タグに一応アニメ勢ネタバレ注意を追加しました。
では!
この世ならざるもの…死んだ人間を含めてそう呼ぶのならもしかしてあいつらはそう呼ばれる存在なんだろうなと,焔矢はどこか暗い空間の中思った。
一般的にそれは名前の通り,この世のものではない者の事を指す。では…もしも死者の個別情報体を取り繕うように1人の人間に取り憑いているというのは一体どういう分別になるのだろうか。例えるのなら,幽霊が1人の人間に取り憑いているという考えが近い。
というよりも,焔矢が4年前会得した…音羽焔矢に唯一許された魔法はまさに取り憑いていると言った方が正しかった。
それは各個人が持っている想子情報体と霊子情報体を…焔矢はその身に1人で持っているというある種人外の域に達している人間だったからだ。
だから,焔矢が自分の無意識化にある夢の中で…彼らの声が聞こえていたのは幻聴でもなんでもなかった。
「焔矢,起きろ」
混沌とした暗闇の中,いきなり声をかけられた焔矢だったが…その懐かしい声にフッと微笑を漏らすと淡々と振り返った。そこは暗闇の世界などではなく,花畑が広がるまるで夢の国のような有様だった。
泣いている人間など誰一人もおらず,むしろ誰もが幸せそうな笑みを浮かべていた。
そして,焔矢の前に立っていたのはまるで死んだことなど気にしていなさそうな4人の男だった。背丈はまだ成長途中を思わせる,中学生の平均身長の人が多く…高校二年生である筈の焔矢も,彼らに合わせたように背丈も縮み,精悍な顔つきではなく幼い顔つきに
「お前ら…」
当時,その高い技術力と圧倒的な歌唱力を持ってプロになる一歩手前まで行ったロックバンド「Alter Ego」のメンバー達だった。
何故死んだはずの彼らがいるのかというと,身も蓋もない言い方をすれば「夢だから」の一言に尽きる。
しかし,この事は焔矢にとって珍しいものでもなく…寧ろ,こういう事があるからこそ必要以上の復讐心が産まれなかったのかもしれない。
「ったく,お前は俺達がいないとほんとダメダメだな」
一応,このバンドのリーダーは焔矢となっているがそれは純粋にボーカルの方がリーダー映えするという意味の分からない理由だった。もしも本気でリーダーを決めるというのなら,焔矢は迷わずに彼を推した。
中学生にしては身長は既に170後半を越え,中世的である種女性的な顔立ちをしているにもかかわらず言葉遣いのおかげで焔矢も初めて出会った時から何かと頼りにしていた。
「薫…ぐうの音も出ないが俺も結構心に来てんだからやめてくれ」
長谷部薫,Alter Egoのリードギターで初めて焔矢以外でこのバンドに加入したファーストメンバー。
彼は笑いをこらえきれていないように「くっくっ」と唸っていたが,その理由は当然
焔矢は自分で申告した通り,すっかり彩に騙された形になっているのだが…それで彼女に対して恨み節があるかと言われたらそうでもなかった。
焔矢が今ショックを受けているのは,彼女の心の底を見抜けなかった自分に対しての不甲斐なさであり…普段の様子と違った焔矢がもしもメンバーと一緒にいれば,きっとそんな事も無く冷静に彩の事を見抜くまでは出来なくとも警戒位しただろうにと。
少なくとも,状況が状況とは言え彼女のビルに行く事は無かっただろと言外に言われているようで苦笑いが隠せないのだ。
もちろん,2人が何に対しての会話を繰り広げているのかは他のメンバーにも筒抜けであるので,薫の隣にいた眼鏡をかけた少年が口角を上げながら言った。因みにこの眼鏡はファッションらしい。
「まあ,ママには劣るが素敵な女性に見えたのは間違いないからな。羨ましいぞ焔やん!」
「焔やんってお前な…あとお前も俺の節穴っぷりに付け入るのはやめてくれ」
焔やん…焔矢をこう呼ぶ人間は後にも先にもこの人物しかいない。
Alter Egoのベース,天王聡。今回の発端となった天王亘の1人息子であり今の時代にも根深く残っている「オタク」の部類ではあるが,その称号(?)に恥じない幅広い楽器知識に音楽的才能を持っている。
