「───さて、ウララのレースの事だね」
ジェンティルドンナに連れられてハルウララが練習場に行ったのを確認すると、シリウスに向き合ったトレーナーは、口火を開いた。
「ちゃんとマトモな理由なんだろうな?」
シリウスは目に見えて苛立っている。
その様子にトレーナーはどう説明したものか、と頭を捻りながら、話し始める。
「まず、前提として。ジュニア級6月後半にメイクデビューしたとして、クラシック級9月までに担当ウマ娘が初勝利を収めなければ、基本的には学園の意向によって契約は解除される事もある」
「それはアンタらにはありえないだろ?」
「そうだね。ありえない。もっとも、担当したいと手を挙げるトレーナーもいないだろうしね」
並のトレーナーでは 《ハルウララ》を勝たせてしまったら、と考えてしまうだろうし、下手に勝たせてしまった時の大バッシングにも耐えられないだろう。
もしかしたら最近トレーナーとしてトレセンに来た名門出身の桐生院葵ならありうるかもしれないが、とウララを担当し始めた時に考えた事があった。
「未勝利が続くウマ娘は例外なくハードなローテで走らざるを得ない。そこをまぁ……色んな所に逆手に取られた形になっている」
とは言っても───別に負け続けても学園に居れない訳ではないのだが……そのレベルの精神力を持ち合わせているウマ娘ならどこでもやっていけるだろう。
以前、とある未勝利のまま引退したウマ娘に会ったことがある。
そのウマ娘はイベントプロデューサーになり、《グランドライブ》復活のプロジェクトを練っているという。
その協力を持ちかけられたのだ。
その時は丁度、ハルウララの人気が時代の中心に手を掛けるまでになっていた時期。
悪意はないのだろうが、その手の協力への歯止めが効かなくなると丁重に断った───なんて事をふと、トレーナーは思い出していた。
ともかく───その位、勝ちたい、走りたいという本能があるウマ娘にとって未勝利というのは本来は
そこを微塵も感じないのは紛れもないハルウララの才能なのだが。
「チッ……そういうことかよ」
名家たるシンボリ家出身のシリウスシンボリには、理解に至るまでの材料があるようで。
この歳で社会の悪意に触れてるのも不健全だよなあ、とトレーナーは思った。
「いや待て、レースの頻度の説明にならねぇ」
「そうだね、それもしとこうか」
トレーナーはこほん、と咳払いをした。
「まず第一に、レースを走るのをウララが楽しみにしている点。ある種才能だ」
何度負けても負けてもケロッとしているのは、ある意味で最高で、最悪の才能だとトレーナーは思っている。
「第二に、他のウマ娘よりもウララは特異的に頑丈な身体を持っている」
アグネスタキオンに曰く、『もっと早くこの脚と出会えていれば私の研究プランも変わったかも知れないねぇ』との事だ。
プランとはなにかを頑なに教えてはくれないがとにかく頑丈だ。
余談だが───後にタキオンはその研究結果を元に
そこまで話して、トレーナーの口が止まった。
「………で?」
それにシリウスは冷徹な表情を見せる。
どうした、早く答えろ、と。
ラモーヌは、紅茶を嗜みつつ、事態を見守っている。
「そう、だな……」
ゆっくりと口を開いたトレーナー。
悩みながら、ようやく紡ぎ出した言葉は。
「レース場で《ハルウララ》のレースを見た事は?」
「……レース場ではねぇが、それがどうしたんだ」
「なら次のレース、見に行こう。今言っても多分、理解できないだろうし」
「ハァ? なんだってそんな話に」
「見に行きなさい、シリウス」
成り行きを見守っていたラモーヌが割って入る。
「っ、ラモーヌ…!」
「貴女がどう感じたか。教えて頂戴?」
その無言の圧に、シリウスも渋々レースを見に行く事に同意したのだった。
◆◆◆
────某日、とある未勝利戦。
「───コレは本当に未勝利戦か?」
レース場についたシリウスが当惑した表情を見せる。
シリウスに観に行くことを促したメジロラモーヌは来ていない。
オルフェーヴルは『王が観るべきモノではない』と不参加だが、続けて『余が観るに相応しい舞台へ上がる…或いは王の威光を示す時が来るのか。いずれにせよ見物よな』とも語っていた。
