私と君のアーカイブ   作:自産自消

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イロハのバレンタインストーリーを読んでしまい、SAN値が0になった結果できてました。
絶対にあれだけじゃない。あれだけでイロハが済ませるはずがない。


その味は私と同じ(※)

 バレンタインデーという行事がある。

 女性が男性に向けてチョコレート菓子を贈るというもので、恋愛感情を伝える際に体のよいイベントだ。異性からチョコレートを贈られた男性は、少なくとも並み以上には思われているということになるのだから。もちろん社交辞令として職場の全員に市販の安い菓子を配ることもあるらしいが……。

 

 さて、今日は2月13日。バレンタインデー前日というわけだが。

 私が今立っているのは台所。目の前に広がっているのは融かして使えるチョコレート数十グラムに棒状のクッキー、そしてカラースプレーに食用ラメ。

 そうだ、私は今先生に宛てたチョコ菓子を作ろうとしている。

 

「…………はぁ」

 

 別に、誰よりも早く渡そうだなんて思ってはいない。あの人たらしの先生のことだ、どうせ2月14日の午前0時を迎えたと同時にシャーレのあの執務室を訪れる人はいるだろう。何なら今のうちに抜け駆けして渡している人もいるかもしれない。その辺はとっくに諦めている。

 というか、誰よりも早く渡したからってチョコの価値が変化するわけでもないだろう。相手に向けて作ったということが大事なのだ。うん、そういうことにしておく。そうでないと何となく負けた気分になる。

 

「作り方自体は、分かってるんですがね……」

 

 チョコを湯煎して、クッキーにある程度浸し、カラースプレーとラメを振りかけ、冷蔵庫で固めたら完成。我ながら単純すぎると思う。だが保存の効かない生菓子を渡されたとて、大量のチョコレートを身体に取り入れることになる先生からしたら困るだろう。なら私くらいはしょっぱいものを差し入れるべきかとも思ったが、それだと行事の趣旨そのものに反してしまうような気がしていけなかった。

 ああ、気乗りがしない。どうせ当日は我らが愛すべき愚かなる議長に様々なお使いを任じられることになると分かっていることに対しても腹が立つ。生徒に頼まれたらほいほいついていって、差し出されたものは全て素直に受け取るだろう先生に腹が立つ。何より、こんなイベントに乗せられて、手作りとも言えないような菓子を作ろうと準備までしてしまっている自分に腹が立つ。

 そうしてかれこれ10分、鍋に入れてコンロにかけ終わった水がそれなりの温度で湯気を立てているのを視界の端に収めながら、チョコレートとにらめっこしているのが現状の私なのだ。

 

「我ながら、本当に面白みがありませんね……」

 

 もっと手の込んだものを作っている生徒だっているだろう。そういう見も知らぬ生徒に対抗心とも言えないような対抗心を燻らせている自分が嫌だった。でも手間のかかったものを贈るのは生粋のサボり魔たる自分の美学に反する気がした。怠け者には怠け者の矜持というものがあるのだ。

 そもそもこんなもの、市販で似たようなものが売っているだろう。それがただほんの少し太くなって、カラースプレーで彩りを増しているだけだ。いっそ市販のものを投げつけて終わってやろうか。そうした方が「こういうところも面倒臭がって手を抜いた私」感が出ていいじゃないか。

 

「やってられませんね」

 

 思わず1粒チョコレートを手に取って齧る。硬い。そして甘い。粘着質な甘味がした全体にじんわりと広がっていく。チョコレートのかけらを奥歯で噛み潰すたびに、その苦みも含んだ独特の甘みが口のあちこちに飛び散って、何というか、相変わらず面倒臭い味だと思った。

 

「やっぱり好きじゃありませんね、これ。何でこんなのをありがたがってるんだか」

 

 手に持ったチョコレートを見る。冬の気温で冷やされて手に持ってもしばらく融ける気配のないその小さな粒は、私の前歯の形そっくりそのままに削られていた。一部食べてしまったものだから、このチョコレートは私自身で始末しなければならない。そう思っていた。

 

「……………………」

 

 そう思って、いたのだけども。

 

「…………あー」

 

 うっかり。そう、これはうっかりやってしまったことなのだ。

 

「間違えました」

 

 そう言いながら、私は鍋に浮かべていた耐熱性のボウルにそのチョコレートを放り込んだ。

 

「ええ、うん、やっぱり美味しいですね、このチョコレート。甘くて美味しい」

 

 だから、私がこうして食べてしまうのも無理はないのだ。

 もう数粒手に取って齧る。舌で味わうことはせず、噛んで、潰して、呑み込む。それでも甘味は舌に引っ付いて離れない。

 そして、その齧ったチョコレートをまたボウルに投げ入れる。残った私が食べていないチョコレートも全てバラバラとボウルの中に入れ、ゴムベラでかき回し始めた。

 

「早く融けてください、めんどくさい」

 

 こんなものは絶対に市販じゃ出せないだろう。ざまあみろ、これが手作りの強みだ。愛情を込めることが料理の秘訣だと誰かが言っていたが、そんなものは必要ない。私はこのチョコレートに愛情なんて高尚なものを込めるつもりはない。

 どれだけ高級なチョコレートのアソートパックでも、しっとりと滑らかな生チョコでも、ケーキやタルトなんかでも、この菓子に勝る感情を持ってやしないだろう。

 それでも粒は融けるにはまだそこそこの大きさだったようで、なかなか融けるそぶりを見せてくれない。刻んだ方がよかっただろうか。

 