Alter Egoが奏でる音楽は地獄の業火をも焼き尽くすアポカリプスのような殺伐としたものが多い中(青春ものも一応ある),彼のような違う意味で尖った人間は焔矢にも様々なインスピレーションをもたらしてくれていた。
余談だが,極度の自他ともに認めるマザコンである。彼の女性を見る目はいつも母と比べるものであったが,そんな身内びいきの評価を下す彼でさえ亜夜子の事を”素敵”と形容していた。
「全く,このままでは実験動物行きだと分かっているのか君は」
「ほんとにもうやめて結構ライフ0だから」
焔矢が自分自身の人を見る目がない才能に落ち込んでいる中,とどめを刺したのはキーボード,東雲零士。
5人の中では薫を抜いて一番伸長が高く,また理知的と感じる顔立ちだ。もしもミステリーもの推理小説の登場人物と言われても思わず頷いてしまうくらい爽やかな青年だ。
彼は天才肌の人間であり,Alter Egoの作詞作曲は基本焔矢が担当していたがそれにメンバーの誰も関わっていなかったと言えば噓になる。零士も1つのオブザーバーとして作曲に関わっていた人間だ。
彼は元々キーボードをやっていた訳でなく唯一の楽器未経験者だったが,焔矢達とバンドをする為に一から楽器について学んだ。
本人は決して認めようとしないが,自分とはまた違う”天才”である焔矢に対抗心を燃やし,焔矢を認めるが故にリーダーと認める。多分この5人の中で当時青春を一番謳歌していたのはもしかすると彼かもしれない。
因みに,黒羽家諜報員の奥の手である東雲吉見とは全く関係のないただ名字が同じだけの人間である。
「ハハハッ!!だけど俺達は安心してるんだぞ?もしかすると彼女はお前を支えてくれるんじゃないかってな」
「大地…それはあれを見ても同じセリフを言えるのか」
豪快に焔矢が受けていた精神的ダメージを笑い飛ばしたのは,体躯は巨体でありこのメンバーの中では特に陽キャ…じゃなくてアウトドア派だった彼は程よい日焼けに人の良い笑みを浮かべている。
彼の名は今川大地,Alter Egoのドラマーだ。彼の力強いドラムパフォーマンスは,まるでメンバーを支える最後の砦のように強固でありまた力に満ちた凄まじい迫力だった。焔矢も…あの力を使わないと彼のようなドラムパフォーマンスは到底出来ない。というかフィジカルが足りない。
「ん?彼女がもしかして俺達が死んだ原因になった男の娘かもしれないという事か?」
「分かってんじゃねえか」
彼らが今いるこの空間は,焔矢があの事故の時に
通常,自らの想子を物理的に他者に託すことは不可能であり妖魔が宿るロボットに想子を供給は可能であるが彼らの場合は血の通った人間である。
では,彼らの場合はというと…彼らだけの力であればこんな事は到底不可能だった。例えいわゆる想念が,死にかけだった焔矢を助けたいと思ってもそれに干渉する術がないからだ。
しかし…そこで彼が焔矢の精神に入り込む機会をもたらしたのは黒羽貢によるある精神干渉魔法による一種の事故のようなものだった。
「俺達を殺す原因になったのは,確かにあの男かもしれんが俺達がこうする事が出来ているのもあの男のおかげとも言える」
それは…黒羽貢が暗殺をもっと別の所にしていれば元々起こるはずがなかったことだとしても…彼らからは黒羽貢を責めるような様子は受けなかった。
「それに,仮に黒羽貢に復讐心を抱いてもその娘まで恨むのは筋違いだろ」
「…正論だな」
彼らがこんな状態になっているのは一旦置いておき,焔矢も薫の言葉に苦笑し頷く。
ここにいる4人の意識が,こういった夢と言う名の精神世界で芽生えたのは事故の事を世間が忘れそうになった頃の話…そして,焔矢が唯一出来る魔法が発現したのもその時の事だ。
もっとも焔矢はその魔法を隠し,普通の学校に通い続けた事でそれに気が付くものはいなかった。
「そうだぞ薫,どうみても焔矢は彼女に惚れてるじゃないか!」
