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「モルヒネが足りないぞー!」
「その艦は損傷が大きすぎるから第5区画に回せー!」
アスランがラクスとの再会を通して視野を大きく取り戻した日から4日後、オーブ宇宙軍の司令部がある衛星カグヤの基地は怒号と喧騒が鳴り響いていた。
今朝に、銀連軍本部ジャブロー崩壊を生き延びたパナマ防衛軍の生き残りの亡命を受け入れて入港を許可し、その数から受け入れ作業が今も続いているためである。
原隊に復帰したところで通常なら軍法会議に基づいて敵前逃亡で銃殺、しかも今回は味方を無断で囮にした、歴史的に見ても非難が多い大量破壊兵器による自爆作戦という色々不都合な真実を知ってしまっている以上、もはや銀連には戻れないが故の判断だった。
そうして入港した船の中に、以前にオーブで匿われて先に縁を作って、今回の亡命の先導役にもなったアークエンジェルの姿があった。
「…お前達…あれだけとんでもない状況で本当によく生還できたなぁ…」
そのアークエンジェルの一室に、受け入れ直後のゴタゴタに巻き込まれてあちこちを駆け回っていた後の疲労を残しつつも、やっと一息付けたという様子のカガリが安堵の息を吐いていた。
「…うん、本当に良く生きられたって…私も思う…」
「むしろ、あれだけ起きた後で落ち着いているねカガリ…(種での様子からして)怪我人を艦外へ出している最中でも…大急ぎで艦の中へ乗り込んで飛びつきそうだったのに…」
カガリと同じ部屋にはキラとリュールの姿もあり、お互いが静かにだが深い安堵の様子を浮かべ合っていた。
「…お互い立場や状況というものもあるだろう。それを言うんだったらお前達も良く
オーブ政府高官に類する正装に身を包んでいるカガリは安堵といたわりの眼差しを向けていたが、対峙するキラとリュールは銀連軍の未成年用制服に身を包んでいた。
本音なら嫌だが、キラはコーディネイターなのだからプラントなりザフトなりに行けば、銀連に居る場合より大幅良くなるだろうし、リュールもその
「…あいつもお前達を殺したって泣いていたのに…」
それをしなかった結果、アスランは二人を殺したと見做したあの日、自分の前で泣いていたことをカガリは思い出す。
「…いや、でもそれって僕らを早くやらないと向こうでの仲間をもっとやられるからって悩んで出した結果でしょ」
「うん、そうだね。アスランはいつもしっかりしていたし…私もリュールも凄く助けられてきたし…」
「………」
「そしてアスランが私達を助けてくれたように、私達も皆を助けたいって思ったから戻ってきたから…」
「………」
そのアスランも絡めて二人は自分達の思いを正直開き合って納得し合う。
困難な理由がどれだけ重なっても、人というのは本来ならそういうささやかな理由で動ける生き物だと思い出せ合った。
そして、共にそのささやかな当たり前すらも許さない今のこの状況は終わらせねばいけないと打ち解け合った。
○
「…我々の突然且つ身勝手な亡命要請を受け入れてくださり、ありがとうございますウズミ代表」
少年少女たちの再会より二日後、亡命した側の代表として艦隊司令官ウランフは地上に降りてオーブ側代表との会談に臨んでおり、その場の元銀連所属亡命艦隊の代表にはアークエンジェルのクルーも何名か混じっていて、キラとリュールも壁際に立っているが実質参加していた。
「…状況が状況故にそちらのクルー達にはまたご不自由を掛けることになろうが、今はその方がそちらもじっくりと体を休められよう」
ウズミはウランフ達から漂ってきている脱力感や疲弊に虚無感を察しているのが深い声で感じ取れ、亡命者たちは深く頭を下げる。
「…お互いに今は考える時間が出来たから、そのお互い着ている
それからオーブ側の副代表として、ヘリオポリスの件で降格されたサハク家に変わって五大首長家に選ばれた、経済に強い老獪な手腕で“オーブの青狸”と呼ばれているウナト・エマ・セイランが口を開いて、会議室に大きな空中投影ディスプレイは映し出される。
〈…先々週の5月8日に崩壊したパナマ星系のジャブロー銀連軍総司令部ですが、未だに双方ともに混乱と相手への非難は収まる気配を見せていません〉
