前回の次の日からです。一応キャラ設定
天霧心:焔矢の高校の生徒会長で前年の首席入学者。才色兼備,文武両道で使用楽器はヴァイオリンで何度もコンクールを受賞した経験を持つ。
人懐こい愛玩動物のようなかわいらしさで校内では絶大な人気を誇るアイドル的存在。
では!
翌日,普段よりも良い目覚めをした焔矢は体調もすこぶる良好で登校していた。
起床した時には,亜夜子は既に起きて朝食を机の上に置いてどこかに行ってしまっていたが亜夜子がいた印は確かに焔矢のベッドに残っていたので残念がるという事も無く,いつも通りヨルの散歩に行ってから学校の門を通り…
「ん?」
一瞬,門を通った瞬間に違和感を感じた焔矢は反射的に正門を振り返る。
そこには友人達と,或いは1人で登校している他の生徒達の姿しか見えない。大体の人が背中か手に楽器を持っていて,音楽科高校ならではの光景とも言える。
しかし,焔矢は感じた違和感がなんなのか分からず首を傾げるだけで校舎に入ろうとした所
「音羽君!」
さっきまで見ていた正門から名前を呼ぶ声が聞こえ,なんだか嫌な予感がしながらも振り返るとそこには案の定現生徒会長である心がやってきていた所だった。
人懐っこいというか,学校では人格者としての一面を持つ彼女は人気者で焔矢が知っている限り何十人かには告白されたと聞いている。風の噂程度だから本当なのかは知らないが,本気だと言われても不思議じゃない位の美貌と性格をしている。
優れた魔法師であればあるほど顔の左右対称さが自然なものとなる通説のように,魔法師の方が基本的に美人が多い中で魔法師でもない彼女は間違いなく美人だと思う。
(亜夜子の方が綺麗だけど)
だが,美人への免疫は既に亜夜子でついているし今はそんな事は問題ではなく彼女が何の用があって声をかけて来たかにかかっていた。
「…おはようございます,会長」
彼女がこうして素敵…言い換えれば何かを企んでいる顔をしている時は絶対碌でもない事を考えているのを焔矢は経験則から知っていた。
思えば,初めて彼女に声をかけられた時もこんな顔をしていたなと今更のように思い返した。
「今日のお昼休みって,何か用事あるかな?」
ニコニコと聞いて来る心,ここが校舎に入る為の通り道である故に他の生徒達からも好奇な眼でみられるのを焔矢は内心鬱陶しく思いながら努めていつも通りに答えた。
「今作詞に行き詰ってるので無理です」
「まだ何も言ってないよ?!」
「まだ?」
「あ」
まだ…つまり,これから何かをしてもらいたかったという事が丸わかりであり墓穴を掘った心は固まってしまったが次の瞬間には泣き出しそうな顔をしだした。
「お願い仕事手伝ってよ~!!」
それは予想通りというか,前と全く同じ良い頼み事であり実際焔矢も前手伝ったから知っているが確かに1人でやる分には大変キツイ仕事だったかもしれないというのは間違いなかった。
確認する資料や,認可しなければならない資料などなど…学校の生徒アンケートもこの学校では豊富なのでそれらにも目を通さないといけない。到底1人では直ぐに終わらない量なのは分かるつもりだ。
だが…
「なんで俺なんですか,そもそも副会長とか書記さんとかいるでしょ」
一人では終わらないというだけで,本来…というかどの学校でも当たり前だがこの高校にも副会長や書記に会計はいる。前の時はその3人の部活が直近でコンクールとかあったから焔矢が手伝っていた(ついでに生徒会体験)ようなものであり本来生徒会役員でもまだない焔矢が手伝う義理はない。
「そうなんだけど,副会長も書記ちゃんはその…あれでしょ?」
声を無駄に顰める心だったが,彼女が言わんとする事は焔矢にも分かる。
「いや,それこそ俺の知った事ではないんですが。」
件の副会長と書記は恋人同士であり,本人達は隠しているつもりなのかもしれないが学校のあちこちで2人で仲睦まじい様子が見られている。
焔矢も実際見た事があったのでそう言う関係というのは知っていたのだが,別に自分がどうする訳でもなかったので気にしていなかった。
別に誰と誰が付き合おうが,音楽で頂を掴み取るのは自分達という事は変わらない事だったからである。
しかし,今心はその2人がイチャイチャする時間を邪魔するのが何となく躊躇われるという理由で焔矢に助っ人をねだっているのだとしたらとんでもなく迷惑な話である。
前はコンクールだからと手伝ったが,今は自分もタイアップを抱えている身,それに歌詞の方向性が決まっただけで書ききっていないのは本当なので今回は丁重に辞退したいというのが紛れもない本心である。
「うぅ…お願い音羽君~!!」
「ちょ」
泣きだしそうだった顔が,本当に涙まで滲ませ始めて流石の焔矢も慌ててしまう。何故ならここはまだ校舎に入る前の校庭,そして今は登校時間と言うのも合わさって他の生徒達が生徒会長が泣いていて,ぱっと見は柄が悪そうな焔矢がいればどちらの方に非があるように見えるのかは一目瞭然である。
その真偽は別として,だが。
「ああもう分かりました,分かりました!だけど絶対昼だけですからね」
小学生時代の後半,焔矢は地で唯我独尊を貫いていて日常生活でも口が悪かったし他者を気遣うような真似もしていなかった。
周りで人が泣いていようが怒鳴っていようが,その程度で潰れる奴らが悪いと当時は本気で思っていたし…両親にまで口が悪くなっていた。
それがなり潜めたのは中学に入る頃…バンドを組んで,メンバーと喧嘩しまくった果てでマシになり…あの飛行機での事故(焔矢にとってはテロだが)で1人だけ生き残った事によって焔矢はお人よしになっていた。
サバイバーズギルト…という奴なのである。
焔矢の答えを聞いた心は喜色の色を浮かべた
「わーい!ありがとう音羽君!」
(この人計算づくじゃないだろうな?計算づくだろこれ)
そんな事を考えながらも,焔矢は亜夜子に対しての言い訳をどうしようかと考えた。
学校の中ではあるが,そもそも貴重な文献や物品がある魔法科高校と違い,音楽科高校のセキュリティはそれほど丈夫ではない。
それにここはまだ校庭なので…多分どこからか黒服がいて亜夜子に何かしら報告しているかもしれない。
別に焔矢は只の人の好さで心を手伝おうとしているだけなのだが,これで亜夜子が拗ねてしまったらちょっと悲しい。
嘘,結構悲しい。
「じゃあ昼休み生徒会室ね」
「へーい」
せめてもの抵抗でざっくばらんに答えたが,心は特に気にしていないようで頭の上から音符を出しながら3年の教室に向かった。