「融けてくれないと眠れないんですよ。めんどくさい」

 

 その懸念を振り切るようにガタガタとかき回す。そうして10分ほど湯煎されたチョコレートは、いつの間にかドロドロに融けていた。もうかつての固形なんて姿形も見えやしない。

 もう、どこに私の齧ったチョコレートがあるのか、分からない。

 

「……ホント、らしくないですね」

 

 融けたチョコレートを深めのコップに流し込み、クッキーを数本そこに漬ける。そしてキッチンペーパーの上でパラパラとカラースプレーとラメを振りかけて、冷蔵庫の空いているスペースにぶち込んだ。明日の朝には固まっているだろう。

 台所に残っているのは、細かなチョコレートのかけらに湯煎に使ったボウルと鍋、残ったカラースプレーとラメに、チョコ塗れのコップ。そして、何かが燃え尽きたように棒立ちになった私独り。

 

「……とりあえず、ココア入れましょうかね」

 

 インスタントの粉状ココアをコップに入れて、お湯を注いでスプーンでガチャガチャかき混ぜ、ぐいっと飲み干す。舌と喉の奥が焼け、年頃の女子らしくもない声が出た。

 

「後はラッピング用の袋に、リボン……り、リボン」

 

 100円そこそこで買ったかわいらしいリボンを手に取り、頭が痛くなった。

 

 

 

 

 

 

 呼び出した先生は、何ともマヌケな顔をしていた。

 デパートはチョコレートの甘い匂いでいっぱいだ。儲けを出そうとここぞとばかりにチョコレート菓子を店頭に出し、どこを向いてもチョコチョコチョコチョコ。

 そんな中、私と先生の2人は一緒に万魔殿から頼まれた買い物をしているわけだが……その目的も概ねがチョコレートである。そろそろチョコレートが私の頭の中でゲシュタルト崩壊しそうになってきた。

 

 私でさえこうなのだから、先生なんてまさに内心うんざりしてきているのではないだろうか。私は自分のことしか考えなくていいわけだが、先生は生徒数十名からチョコレートを貰っているわけだ。糖尿病が本気で心配になってくる。

 まあ、この後私もその後押しをしてしまうわけだが。先生ならおそらくは大丈夫だろう。

 

 仕事の愚痴をこぼしながら歩く。それを聞いて先生は私を労ってくれる。

 

「苦労が多い者同士、付き合ってくれますよね?」

 

 自分で言っておいて寒気がする。先生の苦労は私の比ではないだろう。今こうしてここにいて、私の買い物に付き合ってくれていることも苦労の1つに入ることは容易に想像がつく。そのうえで「万魔殿からのプレゼントを考えておいてくれ」だなんて、一体何様なんだろうか。

 でも、先生が甘えてほしいと思っているのならば、お望みどおりに甘えてやろう。ついでにチョコレートの食べ過ぎで鼻血でも出してしまえばいい。

 

 買ったものについて揶揄ってやる。本当に普通の、他人を傷つけるだなんて考えられないようなものばかり買った先生。袋の中に詰まった数々のお菓子は、まるで全ての学園を飛び回る「シャーレの先生」を体現したようなものだった。

 そうして買い物が一段落して、少し歩調が緩んだその時。ふと見ると先生の目つきがどこか潤んでいた。何かを求めているような、そんな目。

 とぼけてやるとまた面白い反応を返してくれる。それは本気でやっているのだろうか。誰にでもこんなことをしているのだろうか。

 

 ……それとも、私がチョコを渡すタイミングを用意してくれた?

 もしそうだとしたら、お望み通りに乗ってやろうじゃないか。ビニールに入ったチョコを取り出し……そのうちの1つの持ち手の部分を口に咥え、目を閉じる。

 世間ではこれを「ポッキーゲーム」って言うんだったか。双方が同時に両端から食べ始め、最後まで折らずに食べ切れたら勝ち。つまり、勝利への必要条件としてマウストゥマウスでキスすることになる。

 目を開けると、先生は明らかに恥ずかしがっていた。さすがに生徒相手にそんな背徳的な遊びはできないか。期待は少しだけ裏切られたが、まあそれはいい。どうせ叶うはずはないと分かっていたことだ。

 菓子を袋に戻して差し出すと、先生は漸く安心したようだった。

 

「ぜひシャーレに戻ってから、ゆっくり味わってください」

 

 そうだ、ゆっくり味わえ。冷えたチョコは硬いから、飴でも舐めるように口の中で融かしてしまえ。

 帰る素振りを見せると、先生は拍子抜けしたように立ち尽くしていた。全く、この人は面白い人だ。もし真実を知ったらどんな顔をするのだろうか。

 

「ああ。先ほど咥えていたのも、中に入れておきましたので」

 

 そう聞いてぎょっと目を見開く先生は本当に傑作だった。もし真実を知ったら、一体先生はどんなことを言うのだろうか。

 何と言うことはない。その数本のチョコスナックは外れくじばかり。うち1本が大外れというだけだ。

 それを先生は金輪際知ることはないだろう。私も自分から言うつもりはない。私だけが知っていればいい。

 

 そうして私と同じように、舌に絡みつく甘さでうんざりしてしまえばいい。




新題:イロハが先生にバレンタインチョコを作る話
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