お気に入りが300を越えました!亜夜子の人気が凄いんだなとしみじみと思いながら,焔矢もそれに相応しい主人公でありたいと思ってます。
では!
頂への挑戦状
見覚えのない天井を見て,亜夜子は虚ろだった意識を覚醒させた。
普段の自分の部屋や,焔矢の部屋の天井とはまた違う…だけど不思議とその事に違和感はなく身体が少し重いなと思いつつ狭いシングルベッドで,自分を抱きしめて眠る夫となる焔矢を見てクスっと微笑む。
自分も,そして焔矢も昨夜は初めての経験をしてどちらが先に寝たのかは正直覚えていなかったけれど…身体には気だるさよりも幸福感が満たされているのを感じて色っぽい笑みのまま彼の寝顔に手を添える。
「ん…」
添えられたことで身体を身じろぎする焔矢を微笑ましく見ながらちょっと…昨日は自分でもらしくない事をしたと亜夜子は思っていた。
デートを誘った時点では夜の事なんて全然考えていなかった。元々調布のビルに帰るつもりだったし,一緒に寝る事は考えていたがそれもやっぱりヨルがいたり,一階上に文弥がいることもあって躊躇われる。
まあ,焔矢の方が誘ってくれたら考えたかもしれなかったがまさか自分から迫るなんて亜夜子自身も考えていなかった。しかし,焔矢の実家で彼の両親の事も色々考えた結果…誘ったのだ。
衝動的だったと言ってもいいかもしれない。
家族の遺影を見て,一瞬寂しそうな表情を浮かべた焔矢を励ましたかったのかもしれない。存外自分も理性をコントロールする事が出来ていないのかもしれないと苦笑いする。仕事となれば完璧に律する事が出来るというのに。
勿論それでするのはどうかと思ったし,結果的に言えば自分から誘ったようなものだから自分が淫乱だと焔矢に思われたかもしれない。
それに,完全記憶能力を持っている彼を前に自分の素肌を見せる事は実は結構勇気のいる事だった。これで,彼の中で自分という存在が本当の意味で刻み付けられたという事なのだから。
ただ今日いきなりだったのもあって避妊は出来なかったが仮に出来たとしても,それはそれで構わなかった。元々魔法師には先の早婚早産の考え方が一般的な為魔法大学を休学する事も心理的なハードルが高いわけじゃない。
もちろん亜夜子が子育ての為に休学するなんてなったら騒ぎは抑えられないだろうが,やましい事をしている訳でもないのでいくらでもごまかしは効く。そもそも子育ての為と情報を公開するつもりもないのだが。
だから昨夜の自分の行動はこれからも含めると必要なことだったと無理やり自分を納得させ,亜夜子は昨夜の衝動的な自分を意識の端に追いやる事にした。
(…それにしても,よく眠るわね)
部屋にある時計を見るとまだ朝の5時で時間にはまだ余裕があるとは言え,焔矢は亜夜子を抱きしめて離さず深い眠りに入っている。いつもならあと2時間は起きない。
おまけに,思ったよりも彼のホールドが強く亜夜子も抜け出そうとは思わなかった。裸の身体を抱きしめられている事に思う事はあるが,昨日散々抱かれたのだから今更だと思ったのだ。それに,こうやって大事そうに抱きしめられるのは悪い気はしない。
まあ…亜夜子が焔矢を焚きつけたせいで彼の体力が根こそぎかっさられたのだが。
(私も…もう少し寝ようかな)
そんな彼の寝顔を見ていると,なんだか気が抜けてしまい亜夜子も焔矢を抱きしめ返しながらもう一度眠りについたのだった
★
そうして,2人は朝の8時頃に目を覚まし昨夜の事があり焔矢の方は少し気まずげだったみたいだが,亜夜子の方は敢えてそんな態度をおくびにも出さず朝食を食べると焔矢の実家をあとにする事にした。
元々起きた時には既にお日様が上っていたし,昨夜のような雨模様が嘘かのように晴れ渡っている。それに2人とも予定があるのだから余り長く実家に居座る訳にはいかない。
焔矢は自分のベッドシーツを洗濯機兼乾燥機にぶち込み,2人はそのまま家を出て一旦調布の家に戻る。
「じゃあ亜夜子,道中気を付けてな」
焔矢の部屋の前で2人は別れることにしたので焔矢は念のために亜夜子にそう言った。
