魔法科高校の劣等生 黒羽の姫と焔の絶対王者   作:レオ2

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Tracking the past

  2097年夏。焔矢にとっては思う事がある季節の到来は,例年通りのジメジメとした太陽光と共に知らせて来た。

 音羽焔矢にとっては無意識内のトラウマも相まって早くこの季節終わってくんねえかなと思う位だが,全知全能自然を司る神でもない焔矢にはそんな事出来るはずも無く今日も今日とて下北沢にあるライブハウスへとやってきた。

 下北沢は,もう直ぐ21世紀が終わる現代においても昔ながらの街の様相が残る街でライブハウスも根強く残っている場所だった。

 

 と言っても,時代が進むごとにライブの姿は変わりバンドとしてやって来るのは趣味の領域を出ない人達が多くなってきてもいた。打ち込みの音源クオリティの上昇,AIによる作詞作曲,自分の顔を見せないVRでのライブなど現代では人前でする音楽は昔からの姿を変えている。

 手軽にプロと同等のものを作れるようになったおかげか…或いは弊害か,ステージに立つこと自体のハードルは下がっていると言っても過言ではない。

 今回焔矢がやってきたこのライブハウスも,規模として下北沢に留まらず東京都内でも有数のキャパシティーを誇る。そのキャパは800人程度と聞けばライブハウスの中でも大きな所だというのは分かるだろう。

 

「おいおい」

 

 しかし,焔矢は予め下見に来た時に愕然とした。ライブハウスなのだから日常的にどこかのバンド,或いはアマチュアのソロアーティストがライブなりコンサートなりを開いている訳だがその巨大なキャパシティーを,これらのアーティスト達は半分も満たす事が出来ていなかったのだ。

 巨大なライブホールに空く人の隙間,別にステージに立っている人達の曲と歌詞のレベルが低いわけではない。レベル自体は一般的な水準よりも高いと言えるだろう。

 だが,それでも盛り上がっていないのは――

 

(てめえら作ってもらった音に振り回され過ぎだろ。個性どこ行った,なんだそのスコアを必死になぞってるだけの演奏は。良いギター使ってんのははりぼてか?)

 

 下見と…宣戦布告に来た焔矢がライブホールの真ん中らへんで目の前のバンド…いや焔矢に言わせてみればバンドと言うのすらおこがましいAIに頼り切った演奏をしてる人間達を見ていた。

 保険なのか,自信がないのか知らないが裏ではしっかりと打ち込みを使っているし…というか1回聴くだけで彼ら自身の力で作った曲じゃないと分かる。

 見た所,大学生くらいの若い4人組だが,音は合っていないし背後の打ち込みに寧ろリードされているし…そして何より唯一人力だと言っても良いボーカルの歌唱もただ歌っているだけのものであった。

 音痴…ではないのかもしれないが,平均以下だろうと焔矢は思った。まだ中学3年の焔矢が大学生相手にそんな事を思うのは,傲慢ともとれる態度だが焔矢はこの時に既にその傲慢さも許されるほどの実績を着々と積み重ねていた。

 

 今回,このライブハウスに呼ばれたのもその実績と悪く言えばギャラが人を呼び込むためのプロよりもお得だったからだ。もっとも,現代の音楽…軽音楽では先の事情や演出面などでも現実と変わらないリアリティがVRでもあるので現実では軽音楽などもはや死語に近かった。

 そう言った軽音楽を現実でする事のメリットは,せいぜい今ステージで演奏している彼らのようにビジュアルが良ければ楽器を手に取っている姿によって異性に少しモテるくらいだろう。

 それがただの軽音楽であれば,が付くが。

 

「ありがとうございました!」

 

