「───理事長代理を続けて欲しい?」
あの会見からまだ日も経っていない頃、駿川たづな経由で理事長室に呼び出しを受けた。
秋川やよいが出張から帰ってきたので、解任されるのだとばかり思っていた樫本理子は、困惑していた。
理事長が出張に行くというのでどうしても、という理由で代理を勤めていたのだ。
戻ってくればお役御免なのが、道理。
「説明ッ! 私はまだ忙しい!具体的には資金調達ッ!」
「トレセン学園の財政状況は確認しましたが、悪くは無かったはずですが……?」
「プロジェクトL'Arcへの資金ッ!実はまだ予定額に到達していないのだッ!」
「───凱旋門賞、ですか」
樫本理子は考え込む。
本気で獲りに行く計画がどうもあるらしいと言うのは把握していた。
何も今やらなくても───と思っていたが。
「肯定ッ!本来はもう少し後にする予定だったがアオハル杯のため致し方なしッ!」
「………まだ、続けると?」
その為の目眩しだったか、と言うのは樫本理子でなくとも、良識あるトレーナーなら思い当たる事だ。
「断言ッ!生徒たちの活動を大人の論理で踏み潰すなどあってはならないッ!」
秋川やよいは決意に満ちた表情で扇子を打ち鳴らす。
「学園の自治と愛するウマ娘たちのためにも、アオハル杯は断固として継続するッ!」
「……わかりました。微力ながら努力致します」
樫本理子は、秋川理事長の決意に頭を下げた。
「感謝ッ! 主に学園の運営を頼むッ!外の事は私が受け持つ! あの会見では苦労をかけたからな……」
「いえ、それには及びません。一人のトレーナーとして、大人として。ウマ娘達を守るのは当然のことです」
「肯定ッ! その点は決して忘れてはいけないッ!」
どだいレースは興行だとしても。
彼女達の気持ちは一致していた。
「たづなッ!至急会見の準備を頼むッ!」
◆◆◆
《アオハル杯は学園行事の為原則として非公開。ただし特段の事情を鑑み、決勝戦だけはファン感謝祭の行事として公開する、時期に関しては未定》
───トレーナー室。
年の瀬も近づき冬休みに入ったトレセン学園。
大勢の生徒達が帰省する中、担当達は帰省しないみたいなので出勤しているトレーナーは、担当達と偉大なる秋川やよい理事長が臨む果敢なる会見を見ていた。
《なお職員が
《以降、トレセン学園は今回こそ勝つべく《プロジェクトL'Arc》と称し、“凱旋門賞”へ向けて学園を挙げた選抜を行うためにリソースを割く必要がある関係上、どうかご理解いただきたい》
「いやはや、流石は我らが秋川理事長。賛否両論招くだろうが…落とし所としては最善かな」
「ぷろじぇくとらあく?」
「凱旋門賞…ああ…フランスに行くのには遠征費用やらなにやら何かとお金かかるけど、学園からお金出して代表一人を送り込むんだ」
首を傾げたハルウララに、トレーナーは答えた。
「何故、一人だけなんです?」
疑問を覚えたジェンティルドンナが尋ねた。
「無念ッ!予算不足ッ!だってさ。でも個々人が出走登録して出る分には止めはしないみたいだから───」
お金持ってるチームとかは自腹切る人もいるかもね、と言おうとして。
「声真似するのは辞めてと。以前言ったわよね?」
不快な気持ちになったジェンティルドンナが睨みつけた。
「アレはスマートファルコンに関してだと承知しております」
「以後、私の前では全て禁止とします」
「はい」
トレーナーはしょんぼりした。
「トレーナー」
「なんだいウララ」
「似てない、かなぁ…」
「はい」
トレーナーは泣きそうになった。
「………後は」
気を取り直し、トレーナーは話を続ける事にした。
「サトノグループが開発したVRウマレーター?だかなんとかで洋芝のトレーニングが出来る……とか」
「洋芝のトレーニングが?」
「らしい。詳しい事は年明けてからだけどね」
その際の説明には、乞うご期待です!とサトノダイヤモンドが説明していた。
VRというからには何かすごいのだろうが……洋芝のトレーニングとまでなると、もしかするとフルダイブ式なのかもしれないな、とトレーナー達が一様に噂していた。
「んで、ジェンティルさぁ帰らずトレーニングするんだろ?」
