私と君のアーカイブ   作:自産自消

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この短編をアツコが好きな友人に捧げます。


アツコと夏祭りに行く話(※)

 秋とはいえ、まだまだエアコンが手放せない残暑。

 道端で配っていたうちわで涼んでいると、モモトークの通知音が部屋に響いた。

 メッセージの送り主はアツコ。儚げな印象からは考えられないほどお転婆なところがある、アリウススクワッドのお姫様だ。

 

『先生、これは何?』

 

 そこに添付された写真には、私が貰ったものと全く同じうちわが写っていた。アツコもこの近くにいるのだろうか。

 

“それはうちわだね”

『この模様は何?』

“「祭」って字だね。百鬼夜行でお祭りやるみたいだよ”

『これで「祭」って読むんだ。言われてみれば確かにそう見えるかも』

 

 実のところ、アツコと私はアウトロービーチで行われていたお祭りに参加したことがある。ヘルメット団が主催しているだけあってどことなく危うい匂いが漂っていたが、現在指名手配中のアツコたちが大手を振って参加できる数少ないイベントだった。

 とはいえ、お祭りというものの楽しさを学んだアツコがこの後言い出すことは、何となく想像がついた。

 

『ねえ先生、私もそのお祭りに行ってみたい』

 

 予測通りだ。さて、と腕を組んで考える。エデン条約の事件以降、アリウススクワッドの4人は逃亡中の身だ。恵まれない環境下にいた彼女たちのために身を隠すことを推奨した私からすれば、「お祭り」という大人数が参加するイベントは避けてほしいのが実情だ。

 しかし、せっかくアツコが「やりたい」と思っていることに水を差すのもよくない。生徒の自主性を重んじるならば、笑顔で見送ってやるのが筋というものだ。それにアツコならばもし見つかっても上手く逃げ切れるだろう。元アリウスの実働部隊は伊達ではないのだ。

 

“いいよ、行っておいで。明日と明後日やるっぽいし”

『うん、それじゃあ明日百鬼夜行の商店街前で』

 

 えっ、と声が出た。いつの間にか私も行くことになっていたのだが、どういうことだろうか。

 

“アツコが1人で行くんじゃないの? それかミサキかヒヨリを誘ったりして”

『それでもいいんだけど、私は先生と行きたいな』

 

 アツコが自分の意思をこう明言するということは、私が何と言おうとも引き下がるつもりはないのだろう。頑として拒んでもよいのだが、私がいることで回避できる問題事もあるのも事実。

 

“分かった。それじゃあ明日の夕方の5時ね”

『うん、待ってる』

 

 ちょうど明日は仕事量が少ない日でもある。椅子に座りっぱなしで鈍りきった身体を動かすにも、お祭りで巡り歩くのは最適と言ってもいいのではないだろうか。

 

“それにしても、百鬼夜行のお祭りかぁ”

 

 目を閉じると、脳裏に思い浮かぶのは幼き日の祭りの風景。値段も気にせず屋台の食べ物に舌鼓を打ち、神輿を担ぎ、友人と普段は立ち入れないような場所に入ってみたりしたあの頃。

 大人になってからは祭りに参加することも少なくなっていた。何せ疲れるし、食べ物は割高だからだ。貧乏学生にとっては敵と言っても差し支えない。

 

“でも、楽しみだなぁ”

 

 しかしまあ、この程度の浪費だったらユウカも大目に見てくれるだろう。

 兎にも角にも現状私がするべきことは、心置きなく祭りに出向くため、今のうちに仕事をできる限り終わらせることだけだ。

 

 

 

 

 

 

「あっ、先生。こっちこっち」

“待たせてごめんね、アツコ”

「ううん、私も今さっき着いたばっかり」

 

 どこかで見たような掛け合いをしながら、私はアツコと合流する。普段から口数少なく泰然とした立ち居振る舞いのアツコが、今日は祭りの熱気に中てられてかやけにそわそわしている印象を受けた。

 遠くから笛や太鼓の音色、それに元気のいい掛け声が響いてくる。どうやらここでも神輿か山車が動いているらしい。

 

「すごく元気なお祭りだね。楽しくなっちゃう」

“とりあえず、いろいろと見て回ってみる?”