世間的に四葉の一因だと名乗っている亜夜子を狙う輩がいないとも限らないのは焔矢もこの短い付き合いで分かっていたからだ。
しかし,亜夜子の方は心外だったのかジト目で
「今は貴方の方が心配なのだけれど…焔矢も身の回りには気を付けてよね」
それはそうである。この前だって焔矢が狙われたのでとてもタイムリーであるが亜夜子ではなく焔矢の方が危なげなのはそうである。
無論焔矢にも護衛はいるが,前みたいに学校の中で襲われたりしたらたまったものではない。
といっても,学校はまだ少し先だが密室という意味ではスタジオとかもそうだ。今は
「分かってるよ。じゃあ」
「ええ,また」
今夜,という言葉は省略して亜夜子は踵を返して1階上の双子の部屋へと戻って行った。それを見送った焔矢は部屋に入ると,一日ぶりとなるヨルがクッションでスピ―と寝息を立てていた。
「あれ,ヨル…お前文弥さんと一緒じゃなかったのか?」
昨日,亜夜子も焔矢も実家にいた関係でヨルの世話を文弥にお願いしていたのだが何故かヨルは既に部屋に戻ってきている。しかし,別に文弥がヨルの世話を放っぽいた訳ではないのは位置が変わっている散歩鞄やエサ入れからも分かる。
なんでだ?と首を傾げたが,ヨルは飼い主の帰還に気がついたのかバッと身体を起こして「お帰り♪」と口走るかのような軽い足取りで近づく。
「ヨル,ごめんな。この後練習行くからもう少しお留守番頼む」
言いながらジャーキーをあげると「仕方ねーな」とも言いたげにジャーキーを咥えて上機嫌にクッションに戻る。
それを微笑まし気に見た後,焔矢は服を着替えて家を出る事にした。
ギターを携え,家を出て個別電車に乗り込む。その間に音楽系ニュースを見る事にした。一週間前ならば,焔矢の新曲についての記事が多くあったのだが…今はそれも落ち着いて焔矢は気になる記事を見つけた。
「『Alxis Music』が作り出す新たな音楽…か」
焔矢とほぼ同時期にデビューを果たしたアーティストはもう1人いる。
それがこのAlxis Music所属のアレクという人物であり,今週のオリコンランキングでは焔矢と1位を争った。今回に関しては焔矢の九校戦という場でのタイアップ効果もあり1位になったが,正直それが無かったら負けていたかもしれない…と焔矢は真面目に分析するくらいのアーティストだ。なんなら実際何度もオリコンチャートでは負けている。
Alxis Musicはエクセリクス・レコードのように老舗のレーベルではなくまだ出来て半年という若いレーベルで所属のアーティストもこのアレクしかいない。
しかし,その音楽は正確無比であり連なる音の連鎖は計算し尽くされ,どうすれば客のアドレナリンがより多く出るのかも考えられている。
曲も歌詞もさることながら,突出するべきなのはこのアレクの千差万別の歌唱力にある。
焔矢はイヤホンで彼の曲のショートバージョンをいくつか聞いて…しみじみと呟いた。
「すげえな,音程が全くぶれないのもそうだけどこんな高音俺は出せねえぞ」
焔矢が聞いた曲が偶々そうだっただけだが,このアレクという人物は声質だけを聞くと中性的で男性なのか女性なのか分からない不気味さがある。
しかし,そんなのがどうでもよくなってしまうほどのサビでの高温を聴き,焔矢は今の自分がこんな人間がギリギリ出せるかどうかの高音を出せるかと考え…直ぐに出来ないなと思った。
最も焔矢が今聞いている曲はバラード調なので普段の焔矢とは趣味嗜好が違うが,それを差し引いても凄まじい完成度とも言える。
これが本当のライブ会場で繰り出されるとファンの人達凄い喜ぶんじゃねえかなと思いつつ,焔矢は次の曲に行った。
そうやってアレクの曲を聴きながら記事の続き…Alxis Musicの音楽についてを見る。
どうやらこのAlxis Musicというのは,現在プロデビューするための候補生を募っているらしく,この半年間でそれらの人数が増えてきたらしい。
