今回のお話最後にアンケートしてますので良かったら答えてもらえるととっても嬉しいです。
では!
燃え尽きた亜夜子が眠りから目覚めたのは,翌日の朝だった。
太陽から差し込んでくる光がベッドで眠っていた亜夜子の目を覚まさせる。
ゆっくりと眼を開け,意識を覚醒させた亜夜子が先ず感じたのは,喉にヒリヒリして寧ろ痛い感触だった。
「これ…けほっ!」
その感触に,昨日の記憶を思い起こそうとしたら思わずむせてしまって…直ぐに昨日の記憶が蘇りカーッと顔を赤くしながらはしたないと分かっているがリビングへとドタバタと飛び出した。
「あ,姉さんおはよう」
弟と二人で住んでいるので当然部屋には文弥がいた。今日はまだ平日であるが,文弥も亜夜子も講義は2限目の時間帯からなのでまだ余裕がある。彼も朝のティータイムにいそしんでいたのだろう。
だが,亜夜子を見るなりその顔が困惑の表情を浮かばせることになった。
「文弥,あの人は?」
「ね,姉さん?」
亜夜子は貼り付けたような笑顔で…その笑顔の下にある感情が”激怒”という名の感情で,大気を震わせるほど冷たい声だった。
基本的に身内に甘い亜夜子は怒りを見せる事はそれほどない。一昨日の焔矢を利用とした輩には焔矢からの同情でついアタッカーになってしまっていたが,あれは稀中の稀。
彼女が怒りを見せるというのは珍しい。昔から仲が良かった文弥と姉弟喧嘩をした時だって,亜夜子は感情のままに叫ぶのではなく論理的に正論を噛まして黙らせるというのが常,感情を表情で覆い隠すのが得意な亜夜子が…感情を抑えきれていないようだった。
「あ・の・ひ・と・は?」
理由に心辺りがあるとは言え,これほど姉が怒っているのは怖い。
そして亜夜子の言う”あの人”というのが誰なのか,聞くまでも無く分かるが…一応聞いとこうと思って
「あの人って?」
「あの激辛変態音楽バカに決まってるでしょ?」
微妙に口調はいつもの姉のままだが,言っている事がもはやただの暴言である。嫌いなマスコミにでさえもう少しましな言い方をしている。
今の彼女からは,次期当主に似た冷徹な波動的なものを感じて…引き攣る口元を何とか抑えながら答えた
「音羽さんなら今頃学校だよ。」
そう言われて亜夜子の眉が上がった。焔矢が大人らしい――下手したら魔法科大学の普通の学生よりも大人びているので忘れがちだが,彼は亜夜子よりも2つ下である。
だから高校に通っているのは当たり前なのだが,亜夜子の鬱憤はなお高まってしまっていた。
「勝手に行ったの?」
出かける際は連絡しろと言ったはずよね?と眼で問いかける姉に,文弥は苦笑した。
「勝手にって…一応出かける前はきちんと僕に連絡は来たよ。彼の監視には黒川が当たってくれてるから姉さんは今日くらい任務を忘れたって構わない」
黒川というのは,黒川白羽という黒いのか白いのかはっきりしろと言いたくなるような名前の人物であり,文弥がこの家の仕事をするようになってからついた護衛兼教育係である。
甲賀流の忍である彼にとって,ただの一般人を監視することくらい訳もない事だし,そもそも焔矢自身がもう監視を受け入れている。こんな大事な時に四葉を反故にする事は考えられなかったとはいえ,勝手に自分に連絡が来ると思っていた亜夜子は珍しく怒気を感じさせた。
「そう…帰って来たらどうしてあげようかしら」
それを聞いた亜夜子が,次の瞬間いわゆる悪い顔で何か思案し始めたのを見て文弥はこの場は逃げるのが得策だと思いカップを持って立ち上がろうとした瞬間,ヒヤリとする刃のような声が背中にかけられる。
「ところで文弥,あの人は私をどうやってここに運んできたの?」
「え…と,それは…」
亜夜子をお姫様抱っこして,が正解なのだがそれを正直に言ってしまうと今度こそブリザードが吹き荒れるような気がして口を閉じてしまう。
監視対象に実質気絶させられて(気絶させたのは知らないで頼んだ激辛ラーメンだが),意識も失って,あげくその監視対象に無様に家に連れて帰られたなど亜夜子のプライドがズタボロになってしまうと思ったのだ。
もはや諜報でもなんでもないが,目の前に相手の姿があって自分が意識を失ってしまうなど一生ものの恥である。
だから文弥は本当の話に嘘を混ぜる事にした。
「音羽さんが途中で姉さんが倒れたっていうから僕が連れて帰って来たんだよ…?」
