私と君のアーカイブ   作:自産自消

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アズサが先生と遊園地デートする話(※)

 この間、買うものがあって立ち寄ったショッピングモールにてたまたま開催されていた福引きで、幸運にも1等を当ててしまった。

 カランカランと高らかに鳴るベルの音と共に渡されたのは、遊園地のペアチケット。

 

“……ペアチケット、かぁ”

 

 LED灯に照らされて半透明になったチケット2枚が、私の手の中でピラピラと踊っている。今日はアズサと1日中デートをすることになっているのだ。その行き先として「遊園地」というのはベストに近いのではないだろうか。

 

“それに、万が一これが見つかった時にどうなるか気が気じゃなかったしね……”

 

 腕時計をちらりと見る。現在時刻は午前7時55分。

 待ち合わせはシャーレビル前に午前8時。モモトークを開くと、『警戒のため、時刻ちょうどに来るようにして』というアズサのトークが光る。何に対する警戒だろう。誰かに見られることだろうか?

 

“もうじき、行った方がいいよね”

 

 いつものスーツに白衣を羽織り、鞄にシッテムの箱と財布を忍ばせて椅子から立ち上がる。姿鏡を見ると、いつも通り顔色の悪い私が映っていた。

 

“せめてデートくらい、ちゃんとした服でキメたいんだけどね”

 

 よく観たら白衣には皺も染みも存在せず、スーツも大事な時のために状態よく保存していた一張羅となっている。アズサには本当に申し訳ないが、これで無礼を許してもらおう。

 エレベーターを使って1階に下りると、真正面に自動ドアが見えてくる。その向こうに、紫がかった銀髪がきらきら輝いていた。

 自動ドアが開く音がすると同時に、彼女がこちらに振り返った。小さな手がきゅっと握りしめられているのが見える。

 

“や、アズサ”

「先生……!」

 

 風にフリルが揺れている。白いワンピースに身を包んだアズサが、春の陽射しを浴びてそこにいた。少し目を離したらすぐにこの柔らかな光の中に消えてしまうのではないかと思うほどに輝くその姿は、アズサがこのデートに本気で臨んでいることの証だった。

 

“時間ちょうど、だよね?”

「うん、8時ピッタリ」

“何分前から待ってたの?”

「1時間前……何かあったら、いけないから」

 

 そう言ってアズサは手に持ったバッグを掲げる。おそらくその中に愛用する銃や火薬、そして爆弾がこれでもかと詰まっているのだろう。それでもそれを悟らせないくらいの膨らみに抑えているのはさすがの一言だ。

 しげしげと眺めていると、ふとアズサの顔に赤みが差してくる。表情もいつものクールなものではなく、ちょうど初めてのデートにとびっきりの服装で臨んだ女子学生のような不安げなもの。

 

“アズサ、その服……”

「…………うん」

“すごく綺麗だよ。正直、びっくりした”

「……本当?」

“うん、本当。おしゃれでかわいいよ”

 

 そう言うと、アズサは顔を綻ばせる。それも少し口元が緩む程度のものだが、補習授業部での日々から私はこれがアズサにできる最上級の喜びの顔だということを知っていた。

 事実、そのワンピースは本当に似合っていた。動きをあまり制限することなく、かつ極限まで「白洲アズサ」という美少女を際立たせている。デート衣裳にはうってつけの代物だ。

 

「よかった。……アドバイス、貰ってよかった」

“アドバイス貰ったんだ。誰に?”

「ハナコにモモトークで訊いたら、ファッションショーになって……これなら先生もメロメロだって」

“そっか、ハナコが……”

 

 アズサは補習授業部の中ではとりわけヒフミと仲が良いと思っていたのだが、彼女ではなくハナコに尋ねたのか。少し不思議に思ったが、表情から見るに何かまずいことが起こったとかではなさそうだ。

 それにしてもハナコは服のセンスまでいいのか。彼女は一体何ならできないのだろう。下ネタの自重くらいではないか。

 

「……先生は、この服好き?」

“うん、大好き”

「っ! の、ノータイムで言われると、照れる……」

 

 気恥ずかしくなってしまったのか、アズサが私から目を逸らしてしまう。言っていることは全て本音だし、何ならもっと褒めてもいいところではあるのだが、遊園地の混み具合も考えるともうじき出発しないといけないだろう。

