○
「…地下倉庫の資料の収集はー…」
「壁も音波及び霊視測定に掛けろ。まだ隠し部屋があるやもー…」
「おい、壁は必要以上に壊すな!」
「…………」
ガルマ・ザビがレジェンドに乗って天の川銀河に向かって数時間後、捜査が今も続くクライン邸にアスランは胸が締め付けられる思いでいた。
別時間軸では内通の疑惑で生じた憎しみも込めて暴動に襲われた後のように荒らされた状態の邸宅であったが、こちらでは根こそぎという感じはあったもののどれも粗雑には扱われてはいない辺り、ここの捜査員の多くも複雑な心境であるのが見受けられた。
「特務隊所属のアスラン・ザラ隊員ですね。クライン邸捜査班を任されたものです。ご婚約者の剣ですがご心中を察します…」
「ご苦労様です。ですが…取り調べ中とはいえここまでとはー…」
「最初は重機を用いようというものもいましたが、それは安全性を理由に止めさせました。未だにこちらも信じられなくてー…」
「そうですか、通信記録の方はこちらも確認しましたが…こちらも見て回っても良いですか?」
「は、どうぞ…」
どうやらここの人員の多くも自分と近しい心境であることにアスランは安堵を覚え、彼らからも離れてこの邸宅の各所を調べていく。
(…この邸宅のこの辺りはまだ閉鎖はされているが、まだ詳しい調査は及んではいないな―――)
〈ミトメタクナイ!〉
「―――あ…!?」
その中で、ラクスや今は亡き戦友も関わっていた庭の一角に入った所で、自分が彼女への誕生日に送った丸いボールの姿かたちをしたピンク色のハロが出てきた。
「あ! ハロ…何処へー…!?」
嘗てはたくさん送ったハロ達が今では汚れた一体だけとなってしまって飛び跳ねていく姿をアスランは追うが、そこで行きついた先を目にしてアスランは強張る。
『ラクスー、以前に君に言ったら欲しがってたジジババ達のいるエルフの母星産のエルフ鰐梨の木を持ってきたよー』
そこには今は亡き戦友メアリの姉で、彼女が故郷を捨てて戦う理由となった先に逝った恩師の一人マリルが持ち込んで植えた樹が花を付かせており、それを見てアスランは過去の情景を思い出す。
『まー、ありがとうございますマリルさん。以前にキシリアさんのご自宅のものをおすそ分けされたらとてもおいしかったのでー』
『とりあえずこっちの方で先に植えてから、残りは何処に植える?』
『…そうですわねー…』
(…まさか…)
そのまだ戦火は感じ取れなかった頃の思い出である木とその花の記憶を思い出していると、アスランはある地名を思い出す。
○
「………」
クライン邸での回想から二日後、アスランは軍用の超高速宇宙船と高速飛行艇を乗り継ぎ、思い立った場所であるその地に降り立った。
包帯は解かれずに傷跡は塞がり切ってはいないが既に船内の医療室での急速治療で任務に支障をきたさないまでに回復しており、その身に纏うスーツの下は複合防具を着込んで軍用拳銃型CADを装備している状態だ。
アスランは彼女の性格とこれまでの付き合いからしてここに彼女達と、それを騙して背後にいる連中が潜んでいると考えて当然の行動であった。
目指す場所は未開発の不毛の地が多いクリュセで実験農園も兼ねて作られた森林公園の一角にある劇場ホワイトシンフォニー。
開発中に発見された
ラクスが庭で育てていた白い薔薇と同じ名を関しつつ、恩師に分けられた鰐梨の樹が植えられてい場所でもある。
騙されているだけだろう彼女を救わねばという希望にも似た義務感と、最悪その手で討たねばいけない葛藤に苛まれつつ、アスランはその劇場を進んでいく。
そして、大型ホールの出入り口を開けて客席エリアの最後尾に入った所で、彼女の姿を明確に目にして、道中から徐々に大きくなっていたその澄んで明瞭な声がはっきりと鼓膜を振るわせてくる。