途中,倒れたって言ったあたりに亜夜子の眼がキッと細められて反射的に文を疑問形にしてしまった。
「そう…ご当主さまに報告していないわよね?」
監視中に気絶してしまったなんて死んでも伝えてはならない。今もきちんと監視が続行中であり,文弥が迎えに来てくれたのなら仕事に支障はなかった。支障はなかったと眼で訴えて,文弥はコクコクと頷いた。
実際これは嘘という訳でもない。焔矢が最寄りの駅まで亜夜子をお姫様抱っこで連れて行きはしたが,その電車の中で文弥のプライベートナンバーも教えられたのを思い出し電車の中から迎えに来てほしいと言って,駅のプラットフォームで亜夜子を抱き上げる役を変わってもらった。
亜夜子はただ,気絶した段階で焔矢が文弥を呼んでくれたと勘違いしているはず…醜態をさらしたのは変わりないので後ほどの焔矢の結末が気になる所ではあったが
「姉さん,そろそろ準備をしなよ」
時間は待ってくれない。黒川が監視してくれているという事なら,今日は普通に大学生に戻ろうと結論を付けて微妙な表情のまま自室に戻り着替え始める。
するすると昨日のワンピースを脱ぎ,自室のシャワーで軽く体の汗を流し,いつもの大学生としての服に身を包む。
「…」
そうして着々と大学へ行く準備を整えていたら,情報端末に1件のメールが届いていた。
それは後に焔矢が送って来たであろうメールだった。暗号処理も何もされていないメール,黒羽の娘である亜夜子にしてみれば不用心極まりない。
…まあ,彼は一般人なので仕方がないとも言えるが。
『おはよう亜夜子。昨日は長い時間お疲れさま。あとごめん,亜夜子が辛いの苦手なのしらなくて…って言い訳みたいだな。とにかくごめんなさい。直ぐに文弥に来てもらったけど体調とか大丈夫?喉ヒリヒリしてない?余り無理はしないで。罵倒も誹りも今度受けるから取り合えず学校行ってくる』
急いで書いていたのだろう,切羽詰まった様子と申し訳ないと思っている事は何となく掴める。
「…はぁ」
大きなため息をつき,情報端末を机に置きリボンを頭に結びながら…その口元は微笑みに変わっていて,一見すると彼女が焔矢の事を許したのかなとか思ってしまうかもしれないが…
「この始末はどうつけさせてあげようかしら?」
実態は彼の弱みに付け込んでどう弄んでやろうかと考えている亜夜子の姿だった。
彼女が囁いた悪魔の言葉を焔矢は聞いていないながらも,何故か感じ取ってしまったのかその背中が寒気に襲われビクッと震えた。
彼を含め,15人程度の教室で各自が机に設置された情報端末で各々勉学に励んでいる中焔矢の存在はやはり異彩を放っている。
この学校は焔矢が所属しているレーベルが推薦してくれた関係というのもあるが,実に音楽業界では高い地位にいる人間の子供が多い。何かの大きなコンクールで賞を取っている人間なんて当たり前にいて焔矢も日々刺激を貰っている。
しかし,高校生なので当然主要科目の授業も当然ある。
「音羽,ここ教えてくれ頼む!」
焔矢の前の席で唸っていた男子生徒が我慢ならないとばかりに数学の課題を向けて来た。
三角関数の応用問題であり,現在出されている課題の内でもっとも難易度が高い問題だ。
「お,音羽君私にも教えて」
2人のやり取りを見ていたであろう女生徒も身を乗り出し耳を傾ける。
全ての課題を少し前に終わらせ,思いっきりライブで演奏する曲のアレンジを考えていた焔矢は苦笑しながらDTMを折り畳み自分がやった課題を表示する。
「面倒だから1回しか説明しないからな」
そう前置きしたうえで,最初から丁寧に説明していく。
数学は公式を覚える事も大切だが,応用問題となると問題文を理解して考え方を構築する論理的思考力も必要となる。
完全記憶能力を知らない彼ら同級生にしてみれば,焔矢は記憶力というのを無しにしても掛け値なしの優等生だった。
本人の口調は荒々しいが,聞かれた事なら大体答えてくれるし,演奏の相談にも乗ってくれるという事で焔矢の評価は軒並み高い。
「音羽サンキュ!」
「ありがとう音羽君」
解説を終えると,2人とも地頭は良い方なので直ぐに理解してくれて助かると焔矢は思いながら机に向く。そうして再びアレンジを考えようと机に向くとチャイムがなってしまった。
(そう言えば亜夜子,大丈夫かな?)
