物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう   作:maricaみかん

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636話 つかんだ感覚

 あれから移動してたどり着いた街で、俺は訓練を続けていた。新しい剣技を、しっかりとものにするために。

 ただ、10回に一回斬撃を飛ばせれば良い方で、空間を切り裂くような剣技は一度も発動できなかった。

 普通に考えれば、斬撃を飛ばせてしまうだけで異常ではある。だが、ミレアルと戦おうとしていることを考えると、まだまだ足りない。

 

 フィリスの手によって傷が癒やされたこともあり、とにかく全力で模擬剣を振るう。しかし、どうも成果がついてこない。

 

「思った以上に、再現ができないな……」

「それでも、成功する瞬間はある。焦るな、レックス」

 

 肩に手を置きながら、エリナが慰めてくれる。実際、成功できるということは俺の動きに正解があるということ。しっかりと突き詰めれば、いずれ精度は上がるはず。

 とはいえ、剣技に関して苦労してきたことがないのも相まって、どうにも苦しさがある。頭をかきむしりたくなる感覚というか。

 

 ただ、それではダメだ。戦いでだって、冷静さが大事。一度息を深く吸って、吐いた。

 

「……感度。なら、より鋭い感覚を身につければ、あるいは」

「そんなこと、狙ってできるものなのか? 疑うわけではないが……」

「……仮説。一度感覚をつかめば、再現しやすい」

 

 絶好調の状態を、一度引き出す。そうすることによって、次から同じ感覚を持つことができるという発想。

 前世では、ランナーが下り坂を走って速く走る感覚をつかんでいたと聞いたことがある。おそらく、同じような理屈だ。

 

「会心の出来というのは、狙って再現が難しいものだ。私も、音無し(サイレントキル)を編み出す時に苦労した」

 

 エリナですらそうなのだから、俺が苦労するのは必然ではある。自分で剣技を編み出したのは、実質的に初めてなのだから。これまでは、エリナの生み出した技を真似するだけだった。コツを聞きながら、効率的に再現できていた。

 対して、今は手探りのまま。だから差ができるというのは、理屈としては納得できる。

 

「当然の話ではあるが、困ったものだ……。次の戦いでは、おそらく必須だからな……」

「……検証。一度試してみるのが早い。深層浸透(ユビキタスエアー)

 

 フィリスが霧を起こして、俺の体に魔力を浸透させていく。それによって、五感が鋭く立ち上がっていくような感覚があった。

 今なら、吸う息吐く息の感覚すら分かる。この状態で剣技を再現できたのなら、体で覚えられるはずだ。

 

「ああ、そういうことか。感覚器官そのものを強化して……」

「私が組み手の相手になろう。試してみろ、レックス」

「分かった。胸を借りさせてくれ、エリナ」

 

 お互いに、模擬剣を構える。フィリスは、少し離れて見守っていた。剣をしっかりと握って、エリナに向かい合う。

 息を呑みそうになる気迫の中で、エリナがこちらをじっと見てきた。

 

「行くぞ、レックス。遠慮はしない。神速(ディレイドキル)

 

 気付いた瞬間には、目の前に剣を振り下ろされていく。なんとか反応して、エリナの剣を払う。即座に返す刃が飛んできて、今度は受ける。体が浮かび上がって、少し後ろに飛んでいく羽目になった。

 

「くっ、速いな! 本当に遠慮してこないじゃないか!」

「多少の怪我なら、フィリスが治せる。遠慮はいらないぞ、レックス!」

 

 そのまま、エリナは連続攻撃を仕掛けてくる。魔法があっても互角だった相手に、手加減無しと言った様子。当たり前のように、追い詰められていく。

 少しずつ、エリナしか見えなくなっていく。剣だけでなく、関節の動きまで。どのタイミングで剣が振られるのか、意識しなくても分かる。

 そのおかげで、わずかな反撃の糸口を見出せた。エリナの剣を受けて、お互いに衝撃で弾かれる。即座に、俺は流れるように動いた。

 