それに一役買ったのはアレックであるのと同時に,レーベルが提供する練習メニューの数々が各個人にジャストフィットして効率が凄まじく上がっているから,らしい。
ある意味歌手の育成もして,そしてなによりその生徒達のいくつかはもう少しでプロデビューも果たすらしく焔矢は純粋に驚きを示した。
まだ候補生を募って,集って半年らしいのにその一部とはいえプロにまで上り詰める事が出来る速さに驚くのは無理もない。
しかし,情報端末をスクロールしてAlxis Musicの理念を代表が話している場面を見て少し眉間に皺を寄せた。
「『誰もが同じ音楽を』か」
Alxis Musicの理念は,このプログラムを通して音楽的才能があるものもないものも全てが”音楽”の”強さ”に染まる事が出来るようになる事という。
受講生は間違った音楽を踏まず,正しい音楽だけをする事が出来るという謳い文句がアレクの実績と共に出され自分の所にすれば全員がアレクのようになれるということまで言い始めて…焔矢は何となく気分が悪くなって情報端末を閉じた。
「はぁ…なんか似たような事前も考えたな」
心の音楽を破壊すると決めた時,彼女の音楽がセオリーに縛られたものだと悟った時の事を思い出した。
焔矢は紅羽がいてくれたから,”誰かと同じじゃなくていい”と気がつき自分の…今ではAlter Egoの音楽を貫いている。人受けなどではなく,自分達が良いと思った音楽を押し付ける究極系。
だけど人間は…特に日本人に限って言えば”誰かと同じ”であることに安心を求めようとしてしまう。誰かと同じじゃない誰かの事を排他するような輩だって平気でいるだろう。
そんなもの焔矢に言わせれば別に遺伝子からしててめえら同じ人間なんていねえだろとツッコミどころしかないのだが,そうならない人間がいることも確かで…心はそんな多数派に飲み込まれた。
心のような人を増やしたいように見えるのがAlxis Musicなんだと,焔矢は何となく思った。
「さっ,今日も練習練習」
個別電車がレーベル事務所の最寄り駅にまで到着すると気を取り直すかのように背を伸ばし,そのまま真っすぐレーベル事務所に向かった。
事務所に着くと,ようやく四葉の事とかで少し荒れていた事務所の中も落ち着きを取り戻していて何となく良かったと思いながら焔矢はいつものように受付嬢の所へ歩み寄る。
「こんにちは。大原さんいますか?」
「あ,音羽さんこんにち…は」
一瞬受付嬢は焔矢の事を首を傾けてジーっと見てきてが,何かを察したのか「ああ」と小声で言って気を取り直すかのように続けた。
「代表は今会議室で会議中だけど…もう少しで終わると思うから先に会議室Bの方に行ってください」
受付嬢が何かを納得したように息を吐いたのが気になったが,別に今関係にの無い事だと思うから素直に頷き焔矢は指定された会議室へと向かった。
会議室につくと,取り合えず鞄からノートパソコンを取り出してDTMのページを開いて昨日取って来たスコアをざっとデータ化する事にした。無駄な時間は一秒たりともない,この事務所にいる間は特にだ。
そうやってスコアとパソコンでにらめっこする事5分位,会議室の扉が開くと大原が現れ焔矢は途中保存し彼と向き合うように椅子に座った。
大原は一瞬焔矢の周囲を見たが,思っていたもの,あるいは人がいなくて驚いたのか少し眉間が動いた。
「さて,夏休み中に来てもらってすまないね」
「いえ,どの道今日は来るつもりだったのでお構いなく」
「結構,それじゃあ挨拶は飛ばさせてもらうよ」
焔矢は改めて椅子を座りなおして目の前の大原を見据える。亜夜子との会談の時は,正直ネームパワーが強すぎて大原の対応自体が後手に回っていただけなのだが,彼は何十年もこの業界でやって来たプロだ。
その威厳は確かに存在した。
「君は産まれていない頃の話だが,「Live survival fes.」という名前を知っているか?」
その名前は聞き覚えがあった。産まれていない頃…どころか下手したら大原も少年だったのではないかという位昔の名前だ。