〈銀連軍はザフトによる新兵器で惑星ごと対象にしたジェノサイドと主張しておりー…〉
〈…一方、ザフトは証拠を掲示して此度の崩壊は銀連軍による味方の人命軽視の自爆作戦とする非難を強めてー…〉
「…しかし“サイクロプス”を味方ごと使うとはなぁ。成功すればまだ数だけで言えば机上の冷たい計算に基づく最大限の成果と言えただろうが…」
「「「「「…………」」」」」
その大きな画面には主に中立諸国の大手ニュース番組が幾つか放映されており、それにウナトは何処か感心しつつもそれ以上に冷めている感じの、亡命者たちは白々しいものを見る眼差しを向けていく。
〈信ずべき味方に捨て駒とされたパナマ銀連兵の死に涙せぬ者がいるだろうか!? いるはずがない! 深き理性と慈愛を持つ我らプラント市民はその死を悲しみ憐れむだろう!!〉
そして、そうした多くの番組で、今回の事態で個人として見れば最も勢力を増したギレン・ザビ
ギレンはジャブロー崩壊の直後にプラントで起きたブルーコスモスとそれに内通した穏健派によるものと公表されたパトリック・ザラ前議長暗殺を受けて、当時は副議長兼国防委員長であった身から空席となった議長へ規定に基づいて着任した身であった。
彼は先のパナマ攻防戦で銀連軍による酷薄な自爆作戦を見抜き、現地星系に投入されたザフト軍の91パーセントを生還させたことでプラント内部での支持を強固なものとしつつあり、今もその敏腕を国内外で振るい続けていた。
〈同時に我々は生まれの垣根を超えたこの怒りの拳を銀連軍中枢諸国指導部へ振り下ろさねばならない!!〉
「「「「「……………」」」」」
〈自らの失政と圧政で生じた矛盾と苦難を我らコーディネイターへ責任転嫁し! 市民を争乱に陥れて自らは虚栄と堕落に耽る銀連圏中枢国上層部こそが銀河全人類の真の敵である!!〉
「「「「「……………」」」」」
〈プラントの五十億の同胞たちよ!! 独立と自由と進化への自由意思に目覚めた友邦国市民たちよ!! 銀連中枢の圧政下に置かれて自由無き過去に気付けた反乱者たちよ!! 今こそ我らを隷属の家畜に敷いてきた鎖を断ち切って立ち上がるべき時が来たのだ!!〉
そのギレンの表層は敵味方の壁を越えた人道性を感じさせつつも、その実は外の敵の姿を明確にして、それ以外の敵意を全てその敵と目した対象へ巧みに誘導しているように見える演説に、アークエンジェルのメンバーは先に銀連側報道官の欺瞞的な演説を目にしていた時のように耐えがたい思いを再び抱いていく。
〈共に勝利と自由の日まで!!〉
「…予想はしていましたけど実際に目にするとやるせませんな。こういうのは…」
ギレンの演説が締めに入った所で映像は切られ、ムウは皆が思っていたその一念を世間に疲れた大人臭が丸出しな低い声でぼやく。
「…正直に言うと、今回そちらを受け入れたのはパナマの件で色々明るみになった醜聞の証拠をなるべく多く抑えて、戦争の道連れを増やそうという動きを止められる材料に出来るのではという計算があったんですけどねぇ…」
そこでオーブ側の壁際に立つ若手官僚の一員として出席していた、ウナトの息子ユウナ・ロマ・セイランが軽薄な感じがする表情で、されどもきな臭くて軽く済ませられない話を口にする。
「…此度の混乱で非難や疑問を上げるものに対し、大星洋連邦とE.Uのそれに同調する有力諸国はプラントに利して
「…そんな」
かつて忠誠を抱いていた国の今のあまりの言い分にマリューは絶句する。
「我がオーブも含めてな」
「連中にとってオーブは敵を討つのに最も役立って且つ最も手に入れやすそうな国なのさ」
「…悪いけど、このままだと剣は見せ金としか使わないは無理って状況になりつつあるんで、それを上手く使えるのは少しでもほしいってのも今回の受け入れ理由にあるんですよねー」
カガリの吐き捨てるような相槌に対し、ユウナは軽薄な感じは否めないままだが眼差しと口にする内容は亡命者たちにとっても無関係で済んでくれそうにないものだった。
