魔法科高校の劣等生 黒羽の姫と焔の絶対王者   作:レオ2

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疑念

 夕方の18時,色んな意味で衝撃的だった打ち合わせと練習を終えて焔矢は調布のビルへと戻って来た。

 一応帰っている時から自分を見張る邪な視線がないかを察知しながら帰ったはいいが…まあもしかしたらまた黒服たちが知らない所で守ってくれているかもしれない。

 亜夜子と文弥…あと多分貢の気配以外はそれほど明敏に感じ取れる訳ではないからだ。なんならその3人にしたってそれなりに探そうと思わない限り見つけることが出来ない。

 実際,黒羽貢と初めて相対した時は焔矢は途中まで彼の気配に気が付けなかったのだから。

 

「そういや,もう届いてんのかな」

 

 部屋に向かいながらふと昨日買ったベッドとか届いたのだろうかと考えた。昔のように配達に何日もかかるという訳はないだろうし,昨日のようにゲリラ豪雨も今日は無かったから何も問題が無ければ届いているはずだ。

 そこまで考えた時,焔矢は思いっきり昨夜の諸事を思い出して微妙な表情に変わった。

 

「昨日は…」

 

 朝起きた時,亜夜子の様子はいつもとあまり変わらなかったし,そのせいで一瞬昨夜のあれは夢だったのではないかと勘繰ったがそんな訳も無くしっかりと昨夜の一挙手一投足まで記憶してしまっていたので現実だとようやく認識する事が出来た。

 昨夜のあれこれも詳細に覚えてしまう記憶力を恨みながら,次亜夜子と会った時にどんな顔をすればいいのだろうかと考えて…少し眼を背ける事にした。

 

「…まあ,今はLSFか。いやLSFだけじゃないか,そういやあれもあるか」

 

 今日の打ち合わせの内容であるLSFの事を考えた焔矢だったが,直ぐに直近ではそれだけではない事を思いなおした。

 

「先ずはご飯にしよう」

 

 先の事を考えながらも,今日も練習をたくさんし過ぎたせいで若干声がしゃがれていながら玄関に通じる扉を開き…何だか既視感のあるとても心地の良い香りが焔矢の鼻をくすぐった。

 醤油やみりんなどの様々な調味料が混じりあった家庭的な匂いだ。

 

 そして,玄関に亜夜子のヒールがあるのを見て一瞬心臓をドキリと震わせた。一瞬で昨夜の事を思い出してしまい,嫌々と頭を振って煩悩を追い出し靴を脱いでリビングへと向かった。

 

「おかえり,焔矢」

 

 リビングに入ると,キッチンから亜夜子の声が聴こえそちらに行くと,彼女は最近買ったというエプロンを着て鍋の前に立っていた。黒を主として,所々にチャームポイントのように紅いリボンが結わえられている亜夜子によく似合っているエプロンだった。

 

「…ただいま,亜夜子」

 

 このやり取りも,既に何度も繰り返したにもかかわらずなぜか新鮮な気持ちを感じながら返すと亜夜子はニコッと笑い台所の方へと眼を向けながら

 

「汗凄いから,顔洗って来たら?」

「え,ああ…うん。」

 

 言われてみて少し額を拭うと,確かに汗が多分に含まれていた。ずっと冷房が効いているスタジオか,個別電車の中にいたせいかここ最近は熱さに耐性が無くなってしまっているのかもしれない…まあ,純粋に演奏に夢中になり過ぎて汗をぬぐうのも忘れていただけなのだが。

 

 亜夜子の言葉に甘え,焔矢は洗面所で顔を洗って軽く汗拭きシートで身体を拭いてからリビングに戻ると亜夜子がお更に料理を盛り付けして机に運んでいた所だった。

 焔矢はさっと彼女からそれらを受け取り,手伝い机に並び終えた。

 エプロンを解き,キッチンのフックにかけると亜夜子は微笑んだ

 

「さ,食べましょう?」

「うん…いただきます」

 

 本日亜夜子が作ったのは肉じゃがという,家庭的でポピュラーとも言えるセレクト。無駄のない調味料の配合により,目の前から放たれる肉じゃがの香りとテカりが食欲をそそって来る。

 亜夜子の慎重さという性格がよく表れている一品で,焔矢は早速と食べた。

 すると,口の中に入ったじゃがいもがほろりととろけ,じゃがいもに絡まっていたお汁がそれらを包み込むように旨味を更に引き出していた。

 焔矢も肉じゃがは作れない事はないが,ここまでの出来にする事は出来ないと直感的に思った。

 

