私と君のアーカイブ 作:自産自消
いつも通り万魔殿から買い出しを言いつけられた。その量が少し多かったことに腹が立ち、ムシャクシャして先生を呼び出した。
何だ、「ロケット花火100発」って。どうせイブキと遊ぶか陰謀を巡らせながらほくそ笑むしかしないのだから、自分で少しは動けばいいものを。
その他にもいろいろある。リスト上には嫌がらせ目的のものからイブキのためのものまでずらりと20項目以上。正直言って校舎とショッピングモールの往復で休日が潰れるのは御免被りたかった。
“うわ、これは……すごい量だね……?”
「いつもはこれの半分くらいなんですけどね」
“何かあったんだね”
「あの議長、先週の風紀委員長への嫌がらせが頓挫したものだから自棄起こしてこんなものを渡してきまして」
ため息が出てしまう。風紀委員長が気に入らないからってここまでするか。
そのために動くこちらの身にもなってほしい。イブキのためだったら喜んで大きな荷物も抱えられるというものだが。
「個人の範疇で収まるものなら個人で何とかしてほしいものですよ、全く」
“本当、お疲れ様だね、イロハ”
「まあ、こうして先生とデートできるのは役得ですが」
“い、イロハさん……!?”
先生に視線を送ってやると、先生は対応に困ったように苦笑した。生徒からこんなことを言われてしまったら、先生としては困るに違いない。
その困り顔が見たくて、今回ここに呼んだまであるのだ。感情を抑えきれずに笑いが口の端から漏れる。
「ふふ、冗談ですよ。さっさと済ませちゃいましょうか、買い出し」
“あ、はい……”
「まずはそうですね、万魔殿の備え付けのお菓子から始めましょう」
お菓子を大量に。日ごろの訓練で足りなくなった火薬と銃弾。それに個人的な買い物としてコミックだとかウェーブキャットの抱き枕。
いよいよ2人がかりでも抱えきれないほどにてんこ盛りになった荷物をえっちらおっちらゲヘナの玄関口まで運ぶ。先生は汗を垂らしていたが、軽めのかさばる荷物ばかりを任せていたおかげでまだまだ体力は持ちそうだ。
“抱き枕って、あんなにふかふかなんだね……”
「袋開けたんですか?」
“いや、何だろう……ビニール越しでも分かる柔らかさっていうか……”
買い出しの第二陣に向かう最中、先生が手をワキワキさせて話す様子はなかなかに面白かった。虚空を見つめているその姿はまさしく抱き枕のような「寝る時に一緒にいてくれる誰か」を求めているように見えた。
「いつもはお1人で眠るんですか? 抱き枕とかもなく?」
“まあね。あんまりそういうことに使えるお金もないし”
「ああ。通帳管理されてるんでしたっけ」
“浪費が酷いってことで、ユウカにね……”
早瀬ユウカ。ミレニアムの頭脳労働の大半を引き受ける「冷酷な算術使い」。先生と最初に親しくなったと思しき、おそらく先生の中でも特別な部類に入る生徒。
彼女にそこまで管理されるということは、先生の浪費癖がそこまで酷いのか。あるいは、それを理由にして先生と近づく機会を増やしているのか。
(大事な時に金がなかった、なんて話も聞きませんし……後者でしょうね)
先生を異性として見ている生徒は数多存在する。ゲヘナだけを見ても風紀委員の主要な面々はもう手遅れと言ってもいいだろう。議長も怪しいものだ。イブキは幼さゆえの距離の近さか、幼いからこその距離の詰め方なのかも分からないが。
そして、癪だが私もその1人だ。「先生を篭絡せよ」という任務を私に与えた議長には、この点に関しては非常に感謝している。ああいったきっかけがなかったら近づくことも能わなかっただろう。
だから、今から言うことは任務なのだ。
「では、これからは私が先生の抱き枕になって差し上げましょうか?」
“何ですって!?”
「休む時も寝る時も、常にほどほどの暖かさを提供致しますよ。これでも女ですので、身体の柔らかさも保証します」
“いやいやいや、それはダメでしょ!?”