そうして一行は話をする必要があるぶん、紛れやすいだろうと後方壁際に陣取っていた。
「まるでGI、ですわね」
ジェンティルドンナが溢した感想は、全く正しい。
会場には溢れんばかりの人。
──人。
────人。
ひと。
その規模と言えば──GIレースにも劣らない程。
「これが、《ハルウララ》のレースだ」
《わあああああああああ!!!!》
─────歓声が場内に轟く。
ハルウララの、入場だった。
「ウララちゃーん!」「頑張ってー!」
「今日も頑張れよー!!!」
めいめいに湧く《応援》。
その熱量はGIレースさながらの様相をきたしていると理解するのは難くはなかった。
「……まさかコレ、全員ウララを観に来てんのか?」
「そ。全員ウララを観に来ている。それに応えようと、ウララは張り切って走って、負けてまた、次もすぐに走ろうとする」
「つまり───ウララの意思だと?」
ハルウララのトレーナーはシリウスの問いには答えなかった。
「そうかい」
シリウスの舌打ちを最後に、トレーナーと二バのウマ娘の周りは、大歓声にぽっかりと空いたような沈黙が、しばらく。
───しばらく続いて。
《───さあ、いよいよスタートしました!》
レースが、始まった。
《先頭は───》
言葉にしてしまえばレース展開は至って凡庸。
《第4コーナー回って来ました!どうしたハルウララ先頭集団!これはもしかするのか!?》
競走しているウマ娘の中で最も強いウマ娘が、少し早くゴール板の前を過ぎた。
《そして今、ゴールイン!》
ただ、それだけ。
勝者が最も讃えられ、敗者が惜しかった、と慰められ、またその健闘を称えられる。
だが─────
《頑張りましたハルウララ!今回は惜しかった三着!またのレースに期待しましょう!》
「良かったぞー!」
「よく走ったねウララちゃーん!!!」
「惜しかったなー!次も見に行くからな!!!」
「次も頑張れよー!」
誰もが、《ハルウララ》を讃える。
ハルウララはその声援に「ありがとー!つぎもがんばるからね!」と無邪気に愛嬌を振り撒き、また、会場が熱狂する。
本来の勝者である筈のウマ娘は勝ち残った安堵感からかウララに拍手を送り──
本来の敗者達は負けた悔しさにターフを去る。
《ハルウララ》に背を向けて。
「────マジかよ」
それはレースに生きるウマ娘であるシリウスシンボリには到底、受け入れ難いものだった。
「これが……《ハルウララ》のレース」
ジェンティルドンナも、初めて見るレース場の様相に戸惑いを隠せない。
「どう思う?」
「無謀な挑戦も致し方なし、とだけ」
「流石はジェンティルドンナ」
「その位で褒めない。言葉が軽くなる」
「はいはい」
軽口を叩き合う。
その間に、少し冷静になったシリウスがトレーナーを見つめていた。
「どういう……事なんだ?」
「どうって…学園でも良く見かける光景だろ?」
わざと苦笑するハルウララのトレーナー。
「……アレはウマ娘とトレーナー連中だ。それとこれとは訳が違う」
同じ学園の生徒に、指導する教員。
健闘を褒めたたえるのは、何も不自然な事ではない。
ハルウララも、そうした『がんばっているウマ娘』の範疇だろうと。
他より幼い為にちょっと贔屓目に見られているだけのウマ娘だと───だが、コレは何だ?
「今負けた連中の中にはコレで退学なのも少なくねぇ。なのに、なのに───」
「そうだな。彼女達は《ハルウララ》にはなれなかった。それだけだ」
「────ッ!」
「シリウスさん。それ以上はおよしになった方が互いの為でしてよ」
振り上げられたシリウスの右腕を、ジェンティルドンナが握りしめていた。
「…………先に戻る」
シリウスがそういうとジェンティルは手を離し。
シリウスは一度も振り返る事なく右腕を摩りながら帰っていった。
「だから、終わらせなきゃいけないんだ。この、手で」
トレーナーの呟きは、喧騒にかき消されていった。
時系列諸々はめちゃくちゃぼかしたり適当です。
一応カイチョーが三冠とってオグリキャップの時代は終わってるくらいでしょうか。
会長はいつまで会長やってるんだろうね。