○
「…さあ、どうぞ」
バルトフェルドの意味深な問いかけより数分後、リュール達はある人物に迎賓館パーティー会場を見下ろせる特別室に設けられた会食の場へ招かれていた。
「…おおー、これはアディン産のジャジーラ豆に近い…BETAの侵攻で土ごと失われたと思っていたが…」
「ええ、土をその中に住まう微生物たちごと保護して、帝国にある別の研究所に苗木ごと移されて研究されていたものです。伝統のものを守ろうとする人の意志は、食においても同様ということで…」
その場に招待された面々にはリュールをこのパーティーの深みに招いたバルトフェルドの姿もあり、そして、彼らをこの場に招待した今大会の大手スポンサーの一人である、モンテ・クリスト伯爵の姿があった。
(…昨年に帝国領地球でアーヴ達の話題にもなっていたこの人がなぜここに? この星を拠点に行われる帝国内外の表裏問わない仲介貿易にも商売を広げるつもり…?)
「…あ、あのー…私達…本当にここまでされなくてもー…」
「…私はあまりこのような場の作法はまだ身に着けていなくて―…」
「安心していい。この場には他の目は入らないようにしてある」
「…………」
その場には何故かここパルミュラ王国の若い女王であるゼノビアの姿もあり、遠慮しようとするキラと日光の緊張しているのがわかる引きつりまくった笑みがやけに目立つ中、カガリは戦場で見せる勇ましい姿からは想像できない洗練されたテーブルマナーで黙々とフォークとナイフを動かしていた。
だが、リュールはそうした知人の動きよりも自分達が囲んでいるテーブルの中心に置かれた、自分の生まれにも深く関わるあるものを模した装飾品に意識が多く割かれていた。
「…君も気になるかい? この星でも発展の契機になった…“
「…ええ、そうですね。これが発見されたから…僕たちアーヴも生まれたという話ですからー…」
「…そうだねぇ、ありがたくも同時に厄介なものでもあるよねえ。これがあちこちの星で見つかったことが…今のこの戦争に繋がるあの思いを生じさせたんだから…」
「…想い…ですか…」
「…そう…“クジラ石”を見つけた時のように…“我々人はもっと先まで行けるんだ”…ってね」
「「「「「………………」」」」」
その机の中心にあるランプのモデルにもなった、この星で発見された
「…逆に言えば、これさえ見つからなければ…戦争も“それぞれの星の表面を少し荒らすだけのもので済めていた”とも言えると?」
「…え?」
「意外だねぇ。アーヴの君からそういう意見も聞けるとは…」
故に、その沈黙をリュールのその言葉が破ったことにカガリは困惑に近い驚きを浮かべ、バルトフェルドは物珍しいものを見る表情を浮かべた。
「…だけどまあ、見つけなかったら見つけなかったで母星を離れられずに潰し合いか、母星ごとBETAに食いつぶされるかのどっちかに遅かれ早かれ入っていたとも思いますけど…」
「ま、今の状況からすればほぼそうなるだろう」
「哲学的な話も良いが、ここにこの身を呼んだ本音にもそろそろ入っても良い頃じゃないか?」
その話を遮ったのは別時間軸の同じ齢の同位体に比べて落ち着き、冷静に値踏みする眼差しを浮かべているカガリであった。
「…ほう、酸いも甘いも味わってきて…芯の若さでまだまだ張りのある良い瞳だ。テーブルマナーも含めてこういう場にはもう慣れているという感じだ」
「その辺りの想像は好きにすればいい。そういうあなたも本当に砂漠の虎か? 街を焼き払うかと思ったら、わざわざ逃げられる余裕を残したり、その場にいた面々をおびき寄せたかと思ったら、実際にはどちらも手出しは出来ないこの場に招いたり…」
「ちょっと!?」
スウッと目を細めてバルトフェルドと舌戦を始めてその身元を探られそうなカガリに日光が思わず慌ただしい声音で立ち上がりかける。
「落ち着け、もう気付かれているし、そのつもりならこの場へ招待なんかせずに途中の未知で裏路地に連れ込んで縛っている頃合いさ」
「…それにしては君も“死んだほうがまし”っていう人たちに近い瞳をしているけどねぇ…!?」
そんな中でも危険なラインの言葉遣いで腹を探り合う両者だが、そこで二人の意識は別に向けられる。
「っ!? 落ち着け!」
「…あ、ごめん…」
いつの間にかテーブルの下に隠していた自身の右手が水銀の色に変わりだして指先が鋭くなっていた感覚に、リュールは隣に座っているカガリの声と彼女の手がそれを抑えてきたことでようやく気付き、同時に皿に映し出されていた自分の瞳が空虚で機械のような冷たさを帯びていたのを悟って感情の色を戻す。
