○帝国暦952年4月20日夕刻(
「…………」
ドゥリュースのいる病室を去って数時間後、日光は
彼女はここ最近に起きた事態の急変について生じていた心の乱れを瞑想で鎮めようとしていたのだ。
『…お前のせいだ!!』
『ありがてぇ…! ただ奴隷として痛めつけられ続けて泣き寝入りするだけと思ってたのに…!』
『
『
『どんだけしても死ぬことはねぇ!』
『雌豚の穴に焼いた鉄の槍を捻じ込もう!』
『皮を剥いじまえ!』
だが、意識を鎮めようと瞼を閉ざしても日光の身は抑えきれない恐怖で、静かだが深い震えに身が包まれていき、その身の内側では
その記憶の中で、人々にどれだけ苦痛と凌辱で染められても、記憶の中の彼女は抗わない。
『…お願いします…私には…どうしても…いいから…この…
それでも、記憶の中の自分はその言葉を紡ぐのは止められなかった。
記憶の中で、壁に無数の釘で壁へ打ち付けられて血を流していた彼女の周囲には何名かの子供の姿があった。
『…おい! ガキ共の方は丈夫だがあの雌豚と違って不死身じゃねえんだ! あまりやりすぎるんじゃ―――!』
『…忘れるなよ…!!』
『―――あ…!?』
だが、皮肉にも日光の望みとは別の理由で凄惨な苦痛が程度の差だが減らされようとしたその時、彼女の周囲から上がった、その幼く小さくて弱々しく、だが底知れない怨嗟と悪意に満ちた声が人々を悪寒による戸惑いで行動を止めさせる。
『……え…』
その悪寒と、何よりその声音で日光は自分を血に染めている苦痛以上に心臓を直に絞められている心地で、恐る恐る声がする方向を見やる。
『…僕は! 何をされても死なないからなぁ…!』
『『『『『…………』』』』』
日光だけでなく彼女とその周囲の子供、彼女達を虐げていた人々も我が身に感じる恐怖と悪寒を強めながら、その声の方向を震えながらゆっくりと見やる。
『…お前達がどれだけ殺そうとしても…!!』
『『『『『…………』』』』』
『…どうしてきても絶対に死なず…!!』
『『『『『…………』』』』』
『…お前達を地獄へ落としてやる!!』
『『『『『!!!???』』』』』
「…っ!? あ…はぁアア…!!」
そして、その声の主の姿を見てしまったところで、日光の意識は記憶から現実へと戻り、彼女の肌はびっしょりとした汗に包まれて顔は俯いて引きつり歪んでいた。
「…彼女、何だか…目覚めて見た時から…善人だけど…そのせいで
「…いやねぇ、私から見れば
その日光を病衣に身を包んだドゥリュースは危うく、複雑だが自分でもわからない親しみを覚えた表情で
「…それを言うのなら“首から下は平均的魔術師貴族”であの時に死亡記事も出ていた先生がどうしてここにいるんですか?」
「その言い方だと君は中身含めて自分がバケモンであることを自覚してるようだね」
そして、そのドゥリュースが安堵と微妙さが混じった顔を浮かべてテーブルの反対側に向けている先には、あの血のバレンタインで自分と同じく死んだはずのロード・ジブリールの姿があった。
あの血のバレンタインの時、銀連やブルーコスモス双方の穏健派の重鎮として、デギン・ソド・ザビらプラントの穏健派と共にゼミーシュルにて裏で談合を進めていたジブリールだが、何者かの手によってその密談は銀連の過激派に気付かれてしまい、彼らの攻撃とG弾を招いてしまったのである。
そして、その談合の場の数少ない生存者、それもその内で表向きは死亡したということにされている身である。
「…あんたねぇ…病み上がりの身でこっちは早々に働かされてんのに…表向き死んだことをいいことに一人でよくそんな優雅に茶を飲めてますなぁ…」
「化け物量産一族なアブリアルでも素養は少なくとも上澄みに属する君でさえ表向き死んだことにしなければ安全を守れなかったのに、この脳髄と生まれ以外は一般人の範疇である私にそれをするなという方が無茶であろうが」
地球留学時代の恩師や生徒との再会の喜びはもう過ぎて、二人は昔と同じ感じで悪態をしたり、皮肉を言えるようにもなっていた。
「…でもさあ、茶を飲むためだけでここまで来たわけじゃないんでしょ? 表向き死んだことにしたのもそれで得られるフリーハンドを使わないといけない事態を抱えてるのもあるんでしょ」
「…まあな、だが、それも
だが、ジブリールが時折見せる憂いつつも冷静に待ち抱えているような眼差しは、時々ドゥリュースにも向けられていた。
「…それはまあ、こんなこともこっちが
一方のドゥリュースは仮名ながら帝国の軍事技術開発にも関わっていたことから、幾つかの機密にもある程度は触れることは出来ており、今現在の彼の電脳に映し出されている銀河連合軍の新型巡察艦アークエンジェルとその所属の新型
そして、そのストライクに付随する情報には、彼の幼馴染の少女であるキラ・ヤマトがコクピットとして乗っていたが、戦闘で死にかけて漂流したところをジブリールの身内や知人に救助されて、今はプラントで療養中という情報もあった。
○帝国暦952年4月22日朝(
「………」
ドゥリュースに安否を気遣われて二日後、キラは意識を失っていた間に運び込まれたプラントにあるクライン邸で、静かにだが愁いを帯びた表情で海を見つめていた。
(…あの時、私は…リュースとアスランの友達を殺して…それで、アスランは…セレーナを殺して…そして、その流れで…リュールは…リュースは殺されて…私も殺された…はずなのに…何で今…ここにいるんだろう…?)