「映像とかで見たことはないですが,名前は知ってます」
なぜなら,紅羽がギターを始めるきっかけになったのがそのフェスで優勝したことのあるバンドだった筈だからだ。
第3次世界大戦が起きる前の…まだ21世紀が始まった辺りのフェスだった筈だと焔矢は思った。
「でも,たしか第3次世界大戦勃発に伴ってなし崩し的になくなったんじゃなかったですっけ」
Live survival fes.…略してLSFは,昔の世界的なレコード会社であるAtomic Recordという会社が開催したある意味伝説のフェスとも言えるものだ。
世界各国のアーティスト達がそれぞれ自分達の国でライブを行い,観客の得票数で勝者を決めていき優勝した各国のアーティストがどこかの国に集合し現在においての音楽界”最強”を決める戦いだ。
その規模のでかさから,予選も含め本戦を終えるまで丸1年という歳月を使うというとんでもない長さを誇るフェスでもあり,史上最長のフェスとも言われている。
しかし,LSFの最も過酷と言われているのはその予選の数…ではなく”復活”があり得ないという点だ。
純粋に敗者復活がないのではない。文字通り,敗者はそれ以降のLSFに参加する事が出来なくなるのだ。
まさにサバイバル,勝者だけが生き残り続ける戦場とも言えるフェスである。
だが決勝に出場する事が出来たアーティストは世界に通用すると太鼓判を押されたようなものであり,実際過去LSF決勝に出たアーティスト達は皆後世に名を残しているほどの有名人達だ。
それに,優勝したアーティストはAtomic Recordから莫大な賞金が貰えるだけではなく,直接スカウトもされたらしい。
だけれども,このフェス自体は焔矢のいうように第3次世界大戦の勃発によって惜しむ声も多くありながら開催が出来なくなったはずだ。
第3次世界大戦の後は各国の情勢や,魔法師の開発によってやっぱり開催出来なくなってそのまま埃を被ったフェスというのが焔矢の印象だった。
まあ,第3次世界大戦の後は音楽界隈も技術の発展によって色々環境が激変した後なので審査の基準とかも含めて取りやめるという結果になったのだろうと思っていた。
「その通り。これまでAtomic Recordも再開するという声明は出していなかったから今では殆ど幻のような扱いだ」
Atomic Record自体はUSNAにあり,会社としては一度代替わりしながらも今でもなお世界的なレコード会社として君臨している。
焔矢のプロデビューを果たした日,ライブを終えて家でご飯を食べながら聞いていたロックバンドも実はこのAtomic Recordの所属だ。
そんな訳で,再開自体はやれば出来るだろうというのが世間様の意見だったが,そもそも予選の為に世界各国の会場を抑えないといけないし,決勝に進んだアーティスト達の滞在費もAtomic Recordが出す関係上凄まじい金額が動くことになる。音楽界のオリンピックのようなものだ。
寧ろ昔にこのフェスを3年周期でやっていた事が当時のAtomic Recordの資金力のえげつなさを示しているのだ。
「…って,これまでってまさか」
そこまで焔矢は話を聞いて,どうして大原が自分をここに呼んだのかを何となく察したのだ。こんな昔話をする為だけに自分を呼ぶはずがない。
こんな昔話をしたのは,それが必要だったからだ。つまり…大原は我が意を得たりとばかりにニヤリと笑った。
「そうだ,今年からLive survival fes.が復活する」
「え,マジですか」
それは…ビックリする所の話じゃなかった。こんな幻で伝説のようなフェスが復活する…当時の熱狂を知っているであろう大原が普段の冷静さとは裏腹にワクワクを押さえつけられないように笑みを浮かべているのが,これがどれだけ凄い事かを分かっているからだ。
それにジャンルが何であれ”最強”を決めるのはやっぱり男心がくすぐられるのかもしれない。
…と,ここまで考えて
