みんなが有馬チャレンジしてて嬉しいねぇ…
ちゃんとクラシックも勝つんだぞ…
「───アオハル杯初戦は12月後半に決まった」
そのように学園からの通達があったのは何度目かのウララのレースが終わってしばらくしてからの事だった。
シリウスとはあの日から若干距離を感じる。
とはいえ、自分から来た手前、抜けるという選択肢は彼女の中には無いらしい。
個人の勝手な妄想だが。
なんだかんだ部屋に顔を出しているため、表面上はいつもとなんにも変わらないのだ。
「12月後半とは、どうしてそんな時期に」
ジェンティルは疑問に思った。
「さぁ…有馬記念に出る程の有力ウマ娘を潰したいんじゃないの?」
トレーナーの悪意たっぷりな解釈ではあるが。
もしトレーナーが自分で策を弄するなら脚を労われ!って事でジャパンカップ組も東京大賞典組も出走停止にする。
そんな通達はしていない以上、トレーナー達の裁量に任せる狡っからい手段か───世間からちょっとだけ隠したいだけなのかもしれない、と考えていた。
「下らぬ。その程度の策を弄した所で王の威光は揺るがぬ」
オルフェーヴルは泰然として揺るがない。
絶対の自信と、それだけの実力があるのだ。
ただのパイプ椅子が、玉座に見えてくるほど。
「オルフェちゃんは有馬記念? ってのにでるんだね! おうえんにいくね!」
───そうオルフェーヴルが今回有馬記念に出走する。
まだ中間発表の段階だが、出走は揺るがないだろう。
トレーナーはここでウララに有馬へ出走したいという思いを持たせられるかもしれないと期待している。
そうすれば、必要なのは勝ちたいという願いと、スピードと、スタミナと、パワーと、根性と、賢さだけである。
「その眼でとくと見るがいい」
「うん!」
オルフェーヴルは差し、追い込みのウララとほぼ同じ脚質を持つが───地力が違いすぎておそらく参考にはならないだろうなぁ、とトレーナーは心の中で溜息を漏らした。
「ねぇ、トレーナー? ほかにどんな子が出るのかな!」
「うん? まぁまだ中間発表だけど……」
そう言いながらトレーナーは携帯端末をポケットから取り出す。
「……知らねぇのかよ」
愚痴を言う様に小声で呟くシリウス。
だがトレーナーの耳にはしっかりと聞こえていた。
「トレーナーみんながレースの出バ表はともかく出走予定まで把握してると思うなよ!?」
「……皇帝サマのトコは出来てたぞ」
「キモっ、あっ間違えた凄っ」
純粋な心を持つウララ以外の〈にんじんぷりん〉はトレーナーに呆れた。
「さてさて…今年の有力バは……オルフェーヴル」
何もなかったかの様に読み上げるトレーナー。
「当然だ」
「後は…エイシンフラッシュに……ん?スマートファルコン?」
ダートの鬼。
だが芝適性は壊滅的な筈だが───
「ファル子さんもでるの!? 有馬記念ってすごいんだね!」
とは言え、ファルコンのトレーナーが勝算も無しに出すとは思えない。
どういう風にあのダート戦線の中鍛え上げたのかも気になる。
もしかするとウララの良い手本となるかもしれない。
当日は注目だな───トレーナーは考えた。
「アイツ皐月賞は壊滅的じゃなかったか?」
「……勝算があるのかしら」
「まー、色々あったからねぇ。きっと『応援してくれているファンの方々のために!ファル子、有馬記念走ります!』とかだと思うけどねぇ」
「本人の前でやって来い」
「シバきますわよ」
「余の耳が腐る」
「二度と私の前でやらないで」
「うーん、トレーナー。ファル子さんにおこられちゃうよ?」
おかしい、ウケると思ったのに。
トレーナーは困惑した。
「後はトーセンジョーダンに……んん???」
気を取り直して読み進めると、そこには意外な名前があった。
「───ゴールドシップ?」
いつのまにか投票欄にいた彼女は現時点で564万票を獲得している。
「あれ、アイツデビューしてた?」
記憶では選抜レースも終えていない筈……おかしい、ボケるような年じゃないぞとゾッとするトレーナー。
「え? ゴールドシップさんは今年デビュー。有馬記念に出られるはずは……」
ジェンティルドンナが訝しむ。
「は? 何言ってんだお前ら……アイツはずっと前から走ってるだろ?」
シリウスが困惑する。
「知らん」
「マックイーンに聞いて頂戴」
オルフェーヴルとラモーヌは興味がない様だった。
「え?ゴルシちゃんとはよく走るよ?」
「え?」
その言葉は誰の言葉だったのだろうか。
「………ま、いいかゴルシだし」
皆が学園一の奇行子について考えるのをやめようとした、その時の事だった。
「べべーん! ゴルシちゃんが あらわれた!」
ドアを勢いよく開けて現れたのは件のゴールドシップ!噂をすればなんとやら!