それを見送った焔矢はため息をつきながらも自分の教室に向かうと――
「音羽って会長と付き合ってんの?!」
教室に入って,焔矢の前の席の男子生徒——安倍一成が野次馬根性全開で開口一番で聞いて来た。このクラスの中では割と喋る仲であり,以前のように数学の課題について聞いてくることも1回や2回じゃない。
「はっ?どこを見たらそうなる」
今日は自分のギターを持って来た焔矢は,それを机の隣に立てかけながらもはや睨みながら答える。
普通の人間であれば怖気づく位の迫力を焔矢は持っているのだが,既に焔矢の人となりを知っている一成は特に気にする事も無くウキウキに答えた。
「いやどう見ても仲睦まじいだろ」
「お前は1回眼科に行った方が良いんじゃねえか?」
「酷い?!」
「はぁ」と1つため息をついた焔矢は,自分の机——情報端末が埋め込められている――で学校からの連絡事項,今日の時間割を確認しながら続けた。
「向こうからしたら伝統とやらを守りたいので必死なんだろ」
この高校は魔法科第一高等学校と同じく,不文律だが生徒会長には首席の人間がなる事を推奨されている。
音楽科高校の入試は一般科目に加え,人によって異なるが指定された楽器での実技もある。吹奏楽か軽音楽かは個人差あるが焔矢は当然軽音を選択し当時の実技の試験官の度肝を抜かせた。
吹奏楽のような大人数の団体が前提のようなものであれば現代においてもどこかのパーティーに呼ばれる事——それこそ九校戦の後夜祭とか――はあるが,軽音楽器に関しては配信や打ち込みが主流となっていた現代に,がちがちのエレクトリックギターを携え圧倒的な技術を披露した焔矢が実技試験で首位にいるのはもはや決定事項とも言えた。因みに筆記試験は言わずもがな。
そんな訳で,現代音楽に喧嘩をしに来た焔矢は稀代のバンドマンでありこの高校での彼の知名度は軒並み高い。下手な人が生徒会長になるよりも良いと考える心の気持ちは分からないでもなかった。
それがここ数年続いている事なら尚更に。
「でも結局出るんだろ選挙」
「あの人のしつこさはお前も知ってるだろ」
目の前の画面から顔を上げ,前の一成をジト目で見る焔矢。
そんな目を向けられた一成は,流石に当時の焔矢に同情したのか笑う事はしなかった。
あの2nd ライブが終わった後,焔矢の前に現れたのが心だった。
彼女は何度も教室にやって来ては生徒会長をしてくれと打診してきて,焔矢が折れたのだ。
「まあ,流石にあれは同情する」
「逆にあそこじゃなくていつ同情してくれるんだよ」
「今でしょ?」
「何十年前のネタだ」
1つため息をつき,焔矢は取り合えず1限目の課題から取り組むことにしたのだった。
★
昼休み,生徒会室でお昼をする為に焔矢は一成に一言言って…本来一成に教える義理はないのだが,生徒会の用事のせいで授業に遅れたら目立つのは焔矢である。
普段ならオンデマンド配信されている教材をするだけなのだが,昼休みの後の授業は実技である。言うまでも無く魔法ではなく楽器のではあるが,成績に直結するものなので出来るなら遅刻は避けたい。
いくら生徒会権限である程度融通は聞くかもしれないとはいえ,今焔矢はこの学校でもっとも注目の人間。そんな事でさらに目立つような事はしたくなかった。
だから予備の予備の策として生徒会室での用事を一成に教え,生徒会室にやって来た焔矢。
流石に生徒会室を他の生徒達が使っているような教室にする訳はなく,きっちりと専用のIDカードによるロックがかけられていて焔矢はIDカードリーダーの隣にあるインターホンを押す。
生徒会室の情報端末には焔矢の姿が映し出され,心が入室の許可を出す。
「待ってたよ~!」
「取り合えず昼食うんで,何をするのかを簡単に話してください」
わかったー!という心は既にお昼を食べたのか,弁当箱を出すような事も無く淡々と生徒会室に持ち込まれた資料の数々を取り出す。
それを焔矢の前に出しながら何をするのかの説明をしていく。
内容は簡単で生徒達に出したアンケートが帰って来たからそれについて分類する事だという。
聞くだけならとっても簡単そうに見えるが,この学校にそれなりに不満がある生徒は割といるのかその数は全校生徒の3分の1の数は揃っていて確かにこれをしながら他の仕事をするのは疲れるなと,焔矢は弁当を食べ終えながらも思った。
——決して自分が駆り出された事を許したわけではない
「じゃあ私はこっちやってるから何かあったら聞いてね」
「へーい」
本来この業務は書記とかの仕事なのだが,先程の通り書記と副会長は今頃お昼ご飯で校内のどこかでよろしくやっているのだろう。
そう考えたら普通にイラつくのだが,仕事として引き受けてしまった以上は仕方がない。
大人しくご飯を食べ終えしばらくアンケートの仕分けをしていたら,不意に自分の精神世界から自分を呼ぶ声が聞こえた。
(焔矢,聞こえているか?)
焔矢の精神世界にメンバーがいるので彼らはこうやって能動的に焔矢の精神に話しかける事が出来る。逆の場合はそれなりに集中しなければならないのだが,精神体となったメンバーが拠り所にしている精神の持ち主に直接語り掛ける事が出来るのはある意味当然の帰結である。
しかし,それとこれは別であり作曲や作詞についての所じゃない所で彼らが焔矢の生活に干渉しようと出てくるのは珍しい。心にバレないようにアンケートに眼を通しながら心の中で答える。
(なんだ零士)
(何かが可笑しい)
(…なにがだ?)
焔矢は零士の言葉を否定せず,問いかける。
焔矢の精神にいる関係上彼らは焔矢の自覚していない所でも焔矢の精神状態の機敏を感じ取る事が出来る。
亜夜子によって色々されていた時も彼らには焔矢が憔悴している事は分かっていたし,メンバー達は焔矢の心のスペシャリストと言っても良い。
だから否定なんて出来るはずも無かった。
(今日お前が正門を通った時,そして…今も何かがお前に干渉しようとしてきている)
そう言われて焔矢は今朝正門を通った時の違和感を思い出した。
あれは…そう,黒羽貢によって施された精神干渉系魔法の時に感覚が似ていたかもしれない。だからこそ,こんな魔法師が焔矢以外いない筈の学校でそれを感じた事が違和感として出て来たのかもしれない。
(今も…って,なんで今…)
しかし,どうして今もそれが続いているのか…それが分からなかった。
仮に洗脳の類が焔矢にかけられたとしても,焔矢はそれをそもそも受け付けない体質だ。その違和感とやらの正体がそんな類の物なら…
(って…洗脳?)