 

“それじゃ、行こうか”

「そう言えば……今日は、どこに行くの? 完全に先生にお任せしてしまってるけど」

“ふふふ、実はですね……こんなものがありまして”

 

 そうして鞄から取り出したるは、福引きで当たったペアチケット。3000円の買い物がよくぞここまで化けてくれたものである。

 

「それは……チケット?」

“そう、遊園地の”

「ということは、今日は先生と一緒に、遊園地?」

“うん。時間ギリギリまで遊んじゃおうか”

 

 デートに遊園地とは、なかなかありきたりなものである。しかし「ありきたり」という単語は「王道」とも読み換えられる。

 

“付き合ってくれる?”

「うん、もちろん!」

 

 そして私はアズサの逸る足に合わせようとして、競歩かと思わんばかりの速足でしばらく歩くことになった。

 

 

 

 

 

 

「先生、大丈夫?」

“だ、ダイジョブダイジョブ……”

「急ぎすぎちゃった、ごめん」

“平気平気、私大人だから……”

 

 何とか平静を装うとするが、日頃の運動不足が祟って体力はだいぶ尽きかけている。額に浮いた汗を掌で拭うと、じっとりとした液体の感覚が確かに残った。

 さて、待望の遊園地だ。今日は休日ということもあり、一般人や生徒の集団で朝から賑わっている。遠くからはジェットコースターによって巻き起こった絶叫がうっすらと聴こえており、否が応でも興奮を掻き立てられてしまう。

 アズサは私を気遣う素振りを見せつつも、やはりどうしても早くアトラクションを楽しみたいようだ。そわそわと身体を震わせる仕草を見ていると、私もここで呑気に息を切らしてはいられない。白衣の裾で汗を拭いて背筋を伸ばす。

 

“それじゃ、まずどれをやる?”

「えー……うーん……」

 

 入り口で貰ったパンフレットと周囲の風景を代わる代わる睨みつけながら、アズサが呻き声をあげている。少し周りを見渡してみると、ちょうど空いているアトラクションを遠くに見つけた。すぐに遊べるし、何より座って楽しめるのは大きい。

 後もう少しで食べてしまいそうなほどに間近でパンフレットを読むアズサの肩を優しく叩くと、「ひゃっ!」と可愛らしい声が響いた。驚かせてしまったようだ、眉を顰めて振り向かれる。

 

「びっくりした……」

“ごめんね。声かけたらよかったね”

「……まあ、いいけど。それで、どうしたの?」

“うん、もし迷ってるようならまずあれをやってみない?”

 

 そう言って私が指差したのはコーヒーカップ。大手アトラクションと言うべきジェットコースターや観覧車はいつ行っても長時間並ぶのは必定。ならばできる限りいろんなものを楽しんでしまおうという算段だ。

 

“やったことある? コーヒーカップ”

「前に補習授業部のみんなと、こことは違うテーマパークに行ったことがあって……そこでやったことは」

“いいね。ちょうど2人でも楽しめるし、やろうよ”

 

 そう、コーヒーカップは2人以上が狭いカップの中に座って遊ぶものだ。それはつまり、私との物理的距離が縮まった状態で楽しめるということで。

 

「…………!」

 

 アズサからしたら、願ってもない好機だろう。

 

「うん! コーヒーカップ、やろう!」

“決まりだね。じゃあ行こうか”

 

 待ち時間は約5分。並んでいる間はアズサの遊園地経験について話した。補習授業部が行ったのはモモフレンズのテーマパークだという。何とも彼女たちらしいことだ。

 

“ぬいぐるみとか買ったの?”

「うん。私はスカルマンのぬいぐるみで、ヒフミはペロロの大きいヤツ」

“ぬいぐるみで部屋埋まっちゃいそうだね”

「心配ない。全部大切にしてる。もちろん先生に貰ったものも」

 

 聞けばどれがいつ貰ったものか全て区別がつくらしい。大きさやあしらいの違いで分かるのだろうか。

 

「あっ、先生。次私たちだよ」

“アズサはどうする? 思いっきり回す派? それとも流れに任せる派?”

