私と君のアーカイブ 作:自産自消
ずっと遊んでいられたらよかったのに。
「…………は?」
空崎ヒナが、死んだ。
ユスティナ聖徒会の複製だとかに最期の最期まで獅子奮迅のごとき戦いを見せ、立ったまま死んだという。
天井に輝く蛍光灯がやけに眩しい。光の刺激が酷く邪魔だ。何だ、それは。ミメシス? 聞いたことがない。
「はい、それとシャーレの先生の死亡が確認されています」
傍らに座るイロハが、私を無感情に見つめながら言う。
イブキはここにはいない。おそらく万魔殿の誰かが面倒を見ているのだろう。
「空崎ヒナが、死んだだと」
「死体は霊安室にあると聞いてます。見ますか」
跳ね起きる。打ち付けた身体に痛みが走るが、そんなことは関係ない。
「行かせろ。私を、そこに、行かせろ」
「はい」
救急医学部の生徒が私を止めるが、そんなものに構っていられなかった。3階の病室を抜け、急いで1階にあるらしい霊安室に向かう。
そんなバカな。空崎ヒナが死ぬはずがない。何回殺そうとしても殺せなかった女だぞ。
あの風格、あの佇まい、あの強さ。私が焦がれてやまなかったあの女が、私の謀略如きで死んだだと。
「認めん。認めんぞ。そんなことがあっていいわけがない」
イロハが一瞬立ち止まって私の方に振り向く。
その顔は能面のように、何の感情も読み取れなかった。
「…………はっ」
まるで私を嘲笑うかのように口から息を漏らした後、イロハは何も言わずに向き直って歩き始めた。イロハは以前から仕事に対して後ろ向きな態度をしていたが、ここまで私に対する反感を態度で示したことはなかった。
廊下では何人もの医療関係者がバタバタと走り回っている。何でこんなに忙しそうなんだ。誰がこんな怪我人を生んだ。
……私か? 私がアリウス分校を引き入れたのが原因か?
「ここが霊安室です」
冷気が閉まった扉の隙間から漏れている。寒気が凄まじいのはその冷気によるものか? それとも、この扉の向こうにある濃厚な死の気配を本能が感じ取っているからか?
取っ手に手をかけ少し引くと、ガラッと音を立てて開いた。鍵が開いているのか。なぜだ、セキュリティ意識がなってないではないか。
必死に思考を別の方向に逸らしながら、扉をゆっくりと開いた。電灯のついていないその部屋は、寒さも相まっていつか映画で見た夜の雪山の景色を彷彿とさせた。
立ち尽くす私を差し置いてイロハがつかつかと歩き出す。そしてそれぞれシーツを被った十数体の何某かのうちの1体の前に立ち、ピッと指差した。
「これが空崎ヒナです」
「これ、だと?」
いてもたってもいられず、転げるようにその何かに駆けよる。シーツの端々から漏れている白くふわふわな髪束が、この死体が「空崎ヒナ」であるという事実を何よりも雄弁に物語っていた。
「これだというのか。この死体が、空崎ヒナだと?」
「はい」
手が震える。しかしそれでも確かめずにはいられなかった。
これが空崎ヒナでないという証拠が欲しかった。イロハが私に対して日頃の仕返しにたちの悪い嘘をついていると信じたかった。
顔の部分にかかったシーツを掴み、そっとめくった。
へし折れた角が見えた。
広い額が見えた。
空崎ヒナが、眠っていた。
「…………寝ているんだろう」
「いいえ、死んでいます」
空崎ヒナが眠っている。
「嘘を言うな。寝ているではないか」
「死んでいます。脈を診ますか」
今ここで私がこんなにも騒ぎ立てているというのに、空崎ヒナは息も立てずに眠っている。
「冷たいのはこの部屋の冷房が効きすぎているからだ。外に出れば」
「どう外に出すというんです」
空崎ヒナが…………。
「死んでいるんです。動くわけがないでしょう」
死んでいる?
「死ぬわけがないだろう」
「死にますよ、生き物なんですから」
死ぬはずがない。私の謀略ごときで殺されるはずがない。
それくらいで死ぬような女が、ゲヘナの絶対的な力の象徴であり続けるはずがない。
「直接的な死因は失血性ショック死……まあ、銃による射殺ですね」
「射殺だと……? 銃弾ごときで空崎ヒナが死ぬか」
銃弾で死ぬような女なら、私がここまで執着するはずがない。
「経緯としては……ミサイルで弱ってたところを、限界まで戦って力尽きたと。言いましたよねこれ」
死なない。死なないのだ、空崎ヒナは。
私が何をどうしたって死なない女だぞ。
そっと手に触れる。およそ生物がしていい体温をしていなかった。
それは、つまり、死んでいるということで。
「…………ミサイルで弱っていたと、言ったな」
「はい」
では、もし、ミサイルがなかったら?
「空崎ヒナは、強いよな」
「はい」
ミサイルで弱ってなかったら、その聖徒会とやらに負けるはずがない。
「…………私が、殺したのか」
「そういう見方も可能かと」
ならば、それは私が殺したということと同義だ。
それも私が想定していなかった、最悪の殺し方だ。
「……………………」
私こそがゲヘナの頂に立つ者だと、空崎ヒナに刻み付けたかった。
這いつくばった空崎ヒナを高みから見下ろし、笑ってやりたかった。
「…………ハ、ハハハ」
それだけで十分だった。
「……おい、空崎ヒナ」
遊んでいられたらよかった。
「生き返れ。できるだろう」
お前の仏頂面を崩せたらそれでよかった。
「おい……嘘だと言えっ!」
空崎ヒナは眠っている。何も答えない。
「もう1回、もう1回だ! やり直しだ! こんな死に方認めないぞ!」
どれだけ叫んでも、空崎ヒナは目を瞑ったままだ。
「おい! おいっ!」
腕を掴まれる。救急医学部の部員が数名集まり、私をこの部屋から引っ張り出そうとしていた。
それでも、そんなことを気にしてなどいられなかった。物言わぬ空崎ヒナに向かって声をあげる。
それで起きるのならば何でもよかった。起きろと、私に向かっていつものように悪態をつけと願いを込めて叫んだ。
「…………気持ちが悪い」
そんなイロハの低い声すら、どうでもよかった。
――――キヴォトスが滅びるまで、残り1か月。
???「もう一度私に殺されろ!」