ジェンティルドンナはともかく、ハルウララが年末年始に長々と地元に居ると余りにも騒ぎになってしまうので、帰りたくても帰れない、といったのが現実だ。
もっとも、レースや地元のイベントで地元に戻る機会が多いウララは、ほかの子よりたくさん帰っているからかえれないんだねー、くらいの認識である。
「ええ、そのつもりだけど?」
「ならさ、“シンザン記念“に出てみない? 年明け早々だけど」
「シンザン記念───」
「本番環境でのレースのデータ取りも兼ねて、どうかな」
「ええ、宜しくてよ。トレーナー」
「よし、決まりだな」
今のジェンティルドンナの実力から言って、十分に勝てるだろうとの判断からだった。
「ねぇトレーナー!わたしは!?」
となると当然ウララが騒ぎ出す。
勝ちたい気持ちこそ芽生えたが、みんなとレースがしたい気持ちの方がまだまだいっぱいだ。
「根岸Sを考えている。久々の重賞だ」
「おー!ジューショー!」
(なにか違う気がする)
ジェンティルドンナはウララの発音に違和感を覚えたが、口にした所でややこしくなるだけなので、黙ることを覚えていた。
「じゃ、頑張ろう! 流石に元日とかは休めるように組むから安心するんだぞ」
本音を言うと、トレーナーが休みたいからであった。
◆◆◆
「あ!お疲れ様です、トレーナーさん」
会見も終わり暫く後のこと。
学園への出走報告を始めとした各種書類のためにたづなの元へと訪れていた。
「どうです、落ち着きましたかたづなさん」
「はい、理事長のおかげで報道の方はなんとか。SNSは賛否両論、といった感じですが…」
アオハル杯の非公開に対し賛否が広がっている。
今回、URAとの協議の程を取る事で被害も分散しているから、以前よりはマシな燃え広がり方と言えた。
「……あの時は申し訳ありません。本来、生徒を守るべき立場の筈が……」
「レースの事になると冷静じゃ居られなくなるのは変わらないな」
「はい…理事長秘書として恥ずべき事です……」
落ち込むたづなの様子に、トレーナーはこほん、と咳払いをした。
「そういえば。最初に投稿しちゃった子は大丈夫、なんですか?」
「は、はい。その件に関しては、学園としては不問としますので、メンタルケアの方なのですが……」
今はなんとも。そういってたづなは口籠った。
「そう、ですか…」
重い空気が漂う。
最初に投稿してしまったウマ娘は、素早い段階で特定がされていた。
とはいえ、禁止もしていなかったのだから、全く悪気はないのだが、余りにも大きくなった事件に少々塞ぎ込んでいるのだった。
これまた帰省していないフジキセキなどを筆頭とする残留組が総出で慰めているので、立ち直るのもそう遠くはないのだが。
「……あ! そういえばトレーナーさん! チーム名はどうしたんですか?」
空気を変えようと何か話題を探っていたたづなが、ふと思い出した事を口にした。
「え? あー………」
「ダメですよトレーナーさん! ふたり以上はもうチームなんですから! 付けなきゃダメですよ!」
「………にんじんぷりんじゃダメ?」
「だーめーでーす! 星の名前は伝統なんですよ!」
ぷんぷんと怒るたづなに、トレーナーは頭を掻いた。
「星の名前なんて殆ど使われてるじゃ……ないですか! 星ならなんでも良いならM78とか87とかにしますよ!?」
「なんですかそれ!?ダメですよ!?」
本音を言うといい案が全く思い浮かばない。
仮に現在つけるとするのならば、オグリキャップもいる《シリウス》と同じ冬の大三角形を構成するベテルギウスを考えてはいるものの。
──そもそもトレーナーはチームを作る気がない。
もしハルウララに有馬を勝たせ、幻想に幕を下ろした後に待っているだろう『適性を見抜けなかったのか?』との批判が起きた際に責任をとって今度こそバッジを置こうとしていた。
ジェンティルドンナの小宇宙的腕力の恐ろしさに首を縦に振ったが、これはイレギュラー。
頭の片隅では、後任のトレーナーの候補を考えている。
「それに星に拘らなくても……ほら、ジンクスは破らないとね!って言いますし…」
「やめて。それ、本人が聞いたらどう思います?」
駿川たづなはキレた。
「それに、トラディッションであってジンクスじゃないです」
「はい」
トレーナーはぐうの音もでない!