昨日に目を覚ましたキラは初め死者の世界にでも行ったのではないかと思ったが、あれだけ戦場で多くの命を屠ってきた自分が行くにはあまりにも平穏な世界であることと、我が身の多くを覆う傷とそれを隠す包帯でまだ生きていることに気付いた。
どうやら、あのオーブの近くの星系での戦いで自分は重傷を負って漂流していたところを、オーブからプラントに向かっていたある船が偶然発見して救助して治療し、ここまで連れてきたようだ。
「…キラ、朝食の準備が出来ましたわ。それを取り乍らアスランや他のお友達の昔のお話を聞かせてくださいませ」
「…え、あ…う…うん…」
そうしてクライン邸の広い庭のテラスで風に身を当てていたキラを、彼女が目覚めた時から世話をしていたラクス・クラインが優しく家の中へと引っ張っていく。
ラクスのキラを見る眼差しにも、まるで何かを待ちつつもそれに憂いと悔いが少なからず混ざったものが滲み出ていた。
○帝国暦952年4月22日夕刻(
「………」
目覚めてから二日後、ドゥリュースはこの一年の意識喪失で溜まっていた
体自体はデスクワークや学習を再開できるくらいには回復は進んでいたのもあったが、何故かそうしてないといけないという焦燥らしきものに押されている感覚があった。
「あ、殿下ーもうそろそろご友人との通話のお時間ですからお勉強は切りよく一旦中断にした方が良いですよー」
「…あ、そうだった。もうそろそろか…向こうも色々あっただろうしなー…何て声を掛けようか…」
看護師の注意でドゥリュースは今日の用事を思い出すと、電脳や空中画面を切りの良い所で保存して閉じていく。
〈…あ、
「…良かったー。大怪我したのはわかるけど持ち直しそうな感じでー…泣きべそなのは相変わらずだけどー…」
そして数分後、
〈…あ、あの時ぃ…死んだと思って―――〉
「まー…僕自身もさーあの何百万人って死んだユニウス・セブンで生き残ったのはマジで奇跡としか言いようがないけどー…。まー、一昨日までは脳みそ以外がほとんど駄目になったから体をほとんどとっ変える再生交換治療を受けまいになって、ほぼ一年以上ほとんど寝込んでて一昨日にやっと目覚めたばかりだけどー…」
〈―――え…え??〉
次にその違和感はキラが抱くことになるが、画面の向こうにいるドゥリュースは気づくこともなく言葉を続けていく。
「…キラも大変だったでしょー。なーにせ住んでたコロニーでオーブが技術盗用して銀連と兵器開発してたらそれに気づいたザフトの襲撃に巻き込まれて、そんで銀連のMSに偶々乗り込んで死にたくないから必死に動かしたらそのアークエンジェルって船に目を付けられてそっちで出来た友達の安全を担保に半分強制徴兵されたとかでー…」
〈…リュ、リュール…ま、まさか……〉
そのまま自分の身を案じ、けれども何処か他人事な感じが自然になっているドゥリュースの姿に、本質は他人の気質や変化に鋭いキラはあることに気付いて、徐々に顔を強張らせていきながらある答えに行き着く。
「…それで気になったんだけど…
「………………!?」
そして、そのドゥリュースがキョトンとした顔を添えて放ったその言葉でキラはその答えが正しいことに気付き、愕然として無言になる。
ドゥリュースには、
「…………………」
ラクスはその二人を、非難でも憐憫でもなく、晴天の夜を映しだす鏡の如く澄んだ波風一つない湖面を思わせる瞳に映し続けて見守っていた。
次回、種主人公(のTS同位体)と本来の名前に戻った本作主人公が中心になりつつ、国際情勢的な話も入る予定です。