私と君のアーカイブ   作:自産自消

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「アツコが夏祭りに行く話」の直接の続編になります。
そちらも読んでいただけたらより楽しめると思います。


槌永ヒヨリ
ヒヨリも夏祭りに行く話(※)


 アツコにせがまれて、百鬼夜行での祭りに繰り出したその翌日。

 

『先生、アツコちゃんから聞いたんですけど』

『アツコちゃんとお祭りに行ったって』

『本当ですか?』

 

 ヒヨリからこのようなモモトークが届いた。

 

(アツコ……よっぽど楽しかったんだなぁ……)

 

 心の底から私とのお祭りを楽しんでくれたのはこちらとしても嬉しいが、それを他の子に語ったとなれば話は変わってくる。

 

(そうなるとヒヨリも連れ出さなきゃ、不公平になるからなぁ……)

 

 ふと、あの場で財布から飛んで行ったお金を数えてみる。全体的に見れば大層な痛手ではないものの、家計簿をつけていたなら金額を書いた瞬間に眉を顰めることになるレベルの出費だったことは間違いない。

 

“ああ、うん。行ったよ”

『アツコちゃん、すごく楽しそうに先生とのお祭りのこと話してて……』

『あんなにきらきらした笑顔のアツコちゃん、私でもそんなに見たことなくって』

“そんなにだったか……”

 

 さすがに神社の石段での思い出は話していないことを信じたい。もし少しでも誇張されていようものなら私は「先生」ではいられなくなるかもしれないからだ。

 

『百鬼夜行、私行ったことないんですよね』

“そうだったんだ?”

『はい。基本はトリニティ自治区内の廃墟に潜んでいるので、あまり遠出する機会はないと言いますか』

 

 確かに、電車に乗るのにも金が必要だ。医療品すら道端に落ちていたものを使おうとしていたことを思い出すと、日々の暮らしを送ることで精一杯なのだろう。

 

『……あの、先生』

“どうしたの?”

『その、烏滸がましいことなのですが……今、何をしていらっしゃるんですか?』

“シャーレで仕事してるよ”

『もし先生がよろしければなんですが、私もそのお祭りに連れて行ってくれませんか?』

 

 そんな状況にあるヒヨリが昨日のことを知ったら、このような話の運びになることは分かっていた。

 ヒヨリに悪気がないのは分かっているし、こちらも連れていくことは満更でもない。財布から金が飛んでいくだろうことに目を瞑れば、ヒヨリたちにはできる限り良い思いをさせてやりたいというのが本音だ。

 

“ミサキは今どうしてるの?”

『ミサキちゃんにもお祭りはどうかと聞いたんですが、「人がいっぱいいるところは頭が痛くなる」って』

“ああ……、なるほど”

『ということで、もし行くのならば私1人になりそうなんですが……』

“アツコは?”

『アツコちゃんは「昨日で満足した」って言ってました』

“そんなにだったかぁ……”

 

 アリウス出身の子はどれだけ娯楽に縁がなかったのだろうか。行方をくらませたあの悪い大人の顔を思い出して、一瞬口から何か悪いものが出そうになる。

 

『どうでしょうか……?』

 

 スマホの向こうに、泣きそうになっているヒヨリを幻視する。

 

“分かった。今から百鬼夜行に来れる?”

『いいんですか!? こんなに恵まれるなんて……もしかして私、この先でとんでもない不幸に巻き込まれるんじゃないでしょうか』

“電車賃ある? なければ私が迎えに行くけど”

『電車賃まで出してくれるんですか!? これはもうダメそうですね……』

 

 とりあえず、この後ATMでお金を下ろしてくることが第一予定に入った。電車での往復を含めても、大体2万円あれば足りるだろう。

 まあ、ヒヨリたちが元気そうで何よりだ。そう思うことにした。

 

 

 

 

 

 

「す、すごい人の熱気ですね……。これが、お祭り……」

“ヒヨリはこういうの、初めて?”

「はい。アリウスではお祭りなんてありませんでしたから」

 

 百鬼夜行は観光業も盛んだ。特にお祭りシーズンともなると、キヴォトスの各地から観光客が大勢やってくる。その中に指名手配犯がいようと、おそらくは分からないだろう。「木を隠すなら森の中」とはよく言ったものだ。

 ヒヨリは屋台や人の往来に目を白黒させながらも、まずどこに向かうかを物色していた。トリニティと百鬼夜行では文化が違う。文化が違うということは、何を食べるかもまた異なるということだ。せっかくの機会なのだから、珍しくかつ美味しいものを腹一杯に食べさせてやりたいところだ。

 

“じゃあ、まずどこ行こうか”

