5000字位で終わるかなーと思ったら3倍位に書いてしまってました。
では!
――某高級ホテルパーティー会場
本当はあまりこういう所に行きたくない,というのが焔矢には偽りない本心だった。
周囲には高級そうなスーツを着込んだどこぞの社長や国のお偉いさん,そしてその家族。
華凛なドレスを纏った美女達,会場ではオープニングセレモニーと称して焔矢をしても一見する価値があると言わざる負えないオーケストラの演奏が唯一今の所来て良かったと思うものだった。
そんな焔矢も,正直余り似合っていないと言わざるを得ないスーツ姿であり本人も柄ではないと思っているし,なにより周辺の空気が上流階級のそれであり出来る事ならさっさと帰りたいと思う位には憂鬱だった。
これが確かに必要なことだと分かっていても,普通に知らなかったら大原に押し付けていたであろうことに自分が巻き込まれるとは思っていなかったのだ。
焔矢の隣にはその大原も同じくスーツ姿でいて,彼は焔矢でさえ少し気後れしてしまう面々を前に堂々と歩み寄り何事かを話しかけている。
どうしてこうなったのだっけと,焔矢は大原が様々な人脈を作ろうとしているのを横目に現実逃避気味に振り返った。
事の発端は1週間前,何の脈絡も無くかかってきた四葉家現当主による動画電話。
彼女は当たり前のようにLSFの事を把握していて,その話を少しした。
焔矢のAtomic recordの不審な点がある事を聞いて,亜夜子がそれについて調べる事には何も言われなかった。
寧ろ少し面白がっている節があるが,面倒臭いので無視した。
真夜の方もそれが本題ではなく,彼女の話は1週間後にあるという某有名企業——エクセリクスレコードにも出資している——の創立記念パーティーに行けという命令だった。
大原には既に話をつけてあると,既に決定事項として扱われているが”面倒臭い”と顔に書いてある焔矢を面白そうに視ながら理由を軽く説明された。
曰く
『あら,人脈を作っておくことは貴方の不利益にはならないわ』
という事だった。
パーティーには魔法系企業,司波達也が所属しているFLTなども来るらしく,魔法系じゃなくても今の俺に無いのはいつか役に立つかもしれない人脈だと諭され
「絶対違う理由だろ」
と内心では思いながらも,結局行く事になってしまったのだ。
パーティーへの出席が決まり,亜夜子は愉しそうに焔矢の新しいスーツを見繕い部屋に持ってきたときの顔は忘れない。
まあ,悪戯みたいな表情をしてはいたがもって来てくれたスーツは比較的まともだったので良しとしよう。
因みに焔矢には既に大原からプレゼントされたスーツがあるのに亜夜子がなぜ新しいスーツを持って来たのかというと,純粋にその大原プレゼンツのスーツが亜夜子の趣味じゃなかったからである。
スーツに趣味もへったくれもあるのかと焔矢は思ったが,折角あと何回着るかもわからないものを貰ったのだ。
亜夜子の着せ替え人形になってあげようという事でこのスーツである。
…でもやっぱり似合わないんじゃねえかな?という気持ちは変わらなかった。
「失礼ですが,音羽焔矢さんでしょうか?」
大原に連れられ,取り合えずエクセリクスレコードに出資してくれている人,或いは企業を中心に慣れることができない関係者挨拶に回り続け,ようやく息をついた時に女性から声をかけられた。
背後へ視線を向けると,そこには小柄な女性と背後には妖しい雰囲気を纏った茶髪の女性がいた。
前者はグリーンを基調とし,背後の女性はオレンジ色のドレスを纏っていた。
そして,焔矢はその2人には見覚えがあった。
「はい,初めまして。音羽焔矢です。申し訳ないですが,名刺はないのでご勘弁を。北山雫さんに…光井ほのかさん」
一応,先手を取るように名前を呼んでみた焔矢だが大した効果は得られなかった。
北山雫も光井ほのかと呼ばれた女性も,割と場数を踏んでいるのか今更自分の名前が分かられている程度では動じないのだろう。
代わりに雫はニコッと笑い小さく頷き,恭しく頭を下げた。
「初めまして,北山雫です。」
「雫のお世話がかり兼,ボディーガードの光井ほのかです。よろしくお願いしますね,音羽さん」
焔矢は思った,堂々とボディーガードと言って良いのだろうかと…ただ言われた後に焔矢は気がついた。
3人がいる半径3mに,いつの間にか遮音フィールドが張られていたのだ。
その隠密性と術式の精度は
「…流石,九校戦の代表選手と言った所ですね」
そう,焔矢が彼女達の事を知っていたのは以前亜夜子に九校戦について教えを受けた時に教材として達也が担当した彼女達の姿を見たからだ。
ただ,亜夜子との事はまだ秘匿せねばならない事実。焔矢は九校戦のファンという事で通す事にした。
遮音フィールドを張った方,ほのかが笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。」
そして,この2人は以前あった最強——司波達也の同級生だ
「音羽さんも,今年の九校戦テーマソングとってもカッコいい曲でした!」
「うん,九校戦にピッタリでした」
「えっと,全然ため口で構わないですよ。ありがとうございます,そう言って貰えたのなら頑張った甲斐があるものです」
ほのかは兎も角,雫の喋り方は社交界のそれであり背中がむず痒くなってしまった焔矢は,自分が年下なのだからため口で構わないというと少し驚いたように小さく眼を開く。
「少し,思っていたイメージと違うかな」
そして出て来たのはそんな言葉だった。
天然たっぷりな言葉に内心で苦笑いを禁じ得なかった。
有名になってから広まっている誤解の1つ,普段の焔矢もステージ上のように傍若無人なのではないかという誤解だ。
焔矢の事をそれなりに知っているクラスメイトやレーベルの人間,そして黒羽の人間から見ればむしろお人よしな評価だが世間的に焔矢は傍若無人唯我独尊である。