そこまで考えた時,昨日の亜夜子との会話を思い出した。
自分を襲おうとした輩が,どうやら何かしらの洗脳を受けていたという事を。それも質の悪い事に洗脳されていた側はそれを認識出来ておらず手がかりが何もなかったことを。
(いやでも…同じような奴なのか断定出来ねえし)
(とにかく,何でも理由を付けてそこから離れるんだ!なんだかやばい感じがする)
零士の方も…というかメンバー達も焔矢の精神に仕掛けられている何かしらの魔法の兆候に危機感を持っているが故の警告。
焔矢はそれを受ける事にした。
「会長,少し用事を思い出したので1回教室に帰りますね」
いきなり何かを思い出したかのような素振りで立ち上がった焔矢,お世辞にも良い理由とは言えなかったがこの場から離れる方が先決だった。
心を置いて行くかのような発言だが,焔矢は既にこの現象が誰のものなのかを…何となく予想出来ていたからである。
「へぇ…やっぱり君には通用しないのね,私の魔法」
予想通り…と言って良いのかは定かではなかったが,思っていたよりも数倍濃密な冷たい声がほんわか生徒会長から発せられたことに焔矢は驚きを隠せなかった。
咄嗟に椅子を蹴って,教室奥にいる心から距離を取る。
「…会長,なんか物騒な言葉が聴こえましたが」
俺はやっぱり見る目がねえなと自虐しながら問いかける。心は…朝の人懐っこい笑顔とは全くの正反対な冷たい笑顔を浮かべて立ち上がっていた。
その所作の1つ1つは洗練されていて,とても一般市民のものだと思えない位隙がなかった。
「ねえ教えて?どうして私が怪しいと思ったの?」
生徒会長の机から立ち上がりながら問いかける心,さっきまでは温かくも冷たくもない生徒会室が一瞬にして極寒の雰囲気が充満し始めた。
焔矢の肌にピリピリかすめる緊張感と…どこか殺気にも似た鋭利な心の刃が襲ってくる。
「君の性格から言って自分に巻き込まれそうな人がいたら構わず一緒に連れて行くタイプだよね。なのに今は私を置いて行こうとしたのは私が犯人だと分かっていたからでしょ?」
余りに急展開過ぎる。
生徒会室行って,アンケート整理して,心に問い詰められる。最後だけどう考えても可笑しいのだが,よく考えたら亜夜子の正体を知った時もこんな感じだったなと現実逃避をしながら…時間稼ぎの為に答える事にした。
「…理由は2つ,魔法を発動し相手に干渉する為には対象の近くにいる方がやりやすい。その点で言えばこの部屋で今2人しかいなくて魔法が使えない俺じゃないなら会長しかありえない。」
「あなたも魔法を使えるじゃない。」
何を言っているの?と本気で馬鹿にしたような笑みを浮かべる心だが,便宜上焔矢はあれを魔法と呼んでいるだけで実際は奇跡だと思っている為本当に自分は魔法を使えないと思っている。
「俺にとってありゃ魔法じゃねえ。便宜上そう言っているだけだ」
「ふーん,じゃあ2つ目は?」
「…昨日,俺を襲うように仕向けた賊がいた。もっともそいつは洗脳,マインドコントロールされていたらしいが」
「それで?」
楽しそうに続きを促す心,その余裕がどこから来るものなのか分からなかったが今は会話に付き合うしかない。
彼女の得意魔法が恐らく精神系だというのは分かっているが,それイコール他の魔法が使えないという訳ではないからだ。
「昨日のそいつは,俺を襲うってのにCADは愚かナイフの一本も持たないただの民間人だった。普通可笑しいだろ,人を襲おうって時に武器も持たないなんて。なら…衝動的,或いは誰かに操られて襲おうとしたって考える方が合理的だ。」
焔矢の額に冷汗が流れてくる。急に命がかすめ取られるような感覚が来た事もそうだが,それなりに信じていた心の豹変に思う所がないわけではなかったのである。
だが,先ずは自分がこの状況をどうにか打破し,外の黒服の誰かにSOSを伝えなければならない。
「昨日の人は洗脳だった,昨日俺があそこに行く事を知っていたのはあんただけだ」
正確に言うなら黒服や亜夜子達も把握しているのだが,こんな所で四葉との関係を教える訳にはいかなかった為彼女が昨日現場にいなかったことに賭けて言った。
「ふぅん…流石だね,この一瞬にそこまで考えたんだ」
焔矢が首席だったのは伊達ではなかったのね,と感心しているのかは分からないが心は焔矢の真正面に立つ。
足が竦む…みたいなことはなかったが,こうして真正面に立たれた以上背中を向けるのは只の自殺行為だ。こんな事がつい1カ月位前にもあったばかりなのになんで自分だけこうなのだろうかと運命とやらを呪いながら,それを握りつぶすための手段を考える。
少なくとも,仲間達が変なことになっていないのだから彼女の精神干渉系の何かしらの魔法は干渉力がそれほどない。
それが唯一の隙とも言えるのだが,言うは易しだ。
「会長…いや天霧,お前は一体何者だ」
「そんな事,教えると思う?」
瞬間,心の姿が霞んだ。
焔矢はほぼ勘で生徒会室の机に飛び乗り,心の華奢な身体から放たれる凄まじい速度の蹴りを躱した。
「っ!」
そのまま机にいるのは危ないと思い,これまた強引に机を蹴り勢いよく後退し机を挟んで2人は向き合った。
(おい大地,今の見えたか)
余りに凄まじい速度にこの中では一番に武術を嗜んでいた大地に問いかける。
焔矢の筋トレのメニューやランニングの距離を決めているのは彼であり,柔道と空手の有段者だった大地はあの飛行機事故の後焔矢に様々な訓練メニューを提供した。
焔矢が嗜んだ武術と言うのは,独力ではなく大地のおかげでもあるのだ。そんな武術の師とも言える大地は苦虫を噛みしめたような声色で答えた。
(いや…やべえぞこいつ。さっきのほんわかでおっちょこちょいキャラの人と同じ人とは思えねえ)
(ツッコむのはそこじゃねえだろ!)