昨日の夜,亜夜子をラーメン屋に連れて行ったのは純粋に食べたかったからだ。そこに亜夜子が激辛を食べて潰れればいいと思ったなどという他意はない。
さっさと自分のラーメンを注文した焔矢は,お手洗い行ってくると言ってお店奥のトイレに行っている間に亜夜子は無難に”普通”っぽいラーメンを頼み焔矢が戻って待つこと数分,焔矢のいかにも辛そうな色をしたラーメンをげんなりと見た後…亜夜子もその普通だと思ったラーメンを口にした瞬間…彼女の意識が声にもならない悲鳴をあげて意識が飛んで行ってしまった。
実はあのラーメン,お店の研鑽の賜物として”普通”っぽい見た目でお店のメニューの中で随一の辛さを誇る激辛ラーメンだったのだ。
刺すような辛みが何千倍にも濃密されたもので,濃密され過ぎて一周回って普通の見た目になったのだとかという都市伝説があるがそれが本当かどうか焔矢は知らない。
激辛好きというバンドのボーカルとは思えない好物だが,焔矢にとって普通の辛さ程度であればライブ前でも普通に食べるから今回もそのノリで行ったら亜夜子の方がダウンしてしまったという顛末だった。
しかし,あの店は全てのメニューが激辛という訳でなくきちんとメニューの端っこにノーマルなメニューとして通常の…それでも辛みはあるが失神するほどじゃないラーメンがある。
亜夜子の性格からしてメニューを隅々まで見るだろうと思っていた焔矢は,亜夜子が腕を組んでいたせいで行けなかったお手洗いに行っておこうと言う事で席を離れたら…亜夜子が頼んでいたのが焔矢でも食べたことのないお店随一の辛さを誇るラーメンを頼んでいるとは本気で思っていなかったのである。
(流石に怒ってるよなぁ…)
一応,今日家から出る前にメッセージは送ったが…それでも亜夜子が怒りに満ちているのは何となく予想が付いた。
ぶっちゃけ亜夜子が勝手に頼んだもので自爆したので焔矢にそれほど責任はないのだが亜夜子にとってはそんなものはどうでもよく,ただ焔矢を断罪する事しか考えていなかった。
その亜夜子と言えば,2限目の講義を終えてお昼の時間を迎えていたが未だに腹の底で激辛ラーメンの影響が糸を引いていてサンドイッチという小食だった。
最初は学食で食べようかと思ったのだが,既に人で一杯だった。姫グループの男子生徒を使ってどけさせれば良いのかもしれないが,今の亜夜子にそんな事をする気も無かった。
というよりも面倒くさいというのが本音だった。
結果,キャンパスの中庭で1人食べようと動いたのだが…ある言葉を聞いてつい立ち止まった。
それは近くでお昼を食べていた女生徒の声だった。
「はぁ~,音羽君かっこいいな~!」
惚れ惚れする,と言った様子で放たれた既に最近では身近な存在に思わず足を止め,彼女の背後の席に音も無く座った。
背後の女生徒は情報端末を用いてもう直ぐ3週間前になる彼のメジャーデビューライブの映像を見ていた。
「歌も上手いし演奏も上手いし歌詞も良いし…あと顔も良いよね~」
どうやら彼のファンらしく,これでもかと彼を褒めたたえる。
確かに,亜夜子から見ても歌は分類としては「全て壊すような圧倒する歌声」と言った感じだが我武者羅にしているものではなく,確かなテクニックを伴っている。
歌詞は…正直万人受けするとは言えない。焔矢の書く歌詞は口の悪いものが多く,別に曲を聴いている人間が立ち上がる勇気を与えるような曲は少なく,寧ろ曲の中で彼は現状に甘えるなとかうつ病患者の人が聴いたら自殺してしまうんじゃないかなと思うくらいには過激な歌詞が多い。
だが,もしかしたらそれが彼の人気の秘密なのかもしれないと思うと何とも言えない。何故なら…
「なんかうじうじした背中を叩いてくれる感じがするよね」
何かに飢えている人間にしてみれば,彼の歌は寄り添って勇気を与えるような曲よりも背中を物理的に押す曲の方が影響を受けやすいらしい。
「うんうん,あと年下とは思えない位達観してるって言うか…大人らしいししっかりしてそうだし」
それを背後で聞きながら亜夜子は笑いをこらえるのに必死だった。
彼女達が言っている事は事実であることを亜夜子は知っている。
普通四葉に眼を付けられたと知ったら恐慌状態とか,そうじゃなくとも恐怖でパニックになる人の方が多いのに焔矢はその事実を淡々と受け入れその上で自分の父親に暴言まで吐いているのだ。