…いや,唯我独尊に関してはAlter Egoとのかかわりあい方から最近は薄れている方だろうか。
「良く言われますよ。それで…こんな若輩者になにか御用がありましたか?」
一応今日は焔矢の社交デビュー…ではあるのだが,最初に思ったように気分がそれ所ではないのが本音なので失礼にならない必要最低限のコミュニケーションをとる。
いくら世間的に名前が売れ始めたとはいえ,焔矢単体ではそれほどブランド力がある訳ではない。
少なくとも,雫のような大富豪の令嬢から声をかけられるような事は何もない筈だと思う。
達也から話を聞いた…とかなら分からないでもないが,達也は別に自分の事を話す事はしないだろうと思う。
誤魔化しようはいくらでもあるが,そもそも言う必要がない。
であるならば,焔矢が警戒するのは何かしらの偵察だが…まあ,ないだろうと思う。
大富豪ではあるが,彼女の家は根っからの魔法師の家系ではないし十師族に名を連ねている訳ではない。
何かしらの責任で俺の何かを偵察する事なんて今の段階で殆どないだろ。
…と思っていたのだが
「実は…達也さんがこの前大学で焔矢さんの曲を聴いていたんです」
光井さんからいきなり過ぎるワードが飛び出てきて吹きかけたのを我慢する事に成功した俺を褒めて欲しい。
「…司波さんが?」
正直めっちゃ達也さんって言いかけたけど,俺と四葉の関係はまだ秘密にしないといけないみたいだから名前呼びなんておかしすぎるので名字で呼ぶ。
多分表情も取り繕えている筈,社交界百戦錬磨な彼女達に通じているかは微妙な所だったが自信ないよりも良いだろう。
「うん,珍しくイヤホンで何かを聴いてたから凄く印象に残ってた」
大学で,イヤホンをして俺の音楽を聴く達也さん…全く想像できねえ。
ていうか,てっきりThe Last Resortを一度聴いたくらいなものだと勝手に思っていたからマジでちゃんと聞いてくれてたのだと知って逆にビックリだわ。
「達也さんが音楽を褒めてる所を見たのが初めてで,ここで音羽さんを見かけた時に伝えたくなってしまったんです」
「その言い方だと…」
「そうだよ,声かけようって言ったのはほのか。珍しい達也さんを見られた事にお礼を言いたいんだって」
そんなお礼のされ方は初めてなんだが。
…まあ,四葉と…亜夜子との関係を探りに来たわけではなさそうなのが安心する所だろうかと思いながら俺は前会った達也さんの印象を鑑みながら言ってみた。
「司波さんだったら…UFWの事を知りたくてとも考えられません?」
だってあの人,魔法の分析得意そうだもん。
あと好奇心旺盛だし,いくら俺でも流石に自分と同じ領域にアクセスして俺を見ていた事なら気がついていたからな。
イデアっていう情報次元らしいけど,亜夜子曰くそこを視る事が出来る人間は少なくて希少らしいし。
この前のご飯の時はUFWじゃなくて,俺の音楽生活の話題が大半だったけど彼がUFWの事を気にならないなんてのはない。
実際俺がいない間にはその話をしたみたいだし,今のところは良い人ポジションだけど…根っからの研究職気質なのだろうなとは前会った時には思った。
「あはは…その可能性は否定できません」
光井さんは苦笑い気味にそう答えた。
同級生からもそう思われるってあの人高校の時から何してたんだよ。
「不思議」
そこで唐突に北山さんからそんな発言が飛び出てきて,その意味が分からない俺は首を傾げてしまう。
何が不思議なのかが俺には分からなかったからだ。
「達也さんの名前を聴いたら非魔法師の人は嫌そうな顔をする人が多いけど,音羽さんはそうじゃないんだね」
「あ…えっと,音羽さんが非魔法師じゃないと言っている訳じゃなくて…」
あー,うん。なるほどね。
確かに世間的に達也さんの評価は大体2,3分化されている。
強大な力を持つ彼を恐れる人達,寧ろ支持する人達,中立の人達。
魔法師じゃない事を,現代の一部の人間は劣等感として持っている人もいる。
だから北山さんの発言はその一部の人にとっては地雷な言葉。
光井さんは慌てて北山さんに悪気がない事を説明しようとするが,俺は分かっているという意志を手を出して表した。
「良いですよ,俺が厳密には非魔法師なのは違いないですし…魔法師かどうかなんてどうでも良いんで。」
俺のUFWは魔法にはカウントされる。
しかし,元々俺が出来なかったものが黒羽貢の色々によって外付けで出来るようになったものがBS魔法,UFWならば俺が魔法師じゃないのは事実だ。
で,だからと言って俺がそれを気に病んだことなんて一度もない。
なぜなら,魔法師かどうかなんて俺にとってはどうでも良い事だからだ。
「俺にとっては音楽が全て。だから極論魔法師の事もどうでも良いと思っていますし,音楽は魔法師だろうと非魔法師だろうと関係ない。聴ける以上,魔法師かどうかなんて些細な問題ですから。」
もちろん,焔矢の先導者が紅羽という魔法師だったのは事実だ。
だけど彼は魔法師かどうかなんて関係なく俺に音楽を教えてくれた。
そして俺自身も,音楽を聴かせるのに魔法師かどうかなんて関係ない事を知っている。
脳があって耳があって…否,皆がいれば魂に直接聴かせる事だって出来る。
北山さん達と俺の違いは,魔法が生きる上で前提にあるかどうか。それがこの考えの違いを生んでいるのだから。
まあ,あと個人的に理由があるとすれば
「それから司波さんはニュースとか見てる限り,基本的に正当防衛の方が多いのであの人にとって大切なものに手を出さない限り死ぬなんて事は無いと思うのも理由ではありますしね」
それから…口には出せないが最近は亜夜子に必要最低限自分の身を守れるようにと護身術の映像を見せられて,黒服さんを相手に実践するという事も増えていた。
俺の事を嫌う魔法師が出てきたときの対策とは言え,普通にボコボコにされているが。
