私と君のアーカイブ   作:自産自消

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一之瀬アスナ
アスナと買い物デートする話(※)


「あれ? ご主人様ー!」

 

 一之瀬アスナという少女は、とても勘がいい。というよりも、自分の思い通りの結果への最適解を無意識に導き出す、と言った方が正確だろうか。

 だからだろうか、私は出先でよく彼女と会う。それだけ彼女の私に会いたいという気持ちが強いということなのだろうが、数日おきに顔を合わせているとその直感の鋭さに苦笑いしてしまう。

 そしてその勘の良さは、今日私が出向いたデパートメントストアにおいても健在だった。

 

“アスナ、また会ったね”

「えへへ、ここにいたらご主人様に会えると思ってたんだ!」

“私のことを待ってたの?”

「ううん、ここには服を買いに来たの! この前ご主人様とコインランドリーで会ったことを話したら、リーダーに怒られちゃって!」

“ああ……洋服はちゃんと用意しとけって?”

「当たりー! ご主人様ってやっぱり頭いいね!」

 

 洋服店の前で、普段着用らしきTシャツやズボンをどっさりと買い込んだアスナに声を掛けられ、しばし雑談に花を咲かせる。

 アスナは時折見ているこちらが心配になってしまうほど弱弱しくなることがあるが、今日はそのようなこともないようだ。足元がふらついている様子もなければ、物覚えが極端に悪くなっているようにも見えない。いつもの笑顔を爛漫と咲かせるアスナだ。

 

「ご主人様はここに何をしに来たの?」

“ああ、私? 私はシャーレの備品を買いにね

「備品?」

“書類の印刷に使う紙とかインクとか……まあ、これから買うんだけどね”

 

 未だ何も持っていない手をぶらぶらとさせる。日常的に消費するA4サイズの紙の在庫が切れそうだと発覚したのが3日ほど前のこと。その時に買いに行く選択ができればよかったのだが、なにぶんこの仕事というのは多忙だ。あれやこれやに忙殺されて、ようやく一息つけるようになった頃にはインクも底をつきかけていた。

 

“他にも当番の生徒を出迎えるためのお菓子とかお茶とか……予算で下りるからいいんだけどね。やっぱり常備しておかないと”

「ご主人様も大変なんだね。お疲れ様!」

“ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ”

 

 しかしせっかくのドライブだからと言って遠出したはいいものの、このデパートには初めて来る。このフロアはどうやら服飾品専門のようで、私の目当ての品が売っている様子は見当たらない。こんなことならば入り口付近の地図できちんと確認しておけばよかった。

 

“ということだから、私はそろそろ行くね。アスナも帰りは気を付けて”

「あっ、待って待ってご主人様! これからお買い物するんだよね!」

 

 話を切り上げてアスナと別れようとすると、輝くような笑顔で呼び止められる。

 

“ん? うん、そうだけど”

「私も手伝うよ! 荷物持ちとか得意だし!」

“…………えっ?”

 

 一瞬驚くが、アスナらしい申し出だと感心してしまう。

 自分で言うのも気恥ずかしいが、アスナは私によく懐いている。当番で来た時なんか、言われてもいない仕事や部屋の掃除をてきぱきとこなし、その度に「私はご主人様のメイドだから!」と笑って次の仕事をせがんでくる。その献身性は一般とはかけ離れたものだ。

 

“いやいや、いいよそんなに。アスナも荷物いっぱい持ってるでしょ?”

「こんなの全然大丈夫だよ! ほら、軽い軽い!」

 

 そう言ってアスナは袋を振り回しながら飛び跳ねてみせる。何着もの服でパンパンに膨らんだレジ袋をこれほど軽そうに扱う様子からして、アスナの言葉に嘘はなさそうだ。

 それに、アスナは心底の善意から私の手伝いを申し出ている。これを断るのは些か忍びなかった。

 

“本当に大丈夫そう?”

「大丈夫! 私に任せて!」

“それじゃあ……お言葉に甘えようかな”

「やったー! ご主人様のために頑張っちゃうよ!」

 

 今日はここに車で来ているとはいえ、紙というものは何百枚も重なるとそれなりの重量を発揮する。それを抱えてあちこち歩き回り、その上でシャーレに運び込むのは私にとってかなりの重労働だ。そう考えると、人手が1人増えるのはとてもありがたかった。

 

「ねえ、あそこの男の人ってシャーレの先生じゃない?」

「生徒に『ご主人様』呼びさせてるわよ……?」

「何と言うか、倒錯してるのね……」

 

 ……周りからの目が厳しいことを除けば、最良と言ってもいいだろう。

 

“あ、アスナ。ちょっと、声を控えて……”

「あっ、分かった。極秘任務ね?」

“うん、そう、極秘任務で重要任務だから”

「了解! 任務はきちんと遂行するよ!」

 

 そうして私たちは極秘重要任務……もとい、備品の買い出しを着々と行っていった。

 

