レースしろ
────新年、トレセン学園。
「新年、あけましておめでとう!」
ハルウララは新年一発目から元気が良い。
「あけましておめでとうございます」
ジェンティルドンナが瀟洒な仕草で挨拶を返す。
「えー、あけましておめでとう、今年もよろしくお願いします」
トレーナーが流すように挨拶を返した。
この場には、三人がいた。
シリウス、ラモーヌ、オルフェは実家の用などが有るらしく、ここには来ていない。
もっとも、初詣なんて柄じゃないウマ娘だよね、とトレーナーは内心で思っているが。
「ハイ、初詣に行くんですが、一つ注意することがあります」
「ちゅうい?」
「有馬の事はまだ内緒です。お願い事は黙ってしましょう」
「うん!ナイショなんだね!わかったよトレーナー!」
(本当にわかってるのかしら)
ジェンティルは訝しんだ。
「オグリキャップの方が微妙にバレかかってるから、URAから割と念押しが凄くてさぁ」
「あら。道理で」
「ほら、この記事」
そう言って、スマホの画面を見せる。
《芦毛の怪物電撃復帰!?》
《目標は宝塚記念!? オルフェーヴルと激突!?》
《オグリキャップ、勝利への鼓動》
「わ、オグリさんがいっぱい記事になってる!……たからづか…記念?」
「あー、そういうGIがあるんだ」
人気投票の話は黙っておいた。
「そっか!オグリさんGIに出るんだね!」
「そのレースかはわからないけどな。みんな勝手に想像してるだけだよ」
「けれど、今からコレだけの調整。一度どこかのレースに出てくるのではなくて?」
「まあ……俺だったら、オルフェーヴルとは一回ぶつかっときたい、かな。今更記録を気にするような立場でもないし」
今のトゥインクルシリーズの主役は間違いなく彼女だ。
現在の最強の実力は、測っておきたいところだろうが。
「ま、今考えても仕方ない事だけども」
そう言って、スマホをしまった。
「あ、ジェンティルは願い事声に出してもいいぞ」
「……別に、願い事なんてありませんわ」
トレーナーの言葉に、呆れたように話した。
「えー!? ジェンティルちゃんは1着取れますようにってたのまないの!?」
「勝利とは、圧倒的な力の下に掴むもの。頼むものではありませんわよ」
その表情は自信に満ちていた。
「ただ……それでも敢えて頼むなら。三女神と一戦お相手願いたいところね」
「三女神さまと!? それなら、わたしもいっしょに走ってみたいな!」
「……三女神と走りたいウマ娘ってちょくちょく見かけるけど、なにかあんのかねぇ」
───三女神。
ウマ娘観音と並び篤い信仰を集める、全てのウマ娘の祖ともいわれる存在。
実在した存在か、単なる神話に過ぎないのか。
現状として、女神達の逸話に関しては、何一つとしてその存在証明はされていないそうだ。
「愚問ね。ウマ娘なら走りたい、勝ちたいのは当然の事」
「ちなみにトレーナーは、何をお願いするのかしら?」
「うん? 怪我や故障しないようにだけども。大抵のトレーナーはコレと一着祈願じゃないかな」
「面白みもない。ま、奇を衒われても反応に困るのだけれど」
「ナニソレ。んま、そろそろ行くか」
そういって、ふたりを伴って外に出る。
トレセン学園は、新年ともあってどこか落ち着いた空気が漂っている。
校内から出て、外に差し掛かると『年末だけであんなに太りやがって!』と叫びながらヒシミラクルを自転車で追い回すトレーナーの声を目にし、新年の訪れを感じる事ができた。
「あ! フジさんだ! あけましておめでとう、フジさん!」
「やあ、ウララ。あけましておめでとう。これからみんなで初詣かい?」
「うん!そうだよ!フジさんは?」
「私はさっき行ってきた所だよ。これから寮に戻るんだ」
そう言って笑ったフジキセキが、ジェンティルドンナに目を向ける。
「それより、聞いたよジェンティル。“シンザン記念”に出るんだって? てっきりフェアリーSだと思ってたけど」
「それは私のトレーナーが決めた事ですので。トレーナーに聞いてくださる?」
えっ振るの?と言わんばかりに一瞬ジェンティルを見たトレーナーは、そういや詳しくは説明してなかったな……と口を開いた。
「端的にいえば、ティアラとクラシック路線混合だから、実力を測るにはもってこいかなって。1月だから、間も開くしね」
「へぇ、重賞を測定代わりにか。“シンザン記念“を選んだのも、それにかけた*1のかな、トレーナーさん?」