「美味しい」

「ふふっ,ありがと」

 

 亜夜子は自信があったのか,幸せそうな表情を浮かべた焔矢を微笑ましく見て自分も肉じゃがを食する。

 満足気に瞬きした後,他愛のない話をするのだ。

 

「亜夜子,今日帰るの早かったんだな」

 

 確か今日は学友たちと出かける予定があると言っていた筈だし,焔矢の中での勝手なイメージで大学生の女性陣はディナーまでがワンセットだと思っていたから,晩餐を用意する事が出来る時間までに帰って来ていたのが意外だったのだ。

 

「ええ,今日はちょっとね。」

「…?なんか歯切れ悪いな」

「そう?」

「うん」

「躊躇わないのね」

 

 躊躇う事も無く人の内側に足を踏み入れようとする焔矢に,亜夜子は焔矢はそう言う人間だと知っているが改めて呆れ6割くらいの目線で見返す。

 ただ,そんな亜夜子の視線も焔矢には既に慣れたもので肩を竦めた。

 しかし,亜夜子が今日帰ってきた理由は焔矢を相手に言うには少々恥ずかしい理由でもあったので敢えてすっとぼける事にした。

 

「そんな事より,打ち合わせはなんだったの?」

 

 普通に話題が反らされた事は分かったのだが,こういう時に亜夜子に何かを言おうものなら後で何をされるのか分かったものじゃなかったので大人しく亜夜子の提供した話題に乗る事にした。

 どの道,亜夜子には通す必要があったからだ。

 

「ライブイベント出演の話だった。ただ,普通のフェスとは違うんだけど…」

 

 焔矢は亜夜子に今回のライブフェス…Live survival fes.について軽く説明をした。その際,部屋にあるモニターに音声コマンドで自分の情報端末の中にあるLSFの概要を記した資料を映す事も忘れずに。

 ほぼ1世紀前のフェス,音楽での戦いとも言える伝説的なフェスだ。

 時代の波に飲み込まれた過去が,現在に復活するのである。

 

「へぇ,凄いフェスなのね」

 

 亜夜子自身は焔矢と関わるまで音楽に関してはピアノ位しかしなかったので,亜夜子にとってのフェスはコンクールに近いイメージを抱いている。

 だからフェスという存在を知っていても,それらを聴きに行った事は無いので熱量と言うのはイマイチピンとこなかった。

 ただ,焔矢は少々興奮しているのか楽しそうに

 

「凄いっちゃ凄いな。規模も日本だけじゃなくて,世界中のアーティストが集結するから各アーティストの方向性とかもバラバラだろうし,多分いるだけで楽しくなると思う。」

「そう…ね。」

 

 音楽の事で馬鹿になっている焔矢を微笑ましく見ながらも,焔矢の言う会社の事が気になった。

 テレビに移したLSFの概要をざっと流し見して,そもそもの疑問として感じた事を言い放つ。

 

「それにしても,Atomic Record…随分思い切りの良い事をするのね」

 

 完全に水を差すような言葉だったのだが,焔矢は自分も思っていた事だったので一瞬でテンションを元に戻す。亜夜子が何に対して思い切りが良いと表現したのか,焔矢も同じことを考えていたからだ。

 

「あ…やっぱ亜夜子も気がつくか」

「当然でしょ?」

「まあ,このご時世で最終的に世界のどこかに集めようってんだから考えちまうよな」

 

 そもそも,現代において魔法師の出国に関しては自粛推奨されている。リーナのような例外がなければ,魔法師の出国はまだ厳しいとも言える。

 新城巳が過去ロシアに行く事が出来たのは,当時はまだ今ほど魔法師の出国が厳しく制限されていないフリーセックス時代だったからだ。

 

「参加者のほとんどは魔法が使えないと思うから,世界に招待するって言う謳い文句は普通なら余り弊害とはならないんだが…」

「気になっているのは,貴方をゲスターとして招待したって所でしょ?」

 

 その事に焔矢はどことなく苦笑いをしながらも頷いた。

 焔矢がLSFの事をきな臭いと思った理由はこれに集約されている。音楽の道を歩んでいるもので,魔法を使う事が出来るという人間は少数派だ。仮にいるとしても,魔法科高校の生徒達位で,そんな彼らも高校を卒業した後に音楽に関わっていく生徒というのは少ない。

