えた。

 

(焔矢を利用しようとするなんて…許せない)

 

 焔矢の…始まりの物語とも言える話を聞いたからこそ,亜夜子は裏社会で彼を利用とする輩に怒りの念を込めてそう呟いたのだった。

 




お疲れさまでした!

そう言う訳で,焔矢の根幹のお話です。沖縄海戦,そして佐渡侵攻作戦の争いによって心が壊れて1人では不可能な目標を掲げました。
当時の焔矢は素で独裁者…言い換えれば帝王になってライブハウスを荒らしていてあらゆる所から出禁を食らって最終的に小学校の文化祭ステージで演奏しました。
ギターは遺言によって焔矢の元に渡り,これが焔矢のアイデンティティとなっていきます。
書いといてあれだけど本当に小学生かこの子?


最後は久々に亜夜子とのイチャイチャを書きたかったので書きました。初めて2人で寝ました。果たして焔矢の寝相は良かったのだろうか…まあ,ヨルがしょっちゅう飼い主と寝ている時点で悪くはないと思います()。
尚,亜夜子はやっぱりシングルは狭いという事で後日焔矢のベッドをダブルにしたとかなんとか。これは焔矢が暴れるとかではなくヨルも入れた場合に思った事である。

キャミソールを披露したことからも亜夜子の焔矢への段階をあげている感じである。
なんか結局長編っぽくなってしまっているのでただのデート回でも書きたいと思っています。


では!

どのお話見たい?

  • 達也&焔矢(UBW強化話?)
  • 空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
  • 貢&焔矢(修羅場)
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