〇帝国暦950年1月2日朝
『…先のフォールィネ・デスゲーム事件ですが、犯行ゲーム仲介の一人として身柄を事件現場で拘束されたサード・サマリア共和国の対帝国大使ニグレド氏の行動は同氏の独断にして個人的な犯罪だとの表明を改めてサード・サマリア共和国は出しました。それにつきまして大星洋連邦のキング・オマハ大統領がその可能性が高いとの調査結果を公表し、ロンディニウム条約に基づきニグレド氏を含めた容疑者となっている各国外交官及び財界要人の身柄の早期移送を…』
フォールィネでの事件についてのニュースは、帝国の新年式の儀式の主要パートがマーズテリア神殿では終わり、その次の日にてその儀式に参加した要人達が乗る浮遊飛行車の車内でも放送されていた。
「…お互い、これで程度の差はあっても脛に傷を持つものと言う意味では表向き同類になりましたかね。これで逆に双方が改善に努力する切っ掛けになればいいんですけど…」
その護衛付きで進む車両の集団の中で、要人達に混じるドゥリュースがそうしたニュース映像に顰めた表情を浮かべていた。
「…残念ながらその可能性は薄いでしょうね。かつてノルド王国でのイェリング合意の時も、結局は…ッ…あれは…」
ドゥリュースと対峙している席に座るルナ=クリアは深く憂えた表情を浮かべており、それは自分たちの乗る要人車両の一団が通りかかった下の地上にある農園地帯で、デモ隊の衝突が起きているのを目の当たりにした。
「お前らレヒリオン信者がかばってるオルムスの連中がまたやらかしたせいでこっちとアフリカの同胞の星々に逃げ込んだ家族との連絡にまた制限が付けられたじゃないか!」
「今回の事件は帝国側で起きたもので主犯は連中だっただろうにこっちへ押し付けてきただけだ!」
「俺達が住んでいたサマリアに押し付けてあそこを奪って俺達の仲間を同星系で皆殺しにしたくせにいつまでもジェノサイドの被害者面する連中をかくまうんじゃねえ! 第二次大航海時代や銀河帝国主義時代は亜人や俺らの先祖相手にグルで荒稼ぎしてたくせして!」
「今の仮のサマリアだって前の大戦の時にドクツ期ゲルマニクスの強制収容所政策で彼らを無理やり移住させただけで好きでああしたわけじゃない!」
「全部ドクツのせいにしてやがるけどオルムス差別なんてのは元々お前らレヒリオン教徒共が何百年もしてたことじゃねえか! 俺らはサード・サマリアやその元の強制収容所が出来るまでは連中を“啓典の民”として扱って共存してきたんだ!」
「そこにキエフ密約で勝手に線引きした後で押し付けてきやがって!」
「それだって第二次大戦後のサマリア決議の時にアーヴ共が最低でも地球巡礼権を受け入れればこっちもあんなことせずに済んだのに! 何よりサマリア戦争だってどれもお前らが仕掛けてきたんじゃないか!」
「それをアーヴなんかにおべっか使って自分達だけ聖地巡礼権を得やがって!」
「おい、まーた始めてるよあいつら、何を言ってんのか半分以上わかんねーけど」
「まあ、訳したり編纂はホテル待機組や支社に本社の方に任せようぜ」
そこではここサンヘリオスの先住民で主要種族であるサンヘイリではなく、帝国では少数派となっている地球起源人間族が宗教的理由で二つのデモ隊となって争っており、それをある程度距離を取ってサンヘイリ中心で亜人が大半を占めるマスコミが撮影していた。
「…あれは、連合との協定に基づき受け入れられた難民…言葉からしてレヒリオン教の多いEU系とサルース教主体のサブルム系とでいつものサマリア問題か…」
「前の大戦時にて敗戦したゲルマニクスを支配していたドクツ党の人種隔離及び絶滅政策で、EU大星域から追放されて当時サブルム人が大勢暮らしていた当時のレスレクシオン…今のサマリアにオルムス人が強制移住させられたことで生じたサマリア問題…。一世紀が経った今でも解決の糸口は見つかっていませんから。元々の始まりは千年近く前のマーレ帝国時代に同国に弾圧されて屈服していたオルムス教より、当時の救世主とされたレヒリオンによる改革運動で、同氏の処刑後の混乱で弟子たちが分裂して生まれたレヒリオン教とサルース教の対立、両者の起源なれど律法のあまりの厳しさから少数派に留まらされていたオルムス教蔑視が原因ですけど…」