「…おっとっと、少しばかり大人げなかったようだねぇ。ここは退かせてもらう。ここで生身にてやり合うことになったら僕も無傷では済まなさそうだ。何より、そうなったら下にいるご友人達も訝しむだけじゃすまなくなるだろう」
「…………」
リュールの瞳に動揺と共に感情が戻って眼下のパーティー会場に向けられるとざわめきが生じていた。
「お!? おい! マイケル! しっかりしろ!」
「急に意識がなくなって…な、何が…?」
「ねえ…今さっき…一瞬だけど…ゼツィ―リュ君…」
「ああ、レイカ…俺たちと同じくらいの齢で荒いが…自覚の下にある…“
「!? あぶねー…銃があったら抜いてた…」
「いやレヴィ、俺らが抑えなかったら上に飛び上がってただろ」
「…………っ…」
パーティー会場では他国、銀連圏から来た要人やその子弟の何名かが白目をむいて倒れて騒ぎになっており、
「…これ以上に戦争というのはなると大変になるから僕はいつもこう思うのさ。“敵である全てを滅ぼす以外にも、もっとうまくやれたんじゃないか”ってね」
「…その言い方、私達とこれ以上戦わずに済む道をも付けての言葉か? お互い多数派を大人しくさせられる妥協点込みで?」
「さあねえ、その点についてはこちらの御仁にお聞きした方が良いんじゃないかなぁ?」
「……………」
そうして、カガリ達の視線はそんな自分達の様子を静かに楽しんでいるように見えるクリスト伯へ向けられるが、そこで彼から言葉を掛けられる。
「…さてと、ここから私からあなた達へのお願いを明らかにしましょう。リュールさん、私が後ろ盾になりますので、この星の姫…失礼、女王となったゼノビア様とこの星を救う騎士にこの大会限定でなっていただけませんか?」
「「「「……え??」」」」
そこでクリスト伯から示された、今回のスピードリンク大会の選手としての出場権の書類にカガリ達は間が抜けた声を上げた。
○
「…リュール君達が戻ってきた!?」
リュール達が迎賓館に招かれて思わぬ提案をされて数十分後、その彼らをレジスタンス狸達の協力を得ながら探していたマリュー達の元にその報せが入ると、彼女達を驚かせつつも喜ばせた。
「はい…ですがー、敵ではなさそうですけど非常に…扱いづらい方を引き連れられてー…」
「…正吉さん? それってどういうー…!?」
妖怪狸達の周囲から秘匿された結界の内側にあるという安心感から、アークエンジェルクルー達は安堵感から大きな反応を示しているものの、そこで自分達とは全く異質で大きな存在感が近くに現れたのを感じ取る。
「…あ、あのー…大変お待たせして申し訳ありませんでしたー…」
「!? リュール君! 無事だったのねー…!?」
リュール達がマリュー達の前に再び姿を現したのはまさにその時だったが、彼らが着ていたパーティー会場での衣装、何よりその彼らの近くにいたある人物の姿と存在感がアークエンジェル側から言葉を奪う。
「…やあ、初めまして迷える銀連の兵の皆さん、銀河辺境でしがない貴族をしているモンテ・クリスト伯爵というものです。お見知りおきを…」
「「「「「!!!!????」」」」」
そのリュール達を従者のように引き連れて現れたクリスト伯に、アークエンジェル側と妖怪狸達はギョッと言葉も出せない驚愕に襲われた。
「っ!」
「ちょ!? ナタルさん!?」
特にナタルは戦場での冷徹なまでの振る舞いとは違い、敵意と恐れを強くにじませた表情で隠していた銃を抜いてクリスト伯に突き付け、キラを驚かせた。
「…い、いやー…皆さん、色々ととんでもない方をここまでご案内することになってしまいましたがー…そんなこっちへは敵意や害意とかは今のところはなさそうなのでー…そんな刺激するような真似はーあまり―…」
リュールはその間に立って引きつった笑みでどうにか場を治めようとするが、来訪を受けた側は制御弁が壊れた水道水のように続々と非難が強い言葉が次々と上がりだす。
「その“星海の幽伯”を引き連れてきちまって何を言ってんだ!?」
「そいつは親アーヴ派オルムス人の国である“ジャニナ王国”で同国と帝国の要人達の暗殺未遂事件を潰して“帝客十三武海”になった男だぞ!!」
「その時にサマリアの工作員及びジャニナの反政府組幹部を千人以上手土産にしてな!!」
「しかも引き渡しの時は自分一人でそいつらを生きた黄金の彫像にして風船みたいに浮かばせて帝国軍艦隊の前に現れるというパフォーマンス付きでな! 気味が悪い!!」
「…デスヨネー…」
「ふふ、賑やかな方々ですね」
そうして次々と上がる非難や恐怖を隠せない口撃に、リュールはあきらめた笑みを浮かべるに対し、クリスト伯は静かに楽しんでいそうな微笑みを見せた。
次回、クリスト伯とアークエンジェルサイドの間のやり取りが中心になる予定です。