「この道の両脇に広がっているのは……全部、お店なんですか?」

“そうだね。遊べるところもあれば、食べ物を売ってるところもあるよ”

「その、お金持ってないんですけど……」

 

 それは知っている。電車賃すら出すのに苦労していたのだ。

 

“いいよ。今日は私が出すから”

「本当ですか! うわぁ、えっと、それならあそこのたこ焼きがまずは気になります」

“たこ焼き? いいよ”

「たこ……どんな味がするんでしょうか」

 

 屋台の前に行くと、法被姿の生徒が針を使って器用にたこ焼きを作っている。ヒヨリはその手捌きに驚いているようだったが、すぐに私に向き直って目を輝かせる。

 

「これ、すごくいい匂いがします。でもたこはどこに……?」

“生地の中に脚の部分が入ってるんだよ。ソースと鰹節をかけて食べるのが主流かな”

「百鬼夜行の人はすごいですね……たこを食べるなんて」

「おっ、百鬼夜行は初めて? たこ焼き食べな! うちのたこ焼きは超一流さ!」

 

 ヒヨリの物珍しそうな目つきを感じ取ってか、テキ屋の生徒が声をかけてきた。これはここで買わなければ情がないというもの。

 

“私は初めてじゃないんだけど、こっちの子はあまり外に出たことがなくってね。せっかくだし美味しいもの食べさせてあげたくって”

「それでうちを見つけたってわけ。光栄だねぇ!」

“あはは、それじゃあ2人前お願いできる?”

「あいよ! 焼きたてをあげちゃうね!」

 

 そうしてあっという間にたこ焼きが紙の舟に乗せられていく。手渡されたのは7個が2人分。傍らの看板を見るとでかでかと「1人前6個 300円」と書かれているのだが。

 私が怪訝そうな顔をすると、テキ屋の生徒は黙って私にウインクをしてきた。ここは何も知らないふりをして善意に甘えるのがいいだろう。

 

“ありがとう。美味しくいただくよ”

 

 そう言いながら舟を1艘ヒヨリに渡すと、その熱さに声が上がる。しかしすぐにその驚きは好奇心に、そして食欲に満ち満ちた表情に変わっていく。

 

「こ、これがたこ焼き……」

“中はかなり熱くなってるから、一口で食べちゃ――――”

「はぐっ…………んー!? んーっ!」

“ああ……”

 

 私が忠告を言い終わらないうちに、ヒヨリは一口サイズに丸まった熱々のたこ焼きを頬張ってその熱さに悶え始める。鞄の中に常備していた水を渡すと、あっという間に500mlがヒヨリの喉の奥に消えていった。

 

「し、舌を火傷してしまいましたぁ……。もう終わりです。お祭り、こんな罠があったとは……」

“大丈夫だよヒヨリ、他にも楽しいものはいっぱいあるから”

「うぅ……こうなったらやけくそです。他の美味しいものも食べないと収まりがつきません……」

“悔しさに震えるのはいいけど、気を付けてね。いつかのゴリゴリ君みたいに落としたらダメだよ”

 

 その後も私は屋台の食べ物を片っ端から買ってはヒヨリに与えていった。いかせんべいなんかは好き嫌いが分かれるかと思われたが、物珍しさに眉を顰めながらもヒヨリは美味しそうにバリバリと咀嚼していた。

 

「食べ物の選り好みなんて、できませんでしたから。えへへ……」

 

 アリウス自治区の、あの荒廃した風景を思い浮かべる。

 キヴォトスらしからぬ曇天に荒れた家屋。細い路地はどれもがスラムと化していて、とてもじゃないが子供がただで生きていけるような環境ではない。

 

「でも、百鬼夜行の食べ物はどれも美味しいですね。幸せです……。ミサキさんにも、食べさせてあげたかったですね……」

“ミサキにも、何か買っていこうか”

「いいんですか? ミサキさんもきっと喜ぶと思いますけど……」

“大丈夫。私には大人のカードがあるから”

 

 ならば、この場にいないミサキにも、少しでもお祭りの気分を味わわせてやりたいと思うのは当然だろう。

 少し辺りを見回してみると、土産物を取り扱っているらしき屋台村が広がっていた。アツコと来た時には目もくれなかった場所だ。

 

“あそこでいろいろと売ってるから、見てみようか”

「うわぁ、ありがとうございます! とても嬉しいです……!」

 

 そこで売っていたものは先程まで私たちが食べていたものとは違い、饅頭や最中のような百鬼夜行特有の冷えたお菓子が多かった。観光客に向けて保存の効くものを、という配慮だろう。値段も手頃なものが多い。ふとすれば買い過ぎてしまいそうなほどだ。

 