「よし大地,そこで正座しろ」
「何故だ?!」
もしもこの光景を,第三者が見ていたならまさか5人中4人が死んでるとは思えない快活さに呆れる事だろう。
焔矢は…彩に惚れていると言われた辺りで頬を少し紅くし,それを隠すように当てつけに大地へ正座などと言ってメンバーはじゃれあいに笑いあう。
音羽焔矢という個別情報体に,入り込んだ彼ら4人の精神はまさしく音羽焔矢という人間の精神状態も…焔矢の心の内も分かっている。
だから彼が羽黒彩…否,本名黒羽亜夜子に”一目惚れ”したという精神状態は手に取るように分かっていた。
一しきり笑った後,零士が急に真面目腐った顔に変わる。
「だが,時間の問題だぞ焔矢。」
それは…自分があの男と亜夜子にどこか連れて行かれる事を指しているのか,それとももっと別の事を指しているのか。
多分どちらもだろうと思った。
「…彼らが求めている能力と,俺の能力はぶっちゃけ乖離していると思うんだがな」
実の所,焔矢は既に天王が自分に求めているものが何なのか察する事が出来ていた。
”魔法力増幅”,一口にそう言ってしまえば彼らの理解は合っている。焔矢がライブする時,彼から広範囲に渡って想子の嵐が彼から音に変化した想子枯渇するまで魔法式に干渉するのではなく,魔法師自身の想子に重なるように変化し…そのせいで魔法力増幅という偽物の力が産まれていた。
焔矢は当然…ではないが,この能力を使う関係上何となく身体に沁みついた現象の1つとして知識ではなく体感で理解していた。ただぶっちゃけ今回の事が無かったら自分に求めているものを考えようとも思わなかったかもしれない。
気絶している間に,精神体の彼らが考え下した結論を焔矢はそのまま自分の知識として吸収したからこそ理解出来ているだけだ。
だが,それは亜夜子の予想の通り…眉唾物である。
「外面に関してはともかく,効果は同じだからそこまでのプロセスなんて今どうでもいいだろ向こう側からしたら」
どこか食えない低い声で言う聡に,焔矢は苦笑する。それは外面の所ではなく,向こう側からしたらという言い文句にあった。
彼はある種嫌悪感に満ちたため息をつく。それもそうだろう,なんて言ったって今の事柄の首謀者は彼の父なのだから。
それはそれとして,当然この能力は焔矢が意図して産んだものではない…彼が使う唯一の魔法の副産物と言ってもいい。
「焔矢,彼らに教えた方が良い。
それは遠回しに,何を企んでいるのか知らないが焔矢たちの力は意図して生み出せるものではなく,一種の祈りによって引き起こされる力。
それは,もしかしたら遺伝はするのかもしれないが決して研究などで同じ効果を得る事は出来ない。
何故なら焔矢たちの力は,魔法式を必要としないどちらかというと超能力者が近く分類はBS魔法師。力を分析する事は出来ても,それを利用する事は出来ない。
そして…大地が言うように焔矢たちは元々そんな目的の為に音楽をしていない。
焔矢が音楽を通じてしたい事,ありふれた言葉で言ってしまうなら「世界から可能な限り争いを無くしたい」から。
たった1人で音を奏でていた少年だった焔矢は,彼らと出会いバンドを組んで…いつしかその目的は皆同じになっていた。
魔法師も,そして彼らを忌避する人間達も,同じ”人間”である筈なのに差別し,罵りあい,同じ人間である筈なのに手を取り合う事が出来ない事を憂いを感じたから。
だから,焔矢たちは魔法師だろうとそうじゃない人間にとって同じ尺度で図る事が出来る”音楽”に可能性を見出した。
誰もが同じものを聴き,楽しむことが出来るツール。
彼らの言う世界への宣戦布告とは,自分達の音楽で争いなんて起こさせない位夢中にさせるという意味に他ならない。
魔法師でもない自分達に戦いを止める力はない。
だけど,この音楽という万国共通の「最強の力」で…”世界を変える”。
「ああ,お前らに言われるまでも無く…分かっているよ。だから…行ってくる」