何もこんな時にあらわれなくても!と誰もが思った。
ウララはゴルシちゃんが来た、と単純に思った。
「……お前いつから走ってたんだよゴールドシップ」
(聞くのか)
(踏み込みますわね)
「あ?乙女の年齢を聞くたぁすけべなトレーナーだな。もちろんこないだはピサの斜塔に行ってたに決まってんだろ?」
「そうか!すまんかった!」
(何に?)
(何が?)
何に対して謝ったのか自分でもわからないトレーナーだった。
「───で、何しに来たんだゴルシ」
「いやツッコメよお前ら。ま、もちろん宣戦布告に来たんだがな!やい、オルフェーヴル!」
ゴールドシップがオルフェーヴルを指差す。
「───ほう」
瞬間、圧が増す暴君。
それは、この空間を支配しているのは彼女だと錯覚させるほど。
「こないだナカヤマ達とやってたたい焼きレースは乱入してきたマックイーンが全部食べちまって無効になったけどな!」
(なんの話だ…?)
(たい焼き…?)
「え!たい焼きさ───」
「シッ」
ウララの口を手で塞ぐ。
ウララをフリーにさせるとこれ以上収拾がつかなくなると思ったからだ。
(堕ちたわねマックイーン……)
マックイーンの株価が下がった。
「ちと早いけどよ」
マック株を暴落させたゴールドシップが暴君が坐す、その玉座に近づき。
「今回の有馬記念」
破天荒な勢いのまま、暴君を見下ろして。
「首洗って待ってろ」
「────よく吠える」
暴君は愉快気に口を吊り上げた。
「んじゃ、そういう事で」
クルッとターンをしたゴルシが扉へと向かっていく。
「邪魔したなお前ら。次はオグリに譲るぜ!じゃあな!」
台風の様な彼女が過ぎ去った後には。
「うん! じゃあね!」
手を振るウララの声と。
「……何だったんだアイツ」
頭を抱えるシリウスの嘆きが残っていた。
◆◆◆
───有馬記念当日が来た。
「最前で見たかったんだけどね」
当日はウララとジェンティルを連れて最前を陣取ろうと意気込んでいたが、会場に着くなりすっ飛んできたURAの職員らによって関係者席に案内されてしまったのだった。
「あんなに必死に頼まれたのでは……」
すっとんで来たURA職員達は『お願いします! どうか関係者席で!』と必死の形相を浮かべていた。
良く考えなくても《ハルウララ》が中山の最前列に居たらとんでもない騒ぎになるか……と言う話なので一行はそのままご案内されていた。
「というか、シリウスはここで良かったの?」
こことは少し離れた場所に、ルドルフやクリスエスの姿があった。
こちらが見ていると気付いたルドルフは軽く手を振っている。
元々、シリウスとウララ達は一緒に中山まで来ていない。
ウララ達が来たのを見たシリウスがルドルフ達の元を離れてこちらへ合流したのだった。
「……良いんだよ」
そう言ってそっぽを向くシリウス。
ルドルフが苦笑をしたのが見えた。
ラモーヌはマックイーンとちょっと気まずいらしく、メジロ家御一行ではなく、一人で離れて観戦していた所を、やはり同じくウララの姿を認めてこちらに合流したのだった。
曰く『……無いのね、たい焼きレース』との事だった。
「ね、トレーナー!きょうはどんなレースになるんだろうね!」
「そうだなぁ、オルフェが勝つと思うけどな」
ウララの問いに答える。
実際彼女が勝つ──とは〈にんじんぷりん〉トレーナーとしての立場もあるが。
どうにもゴールドシップが読めないし、もしスマートファルコンがきっちり芝に適応してきたらコレもわからなかった。
芝に適応してくれている方が、ウララの手本となるからありがたいのだが───なんて事をトレーナーは考えていたら、すぐ近くに人影が来ている事に気づいた。
「失礼。近く良いだろうか」
「………オグリキャップ」
その声の主は、《ハルウララ》の前の時代の象徴。
芦毛の怪物、《オグリキャップ》だ。
「関係者席は空いている──のにここに来ると言う事は、何か用事が?」
「ああ」
オグリキャップが近くの席に腰掛ける。
「同じ芦毛として、ゴールドシップの事は見ておきたくなったと言うのもあるが……」
「学園だとお腹が空いて中々機会がなくてな。キミたちに会ってみたかった。私とは違う形で時代を創った、ハルウララと、そのトレーナーに」
(創ったつもりはないけどな)
「わたしに?」
「ああ。ハルウララ。キミは何のために走る?」
「走ると楽しいし! それにね! みんながわたしの事いっぱいおうえんしてくれるんだ!