「ん…?どうしてその話を俺に…?」
焔矢の問の意味が厳密には”どうして他のアーティストも呼ばないのか?”になる。
なぜなら,昔のLSFと同じなら参加するアーティストは基本的に誰でもありというのが参加条件だったからだ。その門出の広さも流石世界的レコード会社だと思うものだが,だからこそどうして音楽の祭典のような催しの話を彼は自分にだけしてくるのだと焔矢は思ったのだ。
門出が広いという事は,当然エクセリクス・レコードの焔矢の先輩達も参加できるという事だしさっき事務所を除いた感じどこかに出かけているという訳でもないにも関わらずだ。
「今回復活したLSFは,以前とは少し違っていてね。取り合えずこれを見てくれ」
言われながら焔矢は大原が自分の情報端末にデータを送ったのを見て自分の情報端末を取り出し,大原から受信したメールからデータを解凍しPDFとして広げた。
それは恐らく日本の音楽レーベル全体にAtomic Recordから送信されたであろう日本語訳付のLSFの開催概要だった。
焔矢は大原に目線で許可をもらい,黙読し始めた。
大体書かれている事は焔矢が以前聞きかじった事があるLSFとそう余り大差はない。予選を行い,観客の得票数によって各国の代表1名が決勝に進出。
決勝でも同じように観客の得票数で勝敗が決まり優勝者,或いはグループには賞金があるらしい。
あくまでもスカウトというのはフェスと関係なしにAtomic Recordが行うものようだ。まあそうしてくれなきゃ困る。なんせ今エクセリクス・レコードに所属しているのだからスカウトなんてされたら白い眼で見てしまう事間違いないからだ。
(…大まかな変更は,予選の期間が以前の半分くらいになったこと。あとは…っ!)
しかし,以前とは違う場所が1つだけあった。
それは参加者の概要の所であり
「これは…まあ,納得は出来ますけどよくやる気になりましたね」
今大会に参加する事が出来るアーティストは,以前のように参加したければ全員が出来るという訳ではなくなっていたのだ。
予選の期間が半分程度になっていた時点で参加者の縮小はあるかもしれないと思っていたが,焔矢が思っていたよりも思い切った路線変更の為でありそれは…
「今回の大会から,3つの参加群が出来た。1つは”チャレンジャー”,これは書類選考を通したアマのアーティスト達がたった一度のライブなりコンサートで勝者が本予選に参加できるという枠。そして次に”レコメンダー”,これは各レーベルが所属するアーティストを2人まで推薦して予選に参加させる事が出来る枠。」
LSF自体はアマプロ問わず参加できる大会,だが今回のフェスはアマにしろプロにしろ,本予選に行くまでにとんでもない狭き門を通る必要があるという事だろう。
アマ,或いは推薦してもらえなかったプロはチャレンジャーとしてたった一度の予選でふるいにかけられる。だがその予選に出るにしたってこの書類選考がどれほどの実績が伴えば出るのか分からない。だが少なくとも以前よりも参加者は少ないだろう。
レコメンダーにしたって,人数を多く抱えているレーベルにとっては皆参加させたいのに2人しか参加させる事が出来ないという事になってしまう。
焔矢はふと今朝見たAlxis Musicのように,まだプロ排出していないレーベルとかならマシだろうなとどうでも良い事を考えた。
自分は多分やるとしてもチャレンジャーとしての参加だろうと辺りをつけながら大原の言葉を聞いていた。
「そして,3つ目はゲスター。これはAtomic Recordが直々に出てくれと招待する参加者の事だ」
招待と言っているから国内での予選を免除!という訳ではないが,ゲスターが決勝に進出した場合は他の選手よりも数段良い扱いとか受けられると焔矢が貰ったPDFには書かれている。
もちろん,負けた時点でこれ以降のLSFには出られないが大会参加中に受けられる待遇は他の参加者とは段違いらしい。
(良いのかそれは。差別って言われないのか?)