「うん。アウトロービーチのお祭りともまた違う。これが百鬼夜行のお祭りなんだ……」

 

 私たちは提灯の輝く通りを、どこへともなく歩き始める。客寄せの声があちこちから聴こえてきて、焼きそばソースの焦げる臭いも芳しい。この空間にいるだけで自動的に胃が空っぽになっていきそうだ。

 人の往来が激しい。私もどうやら無意識のうちに心が躍っていたようで、アツコを隣ではなく後ろに置いたまま進んでいたことに気付いた。

 

“アツコ? いるよね?”

 

 そう言いながら私が振り返ると、目の前には私に向かって不安げに手を伸ばすアツコの姿があった。

 アツコはその右手をすっと後ろに戻して、「先生早歩き過ぎだよ」と笑っている。心配をかけさせてしまったようで、申し訳なく思えてくる。

 

「先生、ひょっとして興奮してる?」

“うん、少し。私もこういうお祭りは久しぶりだから”

「キヴォトスの外の話?」

“そうだね。過去を思い出しちゃって”

 

 また歩き出す。今度はできる限りゆっくりと、アツコがついてきているのを確認しながら。隣同士で並んで歩いてもいいのだが、それだと往来の邪魔になりかねない。

 祭りというものは人の心を良くも悪くも興奮させるもので、肩がぶつかっただけでも難癖をつけられかねないのだ。ましてや通行の邪魔をするなんて論外もいいところ。

 しかし、後ろに気を配りながら歩調を合わせるというのも難しい。ならばどうするべきか。

 

“アツコ。もしよければなんだけど、手を繋いでもいい?”

「え? 手を?」

“はぐれちゃったらいけないからさ”

 

 先程アツコが伸ばしていた右手がピクリと動く。アツコは少し逡巡した後、可憐な笑みを浮かべながら私に同じ右手を差し出してきた。

 

「それじゃあお願いね、先生」

“任せて。アツコも何かやりたいものとかあったら言ってね”

「うん。とりあえず、この通りの最後まで見てみたいかな」

“了解。それじゃあゆっくり歩こうか”

 

 そうして私たちは、一歩一歩を踏みしめるように歩く。繋がれたアツコの柔らかい右手があまりに温かくて、それが年甲斐もなく気恥ずかしくて、思わずアツコを引きずるように歩調を速めてしまいそうになる。

 こんなお祭りは学生時代にも経験したことがない。女の子の手や指というものはこんなにも細かったものかという新たな学びと共に、いつしか私たちは通りの突き当たりまで来ていた。

 

“何か気になるものはあった?”

 

 また振り返った先で見たアツコの顔は、提灯の灯りに照らされて赤い。いつしか手の繋ぎ方も私が一方的に握るようなものではなく、お互いに指を絡めたものになっている。

 その様子を私は、どうしようもなく美しいと思ってしまった。

 

「うーん……あんまりよく分からなかった」

“分からなかった?”

「初めて見るものが多くて……美味しそうなものがたくさんありすぎて、どれがいいかも選べなくって」

 

 確かに道の両端には屋台がずらりと並び、肉や油のいい匂いが混然と入り混じって私の嗅覚を刺激してくる。縁日も射的や輪投げといった楽しそうなアトラクションばかりで、あまり外界での経験がないアツコが迷うのも頷ける。

 

「先生は、どれがいいと思う?」

 

 そうなると、一旦私に判断が委ねられる。ここは男として、アツコをきちんとエスコートしなければならない。

 

“じゃあ……金魚すくいとかどう?”

「金魚すくい?」

“やってみれば分かるよ。ほら、あそこにある”

 

 金魚すくいの屋台に向かうと、地面に置かれた縁の短い水槽の中で金魚が十数匹ひらひらと泳いでいた。呆気にとられているアツコをよそに、私は屋台を取り仕切る生徒に話しかける。

 

「いらっしゃい、金魚すくいやってきます?」

“ああ、2回分いいかな。これ、お代ね”

「はいよ2回分ね、そちらのお嬢さんと1回ずつ、合わせて2回で?」

“それで大丈夫。あ、金魚は持って帰りたくないんだけど”

「構いませんよー! じゃあこれ、先に渡しときますね!」

 

 元気のいい「ご武運を」の掛け声と共に、お椀とポイが2個渡される。そのうち1個ずつをアツコに手渡すと、私は水槽の前にしゃがみこんで金魚を見定める。

 

「えっ、先生。これ紙……これで金魚をすくうの?」

“そうだよ。私がお手本を見せるから、そこで見てて”