 だから,本来ならそんな事を気にするような事は何1つない。しかしそれがアメリカの方からの招待であるゲスターともなれば話が違う。

 

 音羽焔矢は大概の世間的に見ればプロミュージシャンだ。それは当然であり,彼はUFWを披露する前からプロとしてのステージに立っていたのだから魔法師じゃない一般人からしてみたら魔法師というよりもミュージシャンのイメージが強いのだ。

 しかし,別の世間ではそう思われていないのが現実である。それに拍車をかけたのは

 

「招待状に,わざわざUnlimited Flame Worksを使うように言っている事が気がかりなんだ」

 

 正確には招待状に直接UFWを使ってくれと書かれていた訳ではない。しかし,書き方としては使うように促すものだった。

 焔矢は胸ポケットに入れておいた招待状を亜夜子の前に差し出しながら続けた。

 

「別に俺自身を招待するって事も出来たはずなんだ。”音羽焔矢”として呼んでも,UFWは使えるのだから。」

 

 焔矢の考えすぎかもしれないが,実質的に開催する会社はUSNAのレコード会社でありUSNAは魔法師の部隊もある位には魔法師を兵器の力の1つとして保持している。

 今達也の所にいるリーナも,元はと言えばUSAのエリート魔法師部隊スターズの総隊長だった。

 だが,焔矢が危惧しているのはその部分だ。リーナは世界に公開されている戦略級魔法師十三使途の1人。その戦力を達也にあげた今USNAの魔法戦力はダウンしてしまったと言っても過言ではない。

 無論選りすぐりの戦力は残っているが,戦略級魔法師が抜けた穴は大きいものだ。

 

「マフィアに俺の情報が漏れていたのなら,まあ普通に考えてUSNAにも伝わっていると考えるのが普通だからな」

 

 失った戦力を埋めるにはどうするのか,大体が補充するか全体のレベルを上げると考える方が合理的だ。

 ただ,戦略級が抜けたものとなると比肩する人物を補充するのは苦難だろう。だから後者の選択肢が選ばれる。そうなると一番楽なのはそれこそ魔法力増幅の力。

 焔矢は,USNA側の指図でAtomic Recordが自分をゲスターとして招待したのではないかと勘繰っているのだ。

 前回の事があったからか,焔矢の警戒度も上がっているが故の考えだった。

 

 そして亜夜子は焔矢の考えに同調するようにゆっくりと頷いた。

 

「そう…ね。良いわ,私達の方で調べておく」

「ごめん,ありがとう」

 

 契約の範疇とはいえ,自分の音楽街道に巻き込んでいる自覚はあるので少し申し訳なさそうに目を伏せる。

 そんな焔矢に苦笑しながらも,艶のある表情で笑みを浮かべた。

 

「良いのよ。貴方が気にしなくても,私は調べていただろうし…貴方の予想通りならUSNAは()()私達(四葉)に喧嘩を売って来たって事なんだから」

「なんか今えぐい言葉が聴こえてきた気がする。」

 

 具体的に言うと,また私達…の所だ。

 そもそも,USNAという国家単位が喧嘩を売って来たと比喩をすること自体が既に可笑しいのだ。なぜ日本の中の1つの家系が国家に喧嘩を売られたことがあって,口ぶりから察するに彼女達は退かせたのだと察する事が出来る情報量が今の彼女の言葉から感じたのだ。

 

 しかし,逆に亜夜子は面白いものを見るかのように笑った。

 

「あら,今更?」

「いやまあ…リーナさんが達也さんの所にいる時点でなんかあったんだろうなとは思ってたけどさ」

 

 焔矢はどうして達也の所にリーナがいるのかを知らない。達也が有名になり,取り沙汰にされるようになってから同時に注目を集め魔法大学での2大美女として君臨している。

 たまたま魔法関係のニュースで見て,それで覚えていただけなのだ。

 

 別にまだそのニュースを見た時点で,まさか自分が魔法の…それも四葉と関わることになるとは思っていなかったし,そもそも四葉?知らねえよ音楽させろギター弾かせろ歌わせろの三拍子で全く興味を持っていなかっただけだが。

 しかし,経緯はどうであれ亜夜子と婚約して既に後にも退けない…そもそも退くつもりもない状態なわけだが,流石にここまで関係を築いてしまったら知らないフリを出来る訳なかったのである。

 