“ヒヨリはどれを買いたい? 好きに選んでいいよ”

「本当ですか! なら、えーっと、あの人形焼きっていうのに、お饅頭に、それとそれと……」

“でもあまり買い過ぎないようにね。家まで持ち帰ることも考えて”

「あっ、そうでしたね……。うぅ、美味しそうなものがあるのに全部買えないなんて……選ばなければならないなんて、やはり人生って難しいですね、辛いですねぇ」

“ヒヨリが悩んで選んだものなら、きっとみんな喜ぶよ”

「だといいんですけどね……。うーん、それなら、どうしましょう……」

 

 そうしてヒヨリは、さまざまな種類のお菓子が入った菓子折りを8個買った。偏食なミサキでも食べられるものがあるようにという心遣いだろう。

 

“それにしてもいっぱい買ったね。同じ種類のものをそんなにいっぱい”

「えへへ……いっぱいあった方が、いっぱい楽しめますから」

“もっと別のを買ってもよかったんだよ? 人形焼きとか美味しそうだったし”

「ああ、これは別に私たちだけのお土産じゃなくって……サオリちゃんのも……」

 

 パンパンに膨れた紙袋を提げてヒヨリが言う。

 

“サオリ、どこにいるのか分かってるの?”

「いえ、ブラックマーケットでいろんな仕事をしてるみたいなんですけど、住んでる場所とかは分からないんです」

“それなら……”

「でも、いつ帰ってくるかも分かりませんし。ひょっとしたら明日顔を出すかもしれません」

 

 ヒヨリがここではないどこかを見つめて言う。日はすっかり傾き、もうじき祭りの本番である夜が始まる。

 

「その時に私たちばっかりいい思いをしてたら、サオリちゃん拗ねちゃうかもしれませんから。たくさんのお土産で出迎えておかないと」

“…………そっか”

 

 サオリはアツコやヒヨリとは離れ、自分なりにできる償いを探している。それは音が真面目なサオリだからこその行動だが、こういう時はどうしても不便だろう。

 

“ねえヒヨリ、もしよかったらなんだけど……”

 

 

 

 

 

 

「先生、いきなりどうした? 来てくれだなんて、珍しいな」

“ああ、サオリ。突然ごめんね“

 

 ヒヨリと百鬼夜行に出向いた数日後、私はシャーレに併設されたカフェにサオリを呼び出した。

 私はサオリとの連絡手段を持っている。エデン条約に関するごたごたを経て私に負い目を感じているサオリは、私の呼び出しに対しては非常に寛容だ。今回はそれを利用させてもらう形になった。

 

“今回は、サオリにちょっと渡すものがあってね”

「…………?」

 

 そうして私は菓子折りを2個、サオリに差し出す。

 

「これは? 百鬼夜行のお菓子か?」

“この前百鬼夜行に用事があってね。その時のお祭りで買ったものなんだ”

「先生から、私に……」

“ああ、これは別に私からってわけじゃないんだ。私自身からは、何も”

 

 私のお土産はわざわざシャーレに来た生徒に対してのものだ。このような個人に対しての贈答品を私が買うことはない。

 

「ならばこれは、誰からの……?」

“ヒヨリからだよ”

「ヒヨリが? 私に?」

“私は、ヒヨリからのお土産を預かってただけ”

 

 あの後私はヒヨリに、サオリの分の菓子折りを私が預かることを提案した。そうした方がサオリに渡せる確率が上がるからだ。

 

『そんなことを提案してくれるなんて……うわぁん! 先生が優しすぎて困ります!』

 

 ヒヨリはそう泣き叫びながら、私にお土産を託してくれた。ならば私は、その責任を果たすだけだ。

 

「そうか……ヒヨリが……」

 

 サオリは照れ臭そうに、お土産から視線を逸らす。

 

「ヒヨリは、元気だったか?」

“元気だったよ。体調も崩してない”

「ならよかった……。しかし、私が受け取ってもいいのか」

“ヒヨリは、サオリに受け取ってほしいと思って選んだんだよ”

「……そうか。なら、受け取らなければいけないな」

 

 そして、サオリは菓子折りを小脇に挟んで席を立つ。どうやらこの後も、ブラックマーケットで請け負った仕事があるらしい。忙しい中、予定の合間を縫ってここに来てもらったのだ。

 

“それ、私も食べてみたんだけど、美味しいから”

「……………………」

“いろいろ落ち着いたら、ゆっくり食べてね”

「……ありがとう。ヒヨリにも、そう伝えてくれ」

 

 そう言ったサオリの表情は、アリウススクワッドを厳しくも優しく導いてきた姉としての、非常に誇らしげなものだった。

 少なくとも、私にはそう見えた。

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