身を守る対策を立てているだけで,俺自身が魔法師だからと言って嫌うなんてことはしていないつもりだ。
あ,でも黒羽貢の事は未だに苦手。出来るなら会いたくない。
「うん!達也さんはいっつも巻き込まれる側だもん!」
あの人…同級生の人からもそう言う評価なのか。
生粋の巻き込まれ体質とでも言うのだろうか。
「そっか」
そして俺の答えに北山さんも満足したのか,小さく呟くと俺達の隣からスーツ姿の男性が入ってきた。
その人は俺に一礼した後に北山さん達に何事かを耳打ちすると,彼女達は頷き俺の方へにこやかに向いた。
「ごめんなさい,他の所にも挨拶に行かなくてはならないので私達はこれで」
「はい,お話ありがとうございました。」
北山さんと光井さんは頷き,男性と一緒にパーティー会場の中へと歩みを進めたのだった。
そこからは何となく,さっきみたいに俺の知らない意外な繋がりがあるのかもしれないと思いちょっとだけ他の人にも声をかけてみようかと思い直した。
ここにきているのはいわゆる上級国民が多い。
達也さん以外にそんな所との繋がりがあるかと自分でも思っていたのだが…実は意外にあった。
例えばだが,焔矢の両親を知っている人がいた。
焔矢の父親がいた会社,結構大きな大企業でそこのお偉いさんが父の事を知っていた。
今のポストになる前の部下だったそうで,焔矢が小さい頃に家に来た時もあったし,両親の葬儀にも来てくれて今年の両親が亡くなった日にも墓参りに来てくれていたらし焔矢
今度,縁と実力が伴えば是非スポンサーとして協力したいとも言ってくれ焔矢は背中がむず痒かった。
それからもう1つ,これは焔矢の知らない繋がりとかそう言うのではなかったのだけれど…予め亜夜子から言われていた人達が話しかけても来た。
薄いエメラルドを基調としたパーティードレス,十師族として相応しい貫禄と威厳を醸し出しながら彼女達はやって来た。
「初めまして,音羽焔矢君…ですよね?」
少し,休憩と思いながらパーティー会場の端っこにいた焔矢に話しかけてきたのは2人の女性。
いろいろな人と話す中でも,焔矢も彼女達の存在自体は認識していた。
していたし,亜夜子から話しかけられるかもしれないとは言われていたがまさか本当に話しかけてくるとは思わなかったというのが焔矢の本心だった。
「初めまして,はい。音羽焔矢です…七草さんですよね?」
焔矢の視線の先,やって来た2人というのは現十師族の直系…七草の名を持つ2人の女性。
焔矢に声をかけて来たのは長女の七草真由美,九校戦を調べてみる中で彼女の試合も見たから覚えている。
事前に亜夜子からも来ると聴いていたし,彼女達七草は経済的にも世間に影響力がある。だからここに来ること自体には何の疑問もない。
真由美は焔矢に”こっちもその位は知ってるぞ”という先生アタックにびくりとも反応せず,寧ろ余裕を感じさせる優雅な所作でそれを肯定した。
「ええ,ご存じでしたか。でしたら改めて,七草真由美です。」
姉の言葉を受けて,後ろに控えていた少女も真由美の隣へ並ぶ。
彼女の事も焔矢は当然知っていた。
真由美が妖艶ならば,彼女はお淑やかだろうか,姉妹でも雰囲気は随分と違うなと焔矢は思った。
「七草泉美です。初めまして,音羽さん」
「はい,初めまして」
七草泉美,表舞台に立つことが多いのは真由美の方だが焔矢にとっては彼女の方が七草のイメージが強かった。
なぜかって言われたら,亜夜子が口に出さないだけでライバル視しているのは九校戦の時に感じ取ったから余計に印象が付いたのだ。
この時には既に焔矢は彼女達がやってきた理由についてあらかた推理はし終わっている。
それは以前,亜夜子との婚約を迫られた時に真夜が言っていた事を覚えているからだ。
『七草も貴方の事を調べ始めています』
だから早く身内になれば守ってあげられるという文句なのは分かっている。
それを実感したかと言われたら微妙だったけど,今こうして目の前に現れた時点で何をしに来たのかなんて自明だろう。
そもそも魔法師でもなければ大企業の息子でもない,今回は大原のおまけとして付いて来た焔矢に話しかける人間はさっきの雫達のような例外が無ければ基本何かを企んでいるのが答えだろう。
(どうやって切り抜けようかな…UFW,ニュースや会見になっていること以上の事は言うなって言われてるし世間話で終わると良いのだけど)
現在UFWの完全コントロールの為に達也が色々探ってくれている段階だ。
彼が更にUFWの可能性を広げてくれるのかは分からないが,UFWにまつわる自分の身体の事を話すなと亜夜子には言われている。
想子量だったり,それをコントロールできない事ももろもろだ。
取り合えず,相手の出方次第かと思いながら会話する事にした。
先ずは真由美のフックから,当たり障りない世間話からの切り口だ。
「音羽君,この前の九校戦でテーマソングを歌われたんですよね?とっても素敵な曲でした,九校戦にピッタリで私達の時代にもあればなーって思いました」
「そっか,七草さん達の時代にはないものでしたものね」
やっぱその話からくるかと思いながら分かりきった答えを返す。
「そうそう,私達の時は開会式が始まったら直ぐに競技だったんですよ」
「はい,知ってます。今回の曲の為にここ最近の九校戦の映像を資料として魔法協会から見せてもらったので」
だから2人の名前を知っていたという。
半分本当で半分嘘だがしれっと伝えることで嘘か分からなくする。
プロミュージシャンの世界を知っている訳ではない彼女達がその嘘を見抜けた素振りは無かったと焔矢は思う。
まあ,嘘かどうかなんてどうでも良いからそんな事で彼は安堵しなかった訳だが。
「あら,当時は見なかったの?」
この話の持って行き方,エグイなと焔矢は思った。
答えはイエス,見ていなかった。正確には見たけど少しだけ。