「第一!似てませんって昔っから言ってますよね!?」
「はい……」
トレーナーのメンタルはボロボロだ!
「あのですねトレーナーさん。貴方はいつもいつも───」
たづなのお説教はしばらく続いた……
◆◆◆
「ふ……」
なんとかチーム名は誤魔化せたか……尊厳と精神を引き換えにした戦果を心の中で誇るため、外のベンチで座りながら搬入されていく
今のトレーナーに冬の風が身に沁みて寂しい。
さてそろそろトレーナー室へ戻るか…と考えていると。
「やぁやぁ!こんな所で会うとは奇遇だねぇ!」
声をかけるウマ娘。
「帰省しないウマ娘多いな…」
「ちなみにカフェは帰省したよ」
「お前も帰省しとけよ」
声の主は、アグネスタキオンだった。
「私には研究があるからねぇ。帰るなんてとんでもないよ」
「おっそうか、頑張れよ」
立ち上がり急ぎその場を立ち去ろうとすると、トレーナーは腕を掴まれた。
「まぁまぁ待ちたまえ、キミ達にとっても有益な話なのだよ」
「どこが?」
「これだ!」
そういって白衣のポケットからアグネスタキオンはある物を取り出した。
「リストバンド…いや、アンクルウェイト、か?」
「アレをピーしてパーした結果偶然に出来上がったシロモノさ」
「はぁ、それで?」
「カフェに試してもらったのだが、50%くらい練習効率が上がったのだよ!!!」
「おおぇ!? マジで!?」
「………ような気がするらしい」
「気がするってなんだよ」
トレーナーはずっこけた。
「サンプル数が少ないんだ。ただのプラセボ効果かもしれないだろう? だからこうしてわざわざモルモットを探し歩いていたのさ」
「なるほど……」
「どうだい? ハルウララという極めて頑丈かつ驚異的な出走数を誇るサンプルでの実験は私としても是非ともお願いしたい所ではあるんだが……」
トレーナーは考え込んだ。
実に怪しい発明だが、マンハッタンカフェという偉大なる先人が犠牲になったのだから、そう無碍には出来ないかもしれないからだ
「まぁ、試すだけなら……」
「そうかいそうかい!」
タキオンはバタバタと嬉しそうに白衣の袖を振った。
「じゃあ後でトレーナー室に届けよう! それとレポートの提出も頼む! もしかすると革命を起こすかもしれないからねぇ!」
「……自分では試さないのか?」
「私? 私は───いいんだ」
トレーナーの疑問に、途端、冷たい表情を見せるタキオン。
「それに…今はライブの可能性についても検証していているから手が足りなくてねぇ」
「……ライブ?」
アグネスタキオンが? トレーナーは訝しんだ。
「ああ。ファル子君が主体になっているみたいだが───グランドライブ、とか言ったかな」
「アレ、本当にやるのか……」
「おや? 知っていたのかい」
トレーナーのぼやくような声に、タキオンが反応を見せた。
「何度か話を持ちかけられてて……まぁ、一つの時代を築いたウマ娘が創設に関わったイベントに協力する事自体は個人的にはやぶさかではなかったんだけども」
元々、感謝の踊りを捧げる風習が古代から存在したウマ娘。
今日、今のような形になるまでには、大井から現れたとある偉大なるウマ娘の登場を待たねばならなかった。
「センターがいない、全てのウマ娘が主役のライブ。センターに立たずとも輝いているウララに話を持ってくるのは自然だとは思うけどね」
「だが、迷っているうちに、あまりにも存在感が膨れ上がってしまった、と?」
「───いいや」
確かに、当時は首を縦に振ろうか迷っていたものの。
一人のトレーナーとして、叶えたい事があったから。
「センターに、立たせたいんだ」
「────は、ははははは!!!!
てっきりもう諦めたものかと思っていたよ!!
そうかそうか!まだ勝つ気でいたのか!!」
腹を抱えて笑うタキオンが、ひとしきり笑い転げてから、にっこりと再び笑って。
「そういう事ならば! 私も惜しむ事なく研究結果を提供しようではないか!」
「それはちょっと怖いかな…」
「えぇー!?」
タキオンのやる気がさがった!
トレーナー「えぇ!?ここから更にグラライとメイクラを!?」