「そうね,リーナは特別だけど…今回のはそれを置いておいてもどうにもきな臭いのよね。」

「ああ,やっぱり?」

「やっぱりって?」

 

 まるで生徒に意見を投げる先生のように笑う亜夜子の事を微妙な眼で見ながら,ここまで帰る途中に簡単に調べた結果を披露する事にした。

 仮に間違っていたとしても笑われる事はないだろうし,彼女の意見と同じなのかは興味があった。

 因みに,2人とも既に箸を置いている。

 

「帰る時に調べた限りじゃ,そもそもAtomic Recordに今LSFを開催するほどの財源がない,これが主な理由だ。」

 

 個別電車で焔矢はAtomic Recordの決算報告書などを公開されている分を眼を通した。

 流石に90年近く前の資料はなかったが,最近の資料を漁るだけで焔矢は考えたのだ。

 

「流石に世界的なレーベルって言われるだけあって他社とかに比べたらましだが,世界各地のライブ会場を何日分も抑えて,宿泊費まで捻出となるとまるで足りない。」

 

 大原に見せてもらった会場は,どこも中小のサイズが多かった…だが一部には焔矢が2ndライブしたようなドームとかも貸切っていたりしていた。

 アマがドームで出来る機会などほぼないだろうから,それを合わせても最低でも2日位は借りなきゃならない。それ位凄まじい人数が参加するだろう。

 

 無論,敗北すれば二度と出られないという制約に足踏みするアーティストもいるかもしれないが,参加人数が分からない以上工面する財源はそれなりにあるべきだ。

 それを前提に決算報告書など見てみても,やっぱりUSNA国内のフェスならともかく世界を含めたら足りないと考えるしかないのだ。

 

「でも,協賛企業もあるんじゃないの?」

 

 そこで亜夜子は疑問を呈する。もっとも彼女は焔矢のディベートスキルを見ているだけでそこに焔矢を陥れようとする素振りは見せない。

 彼女の協賛企業があるのではないかという疑問はもっともなものだと思いながら,焔矢は淡々と返した。

 

「まだ発表されていないだけあるだろうな。だけど,それもきな臭い所がある」

「そうなの?」

「少なくとも,エクセリクス・レコードは協賛を断られたらしいからな」

 

 その事に亜夜子は目を丸くした。

 確かに聴いている感じではAtomic Recordは赤字ではないが黒字とも言い難い経営状況。そんな中で恐らく世界一の規模を誇るフェスをやろうというのに,国内外問わず様々な企業の協賛を得たいと思うのが普通だろう。

 

 だが,エクセリクス・レコードの協賛は断られたというのだ。

 

「大原さん曰く,『アーティストにお金を使ってあげてくれ』って言っていたらしいな。別にうちだけならゲスターとして招待した俺がいたからとも考えられるけど,USNA以外の国からの協賛が無かったのなら」

「USNAの中だけの秘密にしておきたい事があるって言いたい訳ね」

 

 それが焔矢絡みなのか,それとも他の事なのかは分からないが亜夜子は調べる価値はあるのかもしれないと思った。うまく行けばまた1つUSNAの弱みを握れるかもしれない。

 既にこれ以上ないって位弱みは握っているが,彼らが四葉に屈服させておくための材料は多いに越したことはない。

 

「まあ,考えすぎなら良いんだけどな」

「そうね,でも焔矢はそれ位が良い。危ない芽は私達が潰しておくから,音楽に集中したら良いわ」

「うん,ありがとう。」

 

 その言葉に微笑んで頷き,2人は食器とか片付ける事にした。2人して軽く食器を水洗いしながら亜夜子は話題を変えた。

 

「そう言えば,LSFの予選決勝ってまだしばらく先よね?」

 

 LSF自体はまだ予選も始まっていなくて,何なら参加者すらもまだ集めていない段階だ。ゲスターである焔矢は大原を通じて早々に知らされた訳だが,ゲスターである焔矢は国内の予選決勝から参加する関係でまだ出番は暫く先だ。

 

「そうだな。早くても3カ月後じゃないか?」

 

 なんならもう少し遅いかもしれない。年内に開催する事が出来たら良い方だと焔矢は思っている。

 だから焔矢自身はまだ大会概要が予選決勝のトーナメント方式くらいしか知らないし,セトリもまだ組んでいない。

 亜夜子は焔矢が洗ったお皿を受け取りながら答えた。

 

「それなら丁度良かったわ,焔矢に話しときたい事があるの」

「話…?」

 