なぜなら当時焔矢は仲間を亡くした直後で,仲間が住み始めたとか言う意味不明な時期だ。
元々魔法に興味がなかった焔矢が見なかったと言っても問題はないように見える。
けどこれを言えばなぜ見なかったのかという話になり,仲間達の話をしてしまうとその時点で彼女の話はUFWの話に持って行かれる。
死んだけど死んでいないっていう微妙な状態だから,傷心したように見せるのも変な話。
キレちらかすのも周りへの印象が悪くなる。
正直に答えたら,彼女達の知りたい情報を自然と会話の中にいれないとダメになってしまうわけだ。
そもそも七草は既にそこら辺の焔矢が沈んでしまっていた時期と復活の時期なんて既に調べ終わっている。
彼女達はそこから傷を抉って話をしようとしているのだから。
ただ唯一の救いはというと
(遮音フィールドが張られているのは良かったのか)
代わりに助けは呼べないけど,と内心苦笑いする。
自己紹介をしていた辺りに泉美が真由美の背後から遮音フィールドを張っていた事を知っていた焔矢も相当なものだが,なんの慰めにもならなかった。
因みに興味がなかったからと言うのもアウト。
その場合もUFWがあるのに?って切り口から会話が展開されてしまう。
(これ話しかけられた時点で詰んでね)
だから思ったのだ,このやり方エグイなと。
九校戦の話題を初手で選ばれたからいきなりそれ以外の話を展開する事は難しい。
一発で相手の懐に入り首を刈り取るものだ。
けど,策がないわけではなかった。
「いえ,司波達也さんの新人戦だけ見ましたよ」
その言葉に真由美はピクリとまつげを動かした。
「そうなんですか,達也君のを…」
「はい,リアルタイムではなかったんですけど一条選手を倒したと聞きまして少しだけ興味を。だって当時は司波さんが四葉だと知られている訳では無かったですからね。そりゃ驚いて見てしまいますよ。魔法とは少し縁がありますしね」
当時達也が一条将暉を倒したと話題になったのは,魔法に絶対的な力を持つ十師族の直系が十師族じゃないと思われていた達也に破られたことに起因する。
それは少し魔法を知っている人であれば信じられないと思ってしまう位の事であり,焔矢がその場面だけを興味で見たというのはそれほど可笑しな話ではないのだ。
そしてこの返事の仕方は,同時に真由美相手にUFWとは関係ない事ですよと伝える役目を持っている。
少し縁と言ったのは,UFWのこと自体は既に世間に広まっている為バカでない限りは分かるものだ。
ただ,興味があったのが達也の事だという前提を今出したのに,そこからUFWの話をしだすのは話の順序が崩壊する。
そこから強引にUFWの話に繋げようとするのなら,焔矢はそこを切り口としてこの状況を打破する事が出来る。
具体的には”関係ありますかそれ?”で済む。
そもそも個人個人の魔法の事を詮索するのはご法度なのだから,非魔法師とは言え焔矢もそれには当てはまる。
そんな初歩的な事を十師族,それも七草の長女である貴方がミスするんですか?と謎のマウントを取れるという戦法だ。
今回,真由美たちはUFWや焔矢の情報はあくまでも世間話の上で引き出す必要があるという制約がある事を焔矢はとっくに理解していたのだ。
それ以外で直球で聞こうものなら,のらりくらり出来るという訳。
「確かに…当時の司波先輩は本当に凄かったですからね」
泉美はこの論法が封じられたことに少し落胆を見せながらも,会話の終着点としてそう言う。
因みに焔矢は内心,”今の方が凄いだろ”と思ってしまっていたが口には出さなかった。
口に出したら”焔矢君も凄い事出来るじゃない”という文句からUFWの話になってしまうから。
ただ,焔矢は時間の問題だと思っていた。
こんなのはジャブだ。
魔法科高校生だった彼女達にとって九校戦の話題が会話のきっかけとして手っ取り早かっただけで,確実にその手の話題に持って行けるものがある。
そしてそれに気がつかない七草ではないだろうと,焔矢は背中に一筋の汗を流した。
どうやって知られている範囲の話題に収められるかにかかっていた。
そして――
「音羽さんはどうして今日ここにこられたんですか?」
思ったよりも早いけど来たかと,焔矢は思った。
身も蓋もない言い方をすれば真夜に行け!と命令されたからだがそんなのは口が裂けても言えない。
だから焔矢が言わないといけないのは
「大原さん…ああ,俺がいるレーベルの代表なんですけど社会を体験するのに丁度いい機会だって連れ出されたんですよ。精神的に疲れましたが」
嘘だ…いやあながち嘘ではないが全体的に視れば嘘だ。
それを言ったのは真夜であって大原ではない。大原は寧ろ真夜に利用されてしまっている方だ。
けど真夜の名前を出すわけにいかないので必然とこういうしかない。
「ふふっ,そうでしょうね。私も初めてこう言ったパーティーに来た時は疲れましたから。…エクセリクスレコードにとって,音羽さんは唯一無二の特性を持っていますから,早やめにこうした場に慣れさせておこうと思われたのでしょう」
やっぱそうくるよなぁと,焔矢は予想通りと同時に防ぎようがない話題に少し頭が痛くなった。
彼女達があからさまに自分の事を探ろうとしているならば逃れる手段はいくらでもあるが,あくまでも世間話の体を保っている以上その手が使えない。
それに,彼女達が知りたいのはUFWもそうだが…恐らく四葉との関係も含めてるだろうなと思ってる。
流石にというか,恐らく普通にバレていると思っている。
(七草にとっては知ろうとするよなそりゃ)
自分で言うのもなんだが,結構貴重な人間だと思っているので七草が四葉の動向を探る一環として焔矢に近づいてきたのは想像に難くない。
一応,亜夜子からはその話題になった時の切り抜け方も授かってはいるがどうしたものかと思う。
一番いいのはさっさと話題を切り上げる事。