だから、こんどこそ一着!って思ってがんばるの!」
「───そうか」
《さあ、スターターがゆっくりと上がりました!!!》
オグリキャップの言葉は、実況のアナウンスに中断される。
いよいよ出走時間がやって来る。
誰もが自然とターフの方へと目が行く。
───有馬記念の、開幕だ。
《有馬記念。あなたの想いを載せて今スタートしました!》
ゲートが開く。
《13番スマートファルコン良いスタート逃げ始める!》
(皐月賞以来の芝──!この日の為にきっちり仕上げて来た!問題無い!)
スマートファルコンが、頭を取る。
今この時間だけは、彼女がこのレースの支配権を握った。
《3番が追う形で二番手! 少し離れて10番トーセンジョーダン、インコースに5番エイシンフラッシュ────》
続く優駿達。
(あーし先行なんだけどな…このままだとマズイ…?)
(ファルコンさん、やはり仕上げて来た──!)
《注目の一番人気9番オルフェーヴルは後ろから2番手》
(……)
《大外14番ゴールドシップは最後列でのスタートとなりました》
オルフェーヴル、ゴールドシップが後方から睨みを効かせる。
前を走る集団は、嫌でも後ろの暴風雨を気にする必要に迫られる。
《スマートファルコン走る!何という事でしょう!ダート勢執念の大逃げ!これはもしかするのでしょうか!》
(いける──!)
更にペースを上げていくスマートファルコン。
《第三コーナー差し掛かってゴールドシップ上がってきたロングスパートだ!》
「おっしゃいくぜ!」
ゴールドシップが得意のロングスパートで、一気に順位を追い上げていく。
《あーっと何という事でしょう!スマートファルコンが沈み始める!やはり長距離は厳しいか!?》
(だめ──やっぱり芝は───)
スマートファルコンは何故芝の、有馬記念に来たのか。
それは明快だった。
(違うッ!!それじゃウマドルとしてウララちゃんに勝てないッ!ダートだけじゃダメ、芝も獲れるようにならなきゃ───!)
「はああぁぁぁぁぁあ!!!!」
《いや───加速した!スマートファルコン再加速!》
「うおおおおおおおお!!!!」
《ここでゴールドシップ上がってくる! ファルコンか!?ゴールドシップか!?》
逃げるスマートファルコンか。追い上げるゴールドシップか。
会場のボルテージが最高潮に達した──その時。
「も ろ い」
暴君が、蹂躙を始めた。
《外からオルフェーヴル!!!》
(な───)
(マジかよ──!)
《オルフェーヴル来た!オルフェーヴル来た!》
隼も、破天荒も全て纏めて暴君の王威が薙ぎ払う───!
