魔法科高校の劣等生 黒羽の姫と焔の絶対王者   作:レオ2

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2話目です。

だらだら焔矢の監視日記を付けても仕方がないので最初から物語として飛ばそうと思います笑。

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文字数約2万字です。では!


あの日流した血は誓に変わる

 四葉家,件の館で真夜は亜夜子からの報告を受けていた。目の前のパソコンから亜夜子が仕事の報告——今日,初めて彼に対面した感触を話す。

 包み隠さず,起こった事を述べ聞かされた真夜は少し思案顔になる。人となりは彼の手がける世紀末のような曲に反しては好青年らしいが,真夜にとってはそんな事はどうでもよく注目したのは亜夜子の隠形が役に立たなかったという点だ。

 彼女の隠形は中学生という歳でも魔法適性も合わさり簡単に看破する事は難しかった。大学生になった彼女の腕はその時よりも当然洗練されたものになっている。

 同じ魔法師だろうとよほど高位か,或いはその特性に偏った人間じゃなければ気が付くことは出来ない。それは真夜も良く分かっている,だからこそ不可解だ。

 

「彼は魔法を使えないのでなくて?」

 

 もちろん,昨日用意した資料は時間が余りないのもあって雑ではあったがそれでも一環として音羽焔矢には魔法の才能はないと結論がくだされていた。

 そもそも30000人ほどしか魔法の才能を持たないのに,例え紛いものだとしても貴重な才能が彼の歳になるまで見逃されていたとは考え辛い。それも,亜夜子の隠形を見破るほどの魔法師ならば到底。

 

 「はい。今日,接してみた限りでは魔法師ではないと思われます。それに…」

 

 亜夜子は自分の想子が…彼に引き連れられたのを言おうかどうか悩んだ。そんな事ないとは言い切れないが,それで彼が魔法師だと決める理由にはならない。彼は音楽レーベルにも魔法師でないと認知されているし,実際世間でも彼は魔法師ではないと公表されている。

 確実な情報を求められる黒羽としては,こんな不確定な情報を報告してもいいのだろうかと思ったのだ。

 

「構わないわ,報告して頂戴」

 

 真夜は亜夜子のその考える表情を見て,報告するのに微妙な物があるのだと察し言うように言った。そう言われてしまえば亜夜子にそれを断ることは出来ない。

 

「…私の想子が,一瞬ですが彼に引き寄せられました」

「亜夜子さんの想子が?」

 

 通常,想子を放ったり例外中の例外だが身体を核としてその核に想子が鎧のように纏う事が出来る人間はいる。だが想子を引き寄せる人間とは真夜の知る限りいない。

 

「そう…彼には,魔法力増幅の他にも何かがあるのかもしれないわね」

 

 それは世間に公表されていない何か,四葉の調査能力を持っても分からない彼の能力。亜夜子も同じ意見だったので頷く。

 

「それから,彼が私の存在を感知したことなのですが…彼は私を探そうと思って探したわけじゃないと思われます」

 

 カフェに近づいて来た彼は,亜夜子がそこにいるのが当然だと思っているかのような足取りで迷わず向かって来た。もしも彼が魔法によって周囲の光景と識別できないようになっていた亜夜子を見つけようと思うのなら,探す素振りも見せずに見つける事は到底不可能だ。

 だから消去法的に焔矢は偶々亜夜子を見つけ,その向かいの席が空いていたから近づいたことになる。

 

 だが,彼が特別感知に優れているのかと聞かれたら亜夜子はそれは違うと答える。何故なら彼は伴野の存在には気が付いていなかった。

 もちろん,亜夜子よりも更に離れた所から監視している伴野に気が付くには至難の業であるがそれでも亜夜子を見つけられる彼が,同じく彼らを見張っていた伴野の視線には気が付かない事に疑問を覚えた。

 

「聞いておきたいのだけれど,亜夜子さんと音羽焔矢は今日が初めて会ったのよね?」

 

 それは確認だった。もしも亜夜子と焔矢に魔法的な何かがあるのなら,亜夜子と焔矢はどこかで会ったかもしれないと考える方が自然だったからだ。

 そして亜夜子も当然その考えには至っていて,彼の生活を盗聴しながら彼と会った事があるかと思い出そうとしても彼に会った記憶はない。諜報任務が多い亜夜子にとって記憶力は大切な要素で,疑似的な完全記憶能力を持っている達也には及ばないがそれでも彼女の記憶力はずば抜けている。

 

「はい。気が付かれたのは計算違いでしたが,怪しまれてはいない筈です」

 

 実際帰った後の彼の家を盗聴した限りでは自分の事を疑っている様子はない。それどこか彼女の話題が出る事も無かった。まあ,家族が死に1人と一匹暮らしならそれも当然と言える。話す相手がいないのだから。

 真夜に報告する前に彼がしていた事と言えば,スタジオで作曲にギターやベースを鳴らしている位だった。あとはヨルとの楽し気な声位。

 

「分かったわ。こちらでも原因は調べといてあげる。亜夜子さんは引き続き彼の調査と監視をよろしく」

「はい。おやすみなさい,おば様」

 

 その言葉に笑みを浮かべた真夜からの通話は切れた。プレッシャーから解放された亜夜子は椅子に深く腰を掛けて大きく呼吸した。

 

「姉さん,お疲れ」

 

 リビングに入って来た弟の文弥が片手にコーヒーを携えねぎらってくる。彼も同じ魔法大学1年生であり,亜夜子が諜報としての任務が多ければ彼は戦闘が多い。2人の役割はそれぞれアタッカー,バックアップというものだ。

 今回亜夜子の任務に戦闘が起きるようなものではない。仮に焔矢と戦闘する事になったとしても,戦闘が得意じゃない亜夜子でも焔矢を殺す事は可能だ。それ位,ただの一般人と魔法師との戦闘力の差は激しいのだ。

 

「あら,ありがとう文弥」

 

 ソーサー事それを受け取り一口飲む。そうやって一息ついた亜夜子を見て文弥は安心したように微笑んだ。

 

「どうしたの文弥」

 

 いきなりそんな事をされれば,亜夜子も気になる。

 

「いや,なんだかホッとしているなって思って」

「…正直,お叱りを受けると思っていたもの」

 

 隠し事できないなと亜夜子は思った。

 カップを机に置き,文弥に向き直った。

 

「油断していた訳じゃなかったのよ?それでも監視対象に見つかるなんて諜報員としては失格ですもの」

 

 亜夜子の存在が認知される事は警戒される可能性もあるという事。それに存在を認知されては普通それ以上の諜報活動は出来ない。無意識に魔法を使えない一般人と侮っていたのも否めない。

 