けど,そうはさせてくれないだろうとも思っていた。
ステージのキャラでなら普通に行けるが,既にいくらかパーティー会場を回った時に素が見られている。今更それは通じないだろう。
焔矢はもう少し,会話を脱線させてみるかと考え口を開こうとした時——思わず吹きそうになった。
「あら,楽しそうなお話をしていますわね」
「あ,あなたは…」
精神的に追い詰められ始めた焔矢を救うように現れたのは…黒と赤で彩られたパーティードレスを着こんで,いつも以上にフォーマルな化粧をしていた亜夜子だった。
因みに焔矢は彼女が来ることは聞いていなかった。
吹きそうになってしまったのは,”なんでお前がいるんだよ?!”っていう類のものだ。
「黒羽さん…貴女も参加していたのね」
真由美は本気で驚いたように目を丸くして隣の泉美を見る。
彼女は少し眼を細め亜夜子を見ている。
亜夜子はその視線を敢えて気がつかないふりをして,焔矢の方へ小さくアイコンタクトを取った。
「はい,他の用事がありまして遅れて参加させていただきました。七草さんはご存じかもしれませんが,魔法理論を一緒に受けている小茂井さんから招待を受けましたの」
「ああ…あの人ですか,そんなに仲が?」
「ええ,今回のパーティーの事を聞いた際に頼んでみましたら招待状を用意してくださいました。」
小茂井って誰だよという焔矢のむすっとした視線は,亜夜子に注がれている視線のせいで気がつかれる事は無かった。
因みに後で知ったが,小茂井は魔法系の中規模企業だった。
今回このパーティーの警備にも何人かそこの家系からやって来ている。
そして,亜夜子は今度こそ焔矢の方へ視線を合わせて来た。
それはまるで初対面のように,他人行儀のように…
「音羽焔矢さんですね,初めまして。黒羽亜夜子と申します」
そう言う事かー…と,謎の納得を感じながら焔矢も彼女の意図を察したように顔を引き攣らないように返した。
「初めまして,音羽焔矢です。…黒羽さんにいうのは少し変な話かもしれませんが,セカンドライブのスポンサーありがとうございました。」
いきなりのワードに七草姉妹は一瞬眼を見開いた。
流石にスポンサーにまで手は回っていなかったのかもしれない。
まあそうだろうと焔矢は思う。だってスポンサーと言っても,四葉ではなく黒羽の傘下の会社からだからそこまで調べるには七草には調査力が足りない。
亜夜子はニコリと笑みを浮かべ,小さく首を振った。
「いえ,可能性がある人の支援をするのは当然の事です。」
多分,焔矢が四葉となーんにも関係ない時にこの言葉を言われたら”嘘つけ”と思っていた。
現状では合っているが,それを譜面通りに受け取ることは出来なかっただろう。
因みに嘘つけと思ったのは焔矢だけではなく,七草姉妹もだ。
「出来るのなら,音羽さんの魔法についても是非お話をしたいですわね」
「…っ?!」
だがそれ以上の言葉が直球で飛び出てきて,あれこれ探ろうとしていた七草姉妹は眼を大きく見開いてしまった。
しかし,そもそも探るという考えが甘いと亜夜子は思っていた。
その遮音フィールドは何のためにあるのか,初手からこうやって直接的に聞く方が怪しまれずに済むのだと。
…まあ,亜夜子と焔矢が既に婚約しているという前提があるから成り立つものではあるけども。
「嫌ですよ,あんなにマスコミに話しまくって音楽の時間邪魔されたのにあれ以上の事話せませんし。ていうか知らないし」
「え…知らない?」
「俺が知っているのは俺が知っている事だけですよ。マスコミに話したこと以上の事は本当にないです」
嘘である…が,そこが重要な訳ではない。
重要なのは,ここで焔矢が七草にUFWの事を教えたくないと知らしめた所であり,もちろん亜夜子もそれを狙っての会話だ。
彼女達が探ろうとした事を先に焔矢の口から自然に”言いたくない”と言わせることに意味がある。
「そうですか…それは残念です」
そしてここで亜夜子が速やかに身を引くことにも意味がある。
こうする事で四葉は相手の事を考えられているのに七草は違うのか?という言葉なき言葉が2人に突き刺さる。
「残念って,貴方が言うと裏がある気がしてならないんですが」
「ふふっ,いくら四葉でも何もしていない一般人に手を出す事はありませんよ」
嘘つけとまた思ったが,話がややこしくなるのでノーコメントを貫いた。
亜夜子の狙いは言うまでも無く焔矢の救出だ。
流石に亜夜子も,七草の2人を相手に焔矢が乗り切れることが出来るのかは分からなかった…ていうのは建前だった。
焔矢の情報端末を通じて聴いてはいたが,泉美が焔矢に近づいていると思うと無性に嫌に感じたのでこうやって来たのだ。
そうなると,今度はどうやって焔矢を救出するのかという話だが…焔矢にも予想外な事を言われた。
「ですが,これも何かのご縁です。よかったら1曲,一緒に演奏しませんか?」
焔矢の表情筋が必死に平常を演じたが,亜夜子には隠せていなかったので焔矢の変な表情に亜夜子は亜夜子で微笑を抑えるのが大変だった。
因みに七草の2人は隣で唖然と亜夜子を見ていた。
焔矢は一瞬考えたような姿を見せて,ちらりとさっきまで吹奏楽団が演奏していたステージを見ると,確かに今は空いていた。
運営側の人間に言えば,あそこで演奏する事は許されていた。勿論それなりの腕が必要だが焔矢は大丈夫だ。
問題は亜夜子の方だが――
「わたくし,これでもピアノのコンクールで受賞したことがありますのよ?あなたと並んでも,必ずついて行ってみせますわ」
普通に初耳だが,出来ない事は言わないだろう。
それが焔矢から見た黒羽亜夜子という人間だ。
それに焔矢にとっても七草の2人から合法的に離れられる。
「なら,俺も聴いてばっかで飽きたのでしましょう。後でついてこれなくて悲鳴あげても恨まないでくださいよ」
「ふふ,お言葉がお上手ですわね。その言葉そのままお返ししましょう」
