物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう 作:maricaみかん
ジャンやミルラにも相談したところ、霊樹に魔力を侵食させることは問題ないとの回答が返ってきた。
ありうる策としては、エルフにとって大切なものを侵したとして敵意を招くこと。だが、それはニッカが俺との窓口になっていることで潰れる。俺の責任だけとは決してならず、ニッカも巻き込まれることはほぼ確定と言っていいからだ。
そうなってくると、悪意を持って俺をハメようとしている可能性は低い。そう判断したらしい。
俺としても納得できる意見だったので、安心して受けることにした。ニッカに案内されるまま、霊樹のうち一本へと向かう。
なんでも、霊樹というのは木の一種で、御神木ほどの価値はない様子。魔力を蓄えやすい性質から、エルフにとっては心地よい環境に近いという程度らしい。
それなら、万が一失敗したとしてもたかが知れている。俺は穏やかな心地で霊樹に向かい合うことができた。
フィリスも一緒に見ているが、とにかく真っ白だ。葉っぱらしいものは生えておらず、枝が広がっているだけ。季節柄なのか、そういう性質なのか。分からないが、なんとなく荘厳さを感じる。
「こちらが、霊樹ですね~。レックスさんの魔力を、侵食させていただければと~」
「……検証。霊樹がレックスの魔力にどう影響するのか確かめたい」
フィリスはそうこぼす。ジャンやミルラの予想とは違い、政治的な意図は込められていなかったのかもしれない。霊樹の力で闇の魔力を封じ込められないかを検討しているとかだろうか。
そうなってくると、ニッカや魔道具の生産施設が解放される可能性もある。なかなかに危険な一手ではある。
「まあ、構わない。隠れて実行されるより、俺も結果を知る方がマシだ」
「レックスさんには、サジタリウス聖国を好きにする権利があるんですよ~?」
そんな事を言いながら、また抱きついてくる。王を倒したのだから、ある意味では革命を起こしたとも解釈できる。そういう考えなら、エルフを支配する手に及んでもおかしくはない。
ただ、それとエルフたちが俺に従うかは別問題だ。ことさらに力で支配する気はない以上、反発は避けられない。実質的には不可能なことだ。
なんというか、ニッカの策略は読みにくい。何らかの裏はあるのだろうが、見えてこないな。
「話を逸らすな……。まあ良い。ひとまず、試してみるぞ」
ということで、霊樹に手を添えて魔力を注ぎ込んでいく。全体を侵食できるように。すると、魔力が吸い上げられていくような感覚があった。
そして、霊樹は一気に花開く。葉っぱも元気よく飛び出してくる。虹色に光っていて、とてもきれいではある。
虹色の花から、五属性の魔力が空間中に広がっていく。理屈は分からないが、霊樹が花開くトリガーが闇の魔力だったらしい。
ニッカは知っていたのだろうか。顔を見ても、ただ微笑み続けているだけ。計画通りなのか感動しているのか平常心なのか、本当に何も読み取れない。
「なるほどな。闇の魔力を受け取ることで、霊樹が活性化すると」
「……課題。レックスが転移する拠点には、できる?」
フィリスの問いかけは、確かに重要だ。霊樹を転移の拠点にできないのなら、あらゆる意味で前提条件が崩壊する。魔力の侵食は、メリットどころかデメリットになりかねない。
いや、サジタリウス聖国にとっては良いことなのだろうとは思うが。俺たちが干渉できる要素は減ってしまう。
ひとまず、霊樹の中にある魔力を探っていく。闇の魔力は、減らずに内部にとどまったまま。五属性の魔力に変換されたわけではないらしい。
それにしても、光属性ではなくて闇属性の魔力で活性化するとは。ミレアルは、どんな意図をもって霊樹を設計したのだろうか。少なくとも、原作で知っている情報の中にはない。
「この感じだと、問題ないとは思うが。闇の魔力と霊樹がくっついている様子だし」