「う、うん」

 

 狙うは動きの遅い黒の出目金。さあ、勝負だ。自分の中では光速と見紛う速さでポイを出目金に添え、その勢いのまま金魚を――――

 

「…………あっ」

“おう…………”

 

 うん、まあ。そもそも最後に金魚すくいをやったのもだいぶ前のことだから。

 ポイに張られた薄紙はあっさりと破れ、出目金が虚しく水面を泳ぐ。

 

「あちゃー、じゃあ残念賞の飴ちゃんね!」

“……どうも”

 

 やけに慣れた手つきでイチゴ味の飴を渡された。これはシャーレに帰ってから食べるとしよう。

 

「それじゃ次はお嬢さんね! やり方は今ので分かる?」

「分かる。この紙を破らないで、金魚をこのお椀に入れればいいんだよね?」

「そういうこと! じゃあ、スタートォ!」

 

 威勢のいい掛け声とともに、アツコの表情が真剣になる。金魚の動きは遅いようで意外と掴みにくい。アツコはどの金魚を狙うか、どうやってお椀まで運ぶかを考えているようだった。

 そして覚悟を決めたように、水に向かってポイを伸ばす。袖口が濡れるのも厭わずに、ポイを金魚に悟られぬように近づける。ここからが正念場、一か八かの大勝負だ。

 

「――――えいっ」

 

 電光石火。喧騒が静まり返ったかと思うほどの1人と1匹の世界の中で、残ったのは破れたポイとお椀の中で苦しそうに泳ぐ金魚の姿だった。

 

「お見事! お嬢さん1匹獲得!」

“すごいねアツコ! 初めてなのに!”

「……ふふ、瞬発力には優れてるつもりだから」

 

 口では自慢げだが、目線や仕草からは女の子らしい照れを感じる。その自身を取り繕おうとする無邪気さがまた愛おしい。

 

「その金魚、持ち帰らないんだよね?」

「持ち帰れるの、この金魚」

「いや、さっきそこの人が『持ち帰らない』って言ってたから」

 

 言われてアツコが私とお椀の中の金魚を交互に見る。そして小さく一息ついたかと思ったら、お椀をテキ屋の生徒に渡した。

 

「ううん、気になっただけ。……飼える環境にないから」

「ああ、寮とかだとねぇ。じゃあ1匹とれたご褒美に飴ちゃん3個あげる!」

「飴を?」

 

 アツコが差し出した両手に、飴が数個パラパラと置かれる。3個どころかその倍くらいはありそうなものだが、指摘するのも野暮というものだろう。

 

“アツコ、後ろがつかえてるから早く行こう”

「えっ、あ……ありがとう」

「はいよ、またおいでね! 明日もやってるから!」

 

 元気な声を背中で受け止めながら、私たちは喧騒の中に戻る。握りしめたアツコの右手は、袖と同様に先程の水で冷たく濡れていた。

 

“楽しかった?”

 

 私がアツコにそう訊くと、気恥ずかしそうな笑みが返ってくる。

 

「うん、楽しかった。金魚も綺麗だったし……先生も面白かった」

“あはは……、カッコいいところ見せようとしちゃってね。力が入っちゃった”

「キャンディも貰ったし……これで、しばらくエネルギー補給には困らない」

 

 アツコは放浪の身だ。少しの食糧でも、この先の生活で大事なものになるのだろう。今屋台で並んでいる割高な食べ物なんかは、コストパフォーマンスが低すぎてとてもじゃないが手を出せない。

 だからこそ、この場は私が出張る必要があるだろう。

 

“アツコ、私そろそろお腹が減ったな”

「お腹が? ……私も、減ってるけど。ここで食べるの?」

“食べながら歩くと誰かにぶつかっちゃうかもしれないし、一旦買い込んでどこかで座って食べよう”

「食べ歩きもできるんだ。……でも、先生と2人で落ち着いて食べたいし。分かった」

 

 飴がある以上食べる必要がないと言われたらそれで終わりだったのだが、アツコは快く私の話に乗ってくれた。そうと決まれば話は早い。

 

“じゃあ、アツコは何が食べたい? いろいろあるよ”

「それじゃあ……あの、『フリフリポテト』っていうの」

“いいね、何味がいい?”