あの胆力は後に思い出した亜夜子も見習わないといけないと思った。だが,大人に囲まれている時の彼は確かに年齢よりも大人らしいが自分を前にした時の彼は大人らしい姿を見せた時の方が少ない。
彼女達が思っているように,いつもそんな大人らしい訳じゃないと…自分だけが知っている。
その事にそこはかとない優越感を感じ…戸惑った
(なんで…私…)
別にたかが焔矢の知らない事を,ファンの彼女達以上に知っているだけなのに…ただそれだけなのにどうしてこんな胸が優越感に満たされるのか。
自分にとって音羽焔矢とはただの監視対象であり…四葉真夜に命じられていずれはその身を四葉本家に持って行く敵対関係なのに。
『亜夜子さん,もしかして音羽焔矢を好いているのですか?』
3日前,真夜に言われたことが頭をかすめる。
あの時はそんな事ないと答えた。魔法師でもない彼を,好きになることなどないと。
だが実際彼は認めないだろうが,きっちりと精神に関する系統外魔法を携えている…才能があるかは別にして魔法師と呼ぶにはなんら問題がない。
「いやね…そんな訳ないわよね,私」
背後の焔矢団欒を聴いていた亜夜子は誰にも聞こえない小さな声で呟いて席を立った。
その際自分が焔矢に向ける気持ちを必死に誤魔化しながら。
★
ライブ当日,亜夜子と文弥の姿は某ドームにあった。
今日の焔矢のライブ会場であり,2人は天王達を連れてきていた(正確には連行)。会場は既に入場を開始していて,2人と天王達両親組は一般入場列からではなく関係者側からの入り口から堂々と入る。
一般からじゃない理由には焔矢が関係していて,彼が大原に頼んで天王達の分を特等席からのものにしてもらい,亜夜子達に関しては普通に行ったのでは騒ぎになってしまうので四葉家傘下の会社からこのライブに出資というスポンサー特権でこの場所に通してもらったのだ。
彼らは中央ステージのど真ん中,中央最前列という好待遇の場所を席として取っていた。
席に座った両親組の背後の席に,亜夜子と文弥は座った。
2人も音楽ライブというのは初めてなのか,文弥の方が少し落ち着かなさそうにあたりを見渡している。
「ちょっと文弥,少し落ち着きなさいよ」
「あ,ごめん姉さん。こういうの初めてだからさ…どんな人がいるんだろうって思って」
既に会場は満員近くになっているらしいが,VIP席にいる亜夜子達からは既に埋め尽くされている人間達が良く見える。今か今かと開演を待っている者,いわゆる推しうちわを抱えている者…見える範囲だけでも実に色んな人がいて文弥が少し人間観察をしてしまうのも分かる気がした。
「そうね…少なくとも,魔法大学にいたら絶対見ない光景よね」
今頃あの大学で焔矢について話していた2人もいるのだろうかと思った。
結局,あの後は考えても考えても自分が優越感に浸った理由が分からなかった。
「あ,そう言えば…文弥,これもらったけどいる?」
言いながら亜夜子は自分が持って来た小さなバックから2本の赤に光るペンライトを取り出し,片方を文弥に渡した。
それを受け取った文弥はまじまじと見て
「貰ったって…誰に?」
「ご当主様」
実際は四葉の架空の会社がスポンサーとして出資してこの場所を獲得できた。その時に獲得したのは場所だけでなく,こういったライブグッズも一緒に送られてきたようだ。
もちろん,この場所を得るために動いてくれた真夜(正確には命を受けた葉山)は今回のライブを配信で見ると言っていたのでこんなペンライトを持っていた所で仕方がない。
消去法で亜夜子たちに回って来たのである。
「でもこれどうやって使うの?」
ライブなど来た事も無い文弥はイマイチペンライトの使い道が分からなかった。
「さあ,なんか音に乗せて振るらしいけど」
亜夜子は亜夜子でライブを見たのはあの配信だけだったので実の所このペンライトが振るものくらいしか理解していない。
だけども亜夜子からしたら何故音に乗せて振る必要があるのかという根本的な考えが頭をよぎってしまった。
振らなくても別に楽しむことは出来るのではないかと,ただ純粋に思ってこのペンライトの重要性は余り分かっていないのである。