 演奏を終えた張りぼてのバンドが青春キラキラのような汗を流しながら観客に叫ぶと,まばらな拍手と歓声を受けながら彼らはステージ袖へと歩いて行った。

 それを見て焔矢は自分もステージ袖へと行く。すると,先程の集団がなにやら満足気に自分達を褒めたたえていた。

 内容としては大雑把に言えば「俺達イケてたな」とか,「一番前にいた女の子可愛くなかった?」とか,そんな焔矢にしてみれば鼻で笑うような会話が多く繰り広げられていた。

 後者に関してはてめえら何しに来たんだ?とか内心で思いながらも,焔矢は自分のギターを取り出し軽く調整した。

 

 開演まで残り10分,この後ろの大学生たちが時間破りのアンコールをしたせいで時間がタイトなものへと変わってしまったが,大学生たちからの謝罪はない。

 演奏した後の余韻に浸り…いや酔っているようで彼らに悪いと思っている節は微塵も無かった。

 なんなら,彼らは1人でギターを取り出した中学3年の焔矢を嘲笑するように見ていた。

 

「ぼくちゃんそれ弾けるの?」

 

 と,小馬鹿にするように言ってきた。

 時代が進んでも,人の品性が進化する訳ではない。残念ながら現代のライブハウスに入り浸る人間達が善人ばかりじゃないのも確かだった。

 まあ,そもそも現代では生身の人間がライブする事は珍しいし生身の人間がライブをするのは8割位は目立ちたいからとかが多い。

 VRとかだと真面目が多いのだが,この違いは何だろうなと焔矢は心のどこかで思いながらギターを携え背後へ圧を飛ばした。

 

「少なくとも,てめえみたいなはりぼてよりかは弾けるな」

 

 背後の男達が絶句したのを感じながら,焔矢はこれ以上彼らと関わるつもりがないという意志表示の為にステージへと歩いて行く。

 彼のステージは,本来来週の土曜日なのだが今日に関しては広告も兼ねてこのライブハウスのオーナーから1曲演奏させてもらえる事になっていた。

 ステージ袖にいたスタッフが戸惑い気味に問いかけてくる。

 

「あの,本当にセットするのはギターだけでいいのですか?」

 

 暗に打ち込みは使わないのかと聞いて来るスタッフに,若干うんざりとしながら頷いた。

 

「今日はギターだけで充分です。」

 

 少し言葉を強くして言うと,彼は納得してくれたのかは分からないが準備を進めてくれる。焔矢も「さあ行くか」と内心で呟き,ステージ袖から姿を現す。

 すると観客達からの視線を一斉に集め,次第に戸惑いが多く締めるざわめきが焔矢に聞こえて来た。

 それも当然かもしれない。ただでさえ軽音楽が珍しい中,彼はギター一本でそのステージに立って来たのだ。それもまだ成長しきれない体躯と分かることからも,彼が少なくともまだ大学生ではないことは見たら分かるものだ。

 年齢にそぐわない場所にいるという意味では,今日の演奏するアーティストの中でも抜けているだろう。

 

 しかし,焔矢はその視線を無視し黙って予めセットしておいてもらったエフェクターを手慣れた手つきならぬ足つきでセットする。

 そして1弦,2弦を試しに鳴らしてからマイクを握り人の耳と意識に残る低い声で観客に向いた。

 

「振り落とされんじゃねえぞ,"Make the history"」

 

 そうして,焔矢は洗練された動きでギターを弾き始め――最初は嘲笑するような表情をしていた観客たちの反応が如実に変わり始めた。

 先程の大学生たちが繰り出した,青春キラキラみたいな曲調ではない。寧ろ,真反対と言っても良い本当にギター1本から放たれたのかと思うほど腹の底にのしかかるような重い音。

 彼彼女達が知らなかった,いや探求すらもしなかった全くの別世界の音は確かな技術に裏打ちされたギター捌きで否応なく心に刻み込まれている様だった。

 

「なにこれ…」

「やっべ…」

 

 そして,何よりも彼らが驚いたのは素人目から見ても難易度が高いと思われるフレーズを弾きながらも焔矢は涼し気な顔をしているだけに飽き足らずなんと歌までこなして見せる。

 それも忙しなくギターを弾きながら,一切乱れない演奏をしている。

 