「今回は偶々,彼とまた会っても大丈夫なようになったから良かったけれど普通なら私はもう外されていたわ」

「でも姉さん以上に諜報に向いている人間が少ないんだから」

 

 言外に亜夜子が彼を監視できないなら一体誰が監視するの?と言う。

 

「分かってるわよ。もうやり方は変える。どういう訳か彼は私の存在に気が付くことが出来るのだから,もう隠れて調査なんてやめるわ」

 

 とんでもない職務放棄に見えるし実際亜夜子にしてみればこれは苦渋の決断だ。諜報活動に,その対象に接しなければならないのだから。

 だけどもしもこれ以上姿を隠しながら監視しようものなら今度こそ彼に怪しまれる。別にどこに逃げようが四葉の前ではほぼ無意味なのだが,無実の相手を追い詰める趣味は亜夜子にはない。

 …他者を小悪魔じみた性格で翻弄する事は好きだが。例えば文弥とか文弥とか文弥とかヤミとか。

 

 亜夜子はその後,少し彼の部屋を盗聴して彼がヨルと一緒に寝たのを確認後眠りについた。

 

 

 

 何もない平日の一幕,焔矢は音楽事務所に併設されている練習スタジオで今日はベースを鳴らしていた。調整を終えたベースで自分の曲のフレーズを譜面通りに弾いていく。

 炎をイメージとした音が彼の耳に入るが,Aメロを終えた辺りにストップを自らかけた。

 

「違う,ここはもっと盛り上がれるアレンジに出来るはずだ」

 

 自分の作った曲に納得がいかず,モニターにタブ譜を映す。この曲を作った時に作ったものを見て,どこをどう変えてみるかを頭の中で考える。本来なら別にこんなタブ譜を見なくても良いのだが,焔矢はアレンジがある場合でも見るようにしている。

 数分後,頭の中で思いついたフレーズをかき鳴らしてみると,先程よりも重い音が響く。それに焔矢はニヤリとしながらもその調子で一曲通し終わったら,スタジオのドアが開けらえて顔見知りの男性スタッフが顔を覗かせた。

 

「音羽さん,今日はもう締めますので」

 

 申し訳なさそうに言ってこられると焔矢も強く出られない。ここの人には,両親と…そしてバンドメンバーが全員死んでしまった時からお世話になっているから余計に強く出られない。

 時刻を見ると既に21時を回っていて,ここで練習を始めたのが18:30からでぶっ続けと考えると相当無理をしていたようだ。荷物を纏め,今日はベースを背負うとスタジオを出る。

 

 デビューライブからわずか一カ月後にライブする――既に残り2週間を切っている。アマチュアなバンドとかなら兎も角プロにしてみればそれは珍しい話であるが,焔矢の方には不満は一切ない。

 寧ろ,目的の為なら嬉しいものだった。それにライブ自体は亡くなったバンドメンバー達の事を身近に感じられる機会でもあり,彼にとっても望むところだ。

 

「ヨル怒ってるかな」

 

 だが,それでも少し不安気に呟くのはヨルの事。一応,寝室は開放してあるがまだ子犬なので――成犬でも怪しいが,寂しがり屋なので帰ってくるたびに突撃を噛ましてくる。それがぷりぷりと怒っているように見えるのだ。

 ご飯を予め出しておいても,ヨルは焔矢が帰るまで食べようとしない。それはそれで可愛いのだが,飼い主としてはやっぱり食べておいてほしい。

 

 そんな犬の言葉でしか伝えられないことに嘆いていたら…心の奥底から警報のようなものが頭に鳴り響き,焔矢は一転して眼を細め前を向いた。

 

「あら,お久しぶりですね」

 

 電車の駅に向かうまでの道の途中,ヨルか曲のアレンジについて考えていた焔矢の前に現れたのは…丈の長い白いワンピースに赤のリボンが結わえられた少しゴスロリチックな服装であるが,間違いなく少し前新宿御苑で会った女性だった。

 

 焔矢も彼女の姿を見て――本当は見る前から誰なのか分かっていたが,少しの驚きと共に彼女へ目を向けた。

 2週間ぶりに出会う彼女は,やはり美しく服の雰囲気が変わっているのも合わさって焔矢は少し自分の記憶に自信を無くしたが,間違いなく彼女だと気が付いて安心したように息を吐いた。

 

「そう…ですね。こんな夜分に女性が1人で歩くなんてダメですよ」

 

 内心彼女の事を警戒しながらも,焔矢はそれを隠しながら問いかける。もっともその程度の心理状態など,これまで様々な人間相手に交渉ごとを行ってきた亜夜子には手に取るように分かる。

 世間の彼はきっと大人びているのだろうが,亜夜子にとっては自分の本心を必死に隠す可愛さの方が目立っていた。もしも仕事の対象でなければ弄んでいただろう。

 

「ご心配,ありがとうございます。でしたら駅までご一緒させてもらっても?」

「…良いですよ」

 

 焔矢は特に抵抗することなく亜夜子の隣に並び,駅までの道を歩き始めた。そもそも1人で歩くのは危ないと自分で言ったばかりなのにここで1人で帰るようになんてい言えばとんでもない薄情者だろう。

 並んだら背丈的には焔矢の方が背が高く,男子高校生にしては身長も高い。亜夜子の眼踏みによれば恐らく178㎝は行っているだろう。高校の時から成長が止まってしまい,中世的な顔立ちで女装が似合ってしまうと嘆いていた文弥にも分けてあげたい身長だ。

 それに彼はきっとまだ背丈を伸ばすだろうと亜夜子は思っていた。”生きていたら”が前に入るが。…まあ,仮に四葉に捕まって人体実験の被験者になったとて生きているには生きているが,もしかしたら人間的には死んでいるかもしれない。それか,男としては光栄な四葉の種馬のような存在になるかもしれない。もしも魔法力増幅なんてものが本当にあったとしたら,きっと彼の遺伝子によって新たな調整体が産まれる。少数精鋭の四葉にとって,魔法力増幅で補える事は沢山あった。

 

 人道的な事を無視すれば,だが。

 

 それはそれとして,焔矢は少し所在無さげに目線をうろうろとさせていた。理由亜夜子の恰好にあった。初対面で焔矢は彼女の事を綺麗な女性だと思った。自分が年下なのもあるのだろうが,少なくとも音楽業界に彼女以上に綺麗な人はいないと焔矢は思う。

 別にモテたいからバンドをしている訳でもないのでそんな与太話をするつもりも無かったのだが,初対面でも綺麗だと思った人がまさかのロリータ―ファッションをしている事に驚きと,その奇抜さからどこに目を向けたら良いのかが分からなかったのだ。

 

「ふふ,どうされました?」

 