2人してペンライトの扱いについて首を傾げていたら,さっきまでリズミカルなドラムの音が響いていたこの会場の音楽がピタリと止んだ。
目の前のステージを見てみると,真紅のエレクトリックギターを携えた焔矢がやけに耳に残るフレーズをかき鳴らしながらステージ中央に立った。
彼が現れるのを背後と,中央左右にあるモニターに映し出されると観客たちの歓声がより激しくなっていた。その事に黒羽姉弟は驚き,思わず身体を跳ねてしまった。
ステージに立つ彼は,目の前のVIP席にいる天王達と…亜夜子達を一瞬眼に映したが特に顔色を変える事は無くギターを携えたままマイクに一言。
「”Ragnarok”」
言った瞬間,目の前から叩きつけられるような強烈なドラムと身体が重くなったように感じる痛烈なベースから始まった。
世界の終末…或いは神々の黄昏の意味を持つその曲は,焔矢がプロデビューをする際のファーストナンバー,全ての音が喧嘩をするような音の中毒性と彼の”神様”という奴に対する考え方が現れていた曲だ。
それは大なり小なり人々が考える事と同じ事,自分の都合の良い時にだけ神様を崇拝し,自分にとって都合の悪い事が起きた時にその運の悪さを神様のせいにすること,その身勝手な人間に対しての,そしてそんなものに頼らず自分の道を掴む為の神の…すなわち神様が作ったこの世界に対する宣戦布告がこのロックナンバーだ。
たったの1曲を終えた時,会場は高まっていた熱がまるで沸騰する水のように観客たちは惜しみのない大歓声が会場に溢れていた。
開場する前は大人しかったペンライトの輝きが,今は一層燃え上がっていているのが亜夜子達には見えた。
一曲を終えた彼は,大きな会場を見渡し…亜夜子との関わりでは見せなかった獰猛な獣のような表情を見せた。
「…っ」
その今まで見せなかった…ステージの上でだけ見せる彼の戦闘本能をむき出しにした表情が亜夜子の心の中にずっしりとのしかかって勝手に頭の中でその顔をリフレインさせてしまっていた。
それが”カッコいい”と,思ってしまったことに対する反応なのを…認めないとしている内に彼は
「”OVER AGE”」
再びギターをかき鳴らし始めた。
この後も,焔矢はMCも何も入れず最初のラグナロクを含めて10曲ほどぶっ続けで歌い続けていた。
最初は周りの余りのテンションに戸惑っていた亜夜子と文弥だったが,やがて会場の雰囲気に飲み込まれてしまっていた。
文弥は最初は少し振るだけだったのだが,今では他の観客たちに合わせて大きくペンライトを振っていて亜夜子の方も文弥ほど顕著ではないが,小さく,でも焔矢には見えるようにペンライトを振っていた。
しかし,いくら焔矢でもぶっ続けで10曲する事は相当な負担である筈が普段からの訓練の賜物なのか彼はケロッとしていた。
だが…亜夜子は訝し気に思った。
何故ならこのハイペースで,MCも入れずに曲だけをやり続けたせいかまだ時間も開演して50分程度しか経っていないにもかかわらず既に彼が世に出している曲の全てが歌い終わってしまっていたのだ。
これほど大きな会場であっても,焔矢はデビューしたてであるので当然持ち曲も10曲と少ない。会場のレベルと持ち曲の数が全く比例していないがそれだけ焔矢が大物だという事だろう。
だが,持ち曲の問題はそう簡単に解決できるものではない。
普通ならカバー曲や,そもそも対バン形式にして交互に回すのが良いのだろうがワンマンなのでそれも無理。
亜夜子はどうするのかと…たとえあの力を使っても,問題が解決する訳でもない。不安気な気持ちでステージを見た。
ステージでは,焔矢が水分補給をした後ギターを携えたままマイクを握りしめた。彼はどこか愁いを帯びた表情で,ゆっくりと会場を見渡し,そして目の前を向いた。
「俺は…4年前,Alter Egoってバンドを組んでいた。」
その発言に,焔矢の言葉を今か今かと待っていた観客たちはどよめきを起こした。
彼がAlter Egoというロックバンドを過去に組んでいた事は,実はそれほど知られていないという訳も無く寧ろ結構な範囲で知られていた。焔矢のファンには元々まだ無名だったころのAlter Egoを知っている人もいた。
それ位焔矢たちは過去に近くのライブハウスなどに殴り込みをかけていたのだ。