自分達の行動意義,それを再確認した焔矢は目の前の仲間達に全く悲観を感じさせない…寧ろ,どこか困った人を胸中に思い浮かべているような表情を浮かべていた。
その事を焔矢の心にいる彼らも当然共有していて,どこか嬉しそうに笑った。
「おう,行ってこい。吉報を待っているぞ」
おいおい他人事だなと焔矢は思いながら…精神世界に移していた自分の意識を…現実世界へ戻した。
暗闇から帰還した焔矢は,先ず自分の事をぺろぺろと舐める生暖かい感触に眼を覚ました。
ゆっくりと眼を開けると,どうやらまた彩と名乗る女性のビルの部屋に連れて行かれていたらしく…生暖かい感触は寝ていた焔矢を気遣うように顔を覗かせていたヨルだった。
「ヨル…今何時だ」
そんな事を子犬に聞いても分かる訳なかろうと思うが,彼が時間を聞いたのは仕方のない事と言える。
何故なら既に周囲は暗く,カーテンに阻まれている窓からも既に月明かりが姿を現していたからだ。
「身体は…動く,拘束はされていないか」
特に身体に異常はない,少し倦怠感がする程度だったがそれは長時間眠らされたせいだろうと解釈した。
何かしらの精神干渉を受けた跡も無い。仮に受けたとしても,自分の精神世界にいる仲間達が勝手に弾いてくれるのだがどうやらあの男は自分が脱走するなどと思っていないらしい。
「ヨル,大丈夫だからそんな心配すんなって」
ずっと眠っていて,それに部屋に焔矢を運ぶために怪しい奴らが来たからかヨルは過剰に寂しがっている。
それだけ愛されていると思えば悪い気はしない。じゃれまくって来るヨルの顎下を撫でながら部屋の様子を見る。
少なくとも,監視カメラの類は付いているが変わった様子はない。
「ちょっとごめんなヨル」
まだ身体をこすりつけてくるヨルに一言断って抱き上げる。寧ろヨル的には嬉しかったようで尻尾をまるで迅雷の如きスピードで振りながら顔を埋める。
そのまま焔矢は寝室を抜け――いつの間にか寝室とリビングを隔てるドアにヨルが通れる小さな出入口が設置されていた――リビングに出ると,訝し気に眉を顰めた。
「俺に申し訳なさを感じるのなら最初からこんな事して欲しくないんだが」
焔矢が目を向けた先,リビングの壁際には仲間達の楽器が置かれていた。今は焔矢の自宅にあるはずのものがそこにあるという事は,あの男の一派が家に不法侵入しわざわざ持って来たという事なのだろう。
あと,ヨルの為にペット用のHARまで既に設置されていた。多分,何も知らない人から見れば焔矢を婿にする為に色々準備したんじゃないかと勘繰る位には,焔矢にとって必要な物が運び込まれていた。
そんな事を全く言ってられない状況でなければ割と本気で思っていた。
「…今なら出来るか」
人の気配が――上の階も含めていないのを信じて焔矢は…恐らく出来るようになっているはずの力を発動させた。
それは精霊の眼…ではない。焔矢があの事故での功名で得た能力はそんな便利なものではない。なんなら,本人も自分にそんな能力があるとはさっきまで考えもしなかった。
イデアにアクセスし,エイドスを直接認識する精霊の眼は異能であり焔矢にそんな便利な物はない。
だが…
「いた!」
眼を閉じ,自らの治療の為に注ぎ込まれたであろうそれを認識し…それと同じか,或いは遺伝子的に受け継いだもの達の存在を逆探知の要領で
これは,心にいる聡が焔矢に話した焔矢にしか出来ない逆探知の方法。
恐らく,彼ら2人(厳密には3人)を対象とした知覚能力。普段はこんな事を…情報次元において人間の想子光を探す事なんて無いため気力が持って行かれるが,倒れている場合ではない。
「ヨル,ごめんな。もう少しだけお留守番してくれ」
いつも待たせてばっかりのヨルに対して申し訳なさそうに言うと,ヨルは不満を露にするかのようにカプッと焔矢の腕を噛む。
まるで,自分も連れて行ってほしいと言っているかのようだ。だけど,もしかしたら大事になってしまうかもしれない。
それに,何度もこの能力を使ってしまえばばてる。そう言う意味ではヨルの嗅覚を当てにするのも間違ってはいない。