 焔矢の歌声は,特別俳優や声優みたいないわゆる美声とは言い難い。勿論焔矢自身はやろうと思えば高音も低音もこの頃になると既に人間の限界まで挑み続けた結果出来るようにはなっている。

 だが,通常時の声は女性をメロメロにするような声じゃない事だけは確かだ。

 

 しかし,それが却って焔矢の歌唱力の高さと言うのを否が応でも観客たちは知ることとなった。音程の取り方,リズムの取り方に抑揚の付け方に伸びるようなロングトーンもどれをとってもハイレベルであり,もしかするとセミプロよりも…否,確実にそのレベルを超えていると誰もが叩きつけられたのだ。

 少なくとも,AIなどの機械技術に頼った人間よりも数段上のレベルを焔矢は見せつけた。

 

 1曲歌い終えた焔矢は,観客の歓声の余韻に浸るように眼を閉じていたが,やがて眼を開けるとマイクを握った。

 

「こんなもんは序の口だ。来週,ここでライブをやる。聴き足りねえならこい!」

 

 良い言葉など何1つない傲慢な物言い,だが小学生の時に比べて彼の表情は違う側面を得ていて,それがカリスマ的なものを感じさせるのだ。

 焔矢に魅入られた人間がまた1人,2人とどんどん増えていく瞬間だった。

 

 そうやって焔矢は地道にファンを増やし,楽曲を増やしていく中で音楽ファンからの認知は徐々に広まっていた。元々焔矢のスタイルが現代では珍しいというのも相まって話題性も抜群であり,曲自体も好みは勿論選ぶがそれでも世間への在り方に一石を投じる彼の世紀末観とした楽曲は燻る人間の魂を燦爛と輝かせるものだった。

 

 都内でのライブハウスでは,過去の黒歴史も含めて焔矢の存在を知らない人間はいないようになった。良い意味でも悪い意味でも焔矢の音楽は確実に界隈の常識を塗り替えて行っていたのだ。

 だが,だからこそ彼に挑戦状が送られる事もままあるのだ。

 

 既にいない祖父が,そして両親が遺してくれた家の中でデスクトップ型端末でキーボードを鳴らしてヘッドホンを身に着けている焔矢の元へ,1通のメールが届いた。

 丁度アレンジを考え終わっていた時であり,一応メールは全部見ることにしている焔矢はそれを開いた。

 言うまでもないが,焔矢の見ている景色と言うのは心象風景に取り込まれる関係で精神世界の仲間達も見る事が出来る。焔矢の眼が仲間達の眼でもある訳だ。因みに,見られるだけであり見ようと思わなかったら見ない事も出来る。

 焔矢はそこらへんのプロセスについては良く知らない。というか仲間達もフィーリングでやっている部分があり余り分かってない。

 

 閑話休題

 

(おお,そんな有名どころから対バンを仕掛けられるなんて焔やんも有名になったな)

 

 そうして焔矢を通してメールを確認した聡が,そのメールの送り主と内容を見て感嘆するように口にして来た。

 焔矢は未だに心から仲間達が語り掛けてくることに慣れないなと苦笑いする。

 

 メールの内容としては,聡の言うように対バンの誘いだった。それも,焔矢も名前を聞いた事があるソロアーティストであり今日行ったあのライブハウスを何度も満員にしたという男性だ。

 年齢は焔矢の6,7歳位上。

 

「井龍久遠…2年前,彗星の如く現れた期待のアーティスト。繊細な歌声から放たれる歌詞と,その雰囲気に合うように秩序を乱さない完璧なメロディで数多の賞を受賞した今一番期待のアーティスト…か。」

 

 焔矢はメールの差出人の名前を呼び,見て覚えていたネットニュースの文言を抜粋し呟く。

 

「確か本業はAI開発の研究者だったな。」

(AI?)

