物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう 作:maricaみかん
男は、エリナに向けて駆け出す。同時に、周囲を囲む敵が俺たちに襲いかかってくる。フィリスは、男に対して手出ししていない様子。ひとまず、エリナの戦いの邪魔をしないつもりらしい。
フィリスは魔力で加速して逃げ回りながら、霧を広げている。少しずつ、敵たちの動きが鈍くなっていく。
俺は斬撃を飛ばしながら、フィリスやエリナに攻撃が届かないようにしていた。
そしてエリナは、男の剣をかわし続けている。剣を振ることもなく、ずっと。
「どうした、エリナ!? 俺の剣技に、手も足も出ねえか!?」
男は勢いよく何度も剣を振っているものの、本来のエリナの足元にも及ばない速度だ。魔力で強化されているにも関わらず。
もはや、エリナの脅威ではない。見ているだけでも分かった。
「なるほど、こんなものか。なら、もう十分だな」
「そんな事を言って、余裕のつも……」
エリナは、ただ立っているだけだった。それなのに、男の体は両断されている。俺にすら、何が起きているのか分からないままに。
「もう、斬った。貴様は、気付いていなかったようだがな。これが、
察するに、エリナの新技。動いたことすら分からない速度で斬ったのだろうか。それとも、他に何かあるのだろうか。俺には、ただ突っ立っているだけにしか見えなかった。
興奮が、全身を駆け巡っているのが分かる。体が、熱い。剣を握る手が、一瞬震えた。
「エリナ! そんな事ができるようになったのか! なら、俺も!」
「……対応。
フィリスは、今度は一部にだけ霧を発生させる。それこそ、個人だけを包み込むように。相手は、苦しむどころかボロボロに枯れていった。
つまり、フィリスもまた成長しているということ。
昂る気持ちのままに、魔力を全身に集中させる。合一の時のように、魔力同士をふんわりと結合させながら。その中に、わずかに俺自身を溶かし込む。合一と同じように。違うのは、俺の体は原型を保っていること。
それでも、一部は魔力と溶け合っている。その一部を動かしながら、俺は剣を振り抜いた。
「見えた!
宮殿の中にいる敵、すべてを斬り裂いた手応えがあった。実際に、周りにいる敵はすべて倒れていった。
全能感のようなものが、全身を駆け巡る。溺れてしまいそうなほどの快感があった。
「……全滅。ただの一撃で」
「とんでもない技を生み出したものだな、レックス。周りに、被害もなしとは」
フィリスは目をまん丸にしているし、エリナは口を軽く開けていた。なんというか、ちょっとだけ面白くなってしまった。感心してくれている証なのだから、良くないんだが。
しかし、今のフィリスやエリナを驚かせられるほどとなると、自信になるな。やはり、この二人に認められるのは格別だ。
「エリナこそ。俺にも、何をしているのか分からなかったよ」
「レックスが空間を斬れるのなら、時間を斬れないかと思ってな。実現したのが、
言っている意味が、よく分からないんだが。時間を斬るって、なんだ? いや、フィクションで聞いたことはあるが、理屈として意味が分からない。何をどうすれば、時間を斬ることになるんだ?
というか、それでどうやって動かずに敵を斬ったんだ? 時間を斬ることと、何の関係が?
困った。頭がこんがらかってきたぞ。とりあえず、それっぽい理屈をまとめてみるか?
「つまり、斬る時間そのものを斬り裂いたみたいな感じか? 自分で言ってて、よく分からないが」
「そんな感じだ。レックスこそ、何をしたんだ? 明らかに、斬れた範囲がおかしい」
感覚的には、説明できる。まあ、体が勝手に動く感覚に身を委ねた感じなんだが。たぶん、次からは狙って再現できる気はする。前ほど会心の出来という感じじゃない。どちらかというと、積み上げてきたものから生まれた必然というか。
「狙った空間だけを斬る技ではあるんだが……。合一を応用して、軌道の違う魔力の刃を生み出したんだよな」
「……理解。体が同時に存在するから、同時に複数を斬れる。要するに、一撃じゃない」
フィリスの説明通りという感じだ。魔力と合一した部分を別の刃として振って、そこからまた斬撃を飛ばす。理屈としては、とても単純なもの。
なんか、千手観音みたいなイメージが近いかもしれない。正確には腕ではないにしろ。エリナの剣技を再現しようとして、いつか尻尾を作っていた。その応用ではある。
「そういう感じだ。というか、もう敵が出てこないな。ミレアルは、満足したのか?」
「……推測。レックスの新技を確認できた時点で、今回の試練には十分だった」
まあ、ミレアルが俺たちを不意打ちする意味はないか。試練を乗り越えさせたいのであって、単に俺たちを破滅させたいわけではない。意味の分からない初見殺しをしてこないというところだけは、信じて良い。
いや、魔力を封じられたのは何だったのかと言われそうだが。あれも、敵も魔力を使えなくしたりとバランス調整の形跡は感じられるからな。
「ふむ。やはり、気まぐれなものだな。私たちを、徹底的に振り回している」
「となると、後はアリエス連邦の復興か……。エリナ、ツテはあるのか?」
「さて、な。ひとまずは、誰が生きているのかを確認せねばなるまい」
まあ、それもそうか。エリナの知り合いが生きているのかも、かなり怪しいところ。ひとまずは、情報収集になるか。
やはり、勝った後が大変なのは変わらなさそうだ。平和に終わってくれるのなら良いのだが。
「……調査。盟主と関係のある人間に、連邦の現状を知っている相手がいないか」
「そうなるか。おそらく、今回もミレアルは様子見をするのかもな」
「……同感。復興も含めて、ミレアルの課題であるはず」
帝国の時も聖国の時も、あまり大きな妨害はしてこなかったからな。土台から潰すような行為には、興味がないのだろう。
だからこそ、打てる手もある。必ずしも何も起こらないとは言い切れないが、急に要人を暗殺されるようなことはない。少なくとも、ミレアル自身の手においては。
「民そのものが滅んでは、復興はできない。私たちを、うまく利用しているな」
「となると、ニッカみたいな鍵になる獣人がいたりしてな」
「……想定。素直に協力されるとは限らない。何が問題かも含めて、調査が必要」
ニッカの時は、こちらをかなり振り回してきたからな。どこまでミレアルの想定通りかはともかく、まだ終わりじゃないのは確か。
「私の得意分野ではないのが、心苦しいが。使えるとすれば、私の名前だけだ」
「それでも助かる。根本的に、知り合いそのものがいないんだから」
「……同意。エリナの存在だけで、少なくとも数手は縮まる」
「なら、良いが。私も、もっと何かができると良いのだが……」
エリナは難しい顔をしている。だからこそ、俺に言えることがある。
「それこそ、焦りは禁物だろ?」
「ふふ、これは一本取られたな。レックスも、やはり成長しているんだな……」
感慨深そうに、俺の頭に手を置いていた。さて、また気合いを入れ直さないとな。別の形とはいえ、試練は続くのだから。