○帝国暦952年5月5日未明(
「…………………」
再度の意識喪失から再び目を覚まして看護士に気付かれて病室に戻されて数十分後、ドゥリュースは病室の夜景が見える窓の前に立ち、それに映し出された生まれたままの我が身を見つめていた。
(…傷もその痕も無い身体…)
レイカや看護士の言っていたことが全て噓というわけではないことはそれから理解できた。
あのオーブの近くでの自分も関わった、リュール・ソードリュとしての最後の戦いで自分も体の多くを生体移植交換せねばいけない状況になったのだろう。
(…罪と絆…そのどちらの証も無い…過去を消された身体…)
だが、今の彼には同時に自分の意思とは無関係に、それまでの自分の歩み、関わってきた存在全てを否定して消し去ろうとしている証にも見えた。
そして、その傷の無い我が身を何度目にしても、どちらの名での情景が窓とそれに映し出された我が身を通して思い出されていく。
『リュ、リュ~ス~宿題どうしよ~?』
自分と同じく業火にも身を投じた幼馴染の少女のまだ戦いを知らなった頃の泣き顔も見える。
『おいリュール、近くのモルゲンレーテの庭をプルコギしてるカップ麺の大群が出てるぞー』
日常の平和の中でも何食わぬ顔で非日常的な頭を捻らせる光景を連れてくる、黄色いアフロの兄貴分の青年の姿もある。
『リュールー! この前におごったお礼にあそこで同席してたグラマーお姉さんの家とシャワールームの場所を教えてくれっしょー!!』
平気でセクハラや性犯罪な発言や行動をとる小太りの同年代の少年である悪友も、今の自分にとっては自分が目にするのもおこがましい穏やかな光に見えた。
『…リュース! 俺たちはこの星の海の果てを目指すんだ!』
そして、今この世界での今の自分の最初の憧れの男、夢を見せた男の姿を思い出した。
『このずっと輝き続ける星達のように!』
『………』
『まだ誰も行けてないあの先へ!!』
「……………」
そして、言葉が思い出されている間に、ドゥリュースの手は窓から離れて、脱ぎ下ろしていた病衣を着なおしていた。
「…誰かは、同じなのか、違うのか…まだ知らないけど…」
思い出さなければ今の穏やかなままで居られただろうに、何故それを思い出させたのかという成した何者かへの疑問と恨み言を覚えつつ、同時に忘れたままで済まなくてよかったという安堵と感謝があった。
「……行かないと、行くべき場所へ…」
故に、今の自分が思い出したくなくても忘れ去ることが出来ない場所、行くべき場所へ歩みを再び締めていた。
「…ベッドに戻してから大人しくしたままのようだな…」
「ああ、廊下で絶叫した時は何事かと思ったが…」
数十分後、病室の前には警護官も含めて安堵した表情で立ち止まっていた。
(…よし、向こうはまだ気づいていないか…)
その病室から下に離れた地下のエネルギー供給用パイプラインの僅かなヒビを、大量の水銀が滲み出てそれは人の形と色を成していき、深いローブを被ったドゥリュースの姿へ変わった。
(…たとえ気付かれてもスュルグゼーデ門の前の下町まで行けば、管理が雑な廃棄か解体予定の船が何隻も係留している…。そこまでたどり着けば―――)
「アブリアルのものがこんな大きな舞台を支える者達の職場に何の用かね?」
「―――!?」
そのまま出口を目指して駆け出そうとしたところで、その先の物陰より恩師であるジブリールが神妙な顔で姿を現した。
「…時間が惜しいので説明は終わったと思えた後でしま―――!?」
それをドゥリュースは恩師には反応できない速度でその真横から駆け抜けようとしたが、そこで再び自分の性別のシンボルへの悪寒で妨げられてしまう。
「―――あってほでゅアアアアアアぁーーーー!!??」
自分の最初の生での記憶にある海賊漫画のような悶絶の悲鳴を上げて足の付け根を抑えて地面を駆け抜けようとした勢いで転げまわり、そのまま曲がり角の壁に顔からぶち当たって強制停止となってしまう。
「…おう! おうぅぅ…!」
「…全く、何日も寝ているのだからその間にこれまでの経緯を考えれば守りつつも逃げられないようにするための仕掛けなんぞいくらでもされて当然だろう。帝国を舐め過ぎだ」
「…そ、その内の幾つかを既に掌握済みとは…さ、さすが…」
「とりあえずここでいいから話し合いをしようではないか」
そのまま悶絶して蹲って急ブレーキをかけられたアブリアルとE.U財界穏健派要人の、お互い表世間では死んだもの同士による秘密会談が地下に非常に地味な場所で始まることとなった。
「…で、とりあえず病室にあんな高度な偽装をしてまで夜中に出て何処へ何のために行くつもりだったのかね?」
「パナマ星系のジャブローへアークエンジェルを助けに行ってくる」
「単刀直入すぎる!!」