「そちらも知っての通り、我が国は法と理念を守るのならば遺伝子調整や種族、宗教や家系を問わず受け入れる数少ない国だ。コーディネイターかナチュラル、どの種族か、現神か絶対単独神、魔術師か非魔術師…そのように自他に違いを設けるのが当然とする状況こそが軋轢を生むと考えているからだ」
その上でウズミは今回の大戦のみならず、今の世界の混乱の主因である“自分と同じと思えるか違うか”という根元に踏み込む。
本来なら同じ存在などただ一つもなく、皆が細かな違いがある世界ではそのようなことをすればきりがないことなど、少なくともこの場にいる面子の多くは共通して気付けた事実だ。
「キラさんがコーディネイターでカガリがナチュラル、リュール君がアーヴで…そして、まだ三人ともに自分でも
「…まあ、キラの家事スキルはもう…どうあって無くせないヒューマンミスと運や世界の修正力じゃないかってレベルというかー…」
「…ああ、うんうん…」
「ちょっとぉ!?」
その憂いを帯びつつも優しい言葉に三人は互いを見やって、微妙な視線やそれに同調する生暖かく見守る表情をしたり、場にそぐわない半泣き顔を見せたりする。
「…それなのに、ただコーディネイターである時点で悪だとして全てをそれとの戦いに巻き込もうとする大星洋連邦に同調することも、接する時点で災いの元になるから異なる人と人を繋ぐ空を分断の道具とする帝国の諦観に従うことも出来ん」
対局としてそういう見方も出てくるのは、そういう生まれの違いを流れや状況のためもあるが乗り越えて信頼を築き上げてきた者達には理解できて共感も抱けた。
「…ですがそれが最も理想とは言っても、結局…コーディネイターかナチュラルで人は妬み蔑み恐れ疑い、それはもはや多くの種族や信じ崇めるものに魔術と同じく、相争っていく理由にするのは十分という人もいますし、正否はともかく今はそうすべきという人の方が多いです」
それでもリュールは自らも気まずさを覚えつつもそれを口にしないわけにはいかなかった。
実際、隔離分断式共生社会で星間戦争を封じ込めた成功例と皮肉や称賛も込めて評価される帝国でも、人々は接したことのない魔術師や異種族、コーディネイターに対し恐れや偏見を隠さずにはいられず、それに耐えかねる人々はより近しいと覚えた別の星の地上へ移るのが普通となっている。
スメラギたちもそれに頷く。オーブが掲げる理念は立派だが、それでも現場で助けられて信頼を抱けるようになった自分達でも、遺伝子調整や種の違いによる力の差を目にすると、それに比べて自らはという忸怩たる思いを消せない。キラ達がそういう思いを向けられて遠ざけられようとした状況を見なかったわけではない。
知恵を得るということは理想を描けると同時に、自他の違いを認識できて恐れも生じさせてしまうことも意味するのだ。
「…ああ、君らの言うとおりに我が国とて万事が上手くいっているというわけではない。だが…その現実に抗わずにただ受け入れれば、我らは良くて自らに好ましい殻に閉ざされてゆっくりと老い衰えるように消えるか、最悪滅ぼし合うしかなくなるぞ」
「「「「「…………」」」」」
「…そして、少なくとも…それが世界と黙って受け入れ…気づいた頃にはもはや手遅れと悔やむ未来を黙って受け入れるような諦めの早い身ならば、ここまで来たりはすまい…」
「「「「「…………」」」」」
そう語るウズミと同じ場にいる者達には、少なくともただ命令を聞くだけで駒として生きて死ぬのを良しとする殊勝になれるわけでも、盲目になれるまでに視野や見識を狭められている者はいなかった。
「…だが、どの道を選ぶ権利も皆にはある。その身に纏う衣装や、心中に秘めた同胞を裏切れぬというのなら手を尽くそう。今、この国は少なくともそれを思索する…真の未来を見るための時間が
「…その
だが、そのこの場にいる誰しもが感じている懸念をキラは静かだが重い口調で尋ねる。
「…先にユウナ君に言われたが、残念だが剣を言葉の内で済ませる後押しのための飾りと済ませられる時は減りつつあるようだ…」
「…………」
良くも悪くも時代の変化が、この場にいるキラも含めて若者の心や心情も含めて及びつつあるのをスメラギは感じつつあった。
次回、種でも屈指の鬱パートがこの世界からくる変化や要素も加えて始まる予定です。