「まったく……。ちゃんと、避けてくれよ!」

 

 弾かれて距離ができたエリナに、剣を振り抜く。当たり前のように、斬撃が飛んでいく。だが、エリナは涼しい顔で避ける。

 それどころか、一瞬でこちらに近づいてきて、また剣を叩きつけてくる。

 

 何度も払いながら、距離ができた瞬間に斬撃を飛ばす。だが、エリナの余裕はまるで崩れない。

 

「悪くはない。だが、遅いな。その程度ならば、私に当てることはできない」

「本当に当てたくないって気持ちも、分かってほしいものだな!」

「そんなザマでは、私に斬られることになるぞ! 神速(ディレイドキル)!」

 

 エリナの姿がブレたと思ったら、目の前に剣があるような状態。それでも、体が勝手に動いて受け止めることには成功する。

 だが、間断なく次が飛んでくる。エリナの剣が見えないまま、ただ感覚に従って動く。考えも何もなく、ひたすらに。

 それでも、俺の剣が遅れていくほど。

 

「ぐっ……。本当に遠慮がないな、エリナ!」

「私を驚かせるだけの技を、見せてくれるのだろう?」

「……まったく。そう言われたら、やるしかないよな!」

神速(ディレイドキル)! 神速(ディレイドキル)!」

 

 剣を振られ、受ける。また振られ、今度は避ける。続けて突きを出され、払う。全部、起こってから状態を理解できた。

 もはや、とてもではないが思考が追いつかない。勝手に、剣を右に構える。そこに、エリナの剣が当たる。次は目の前に突き出す。エリナが剣を振り下ろす前に、ぶつかった。

 

 エリナの体勢が、わずかに崩れる。その瞬間に、俺の体は剣を薙ぎ払おうとしていた。

 

「……ここだ! 空破断界(アブソリュートブレイド)!」

 

 エリナは剣を振り、何かに引っかかった瞬間にしゃがみ込む。模擬剣がふたつにちぎれ、エリナの頭の空間が割れる。

 全身のすべてが、剣と一体になる感覚。これが、俺の至った領域。恐るべき手応えがあった。

 

「さすがだ、レックス。模擬剣とはいえ、触れずに真っ二つにするとはな」

「フィリスによる強化ありきとはいえ、狙って撃つことはできたな……」

「……感嘆。やはり、レックスの才能はすさまじい」

「ああ。そして、私にも得るものがあった。レックスの剣技を、直接確かめられたのだから」

 

 切り裂かれた模擬剣を見ながら、エリナはうなずく。その目には、確かな確信が見て取れた。

 

「それで、何か分かったのか?」

「レックスは、無我夢中と言っていたな。脱力こそが、その本懐だったらしい」

「ああ、なるほど。無心になるあまり、余計な力が入っていなかったと。それなら、確かに……」

 

 意識すればするほど、撃てなくなっていたのかもしれない。切り札を放とうとすれば、当然全身に力が入る。その力みこそが、最も邪魔をしていたということ。

 つまり、俺の取るべき選択はふたつにひとつ。常に無心になれるように鍛えるか、自在に脱力できるように鍛えるか。

 

 どちらにも、メリットとデメリットがある。無心になるのは、制御が難しいはずだ。だが、一度成功した道筋でもある。

 脱力を意識するのは、フォームが乱れる可能性すらある。だが、成功すれば狙って空間を切り裂けるということ。

 

 さて、どちらを選ぶべきだろうか。

 

「ふふ、私も思いついたことがある。完成までどの程度かは分からないが、良いものができそうだ」

「俺も負けていられないな。もっと確実に、どんな状況でも撃てるようにならないと」

「……期待。私も、深層浸透(ユビキタスエアー)を進歩させる」

 

 エリナもフィリスも、まだまだ成長するらしい。お互いに、技を教え合うこともできるだろう。つまり、俺達にはもっと強くなる道があるということ。

 

 この調子で、楽にミレアルの試練を乗り越えられるくらいになりたいものだ。

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