心の中で漫才をしながら焔矢は腰にかがめて左の拳を置き,右の拳を突き出したような構えで臨戦態勢を取る。
「魔法…だったな今のは」
起動式とか読み取る事も出来ない――そもそも常人には起動式を読み取ることは出来ない――焔矢は,今のが魔法なのかは正直分からなかったがこの呟きは心にも届き,冷酷な笑顔で答えた。
「そう,今の反応出来るのは凄いね。結構不意打ちだったと思うんだけど…やっぱり君も魔法師じゃない」
「…精神干渉系だけじゃなくてこんな事も出来るのか,ていうかどう考えても人間の動きじゃねえだろあれ」
言いながら焔矢はどうするかを考える。校門の外には黒服たちはいると思うが,この生徒会室は密閉されていて彼らに今の現状を伝える手段がない。
こんな事ならSOSボタンでももらえば良かったと舌打ちしながら打破する為に色々考える。
焔矢に残された道は2つ。全力で外に逃げて黒服に助けを求めるか,それとも…ここで心と戦って気絶させるか。
少なくとも精神干渉系魔法でやられる事はなく,恐らく今のは移動魔法と加重魔法の合わせ技なのだろうがまだ戦えない事はないだろう。
これでこの教室が二酸化炭素だけにされるとか空間に作用する魔法を放たれたらどうしようもないのが現実だが,肉体的な戦いならまだ焔矢には勝機がある。
…とんでもなく低い勝機なのは間違いないのだが。
「なんで俺を狙う。俺に近づいたのは…このためだったのか」
「あなたが狙われる理由なんて自分自身が一番分かっていると思うけれど?それを教える義理は私にはないけどね」
「どいつもこいつも勝手に俺達の魔法を曲解しやがって」
要するにこの人も焔矢の魔法による研究をしたい…恐らく精神解明についてなのだろうが,ただ世界の頂に立って変えたいと願う自分達の願いを踏みにじるような事をしてくる輩に辟易する。
これならまだ四葉の研究の方が今の所マシだぞと内心思いながら体の力がリラックスるように抜けて隙の無い構えに変わる。中の仲間達が焔矢を落ち着かせてそうさせたのだ。
「生徒会長は首席がなるってのもこの分だと嘘だろ」
「あ,それは本当よ。」
「この学校をはじめてクソだと思った」
そんな事があるからまんまと敵の懐に行くハメになってしまった。最後に決めたのは自分だから結局は自分に帰って来るのだが,もうそれは棚に置いておこう。
誰が魔法科高校に通っていない高校生がいて,それがどこぞの奴らで,自分を音楽科高校で狙おうとする輩と予想出来るのだろうか。
…そう考えたら新宿御苑で会っただけの人が今や婚約者というのもなのも予想が出来ない事だった。
「さあ,痛い眼にあいたくなかったら大人しく捕まりなさい?」
「はっ,そう簡単に行くと思うか?」
敢えて気丈に,大胆不敵な笑みを浮かべて臨戦態勢を解くことはしなかった。
心がなぜ自分を狙うのか,捕らえて何をしたいのかは分からなかったがそれはもう今どうでも良い事。今大事なのはこの局面を乗り切る事だ。
女と戦えない…なんてことは焔矢にはない。生と死を賭けた所でそんなものに囚われたら終わりだからだ。
「あら残念,折角同じ事故で助かったよしみで苦しませずにと思っていたのに」
「なにっ?!」
余りにも予想だしなかった所から飛び出した焔矢にとってのターニングポイントとなったあの事故の話を出された焔矢はその意識を驚愕によって一瞬臨戦態勢を解いてしまった。
次の瞬間,焔矢の身体が後方に吹き飛んで思わぬところから移動魔法を食らって壁に思い切り激突した。
「がはっ?!」
背中に激痛が走りながらも,焔矢は反射的に受け身を取って心を睨みつけた。
彼女は本気で驚いた表情をしていた。
「結構な衝撃だったと思うけれど…あなた意外に頑丈なのね。だからあの事故でも生き残れたのかしら?私と同じで」
「はぁ…はぁ…んだと」
「ふふっ,あの事故で助かったのが自分だけだと思ってた?」
「まさか,本当にあんたが生き残りなら泣いて喜ぶところだ…こんな野蛮な事をしなければな」
あの事故で,生き残ったのは焔矢だけではない。
それは当然焔矢だって知っている。ビジネスシートにいた乗客は焔矢以外全滅だがカプセルシートの乗客は何人か生き残っていた。
もっとも当時の焔矢は死にかけだったし同じ飛行機に乗っていたからと言って乗客全ての顔を覚えている訳ではないので焔矢が知らないのも無理はなかった。
心は今朝とは全く違う悪女のような微笑を浮かべ…焔矢はようやく首にネックレスのようなものと,腕にブレスレット型汎用型CADを付けているのが見えた。
魔法の無断使用は禁じられている現代,魔法科高校の生徒であればCADは当たり前に持っているが音楽科高校の生徒が持っている事は普通想定されない。だから魔法科高校ではCADを最初に事務室に預けるような校則があるのだが,音楽科高校には当然そんなものはない。
それに今まで彼女がそんなものを身に着けている事はなかった。だから彼女が魔法を使えるなんて考えたことも無かったのだ。
(ありゃ…思考操作型のCADだな。通りでブレスレット型を操作していない訳だ)
心中で聡が心の早い魔法発動速度について納得を受ける考えを聴きながら,何とかしてこの場を抜ける策を考える。
さっきはまだ体術なら勝機があると考えた焔矢だったが,聡の言うように思考操作型CADを身に着けているのなら格闘戦をしながらでもCADを操作できることになる。
焔矢自身には魔法の発動兆候を予測する事が出来る技能は無いし,ましてや魔法を消し去るなんて事も出来ない。だからCADを操作させないように攻め続けるというのが唯一の勝機だったのだがこれではいつ魔法が発動するのか分かったものじゃない。
「言っておくけれど,もう既に生徒会室は密室にされているから外に助けを求めようなんて思わない事ね」
(落ち着け,完全に退路が断たれたわけではない。…大地,しばらく任すぞ)
(おうよ!)