だが,その時の話を焔矢がプロ入りしてから話したことは今までになかった。巷では既に,焔矢以外のメンバーが死んだとか喧嘩別れしたとか囁かれていたが,その真偽は焔矢が明らかにしていなかったが故に確かめられていなかった。
だからこそ,こんな場面でその話をする事にどよめきが起こったのだ。
「戦争とか,人の争いとか…俺は嫌いだった。人が悲しむところを見たくなかった。」
彼の過去に何があったのか,亜夜子は知らない。中一の時にそんな事を考えるなんてどんな人生を歩んだのだろうと思ったが,プロフィールには無かった。
過去の経験が,焔矢に人間の争いが嫌いという考えを植え付け,同じ志を持った仲間達とバンドを組んだ。
「でも俺にはそんな争いを止める為の力も,魔法も無かった。いつも画面の先で繰り広げられる,悲しみしかない戦いを見せられていた。それが悔しくて悲しくて…何も出来ない自分が嫌いだった。無力な自分を,運命が嘲笑っているように感じた」
本当に,心底自分の事が嫌いだったのだろう眉を吊り上げ嫌悪感に満ちた表情が見える。
「そんな時に出会ったのがバンドだった。音楽って言う万人に共通するツールだった。普通の人間も,魔法師も…ただ一つの音に一緒に盛り上がれる…俺達にとって夢みたいな話だった。」
魔法師でも魔法師じゃなくても,心を同じにすることが出来るツール…言われて亜夜子は心の中で頷いた。焔矢の言うように,音楽は万人に共通する娯楽でありスポーツとかと同じく魔法師とそれ以外の人間が心を同じに出来るものだと,この10曲の間に亜夜子は嫌でも思い知らされた。
観客たちと心を同じにして,ペンライトを振ることでその一体感を高めていく過程は,その考えを象徴するものだった。
「自分に出来ない事を受け入れて,潰れる事なんて俺は嫌だった。運命,神様?そんなものに屈服なんて死んでもしたくなかった。俺達は…それぞれが何かに抗いたいから集い,こんなクソったれな”世界を変える”事を誓にしていた」
しかし,実際問題現在ステージに立っているのは焔矢1人ではないかと観客たちの声にならない疑問が蠢いて来る。
当然それを真正面から受けている焔矢もそれを感じ取り,その答えを合わせるように
「だけど…あいつらは4年前,事故で死んだ」
それを聞いた亜夜子は反射的に眼を閉じてしまった。自分は関係ないとはいえ,自分の父親が結果的に彼の仲間や両親を殺したことは変わりない。
亜夜子が眼を閉じたのは,その事実から目を背けたかったのかもしれないと後で振り返って本人が思っていた。
少し止まってしまった焔矢の沈黙を聞いて,恐る恐る…ゆっくりと眼を開けた亜夜子の前では焔矢が一瞬こちらを見て少し微笑んだのが見えた。
まるでそれが”気にするな”と言っているようでもあった。
彼は,直ぐに目元をキッと睨み聞かせ目の前のオーディエンスに向けて叫んだ。
「俺は1人になった。でも…”世界を変える”,5人で作り上げたこの誓が今の俺を作ってくれていた!」
瞬間,凄まじい圧力の想子の嵐が会場の中へと吹き荒れた。
「「——っ?!」」
その嵐は,一度見た事があるはずの亜夜子と文弥も驚愕するほどの想子量で…その想子情報体たちが霊子情報体に結びついて行くのをあの日よりも強く感じられた。
あの時は聡一人を形作っていたのが…特別霊子や想子を知覚する事に長けた2人には今焔矢の周りに4人の霊体がいるのを何となく感じ取っていた。
焔矢は自分の心臓を指した
「あいつらは死んだ,だけどあいつらの魂はここにある。俺が俺である限り,俺がAlter Egoの音羽焔矢である限り…あいつらの魂と言う名の無限の
さっきまで以上に鬼気迫った形相で,力強くマイクを握る焔矢が叫んだ。それと同時に,今までの音羽焔矢のアルバムには無かったスローテンポで始まるギターの音が焔矢以外から…そして,その音はまるで観客たちの脳裏に響いていると思うくらいほど明瞭な音として聞こえて来た。
「聞け!今,この瞬間から俺のステージじゃねえ!俺達の…今ここに再誕するAlter Egoのステージだ!!今俺達といるこの瞬間を,俺達と生きるこの時をてめえらの魂に刻め!!」