もちろんこれも冗談だ。先生はこんな誘いには乗らない。それを分かっていて行われるこの問答は、言ってしまえばプロレス。私たちなりのコミュニケーションだ。
「おや、先生は私の献身を受けてくださらないのですね……。悲しいです」
“確かにイロハは髪の毛ふさふさだし、一緒に寝たら安眠できそうだけど!”
「…………へぇ?」
“……今のなし!”
「今のなし」と言ってその言葉がなかったことになった試しはないのだけれども。もちろん、私も今の言葉を聞かなかったことにするつもりはない。
「足を舐めるのはよくって、私の添い寝はダメなんですか」
“ダメなものはダメー!”
「はいはい、そういうことにしておきますから」
そんな話をしているうちにショッピングモールに着き、引き続き買い物をこなしていく。買い物リストには半分ほどチェックが付き、今回頑張ったら何とか昼までには終わりそうだ。人手がいるとこういう時にありがたい。
「では、問題のロケット花火100発を……」
“どうやって使うんだろうね、その花火”
「風紀委員長に向けてぶっ放すらしいです」
“……うわぁ”
重い荷物を抱えて歩いていると足が痛くなる。骨と肉が硬い床に音を上げて警報を鳴らし始めるが、身体の弱い先生は嫌な顔1つせずに私についてきてくれている。だからここでギブアップはできない。
心の中で奮起して先生の歩調に合わせる。隣に並んだところで目が合うと「どうしたの?」と微笑まれた。それが妙に腹立たしかったので早歩きしてやった。
そうして先生とある程度距離が空いたタイミングで足を止めて後ろを振り向くと、先生はヒィヒィ言いながら私を追いかけてきていた。少しの間だけ待ってやろうと思い、そのまま辺りを見渡す。
すると、ショーウィンドーの中で、純白のドレスを着た女型のマネキンが花束を抱えていた。隣に立っている男型のマネキンは黒い燕尾服を着て直立している。
“イロハ、速いって……”
「すみません、ペースを考えてませんでした」
“疲れた……疲れた…………ん?”
追い着いてきた先生も、私の視線の先にあったものに気付いたようだ。
“綺麗だね。こういうドレスも売ってるんだ”
「これ、ウェディングドレスですよね」
“そうだね。結婚式で使う衣裳だ”
思わず見惚れてしまう。ヒラヒラの薄い生地が何枚も重なったドレスは、照明の光を浴びてその美しさを増していた。
小さい女の子なんかは、こういう綺麗なものを見て「こんな綺麗なお洋服をいつか着てみたい」と憧れを抱くのだろう。かくいう自分も、大昔にそんなことを言った覚えがある。そんなことを思わなくなったのはいつからだろうか。
“……イロハ、行こうか”
そう言って先生が、手に持ったレジ袋を揺らして音を立てる。そうして初めて私は手に持った荷物の重さを再認識した。
「そうですね、行きましょう」
“うん。にしても黒スーツかぁ……”
「何か思うことでもありました?」
“まあ、ちょっとね……”
先生が砂粒を噛み締めたような顔をする。黒服に嫌な思い出でもあるのだろうか。そんな私の目つきを見て、先生は慌てて笑顔を作った。
“そう言えばイロハは、ああいう綺麗な衣裳って好き?”
露骨な話題転換である。もう少し突っ込みたい気もするが、先生のプライベートゾーンに踏み込んでしまっては元も子もない。大人しく先生の作った話の流れに乗る。
「それは、いつか私もあんなウェディングドレスを着てみたいかってことですか?」
“うん。イロハには似合いそうだけどな”
…………この人は。
またそういうことをさらりと言って、私の心を惑わせる。
「先生、それはセクハラですよ」
辛うじて出したその言葉の震えは、先生には気付かれなかったようだった。
“うわ!? ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ!”
「いいです。セクハラの意図がないのは分かってますから」
思い浮かべる。荘厳な教会で花吹雪に囲まれながら、ウェディングドレスを着てバージンロードを歩く私。拍手の中で隣を見ると、私よりもいくばくか年上の、タキシードを着た男が同じように歩いている。
その顔は、やはりと言うべきか、先生のもので。そう思った瞬間にゾクリと寒気がしたので、頭を揺らして妄想を振り払った。
「…………結婚しないと着られないんですよね、ああいうドレス」
“あ、そう言えばそうだね”
「相手が見つかればいいんですけど」
“イロハならすぐ見つかると思うよ”
もう相手は見繕っていると言ったら、どんな顔をするのだろうか。この朴念仁なら、誰かも分からないうちは素直に祝福してくるだろう。
ただ、その想像の中の相手が自分自身だと分かったら?