「でもな,今彩を示すが何もないんだ」
亜夜子の匂いが付いたものは何もない。それに…それを除いても大きな問題がある。
この部屋は,亜夜子たち黒羽の人間が裏向きで所有しているビルであり6階建て。焔矢には知る由もない事だが,6階は諜報活動に必要な情報機器で埋め尽くされている。
亜夜子が住んでいるのは5階であり,焔矢が押し込められた場所は4階の部屋。
そして,焔矢の予想が正しければ
「やっぱり,か」
ヨルを後ろに引き連れ,正面玄関の扉をガチャガチャ弄ってもやはり固く施錠されていた。
鍵は電子錠となっていて,昨日の夜の段階で教えられてたIDでは開けなかった。彼らはどういう訳か自分を殺すのではなく,生かして気絶させるにとどまっていた。
逆説的に彼らには今,自分を殺す必要がないという事だ。それが何故なのか…,まあ何となく予想はつく。
施錠の為のIDは既に変えられていて焔矢は軟禁状態になっている。
「どうするか」
無理やり電子錠ごと壁をぶち破ることも考えたが,直感的に今は時間が無いと悟っている為そんな時間がかかる事をするべきではないと考える。
ついでに言うなら,多分そんな事をすればきっと亜夜子に脱走したことが伝わってしまう。それではダメだ。
そして,軟禁されている事が分かっているからこそヨルを連れていけない。
「まあこうするしかないよな」
どこか諦めの様相で寝室に行き,その寝室に差し込む窓の光を見つめる。
このビルにはベランダという概念がそもそもない。家電製品の技術もまたホームオートメーションによって飛躍的な進歩を遂げた現代では洗濯物をするにも勝手に乾燥してくれるというのがあった。
ベランダを現代の家に導入するのは昔ながらの家か,純粋に外で優雅なティータイムを嗜みたいなど何かしらの理由がある家が多い。
因みに焔矢の家にはベランダというか,ベランダと見せかけた庭園がある。
閑話休題
焔矢は自分に与えられていた布団と,ベッドシーツを剥ぎ取る。その先端を解けないように頑丈に結び付ける。だがこれでも4階のこの場所から飛び降りるのはいささか不安だ。
見た所地面までの距離はおよそ9m,下は当然コンクリートであり布団とベッドのシーツを合わせてもせいぜい4m弱の長さしかない。
残りの5m以上の距離を自力でどうにかしなければならない。慣性を中和する魔法が使えたらそもそもこんな事をしなくてもいいのだが,それはもう自分に無い能力だからない物ねだりをしても仕方がない。
それに,魔法が使えないからこそ焔矢は身の回りにあるものを使った考え方が出来る。
焔矢は外の窓の横にあるパイプにシーツで作った縄を引っかけ,直ぐに寝室の中に戻って今度はベッドのクッションを持って窓を覗き込む。
現代のベッドクッションは軽量化が進んでいて,人ひとりでも手軽に持ち運べクッション性の方も確かな進歩を遂げていた。焔矢はビルの下を見て,今は夏に入る前なのでほぼ無風。風の軌道を計算に入れながらベッドクッションを出来るだけ平になるように落とした。
多少空気の影響を受けながらもベッドクッションはおおむね狙った場所,つまり焔矢の部屋の真下に落とす事が成功した。
それを確認した焔矢はすぐさま玄関で自分の靴を取って寝室から下に落とす。
「ヨル,行ってくる」
見届けた焔矢は,足元にいる愛犬にそう言って…結び付けたシーツを伝って夜の世界へ飛び出した。
あの事故の後,多少の武術を嗜んだ焔矢は当然受け身の技術なども習得した。元々人並み以上に運動神経は良かったが,そんな彼でもこの高さから降りるのは初めてなので強張った表情を見せる。
しかし,流石というべきなのか直ぐにぴょいぴょいとまるで忍者の如く壁を伝いながら残り5m弱と言った所まで降り…そこから自分が投げたベッドクッション目掛けて飛んだ。
衝突寸前にくるりと身体を1回転させ綺麗な受け身を取り焔矢は地上へ降りる事が出来た。
「おーいて」