なぜかバチバチし始めた2人のテンションに,七草の2人は永遠について行く事が出来なかったのだった。
「ごめんなさい,七草さん達。そう言う訳なので離れますね」
「え,ええ。」
「…はい」
泉美の方が目的が全く達成できていない事と,亜夜子に横取りにされた形なので小さく不服そうな顔をしながらも,焔矢と亜夜子を見送る外なかった。
そんな訳で,焔矢と亜夜子は運営側の人間がいる所へ。
このホテル,今時では珍しい事にアコースティックギターがレンタルする事が出来る。
焔矢のエレキも,黒羽の人が用意してくれていたロッカーにおいてあるが流石に亜夜子に貸し出しされるピアノの旋律とは微妙に合わない。
それに,今穏やかな雰囲気で静かに盛り上がっている会場をエレキで煽ろうなんて言語道断だろう。
だから消去法で焔矢はアコースティックギターを借りる事になった。
無事に申請を終え,プログラムとして亜夜子との伴奏が出来るようになる。
ホテルからアコギを借りた焔矢は,舞台裏,そして指慣らしをしている亜夜子の隣で調整する。
本当は聞きたい事が山ほどあったのだが,どこで聴かれているか分かったものではない為2人の会話は自然に
「じゃあこの曲で,スコアはこのタブレットにあります。」
「ええ,分かったわ。この曲なら何度か聴いた事があるから大丈夫です。」
これからする曲の話になる。
ビックリしたことに,彼らが音を合わせるのは今日この瞬間が初めてだ。
けど2人とも不安があるわけではない。寧ろ焔矢に関しては割と楽しみにしている所がある。
亜夜子と音楽で語り合う事を,魔法とか関係なしに同じ目線に立つ意味で。
『皆様ご歓談中失礼いたします。有志ステージにて,一組の演奏を行います。』
準備を終えれば,パーティーの運営側からのアナウンスが流れる。
様々な人間がそれを聴くことは余りない。こう言ったパーティーで音楽が流れてくることは基本的に当たり前であり,BGMにしかならない。
『エクセリクスレコード所属,音羽焔矢様と黒羽家のご令嬢,黒羽亜夜子様による演奏です』
その事にざわざわと周囲の人間が噂し始める。
今話題の,最大規模の(便宜上)精神干渉系魔法UFWの使い手と,あの四葉の女性の演奏。気にならない方が無理があるというものだ。
七草は勿論,雫やほのか。そして焔矢を連れて来た大原は少し頭を抱えてしまっていたが,今更かと割り切った。
これが黒羽の…というか,四葉のストーリー作りという事が分かっているからだ。
「ふふっ,私達に皆注目しているわね」
「面識作るだけでここまでするか普通」
周りに誰もいないことを確認した2人の会話。
将来的にだが,焔矢が婚約する事をいつかは発表しなければならない。
その時に相手が四葉ですなんて事になれば,いつの間に?とか利用されてるんじゃないかとか言われるだろうというのが亜夜子の考えだった。実際合っているのだが,だからこそここで社会的に焔矢との面識を作る必要があった。
そうすれば,このパーティーを境に連絡を取り合ってそう言う仲になったと言い訳が付くからだ。
けどそれだけならば演奏までする必要ないんじゃないかって思うのが焔矢だが,亜夜子はそう思っていなかった。
こうやって衆人大衆の前で,自分達の存在を知らしめることが重要だと思っているからだ。
なぜなら…
「あなたが私に一目惚れしたって理由が出来るでしょ?」
「逆かもしれねえだろこの野郎」
世間とは形のないうわさが好きなもの,今回の事で焔矢と四葉の繋がりはあっても可笑しくないものになる。
そうする事で焔矢を闇側から守る牽制になるだけではなく,その後の婚約発表も堂々と出来るようになる。
世間に多少目立っても良いデートも,その内出来るようになるだろうという腹積もりだったのだ。
しかし,それはそれとして…
「ええ,そうかもね」
「…いきなり真面目になんな恥ずかしい」
からかいのつもりで亜夜子が自分に一目ぼれした可能性を言及すれば,それが認められてしまったカウンターによって焔矢がたじろいでしまう。
そんな焔矢をクスクスといい,亜夜子は魅惑的に微笑み
「いきましょ?」
エスコートしろとでも言いたげに亜夜子は右手を差し出す。徹底的だなと思いながらも,焔矢は自分の中のスイッチを変えながらその手を優しく握り,ステージへと一歩踏み出した。
まるでお姫様と帝王の舞踏会の壇上のように,2人がステージに現れると一瞬世界が止まってしまったかのように静寂がパーティー会場を包む。
焔矢の方は少し粗雑,亜夜子は優雅に歩くことで2人の性格の対称性が目に焼き付けられる。しかし,それが悪いものではなく寧ろ昔から寄り添って来た存在のように,表裏一体な動きをしている。
ステージ中央で来賓者に一礼した2人は,そっと手を離すと亜夜子は背後のピアノへ向かう。
彼女が少しピアノの音を確かめる間,焔矢は用意されたマイクを手に握った。
「こんばんわ,エクセリクスレコード所属。音羽焔矢です。ご歓談中に失礼いたします。ホテル側のご厚意に甘えて,この場に立たせてもらいました。」
MC…になるのだろうが,普段のステージとのキャラの落差にどよめきが起こった。
傍若無人の帝王的な言葉ではなく,社会的な口調の落差だと思えばどよめきが起きてしまうのは致し方なしねと亜夜子は思う。
思うだけで準備は淡々と進める。タブレット型情報端末をセットし,ピアノの旋律を確認する。
「私は…落ち着かないな。俺は去年,代表の大原さんに声をかけてもらいメジャーデビューしました。このパーティーに参加しているいくつかの企業の皆様にも,スポンサーとしてご支援をしていただきました。その事に先ずは感謝します。」
一人称が普通の俺に戻しながらも,それ以外の言葉は丁寧で更にどよめきが起きる。