〈ハロハロ、オヒサシー!!〉
そこでハロがアスランの手から離れて転がるように駆け出すと、その向かう先には、遺跡の上層部を利用したこの時代から見ても未来的なようでいて古代の幻想も混じる白銀基調で神秘的な光線が走る舞台のように見える庭があり、その中心には今は亡き戦友の姉が植えた鰐梨の木があった。
「あらピンクちゃん、アスランがお連れしてくださりましたのね」
そして、その木の根元に座っていたラクスはピンクのハロを手に取った所で、アスランの存在に気付いた顔をしていつもののほほんとした声を放った。
「…今回の事態は何なのですかラクス!?」
それが癪に障ったアスランは地面を蹴りたって、百メートル近くはあった距離を一瞬で詰めてダンっとラクスがいる舞台上まで移動し、声を荒げて拳銃型CADを突き付けて問い詰める。
「…理由をお聞きになってここに来られたのではないのですか?」
「!?」
だが、舞台衣装らしい肩は見える格好のままでラクスは惚けているようないつもの調子を崩さず、アスランは苛立ちと懇願を強めながら問いを重ねていく。
「ならば銀連と内通したというのは本当ですか!?」
「スパイと繋がったというという意味でしたら当たってはおりませんわ」
そこでようやくアスランは少し安堵の表情を見せるが、それは彼女の次の言葉であっという間に吹き飛ばされてしまう。
「…お二人が新たな剣を手になさる助力をしただけですわ。キラとドゥリュース…リュールが…あ、あなたが出会った頃はリュースという名であったと…」
「!!??」
「あのお二人が最も必要として、そして…あの二人が最もその使い手としてふさわしいと思いましたから」
ありえないという不審ともしやという信頼に混沌がアスランを襲う。
あの業火の流星が無数に降り注ぐ戦場で、自分の戦友の姉が乗る機体とは知らずにその流星の一つを打ち飛ばして殺し、その連鎖で軌道が曲がった他の流星で二人も撃ち焼き抜いて殺したはずだからだ。
「…な、なにをあり得ないことを…!? か、彼女が…彼が…生きているはずがない! だ、だって―――!」
「どちらもあなたが殺されましたか?」
「―――!?」
そこで初めてラクスの声が、非難でも憐憫でもなく、されども冷たく事実と思っていた答えを突き付ける。
その言葉に、幼少からの友を殺さずに済んでいたという安堵と、またあの二人と苦悩に苛まれながら殺し合わなくてはいけないのかという葛藤をアスランに生じさせられていく。
「ご安心ください。お二方は生きておられます」
「…い、いったい何を企んで…!?」
「お二人とも怪我をして漂流なされていた所をマルキオ様のご友人の方が救助なされたのです。それでキラの方は私のお家に連れられて、リュールはドゥリュースとしてアーヴのご友人の方に戻され、お二人はそれぞれの場所で傷を癒されていたのです」
余りにも具体的な事実をよどみなく告げられて行って、アスランはその生来のものを磨いてきた感性で虚言ではないと見抜き、それでも縋るような思いで出た不審で否定したがる。
だが、ラクスの言葉は淡々と、だが重みを増していって紡がれていく。
「言葉だけでは信じられないのなら久しぶりに戻られた“プラント”を思い出されたらどうですか?」
今は亡き父が始めたという無慈悲な力の復活、戦友の兄が不安を自らに都合よい形に変えて広げていく霧のように似た空気、それに口を噤まされていく人々をスランは思い出させられて行った。
「アスランは何のために戦われるのですか? 亡きお父様が残した機体と共に下された命令ですか? 勲章ですか?」
「…ラクス…」
ラクスの凛とした問いかけにアスランは自身が目を背けていた苦悩を直視させられていく思いで畳みかけられていく。
「…もしそうなのなら、キラともリュールとも…そして私とも刃を交えることになるかもしれません」