「だからってこっちが先に再発見して復興までさせながら正式に編入して諸外国も認めて何百年と経った後で、問題解決に必要だからってその最大の聖地とする地球を返せとかそこまで続く回廊を設けさせろとか常軌を逸していますよ殿下に先代聖女殿」
「…宗教的理由は否定しませんけど…最大の理由を考えるとね…」
地上でのデモ騒ぎを眺めつつ、ドゥリュースは視界内に電脳空間における地球の画像データを出すが、そこには公表されているものも含めた
〇帝国暦950年1月2日昼 銀河連合 オーブ連合首長国 ヘリオス星系
別時間軸では国交を結んでいる国はその数の都合で4ヶ国しか存在しない帝国だが、この世界では歴史的経緯の違いや地球起源人間族以外にも多数の種族や文明が銀河系各所にいたことで、国の数はけた違いに増えていたことから国交を結んでいる国は多数に上り、その中には別時間軸と比べて誼を深く結ぶ国も幾つかあった。
そうした国の中に、二つの恒星系でしか構成されないが、古くから帝国と他国を結ぶ重要な星間ルートの中間に位置し、帝国ではいられなくなった帝国人の秘かな亡命先となり、現代ではコーディネイターも国法を守ることを条件に受け入れてきたことで、経済力と技術力を高めている国としてオーブ連合首長国は存在した。
そのオーブを構成する二つの恒星系の内の新しい方で、資源採掘用に建設された
『…三日前の時点でも結ぶ双方の貿易港星系の警備は強化されたままで、それに伴い各惑星のBETA戦災難民で、緊急治療を理由として帝国医療機関へ向かう予定だった方々の移送にも支障が出ており…』
「…リュースも…、大変になってるかなぁ…?」
そのヘリオポリス内部でもフォールィネ事件の影響を伝えるニュースは放送されており、それを自宅の台所からエプロン姿のキラは心配そうな顔で見つめていた。
「…ほほーう、こんな状況でも彼氏のことが心配ですかぁ?」
「ッ!? ちょっとフレイ…そんなんじゃ…!?」
そのキラの隣には同じエプロンを着ており、赤い髪をポニーテールにして素直そうな美貌をしている、ここヘリオポリスで出来た友人のフレイ・アルスターがしたり顔で眺めてきており、気付いたキラは顔を真っ赤にするがそこで黒焦げた臭いとそれを伴う煙が邪魔してきた。
「…ってああー!? また向こうに送るためのお菓子が焦げだしてるー!」
「だから何度繰り返すのよあんた! よくそんなので何年も同じ齢の男二人と何年も同居出来たわね!?」
そして、そのフレイが怒鳴り声を添えた先には、キラの手に握られているフライパンがあり、その上で燃え出した菓子になるはずだったもの失敗作が彼女に悲鳴を上げさせた。
今現在、キラは
「この前なんかジェラート作ろうとしたら冷蔵庫の中全部が凍り付いて電気屋さん呼ばなくちゃいけなくなったし!
「…う、うう…本当にごめんなさい…わ、悪いけど次の材料を…あ、あれ? もうこれだけ…??」
そのフレイに怒鳴られ続けてしおしおの泣き顔になりつつもキラは冷蔵庫を開けるが、その中身の少なさを見て戸惑いを覚えた。
「…あー、先月から続く
「…え、こんなところにまで…」
自分の身近なところにまで事件の影響が感じ取れるまで出ていることに、キラは戸惑いの色を浮かべていた。
〇銀河連合 プラント小銀河 ユニウス市 ユニウス・セブン 第二惑星クリュセ 某農業実験場〇
「先生、採れたよ大きなトウモロコシー」
「こっちではキャベツー! 大きくてシャキシャキしてるよー」
キラが友人と共に料理で悪戦苦闘していた頃、地表での時差の都合で夕方になっている、そのプラントに含まれて惑星改造で人が住めるようになった地表の一角にある規制回避のために実験を名目に開拓された農場で、子供達が収穫した作物を自慢し合っていた。
「あらあら、だったら早めに料理しないとね」
その子供達と、農業実験場責任者で息子であるアスランと同じ色の髪と瞳をした農学者レノア・ザラがにこやかな様子で触れ合っていた。
「いやー、お父さん達も地上で農家やりたかったのにねー」
「仕方ないじゃん、お母さん達の頃は上の方にあるコロニーを建設するのに精いっぱいだったもん」
「それでここみたいに惑星開発してもー大規模移住の準備のための労働者が集まるまでは農業はやるなーとかよくわかんないこと言うよなー」
「何とか撃退されたけど隣の星にBETAが攻めてきたりしたってのにさー」
