物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう   作:maricaみかん

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590話 アリアの献身

 ここしばらく、私はレックス様のメイドとしての仕事をこなせていません。ブラック家において、使用人を含めた人員の采配をしているところですね。ウェスさんも、同様の仕事をこなしています。

 

 お互い、寂しい気持ちを共有していました。これまでも、レックス様は事件で私達の元を離れることはありました。ですが、今回ばかりは帰ってくるかどうかすら怪しい状況ですから。

 

 レックス様は、ブラック家を捨てるような方ではない。私たちをずっと大切にしてくださる方です。分かっていても、遠くに行ってしまうような不安もありましたね。ウェスさんは、何度も胸を抑えていました。そして私は、空を見上げる機会が増えました。

 

 そんな日々の中で、私は呼び出された。どれほどの歓喜が私を襲ったか、きっとレックス様には分からないでしょう。震えすらしましたからね。たとえ、サジタリウス聖国の情報を求めるためだとしても。

 

 私は、知る限りの情報を伝えました。現在でも、連絡を取り合っている友人もいます。ですから、完全に的はずれなものではなかったはずです。とはいえ、確実に正しいとも言い切れませんでしたが。レックス様も、そのあたりは分かっています。ですから、問題はありません。

 

「レックス様は、おそらく平穏を望んでいるのでしょう」

 

 今回の事件が平和的に終わることが、望み。私にも、分かります。というより、私としても戦いは好きではありません。痛いですし疲れますし、良くないことばかりです。

 

 そして、レックス様は戦いのたびに心を痛めているのでしょう。これだけ殺してしまったのだと、罪を抱えながら。私たちの幸福を守るために。

 

 だからこそ、レックス様の祈りは尊いのです。心から私たちのために尽くしてくれる方ですから。

 

「ですが、きっと叶わないでしょうね。エルフというのは、決めたら曲げませんから」

 

 私が、絶対にレックス様のお子を育てると誓っているように。フィリス様が、人生をかけてレックス様を導くと決意しているように。どんな事があったとしても、貫き通したい想い。それを抱えたエルフは、何があっても達成しようとするものです。

 

 だからこそ、未来が分かってしまう。サジタリウス聖国とレックス様は、必ず相争うことになるんです。

 

「フィリスさんを巻き込む陰謀は、もう止まったりしないんです」

 

 本人が反対しようと、もはや関係ないでしょうね。正当な王が導くべきという思想が、全身を犯し尽くしているでしょうから。考えが変わらないということは、そういうことなんです。

 

 エルフの執着は、本当に厄介ですからね。私が、どんな手を使ってでもレックス様のお子に乳を与えるために動いているように。レックス様が反対しようとも、私は止まれないでしょう。

 

 本来、長期間を経て熟成するはずの感情。それを、レックス様はほんのわずかな時間で暖めすぎてしまった。フィリスさんも、同じなのでしょう。魂を、灼かれているのです。

 

 ですから、その願いのために手を取り合うこともできる。私たちの望みは、近いところにあるのですから。

 

「私にできることは、そう多くはありません。少なくとも、ひとりでは」

 

 所詮は、大した能力を持たないメイドに過ぎませんからね。レックス様のような力も、ミルラさんやマリンさんたちのような知性も持ち合わせていません。

 

 私がひとりで戦おうとしても、当然のように負けて終わり。策を練ろうとしても、素晴らしい手段は浮かんでこない。

 

 そこが、レックス様と私の大きな違いでしょうね。ウェスさんと私が抱えるものでもあります。

 

「ですが、できることもあります。まずは、連絡を取ってみましょうか」

 

 レックス様が動き出す前に成果が出れば良し。出なくとも、戦後に役立つでしょう。サジタリウス聖国の知り合いに、どれほど当たるか。情報を集めるだけでも、意義があります。

 

 そして、私が知り合いの動きを変えることができればもっと大きな成果となる。高望みは避けるべきだとしても、ある程度は狙いを込めていきましょう。

 

「サジタリウス聖国が潰れるというならば、構いません。知ったことではありません」

 

 レックス様の敵がどうなろうとも、私には関係がない。親しい相手が被害を受けるのならば、悲しくはありますけれど。ですが、レックス様に武器を向けるというのならば私にとっても敵です。親愛の情など、持てはしません。

 

 私にとって最も優先すべきものは、レックス様。その事実が変わることなど、もう無いのですから。

 

「フィリスさんは、レックス様のお子を産みたがっている。その邪魔など、させません」

 

 フィリスさんが産んでくだされば、私が乳を与えられる子が生まれるということなのですから。そんな未来が、私の望みなのです。

 

 そして、フィリスさんだって妨害されることを許さないでしょう。私たちは、お互いが協力できる。どこまでも、同じ未来を夢見て。

 

 サジタリウス聖国は、ふたりにとって邪魔なんです。だからこそ、倒れるべき国。

 

「私は、どれほどでも同胞を売りましょう。それが、レックス様の未来につながるのなら」

 

 エルフというだけで、顔を知っているというだけで、私の心を変えられはしません。ためらいすら、生まれません。

 

 レックス様は、私が幸せにしてみせるんです。妻と子供に愛された穏やかな日々を、送ってもらうんです。ずっと、私はそばで見守るんです。

 

「会いに行きたいと言っていたのが、幸いしましたね。案内の情報を、役立ててもらいましょう」

 

 どういう経路でなら会いに行けるかは、とある知り合いに教えてもらいました。レックス様に伝えれば、良い情報になるでしょう。

 

 地図のようなものもありますし、かなり有用なはずです。ツテが役に立つ機会が、ようやく訪れてくれました。

 

「少しでも楽に、レックス様には聖国を打ち破ってもらいたいものです」

 

 レックス様が苦しむことは、私の望みではありませんから。あっけなく勝つくらいで、ちょうど良いんですよ。

 

 その過程でどれほどエルフが犠牲になろうとも、レックス様が悲しくないのなら構いません。それだけのことです。

 

 とはいえ、穏健派にとっては良い未来につながるんじゃないですかね。過激派に殺されなければ、ですけど。

 

「きっと、あなたにとっても幸福につながりますよ。レックス様と出会えたのなら、ね」

 

 比較的、争いを望まないエルフでしたからね。うまくいけば、レックス様と仲良くなれるかもしれません。そうなったら、私にとってもフィリスさんにとっても身内。守るべき存在に変わるんです。

 

 もし、敵対するというのなら。まあ、言うまでもないことですね。

 

「知り合いというものは、持っておくものですね。思いがけない瞬間に、役に立ちます」

 

 私も、笑みを浮かべられました。手紙を、そっとなでていきます。これで、私の望みに近づきましたから。心から、感謝しているんですよ。

 

「これからも、レックス様を私のすべてで支え続けましょう」

 

 私自身も、知り合いも。あらゆるすべてを利用して幸せにする。それが、私の役割です。女として求められるのならば、それも良いでしょう。乳が出るようにしていただければ、私の願いにも近づきますから。

 

「いずれは、私に未来を預けていただく。その瞬間のためにも、準備ですね」

 

 この胸が、私の幸せを運んでくれる。そっと抑えて、熱を感じていました。

 

 レックス様。あなたの血脈は、私が見守り続けますからね。

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