「んなルドルフみたいな……」
「うーん、ルドルフはもうちょっと……ううん。なんでもないや」
フジキセキにも情けがあった。
「ああ、ごめんね引き留めちゃって。ちゃんと門限までに帰ってくるんだよ」
「ちゃんと帰らせるから安心しろ」
「うん。そこは信じてるよ」
そう言ってフジキセキは手を振って去っていった。
「………さ、行きましょう」
促すジェンティルドンナに、一向は神社へ向けて歩き出すのだった。
◆◆◆
───境内。
「見知った顔の多いこと」
あたりを見渡せば、人混みに紛れて、かなりの数のウマ耳が飛び出ているのが見える。
『だだだだ大凶……!?救いはないのでしょうか〜!?』
『はーっはっは!心配することはないよドトウ!ボクを見たまえ! それだけでめでたいからね!』
『三女神に“pray“。“摂理”、打ち破れるよう』
『カッテヨカッテヨー ハチミークライイイデショケチー』
「……本当に見知った顔ばかりですこと」
「この辺で初詣と言ったらここだからねぇ」
ため息を吐いたジェンティルドンナにトレーナーは苦笑した。
「他が良かった? 初詣でも人気
「結構。私は祈る気はないと───あら」
いつの間にか人混みに呑まれていく寸前だったウララを、すんでのところで掴み上げたジェンティル。
「全く……しっかり掴まってらして?」
そう言うとジェンティルは引き寄せたウララを真ん中に据えた。
「ジェンティルちゃん、ありがとう!」
「もう、早いところ済ませたい所ね」
「まだまだ待つけどね」
「一言多い」
参拝を終えた人達が拝殿の前から順々にはけて行くのを待って、とうとう自分たちの番になった。
賽銭を入れて、神前を拝み、柏手を打ち鳴らし、手を合わせるも、“彼女“が引退して以降、祈る気にはなれなかった。
────強いウマ娘は、誰がどうしたって勝てる。
“彼女“が当時こなしていたメニューだって、現状の実力を加味しつつ自分で作り上げた、
最も若く、天狗になっていた頃にこんなものを見せられて。
酷く、傷つけられた気持ちになって。
それから、トレーナーの存在意義に疑問を持ったのはそう遅くはなかった。
そのまま任せるままにして、当然のように勝っていって、気づけば連戦連勝、無敗のウマ娘。
三冠すら見えてきた最中───あのレースの後、そのままターフを去っていった。
自分もまた、逃げるように学園から去った。
それなりに持て囃されていた反動もあったし、当然のように残念だったな、と慰めるトレーナー達に、醜い己を見たからだった。
違う。俺は何もしていない。
あの栄光も挫折も、全て俺は───と。
あの時の自分はトレーナーではなかったと、今ではそう思う。
それからあちこちフラフラして、何度目かのライセンスの更新期限が来た際に、未練がましく持っていたバッジを置きに来たはずが。
フォームも走りも滅茶苦茶のウララを見て、ここまで落ちぶれたかトレセン学園は、と怒りに任せてトレーナーになっていた。
事実としては、全然トレーナー達は落ちぶれた訳ではなかったのだが。
それはそれとして、面接一本で入れた学園へは酷い事をするものだと怒りを覚えた。
もっとも、酷いのはこれからだったのだが。
もしもあの頃の自分に、お前が次に担当するのは連戦連敗、無勝の未勝利ウマ娘で、オマケに三冠よりも人気になって一つの地方を救うまでになったぞと言ったら、なんと言うだろうか。
「……ま、鼻で笑うか」
「トレーナー?」
「いいや、なんでも」
訝しげに顔を覗くジェンティルに答えた。
「さ、学園に戻るか」
「えー!?おみくじひかないの!?」
「やだっ!凶とか大凶引いた日には倒れちゃうから!」
「貴方、結構気にする人なのね……」
◆◆◆
────トレセン学園、体育館。
年が明け、プロジェクトL'Arcの説明会と称して興味のあるウマ娘とそのトレーナー達が集まっていた。
その少し前の日に行われたシンザン記念は、第4コーナー回って内側に切れ込んだジェンティドンナが、残り200を切った所で抜け出し、一バ身を越える着差で勝った。
『これで参考になって?』とは勝った直後にトレーナーに言った言葉である。
ティアラ路線を希望するウマ娘がシンザン記念を勝つのは久しぶりの事であるらしい。
かつての同期や先輩トレーナーは何も言ってこなかったが、過去を知らない現在の同期や後輩のトレーナーからはそれはそれは祝われた。
