私と君のアーカイブ   作:自産自消

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アビドス、立地からして詰んでる。
何が楽しくてあの5人はあそこに残っているのだろうか。


黒見セリカ
セリカを介抱して、一緒にご飯を食べる話


 黒見セリカという生徒がいる。

 アビドス高等学校の抱えている莫大な借金の返済に少しでも力になるべく、昼夜問わずアルバイトに走り回っている大変義理堅く真面目な子だ。

 私も時々彼女のバイトを手伝ったり、その疲れを労ったりしているのだが、助けになれているとはとてもじゃないが言い難い。

 

 彼女のアルバイトにはさまざまな種類がある。紫関ラーメンでのバイトに夜間警備、公園の草むしりなんかやる日もある。今挙げたのは私が手伝ったものだけで、私の知らないところでどれだけのアルバイトをこなしているか分かったものではない。

 非合法なものには手を染めていないようだが、その分給料も安いしハードなことには変わりない。溜まった疲労でバイト中に倒れてしまうこともあったくらいだ。

 

「…………あ、先生」

 

 日曜の夜、用事を済ませてアビドスから去ろうと思っていた私の目の前で明らかに疲弊しきった表情をしたセリカは、まさにかつて私に見せた「マジでぶっ倒れる5秒前」のものだった。

 

“せ、セリカ!?”

「先生はどうしたの……? 私は、これから帰り…………」

 

 いつものどこか反抗的な物言いも鳴りを潜め、目線は私を見ているようで時々ふらりとあらぬ方向に逸れている。本当に疲れ切った時、人は笑うのだ。何もかもがどうでもいいと言うように。

 

“セリカ、大丈夫!?”

「だいじょぶ、寝てないだけだから……」

“それは一大事だよ!?”

 

 私は大人だから徹夜も我慢出来る。体力も少しはついているし、アロナやリンちゃんといった優秀なサポートがいるから、極論私が一時的に動けなくてもある程度はカバーしてくれる体制がある。

 しかしセリカの場合は別だ。彼女はアルバイトとして金を貰って仕事を独力でこなしている。何より、仕事を途中で放り出すのはセリカ自身の使命感や正義感が赦しはしない。

 私と会って気が抜けたのか、セリカはその場でペタンとへたり込んでしまった。慌てて駆け寄ると、今にも眠ってしまいそうだと言わんばかりに目をぎゅっと瞑っていた。

 

“セリカ、私の背中に乗れる?”

「んぅ……」

 

 事ここに至っては躊躇する暇はない。急いで背中を貸すと、セリカはうんうん言いながら私の背に乗った。

 普通だったら負ぶわれるにせよ「バカ!」だの「変態!」だの言われるのだが、今回はそういった悪態が一切なかった。背中でぐったりとしている少女をなるべく揺らさないように、体力を消費させないようにゆっくりと歩を進める。

 

“セリカの家ってどっち?”

「……………………あっち」

 

 拙いナビに従って歩いて数分、「黒見」と表札に書かれた住宅を見つけた。

 「着いたよ」と声をかけて腰を下ろすと、セリカはふらふらと扉に近づき、そして覚束ない手つきで鞄から取り出した鍵でドアを開けた。

 まるで吸い込まれるようにセリカが家に入っていく。ドアがバタンと閉まり、敷地の外には呆けたような顔をした私が残された。

 

“……大丈夫なのかな、あれ”

 

 そう思ったのも束の間、眼前の家の中からドタァンと、何かが落ちたような、倒れたような音がした。

 この状況でそんな音を出せる者は1人しかいない。無我夢中でドアを開ける。

 

“セリカ!?”