 

 精神世界の薫が疑問符を浮かべるかのように首を傾げるのがイメージ出来て面白いと思いながら焔矢は過去の記憶を彼らに還元しながら自分の復習とも思って呟いた。

 

「第三次世界大戦よりも前にはあったものだが,特に音楽を作るAIにおいて多大な進歩をさせたのはこの井龍久遠だと言われてる。」

 

 AIの分野と言っても様々あり,その中でも作詞作曲…そして打ち込みの技術の進歩はこの井龍久遠によってもたらされたものだというのは音楽関係者ならそれなりに知られている範囲だ。

 最も,AIという技術とそのクオリティに焦点を当てられる事が多く開発者の名前となると知らない人間が割といる。AIによる音楽という結果の方が世間にはでかい事だったからだ。

 しかし,ただAIに頼ったものだけでは世間から認められるアーティストになれない。

 逆説的に井龍久遠の歌唱力は,少なくともプロに値するものだという事なのだろう。

 だけれども,焔矢はそれとは別に思った事があった。

 

「でも,意外だな」

(何がだ?)

「俺達みたいな型破りな音楽は,寧ろ嫌いな人間だと思っていたからな。」

 

 そう言われてみると,確かにそうだなと仲間達は頷いた。

 この久遠という音楽は緻密な計算が施された乱れない音楽であるとするならば,焔矢の音楽は勿論計算はされているが時として計算すらも狂わせるピーキーな音楽性でありまるで反対だ。

 こうした理論的な男程,自分達の音楽が苦手だろうというのは少し考えれば誰もが思うだろう。ただし偏見が含まれている事は否めない。

 焔矢は取り合えず,井龍久遠の対バンライブ――観客約3000人が入る会場で行われる――を受ける旨を返事する。

 向こうの事情がどうであれ,3000人というキャパシティでのライブは良い経験になるから…ではない。

 

 確かに経験という意味での対バンを受けるのはある。だが,そんなものは焔矢にとってはついでだ。

 目的としては…見の蓋もない事を言えば新たなファンを増やす為である。言い方がマイルドであるが,もっと独裁者じみた事を言えば根こそぎかっさらうと言った方が正しい。

 焔矢は奪いに行くのだ,自分達は世間の下馬評で言えば恐らく挑戦者だと思われるほどの人気の差がある。

 

 それはビジュアルだったり,プロモーション含めた財力だったり,それこそ音楽性だったり。

 だが,焔矢は自分が挑戦者だとは微塵も思っていない。

 なぜなら,自分の…自分達の音楽こそが最強で唯一無二であると本気で信じているからだ。だから”挑戦”というのは焔矢にとっては語弊がある。

 ”簒奪者”と言う方が正しいのだ。

 

(向こうはお前を叩き潰したいからかもしれないんだぜ?)

 

 しかし,仲間達は焔矢にそう問いかける。一見するととんでもなく井龍久遠に対する偏見が含まれている言葉なのだが,これは薫たちが焔矢の精神世界に根付き,焔矢の記憶を見たからこそ知っているが故の言葉だった。

 焔矢も,ネットニュースで見たこの井龍久遠の写真を見て莫大な記憶の中から彼の存在を思い出していた。

 顔が整っていて,爽やかさの中に秘めた甘いマスクは女性ファンが多くいるだろうなと思わせるし多分自分が完全記憶能力を持っていなくても忘れなかったかもしれない。焔矢にそう思わせるくらい,彼は美形な顔立ちをしていた。

 

 けれど,それでも焔矢の遥か先を見据える瞳の強さは変わらなかった。バンドを組んでも,彼の中にある帝王気質がまるく変わった訳でもなく,お人よしにはなったのかもしれないが音楽に対する向き合い方は誰よりも熱く,故に彼らの危惧も意に返さなかった。

 それは過去にこの井龍久遠の整った顔を,あり得ないものをみたかのような…到底ファン受けをしないだろう絶望顔に焔矢が染めた事があったからだ。

 

「だろうな,4年前叩き潰した相手を大舞台で叩き潰したいとは思っているかもしれない。」

 