焔矢は胸中で大地にそう言うと,焔矢の意識はこの状況をどうやって抜け出すのかを全力で考え始め…恐らく衝撃で気絶させようとしてくる心の移動・加重魔法を咄嗟に避ける。
その動きはどこか人形を動かすかのような気色の悪さがあり,心も一瞬眼を細めた。
焔矢は”避ける”という思考と,それに伴う肉体的な主導権を大地に譲り今の攻撃を避けたのである。
元々,Unlimited Flame Works…長いからこれから先UFWと命名するがこの奇跡は最初仲間達の楽器を使えば彼らの動きを憑依させる事が出来るものだった。今では諸々欠陥だと分かったため霊体を固体化し,直接音を叩きつけている訳だが焔矢に仲間の動きを憑依させるという能力が失ったわけではない。
寧ろ,想子をぶちまける見えない霊体状態よりもある意味完成されている能力と言っても良いだろう。
焔矢達はその憑依する能力を進化させ,焔矢の肉体的な限界にまで留めるが焔矢は何かしらを思考しながら他の仲間達が焔矢の身体を動かすという離れ業も今では出来るようになっていた。
楽器を使わないと出来なかった事を,楽器を使わずに出来るようになっているのは亜夜子のある仮説に基づくものだったのだが…それが功を奏した。
「——ッ!」
遠距離攻撃では埒が明かないと思ったのか,心は机を飛び越えつつ蹴りを放って来たが焔矢の身体を操っている大地は間一髪それを避け距離を保ち続ける。
焔矢は自分の身体が誰かに動かされているという不思議な感覚を認識しながらも思考を続けていた。
(俺を連れて行くって行ったって,俺みたいな割と大きい男を連れて行くには何かしらの手段が用意されているはずだ)
(車か?)
(そうかもしれない。だけど,今朝衆人大衆で俺に生徒会室に集合をかけたという事は)
(彼女には焔矢が拉致した後も,授業に参加する気があったという事か)
(そうだ。昼休みに俺がいなくなったら一番に怪しまれるのは天霧だ。)
(ちょっと待て,お前のその予想が正しいなら彼女が授業に行くのはアリバイ工作の為って事か?)
薫のまさかという声に,焔矢は思考を回しながら心の眼にぶっ差してくるような手刀を何とか顔を反らしながら躱すが,正直心の魔法を組み合わせた複合体術が凄まじすぎて完全に防戦一方だった。
大地が身体を動かしていると言っても,傷つくのは焔矢の身体でありそのダメージは確実に焔矢に蓄積される。ヒリヒリした肌の痛みを懸命に堪えながら心が金的を蹴ろうとしたのを右足で押さえつけ,お返しとばかりに右ストレートを顔面に放つが簡単にいなされる。
(分からねえが,そう考える方が辻褄があうんだよ)
(…そうか,昨日の洗脳は相当にレベルが高かった。術者がどこの誰かも分からない位に…だけど)
(ああ,いくら俺が精神干渉系に耐性があると言ってもそれで何にもないのはそんな高位の魔法師ならあり得ない。俺達は耐性があるだけで効かない訳じゃないからな)
(なら…こいつの他にも仲間がいるって事か!)
(ああ,ここにいないのは逃走経路の確保か…純粋に学校に入れないからの二択。俺を確実に捕らえるなら最初から2人の方が良いに決まっているのに,わざわざこの部屋を密室にしたのは仲間が最初から学校に来ないと知っているからだ)
次の瞬間,焔矢の左側から速度重視の蹴りが放たれて焔矢とは別に全力で避ける為の思考をしていた大地が
(右腕で受けて,蹴って距離を取る)
という思考の下焔矢の身体を動かし…瞬間,心がニッと笑うとその蹴りが寸前で止まった
「なにっ?!がっ?!」
その事に注意が逸れた瞬間,顎下に心の拳が穿たれた。
顎下を攻撃された人間は脳が揺れ,一時的に動けなくなる事がある。それを狙ったであろう的確な一撃,だが焔矢は…というよりも大地は咄嗟にそのままバク転で心の顎を蹴り上げようとしつつ距離を取る。
心はそれをバックステップで躱さざるおえず,2人の間には一定の距離が出来た。
(なんで俺の考えている事が分かったんだ)
今の攻防は大地がそう思考したと考えない限り出来ない事であり,焔矢の身体とのシンクロ率も徐々に高まっていた。
そんな状態で防御重視の戦いをしていた自分が,一撃を入れられた。これは本当に不味いかもしれない。
「ふぅ…貴方の心,ノイズだらけで一苦労したけれどようやく
だが,その答えは本人から持たされた。
「なに?…おいおい,まさか」
「そうよ?私は生まれつき人の心が
はあっ?!っていうのが焔矢の偽らざる本心だった。
心が聴こえる…視えるではなく聴こえるらしいが,それでもそんな人間がいるのかとか,ていうかそれ反側じゃねえかとか思うのも無理もない事だった。
心の戦闘力自体はそれほど大したものじゃない。どこか軍人じみた魔法を絡めた白兵戦を凄まじいものだが,まだ大地と焔矢が反応出来る事から――殺さない為と言ってもまだ仕留めきれていない事からもレベル自体は焔矢と大地よりも少し上位だろう。
それでも油断したらあっと言う間にお陀仏だが。
だが,そこに”心を読める”なんていうチート能力を使われたら大地では分が悪い。大地は精神世界から焔矢の身体に干渉する性質上必ず”どう動かすのか”を思考しなければならない。
恐らく,今までは精神干渉系の耐性によって焔矢達の胸中の会話は聞こえていなかったのだろうが心の言葉が本当なら大地では動きが読まれる。
さっきの凄まじい蹴りを咄嗟に止める事も,そしてその後のアッパーも心を読めるからこそ急に動きを止めるトレーニングをしていたと考えれば納得のいく不意打ちだった。
(大地,俺がやる)
(…分かった)
焔矢は再び…と言っても元々焔矢の身体なのだが戻り対峙する。そして…思いっきり心に対して思う所があった。
(可哀そうにな,心が読めるとか人の嫌な所を見まくるみたいなものなのに)