 

 そこで私が見たのは、床に倒れ込んで熟睡しているセリカだった。左手が枕になっているため、頭を打ってはいないと考えていいだろう。恐る恐る近づいて息を確認すると、穏やかな呼吸が聞こえてきた。

 それにしたって不健康そのものだ。徹夜は1回するだけで翌日のパフォーマンスに重大な影響が出る。肉体労働の多いアルバイト生活では尚更だろう。リビングにソファーがあったので、セリカの身体をお姫様抱っこの格好で抱えてそこまで運んだ。

 

“ふぅ……、起きてないよね……?”

 

 横たわった彼女は静かに寝息を立てている。見渡した部屋は殺風景で、机の上に勉強道具があるくらいだ。

 日頃からどれだけセリカが外中心の生活を送っているかが伺える。何だか埃っぽさを感じて、鼻の奥がグズグズしだした。

 

“これ、このまま帰ったらセリカが危ないよね……”

 

 もちろん私はセリカの家の鍵なんて持っていない。ここで私が眠っているこの子を放って帰ったら、必然的に鍵が開いたままになってしまう。そうなるともし強盗が入ってきた時に対処しきれない可能性が高くなる。

 それを防ぐためには、少なくともセリカが起きるまでは私がここに残るしかないわけで。

 

“でも起きたらどうなるか分かったものじゃないよね……”

 

 セリカは気が強い。その上警戒心が強い。そして喧嘩っ早い。

 大人の男である私が部屋に上がり込んで、あまつさえ眠っている自分と一緒にいたという事実を知ったらどんなことになるか。想像しただけで恐ろしかった。

 

“…………うん、大丈夫でしょ! もし怒られたら死ぬ気で土下座したらいいし!”

 

 起きた直後のセリカが少しでもここに至るまでの経緯を覚えていることを祈りながら、私は持ち帰るはずだった書類の確認を始めた。

 

 そうして午後10時を回った頃、セリカが身じろぎしながら目を覚ました。

 初めは「あれ、ここ、私の家……?」と言いながら周囲の状況を確認していたが、部屋の中で机に向かいながら仕事をしている私を見るや否や、顔を真っ赤にして絶句してしまった。

 

「な!? な……なんっ…………!?」

 

 そう言って彼女は鞄から銃を取り出し始めたので、私は外面だけは落ち着き払ってセリカを説き伏せ始める。

 

“セリカ、ここに来るまでのこと覚えてる?”

「お、覚え……っ、あ…………」

 

 どうやら誰が自分を自宅のソファーまで運んだのかを察したようだ。片手で頭を抱えながら、セリカは私に向き直る。

 

「……先生が、ここまで運んでくれたの?」

“本当は家まで送り届けるだけの予定だったんだけど、玄関で倒れてたからさ”

「確かに、玄関からの記憶がない……」

 

 気まずい空気が流れる。セリカからしたら複雑だろう。情けないところを見せたばかりか、その介抱までしてもらったのだから。

 いつもの強気さはどこへやら、寝起きのテンションも相まってしゅんとしてしまっている。正直こんなセリカを見たくはない。

 

“…………あのさ、セリカ”

「何……?」

 

 だから、私から動くことにする。

 

“もしよかったら、一緒にご飯食べない?”

 

 おそらくバイト帰りで疲れてしまって、満足に腹も満たせていないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 午後10時半、深夜と言っていい時間帯だ。

 こんな時間帯にやっている店は紫関ラーメンのような屋台かファミレスくらい。セリカの疲労を鑑みて、今回は近くにあったファミレスにした。

 やはりと言うべきか、人気が少ない。あるのはキッチンの方角に感じられる料理人の気配に料理を運ぶ猫の顔をしたロボットだけだ。

 

“何食べる? 何でもいいよ。今日は私のおごりだから”

「そんな……自分のご飯代くらい、私が……」

“こういう場面はおごらせてよ、大人としてね”

 

 メニューを渡すと、セリカは「これにする」と言って一番安いハンバーグセットを指差した。こういう時に遠慮してしまうのはセリカの長所でもあり短所でもある。私は遠慮せずに期間限定のカキフライ定食を頼むことにした。

 

“今日は何のバイトやってたの?”

