物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう 作:maricaみかん
真っ暗な世界に、声が届く。どこまでも広がっているような暗闇に、飲み込まれそうな感覚と一緒に。
力が欲しいか。そう問いかけられた。聞こえる声の方を見ると、うっすらと顔が見えるような気がする。目を凝らすと、輪郭がはっきりしていく。
その姿は、ミュスカのものだった。よく考えると、声も同じだったかもしれない。ここは、ミュスカの作った空間なのだろうか。
目の前に居るミュスカらしき人は、ただ微笑んでいる。俺は、まず話しかけることにした。
「お前は……? ミュスカ、なのか?」
「ふふっ、どっちだと思う? なんてね。私だよ。レックス君の友達のね」
ウインクをしながら、そう言われる。なんとなく、本物なんだと思えた。どこか、胸がホッとするような。寝床についている時のような穏やかさがあった。
だとすると、今はどういう状況なのだろうか。なぜ、ミュスカは俺の前に現れたのだろうか。そもそも、外はどうなっているのだろうか。
疑問ばかりが浮かび上がって、思考がまとまらない。ただ、俺は急いで戻らなければ。それだけを胸に、再び問いかける。
「なあ、みんなはどうなっているんだ……?」
「心配しないで? ここの時間は、止まっているようなもの。話が終わっても、まだ大丈夫だから」
「本当……いや、信じるよ」
「ありがとう。それで本題に戻るんだけど、みんなを助けられる力は欲しい?」
ミュスカはそっと笑顔を浮かべて、それから真剣な顔を向けてきた。
今、頭に思い浮かんだものがある。邪神の伝承。力を求める声に答えれば、確かに力が手に入る。それは、邪神の眷属になる道でもあるが。
それはつまり、ミュスカが邪神だということなのだろうか。だが、原作にそんな情報はなかった。いったい、どういうことだ?
あるいは、邪神がミュスカの姿を取っているのか? 俺の目には、本物にしか見えない。それこそが、罠なのだろうか。
ただ拒否するのは簡単だ。だが、まずは状況を理解したい。何がどうなっているのかを知りたい。
「その質問をするってことは……」
「半分当たりで、半分ハズレかな。本当なのは、レックス君に力をあげられるってこと」
半分当たりということは、ミュスカが邪神と関係あるのだとは思う。半分ハズレだというのは、俺が邪神の眷属になることを指している。そんな気がした。
どこまで、信じて良いのだろうか。目の前の存在が本当にミュスカだというのなら、信じたい。俺の仲間であり続けてくれると。それだけは、本当であってほしい。他の何が偽りだったのだとしても。
祈るような心地で、俺は話を続けていく。
「つまり、俺が力を望みさえすれば……」
「そういうことだね。レックス君は、力を求める? どうしたいのか、教えてほしいな」
「俺は、力を手に入れてみんなを守れるのか? 暴走したりしないのか?」
「ふふっ、みんなは絶対に守れるよ。それは保証するよ。だから、大丈夫なんだよ」
落ち着いた口調で語られる声は、心にすっと入っていく感覚があった。ミーアとリーナ、そして他の仲間達が無事なのであれば、十分ではある。
分かっている。暴走するかどうかに、答えは返ってきていないと。だが、それでも、みんなが守れるのなら。俺の考えは、間違いなのだろうか。分からない。分かりたくないのかもしれない。
いったい俺は、何を選ぶべきなのだろうか。
「そう、なのか……。力を手に入れなければ、どうなるんだ?」
「分からない。勝てるかもしれないし、負けるかもしれない。ただ、私の予想だと……」
そう言って、ミュスカは目を伏せる。俺の心が折れかけたからこそ、ミュスカは手を伸ばしてきたのだろうから。それが、現実。
きっと、手を振り払ったところで負ける可能性の方が高い。勝てる確率なんて、1%もあれば多い方だろう。