過去,たった1人でライブハウス破りをしていた時の事を思い出す。罵詈雑言を浴びせられ,誰にも理解されず,それでもった1つの約束を守るために歌っていた日の自分。
思えば,あの時には人間の醜い部分をこれでもかと見ていた。ギターや歌自体は焔矢は同学年は愚か10歳以上年の離れた人よりも上手かった。
だからこそ,受け入れられない音楽性に交じって嫉妬での悪口も多かった。言われない所でもきっと心の中で言われていた筈だ。
だけど,心のその能力…恐らくBS魔法にあたるのだが,それは嫌でも人の醜さに直面するという事。そんなのが生まれつき?壊れない方が無理というものだろう。
それに…あの事故の時にいたのなら,生きたいという人達の心の声はきっと呪いに変わっているのだろうか。
そんな事を思っていたせいだろうか,途端に心の眉間に皺が寄り叫ぶ。
「うるさい!同情なんてされたくない!」
心も,これまでの人生で何かがあり昔的表現だが闇に堕ちてしまったのだろう。彼女は,闇の中でしか受け入れられなかったのかもしれない。
心を聞くことが出来るというのは,それだけ闇に囚われ闇に生きる能力なのだろう。それも当然で心を聴くことが出来るという事は諜報任務に向いているしそうなるのも仕方がないとも言える。
だが
「同情?んなもんしてねえ。これは憐れんでるだけだ」
焔矢の眼光は冷たかった。その今までとは違う冷たさに心が絶句してしまう位には
「んなっ」
「同情なんて役に立てねえ事するかよ。結果が全てだ。今ここで,あんたが俺の敵として立ちふさがっている現状で敵に同情するバカはいねえだろ」
最近は亜夜子によって篭絡されまくっているせいでそんなかけらも余り見られなくなった焔矢だが,彼は基本的に現実主義者であり結果主義でもある。
亜夜子にも過去何度か言った”結果が全て”というものは,焔矢の生き方を表しているとも言えるしそれを曲げたことはなかった。
敗北は敗北として認め,次に会う時には技術を更に上げてねじ伏せる。
それが焔矢のスタイルだ。それが良い結果なら笑えば良いし,負けたのなら敗者が笑うなくらいの事は普通に思っている。ある意味ドライな性格をしているのだ。
普段はお人よしから人に何かを教授する事や,頼み事くらいなら引き受けるが命がかかった場面や勝負事において彼は非情に冷酷な性格をしているとも言える。
それが王者の姿,王者の覇道を地で行っている音羽焔矢という男だ。
「人に理解されないものは得てして気味悪がられる。俺にだってあったさ。それが身勝手な人間って奴で理解されないものをバラまいた神様とやらの運命って奴だ。」
焔矢が嫌う神様や運命,自分の音楽性が理解されなかった頃の罵詈雑言の数々…心は知らないだけで焔矢はそれらをすべて覚えている。あの時はそんな事を知った事かという感じで暴走していたのだが,
「っ,貴方は受け入れられているじゃない!この学校に,音楽を,世界に…私とは違う!私は…私は受けいられなかった!それがどんなに苦しいのかあなたに分かる訳ないじゃない!」
焔矢と心は,常人が持ち得ない能力を持っているという意味では似たもの同士である。
心を読む事が出来る人間と,精神を召喚出来る人間。唯一無二が故に焔矢は世間で取り沙汰されこうして誰かに狙われる事も多々ある。
それは…焔矢が知らないだけで多分心もそうだったのだろう。いやこうして狂ってしまっている心を見ればそうなのだろうと予測できる。
だけど,焔矢と心は同じ唯一無二を持ちながらも全く違う道を歩いている。
その魔法の背景から,奇跡として君臨したAlter Ego
だけど心は,相手の声が聴こえてしまう事で苦しみ,それを伝えても気味悪がられたのだろう。心を読めるという事は人のプライバシーなどないも同然。そんな人間が近くにいれば1人か2人,それ以上に人達は言葉には出さない者の心では気味悪がるかもしれない。
心が聴こえると言っているのに,そんな事をされれば?
心は…誰も信用する事が出来なくなったのかもしれない。
だが――
「分かるさ。俺の音楽が受け入れられなかった時の,あの罵詈雑言は今でも覚えている。で…それがどうした?」
「な…ん」
呆気にとられたように口を大きく開いた心は,いつしか最初のヒールムーヴがなり潜めてただの少女のように戻っていた。
焔矢は彼女のそのメンタルの弱さが唯一の勝機だと直感し,舌戦で勝つことにした。
「俺は別に最初から万人に受け入れられようとは思っていない。そんなもん土台最初から無理な話だ。だからこそ,俺は何度でも挑むことにした。たかが数回受けいられなかった位で諦めるなんてそんな脆いメンタルを俺はしていない。正解不正解なんてくだんねえ。俺は…俺達は俺達の信じる音楽で世界を変える。」
「そんなの馬鹿でしょ?!たかが音楽で世界を変えられるわけないじゃない!!」
心は心の代の首席入学者,演奏する楽器はヴァイオリンで現代でもヴァイオリンは人前でのコンクールと言うのが通例であり彼女は昔からそれらの賞を総なめしている位には上手かった。
焔矢も去年の文化祭や,定期公演で彼女の旋律が素晴らしいものだと知っているが故に…悲しく思った。
「それをあんたが言うのか?」
「なに…?」
「あんたは,ヴァイオリンで何度も生徒達を振り向かせてきたじゃねえか」
定期公演や文化祭での演奏を聴くのは基本的に自由参加であり,彼女の時はいつも体育館が満員になる位には人気だった。去年は生徒会長としての仕事もしながらも,それに答えたいと言って文化祭のトリとして演奏した時の絶賛の拍手は焔矢も覚えている。
ちょっと一瞬ヴァイオリンをやってみようかなと思う位には美しい音で,焔矢は心の事を評価していた。まあ,最終的に自分達の音楽ではヴァイオリンはあわないという事で決着したのだが。
あの文化祭や定期公演で彼女は生徒達の世界を塗り替えた。
それをやってのけた本人が,世界を変えられない?