《オルフェーヴル先頭!オルフェーヴル先頭!》
「フン──当然の帰結よな」
《オルフェーヴルだぁぁぁぁぁ!!!》
終わってしまえば、凄まじい豪脚。
それによって、王がその手に栄冠を取り戻した。
《一着はオルフェーヴル!二着はゴールドシップ、三着スマートファルコン───》
有馬記念、優勝者オルフェーヴルの戴冠であった。
◆◆◆
「え、強」
その様子を見ていたトレーナーは思わず呟いた。
「凱旋門行けんじゃねえかなあ……」
「………チッ」
目に見えて腹立しさを隠さないシリウス。
彼女にとって、その言葉は全く気に食わないものだった。
「ま、勝機はあるのはなくて?」
ジェンティルドンナがあっさりと話す。
「マジで言ってる?」
「ええ。勝たせるのが、トレーナーの役割でしょう?」
「お、おう」
ジェンティルドンナの真っ直ぐな目にトレーナーは思わずたじろいだ。
「ねぇ、トレーナー! すっっっごいね!」
オルフェーヴルのレースに興奮したウララ。
「わたしも有馬記念走ってみたい!」
「───!」
トレーナーはついに来たか、と思った。
「そうか……後一年で仕上げなきゃな」
「うん!」
その言葉にジェンティルドンナはいよいよ──と思い、トレーニングどうやって集中させるのでしょう…と疑問に思った。
シリウスは枠一個消えたな、可哀想にとまだ見ぬ優駿に心の中で手を合わせた。
ラモーヌはただただ優雅に見つめている。
あたりにいたURA職員達の顔は青ざめていた。
「そうか。出るのか」
オグリキャップが口を開いた。
『出れる』事に対して異論はない辺り、彼女は正確に《ハルウララ》の人気を把握していた。
「うん!」
「今日のレース、どう思った」
「とってもね!すごかったよ!オルフェちゃんもばびゅーん!って!」
「悔しくは、なかったか?」
「くやしい?」
(ここで来るかッ!オグリキャップ!)
トレーナーは戦慄した。
予定ではもう少し時間をかけて『勝ちたい』と言う気持ちを持たせるつもりだったが、大分の予定が狂う羽目になる。
そして、あたりの空気がヒリついたのを感じていた。
『それを聞くのか』『開けてしまうのか』と。
「うーん…よく、わかんない」
「あんなレース、誰だって血が沸く。キミは思わなかったのか? どうして自分には出来ないのか、どうして自分はあそこに立っていない、と」
「おい、オグリ、そこまでに───っ!」
シリウスがオグリを制止しようと肩を掴むが。
その圧に逆に気圧されてしまう。
「《ハルウララ》。次の有馬記念には私も出る」
「────は?」
それはハルウララのトレーナーの言葉だったが。
その言葉は周りにいた全ての人々を代弁していたと言っても過言ではない。
「お前、DTLじゃなかったのか?」
「私は引退休止状態だ。まだ進んでいない」
シリウスの疑問は当然だった。
トゥインクル・シリーズで活躍したウマ娘は、ある程度勝ち進めると、URAから招待状が届く。
あるいは、かつての優駿が「衰え」始めた時。
それは、引導を渡すかの様に。
そうして、ドリームトロフィーリーグに進んだウマ娘は、二度とトゥインクル・シリーズには走れない。
だが───サクラチヨノオーが出走したジャパンカップのマルゼンスキーの様に、こうして時々引退休止状態に留めているウマ娘達がいる。
その場合でも、DTLの出場ウマ娘の様に、ゆっくり、ゆっくり一戦の為に丹念に調整をしていく。
オグリキャップは、その一バだった。
「《時代を賭けて》。キミが負けたとしても…私が捩じ伏せてみせる。この、脚で」
───それは、《ハルウララ》に勝つ、たった一つの方法。
「私は《オグリキャップ》だから」
時代すら創り上げる脚での、圧倒的な勝利。
それが出来るのは現状、このトゥインクル・シリーズにただ一人。《オグリキャップ》。
彼女だけだ。
あたりの騒めきが大きくなる。
理解したのだ。
彼女の、《オグリキャップ》の言葉の意味を。
《ハルウララ》が
「うー……」
そのウララ本人は、困惑していた。
自分ですら知らない。
或いは気づいていないような事を突きつけられたから。
「うん。邪魔をした」
そう言うと、オグリキャップは立ち去っていく。
その姿が遠ざかるたびに、あたりの騒めきが強くなっていく。
「絶好の機会が来たのではなくて?」
貴婦人は面白そうにトレーナーの顔を伺う。
そこには───酷く。
愉しそうな顔が映っていた。
時系列はアレをベースに取りつついい感じにちょっと抜き足ししてます