自分には縁がないと思っているので焔矢は遠慮なくそんな事を内心でツッコむ。いくら自分達が出て欲しいからと言って,他の参加者と明らかに違う待遇というのは良いのかと焔矢じゃなくても思うだろう。
しかし,焔矢は考え方次第かと思った。
(ゲスターのプレッシャーは他の参加者の比じゃないから,か)
ゲスターは,開催する会社が指定し招待する招待制。その分客の期待は高いだろうし,他の参加者よりもプレッシャーは断然とあると考えるべきだろう。
ここには書かれていないし書かれていない筈だろうが,待遇が良いのはそのせいもあるんじゃないかと焔矢は思った。
「じゃあ,俺はチャレンジャーとして出て来いって感じですか?」
そこまで考えた焔矢は頭の中をLSF出場に戻し確認として問いかけた。
自分よりも先輩達が何人もいるし,若輩者の自分をレコメンダーとして大原が推薦してくれるかは微妙だったし,ゲスターに選ばれるほど何かやった覚えもない。
消去法でチャレンジャーだと思ったのだが
「いや違う。音羽は…というよりもAlter Egoはゲスターとしてフェスに招待された」
「あー,やっぱりゲスターなんですね…はっ?」
一瞬大原が何を言ったのかが分からなくてついノリツッコミのようなテンポで返してしまったが,余りに自然に言われ過ぎて内容をかみ砕くのにラグがあった。
ある意味予想通りの反応をしたのだが,大原は失笑する事も無く真面目な顔のままだ。
「え,リアルですか?」
「リアルだ。その証拠に」
大原はそう言ってもって来ていたファイルからある便箋を取り出した。それは見るからに高そうな素材が使われたもので,どこから送られてきたのかが一瞬で悟った。
大原はそのまま焔矢に便箋を差し出してきた。
「音羽,英語は読めるな?」
「いや読めますけど…失礼します」
一言言って便箋を開けると,1通の手紙と細長いチケットのようなものが同封されていた。
取り合えず今時珍しい手紙の方を見てみると,大原が事前に言ったようにすべて英語で書かれた招待したい旨を伝える手紙だった。
内容としては,滅茶苦茶大雑把に言ってしまえば司波達也と並ぶ稀代の魔法を使った音楽を是非世界に披露して欲しいみたいな話だった。
「…今更ですけど,俺の存在って世間的にはどうなんですか?」
魔法を狙って襲われる事は度々あるが,一般衆人から自分達の魔法はどのように評価されているのかが純粋に気になった問だったが,それこそ今更の問いかけ過ぎて大原は微妙な眼で焔矢を見返す。
「誇張抜きで,今この国どころか世界で注目されている人間だろうね」
元々魔法と音楽がクロスすること自体は実は偶にあった。しかし,そのどれもが楽器を魔法で使って演奏したりとかだった。
だから1人の魔法師が複数の楽器を用いて演奏するというものも前はあったが,最近は余り見ない。
それはそれとして,今までの魔法×音楽がそう言った楽器を使った延長線上のものだったのに対して焔矢の音楽は精神自体を召喚し,その精神達が各々意志をもって直接人間の精神に音を叩きつけるとか言う全く違う音楽だ。
それで注目されない方が無理だというもので,それが世界においても唯一無二であれば更に当然だろう。今回ゲスターとしての招待は分かりやすくそれが証明された形になったのだ。
「無論,招待されたからと言って必ずフェスに参加しないといけない訳じゃないが…」
仮にどこかで敗退してしまった場合,焔矢の場合はチャレンジャーとして挑むアーティスト達とは失うものが桁違いに違う。
敗北者としての烙印は間違いなく他の参加者よりも重いだろうし,それが足枷となってしまうことも否めない。
参加者には当然経験が豊富なプロとかもいるだろうし,壁としてはこれ以上ない位高いものだ。
リスクヘッジという意味では,今回はまだ他の事で経験を積みたいからとか言って断ることも賢い選択肢と言える。