「少なくとも,俺はあんた鬱陶しく思った事はあるが音楽を侮辱した覚えはない。」
だから心の論は破綻していると言外にいう。
誰からも受け入れられない?そんなはずがない,少なくとも自分は心の音楽を受け入れていた。そもそも受け入れられない人間が賞なんて取れる訳なかろうし,生徒会長になれるわけない。
焔矢の心も聴いて,本当の意味で彼が侮辱したことがないと知って心はハッと眼を見開いた。
「あんただって,誰かの世界を変えて来たんじゃねえのかよ!それをやって来た自分が受け入れられない?ふざけんな!結局一番に自分を憐れんでるのはあんた自身じゃねえか!」
「私は…私は…」
まるで,心はその事に初めて気が付いたかのように狼狽えていた。
焔矢はそれを見て,直感的にまさかと考えた。だが今はそれを意識の端に追いやることにする。下手に戦闘に持ち込まれたら勝ち目はない。
舌戦に持ち続ける事が,焔矢の唯一の勝機だ。
「俺はカウンセラーじゃねえんだが」と思いながらも,言葉を紡ぐことにした。
「天霧心,あんたにこんな事は向いてない。あんたは俺と同じでお人よしだ。だから,悪い奴らに加担する必要はない」
心に組織的なバックアップが付いているのは,彼女のアリバイ工作の為の仕掛けから想像が出来ていた。
少なくとも心の単独犯ではなく,組織犯であるならば…というか,焔矢を狙う団体数的に組織犯が多いというだけなのだが大概が碌でもない連中だ。
恐らく大亜連合には魔法力増幅の事は伝わってしまっているだろうし,四葉の情報操作程のものがないのなら大亜連合以外の所にも魔法力増幅の事は伝わっているかもしれないと焔矢は思っていた。
奇跡ではなく力を欲する連中が増えているのだ。多分,心もそういう類の組織の人間だろうと焔矢は考えている。
心はいつの間にかその両眼に涙を浮かべハッとしたように焔矢を見ていた。だが次第に苦しそうに,喘ぐように言った
「だったら…だったら私は…どうやって彼らに恩返しすればいいの?!あの時助けてもらって…死んだお父さんとお母さんの代わりに私を育ててくれた人達を…私は裏切れない!」
それを聞いて焔矢は,彼女があの時に両親を亡くしたのだと悟った。焔矢だってあの時にオーディションの付き添い…と言う名の北海道観光旅行の為に来てくれた両親を亡くした。
彼らの死を確認したのは焔矢だった。もしかすると彼女の両親も,自分が見た死体の山の中にいたのかもしれない。
大切な人達を亡くしたという意味では,焔矢もそうなのだが彼の場合は例外中の例外で仲間達と図らずとも運命共同体になったのでマシであり心の場合は本当に拠り所がなくなって…どっかの誰かに拾われて育てられたのだろう。
その恩を返す為にこんな事をしているのかと,焔矢の眼は細くなったがそれではいそうですかという訳にはいかない。
ここでそんな事を言ってしまえば自分の命を投げ出すようなものだし,誓を守るためにもここで彼女の心を折らなければならないのだ。
「犯罪に手を染めるように言う奴らに恩返しなんて考えるな!そいつらが本当にお前の事を想っているのなら,そんな事は言わないしやらせない!所詮君を助けてくれた連中ってのは,君のその力を利用しているだけだ!」
「そんなこと…そんな事…」
「ないって言いきれるのか?お前は聴いたんじゃねえのかよ?!」
悪人が命ずるときに,心の内を心に晒さないなんて事は出来るはずのない事。必ず命令をする時には本当の目的とやらを考えてしまう筈だろうし彼女が迷っているようにも見えたのは,その事を知っていたからじゃないのかという博打の考えからだった。
だが,心は心辺りがあるのか豹変した時とは比べ物にならない位狼狽えてしまって…
「…っ」
もう少しで戦意を削ぐことが出来ると直感的に思った焔矢が叩きかけようとした時,心の身体が痙攣したかのように一瞬震え…様子が変わった。
先程までの仮面が取れた少女のような仕草をしていた彼女が…その瞳を混濁に染めていた。
(不味い焔矢逃げろ!)
先程までとは雰囲気ががらりと変わった心,それを見た精神世界の薫が叫ぶと焔矢はバックステップで距離を取ろうとした…がそれよりも早く魔法を発動させた心が先程よりも2歩先の間合いの詰め方で眼前に踏み込んできた。
咄嗟に焔矢は腹部を守るように腕を交差させるが,それよりも早く心の加重系の魔法がかかった重い拳を腹部ではなく,肋骨に向けて放って来た。
「がっ?!」
完全に心を読まれた形で焔矢の身体は宙を舞い,勢いよく生徒会出入り口のドアへと身体を叩きつけられた。
「が…はっ!」
背中と肋骨に甚大なダメージを受けてしまった。
(不味い…肋骨罅入ってるぞこれ)
そのダメージを体感で予測しながらも,何とか立ち上がるがその口からは血が意図せず吐き出されてしまう。
肋骨は心臓などの臓器を守る鎧のようなもの。そんな所に罅が入ってしまったら歌う事は愚かそもそもここから逃げる事の出来る可能性が著しく減ってしまう事になる。
焔矢は心ここにあらずというような心を見ながらなんとかドアノブを掴みながら立ち上がり念のために空いているのかを確認するが
(クソ,やっぱり無理か)
やはり逃げる事は出来ない。彼女の…というよりも彼女の裏にいる人間は焔矢の事を目的としている為今この瞬間に殺す事はないだろうがそう言う問題ではなかった。
心は…恐らく何かしらの精神干渉系魔法で焔矢を洗脳の類を最初しようとしていたらしいが,干渉力が焔矢達の方が上回っていた為そうするに至らなかった。
だがそもそもで昨日の賊を洗脳したのは恐らく彼女じゃないというのが焔矢達の仮説であり,それが最悪な形で判明したのだった。
つまり,心自身が洗脳されているという事だ。
(この分だと,彼女の記憶がどこまで正しいのかもわからねえな。都合の悪い記憶は消されている可能性だってある)
今の彼女が心を読む事が出来るのかは分からないが,もうこの際そんなものを聴かれても良いと思っていた。寧ろこの言葉を聞いて正気に戻ってくれたら御の字だとでも思っている。
何故なら彼女はさっき,受け入れてくれる人がいる事に初めて気が付いたような反応をしていた。
心の眼が闇に囚われて,自分を受け入れるような事を想っていた人達の声を聞いたことはないのかもしれない。聴こえなかっただけなのかもしれない。
それでも,焔矢は絶対に彼女の目の前で侮辱したことなど一度もない。だから気が付かない筈がないのに,そんな反応をするのは焔矢からしたら違和感しかなかったのだ。
それは淡い希望だとは分かっていたけれど。
「——ッ!」
虚ろな目をした心は,魔法を使わず焔矢に襲い掛かった。満身創痍の彼を組み敷いて拘束する事に魔法は必要ないという事なのだろう。
それは実際正解で呼吸をするのもしんどくなってしまった焔矢を捕らえるのに魔法は必要ない。
彼女を操っている誰かとやらは,どうやってかは知らないがこの状況を見ているらしい。別に魔法的な結界も何も貼られていないこの場所を透視の魔法で見ることくらいは訳がないのだろうが自分の姿を現さず心の身体を操ることに,そこはかとない怒りが焔矢から込み上げた。
「チっ!」
だが,これはある意味チャンスだと焔矢は悟った。魔法を使わないという事は今の彼女の身体能力はそこらの女性と変わらない。肋骨に罅が入っていても,まだ拮抗する事は出来るかもしれない。