 しかし,亜夜子も大学生に上がった今,こんな格好をすること自体は珍しかった。高校生の時はこういった恰好を好んでしていたのだが,流石にこれでは大学での注目も集まり過ぎる為抑えていた。大人らしいファッションに変えた事でより小悪魔っぽさが表れていたが,今の彼女は少し幼く見える。

 それも亜夜子がどこか上目遣いで覗いて来るので焔矢は焔矢で狼狽しながら答える。

 

「いや…なんでも」

「気になるじゃありませんか。どうぞ遠慮せず聞いてくださいな」

「…何か,前よりもロリータ―なファッションだなって…」

 

 焔矢自身は別に他人がどんなファッションをしていようと仕事さえしてくれるなら一向にかまわないのだが,彼女のような喋るまでも無く男が寄ってきそうなほど美しい年上の女性が,一気に幼くなるようなファッションをしてきたことに少しドギマギしていた。

 

「気になりますか?」

「気になるって言うかその…目のやり場に困る」

 

 顔を見る事も,前みたいな大人らしいメイクに顔つきだったら今よりも話しやすいのだが今の彼女は何だか数歳若返ったように見えてしまう。

 彼女の身体を見るにしても顔を見るにしても,なんだかいけない気持ちになってしまうのだ。まあ,これが鈍い男なら特に気にも留めないのだが焔矢は焔矢で初心なようだった。

 そしてそれは概ね亜夜子の作戦通りだった。

 

「あらあら,どうしてですか?」

 

 首をこてッと傾けまるで自分は分かりませんと言った表情だが,その瞳の奥に蠱惑的な光が蠢いているのを見て焔矢は何となくだが亜夜子の性格を図った。ぶっちゃけ,人を弄ぶのが好きな類の人間だと思った。ここで何かを言おうものならこの後ずっとその事で弄られる気がする。

 亜夜子自身は自分のファッションが当たり前という意識を持っているように見えるし,多様性があるとしてもここでまるで自分が彼女の事を気になりますみたいな話をしてみればからかわれるに決まっている。

 

「ん…?」

 

 どう彼女に答えようかと思っている中,焔矢は不意に自分達の周囲の気配が静かなのに気が付いた。

 場所は街中にある公園,この公園を通ることが電車の駅に近いから通っていた。時刻は既に子供は寝る時間だがこの公園は都会の中でもまだ静かな方なのでカップルが公園にいる事はよくある。

 だけど,焔矢が気が付いた時には既に周りには人っ子一人見当たらずまた他者の気配も…こちらを隠れて伺っているような視線が幾つかあった。

 

「止まってください」

 

 亜夜子は焔矢よりも当然その気配にいち早く気が付き,焔矢に見えないように既に伴野に彼らの捕縛を命じていたがここで焔矢に自分が四葉だと気が付かれたくなかった為彼の言う通り隣に並んで止まった。

 内心では自分よりも遅れていたとはいえ,魔法師の気配をただ人なのに感知したことに驚いていた。どうやら焔矢は本当に視線に敏感らしい。

 それに,自分が狙われている気配を感じながらも冷静に場を見極めようと――自分の命が狙われているかもしれない状況で――しているのは乱れて無様に死んでしまう魔法師よりも評価が出来た。

 それはそれとして,どうやら焔矢はまだ自分が四葉の人間だと気が付いていないようなので一芝居する事にした。

 

「ちょっと…怖いです」

 

 まるで今その気配の変化に気が付いたとばかりに,亜夜子は未知のものを恐れるか弱い女の子を演じるかのように焔矢の腕に自分の腕を絡めた。

 さっきまでの焔矢なら,その事に動揺して顔を赤くしまくっていただろうが生憎彼は今ライブ前のような緊張感が身体を満たしていた為却って亜夜子が身体をくっつけてきた事を好都合に思った。

 

「誰だ!」

 

 奇襲されては亜夜子を連れている状態,それに魔法師でもない自分が公園に人払いの結界を敷いた人間を倒せるとは思わなかったがそれでも彼女が逃げる時間くらいは稼げる。

 だけど,それも賊の数が分からなければ裏目に出るという考えの元での問だったが,意外なことに目の前から煙を晴らすかのように人が現れた。

 

「私だ,音羽君」

 

 2人の前に現れたのは中肉中背の男,闇に紛れる為なのか黒ジャケットに黒シャツに黒ズボンという黒ずくめ仕様で彫が深い渋い顔で歳はぱっと見40代だろう。亜夜子は当然この人物の事を知らなかったが,どうやら焔矢の事は知っているようだ。

 亜夜子は腕に抱きつきながらも周囲の警戒をしつつ2人を見守ることにした。

 

「天王さん…随分と久しぶりですね」

 

 焔矢の口調は淡々としたものだった。事務的と言い換えてもいい。別に相手の事は嫌ってもいないが,好意的でもないと言った様子だ。

 天王と呼ばれた男は懐かしむかのように焔矢,そして彼の背にあるベースケースを見た。

 

「先ずは…メジャーデビューおめでとうと言っておこうか。きっと聡も喜んでいるだろう」

「…ありがとうございます。」

 

 聡という人物が誰なのかも亜夜子には当然分からないが,亜夜子を置いて2人の会話は続く。

 

「君に少しお願いがあってね,一緒に来てくれないか?」

「要件ならここで言ってください。内容次第ではお断りします」

「君だけならともかく,隣の女性にまで話す必要はない。君だけが来てくれれば事情をお話ししよう」

 

 どうやら込み入った話なんだろうが,亜夜子にはそう言った裏の話は寧ろ大好物だったし焔矢の事を何か知ることが出来るかもしれないという意味では是非今話して欲しい所だったがどうやらそうはいかないらしい。

 胡散臭いおじさんに対する拒否反応は,亜夜子の中にも当然あった。これは後で調べてみる必要があると思っていると焔矢が首を振った。

 

「なら,お話も聞きません。さっさと仲間ごと回れ右して立ち去ってください」

 

 言葉遣いは丁寧だ。しかしその中にある棘に当然天王も気が付いているが,彼にも逃げ出せない事情があるのか先程までの人当たりのよさそうな表情から一転,鬼のような形相を浮かべ叫んだ。

 

「いいから来いと言っているんだ!」

「ひっ!」

 

 亜夜子はわざとらしく怯えながら更に回した腕に力を込め,怯える演技を続ける。身体も震え,少し蒼白じみた顔で焔矢を見上げる。そんな亜夜子の演技には気が付いていない焔矢は彼女の腰を一瞬ためらった後,抱き寄せ臨戦態勢を取る。

 

「お願いは命令じゃない。あんたらが俺に対して何を見出したのかは知らないが,俺は復讐なんかに手を貸さないと4年前に言ったはずだ!」

「事情が変わったんだ。君は俺達と一緒に来てもらう!その女を傷つけさせたくなかったら大人しく一緒に来てもらおうか」

(どうする,この人だけでも逃げられる時間を稼げるか)