「だって単純明快だし」
そして、落ち着いたお互い向かい合ったところでいつもの調子に戻った二人のお喋りみたいな話し合いが始まる。
「パナマのジャブローに行くとしてもどうやって行くつもりかね?」
「帝都のスュルグゼーデ門の前の下町は管理が緩くなっている廃棄か解体予定の船の集積地帯化している中古船市場があるから、そこで弱み握っ…関係が深い知り合いの中古屋から適当な船を買って行く」
「船を手に入れられるのはわかったとしてそこからどうやってパナマのジャブローまでいくつもりかね?」
「現在、帝都から出される廃棄物を載せる船にスュルグゼーデ行きのもあるか買った船ごと乗り込んで、パナマ近くの適当なところで船ごとまいてそこで昔に弱みをに…恩義がある知り合いの密航屋にパナマのジャブローまで連れて行ってもらう」
「…そうしてそこまで行って何をするつもりかね?」
「向こうにもう着いてるアークエンジェルに総攻撃のことを伝えてさっさと知り合いの人達を脱出させる。どこの誰か知らないけど記憶を書き換えられている間に向こうが降ろしてくれそうになかった場合に備えてアークエンジェル介して向こうの暗号通信コード含めて色々なの暇を見て調べてたし…」
「…何と言う若さと勢い任せの愚行だ…と言いたいところだが、君のことをその母親から知る身として冗談にも嘘にも聞こえん…」
故に、聞いた感じだけではあまりにも場当たり的且つ無茶ぶりが過ぎる予定に、その身を色々な意味で知るものとしてジブリールはいつもの引きつった笑みを浮かべて冷や汗を掻かされた。
「…国と国の諍いや…それを決められる雲の上の人達の意志を変えられるとは思えない。でも…それに巻き込まれる人々…その中で、巡り合って生きた方が良い人だけは…生かしたいんだ。この身もその人たちに生かしてもらえたように…」
そうして語りながらドゥリュースは下ろしていた腰を上げて出入り口を再び見やる。
「…じゃあ、もう一番都合の良い船の出発時間帯を考えればすぐ動かないと間に合わないから、もうこの辺でー…!?」
だが、そうして改めて意を決した表情で歩を進めようとしたその身は、急に錆に覆われて関節が固まった人形のように動きが鈍くなり、片膝を勢いよく地面に付かされてしまう。
「…君個人の動きは君自身が死ぬ気でやる気を出せばどうにかなるだろうがー、君が居なくなった後の責任云々を残された者達は取らなくてはいけなくなるだろうねー…」
「…………」
「君自身も拙くとも理解できる君の価値を考えれば、文字通りの意味で
「…ごめん…」
背中から浴びせられる、その錆に似た制止を電子と魔術で掛けてきた恩師の氷のように冷たい双眸に、少年はその身とそれに引きずられた心相応の弱い声でしか答えられない。
「…いや、もう許されないことをしたから…許されなくていい!!」
だが、すぐに戦場になれた若い兵士の眼差しに切り替わると、身を覆う錆びを力任せで内側から罅を入れて振り払うような動きで、実際に壁が凹みめり込む膂力で掴みながら立ち直る。
これまで、その身は我が身を現実のものとしておきながらも、何処か一歩引いた観測者というか、超越者を気取った存在であるかのように無意識に思っていた。
だが、体から消されても、魂からは消せない
故に、今更だと嘲る自分もいるのは承知の上で、ドゥリュースは進むべきと決めた先への歩みを止めることは出来なかった。
「…死ぬべき時が来たらたとえどれだけ未練があろうとも死なねばならず、その時が来るまではどれだけの苦難と苦痛を浴びて死を願うこととになったとしても生きねばならん道だ。拙くともそれを思い描くことは出来るかね?」
「…見なければよかったのに…もうその身でそれを何度も繰り返してきたのは
徐々にだが、常人なら停止を通り越して心臓が止まってもおかしくないロックを解除しながら歩みを止めない少年に、ジブリールはその師であった事に後悔と誇りを同時に抱く。
(…この身で育てて、共に研鑽を深めた教え子の多くが…それが世界だと受け入れていく中で、それに始めて抗う大きな力を示したものが、まさか最も世界にそうあれと枷を掛けられてきた一族から出ようとは…。世の中というのは本当に理屈だけでは測れないものだな…)
故に、ジブリールはその足元からフッと煙のように伸び出てきたスーツケースから一着を取り出すと、それをバサッと勢いよく教え子の背中に掛けた。
「…え、これは…
「だったらなおさらまず地上に戻らんとな。まずは手術室でその身に色々埋め込まれている余計なものを取り外すぞ」
「え? え?」
「
その感触と同時に戻った我が身の自由に戸惑うドゥリュースを今度はジブリールが引きずり回し始めた。
次回、主人公と今現在の彼が託された青い剣の関係と情報が幾らか明かされる予定です。