その瞬間,スローテンポのイントロから始まったギターがベース,ドラム,キーボードと混ざり1つの強烈なメロディーを生み出した。
さっきまでやっていた打ち込みとは全く違う,まるで人間がその場で楽器を演奏しているかのような迫力に観客たちはいつの間にか飲み込まれていた。
「新曲,”Unlimited Flame Works”」
その曲は,今までの”音羽焔矢”の音楽に似て非なるものだった。
テーマ自体は変わっていない,世界への宣戦布告は同じだ。
だから亜夜子にも彼らの音楽がさっきまでとどう違うのか,それを上手く説明する事が出来なかった。強いて言うなら,音羽焔矢の音楽が外から自分に叩きつけるような圧倒的な音楽だったのが,今の彼らの演奏は胸の中に…魂に直接響いてくるような音楽だった。
直接自分の魂に,彼らの音楽が刻み込まれ虜になっていく…まるで,音楽という1つの物に自分が取り込まれて行くかのようなものだった。
そして,大きな変化は3番のサビに入る前のフレーズから始まった。一気にテンポダウンして,まるで焔が下火になってしまったかのように…まるで,仲間や両親を亡くした当時の焔矢の心理を表しているかのような所から,徐々に希望を見出したように,爆発を待っているかのように…
「
音の残響が,焔矢を包み込むような響きを見せる
「
照明が焔矢を照らしだし,徐々に周りに1つ,もう1つと光が増えていく。完全に音は焔矢が持っているギターの音しか聴こえなくなった
「
だが,徐々に…焔矢の音に寄り添うようにベースとドラムのリズム隊の音が響く。戦場に降り立つ,王者の顕現を現すが如き重圧を纏う。
「
次にはキーボードの,どこか世紀末がイメージ出来てしまう悲哀の音色が織り交ざる。
「
そして…祈るような表情でギターと口を動かしていた焔矢の左側から焔矢の重低音のギターとは違う,苛烈なギターの音が響き始めそれと共に他の楽器隊の手数が更に多くなった。
燻る炎を,全員で育てるかのような一糸乱れぬ演奏。珍しく大人しく,孤独になったかのような音色をしていた焔矢のギターが烈火のごとく動き始め…
「
そして,焔矢は自分のギターの音を止めると同時,他の楽器の音も止まった。
ハッと眼を見開いた観客たちの炎は,焦らすように止められ…その一瞬の静寂の中焔矢は再び燃えた
「
瞬間,今まで抑えられてきたのを解き放つように彼らの音楽が言葉通りにそれまでの
音として,きちんと現実で奏でられているその音は聴こえている。聴こえているが…耳じゃなくて魂が直接聴いているようなそんな錯覚すらも覚えていた
それは…間違いなく奇跡だった,そこにいる筈がないその4人が亜夜子達だけじゃなく他の観客たちにも,想子の嵐が炎に変わったと同時に見えていた。
さっきの焔矢のMCから,彼らがどんな存在なのか考えなくても分かる。
彼らが見える事によって自分達の心に直接響いていた音がより明瞭になり,同時に彼らの音楽が最高潮を迎えて――
「変わらない世界? 変えてやるさ俺達が今をぶち抜いて さあ 鳴り響き燃え上がる――We are Alter Ego!!」
亜夜子はそっと,目の前にいる天王達の様子を伺うと…彼らは1人も涙を溢れだしていた。
一曲,凄まじい殺気と共に放たれた曲が終わると観客は例外なく意味の分からない感動に包み込まれて…目の前のステージに立つ5人を見ていた。
”音羽焔矢”しての活動しか知らなかった人達でも,その前の彼らを知っている人達も…感動と巻き起こされた感情の濁流が言葉に出来ない余韻をもたらしていた。
これまで以上に全力で歌っていた焔矢は肩で息を切らして…呼吸を整えると口の端を吊り上げ叫んだ。
「リードギター,長谷部薫!」
焔矢の左に蒼のギターを携えた薫がニヤリとした笑みで簡単な,それ故に洗練されたと分かるフレーズをかき鳴らした。
「ベース,天王聡!」
過去の彼の様に,ライブをする際にはコンタクトにした聡が重く腹の底で響くベースを弾いた。
「キーボード,東雲零士!」
キーボードの鮮やかなメロディーではなく,いい意味でキーボドらしくないどこかとくなく終末の未来を思い浮かばせるメロディーに零士は指を走らせた。
「ドラム,今川大地!」
そんな零士とは正反対の,全てを砕くかのようなパワフルなドラムを叩く大地。