「ここみたいなのがもっと広くなればー、皆ーもっとたくさん美味しいのを食べられるのになー」
「…ええ、時間が経てばここみたいなところの必要さをもっと多くの人がわかってくれるようになるわ…」
採れた野菜を持ち寄せる子供達の頭を撫でつつ、レノアはその笑みに別の時間軸の彼女にはなかった疲れや諦観に近い翳が僅かに浮き出ていた。
(…この子達は親を失ったか、その親に里子へ出されてしまった…。現場の安全性を無視した強引な開発で多発する事故で親たちが死んでしまったか…怪我や病気で働けなくなって育てられなくなったから育つ見込みがまだあるここへ…)
「先生みてー、このカボチャー中がすごく綺麗な金色で甘いよー」
「あ、ちょっとアトラ駄目よそんなすぐ口にしたらこの前みたいにお腹壊すわよ」
ここに集っている子供たちの理由で最も大きいものの一つにレノアが悩んでいると、それとは別のもう一つ大きな理由でここへやってきた一人である、灰色の髪と赤銅色の瞳をした小さな少女アトラ・ミクスタがやってきた。
「あたしのお母さんも本当はこの色みたいな髪であたしに生まれてほしかったらしいから、こういうのいっぱい作れるようになったら来てくれるかなー?」
「…ッ…アア、そうなったらいいわね…」
そして、その理由の一つをアトラに口にされると、レノアは言葉遣いにも翳が滲み出てきた。
(…もう一つの大きな理由が…、注文や期待した状態で生まれなかったから捨てられた…。理由は母体が不安定…まだ詳細が解明しきれていない未知の細菌やウィルスによる遺伝子変異…。そうした理由で生まれた孤児たちは、防衛力を公式上は認められていないプラントに置いたままだとテロの標的になり易いから…、理事国からも詳細を隠されて実験農場兼農業学校と表向きはなっている地上世界に隠すように集められた…。他にも、BETAの侵攻とそれに比例して上がる差別で故郷を追われた他の人達も流れ込み続けている…。だけど、ここですらも未知の病や生物による被害がないわけじゃ―――)
「た、大変だー! 秘密のルートで仕入れてきた帝国地上世界原産赤毛大豚が脱柵したー!」
「―――あ…」
まだ人類の活動範囲が太陽系内で留まっていた時代の時間軸と異なり、人類に対して明白な脅威、その中でもなくならない人類間の対立を、それで生じた孤児たちの肌の温かさでレノアが笑みを浮かべつつ憂いを強めていると、この星での教師生活で切実な問題がそれどころではなくした。
「だ、駄目だー! 畜舎の柵が壊れたままだから他のも逃げそうだー!」
「ブぼべぇ!? し、尻を突き出た牙でええええ!」
「医者を呼んできてー!」
「まだ豚の牙抜きをしてなかったのかよ!」
「や、やり方は向こうからこっそり呼ばれてきたジラルハネイの先生に教わったけど! 可愛そうだったからまだやってなくてー!」
「豚よりも人間を大事にしろよ!」
「俺の後ろに隠れ…ぐほアアアァアア!?」
「あ、昭弘-!?」
「少年レスリングプラント全市大会ユニウスセブン代表になった昭弘まで空に舞ったー!?」
「帝国産は豚まで化物かー!?」
「皆ー落ち着いてー! 直ぐに麻酔銃を持ってきてー! それと御医者さんもすぐにー!」
どこかの地球時代弧状列島農業高校のギャグパートのような展開に、レノアも鬱な状態は一瞬で吹き飛んで血眼になってすぐさま事態の鎮静化のため動き出した。
『…速報です。フォールィネ事件で発覚した帝国からの食糧支援で移出されたものの内の少なくとも一割が横流しや密売などによって使用されず廃棄されていた問題で、帝国政府は銀河連合圏への食糧輸出緩和交渉で、事態改善が見られるまで延期すると発表しました。それに銀河連合、特に前線各国は猛反発を見せております。食料供給による悪影響は難民が多数出ている前線国家だけでなく、我がプラントの方でも出てくる可能性が高いと見られており…』
そのため、レノアが仕事をしていた研究室のテレビから流れ出てきたそのニュースを、彼女が知るのには時間は少々かかったが、その報せによる悪影響は彼女達の暮らすここクリュセにも出るまでそう時間はかかりそうになかった。
いつの時代も、食べ物が悪い意味で絡むと人の心って荒みがちになりますよねぇ…。特に作者の地元は離島なので、燃料代とかでさらに高くなるから給料の安さに相反して生活費は食品含めて基本上がり調子です…(悲)。