だが
「参加しますよ。世界が俺の踏み台になる舞台をわざわざ用意してくれたんですから,これに参加しない理由はない。」
大胆不敵,傲慢とも言える言葉だ。
自分達の音楽最強無敵だと信じているからこその絶対的自信と覚悟,一度解かれた絆と共に運命共同体となった彼らの音楽は本当に世界の頂を取れるかもしれない。
大原はそう思って彼らをスカウトした。わざわざ音羽焔矢とAlter Egoに分けてまでだ。
そして今,彼らは失敗すらも恐れずそう言ってのけたことに大原は人の悪い笑みを浮かべた。
「よく言った。予選はまだ先だが,準備を怠るなよ」
ゲスターとしての参加,Alter Egoだけじゃなくてエクセリクス・レコードの名前も背負う事になる今回のフェスは大原にとっても挑戦になるものだ。
無論レコメンダー枠としてもアーティストを送り込むだろうが,ゲスターとして声をかけられたのは焔矢だけなのもあり必然と期待値は高くなる。
しかし,焔矢は特にその事を気にする事も無く獰猛な笑みを浮かべた。
「分かりました。」
余談だが,大原の人の悪い笑みと焔矢の獰猛な笑みは実は結構そっくりであり2人が知らない間にシンパシーを築いている原因の一端を担っている。
ある意味似た者同士なのである。
その後,焔矢と大原は軽く予選のおさらいを行った。
簡単に日本での予選を言えば,予選はいくつかのグループ群に別れ先ず地域ごとに指定された会場で1日,或いは2日フェスの形で全アーティストがライブなりコンサートなりを行い得票数が一番多かったアーティストが東京で行われる予選決勝に進出。
予選決勝では北海道,東北,関東,近畿,中部,中国,四国,九州(沖縄含む)の八地方分布それぞれの代表によるトーナメント方式で優勝者が世界へ行ける仕組みとなっている。
焔矢はそこで,もう自分にはほぼ関係ない事になってしまった事だが大事なルール変更があるのを見た。
(日本だけとはいえ,全国予選の段階なら最大8回までチャレンジする事が出来んのか)
流石に,前の時と同じにするのは反省か何かをしたのか全国それぞれの地方の予選であれば何度でもチャレンジできるという仕様に変わっていたのだ。
予選の段階だけとは言え,敗者復活のようなシステムがあるのは昨今のアーティスト減少傾向にある事が関係しているのだろうかと焔矢は思った。
…まあ,東京での予選決勝ではトーナメント方式なので敗北は一発でアウトなのだが。それに,一度でも予選に参加した時点で生き残りかどうかが決まるのは変わりはない。
一通り読み終えた焔矢はPDFに書かれていなかった事で質問があり問いかけた
「ゲスターはどの地区の予選になるんですか?」
これは日本での予選だから他の国では知らないが,少なくとも日本では綺麗に8つの地方で分布が出来る以上トーナメントの進行的にはまとまりが良い。
だから焔矢はてっきりゲスターもどこかの地区からの参加だと思ったのだが,大原によると少し違うらしく
「ゲスターは予選決勝のトーナメントから参加で地区の代表ではない。」
「え,それだとトーナメント1人シード出てきません?」
予選決勝の予選まで飛ばしてもらって,更にはシードになるかもしれないと思ったら少し…いや結構嫌だと焔矢は思った。
別にその感情に他の参加者は頑張って予選決勝まで来たのに自分は予選と1回戦なしだと不公平が…とかそんな理由ではなく純粋にライブ出来る回数が1回減るからだ。
「そうだ。まあ,普通の国ではゲスターがそもそもそれほどいないからゲスターを前提にルールを立てる国の方が少ないんだ。」
まあ,言われてみればそうかもしれないなと焔矢は招待状を見ながら思った。
今回初めて起用されたこのゲスターというシステムは,今年が初めてというのもあってどれくらいの人間が招待されているのか皆目見当もつかない。