 焔矢は訝し気に眼を細めた。

 彼の内心では,まさか亜夜子から父親である貢にあって欲しいとか言われるのかと勘繰ったのだ。

 

 音羽焔矢と黒羽貢の関係は,本人達との関係値なしで言えば義理の親子となる関係だ。貢が亜夜子の父親で亜夜子が焔矢の婚約者…のちの夫なのだから当たり前だ。

 だが,焔矢と貢の関係が良好かと言われると全くそんな事はない。というか,そもそも焔矢は婚約してから貢に会った事がないし彼が焔矢にとっての”仇”であることには変わりがない。

 そして貢自身もその事を強く意識して,貢がこのビルに来ることはあっても絶対に焔矢とエンカウントしないようにしているという裏背景があった。

 

 …ただ,四葉の思惑があるとは言え亜夜子が嫁入りすることになるのだからもしかすると貢に挨拶に行かなければならないのかもしれないと焔矢は密かに思っていた潜在意識がこの勘繰りを生んだのである。

 しかし,亜夜子の話は全くの別件であり…昨日はデートに集中したいのと夜のせいで話せなかった事だった。

 

「昨日,達也さんとあなたの体についてお話したの。」

 

 それを聞いて,焔矢は自分がお手洗いと大原の電話を終えて部屋に戻ってきたときに亜夜子が自分の事について話していた時の事だと思い出した。

 確かに,あの後は達也との会話の内容を一度も聴いていないと思い直して少し真剣身を帯びた表情に変わる。

 ただの世間話程度なら,わざわざ亜夜子が話すような事でもない筈だ。それに昨日の和やかなランチのせいでそんな思いが霞んでいた事もあるが,達也と亜夜子は四葉の中枢とも言える人間。

 その2人が自分のいない場所で話した自分のことなど,どうして普通の事だと言えようか。

 

 2人は残りの食器をHARに入れ,亜夜子が買って勝手に焔矢の部屋の棚に入れておいたという紅茶を入れまた机で向かいあった。

 亜夜子が買って来たのだから当然であるが,焔矢には縁がないほどの高級品である。紅茶の素人である焔矢でもその違いに気がつくほどの品質を持つ。

 

「それで…何を話したんだ?」

 

 しかし,今わざわざその事について話すわけも無く一種の不安のようなものを見せながら焔矢は問いかけた。

 実際焔矢が不安に思うのは仕方がない事だと思っているので,亜夜子もわざわざそれをなじるような事はせず,寧ろ彼の命もかかっているかもしれない事なので努めて真剣に答えた。

 

「あなたの異常な想子量と,その弊害で今後貴方に起こるかもしれない事よ」

「…っ」

 

 その今までなあなあにしていた自分の事についての言葉は,出るだろうと予測していても改めて言われると自分は普通じゃない突きつけられている様だった。

 焔矢自身は,自分の事を特別な人間だなんて思ったことはない。それは仲間達が自分の世界に根付いた時もそうで,それが魔法だと四葉の人間に保証されてもそのスタンスが変わる事は無かった。

 それに元々魔法が使える人間ではなかったので,自分の中にある想子を本気で意識したのは初めて人知れず仲間達を召喚した時だ。

 

 顔を強張らせた焔矢を,どこか慈愛にも似た笑みを見ながら亜夜子は彼に問いかけた。

 

「ねえ焔矢,聴かせて?そもそも魔法師としての訓練を受けていなかった貴方に最初から想子を意識する事は無かったはずよ。」

 

 もっと言うのなら,魔法演算領域になにも無かった焔矢は想子を知覚して,出す技術がそもそもなかったはずだと亜夜子は言う。

 亜夜子は昨日,達也と焔矢について振り返った時に唐突に思った事があった。それがそもそも訓練を受けていない筈の焔矢が,例え認知していたとしても,想子を放出する事が出来たのだろうかという事だった。

 

 いや,厳密に言うのなら出来ていたのだろう。実際に焔矢は現代でUFWを使えているのだから,その技術があったのだろう。

 しかし結果から言うのなら焔矢のUFWは,今の所暴走とも言える状態なんじゃないかと亜夜子は思っている。焔矢が完璧に使えている訳ではない。

 もしかしたら…逆なのではないかと亜夜子は思っている。否,それしか考えられないと思っているのだ。

 