 

 一応,過去に色々あった事を踏まえそれなりに武術は嗜んだ身だ。だけど,それでも魔法師の前には霞んでしまう。相手が遠距離攻撃をしようものなら正直1分持てばいい方だ。

 今ここで叫んだところで警察はまだこないだろうし,そもそもどっかの誰かが結界を張っている為自分達の位置を見つける事が出来るかが焔矢には分からなかった。

 

「この人は関係ないだろ。それに,そんな事をしても聡が喜ぶとでも思っているのか」

「うるさい!なんでお前は平然としていられる?!仲間も家族も全員殺されて何故俺達の手を取らない!?」

 

 どこか,焔矢にだけは否定ほしくなさそうな苦痛の表情を浮かべる天王。その口から飛び出たのは亜夜子には少し想定外の言葉。

 今時家族が死んでいること自体はまあ,亜夜子の住む世界的には珍しくはないのだろう。普通の高校生活を送っている焔矢にとっては珍しいものかもしれないが少なくとも亜夜子にとっては人が死ぬことはそういうものであると割り切っている。

 だけど,全くの赤の他人ではない焔矢の家族と仲間が殺されたという事実は初めて知った。否,家族が死んでいること自体は知っていたが死因は事故死と報告を受けていた。だから殺されたなど,今初めて知ったものだった。成り行きを見守ろうとした亜夜子の耳に,その声はやけに響いた。

 

「平然?んな訳ねえだろ。」

 

 そして…亜夜子の隣からは低く大気を震わせる声が響いた。亜夜子はその腹に響くような声を聞き,反射的に身体を震わせた。四葉の分家である自分が,たかが一般人の殺気に震えた事に亜夜子は動揺を隠せなかった。

 焔矢も亜夜子が一瞬震えたのは身体を密着している関係で直ぐに分かったが,それは今の状況が怖いからだと勝手に解釈して天王に向き直った。

 

「俺も…皆を殺した奴を殺せるのならそうしたい。だけど,そんな事誰も望んでない。5人の誓が果たせていないのに,復讐なんて馬鹿なことをしている暇はない!」

「誓?そんなものなんの役にも立たない!」

「復讐心こそなんの役にも立たない」

 

 どっかの誰かに怨恨がある2人だが,二人には決定的な違いとして復讐心の有無がある。愛する我が子を殺された親と,その仲間として誓を立てた仲間。テロや命を狙われた場合に殺人をすることは焔矢自身は仕方がないと思っている。

 例え魔法を使えたとしても一般人であることには変わりはない。撃たれれば死ぬのだからその反撃に殺してしまうのは正当防衛だろう。だけど,怨恨の為に復讐しようとすることは少なくとも焔矢はやろうと思わなかった。一応法の下にいる身なので特別な事情が無い限り人殺しに手を染めようとも思わないし,逆に他者が復讐する分には勝手にしろと思っていた。それに自分を巻き込もうとしている事に彼は青筋を立てていた。

 

「やっぱり,君とは交渉決裂のようだな」

 

 天王の眼が細められた瞬間,焔矢は亜夜子に「時間を稼ぐから逃げろ」というアニメなら間違いなく死亡フラグの台詞を吐こうとしたがその前にふと思った。

 

 ——あれ,そう言えばこの人名前なんだろう

 

 緊張感のカケラも無い問だったが,直ぐにその思考を捨て去り周囲に気配を配ると…何故かさっきまでは沢山向けられていた悪意のある視線が消えていた。

 

「やれ!!」

 

 その事に動揺していると,いつの間にか天王が戦いの火蓋を切る言葉を叫んでいたがそれは空中に溶けて消えて行った。亜夜子を抱き寄せたまま警戒する焔矢だが,やっぱり既に周囲に人の気配はない。

 それどころか…

 

(結界が解けている?!)

 

 本当にいつ結界が途切れたのかが分からなかったが――そもそも焔矢は魔法師じゃないので知覚も遅いが――周囲にいた人達がまるで焔矢たちがいきなり現れたように見え驚きで眼を見開いていた。それによって好奇な視線はいくつも感じられるが悪意の視線は感じられなかったので…

 

「走って!!」

「きゃっ?!」

 

 何故敵がいなくなったのか,それは焔矢に分からなかった。分かろうとも思わなかった。ただこの気配を消した人間が自分の敵じゃないと信じて,亜夜子の腰を支えていた手で彼女の手を掴み全力で地面を蹴って駆け出した。

 亜夜子は虚を突かれたような演技をしつつも,しっかりと焔矢に手を引かれ走り出した。天王が邪魔をしようと悪鬼の表情を浮かべたが,それよりも焔矢たち横を通り抜ける方が速かった。流石に50代の訓練を受けていない大人よりも,若い二人の方が体力的な意味でも数段早かった。

 瞬く間に2人は公園を出て電車の駅へ向かった。

 

 それも全力疾走,後ろを振り返ったら残党がいるかもしれなかったから…ぶっちゃけ怖くて振り返れないというのが焔矢の正直な思いだったが,2人は数分で駅にまで到着し息を切らしながら焔矢は亜夜子に先に乗るように言う。

 

「あなたも…!」

 

 亜夜子はまるでどこかのヒロインのように,焔矢にも乗るように言うがそれ首を振って答えた。縦ではなく横に。

 

「俺は次の電車で行きます。それに,またあの人が来るかもしれないし奇跡はそう何度も起こらない。あなたには先に帰っていてほしい」

 

 さっき視線が消えたのも理由は分かっていない。けどあの現場に戻ろうとは思わなかった。あの視線が魔法師であれば自分に勝ち目はない。それでも亜夜子を巻き込む事だけは嫌だった。

 彼女は天王と自分が言う復讐にも何にも関係のない人間なのだから。

 

 …亜夜子は少し先の未来でこの時の事を今でも不思議に思っている。まるで死地に向かうかのような精悍顔つきをする青年に,行ってほしくないと反射的に思ったのだ。

 だから亜夜子は,直ぐに駅の外へ出て警戒に当たろうとする焔矢の腕を強引に引っ張って丁度来た二人乗りの個別電車に乗り込んだ。

 

「ちょっ…」

 

 いきなり想像以上に強い力で引っ張られ焔矢の体勢は簡単に崩れ,なだれ込むように2人は入り電車のドアが閉められ,ゆっくりと発車した。

 

「いてて…。っ…?!」

 

 さて,彼らの状況を説明しよう。

 電車は1世代前と違いカプセル状のものに2人の人間が乗れる仕様になっている。これらのカプセル状の電車があちこちにある為人々は満員電車などとは無縁の生活を送っている。