「……はぁ、全く」
“ん、イロハ?”
気に入らない。私の隣を平気な顔して歩くこの大人が気に入らない。まだ見ぬ幸福な未来を妄想して少し嬉しいと思ってしまった自分も、全くもって気に入らない。
「私、ああいう白いウェディングドレスは似合わないと思うんですよね」
“え、何で!? 絶対似合うって!”
「この紅の髪には合わないでしょう。それより、私は黒がいいです」
黒いウェディングドレス。先生は首を傾げている。その存在を知らなかったようだ。
“黒いウェディングドレスなんかあるの?”
「ありますよ。私も話で聴いたことがある程度ですが」
ウソだ。部屋に独りでいる時に調べたのだ。そしていつか自分が結婚式なんかを開く時は、白いウェディングドレスなんか着てやらないと決めていた。
「知ってますか? ウェディングドレスの色には意味があるんですよ」
“そうなんだ? イロハは知ってるんだね”
「ええ、もちろん」
ニヤリと笑ってやる。先生はきょとんとしたマヌケ面を晒している。今のうちに困惑しているがいい。
「白いウェディングドレスには、『あなたの色に染まります』という意味があるそうですよ」
花婿の色に大人しく染まる、由緒正しき男性重視。「働くあなたを陰から支えます」という、花嫁の決意の表れ。
そんな奥ゆかしいものに、黙ってなってやるつもりなんてない。白は無垢な色だからこそ、さまざまな色に染められやすいのだ。
それこそ、花婿以外の色にすら。
“ああ、それはどこかで聞いた覚えがあるかも!”
「そうですか。では黒はどうでしょうか」
“黒は聞いたことないな。何ならその存在すら今初めて知ったし”
私はそんなに畏まった存在ではない。私はそんなに染められやすい存在ではない。
だから、白いドレスなんて着てやらない。
「黒の意味は、『あなた以外の色に染まりません』です」
“お……うおぉ”
私が着たいのは、全てを呑み込む闇のような黒。
周りを自分の色に染め上げることしかできない漆黒だ。
「こっちの方が、私らしいと思いませんか?」
“た、確かに……でも、それだと何だかお葬式みたいだよ”
「ですね。だから、花婿には白いタキシードを着てもらいましょう」
そうすれば、少しは華やかになるだろう。そして、私が「染める側」だということを誰もが認識できる。
“……イロハは、強い奥さんになるだろうね”
「弱いつもりはありませんよ。ましてや、夫にへえこらするつもりもね。……ああ、そういえば」
そして、今思い出したかのように付け加える。分からないふりをしようが、私からは逃れられない。私の方に逃がしてやるつもりがないのだから当然のことだが。
「先生には、白いタキシードが似合いそうですね」
真っ黒に染めてやろう。他の誰にも染まることのないように。そうして私しか見えなくなればいい。
“……そうかな?”
「少なくとも、そのよれよれの白衣よりかはいいと思いますよ」
ピッシリとしたタキシードは、さぞかし先生を輝かせることだろう。だが、その輝きは私だけのものだ。
「私と結婚した暁には、私を抱き枕にし放題ですよ」
ふわふわな髪の毛とほどほどに高い体温、そして柔らかい身体でベッドを作ってやろう。
目の下にくっきりと刻み込まれた隈も、私が取り除く。無理なんかさせるものか。毎日100%元気な状態で送り出してやる。
“あ、あははは……”
苦笑いする先生に一歩近づき、見上げてやる。腕をぎゅっと掴んでやると、先生が息を飲む音がはっきりと聴こえた。
大人なのに、子供の私を怖がっているのだろうか。何ともかわいらしいことだ。
「……悪い契約じゃ、ないでしょう?」
どうせ今断られるのは目に見えている。だが、この記憶は一生続くのだ。
私から逃げられるものなら逃げてみろ。純白で居続けられるものならやってみるといい。どんな手を使っても逃がすつもりはない。
数年後の未来で私に捕まった先生の姿を想像して、私の口が三日月を描いた。