彼らは生前の自分達の楽器を携え,確かにそこに存在した。本当なら白身かかるはずの彼らの身体は,今まで以上に想子を制御できているからか,それとも感情によって高ぶる霊子がそうさせているのか…炎のようなオーラを纏っていた。
メンバー紹介を終えた焔矢だったが,このバンドにはもう1人の最後のメンバーがいる。
焔矢の左に立っていた薫が,マイクも使わずに直接見ている人達,映像を見ている人達の心に直接響かせた。
「我らがギターボーカル,音羽焔矢!」
薫の紹介の答えの歓声を聴きながら焔矢はステージ中央の立ち台に右足を勢いよく乗っけて…亜夜子には上手く言葉には出来なかったが,彼の表情が今までとはどこか違う…殺気を越えた何かが焔矢が纏っているのを感じた。
「行くぞ!てめえら,俺達と世界を変える覚悟は出来ているか?振り落とされんじゃねえぞ…”Change The World"!」
そこから焔矢達は,音羽焔矢としてじゃなくAlter Egoの曲を…つまり世の中に出ていない観客たちからしてみれば全てが新曲を絶唱し始めた。
元々焔矢は”ソロ”デビューする際にAlter Egoの楽曲は使ってこなかった。全てがオリジナルで,最悪自分だけで演奏できる曲を作って来た。だからこれまでAlter Egoが姿の見えない霊体で演奏していた時はどちらかというとサポートに近かった。
だが,今回は違う。正真正銘の焔矢達がバンドを結成してから作った楽曲たちを演奏する事で持ち曲の問題をあっさりとクリアして見せた。
この2時間を超えるライブは,後々にまで伝説として語り継がれた。
彼らの途切れない絆を,奇跡として起こした巻き起こしたAlter Egoの名前は日本どころか世界中に轟いたのだった
音羽焔矢 2ndライブ
入場者数 3万8000人 配信視聴回数(アーカイブ含め) 最終日迄 約2982万再生
セットリスト:音羽焔矢
1:Ragnarok
2:OVER AGE
3:GET MY SELF
4:King of the World!
5:Build up!
6:Real Change
7:Transform
8:Surviver
9:Make the history
10:Break the rule!
セットリスト:Alter Ego
11;Unlimited Flame Works
12:Change the World
13:Declaration of war
14:Pride Our Self
15:Victory
16:All our Parts
17:Game in the dance
18:paranoia
19:Hell
20:The Revolution!
お疲れさまでした!
という訳で,Alter Egoの存在が世間に流れました。世間的には幽霊が演奏していると言った方が正しいのですが,演出も相まって奇跡にしか見えないので感動を起こしています。
この世界の魔法に本来距離は関係ありません。魔法をイデアを経由させてエイドスの事象を書き換える時にイデアは距離を持たない情報プラットフォームだからです。
ただ五感に支配された人間は経験に縛られて物理的な距離が近い遠ければ遠いと認識して影響を与えにくくなってしまいます。
しかし,焔矢達の魔法から発せられる音楽は場所・時間関係なく聴いている人間に音を刻み付ける事が出来ます。何故なら焔矢達は自分達の音楽に距離は関係ないと本気で思っているからです。
だから”遠い”と認識していないのである。
因みに持ち曲が全部英語タイトルなのは,元々世界を見据えて結成したバンドなので取り合えず意味を知ってもらおうという安直な理由だったりする。
あとがきが長くなってしまいましたが,本日の分は以上です!
ではでは
どのお話見たい?
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達也&焔矢(UBW強化話?)
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空澤&焔矢(亜夜子についてあれこれ話す)
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貢&焔矢(修羅場)