そう考えて彼女の腕を掴もうとしたら
——密室の筈の生徒会室の窓が,唐突に外から割られた
焔矢がそれを認識したと同時に,取っ組み合いをしようとしていた焔矢の姿が心の前から風を纏いながら消えた。
「はぁ…はぁ~?」
余りにいきなり過ぎたことに,生徒会室の奥にある窓の下に避難させられていた焔矢が見たのは…男,であるはずなのだが焔矢は咄嗟にその人間が女性だと思ってしまった。
ジェンダーレス…女性にも,よく見たら男だと分かるのだがそれを一瞬で見分けるのは無理だろうと彼の後ろ姿を見ながら焔矢は思った。
彼は薄い化粧をした顔を焔矢の方へ向けた。
「大丈夫か,焔矢君」
「ギリギリ…ですけど,大丈夫です。助かりました文…ヤミさん」
しかし一目見ただけで文弥は焔矢が肋骨をやられているのが分かったのか,目の前の心を警戒しながらも腕のCADを操作すると焔矢の姿が繭のようなものに包まれる。
それが亜夜子の言っていた疑似瞬間移動だと分かると焔矢は慌てて心の事を教えるために口を開こうとしたが,それよりも早く焔矢の姿が生徒会室から消え…
「無事ですか,音羽様」
いつの間にか焔矢は学校の外のワゴン車の近くにいた黒川に支えられていた。
「黒川さん…ッ」
肋骨の痛みに顔を歪ませた焔矢を見て,黒川はワゴン車を開けると…
「亜夜子…ッ?!」
ワゴン車の中には――ヨルとしての少々奇抜としか思えない不良少女の衣装で乗っていた亜夜子がいた。流石に…というかそもそも文弥が来ること自体も予想外だったのだがどうして彼女がここにいるのかと顔に書いている焔矢のマヌケ面を見ていたかったが,流石に焔矢の怪我も相当だったので黒川がワゴン車に乗せる。
「今は喋らないで。直ぐ応急処置するから…取り合えずシャツを脱いで」
肋骨に罅が入っている状態で喋る事は危険な為問答無用に言うと,亜夜子のその言葉が変態じみた意味ではなく純粋に治療の為だと分かった焔矢は大人しく制服のシャツをはだけるとそっと亜夜子は肋骨部分に触れる。
「いっつ」
思ったよりも痛い事に顔を歪めるのを見て,亜夜子は手元のCADを操作し軽い治癒魔法を発動させる。
治癒魔法と言っても,亜夜子に高度なものは出来ない。せいぜいが肋骨を無理やりつなぎ合わせることくらいしか出来ないが,それだけでも焔矢は瞬く間に楽になった。
元から心の肋骨攻撃以外はほぼガード出来ていたが故に,肋骨さえマシになれば安定したのだ。
「…ありがとう,亜夜子」
「どういたしまして,でもただの応急処置だからこの後病院には行った方が良いわ」
「分かった…ってそうじゃなくて天霧をどうにかするのは少し待ってくれ!」
なぜ彼女達がここにいるのか,それは今は大した問題ではない。彼女達のおかげで自分は危機を脱する事が出来たのだからそんな事を聞いている場合ではない。
心は…恐らく何者かに洗脳されて自分を襲ったのだと伝えなければ真実を知る事が出来なくなる。
しかし,亜夜子は元から”そう言う事”をするつもりがなかったのか焔矢を困った人を見るような眼で見て…ため息を1つすると言った。
「ヤミちゃんも彼女を殺すつもりはないわ。せいぜい気絶させるだけ。」
そう言われて焔矢は少し安心したが,あっと思えば心が人の心を聴くことが出来る人間と言うのは文弥は知らない。
文弥の魔法がどんなものかを知らない焔矢は亜夜子にそれを伝えようとすると,彼女は焔矢の口を人差し指で抑えた。その事にビクッとした焔矢を見ながら,亜夜子は不敵な笑みを浮かべてた。
「文弥も彼女の能力の事は知っているから大丈夫よ。文弥の攻撃は,”分かっていても防げない”から。」
どこかニヤリとした表情で見て,亜夜子は手元のCADを操作すると右手の親指と人差し指を輪っかにすると光の増幅と屈折,望遠の魔法を発動させた。
車の中からもそうする事で文弥の様子を見て,ワゴン車の外で待機をしている黒川に言った。
「黒川さん」
「はい,ヨルお嬢様」
名前を呼ぶと同時,黒川の元にさっきの焔矢と同じように空気の繭に包まれた何かが送られてきた。
「天霧…」
それは気絶した心であり,さっきの彼女の戦いぶりを見た焔矢からすれば心も読めて先手を打てるはずの彼女があっさりと無力化されていることに驚きを隠せない。
これがアンタッチャブルかと改めて思った。
直ぐに近くに文弥が来て,心もワゴン車の後方座席に乗せると運転席に乗り込んだ黒川が発車させた。
「取り合えず,焔矢は今から病院ね。聞きたい事は沢山あるでしょうけど,今はやられたところを治さないとライブに支障が出るわ」
心の事について何かを言いたげにした焔矢の先手を打つかのように亜夜子がそう言うと,焔矢はため息を1つしてそれに頷いた。…だが,1つだけはっきりさせとかないといけない事があった。
「天霧を…どうするつもりだ?」
心は…焔矢が話してみた感じ記憶が改ざんされている可能性が高いし,最終的に焔矢を襲ったのだってどこかの誰かに操られての事だった。
無罪放免は無理かもしれないが,それでも命を取るような事をするべきではないと焔矢はその眼で訴えかける。
婚約者の甘いと言わざるを得ない考えを,眼で見ただけで一寸違わず理解した亜夜子は淡々と返した。
「そうね…貴方に手を出したという意味では許されない事だけれど」
「ちょっと待ってくれ,天霧は誰かに」
「焔矢,あなたの安っぽい正義感は好きだけれど一歩間違えていたら死んでいたのよ?」
婚約した後からは余り見なくなった,仕事をする時の亜夜子の表情を見て焔矢は言葉が詰まる。
亜夜子の言う事は客観的な事実であり,恐らく彼女の勢力にはまだ焔矢を殺す事は無かったかもしれないが最終的に人間としての死はあっただろう。
そんな彼が,助け出された後で敵に情けをかけるようなことをする資格はないと亜夜子は言い放っているのだ。
私情と仕事を完全に分けている,亜夜子本来の姿に焔矢は言葉を詰まらせるしかなかったのだ。
焔矢を病院に送り届けた亜夜子達は,そのまま焔矢に診察の後先に帰るように言って心をどこかに連れて行くのだった。
お疲れさまでした!!
そう言う訳で,それなりに謎を残しながら一幕が終わりました。
本作のオリジナルBS魔法「読心」,読み方は読唇と同じで「どくしん」です。魔法というよりかは超能力の類なのですが,超能力自体は普通にあるので原作でも出ていないだけでどっかにいても可笑しくないだろという暴論で出しました。
心を読めるって実際あったらしんどそうとは個人的には思います。
そして,焔矢の新能力というかUFWの応用の自分の主導権を精神世界の仲間に委ねるという離れ業。
今回の中では亜夜子の仮説によるものという雑な説明で切り抜けちゃったんですが,その内このお話も書けたらなと思っています。
では!
因みに九校戦は書かないけど九校戦編はあと2,3話で終わります。
どのお話見たい?
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達也&焔矢(UBW強化話?)
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空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
-
貢&焔矢(修羅場)