「前にコハルと乗った時は流れに任せたから、今度は全力で回してみたい」

“オッケー、私も頑張って回しちゃおっかな!”

 

 係員に案内されて入ったカップは、周りと比べるとだいぶ小さめのものだった。私が脚を伸ばせば向こうの席に届いてしまいそうだ。

 

『それでは、お楽しみくださーい!』

 

 溌溂とした声が響き渡ると、カップがゆっくりと動き出す。景色が二転三転するが、眼前のアズサの爛々とした表情だけはハッキリと見える。

 

「じゃあ、回すよ」

“頑張ろう!”

 

 重いハンドルは、2人の力によってゆっくりと確実に回る。それと同時に、カップが回る速さも加速度的に上昇していく。いつしかアズサとハンドル以外は見えなくなっていた。

 

“速い! 速いよアズサ!”

 

 私が半ば叫ぶように言う。

 

「…………っ! 今度は逆回り!」

“了解!”

 

 ハンドルを今まで回していた方向とは逆に回し始めると、今までの回転速度の分だけ慣性がかかる。そうなると狭いカップの中は大騒ぎだ。あちらにグラリ、こちらにグラリ。気が付けば120秒のアトラクションはあっという間に終わっていた。

 

『お疲れ様でしたー! 足元にお気をつけて!』

「…………すごかった」

“うん、すごかったね……”

 

 アズサは何ともなさそうだが、私は降りた後も視界が回っている。幸い足がもつれてすっ転ぶということはないがふらふらだ。それに短時間で酷使した腕の筋肉もそこはかとなく痛い。

 

「あんなスピードになるんだ……初めて知った」

“なるんですよ実は。楽しかった?”

「本当に……すごく、楽しかった」

 

 もう次への期待でいっぱいいっぱいだと言わんばかりにアズサが目を輝かせる。そして次の行き先は、アズサの中では既に決まっているようだった。

 

「今度はあれ! メリーゴーラウンド!」

“メリーゴーラウンド? ジェットコースターじゃなく?”

「あれに乗るのは初めてだから、先生と一緒にやりたい!」

 

 大小様々な馬たちが、優雅な音楽に乗ってぐるぐると回っている。アズサは回転系のアトラクションが好きなのだろうか。

 

“いいね。じゃあ乗っておいでよ。私はアズサを撮ってるから”

「…………違う」

 

 ぎゅっと手を掴まれる。そしてぐいぐいと引きずられてしまう。不服そうな顔つきだ。

 

「先生と一緒に乗りたいの。だって、ほら……デートだし」

“なるほど……2人乗りか。できるかな”

「できると思う。ちょうど大きい馬もいるし、空いてるみたいだし」

 

 念のため係員に訊いてみると、あっさりと快諾が下った。そして大きめの馬にアズサを前にして2人で跨る。

 

『持ち手の柱にしっかりとお捕まりくださーい!』

 

 もちろん私が後ろから腕を伸ばすと、両腕でアズサを挟み込む形になってしまう。ちょうどあすなろ抱きと呼ばれる姿勢だ。手が銀色の髪に少しだけ触れると、ふわりと香水の匂いが漂ってきた。

 

 メリーゴーラウンドが動き出す。私が子供の頃は、遊園地に来たらジェットコースターやらシューティングゲームやら、とにかく激しく動くものばかり好んでいたものだ。

 しかしこうやってゆったりとしたものに身を任せるのもなかなかいいと気付いたのは、もう気軽に遊園地に行けるような年齢ではなくなった頃の話だった。

 

“アズサ、楽しい?”

 

 少し気になって、アズサに尋ねてみる。

 

「うん、楽しくて……ドキドキする」

 

 少しだけ、アズサが私の胸に体重をかけてきた。本当は持ち手があるのだから寄りかからなくてもよさそうなものだが。

 アズサの表情は私からは見えない。それでもその真っ赤になった耳を見てしまったら、どんな感情でこういうことをしているのかは容易く想像がついた。

 周りから「いいなぁあの2人」だの「私たちもああいう頃があったのね」だの聴こえた気がするが、アズサはそんなことなんて気にしない風だ。私たちは一体どう見えているのだろうか。

 

“これがやりたかったの?”