「昨日の夜から朝まで夜間警備で、昼から公園の草むしり……。終わった直後から身体中が痛くって……」

“それは、体力勝負だったね”

「もう本当にキツくって……バイト中何考えてたかも覚えてない……」

 

 運ばれてきたハンバーグを口に入れると、「久しぶりにアツアツのもの食べた……」なんて言葉が飛び出してきた。考えるにバイト漬けだったなら食事を落ち着いてとる時間もなかったのだろう。そうなるとコンビニのおにぎりや弁当が精々だ。

 

「温かい食事ってこんなにありがたいのね……文明の味がするわ……」

“アツアツだと美味しいよね”

「うん……」

 

 ハンバーグをライスの上に乗せてモクモクと食べるセリナは、今日最初に見た時よりも少しだけ元気になったようだった。

 そうしていると同じ机で食事をとっているということもあってか、少しセリナの口が滑らかになっていった。

 

「正直、いつまでこんなこと続くんだろうって思うの」

 

 セリカは気が強い。だが、その強気さは自分の大事なものを傷つけさせまいとする意志の現れでもある。アビドスという街や、対策委員会の仲間たちを彼女は心底大事に思っているのだ。

 

「バイトの時給なんてたかが知れてるし、カイザーの一件があって借金も減ったとはいえ、それでもまだすごい額が残ってる」

 

 フォークとナイフが皿の上に置かれる。カタンという決して大きくない音がやけに響いて聴こえた。

 

「それでも何とかしなきゃって思ってる。だからバイトを頑張ってるんだけど……こんなのがいつまで続くのかなって」

 

 アルバイトばかりで遊ぶ暇もないのだろう。いつか「この給料は全部対策委員会に寄付している」と言っていた。セリカ自身の生活は最低限のものでしかないのは、今日上がり込んだ家の風景を見て分かった。

 

「私、学校に通ってるんだよね、とか……あ、当然通ってるのよ? でも、遊んだり勉強したりする暇は……」

 

 時々私と一緒にあちこちを見て回ったりはしている。シロコやアヤネと一緒に談笑する時間もあるという。

 だが、学生らしく過ごせている時間は、他と比べてあまりに少ない。俯いたその表情は、私からは見えない。

 

「それでこんな風に疲れて、玄関で倒れるように寝ることもあるし……本当、私って何やってるんだか」

 

 そうして自分の発言にハッとしたのか、セリカが顔を上げた。

 

「ごめん、これ全部弱音! 私は私にできることをするって決めたから! だからこんなこと言ってたってことは秘密にしておいて!」

“…………うん、もちろん”

 

 いつの間にか目の前に置かれていたカキフライは、少しばかり冷めていた。急いで付け合わせのタルタルソースと一緒にいただく。ジュワリとまだ温かみのある油が口の中に広がった。

 

“ねえ、セリカ”

「ん、何?」

 

 そう呼びかけたセリカの口元にはデミグラスソースが付いている。先程まで付いていなかったものだ。発言を誤魔化そうとして勢いよくハンバーグを口の中に入れたせいだろう。

 

“私は、セリカたちの味方だからね。困ったことや言えないことがあったら、私に言って”

「…………!」

“できることはあまりないけど、それでもできる限り助けになりたいからさ”

 

 セリカは義理堅い。私がバイトの手伝いをすると、いつも必ずその分け前をくれる。断っても「受け取って」の一点張りだ。

 そういう子だからこそ、幸せになってほしい、報われてほしいと私は思う。

 

「……うん、ありがとうね先生。今日のお礼は必ずするから」

“別にいいよ。こういう時はカッコつけさせて”

 

 この夜が明けた後も頑張り続けるであろう彼女が、せめて今夜はゆっくりと眠れますように。

 別れた後にふと見えた月は、砂漠の街の全てを優しく照らしていた。

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