飲みの誘いとかは根岸Sがあるから、となんとか断っていたが、正直、気まずい。
流石になんにもしていない…と言うわけではないのだが、それでも元々彼女が積み重ねてきた基礎あってのもの。
素直に自分の功績と誇ることはできない。
そうして、気まずい数日を乗り越えて、今日プロジェクトL'Arcの説明会に来ていた。
佐岳メイ、と名乗ったURAの職員からは、凱旋門賞へかける長年の想いを感じ、見た目とのチグハグさに少し困惑したが、どうにも理事長とは古い付き合いらしい。
一体この人は幾つなのだろう、とは自分以外のトレーナー達も思っていただろう。
内容としては事前に伝え聞いていた話とそう変わらない。
予算の都合上一人だけしか送り出せないから、代表を選抜して、即ち日本最強を送り出す。
惜しくも選抜から漏れても尚、自腹を切って出走登録をする分には止めない、と。
事実上、名門か複数GIを勝っているトレーナーが自腹を切るなど位しか無理だろう。
ウチのウララなら寄付金募ることも出来るかもしれないが、選択肢として流石にアホすぎるのでない。
やはりウララには有馬。
打ち倒すべきはオグリキャップだ、今のところは。
もちろん、オルフェーヴルも来る事も予想されるが、彼女の性格的に凱旋門賞の次は海外から来るウマ娘を迎え撃つ為にジャパンカップだろう。
激戦続きでコンディションも落ちるだろうから、そこは一枚落として考えられる。
なんなら最悪、ウララが勝つにあたっては良い話だが、有馬には出ない可能性だってあり得る話だ。
無論、出走し得る脚と実力を備えた怪物になっている可能性もあり得るのだが───
「さて、こちらを見てください!」
サトノダイヤモンドの一声に意識がそちらへと向かう。
気がつけば、サトノダイヤモンドとサトノクラウンといった、サトノ家の面々が壇上に上がっていた。
すぐそばには去年の末に見た、複数の鉄の棺のような物体が、そこには並べられていた。
「これが!VRウマレーターです!!!」
その発表に、ざわつく会場。
今の様子を一言で表すのなら、困惑が適切だろう。
「………」
「おおー!」
元より興味のあるジェンティルにも困惑の色が見て取れる。
ウララは……わかっているのか、わかっていないのか。
会場にはオルフェーヴルと、シリウスシンボリの顔も見える。
ふたりの顔をちらりと伺うと、泰然とした表情のオルフェと、眉間に皺の寄ったシリウスの姿があった。
「サトノダイヤモンドさん。質問なのですが、いくら仮想空間上で経験を積んでも、意味がないのでは?」
とあるトレーナーが手を挙げた。
その疑問は、殆どのヒト達が同じ意見だろう。
「このVRウマレーターは特別製で、肉体に経験がフィードバックされるんです!」
「……それはどういう仕組みで?」
「詳しいことはあんまり説明できないんだけど────」
ダイヤの代わりにサトノクラウンが説明を始める。
「時代は変わりましたね……デジタル世代のウマ娘ということか…」
質問をしたトレーナーはクラウンの説明に納得したような様子を見せていた。
「ま、百聞は一見に如かず。後は実際に体験してみようか」
クラウンの言葉を皮切りに、トレーナー陣が恐る恐るVRウマレーターの中へと入っていく。
例に漏れず、体験する事にした。
蓋が閉まり。
一瞬の光の後、芝の上に立っていた。
「これは……」
風や、芝の匂い。
足に伝わる感触も感じる事が出来る。
「すっげ」
他のトレーナー達も、その光景にざわめく。
「ハイ!コレで一旦運動してみて、戻ってみてのフィードバックを感じてみてください!」
同じくVRトレセン学園に来ていたサトノダイヤモンドに促されたトレーナー達はめいめいの運動をし始める。
「VR空間なら負担もかからないし、ひっそり出来る、か」
このVRウマレーターは、ハルウララの芝適性を克服する良い道具になるかもしれない。
幸い、ジェンティルドンナが凱旋門賞を狙っているから、参加する分にはなにも問題はない。
クラシックイヤーの今年狙うのか、という問題と、代表選抜を勝ち残れるか、という問題はあるのだが。
「参加するかぁ……」
なお───後日、アグネスタキオンに「それじゃあ生のデータが取れないじゃないか!!!ハルウララの頑丈さを踏まえた検証結果が欲しいのだよ私は!!!」と怒鳴り込まれてしまったトレーナーであった。