 

 耳元で囁く。

 

「…………うん」

 

 か細い声でそう返ってきた。それが何だか無性に愛おしい。

 馬たちが動きを止める。アトラクションは終わり、次のアトラクションを探さねばならない。

 

“どうする? 続ける? 空いてるみたいだけど”

「ううん、別のところにも行こう」

 

 そうして私たち2人は、日が暮れるまで遊園地を堪能し続けた。

 

 ジェットコースターでは落ちる瞬間の写真を撮られたようだが、私だけが座席の中で縮こまっていた。それを見てアズサは「先生って、ひょっとしてジェットコースター苦手なの?」と笑っていた。

 観覧車に入ると、キヴォトスの遠景と青空がよく見えた。この街の中で、生徒たちが青春を過ごしている。「私たちも、いつもはあの中にいるんだね」と不思議そうに零したアズサが印象的だった。

 

 そして日が暮れる頃になると、アズサは「今日は遅くなるって寮監の人に言ってある」と不意に言い出した。

 

「だから……お願い、もう少しだけ、一緒にいて」

 

 弱弱しく私の手を握ってくる彼女は、とてもあの強い精神を持っている「白洲アズサ」だとは思えない。屈んで目を合わせると、薄紫の瞳が揺れていた。ともすれば泣き出してしまいそうなほどに。

 

“もう夜も遅いから”

「…………うん」

 

 白いワンピースが震える。この日のために準備したのだろう。改めてよく見ると、本当にアズサに似合っていた。

 

“あと1つだけね。そしたら、一緒に帰ろう”

「1つだけ?」

“うん、あと1つ。何がいい?”

 

 夜の闇は、アトラクションたちのLED灯によって目映く照らされている。その中でも特に大きな光の塊が、大きな通りを横切っているのが見えた。

 アズサも私と同じものを見つけたのだろう。意を決したように私の手をまた引き始めた。

 

「一緒に、あのパレードが観たい」

“いいの? アトラクションじゃなくって”

「いい。また来た時にやればいいから」

 

 近づいてみると、同じようにパレードを観に来た人たちで賑わっている。この分では間近で楽しむことなんて不可能に近いだろう。

 

“見える?”

「うん、何とか」

 

 綺麗なパレードだ。遊園地のマスコットを模した台車が、虹色に光りながらゆっくりと目の前を横切っていく。上背とこの人混みを考えたら、もしかしたらアズサには見えていないのではないか。

 

“本当にこれでいいの?”

「うん。これがいい」

 

 目を細めながら、そして目線を前から逸らさずにアズサが言う。本当のところはアズサにしか分からないから、とりあえずは信じることにした。

 

「…………あのね、先生」

 

 繋がれた手がまたぎゅっと締まる。

 

「私、本当にここに来てよかった」

 

 音楽が鳴り続ける。マスコットたちが何事かを喋っている。

 しかし、アズサの声だけはハッキリと聞き取れた。

 

「補習授業部のみんながいて、先生がいて……今、本当の本当に幸せ」

“……デート、楽しかった?”

「楽しかった。夢みたいだった」

“よかった。私も楽しかったよ”

 

 アズサに目を向ける。光に中てられて、キラキラと瞳が輝いていた。

 そして、くいっと手を引っ張られる。

 

「だから……ごめんね先生。ちょっとだけ屈んでくれる?」

“屈む? これでいい?”

 

 膝を曲げて中腰の体勢になると、アズサがにこりと笑った。

 

「うん。これで、ちょうどいい」

 

 そして、アズサの唇が私の頬に触れた。

 吸うように熱烈なものではない。本当に、ただ触っただけの浅い口づけ。アズサからしたら、ただ数十センチ顔を移動させるだけで済むもの。

 しかし、その行動1つのためにアズサは一体どれほどの勇気を振り絞ったのか、私には一生図り知ることはできないだろう。

 

「だから、これはお礼」

 

 私には、今のアズサの顔を見ることができない。見てしまったら、私の中の何かが音を立てて崩れ落ちてしまいそうな気がした。

 

「……好きだよ、先生。大好き」

 

 視界の端で銀糸が揺れる。優しい風に乗ってラベンダーが鼻を擽った。

 

「また、一緒に来ようね」

 

 繋がれた手を離そうという気には、なれそうにもなかった。

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