受け身をした際に背中を思いっきり叩きつけてしまったためか,右手がジンジンとしているがこんな事をしている場合ではない。
直ぐに立ち上がり予め投げておいた靴を履き,先程探知した彼彼女らの気配を追って行こうとした…と,思ったら何だか悪寒がして空を見上げた。
「ちょ,ヨル?!」
飼い主を追ってヨルがその身を空へ投げ…焔矢目掛けて飛び降りて来たのだ。月を背に飛び上がる子犬,まるでどこかのムーンダンスかのように重力に逆らいながら落ち…
焔矢は慌ててヨルの落ちる場所を予測し,待ち構えて受け止める事に成功した。
「ヨル,お前なんで?!」
確かに焔矢が出るために開けた窓は閉める事は出来なかったが,そもそもヨルは今まで一度も焔矢のいう事に背いたことはない。その信頼もあって留守番を命じたのだが今回ばかりはヨルも怒っているのか焔矢の腕にそのままガブリと嚙みついた
「いてッ!?」
割と本気で噛まれて焔矢から悲鳴が上がる。
「分かった分かった!連れて行くから!!」
そう言うとようやく離してくれた。でかい溜息をついてヨルを見ると,期待に膨らませたキラキラとした眼を見て尻尾を振る。
この子を拾ってそろそろ半年が経つが,実際ヨルは色んな意味で焔矢に懐き知らない内にそれいる?みたいな能力も持っていた。その1つが警察犬の訓練をした訳でもないのに,嗅覚で何かを追跡する事が出来るものだった。
今時魔法によって犯人の痕跡を探せるので警察犬はもはや絶滅危惧種なのだが,魔法を使えない焔矢にとっては立派な探索するための材料だ。
だけど,そもそも今回は彩(亜夜子)を示すものも,ましてやあの男を示すものが何1つない。物的な物が何もなければヨルの嗅覚も役に立たない…筈だった。
「ちょ,ヨル!」
「ご主人のやくにたつ!」と言った感じでヨルはするりと焔矢の腕から抜け出し,地面の匂いを嗅ぎ始めた。そんな事をしても他の匂いと混ざってんじゃねえかなと思いつつも,一応頼んでみる。
「ヨル,彩さん?いやもう偽名だろうけどいいや。彩さんの匂いを追ってくれ」
一瞬亜夜子が名乗った名前が偽名だろと自分でツッコミながら,でも名前がないと不便なので彩というとまるでヨルは「わかった!」とでも言いたげに熱心に地面の匂いを嗅ぐ。
正直あまり期待もしていないので焔矢は焔矢でもう一度能力を発動させ…自分と暗殺者,黒羽貢に連なる者たちに繋がるパスを探す。
感覚としては,彼女達がいる場所を何となく掴めるというだけなのだがそれでも普段魔法を使わない焔矢にとって凄まじく体力を削る。
「わん!」
そして,彼女達の位置が先程と変わっていないのを確認し終えた焔矢と同時になんとヨルが駆け出してしまった。ビルを出て直ぐに右へ走った事から…焔矢はまさかと思いながらヨルに付いて行ったのだった。
お疲れさまでした!
焔矢の持つ魔法が徐々に明らかになって,次回で全部明らかになる予定です。
今回のお話の通り,焔矢に仲間達が取り憑いているとイメージした方が楽かもしれません。
それか,NARUTOを知っている人なら尾獣たちが陣中力の中にいる時の精神空間を明るくした所にみんないる感じの方が分かりやすいかもしれない。
幽霊の存在自体は原作で,周がなって光宣に襲い掛かった事もあるので一応あり得るなという事でこういう設定にしました。
因みに,一応魔法と銘打ってはいますが後天的に得たもので焔矢自身はまともな魔法を使えないのは嘘ではないです(そもそも使えるならベッドにあるものを使って飛び降りようとは思わない)。
では,明日1つの佳境を迎えますのでまたこの時間に!
どのお話見たい?
-
達也&焔矢(UBW強化話?)
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空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
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貢&焔矢(修羅場)