「うふふ。これで、レックスさんは霊樹に選ばれしものとなるんです~」
「……疑問。それは、エルフの意思として? それとも、霊樹そのものの機能?」
フィリスの指摘に、かなり肝が冷えたような気分になった。霊樹の機能だとしたら、それこそ俺の闇魔法が潰されかねない。
ただ、魔力を探った感じだと妙な気配はない。問題はなさそうで、軽く息を吐いた。
「もちろん、エルフに尊敬されるという意味です~。私にとっても、大事な大事な人なんですよ~」
「少なくとも今は、霊樹から干渉されている気配はないな」
「レックスさんに疑われて、悲しいです~。私になら、何をしても良いんですよ~?」
最後のあたりは、耳元でささやいてくる。露骨な誘惑ではあるが、裏に何を隠しているか分かったものじゃない。
何をしても良いという言葉は、うまく言質として使えるかもしれない。ただ、俺が妙なことをすれば、そこが隙になるのだろう。
なら、今の俺ができることは。少し考えて、答えが出た。
「なら、命令させてもらう。お前が胸を張って言える真摯な態度で、俺に接しろ」
「では、レックスさんに思考を覗いてもらっても構いません~」
とんでもないことを言ってきた。できるかできないかで言えば、できる。今となっては、相手の脳にダメージを与えずに実行することもできる。できてしまう。
だから、ニッカさえ受け入れるのならば問題なく思考を覗ける。ただし、そうした俺をニッカが信頼することはない。俺なら、急に思考を読んでくる相手を決して信頼しない。
そもそも、相手の考えが分からないから思考を読むなど論外だ。完全に敵だというのなら、まだ納得できる。俺に武器を向けてきたのなら。
仮に敵だとしても、平和的に交渉してくる相手に使っていい手段なはずがない。なら、答えは明らかだ。
「いや、やめておこう。そこまでしてしまえば、人を信じる意志を失ってしまう」
「やっぱり、レックスさんは素敵な人ですね~。アリアさんが気に入るのも、分かります~」
相変わらずニコニコしたままで、感情は読めない。とはいえ、ほんの少しだけ穏やかな気もする。俺の願望か、あるいは真実か、はたまた演技か。
いずれにせよ、俺はアリアの知り合いを傷つけることも避けたかった。だから、これが正解のはず。
「知り合いだと言っていたな。今まで聞いていなかったが、どういう関係なんだ?」
「アリアさんがサジタリウス王国を出る前から、付き合いがあるんですよ~」
「なら、相当長くないか? 少なくとも、俺が生まれる前だと思うが」
「はい~。だから、レックスさんのことは信じているんですよ。女としても~」
そういって、耳のあたりに息を吹きかけてくる。ずっと、抱きついたまま。
「分かりやすい誘惑もあったものだな……」
「……世代。レックスと結婚でもすれば、数代先まで影響を持ち続けられる」
「俺の子供や孫にもか。いや、それなら結婚すら必要ないんじゃないか?」
「それが狙いなら、サジタリウス聖国に留まる理由はありませんでしたよ~」
「確かに、俺のそばにいた方が効率は良いな。なら、何が狙いだ?」
「ですから、レックスさんと仲良くしたいだけですよ~」
少なくとも、フィリスの指摘した狙いからは遠ざかる行動ではある。全面的に信用するにはまだ早いにしろ、今のところは信じていいのではないだろうか。
「まあ、仲良くすることは問題ない。お前の力は、俺に必要だからな」
「力だけ、ですか~? 利用しようとしているのは、レックスさんの方なんですね~?」
眉を下げて、悲しそうな顔をしている。明らかに言質を取ってきたような反応だ。だったら、否定しないと。
「いや、そういうことではないが……」
「だったら、もっと仲良くしましょう。ね、レックスさん~」
そう言って、抱きつく力を強めてくる。しまった、こっちが本命だったか。
やはり、ニッカは食えない女ではある。それでも、仲良くしたいという言葉だけは真実に思えた。