 しかし,ここで大事なのは二人乗りの乗り物に,二人の人間が,なだれ込むように入ったという事

 

「あっ,ごめんなさい!」

 

 焔矢は慌てて彼女の身体に埋めてしまった顔を離しつつ身体を離した。顔は羞恥と罪悪感によって少々赤くなってしまっていて,初心な反応を見せる彼に女性とそれほど接点がないのかなと亜夜子は思いつつも,そんな彼の心を利用するように恥じらいの表情を見せわざとらしく胸を抱えるようなしぐさをする。

 

「いえ…私の方こそ」

 

 その艶やかな行動に,不可抗力とは言え自分がしてしまったことに焔矢は少し危機感を持っていた。ぶっちゃけ結構スキャンダル案件である。

 目の前のこの人(亜夜子)が自分の事を知って事務所になんか言われたら一瞬で終わりである。

 

 それはそれとして,動き出した電車の中で焔矢は覆いかぶさっていた亜夜子から身体を離し席についた。亜夜子も恥じらいの演技はそのままに隣の席に腰を下ろした。

 

「なんで…いきなり」

 

 それは天王がいきなり現れたことに対してか,それとも亜夜子が強引に電車の中に引っ張った事に対してなのか分からなかったが…亜夜子は後者だと解釈した。

 焔矢は少し恥ずかしそうにして亜夜子と眼を合わせようとせず,でも声は羞恥なのか少し震えているからだ。

 

「殿方をあのような所に置いて行くわけにはまいりませんでしたので…少々,強引にさせてもらいました」

 

 少々の所で妙に力が入った言い方だったが,その意味が自分の胸に飛び込ませたことを意識してのものなのは一目瞭然だった。だけどここでその事について何かを言おうものなら,なんだか泥沼にはまってしまう気がしたので敢えてスルーした。

 

「ありがとうございます。…それから,巻き込んですいません」

「そうですよ。とっても怖かったんですからね?」

 

 亜夜子をよく知る人物から見れば演技しているというのは丸わかりなのだが,焔矢は彼女のことを名前も知らないので当然演技などされていると気が付かず少し項垂れる。

 そんなに罪悪感を感じていると思わなかった亜夜子は,からかいモードを辞めて…それでもか弱い女の子を演じながら聞く。

 

「それにしても…先程の男性は一体誰なんですか?」

 

 亜夜子の問は自然なもので,既に被害を受けかけたので第三者とは言えない。焔矢は話そうか迷う態度を取ったが,亜夜子の上目遣いを見て,彼女にも知る資格があると思い直したのかぽつぽつと話し始めた。

 

「天王亘さん,4年前に死んだ俺のバンドのベース,天王聡の父親です。」

「復讐…とおっしゃっていましたが?」

「…4年前,俺達のバンドはプロになる為のラストオーディションの会場に飛行機で向かっていました。」

 

 場所は北海道,なんで北海道だったというと純粋にそのレーベルの本社…というよりも,今彼が所属しているレーベルが当時は北海道にあった。だからプロになるためのオーディションも北海道で行われることになっていた。

 席はビジネスシート,引率者として焔矢の両親が乗っていた。

 

「その飛行機に電力トラブルで事故が起き,生存者は俺を含めて数人しかいないって事に()()()()()。」

「なっている?」

 

 妙な言い回しに小首をかしげる亜夜子

 

「実際は…飛行機内で暗殺があっただけなんですけどね」

 

 その事実には流石の亜夜子も演技じゃなく,素で驚きを露にした。暗殺があるということ自体は珍しいものではない。亜夜子の世界でも偶にあるし,なんなら大体その標的は想い人なのもあって慣れている。

 だけど,暗殺をするのは基本的に誰にも見つからない所というのがセオリー,空で逃げ場所がない所で暗殺しなんなら目の前にいる焔矢がそれを認知しているという事は彼には見られているという事になっている。どれほど杜撰な暗殺者なのか。

 

「その暗殺された人は,確か大亜連合の秘密工作員だったらしいけどまあ,それはこの際どうでもいいですね。問題はその暗殺が魔法を使って行われた事。敵も可能性は考えていたんでしょうね,その工作員が殺された場合,自爆するように魔法がかけられていました」

「それは…暗殺者ごと殺す為にですか?」

「さあ,それは今となっちゃ分からないですね」

 

 そこで一旦,焔矢は辛そうに顔を俯かせたが直ぐに目の前を向くと言葉を繋いだ。

 

「俺はたまたま,お手洗いに行っていたから直撃を受けずに済みました。ですけど…自爆によって影響が操縦席にまで行って自動操縦も間に合わず飛行機が頭から滑走路に突撃。ビジネスシートにいた乗客は俺以外全滅。カプセルシートにいた数人も亡くなった大事故として処理されました。」

 

 ビジネスシートが焔矢以外全滅,という事は彼の両親もバンドのメンバーも…焔矢は一気に失ったことになる。だけど亜夜子は訝し気に思った。

 何故なら,ただの生存者がなぜそこまでその内容を把握しているのかと思ったからだ。確かに生存者にはある程度の真実は知る資格はあるだろうしその特権を使ったのかもしれない。それを差し引いても,彼はその事故の真実を知り過ぎていると感じたのだ。

 

「ですが,それならどうして事故って事になっているのですか?」

 

 だけどもその不信感を直接いう訳にはいかない。あくまでも無知な女の子として貫く必要があったからだ。

 

「さあ,国家的な力が働いたのかそれとも…」

 

 焔矢は口にするのも躊躇うように一瞬口を摘むんだ。それが,その名は正直口にするのも恐ろしいと世間的には恐れられている名前だからだ。アンタッチャブルと呼ばれるのは伊達じゃない。

 だけども,世界を一夜にひっくり返す事が出来ると言われるあの一族ならば…それも可能だと焔矢は思っていた。

 

「四葉一族位だろ」

 

 亜夜子は少しの間瞠目したように眼をぱちぱちとさせた。それは,その推理に恐怖を感じたようにも見えるし,逆に驚愕に言葉を出せないようにも見えるものだった。

 内心,亜夜子は帰って真夜に聞いてみようと思いながら…あくまでも狼狽としたように続けた。

 

「どうして…そう思うのですか?」

 

 四葉は他の十師族と違い秘密主義な所がある。公開されている情報はそれこそ司波達也とその婚約者である司波深雪,それから彼らの母と叔母が現当主の四葉真夜という情報。そして…第4高校を卒業すると同時に四葉の縁者だと公開した自分達黒羽家くらいしか世間では認知されていない。

 当時に関しては自分達もまだ四葉との関係を公開していない。

 

「さあな。敵国の工作員にむざむざと潜入されたことを隠す為か或いは…他に理由があったのかもしれませんね」

 