だから、力が無いということは、みんなを危険にさらすことでもあるんだ。
「そう、だよな……。今の俺では、かなり厳しい。どこかで賭けに出ないと、話にならない」
「うん。レックス君を悪く言うのは嫌だけど、でも、力は足りないかな」
「もっと、俺が強くなってさえいれば……。ミーアもリーナも……」
強く、ただ強く拳を握る。震えと痛みが、全身を駆け上がる。そういえば、俺はまだ消耗したままだったな。さっきまで、忘れていた。
つい、ちょっとだけ笑みが浮かぶ。何を笑いたかったのか、自分でも分からないまま。
「そのための力を、私はあげられるよ。レックス君が、みんなを守るための力を」
「なあ、ミュスカはどうなるんだ? 俺に力を与えて、問題ないのか?」
「心配してくれるんだね。ありがとう。でも、大丈夫。むしろ、嬉しいくらいかな」
ミュスカに危険はない。それは、大きなことだ。仮に俺が邪神の眷属にならずに済むのだとしても、ミュスカに何かがあるのなら、ダメだからだ。
そうなると、本当に俺の覚悟だけが問われるのかもしれない。自分を捨てて、力を得るか。自分を守って、絶望的な戦いに挑むか。
どちらにせよ、きっと何かを失うのだろう。その先にあるものを、天秤にかけるしか無い。
「そうか……。なら、少しは安心できるな……」
「レックス君は、どっちを選ぶ? 私の力が、欲しい?」
ミュスカは、ただ首を傾げている。俺に判断を委ねるかのように。ただ、本当になんとなく、ちょっとした考えが浮かんだ。
それを確かめるために、俺はミュスカに問いかける。
「質問を返すようだが、ミュスカはどうしてほしいんだ?」
「分からないのが、正直な気持ちかな。どっちでも、嬉しい。どっちでも、悲しい。それだけなんだと思う」
俺がミュスカの力を受け入れるか、拒絶するか。どちらであっても、ミュスカは何かを手に入れる。そして、何かを失うのだろう。
それは、俺なのかもしれない。根拠はないが、そう感じた。なら、俺の選ぶべき道はどちらなんだ?
いや、待て。もしかしたら、第三の道があるのかもしれない。少しでも、探ってみよう。
「なあ、ミュスカ。お前なら、邪神の眷属を操れるのか? いや、疑っているわけじゃないが……」
「レックス君が困るようなことを、する気はないかな。私は、ミーアさんたちを襲わせたりしていないよ」
穏やかな笑みが、目に写った。なら、俺に選ばせるためだけに危機を演出したわけじゃないのだろう。そう信じたい。いや、信じる。目の前のミュスカが本物であるのなら、絶対に。
少しだけ、俺の選ぶべき道の輪郭が見えたかもしれない。それはつまり、ミュスカの友達として恥ずかしくない道。
力に溺れることも、ミュスカを拒絶することも、きっと違う。俺が本当にするべきことは、ミュスカを信じ抜くこと。そのはずなんだ。
「そうか……。なあ、ミュスカ。お前は、今でも俺の友達でいてくれるのか? これからも……」
「もちろんだよ。レックス君がどんな道を選んだとしても、変わらず友達。これからも、ずっとね」
満面の笑みで、そう返ってきた。だから、俺の道は決まった。ミュスカに手を差し出して、答えを話していく。
「分かった。なら、力を貸してくれないか?」
「私の力を、受け入れるってこと?」
少しだけ、ミュスカの瞳が揺れているのが見えた。心のどこかで、嫌だと思っているのかもしれない。
だからこそ、俺はこの決断に胸を張る。ミュスカを、決して悲しませない。それこそが、俺の答えなんだ。
できる限りの笑顔を浮かべて、俺の想いを告げていく。それが、きっと正解だから。
「いや、俺の隣で戦ってほしいんだ。仲間として、一緒に」
「そっか。それがレックス君の答えなんだね。もちろん、応えるよ」
どこまでもきれいな笑顔を、ミュスカは浮かべていた。
気がつくと、ミュスカは俺の手をぎゅっと握りしめていた。邪神の眷属に囲まれた、現実の中で。