 もっとも,焔矢には叩き潰した自覚は余りないのだが。

 なぜなら,焔矢にとって井龍久遠は当時荒らしまわっていたライブハウスに出演していた”その他大勢”の内の1人に過ぎなかったのだから。

 

 ☆

 

 夜も20時を過ぎ,亜夜子と一緒にヨルのお散歩に行きながら焔矢は一旦話を終えた。

 亜夜子も焔矢が話してくれた事で,そう言えば黒羽が調べた焔矢の略歴にもプロ入りする前での大きなライブの1つとして井龍久遠が所属するレーベルが開催した対バンライブがあったと思い出していた。

 そして同時に思ったこともあり,ヨルのフンの後始末をしている焔矢の背中に問いかけた。

 

「でも,意外ね。」

「ん?」

 

 ”なにが?”と顔に書きながら問いかけると,亜夜子も言葉が足らないとは自覚しているので素直に続けた。

 

「その時期は焔矢が荒れていた時期なのでしょう?ライブイベントに参加出来ていたのね」

 

 焔矢は小学生時代,都内のほぼ全てのライブハウスから出禁を食らった経験がある。話を聞くに,バンドを組んでからは地道にライブハウスからの信頼を得ながら出禁を解除してもらっていたが,少なくともその井龍久遠を叩き潰したというのはライブイベントだという。

 

「ああ,あれは出禁を食らう前のだからな。まあ,そのイベントの後見事に出禁を食らったんだが」

 

 他の出演者に対する態度等々数え出したらキリがないほど当時は失礼なことをしまくっていたのであの判断は妥当だろと高校生になった今では思っている。

 バンドを組んで,ライブハウス破りを始めた時は仲間達のフォローとかもあってライブに参加してもらったりしていたが。

 

 そんな訳で時系列としては,焔矢が紅羽の事で荒れ,ライブハウスが主催するライブイベントに出演,イベントと言ってもきちんとオーディションはあり焔矢は最年少で合格した。この時はまだ独裁者の片鱗を抑えていた為スルーされ,イベント本番で出演していたアマの人達を黙らせるライブをして,そして出禁になったという時系列だ。

 このアマの中に,井龍久遠がいたのである。

 

「話を戻すけど,まあ井龍の目的は薫たちの予測通りというか…俺へのリベンジだったよ」

 

 本人は世間に向けて,”期待のアマチュアアーティストと,次世代のアーティストが激突!”みたいな謳い文句をフライヤーとか広告には流していたが焔矢はそれが井龍久遠の本音じゃない事は知っている。

 というよりも,焔矢の前では化けの皮を剥がしていた。頭いい筈なのにどうして軽率にそんな事が出来るのだろうと本気思ったくらいにはインテリらしい嫌味の連続があった。

 

「そのリベンジって…復讐って意味の方が強そうだけど」

 

 これまでの話から推察した井龍久遠という人間を亜夜子はさらりと当てて見せる。

 如何せん,ただ昔差を見せつけられた相手に対して大勢の前で自分の方が優れていると認めさせようというやり方は餓鬼っぽい。

 というか,若干今日のA君を思い出させるので亜夜子の言葉には呆れの気持ちが強くなっていた。

 

「だろうな。あれは自分の音楽以外を認めないって類の顔だったからな」

 

 そして焔矢も当時の井龍久遠についてそれを否定する事はなく肯定した。

 実際あれは復讐だったと思う。過去の自分を殺したことについての復讐だ。

 

「わん」

 

 スッキリしたような表情をしたヨルは,そのまま多摩川にあるベンチへと向かった。

 現代の多摩川は以前よりも整備がしっかりとされていて,草木がボーボーに生えていないので夜の風もまた感じやすく,ここ最近のヨルのお気に入りスポットだ。

 夜の風は焔矢も好きなので,ついて行くと当然亜夜子も付いて行き2人と一匹はヨルを間に挟みそのままベンチに座る。

 

「それで,その人との対バンはどうだったの?」

 