 それは亜夜子の望んだ答えではなかったが,これ以上四葉について聞くのは不味いと亜夜子は判断した。今日もその前も,それなりに変装しているがそれでも自分が黒羽亜夜子というのは隠しようもない事実。もしもそれが途中バレたらこんな狭い密室で彼を殺すわけにはいかない。

 だから話題を変える事にした。

 

「もしかしてですが…貴方は犯人を見たんじゃありませんか?」

「どうしてそう思うんですか?」

「復讐…そうはいっても実際に死んだ原因は自爆による事故であることに変わりはありません。それなら復讐の対象はその自爆を引き起こした暗殺者だと考えるのが自然です。彼が貴方を仲間に引き入れたいのは,顔を見たからだと考えるのですが…どうでしょう?」

 

 少し穴がある推理ではあるが,亜夜子のいう推理は概ね的を射ていた。確かに,焔矢は確実な犯人を見たとは言えないが,それでも暗殺者に繋がる情報を持っていた。

 

「…半分正解,かな。俺は確かに生存者の中では一番暗殺者の情報を持っていたと思う。情報というよりも…顔かな」

「え…?」

「これ,オフレコでお願いするんだけど…俺は完全記憶能力を持ってる」

 

 その言葉に亜夜子は素直に驚いた。疑似的な完全記憶能力を持っている人間は達也がいるが,彼以外でその能力を持っている人間は実の所結構少ない。彼の情報にもそんな事は一言も書かれていなかった。魔法とは違うが,それもまた立派な才能だった。

 完全記憶能力自体は別に遺伝する訳でもないのだが,もし魔法力増加などという能力まで持っていた事が判明した暁には彼は本格的に四葉から狙われることが決定してしまった。

 

「まあ,事務所にも言ってないしこれまで打ち明けた事があるのはバンドの仲間と家族だけだからな」

 

 だから秘密でと少しぎこちないウインクをする彼を見て,亜夜子は内心で謝罪しながらもニコリと笑って約束をする。帰ったら直ぐに真夜にチクるがそれは四葉に産まれたものとしての宿命なので許してほしいと思った。

 

「さっきの続きだけど,俺は飛行機後ろにあるお手洗いに言っていたから自爆にも,その後の突撃があっても生き残れた。だけど…完全に無事だったかと言われたらそうでもなかった。というか,普通に直ぐに治療しないと死んでいた。」

「ですが…先程聞いた状況ですと直ぐに治療は…っ?!」

 

 当時の状況は亜夜子も想像する事しか出来ないが,彼の言葉と能力,そして様々な状況から突拍子もない考えが頭に出た。だがその考えは考えれば考える程そうだと思わせる説得力があった。

 確かに直ぐに治療しないとダメな状態であることは納得できる。彼は魔法師でもなんでもないただの人間なのだから。だけどそこにもし,簡単なものでも治療が出来る魔法師がいたとしたら?

 否,目の前にいる後遺症も何もない焔矢を見ればそれなりに高位な魔法師だった筈だ。そんな治療を出来る技量を持つ人間がその飛行機の中にいたとしたら…

 

「まさか…」

 

 あり得ないと言った風に亜夜子は眼を大きく見開いていたが,焔矢はどこか苦笑しながら言った。

 

 

「俺を助けたのは…多分,その自爆テロを引き起こすきっかけになった暗殺者だ」

 

 

 今でも焔矢はまるで自分がそこにいたかのように,当時の事を思い出せる。凄まじい激痛と,焼けるような炎の中で立ち上がる自分。どこかの森に不時着したらしいがそんなものは当時気に留める事は出来なかった。

 ただ両親と,仲間達の所に向かおうと思うのが精一杯だった。

 

「途中,両親は死んでいるのを確認した」

 

 道行く残骸の中,瓦礫に埋もれる両親を見つけた。既に息は無かった。いくらゆすって声をかけても…全く起き上がることは無かった。

 

「正直,その時点で心は折れていたんだが…運命はどうやら皮肉が好きだったらしい。他の死亡者の中も抜けて…仲間達の所に着いたけど全員虫の息だった。」

 

 若かったからかもなと力なく笑う彼を見て…亜夜子はそっと彼の膝に手を置いた。それは演技じゃなく…自分でもどうしてこうしたのかは分からなかった。彼は裏の世界なんて知らず,ただ生きていただけなのに理不尽な運命に全てを奪われているだけなのに。

 そんな人間,亜夜子の周りにだっているのに…亜夜子は身体が勝手に彼を気遣ったのだと後に理解した。

 

 完全記憶能力を持っているという事は,彼はその時の光景を,景色を…全てそのまま覚えているという事になる。確かにそんな記憶があれば天王のいう復讐の協力者としてほしいだろう。

 だけどそれは同時に彼の全てを失った記憶を,何度も何度も追体験させるという事。それがどれほどのショックで,苦痛に満ちた記憶なのか分からないはずないのにいくら知らないとは言え天王はそれを強制させようとしていた。

 焔矢の話から天王がその事を知っているとは思わなかったが,事故のショックによって逆にその顔が焼き付いていると勘違いされているのだとしたら頷ける話だった。

 

(下種が)

 

 心の中で,普段の自分なら絶対に言わないであろう言葉を発しながら焔矢の話に耳を傾ける。

 

「だけど,()()の俺は魔法はなにも使えなかった。治癒魔法も当然使えない,それでも…誓があった」

 

 さっき天王との会話に出たものだろう。その誓は,彼にとって生きなければならないという制約を生み出し生きる活力を生み出した。同時にそれは呪いでもある訳だが。

 

「その時だったかな,他のバンドメンバーに囲まれて倒れている俺に近寄った黒コートの男が俺に治癒魔法…いやありゃ治癒魔法だけじゃないな。多分他にも一緒に何かしたんだろうが生憎俺は魔法の事はからきしだから,それが何なのか分からなかった。でも実際俺はそいつに助けられて命を拾った。」

 

 どこか,申し訳なさそうな表情で跪いた男が焔矢を抱え彼に何かを施した。それによって焔矢は生き延びた。本人的には生き延びてしまったと言った方が正しいのだが。

 とにかく,焔矢が次に目を覚ましたのは近くの病院で…親戚の類も全て亡くなっていた焔矢に残ったのは両親が残してくれたあの家と…バンドの仲間達が分身のように使っていた楽器達だった。

 

 かき鳴らす音のようにバンドを纏めるリーダーシップの持ち主であるリードギター,長谷部薫。冷静沈着でありながらも,結構なマザコンだったベース,天王聡。焔矢自身も彼以上のキーボディストにはまだ出会っていない位凄まじい才能だったキーボード,東雲零士。名前の通りまるで大地を揺らすが如くの力強さが持ち味だったドラム,今川大地。そして偶にギター,基本ボーカルの音羽焔矢。この5人が当時組んでいたバンド,「Alter Ego」のメンバーだった。