これで焔矢のイメージが変わると良いのだけれど亜夜子は思った。ステージ上ではいいが,フォーマルな場所でも口が悪いと思われるのは実際マイナスだろう。
今回のは業界に焔矢の事を知ってもらう良い機会だったかもしれない。
「黒羽さんにも前回のライブの時ご支援を頂いたことが,今夜彼女と演奏するきっかけとなりました」
なんかいどよめきが起こればいいのだろう,その言葉に会場はさらに騒然とする。
焔矢の言葉は間接的に四葉も焔矢に注目しているという事になるのだから,注目しない方が無理というものだろう。
それも,黒羽の片割れである文弥ではなく,令嬢の亜夜子がこの場に立っている事が2人の関係性を匂わせている。
悪く言えば,「四葉が焔矢を手に入れようとしている」と思われても仕方がないものだ。実際その通りだが,世間が重要視する場所(UFW)と焔矢が重要視する場所(音楽できる環境の有無)が違うので良いか悪いかは全く別の問題だ。
「ああ,勘違いしないで欲しいのは真っ当なスポンサー契約です。その見返りとして黒羽さんから今回の演奏を誘われました。」
焔矢が目配らせすると,亜夜子もマイクを手に取って小さくお辞儀をする。
「はい,このような機会はめったにありませんから。是非,今注目のプロである音羽さんと演奏をしたいとお願いした所こうして実現いたしました」
めっちゃ胡散臭いが,それを感じさせない亜夜子の様子に内心焔矢は凄いなとか思った。
それに,焔矢がUFWを初めて使ったのは前回のライブ。あの前はまだUFWを使える事を世間に公開していなかったために事情通じゃない限り本当に黒羽は,焔矢の音楽的才能に眼をかけていただけになる。
亜夜子はあくまでもプロとしての焔矢を応援していると世間に公開している訳だ。
焔矢は亜夜子からマイクを引き継いだ。
「今日今だけの限定です。準備は良いか,黒羽さん」
「ええ,いつでも」
「じゃあ,行こうか。この音を刻め,”Never End NOVA”」
弦でカウントを取り,2人の演奏が始まった。
2人が演奏するのは,音羽焔矢としての楽曲であるNever End NOVA。
彼の荒々しさとは正反対なエモーショナルなナンバーで,英語の直訳は「終わらない新星」というもの。
通常,新星というのは一日から数日の間から明るさが106倍から108倍になりまたもとに戻る星の事を言うのだが,この曲は輝くのは一過性のものではなく,これからも自分は輝き続けるという焔矢の存在証明を歌った曲だ。
基本ロックな曲が多い焔矢の楽曲でも,一番アコギやピアノと親和性が高い曲であり亜夜子自身も何度も聴いて耳コピしてしまう位には好きな曲の1つだった。
そしてその成果は,確実に会場にいる人間へ波紋を呼んでいた。
「綺麗…」
「イメージと違うけど…こんなのも出来るんだ」
ほのかと雫が感心したように聞き惚れる。
焔矢と亜夜子,ボーカルとアコギは焔矢で亜夜子はピアノというもので異色ではある。
しかし,アコギとピアノの旋律はまるで寄り添うかのような親和性を生み,それに乗せられる焔矢の歌声の表現力は感嘆するほかないものだった。
——ここで終わりまた紡いでいく物語 この炎を絶やしはしない
普段の焔矢は真正面から叩き潰すか如くの歌声,だが今はまるで落ち込んだ人間に寄り添うかのような…そんなギャップを生む”素晴らしい”と素人の人間には言うしかないものだった。
なんなら,普段の焔矢の音楽が大体メンバーの音と喧嘩しているのもあって2つで1つの音を体現している今,違うものを感じるのは必然だったかもしれない。
そして音楽的な知見を持つ人間からみれば――
「あの2人,本当に初めて?」
泉美は戦慄したように呟くのを,真由美は頷くしかなかった。
2人の技術が,特に焔矢の演奏が素晴らしいものなのは知っていた。
亜夜子のピアノも以前聴いた時に,上手いのは勿論だけどフォーマルな場にウケる演奏だったのは覚えている。
しかし,焔矢と亜夜子のスタイルは反対のものだと泉美や真由美は思っていた。
オーソドックスで人受けの良い演奏をしていた亜夜子と,普段のライブで型破りなことをするのが当たり前の焔矢。
相容れないと思うのは自然だった。
だが実際はどうだ,2人の演奏の息はまるで練習したかのように…いや練習したとしてもここまで息を揃える事は出来ないと2人は思った。
けど2人の演奏がぶつかっているのかと言えばそうではなく,焔矢の方は原曲に無いアコギならではのアレンジをしているし亜夜子はそれに完璧に合わせている。
もう夫婦なのと思ってしまう方が納得できるものだった。
――迷いなんていらない 自分貫いて輝けばいい それが俺のNever End NOVA
最後の一節まで,2人の息は乱れる事なく――
「ありがとうございました」
情緒,エモーショナルな2人の演奏は無事に終わりを告げ会場が拍手に包まれた。
そこには魔法師や非魔法師の垣根などなく,ただ2人の演奏を称賛するものだった。
壇上からそれを見た亜夜子は,普段の焔矢が何を考えて言うのかが分かった気がした。
自分の音楽で,全ての注目を掻っ攫えば争いなんて起きない。確かに,音楽は世界を変える一手になり得るのかもしれない。
それを今日,改めて思ったのだ。
☆
同日の夜22時,焔矢が未成年という事で大原が先に帰らせてくれた。
経緯はどうであれ,素晴らしい演奏だと賛辞を貰い少しこそばゆかったが有難く頂戴した。
しかし,焔矢は焔矢で相手の方に物申したことがあった。
家へ戻り,お風呂に入った亜夜子はいつものネグリジェに着替えて先週届いたばっかりのダブルベッドに腰かけ,ヨルの毛並みを梳くのを見ながら言った。
「連絡もなしにいきなり来るなよ,ビックリするだろ」
「でも正解だったでしょ?焔矢の事だもの,私が会場にいるって知って七草と会ったら助けてって私を探しちゃうでしょ?」
その動きは向こうの不信感につながってしまう。
