物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう 作:maricaみかん
ニッカとの話から少しだけ経って、サジタリウス聖国はひとまず安定したらしい。もちろん完璧ではないだろうし、これから問題も出てくるはず。だが、それはエルフとニッカが乗り越えるべき課題だ。
必要なら手助けすることもあるだろうが、自分の足で歩き出したのなら俺の役目は終わりだ。次に向けて、一歩ずつ進んでいかなくてはならない。
ということで、ニッカの元を去る。挨拶をして、快く送り出された。あと残ることは、ひとつ。フィリスと話をすることにした。二人になれる部屋を用意してもらって、そこで。
ふたりきりになると、少しだけ壁とかを見たくなってしまう。それを振り払って、まっすぐに目を見た。
「さて、俺は帝国に戻らないとな。フィリスはどうする?」
「……必然。レックスについていく」
少しも迷った様子などなく、ただ淡々と話される。だからこそ、フィリスの本気が伝わるというもの。ずっと、決めていたはずだ。
俺としては、とても安心できる。フィリスの支えがどれだけ頼りになるか、よく分かったからな。これからもミレアルの試練が待ち受けるのなら、大きな力になってくれる。間違いない。
「そうか。助かるが、良いのか?」
「……当然。私にとって最も大切なことが何か、よく分かった」
じっと、俺のことを見てくる。頬に手を触れて、あまやかに微笑んで。満開の花とは違うが、小さくても確かに咲いている花。そんな印象。満面の笑顔じゃなくても、とても綺麗だと思えた。
体温と一緒に、多くのものが伝わってくる。それにつられるように、俺は頷いた。
「それだけ、俺を大事にしてくれているんだな。ありがとう、フィリス」
「……確信。レックスは、私が求め続けていた存在」
「どんな存在だったのか、聞かせてもらっても良いか?」
「……単純。私に、新しい世界を見せてくれる人。そして、私を心から受け入れてくれる人」
どちらも、かなり難しいというのは分かる。フィリスほどの魔法使いともなれば、見飽きたものばかりだろうし。俺も、闇魔法を持っていなければ、とても実現なんてできなかったはずだ。
フィリスを心から受け入れるというのは、できていると信じたい。もちろん、俺はずっと信じているし、頼りにしている。なにひとつだって、疑うことはない。それだけは、確かなこと。
「新しい世界に関しては、自信はないが……」
「……雄弁。私をどうしたいかが、言わなくとも伝わる」
「当たり前だ。フィリスは、俺にとって最高の師匠なんだからな」
「……質問。師匠というだけ? 人格として、あるいは存在としては?」
今度は、俺の手を取って言ってくる。なんとなく、ニッカのやり口を真似ていそうな気もする。正確には、身体接触そのものだが。策略と言うより、感情の示し方として学んだのかもしれない。
フィリスは基本的に無表情だったし、淡々としていた。それがここまで感情を表に出してくれるなんて、弟子冥利に尽きるよな。確かに、俺は師匠に何かを与えられたんだから。
「もちろん、とても大切だよ。感謝しているし、尊敬している。命を預けても良いくらいには」
「……結果。私の合一を受け入れてくれたことが、証明している」
それもそうか。合一なんて、失敗すれば死ぬというか、二度と元には戻れない。それが分かっていて、フィリスに俺自身を委ねたのだから。まあ、他に選択肢がない状況ではあったが。
「そうかもな。俺たちは、ある意味文字通り一心同体になったわけだ」
「……愉悦。とても気分が良かった。きっと、人生で一番」
声が弾んでいるのが分かる。まあ、ある意味では恋人よりよほど深くつながりあったようなものだからな。高揚感があるのも、必然か。
俺だって、フィリスのことはとても大切に思っている。そんな人とつながるのは、実際嬉しいのだし。まだ答えが出せる状況ではないから、ハッキリとは言えないが。
「それは嬉しいな。フィリスが俺を大事にしてくれていることも、伝わってきたぞ」
「……同感。レックスがどんな感情を私に抱いているか、よく分かった」
少しだけ、唇の端を釣り上げている。なんとなく、フィリスなりにニヤニヤしているんだということが分かってしまう。以心伝心ではあるのだが、こんなところで伝わらなくて良くないか?
絶対にからかわれていると伝わってくるのは、あんまり嬉しくないな。今の俺は、ちょっと変な顔をしているかもしれない。
「良いことのような、恥ずかしいことのような……」
「……結論。私に、ずっとそばにいてほしいと思っている」
完全に、フィリスは楽しんでいる。さっきまでと変わらないどころか、笑みが深まっているからな。俺の安息の地は、どこにいった。フィリスは安心できる存在だと思っていたのに。
つい、頬をかいてしまう。どうして、こんなことに。
「まあ、そうか……。人の口から言われると、反応に困るな……」
「……感謝。レックスのおかげで、私は人に愛される気持ちを知った」
今度は、両側の頬が緩んでいた。これは、真剣な気持ちのはず。とはいえ、回答が難しい。実際、フィリスを大切に想っている気持ちは自分でも否定できない。
だが、ブラック家の当主でスコルピオ帝国の皇帝で、俺の立場はかなりややこしい。好きだと素直に言うことが、どれだけの問題を引き起こすか。
フィリスとなら、きっと結ばれたら幸せになれる。分かっていても、どうしようもないんだよな。
「愛、愛か……。大事にしているという意味では、間違いないか」
「……回答。家族愛も、愛。だから、何も間違っていない」
「そういう意味なら、俺もフィリスを愛している。自信をもって言い切れるな」
「……同調。私も、レックスを愛している。これまでに出会った誰よりも、ずっと」
真っ白な花が、咲き誇った。そんな印象を受ける笑顔を見せてくれた。俺はただ、フィリスの温度を感じていた。
きっと、一生忘れないだろう。それくらいの価値がある。それこそ、金銀財宝なんて比べるだけ無粋なくらいに。
「ありがとう。フィリスと出会えたおかげで、俺はみんなを守れたんだ。フィリスのことだって」
「……進歩。私も、レックスに教えることで成長した。片方だけの気持ちじゃない」
フィリスは、出会った頃よりも、原作の描写よりも、ずっと強くなった。だから、俺がフィリスと出会ったことは間違いじゃない。少なくとも、俺達ふたりにとっては。
こうしていると、部屋がとても暖かく感じてくる。じんわりと、染み渡るように。
「なら、俺たちは同じ気持ちを抱えているわけか。なんというか、嬉しいな」
「……同意。私も、とても嬉しい。レックスとの関係に、新しい目標も見つけられた」
「それは、聞かせてもらっても良いのか?」
「……内緒。だけど、きっとレックスにとってもいい話。以前の目標よりも、ずっと」
「なら、楽しみにしておくよ。これからもよろしくな、フィリス」
また、フィリスは笑顔で頷いてくれた。きっと、俺達ならどんな試練だって乗り越えられる。ミレアルが何を仕掛けてこようとも、必ず。
あらためて確認するまでもなく、お互いの気持ちは伝わり合っていた。そうだよな、フィリス。