 全員魔法は使えなかった。天王に関しては少し魔法に憧れていたのもあってそれなりに詳しかったけれど,魔法を使えない5人で組んだバンドだ。5人で一緒にいたのは中学1年の春からだったが,たったの1年と少しで色々なライブハウスに殴り込みをかけ,時には叩きのめされながらも5人は揃って進化を遂げていき――とうとうプロの一歩手前まで進んだのに…その夢は夢半ばで折れてしまった。

 

 警察などの諸々の事情聴取を終え,失意のどん底にいた焔矢の一時身元引き取り人になってくれたのは,今のレーベルの取締役の人間。彼はメンバーの破損した楽器を元に戻してくれ,焔矢はそれを受け取り東京に帰るまで面倒を見てくれた。

 彼らの楽器を,生き残った焔矢は東京に持ち帰り彼らの両親の元に届けた…。

 

「だけど,俺は誰からも受け入れられなかった」

 

 亜夜子は何となくその理由を想像した。確かに,自分達の息子だけ死んでしまいその仲間がのこのこと楽器を返しに来たら平常心ではいられないかもしれない。だからと言って焔矢に当たっていいわけではない。

 

「ほぼ全員から突っぱねられて…他の遺留品は受け取ってもらえたけど楽器だけは全員受け取らなかった。」

「それは…原因が音楽,だからですか?」

 

 亜夜子の推理力に畏怖にも似たものを感じながらも,焔矢は力なく頷いた。彼らが事故に出くわしたのはプロ進出を賭けたオーディションに行くための飛行機。間接的に,音楽が彼らを殺したと言っても過言ではなかった。

 魔法が台頭してから音波などを使った魔法でも人を殺す事が出来る現代,実の所ライブというのは一昔前に比べれば開催される母数が少なくなっていた。ライブの会場というのは暗殺に向く場所だからというのが大きな理由として挙げられる。それに今では仮想端末を用いたVR空間でのライブがあるのだから現実でする事の意味がそれほどなかった。

 

 それにVR空間の方が音の自由性は高く,またプログラム通りに音が動いてくれるので実際の所ライブというよりも,コンサートに近いものになっている。

 だからプロと言っても,プロがする事と言えば普通は曲を収録し,それを情報端末とかに配信する事が今の音楽業界での普通であり実際現実でライブするというのはレア中のレアケース。

 少なくとも日本ではそうでUSNAなどでは未だライブという文化が根付いているらしいが。

 

 そう言った事情もあって,本来ならオーディションも仮想端末を用いたものになる予定だったのだが焔矢達は大胆にもそれを拒否し,北海道にまで行って演奏する。音を直接叩きつけたいという思いの方が強く,本来なら乗る必要のない飛行機にのって…全員死んでしまった。

 

「さっきの天王さんの奥さんも,まあ結構聡の事を溺愛していたから…立て続けに亡くなった。」

 

 4年前のあの出来事は,様々な人間に影響を与えていた。

 天王の妻は死に,他の家族も煮え切らない警察の態度に鬱憤が溜まっているのが容易にそうぞうつく。暗殺だという焔矢の証言があってもみ消されたのだからそれは当然の権利というものだ。

 天王の妻の他にも,何人かはショックで亡くなってしまっているのが現状だ。

 

「4年前のある日,天王さんが国に対して異議申し立てをしたけどそれも却下され…俺を含めた遺族たちに復讐する組織を作ろうと言い出した。」

 

 もっとも,俺を誘ったのはポーズだろうけどなと焔矢は笑った。その笑みが強がりだなんて亜夜子じゃなくても分かった。ただの常識人ならきっと,彼の言葉をここで止めて気遣うのが正解なのだろう。

 だけど亜夜子に自分が常識人だなんて思っていなかった。思っていたらきっとこの19年の間にどこかで死んでいた。

 常識人じゃないからこそ,諜報・工作任務につける。情がどこで大きな隙を生み出すのか分かったものじゃない。だから今は音羽焔矢という人間を知る為に,亜夜子は止めることなどしなかった。

 

「俺は遺族の中でも嫌われているか,そうじゃなくても扱いに困る人間だっただろうし…俺は俺であの時の人間が暗殺者だったんじゃないかと半ば確信していたから気持ちとしては凄い中途半端だった。皆を道ずれに殺された点じゃ恨みはあるし憎しみだってある。殺してくれと目の前を歩かれたら殺さないとは言い切れない。それでも…俺に5人の誓を叶える機会をくれたって意味では恩人になっちまうからな。」

 

 だから復習という意味では一番恨むべきなのはその暗殺対象の工作員だと思うが,死人に口なしだと。

 

「だから俺はその要請を拒否し,その組織を作った天王さん達もそれを当時は強引にしなかった。餓鬼だと思われていたのもあるだろうが俺には俺がすることがあった。」

 

 その出来事の後,焔矢はたった1人の”バンド”を名乗りメンバー達が残してくれた楽器を使って我武者羅に練習し,作詞をし,作曲をして路上ライブやレコーディング会社などに飛び込みを続け…徐々に彼の音楽性に惹かれた人間がSNSなどで焔矢の話題を広め,それが当時北海道に本社を置いていた4年前のレーベルの代表の目に留まりプロ入り…それもライブする事を目的とした大型新人としての進出が決まったのだ。

 

「なら…彼が今日貴方を引き入れに来たのは妬みでしょうか?」

 

 あの様子ではそう思うのは無理もないが,亜夜子の考えでは違っていた。単純にこの問をしたのは,話の流れからこの問の方が自然であるからだ。

 そもそも焔矢がプロになったというのは,恐らく少し調べればファーストライブの前には分かっていた事だろう。事務所というかレーベルの方も,焔矢にはよほど期待していたのか結構な広さで宣伝活動を行っていた。

 それを気に食わないという理由で,遺族の人間が知らないというのは少々無理がある。だから亜夜子の考えでは彼らが焔矢を仲間に引き入れたいのは妬みなどではなくファーストライブ後に彼には復讐に必要な何かがいると判明したからだ。

 

 例えば――魔法力増幅とか

 

「違うな。」

 

 焔矢は亜夜子の無知な演技の予想をばっさりと切り捨てた。焔矢は焔矢でしっかりとあの状況から天王の何かを推理していたらしい。

 

「かつての冷静さは無さげだったが,それでも妬みだけなら魔法師なんて雇う筈がない。金の無駄だしいつ裏切られるのか分かったものじゃないからな」

「では…彼は何故貴方を仲間に入れたがるのでしょう?」

「それが謎なんだよな。せめて,あの時結界を張った人間がどこの者なのかが分かればまだ考えようがあるんだけど,俺が出た所で正面からでも不意打ちでも気絶させられて終わりだろうから全力で逃げたんだけど」