「だからあの場で”初めて”会ったように見せる為には,あなたに教えない方が都合がよかったのよ」
「…あれで信じたか?」
「当主の方はともかく,あの2人ならこれ以上踏み込んでこない。」
根本的な人が良いから,という理由なのを焔矢は察した。
シビアな亜夜子と少し緩い七草の違いなのだろうと焔矢は思った。
「でも,スポンサー云々は言っちまったからそこから責められるんじゃないか」
「スポンサーの事ならどうせバレるもの。それなら,まだあなたがUFWを使っていない時期から支援していた事にした方が都合が良いわ」
あくまでも焔矢の魔法ではなく,焔矢故人を支援していた事にすれば幾分か世間の眼はマシだろう。
まあ,支援の裏側は色々とあるのだが世間から見れば真実が分かる事は無い。それほど四葉の情報統制は優れているのだから。
別にあら捜しをしたい訳でもなかった焔矢は,1つため息つくと亜夜子とヨルがいるベッドに腰を掛けた。
「ああ,そうだ。亜夜子,明日から帰るの少し遅くなるかもしれない」
「文化祭でしょ?」
「なんで知ってんだよ怖いわ」
今更?とでも言いたげに魅惑的に微笑む亜夜子を焔矢は本当に怖いと思ったのかジト目で見る。
「あなたの学校の行事表なら手に入れてるし,あなたが学祭ライブのトリを飾ることも知ってるわよ?」
「これはツッコんだらダメな奴か」
「深淵を覗くなら覗かれる覚悟もするべきね」
「俺の今の状況は既に深淵だろ。」
「確かに」
もう直ぐ二学期が終わり,秋への季節へと移り変わる今日この頃,焔矢の音楽学校では文化祭が企画されていた。
先導を切るのは心,彼女は文化祭を最後の生徒会長としての仕事として夏休みが終わって早々にプロジェクトを打ち出した。
黒羽の管理下に置かれた彼女は,以前よりも活き活きとして残りの学校生活を打ち込んでいるらしく今度またヴァイオリンのコンクールにも出るそうだ。
あれ以来,焔矢と彼女が会う事は無かったのだが…今週,心が文化祭を打ち出した辺りに彼女に要望が寄せられた。
それが焔矢の文化祭ライブ,プロの世界で歌っている焔矢のライブを見たいという人が多数寄せられたのだ。
心は心で大変複雑だったのだが,彼彼女らの想いを無下にする事が出来ず泣く泣く焔矢にお願いしてきたという過去がある。
「ああ,会長から聴いたのか」
「そういうこと」
だけど…まあ良かったのかと,焔矢は思った。
未だに彼女は心を読めてしまうが,今回生徒会長としてその要望を通そうとしたのは頼んできた生徒達の心が純真だったからだろうと焔矢は思っている。
それは逆説的に彼女がネガティブな感情ばっかりを受け取っている訳ではないという証明にもなるのだから。
「まあ,あとは個人的にクラスの出し物に協力するのもあるんだけど…」
「知ってる,セッションカフェよね。」
「ええ…」
それも知ってんの?と思ってしまった焔矢だった。
こうして,焔矢の文化祭が幕が開けるのだった。
…その間,魔法科高校の合同文化祭で亜夜子と文弥がマフィアブラトヴァと水面下での戦いをする事になるのだが,それは別のお話。
2人はベッドに入り,ヨルを間に挟み暗い闇の中で見つめ合い…聞いていなかったことを思い出した焔矢は問いかけた。
「聴くの忘れてたんだが…」
「なに?」
「…演奏,楽しかったか?」
今日の演奏,焔矢も亜夜子も初めて音を合わせたと思えない位に綺麗なコンチェルトを生んでいた。
それは焔矢も手ごたえを感じていたし,焔矢は楽しかったと言える。
だけど亜夜子はどうなのだろうか,それだけが今気になっていた。
窓から入る月夜が,見つめ合う形になった亜夜子の表情を照らしだした。
「…っ」
彼女はきれいに微笑み,幻想的な雰囲気すらも感じられた。
そしてヨルの上に乗せていた手を焔矢へと伸ばし,その頬を撫でて…
「楽しかったわ。私これまで1人で弾くことが多かったから…あなたと一緒に演奏出来てとっても楽しかった」
嘘のない言葉だと,焔矢は思えた。
いや,嘘つくのが大得意な亜夜子だけども…彼女の言葉はスッと胸に入って来た。
彼女が1人で弾くことが多かったというのは,ピアノであれば分かる話だ。でも,だからこそ彼女にとって誰かと演奏する事はこれまでと違ったものを感じるきっかけになったのだと…焔矢は思いたかった。
「公の場じゃ出来ないけど…また,やろう。」
「ええ,楽しみにしてる」
そうしてニコリと微笑んだ亜夜子は,少し身を乗り出しヨルを抱きしめて焔矢の顔と重なる。
抱きしめられたヨルが少し苦しくなったのか,じたばたするとそっと離れて,2人はどちらかともなく微笑みあったのだった。
お疲れさまでした!
社会的に亜夜子と焔矢の顔合わせです。
それに伴って,興味本位で近づいて来た原作キャラとの顔合わせです。
雫・ほのかペア。七草姉妹(香澄はパスと言って来なかった)との邂逅です。
七草姉妹の時には亜夜子も参戦,実態は泉美と焔矢が近くにいることに思う事があったから模様。
まあ正直な話隠そうと思えば婚約の事とか隠し通す事は出来ると思ってます。
ただしその為に色んなリソースを使う必要があるので,四葉としては一々そんな事してる暇がない。じゃあフラグたてとこうって事です。
わざわざ四葉の縁者に手を出すバカはいないだろっていう事です。
では!
どのお話見たい?
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達也&焔矢(UBW強化話?)
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空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
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貢&焔矢(修羅場)