物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう 作:maricaみかん
夜のバルコニーで、リーナとふたりきり。満月と星々が俺達を照らしていて、それでいて冷たい空気が突き刺さる。
なんというか、今の俺たちがどういう関係かを表しているような気がする。間違いなく大切な相手だと思い合っているが、だからといって近づくこともできないくらいの。
ただ、今夜だけでも落ち着いて話ができるのならば良い。偶然出会えただけだろうが、その偶然に感謝しよう。
リーナは月を見上げながら、どこか楽しそうに話し始める。
「月夜にふたりきり。風流を感じますね」
物語では、よくある流れ。これから恋人になる関係か、あるいは悲恋が待っているか。物語の重要な起点になるようなシーンで流れるイメージだ。
月の晩に話したことが、叶えられるのか叶えられないのか。そのふたつにひとつ。ゲームの世界に転生したことを考えると、なんともありそうなこと。
そう考えてみると、俺とリーナはお互いを思い合っているふたりとでも言うべきか? まあ、信頼し合っているのは間違いない。
俺は、少しだけ頬をかきながら返事をする。
「そう言われると、なんだか照れるな。夜景を見ながらなんて、確かに定番だ」
「レックスさんって、ちゃんとそういうことに興味があったんですね……」
ちょっと冷たい目で見られている。いや、誤魔化し続けてきた報いではあるのだが。リーナが俺に好意を持ってくれていることくらい、流石に分かる。
とはいえ、なかなかに難しい問題だ。俺の周囲は女の人ばかりで、間違いなく大切な人ばかり。ただ、それが恋愛感情につながっているかは判断できない。詳しく考えている余裕もない。
まあ、今は答えを出せる状況じゃない。それで心が離れるのなら、仕方のないこと。ひとまず、いつもの俺と同じような対応をしておくか。
「一応、俺だって男なんだぞ? あんまり無警戒だと……」
「ふふふ。レックスさんに押し倒されたら、私は勝てませんね。そんなことをする人だとは、思っていませんけれど」
軽く声を震わせながら言っている。笑いをこらえているのが丸分かりだ。完全にからかわれている。もしかしたら、誘惑の意図もあるのかもしれないが。
いずれにせよ、王女に欲望のまま手出しするほど向こう見ずではない。そもそも、女の人を無理やり押し倒す趣味もない。こういうのは、愛し合っている人同士がするのが理想なのだから。貴族なら、親の決めた結婚相手かもしれないが。
「少なくとも、同意もなくすることはないぞ……」
「まあ、レックスさんはもう少し押しても良いと思いますけど。ヘタレなんですか?」
ジトッとした目が飛んでくる。責められているのは分かるし、反論もできない。ヘタレと言われれば、そうなのだろう。
困ったことに、かなりの人数から好意を寄せられている気がするんだよな。困ったというのもどうなのかと思わなくもないが。
ただ、本当に大変ではある。誰を選べば良いのかとか、どういう状況なら選べるのかとか。そもそも後がこじれないかとか。
「否定はできないが……。どうにも、難しいものだ……」
「誰を選んでも面倒なことになるのは、目に見えていますからね」
目を合わせられて、俺は目をそらした。それが答えではあるのだが、言い訳の言葉が出てくる。
「そ、そんなことはないぞ……?」
「気を使いすぎるのも、良くない。レックスさんは、それを教えてくれますね」
なんとなく、とても冷たい目を向けられている気がする。声そのものは、あまり不機嫌という感じはしないが。図星だから、心に突き刺さっているだけか?
まあ、たしかに苦しい言い訳だったと思うが。もっと具体的に否定できないのなら、なんの意味もないというか。余計に墓穴を掘っているというか。
「そ、そうか……。確かに、かえって逆効果な時もあるかもな……」
「レックスさんのせいだとも言えますし、レックスさんのおかげとも言えます。今の状況は」
鞘の当て合いみたいな状況のことに思える。だとすると、とんでもない皮肉を言われていることになるが。まあ、反発もできないというか、ぐうの音も出ない。
実際、俺が悪いところがほとんどだからな。修羅場が怖いところも否定できないが、それでも。
「それは喜んで良いのか……? なんか、あんまり良くない意味に聞こえるんだが……」
「ふふっ。皇帝になる前で良かったんじゃないですか?」
ちょっと笑いながら、上機嫌そうに告げられる。まあ、皇帝になってから女の人と出会っても、信用できたかはかなり怪しい。原作キャラだから信じられるわけじゃないのは、ミレアルが答えみたいなものだし。
金持ちになると周囲が全員金目当てに見えると聞くが、俺も同じような状況になるかもしれない。信じられるのは、元からの知り合いだけみたいに。
「ああ、分かる。皇帝の妻という立場を狙ってくる女が増える前に、信頼できる相手と出会えたものな」
「レックスさんにも、そういうところは分かるんですよね。にぶいのか、するどいのか」
「ある程度は、分かっているつもりだ。今は、答えを出せる状況じゃないだけで」
「レックスさんの言いたいことは、分かりますよ。正直、不満はありますけれど……」
ちょっと低い声で言われる。実際のところ、かなり不満ではあるのだろう。誰かと付き合うことを決められれば、話は早いのだが。
そもそもの問題として、決めたところで意味があるのかということも気になる。本当に、どうしたものか。
「悪い。だが、適当な答えを出すのも不誠実な気がしてな」
「レックスさんの良いところで、悪いところですよね。まあ、別に気にしませんけど」
「助かる。正直、どうするのが良いのか分からなくてな」
「皇帝という立場なら、周囲が勝手に決めるかもしれませんね」
それが怖いんだよな。俺が誰かを選んだという事実があれば、余計にこじれそうで。大変なことになるのは、目に見えている。
だからこそ、安易に答えは出せないんだよな。というか、答えを持ったところで、どうしようもないのかもしれない。
「ああ、あり得そうだな……。親しくもない人とは、勘弁してほしいが……」
「顔も知らない相手というのは、無いですよ。関係を深める価値がある相手なんですから」
親同士が決めた婚約者とか、力関係で決めたとか。そういう話になるのなら、確かに知り合っていてもおかしくはない。親子ほど離れた相手ならいざ知らず、普通の結婚であるのならば。
幸いなことに、俺は権力で婚約を押し付けられることはないだろう。立場が上の貴族に無理やり結婚させられるみたいな。そうなると、確かに知り合いに絞られてきそうだ。助かる話ではある。
「それなら、安心はできるか……。皇帝というのも、大変なものだな……」
「レックスさんにも、私の気持ちが分かるようになるかもしれませんね。なんて、もっと大変かもしれませんけど」
実際、リーナはかなり苦労してきているだろうからな。気持ちが理解できるのは、良いことかもしれない。
皇帝という立場は大変だし重いが、同じ荷物を抱えられるというのは悪くない。そこだけは、感謝しても良いよな。
「王族としての仕事は、参考にさせてもらうし相談もする。よろしく頼む」
「もちろんです。レックスさんから目を離すと、大変そうですからね」
「そ、そうか……」
「ふふっ。これからもずっと、よろしくお願いしますね?」
そう言いながらはにかむリーナは、見とれそうなほどに綺麗だった。