 

 言っていてカッコ悪いと思ってしまったのか苦笑いしていたが,亜夜子はその綺麗で小悪魔じみた表情のまま首をこてんと傾けながら言った。

 

「あら,考えなしに突撃するバカよりも良い判断でしたよ?」

「…っ」

 

 亜夜子の嘘偽りのない賛辞に焔矢は少し照れたように窓の外を見つめた。そんな焔矢をクスクスと笑い,彼の事をじっと見つめて改めて観察してみる。

 無駄のない肉付きに,弟の文弥とは違って男らしい顔つき…それも結構イケメンに入るだろう顔に無駄な戦いはしない状況判断能力。亜夜子にとって歌の上手さは異性を見るうえで重要なものではないので度外視だが,もし自分が四葉の人間じゃなく普通の女の子だったら…異性として意識していたかもしれないと思った。

 それ位,彼は一般人視点で見るのなら文句なしの優良物件だっただろう。まあ,1つ文句があるとすれば彼のファッションセンスは少し杜撰——赤のジャケットに黒シャツに黒ズボン――なのでそこは少々マイナス点だがそれは後でどうとでもなる。

 

(ま,年下だからその時点で外れるんだけど)

 

 達也に惚れていた身としては,年下というのはどうしても恋愛対象にならないし…いくら当主にはならない身としても自分は恐らく当主が決めた人間と結婚し,子供を産むことになるだろう。

 それは四葉である前に優秀な遺伝子を残す魔法師としての義務であり…彼は魔法師ではない為四葉の人間になる事は出来ない。

 もしも彼が四葉になるのなら…それこそ,魔法力増幅などという能力を持っていて初めてなれるかもしれないというラインだろう。

 

 そんな事を考えていたら,焔矢は1つ咳払いして場を仕切りなおすようにして亜夜子の方を向いた。

 

「まあ兎に角,あの人はもっと違う何かを俺に見出して力づくで捕らえに来たって見方の方が妥当だな」

 

 いつのまにか砕けた口調になっているが,不思議とそれほど嫌悪感は無かった。むしろ丁寧な言葉を使われたいた時の方がむずがゆかった位だ。この口調の方が彼のイメージらしいと思いつつ,それを訂正させず頷いた。

 

(頭の方も決してバカではないみたいね。)

 

 美人と形容できるほどの美貌を持った亜夜子を前にしても,無駄に興奮することなく現状の状況を判断し推理する能力は彼の評価を修正しなければならないと亜夜子は思った。

 正直に言うと,会う前の時点ではそれほど焔矢の評価は高くなかった。世界への宣戦布告などとんだ理想論だし,そもそも何を宣戦布告するのかというバカな人間を見る感覚だったのだが…まだ対面して2回目だがアクシデントによってその想いの裏にある確かな決意は亜夜子の考えを修正するには十分な理由だった。

 まあ,見直すだけで魔法も使えない焔矢の”宣戦布告”が馬鹿馬鹿しいというのは思ってはいるが。

 

 そんな事を考えていると,今度は申し訳なさそうに彼は亜夜子に身体ごと向けて頭を下げた。

 

「もう一度…謝ります。巻き込んでごめんなさい。」

「どうされたんですかいきなり。謝罪は先程受け取りましたが…?」

「あの人が俺だけを狙うなら良い。俺もさらさら捕まって協力してやる気なんて無い。だけど…貴方まで狙われることになるのは完全に俺の落ち度としか言えない」

「ああ…」

 

 なるほどと亜夜子は頷いた。確かに,さっきの魔法師まで連れてきた様子から察するに天王はかなりガチに焔矢を仲間に引き入れたいと考えている。では,もしも焔矢をなんの抵抗も無く仲間にするには?

 色々考えられるが…先ず焔矢の隣にいた亜夜子を人質に使うかもしれないと焔矢は思ったのだ。

 唯我独尊を掲げている割にはお人よしのようだと内心くすりと笑いながら頭を振った。

 

「いえ,わたしも不躾なお話を伺いましたので…所で」

 

 その場に居合わせただけの人間にしてはこれ以上彼の口から事情を聞く訳には行かないと思い,唐突な話題の転換をした。

 

「あなたのお名前をお伺いしても?」

 

 その言葉に,焔矢は瞬きをするような数瞬でこの人何言ってんだろうという疑問が浮かんだ。

 最初会った時と,そして2回目に会った今。正直どちらの出会いも,焔矢にとっては衝撃的で今回に限って言えば結構心の内を意図せずとも晒してしまった。だけど,それを淡々と聞いてくれた彼女に抱いていた警戒は薄れていた。

 薄れていたからこそ,もう既に自分は名乗っているものだと思っていた

 

「え…あっ!」

 

 しかし,事実として自分はまだ名乗っていなかった。その事を完全に忘れてようやく歳相応の反応を見せた焔矢に亜夜子は堪えられないように「フフッ」と笑いを零す。

 その事に恥ずかしさを覚え…その年上の余裕と優雅さ…小悪魔のような彼女に少し見惚れて…口元の口角を少し上げて名乗った。

 

「音羽焔矢(えんや),です」

「ご丁寧に,ありがとうございます。」

 

 そう言いながら亜夜子は狭い電車の中でスカートの裾を持ち頭を下げた。まるでどこか高貴なお姫様がするような,一昔以上前の挨拶の仕方だったがそれは彼女によく似合っていた。

 ふわりと靡いた髪から,亜夜子の香りが漂ってきて焔矢は初めてリラックスしたかもしれない。そんな事を思っていると,亜夜子はその紅い口を開いた。

 

「私は,羽黒彩と申します。よろしくお願いしますね,焔矢さん」

 

 全く持って偽名であるが,それを確かめるすべは焔矢にはなかった。

 2回目の邂逅にして,2人はようやく名前を名乗りあい何だか可笑しな状況に2人は一緒に小さく笑いあったのだった。

 

 




お疲れさまでした!

という訳で焔矢の過去回です。
この時代のライブの価値観とか全部オリジナルです。技術が進んだ結果,鳴らした音ではなく作った音の方が出来が良い事が多いので生演奏をする人間の方が少なくなった感じです。
ただ,作った音なので当然作った通りにしか音は鳴らずライブで醍醐味のアドリブとかの凄さも無くなってる感じで焔矢はそんな現代音楽に真っ向から喧嘩を売っています。

そして2度目の邂逅でお互い自己紹介という終わりです。

では,3話目も2日前後で出せたらと思います!

どのお話見たい?

  • 達也&焔矢(UBW強化話?)
  • 空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
  • 貢&焔矢(修羅場)
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