「うーん、分からない……コンソメ?」

 

 そうして私たちはポテトやたこ焼き、焼きそばといったお祭りの定番料理を買い込んだ。食べ物が渡される度に私の右手に握られたレジ袋は膨らみ、香ばしい匂いを一面に撒き散らす飯テロ兵器となっていく。

 「私も焼きそば食べよっかな」という声が人だかりのどこかで聴こえると、私たち2人は顔を合わせてにんまりと笑う。大したことではないのだが、少しばかりいいことをしたような気分になったからだ。

 

 そして、喧騒から少し離れた誰もいない神社の石段に2人で腰かける。アツコは早速ちゅるちゅるとパックの焼きそばを啜り、その美味しさに喜びの声を上げる。

 

「んっ、美味しい。味が濃いね、この焼きそば」

“あれだけソースの匂いをさせてればね。他にもこのポテトはアツコの分ね”

「うん、ありがとう先生。これ全部食べきれるかな」

“食べきれるよ。アツコは若いもの”

「先生だって若いよ、きっと」

“きっとかぁ……”

 

 下の方では、ホイッスルの音と共に山車が牽かれている。法被姿の生徒たちがわっしょいそーれと歓声を上げながら群衆を湧かせる。

 

「百鬼夜行のお祭りって、こんなに楽しそうなものだったんだね」

 

 アツコがどこか他人事のように言う。それを私は、ある程度の諦観と共に聴く。

 当然と言えば当然だ。アツコはそもそもトリニティはアリウス分校の人間。さらに指名手配犯で、表立ったことはできない。

 このお祭りでやったことだって、金魚すくいに食べ物を買い込んだことくらいだ。大人の私ならばともかく、生徒であるアツコがお祭りを堪能したとはとても言えないだろう。

 

“何だか、私ばっかり楽しんじゃってたかな”

「ううん、私も楽しかった。……本当に、楽しかったから」

 

 コンソメ味のポテトを口に運びながら、アツコが話す。その表情は今日あったことを噛み締めるような、穏やかで柔らかい笑顔。

 

「私、百鬼夜行のお祭りについて何も知らなかった。アウトロービーチの時とは違う……こんなに賑やかで、みんな楽しそうで……」

“……そうだね。お祭り運営委員会の子たちが頑張ったんだよ”

「金魚すくい、楽しかった。きっと射的も輪投げも、やってみたら楽しいんだろうな」

 

 眼下に広がるのは幾千もの灯り。夜の闇の中で光る、人々の賑わいの証だ。

 

「私、先生と一緒にここに来れてよかった」

“アツコ……”

「先生は、楽しかった?」

“……楽しかったよ、本当に。アツコと一緒だったから、いつもよりずっと楽しかった”

 

 これは紛れもなく本当のことだ。アツコがいたから、大人らしからぬはしゃぎ方をしてしまったのも事実。

 

「先生、私ね? 先生の……――――」

 

 アツコのその言葉は、最後まで私の耳には入らなかった。

 ドン、と大きく爆発音。次いで、辺り一辺が急激に明るくなる。

 

“あっ、花火だ!”

「えっ、花火?」

“上見て、上!”

「――――わぁ……!」

 

 大輪の花火が、夜空を彩り始める。百鬼夜行特有の何発もの一瞬の美が闇を照らす。

 そういえばキヴォトスの外で花火を最後に見たのはいつだっただろうか。その時、誰かと一緒だっただろうか。

 ふと、石段に置いた私の右手に、いつの間にかアツコの左手が添えられていた。

 

“…………アツコ?”

「ふふ、何だかロマンチックだね、先生。お祭りから少し離れたところで、先生と私の2人きり」

“そうだね。ところで、今何て言おうとしたの?”

「さあ……忘れちゃった。いつか思い出したら言うね」

“……そっか”

 

 カメラは持ってきていないという。バッテリーが切れたあのカメラを、アツコはずっと大事にするのだろう。

 私も同じように、今日ここでアツコと見た花火を忘れない。忘れようにも、あまりに鮮やか過ぎて忘れられそうにない。

 

「――――綺麗だね、先生」

“うん、本当に綺麗だ”

 

 主語のない言葉の応酬は、それでも本音だ。凛と咲く彼女の横顔が光に照らされる姿はあまりに可憐。

 この笑顔がずっと咲き続けていられることを、私は心から願っていた。

 




モチーフとなっている楽曲があります。まんまです。私は原曲派です。
アレンジ版も好きですけど、あの感じが好きです。
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