物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう 作:maricaみかん
俺の仕事は、もはや半分以上がはんこを押す係。いや、帝国にはんこは無いのだが。役割としては、本当にそういう感じ。
ということで、大量の書類を渡されて、読んでサインを書く。それをひたすらに繰り返していた。忙しくはあるが、ある意味では楽だ。
事前にミルラとジャンが許可を取りたいと決めたものにサインをするので、ある程度は思考を抑えられている部分はある。本気でまずいものは、すでに弾かれているという安心感があるからな。
ということで、一通り書類にサインを終えた。ちょっと伸びをしながら休憩していると、部屋の扉が開く音が聞こえる。そちらを見ると、微笑むモニカの姿があった。
「モニカ……? どうして、ここに……?」
「うふふ。ブラック家は、わたくしの手を離れても問題ない段階まで落ち着きましたもの」
移動手段は、まあ転移なのだろうが。マリンが再現する魔道具を研究していたし、実現できたのかもしれない。まさか、歩きや馬車ということはないだろう。そんなことをしていたら、開戦の段階から動いている必要があるはず。
となると、ブラック家は信じられないくらいのアドバンテージを持つことになるな。俺の魔力を必要としない段階になれば、確実に敵に真似られるだろうが。
それよりも、モニカが離れても大丈夫って、とんでもないことを言っていないか?
「つまり、もう安定しているということか……? 早くないか……?」
「レックスが積み上げてきたものが、形になっただけですわよ。ねえ?」
ちょっと流し目で俺を見ている。まあ、学校もどきも魔道具工場も、俺が直接手出しをせずとも安定していた。その延長線上だと思えば、分からなくはない。
それにしたって、かなり早いとは思うのだが。まあ、モニカの勝手な判断ならジャンやミルラが止めるだろう。ということは、事実ということ。いや、びっくりする。すごいな。
「そういうものか……。それで、落ち着いたから俺を手伝いに来てくれたのか……?」
「ええ。レックスに必要なものは、あなたに従う人員でしょう? わたくしが、用意して差し上げますわ」
簡単なことのように言っている。なかなかに大変そうじゃないか? とはいえ、本当にできるのなら助かるどころの話じゃない。
とにかく、俺のというか帝国の課題は人員不足だからな。特に文官は、軽んじられていたこともあって少なすぎる。どうやって皇帝の統治を実現していたのかが不思議なくらいに。
だからこそ、できるというのなら頼りたい。それができるだけで、かなり改善に向かうはずだ。
人間関係の問題もあるだろうが、根本的に手が足りていないからな。物理的に無理な仕事が減るだけで、まだマシなはず。
それに、こういう時こそ独裁の味が出るところというか。俺が決めたのだからで押し切ることも、不可能ではない。総合的には、メリットが勝ちそうだ。ジャンやミルラにも報告の必要はあるだろうが、前向きに考えたい。
「モニカは、帝国にも手を伸ばしていたのか?」
「その通りですわ。レックスに言うのは恥ずかしいですけれど、わたくしの美貌に惹かれた者も多くて」
モニカはもともと若々しかったが、俺の美容魔法もあって少女みたいですらある。美貌という意味では、確かに優れているはずだ。
ブラック家の仕事をしながら、男たちを誘惑していたのだろう。その結果として、ブラック家は大きな悪事を実行できるだけの土台を固めた。固めてしまった。
原作では、それによって多くのエルフの血を浴びるモニカという大事件が起きることになる。悪用すれば、そうなる。俺は、理性的にモニカの力を使わなければならない。
「つまり、そのツテを俺のために使ってくれるということか。確かに、助かる」
「そうでしょう? アリアさんとも話をつけて、エルフの人員も用意できますわよ」
アリアは、ずっとブラック家に仕えていたと言っていた。察するに、その長い生で多くの知り合いを手に入れたのだろう。
そして、俺のために関係性を使おうとしてくれている。やはり、ずっと支えられているな。あらためて、感謝しないと。
「アリアもか……。本当に、俺はみんなに助けられているな……」
「それもこれも、レックスが魅力的だから。誇っても良いのですわよ?」
いたずらっぽく、微笑んでいる。実際、好かれているのは感じる。それは、俺が努力した結果でもあるのだろう。みんなが優しかったからでもあるが。
ただ、うぬぼれるほどのことができているとも思わない。確かに多くを助けたが、多くを殺してもいるのだから。
「みんなと手を取り合えたことは、俺の誇りだ。もちろん、強く誇っている」
「あらあら、遠慮がちですわねえ。レックスらしいですけれど」
「みんなが好きでいてくれる俺であり続けたいからな」
「うふふ。わたくしも、レックスが大好きですわよ」
優しい瞳で、俺のことを見ていた。モニカはかつて壊れていたが、そんな気配を感じさせない穏やかさがある。
もう、かなり精神を持ち直したのだろう。嬉しい限りだ。俺も、優しい瞳で返せていると思う。
「時間が空けば、また美容魔法をかけたいな。モニカとの大事な時間だろ?」
「それでしたら、なるべく早く帝国を安定させないといけませんわね。わたくしのために」
「できれば、毎日でもしたいんだがな。状況が許さないんだ」
「ええ、分かっておりますわ。レックスの気持ちは、十分に」
唇が、緩んでいる。それだけを見ても、伝わっているのは分かる。だが、言葉にするのも大事なこと。モニカを大切にしている気持ちは、ちゃんと形にしないと。
俺だって、言葉で伝えられたら嬉しい。だったら、同じことをするのが優しさというもの。みんなが認めてくれる気持ちの、根源のはず。
「だったら、ありがたいことだ。モニカとの時間は、安心できるからな」
「今も、思う存分甘えてくれてよろしいのですわよ? あなたの、母ですもの」
穏やかに微笑みながら、両手を広げている。甘えれば、きっと喜んでくれるのだろう。胸に抱えられに行けば。
ただ、少し抵抗感がある。前世もあるのに、甘えて良いのだろうかと。それでも、単に拒否したらモニカを悲しませるだけ。今の気持ちを、素直に伝えるべきだな。
「甘えるというのも、むずがゆいな……。どうにも、恥ずかしいというか……」
「レックスも、年頃ですものね。それとも、わたくしを甘えさせてもらえますか?」
「モニカが望むのなら、いくらでもと言いたいな。時間や仕事の制約はあるが」
「では、抱きしめていただきましょうか。たくさん、触れ合いましょう?」
「それくらいなら、今でもできるな。……ほら」
手を広げると、モニカは胸に頭を預けてくる。抱えると、頬を擦り付けてきた。まさに、甘えているという感じだ。
少しだけ見える表情は、とても幸せそう。やはり、モニカを受け入れてよかった。喜んでくれるのなら、それが一番だからな。
「レックスは、暖かいですわね……。もっとずっと、こうしていたい……」
「モニカも暖かいぞ。やはり、落ち着くな……」
「うふふ。わたくしに甘えたくなったら、いつでも言ってくださいね?」
「すべてを乗り越えられたのなら、頼みたいな」
きっと、ミレアルが最後の敵になる。それを乗り越えさえすれば、穏やかな日々を手に入れられるはずだ。
今すぐにでも、ミレアルと戦うのかもしれない。あるいは、まだ多くの課題の先になのかもしれない。
いずれにせよ、絶対に乗り越えてみせる。モニカとの約束を果たすためにも。抱きしめる腕に、少し力が入った。