しかし,今回規模をそれなりに縮小したことからもそれほど多くない筈だと焔矢は思った。まあ,縮小したと言っても開催時期の短縮とかだけだが。
「分かりました。俺達がシードと決まった訳でもありませんし,取り合えず俺達はやるべき事をやるだけですね」
「そうだ。私は今から他の皆にも説明してくるが,音羽は特殊だから説明を別にさせてもらったんだ。」
「なるほど,大原さんがそうする理由も分かったので大丈夫ですよ。じゃ,俺は練習に行きますね」
「ああ,期待しているぞ音羽」
四葉と焔矢の関係を知っている一般人枠の大原だが,それで焔矢に対する態度が変わったと言われればそうでもなく寧ろ前よりもフランクになったかもしれない。
それには焔矢の秘密をレーベルが守らないといけないものだったのが,四葉が彼を欲したおかげ(?)で責任が分散されて安心できるようになったから,というのが大きいかもしれない。
無論レーベルとして四葉を裏切ってしまった時の制裁は恐ろしいが,大原も焔矢と同じ。そもそも裏切るつもりないし裏切る理由もないからメリットしかない関係になっているから。
四葉のおかげで焔矢のプロモーションの規模もでかくすることが出来たし,割と結構良い関係を築いているのだ。
そこには焔矢が婚約したとしても,音楽の姿勢が変わらない事もあったのかもしれない。
ともかく,2人,そして大原と四葉は良好な関係なのである。
そうして,焔矢は大原と別れ新たな気持ちと共にスタジオに向かったのだった
お疲れさまでした!
亜夜子の自分の行動に対する独白と,焔矢の新たなライブのお話についてです。
ややこしく思った方がいるかもしれない(というか多分ややこしい)ので整理代わりに概要書いときます。
Live survival fes. 略称LSF。
USNAの世界的レコード会社Atomic Recordが主催する世界規模のライブフェス。
各国の予選を勝ち抜いた代表が,一か所に集まって観客の得票数によって頂点を決める音楽界のオリンピック。
参加者は3群に分けられ,チャレンジャーは書類選考によって選ばれたアーティスト。基準にはこれまでの経歴で振るいをかけられる。基本的にプロでそれなりに売れていれば参加できる。アマチュアも最大ライブ動員数によっては行ける。この書類選考の時点で落とされる分には復活が出来ない制約もない。
レコメンダーは,レーベル或いはレコード会社が推薦するアーティストの事。
そして焔矢が選ばれた”ゲスター”という枠。大会中の待遇が良い代わりに,主催の方から出てくださいと頼まれた群。
この群は日本では焔矢だけであり,世界でも本当にトップ層が少数呼ばれる。
焔矢はまだ日が浅いが,精神体召喚魔法を見せて欲しいという理由でゲスターとして招待された。…果たして,真意はさておいて。
文中にも書いた通り,予選から文字通りの復活なしのサバイバル。敗北者は今回だけではなく,次回以降のLSFにも参加できない。
ただし日本では予選の段階であれば何度でもチャレンジ可能。しかし,一度参加した時点で予選決勝に行けなかったらその時点で復活出来ない。だから予選は参加すると決めたら全部出た方が良い。
尚,焔矢には関係がない。
という訳で,LSFは焔矢の目的の為の大きな一歩となるお話です。
ただ,物語中ではLSFの開催はまだまだ先なのでその間のお話は多めです。
焔矢と四葉メンズのお話も書きたいと思っていますし,九校フェスのお話も書きたいですし,そもそも焔矢の3rdライブも書きたいと思っていますし,書きたいお話があり過ぎるのである。
そんな訳で,次回は焔矢が出てこないお話です!
では!
どのお話見たい?
-
達也&焔矢(UBW強化話?)
-
空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
-
貢&焔矢(修羅場)