「重い荷物は私に任せて!」

 

 そう言ってアスナは自分の荷物があるにも拘らず、備品のたくさん入ったレジ袋を自発的に持ってくれた。私としては必要以上に疲れずに済むので非常に嬉しいのだが、やはり大人としてアスナにばかり手間をかけさせるわけにもいかない。

 アスナは義理もないのに私を手伝ってくれているのだ。その善意に甘えてばかりではいけないだろう。

 

“じゃあ、私はアスナの服を持つよ”

「えっ、いいの? これ結構量あるよ?」

“私の荷物を持ってもらってるわけだし、私はアスナの荷物を持ちたいな”

「ご主人様がそう言うなら……はい、これだよ」

 

 アスナから袋を1つ手渡される。思ったほどの重さはなかったが、それでも少しばかり腰と背中に響いてくる重量だ。

 

“うおおお……これは……”

「あはは、無理しないでご主人様!」

“大丈夫大丈夫、これで買い物は終わりだから、後は……これを車に積み込めばいい、だけで……”

「あれ? 私の荷物もご主人様の車に積み込んじゃうの?」

 

 確かに、この後すぐに別れるならばアスナが買った服を私の車に積み込む道理はない。だが、目の前の従順な従者に対して礼の1つもしないのでは、「ご主人様」の名が廃るというもの。

 

“ああ、アスナ。この後って時間ある?”

「うん、暇だよ? それがどうかしたの?」

“いやね。アスナさえよければ、今回のお礼に近くのカフェかそこらでお茶しないかなって”

 

 そう言うと、アスナの表情がとりわけ輝き始めた。

 

「ご主人様から私に!? お礼!?」

“そう。重い荷物を持ってもらったわけだしね”

「わぁ、嬉しい! ご主人様とデートだ!」

“デート……かはちょっと分からないけど”

 

 「デート」という言葉の厳密な定義には沿わないが、それでも男女2人が意図して空間を共にするという事実には間違いない。

 

“それじゃあ、荷物を車に積み込みに行こうか”

「オッケー! 任せて!」

 

 アスナは元気そうに腕を振り振りハキハキと歩くが、一方の私はデパートを歩き回ったのと荷物を持っているのとで疲労が汗に滲み出始めていた。日頃から運動をしていないと、若い頃に培った体力も喪われていくのだ。生徒にちゃんとついていくためにも、今後は毎朝ウォーキングをしようと心に決めた。

 駐車場に着くと、アスナは真っ直ぐ私の車に向かって走り出した。私の車についての説明はしていなかったはずだが、すぐに突き止めた理由を尋ねたところ、「よく分からない」との答えが返ってきた。

 

“アスナは、すごいね?”

「えへへ、ご主人様にそう言ってもらえると嬉しいなー!」

 

 そしてトランクに荷物をあらかた詰み終わると、私が運転席に、アスナが助手席に座る。

 ようやく座ることができて一安心。だが、私はこれから運転をしなければならない。しかも隣には大事な生徒が乗っているのだ。気を引き締め直してエンジンをかける。

 

「先生の車! 先生の車! いい匂いするなー!」

“他人の車って独特の匂いがするよね。大丈夫? 変な臭いとかしたら言ってね?”

「そんなことないよー! 先生の匂いがする!」

 

 暗い立体駐車場を抜けてデパートの敷地を出ると、浜通りに出る。終わりかけの夏の陽射しが、フロントガラスを通じて私たちに襲い掛かる。この暑さを鑑みるに、心から冷房をつけておいてよかったと思った。

 

「夏だね、ご主人様!」

“夏だねぇ、まだ”

 

 この地域は海が近い。ドライブデートがてら近辺を走っていると、左手に海が見えてきた。キヴォトスの青い空が海に反射して、元いた世界では考えられないほどのマリンブルーが広がっている。

 

「うわぁー! ご主人様、海綺麗だよ!」

“ちょっとの間なら窓開けてもいいけど、どうする?”

「開ける開ける! えーっと、このスイッチを押すんだよね!」

 

 助手席の窓から潮風が車内に流れ込んでくる。以前は潮風というものが嫌いだった。何だかベタベタして、生臭くて、鼻の奥にツンとくるのが嫌だったのだ。

 しかし、今はどうだろう。

 

「あははは! ご主人様! これすっごい気持ちいいよ!」

 

 一瞬、隣ではしゃぐアスナに視線を送る。

 それは冷房がまだガンガンに効いているからだろうか。それとも、アスナと一緒にいるからその不快感を感じている暇がないからなのだろうか。もしくは、両方だろうか。

 いずれにせよ、私は今の潮風に吹かれている自分自身がそこまで嫌いにはなれなかった。

 

「ご主人様も、楽しい?」

“楽しいよ、アスナ。それじゃ、お忍びデートと洒落込もうか”

「やったー! ご主人様大好き!」

 

 今日の今しばらくは重い荷物を手放し、2人での自由なデートを楽しむことにした。

 

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