 亜夜子もすっかりヨルを気にいって,さらりと撫でながら先程の話の続きを促した。

 と言っても,亜夜子はどちらが勝ったのかを察してはいるが。

 例え完全にアウェーだったとしても,焔矢にはそれすらも覆す。それが”絶対王者”だからだと,亜夜子は知っているから。

 だからこそどこか楽しそうに問いかけてくる亜夜子に何だか背中がむず痒くなりながらも,少し空を見上げながら答えた。

 

「俺の勝ちなのかな。少なくとも投票上は俺の勝ちだったよ」

「投票上…?」

 

 可笑しな言い方をすると亜夜子は思った。

 その言い方では数字で勝っただけで焔矢本人はどこか負けた所があると言っているようなものだ。

 

「ああ,勘違いしないでくれ。演奏は自分が勝っていると思っているし,その勝ちに疑問を持ってる訳でもない。だけど,少なくとも負けていた所もあったってだけだ。」

「そうなの?」

「少なくともプロモーションやでかい会場でやる事に対して,俺だけではそれまで出来なかった事だった。まだ見ぬオーディエンスに対して働きかける事,ただ我武者羅にやるだけでは届かない人達がいる事を知れた。」

 

 当時はレーベルに所属し,プロである井龍久遠との対バンに呼ばれたからライブに関する殆どの事をあのレーベルに任せていた訳だが,焔矢はこの時にそう言ったプロモーション活動等の大事さを知ることとなった。

 もちろん都内に限って言えば焔矢も型破りな音楽もあって有名人だっただろう。

 

 だが,焔矢の場合は個人であり出演できるライブイベントとかにもかなり制限があるし,焔矢はSNSとかも正直言ってあまり得意ではない。

 だからまだ自分を知らない人間に対してのアプローチする術が焔矢には井龍久遠に何歩も遅れたことになっている。

 井龍久遠というネームバリューに惹かれた観客達を,焔矢が文字通り搔っ攫っただけである。

 

「その時だったな。あのライブで大原さんが俺にコンタクトを取ってきて,プロにならないかってスカウトされた。」

「焔矢にとっては渡りに船だったのね」

 

 プロ入りしてレーベルに所属するという事は,井龍久遠とのライブで自分に足りないと思った広告関係や,でかい会場でのライブなどの個人では長すぎる道をショートカットする事が出来る。

 元々,老舗のレーベルであるエクセリクス・レコードに所属する為に北海道にまで行こうとし,そして何より事故の当時大原は焔矢に対して手厚いサポートをして東京に帰るまで助けてくれた恩もある。

 

「そうだ。…話が先に進み過ぎたな,少し戻そう。俺がUnlimited Flame Worksを初めて発動したのはその井龍久遠との対バンライブ中だった」

 

 いつのまにか対バンライブ後の事に話が行き過ぎたので,焔矢は話を対バンライブに戻した。

 と言っても,亜夜子は既に勝敗に関しては知っているので気になるのはどうしてUFWを使えるようになったの一点。

 焔矢は無意識と言っていたが,ただライブをしていたからという理由ではないと思っている。

 そもそもライブしている時に無意識に出来ているのなら別に対バンライブじゃなくても発動出来ていた筈だからだ。

 

「ライブ中,何かあったのね?」

 

 亜夜子の核心にも似た言葉に焔矢は苦笑しながら続きを懐かしそうに語った。

 

 




お疲れさまでした!

そんな訳で,皆が焔矢の精神世界で住み始めた後のお話です。
この頃の焔矢達はまだ,仲間達が焔矢の身体を楽器使っている時に限り動かす,精神世界で会話する,この二つしか出来ません。
そもそもこれ何ができんの?状態です。

だからライブは本当の意味でのソロでやっていました。今回と次回は皆を幽霊状態を初めて召喚した時のお話です。
その後,亜夜子と焔矢が社会的に初めて会うお話を書こうと思ってます!

ではでは!

どのお話見たい?

  • 達也&焔矢(UBW強化話?)
  • 空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
  • 貢&焔矢(修羅場)
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