かつてのほほんとして無邪気な姿しか思い出にない少女が、非難でも憐憫でもなく同じ舞台上に立つ対立者として抱いて向ける疑問を鋭くぶつける姿に、アスランは徐々に震えていく。
「…そうなればあなたは
「…お、俺は…!?」
「ぶべぇ!?」
そのアスランの震えとラクスの真っすぐした視線が交わるその間を、別の誰かが豪速で通り抜けた。
「んなぁ!?」
「な、何だ貴様らはぁ!?」
「「無粋な真似はその辺にしときなさい!!」」
二人は立つ舞台の背景にある遺跡の壁にスーツと黒メガネの男が勢いよく張り付けられて気絶した状態でズルズルとずり落ちていくにつれて、いつの間にかホールにいた同様の格好をした男達が空気から生じるように姿を現して次々と壁の張り物にされていき、ズルズルと落ちてその身に帯びた武器と共に床へ落ちる。
「あ、お二人ともありがとうございます」
「今はみねうちで済ませられたから済ませてあげたわ」
「だけどラクス、悪いけどここももうそろそろ限界のようよ」
「き、君達はクリュセの母のところの…!? これはいったい…!?」
それからすぐに空気から光学迷彩で姿を消していたのだろう、3メートル近い巨漢の双子と思わしいジラルハネイのいかつい女性二名が姿を現し、アスランとも知己の仲らしい二人の手には先ほど倒された者達と同様の格好の男が掴み上げられていた。
「く、くそ…! ギ、ギレン閣下の言う通り婚約者であるアスラン・ザラを付けて行けば高い可能性で見つけられると踏んでここまで来れたのに…こ、このようなところで…ぐふぅ!?」
「!?」
そこでようやくアスランは自分が単なる目標へ近づくための道具としか見なされていなかったことに気付き、また組織と現在それを率いる戦友の兄への信頼がまた揺らぎだしていく。
「…ではアスラン、ピンクちゃんの方はありがとうございました。キラとリュールは天の川銀河にいるとのこと…お友達お二人ともまたお話を成されてはいかがでしょうか?」
「……………」
そうラクスはアスランに何かを強制するのではなく、自分で確かめて考えを深めて決めることを提案すると、微笑みながら空気へ溶けるように姿を消し、アスランはそれを見送るしかなかった。
「…悪いけどあなたは怪しまれないように今ここではたん瘤の一つも作っておきなさい」
「ぐはぁ!?」
そして、惚けている隙を突いて巨漢双子女性に思いっきり拳骨されて、ピクピクと震え乍ら床に倒れて意識は闇に閉ざされた。
「…う? ここは…!?」
数分後、捜査部隊に占拠されたホワイトシンフォニーの一角に設けられた仮設拠点でアスランは目を覚ました。
「あ、アスラン先輩! 目を覚ましたのですね!?」
「き、君は確かアスカティシア学院時代の防衛科の…何が…!?」
そこで顔を最初に合わせた昔の後輩に何が起きたのかを説明されていく。
どうやら、自分を先導役とする形でラクスらと接触して彼女の身を捕縛しようとした情報局員たちだが、彼女の郎党と思わしい者達が予想以上に強くて打倒され、彼女達は姿をくらましたらしい。
だがその結果、ラクスらの追跡に必要なデータは取り終えたことで、アスランに出来ることは果たされたと見做した上層部は次に、自分へ新型MSの一機“ジャスティス”を拝領してフリーダム及び青羽の捕獲もしくは破壊の任務へ早期に付くようにと命じたという。
(…ここへ留まってもどうしようもない以上、今は二人がいるという天の川へ行くしかないか…)
それらの説明を受けた後、目覚めたアスランは迷いが消えたわけではなかったが、憂いと不安より自分が進むべき、進みたい道を確かめたいという強い意志の火を宿した瞳を浮かべていた。
次回、本作主人公と種主人公(のTS同位体)の今と、その受け入れ先の様子が中心になる予定です。