「…仲間達から聞いたって事は考えないのか?」

「皆さんには悪いと思ったけれど,メンバーの人達の素性も天王の時に調べたけれど誰も魔法師としての訓練を受けてないじゃない」

 

 一応,あり得るだろうという可能性について焔矢は反問してみたが亜夜子はそれをバッサリと切り捨てる。本人は悪いと言っているが,これは焔矢の中にいる仲間達に対しての形式的な謝罪であり謝罪の気持ちは一切ない。

 あの時はこちらが,というか焔矢が狙われていたのだから怒られる義理はないと思ってる。

 

「私は…いえ,四葉は貴方が精神召喚体魔法を最初から使えるものだと思っていたのだけれどその最初の部分を私達は知らない。焔矢は,どうやってUFWを使えるようになったの?」

 

 UFW自体の認知は焔矢も出来ていただろう。仲間達が精神世界から勝手にその事を教えてくれただろうから。

 だが,精神世界の仲間達と話すのと,仲間達を召喚する事は全くの別のプロセスを踏んでいるはずだと亜夜子は考えているのだ。

 何度でも言うが,魔法師じゃない焔矢は想子の扱い方というのも魔法を発動する為の感覚というものも備わっていなかったはずだ。

 これまでは有耶無耶になっていた,焔矢の秘密とも言える場所で…恐らく焔矢がUFWをコントロールする事が出来ない根幹の部分だ。

 

「…最初か」

「覚えていないとは言わせないわよ?」

 

 そもそもあなたにそんな事はないでしょ?と言いたげに笑みを浮かべる。実際普通に覚えているのだが,それを言葉にする事は存外難しいと思っていた。

 焔矢はどう説明したものか,ていうかこれ言ったら怒られね?とか思いつつも…ここで嘘を吐いたら吐いたらで亜夜子に冷められても困るし,そもそも彼女達は思惑があるにせよ自分では辿り着けないこの魔法の事を一緒に悩んでくれている。

 それに背くのは普通に人として薄情だろうと,自分を納得させて前置きした。

 

「根拠もない仮説だし,俺には確かめる術がない不確定なものでも良いのなら」

「良いわ,聞かせて?」

 

 焔矢の謙遜とも言える言葉に垣間見える自尊心の低さ,それを指摘することなく亜夜子は彼の推理を促した。

 亜夜子は焔矢の推理能力と状況判断能力を実は結構買っている。それも当然で,彼は四葉の情報網を持たない,或いは与えられていないにもかかわらずこれまで70%位の真実には自分で辿り着いていた。心の時とかは良い例だろう。

 彼を矢面に立たせたくないから基本的に危ない情報は亜夜子は黙っているのだが,こうして焔矢が自分でした推理を話してくれるのを実は結構楽しみにしている所もあるのだ。

 

「結論から言うと,Unlimited Flame Worksを…初めて皆を召喚したのはほぼ無意識だ。」

 

 今言うUFWには2つの状態を表している。1つは仲間達が精神世界に根付いている状態の事,そしてもう1つは仲間達が精神体として召喚される現象の方。

 今回は後者の方が問題である為。基本的にこちらが前提の話になる。

 焔矢は過去の事を思い出しながら語った。

 

「今から2年前,俺は文字通りの対バンをしかけられたことがある」

 

 対バン…ライブイベントの形式の1つであり複数のアーティストが交互に入れ替わり演奏或いは歌唱して共演するものの事を言う。

 だから名前から類推してしまうかもしれないが,本来対バンにはVSの意味合いはない事の方が多い。

 だが,焔矢は2年前…プロになる為に各地のコンテストやイベントに殴り込みに行っていた頃に仕掛けられたガチの1対1の対バンを仕掛けられたことがあった。

 

 これは,仲間達が焔矢と肩を並べて演奏した時の物語だ。

 

 




お疲れさまでした!
次回過去編です。焔矢が初めて仲間達を見えない幽霊状態で召喚した時のお話です。

作中で酸っぱく言っていますが焔矢は元々魔法師ではありません。魔法演算領域に何もないので想子いっぱいあるねとか言われても”は?知るか”と思っていたような人間です。
そんな焔矢がいきなり想子を扱う事など出来るはずも無く,使えるようになるためのきっかけのお話です。
前の時と同じで,過去と現代の亜夜子の感想を交えながら進めたいと思ってます!

では!

どのお話見たい?

  • 達也&焔矢(UBW強化話?)
  • 空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
  • 貢&焔矢(修羅場)
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