物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう   作:maricaみかん

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657話 エリナの訓練

 レックスの敵が女神ミレアルであることを、私は師としてのつながりを持つフィリスから聞いていた。あまりにも強大な敵であることに、途方もなさを感じたのは事実。

 だが、剣を握る手はいつもと変わりはしない。震えることもなければ、剣筋が鈍ることもない。ただ普段通りに剣を振るえた。

 

 フィリスからの報告によると、サジタリウス聖国では相当な苦戦をしたらしい。あのレックスとフィリスが協力してすら、だ。

 やはり、女神というだけのことはある。本体が現れずとも、レックスたちを追い込むほど。これまでの敵とは、明らかに格が違う。

 言ってしまえば、レックスとは比較にならない弱者とばかり戦ってきたからな。これからが、レックスの真価が問われるところ。

 

 そんな事を考えながら訓練を続ける私のもとに、噂が届いてきた。魔力を持った獣人がいるというもの。それも、アリエス連邦に。獣人の国に。

 フィリスから聞いていた顛末を考えれば、簡単に答えは導き出せた。聖国に大量の五属性使いが現れたのと同じことだと。

 

「アリエス連邦に、敵が現れたか……」

 

 それでも、私の剣筋は鈍らない。むしろ、ますます鋭くなっていくほど。アリエス連邦が、私の故郷が敵になると知って、それでも。

 自分がどれほど薄情なのか、強く突きつけられていた。心の中で動揺しているのなら、剣が鈍るはずだ。たとえ心と行動を分離させようと努力したところで、必ず。

 

 つまり、私は故郷を滅ぼすかもしれない状況に、知り合いを斬るかもしれない状況に、ただ平常心のまま向き合えている。レックスが知れば、軽蔑するかもしれない。考えたのは、それだけ。

 もはや私は、それしか気にしていなかった。自分でも思う。私の心は、とうの昔に化け物になっていたのだと。

 

「思うところ自体は、なくもない。いつものことだ。傭兵時代と、何も変わりはしない」

 

 顔見知りを斬ることもあった。酒を酌み交わした相手も、同じ釜の飯を食った相手も。良いやつだなと思って、戦場で出会う。いつも、答えはひとつ。

 そんな私だからこそ、傭兵として大成できた。国に名を轟かせるほどの存在になれた。

 

 レックスならば、剣が乱れただろう。隙を突かれることもあっただろう。親しい相手に剣を向けるとは、そういうこと。

 だからこそ、連邦での生活についてレックスに語る理由はない。どんな思い出があるのかなど、邪魔になるだけ。

 

「レックスの成長につながるのなら、私は友人だろうと殺せる。薄情なものだ」

 

 薄い笑いが、こぼれた。それだけが、表に出た私の感情。薄情であることすら、さほど不愉快だと感じていない。レックスとは大違いだ。

 だとしても、レックスの師である立場を譲るつもりはないが。どれほど人格的に優れていようと、知ったことではない。

 

 私にとって大事なことは、レックスの剣技がたどり着く先を見ること。そして、いずれレックスが私を組み伏せること。それ以外のすべては、もはやどうでもいいとしか思えない。

 何を考えていようとも、剣は勝手に動く。乱れることもなく、ただまっすぐに。それが答えだ。

 

「だが、悪くない。神速(ディレイドキル)を教えるのに、これ以上の機会はない」

 

 レックスはまだ、完全に私の剣を身に付けていない。そうするだけの機会がなかった。だからこそ、ちょうどいい訓練場になる可能性が高い。

 フィリスの見立てでは、レックスを死なせないように調整されている可能性が高いとのこと。ならば、安全に近い戦いで実戦での検証ができるということ。

 

 その時にどれほどの犠牲者が出るか、私は分かっている。それでも、止める気すらない。

 

「私の剣技を託すことで、レックスはもっともっと強くなる」

 

 今でも、魔法を含めれば私を超えている。だが、レックスはその程度で収まる才能じゃない。私ですら真似のできない剣技を生み出すことは、絶対にできる。

 その瞬間を訪れさせることこそ、私の生きる理由。もはや、私自身の栄達も名誉もどうでもいい。ただ、レックスが私を超えてくれるのならば。組み伏せてくれるのならば。

 

「連邦は、あくまでそのための餌。フィリスにとっても、同じだろう」

 

 フィリスは、レックスと結びつく形の合一をしたらしい。それを、とても喜んでいた。無表情に見えようと、私には分かる。

 私だって、同じ状況になれば同じ気持ちになる。自分のことだからこそ、間違いないと言い切れる。

 

 レックスに私を刻みつけること。レックスが私に傷を刻むこと。どちらも、誰にも譲れないこと。その機会は、もう目の前にある。

 

「ミレアルには、感謝すべき部分もあるな。レックスの敵である以上、私の敵でもあるが」

 

 私の力では、おそらくは届かないだろう。だが、構わない。レックスならば、必ず届く。分かりきった話でしかない。

 もし今届かないというのなら、届くように託すだけだ。私もフィリスも、絶対に同じことをする。話し合ったわけでもないが、確信できる。

 

 レックスに対する期待は、何度も何度も叶えられた。私が想像していたものを超える形で。だから、今回とて同じになるはず。

 そうできないのなら、足りないのは私の方だ。レックスの才覚は、誰にも届かない領域なのだから。

 

「実戦の中でどうやって剣技を伝えるか。それが、私の課題になる」

 

 神速(ディレイドキル)は、言ってしまえば早く鋭いだけの剣。魔法防御ごと叩き割る威力を持たせただけの、見えない速度の剣。

 だが、レックスが身につけることには大きな意味がある。魔法に頼らず魔法を潰せる。それができるのならば、選択肢が増えるのだから。

 

 レックスには、魔法で剣を強化するという選択もある。身体能力も。そして、他の魔法を使うという選択も。

 だからこそ、魔法だけに警戒するのと剣技も恐れるのとでは意味が違う。絶対にレックスを近づかせてはいけない状況下で、兵器で強力な遠距離攻撃が撃てる。そうなれば、もはや駆け引きすら意味をなさない。あらゆる手段で、レックスは詰み筋を作れる。

 

 そうなれるように、私は神速(ディレイドキル)を託してみせる。完全な形で。

 

「レックスならば、あるいは私の想像を超えてくれるかもしれん」

 

 神速(ディレイドキル)を超える剣技など、想像すらできないが。私の前では、敵は身構えることすらできずに死ぬ。それは、もはや剣技における限界と言っても過言ではないはず。

 だが、うずいてしまう。レックスならば、その限界すら超える何かを生み出すかもしれないと。全身が、強く震えた。

 

「それもこれも、勝たねば始まるまい。気を引き締めなければな」

 

 そう。レックスの未来を想像するばかりでは、私の剣筋すら鈍るかもしれない。そんな愚かなこと、レックスの師として恥じるべきこと。

 私のするべきことは、レックスの師としてふさわしい剣技を磨くこと。放つこと。少なくとも、今は。

 

「欲望のために負けるなど、剣士としてあってはならぬこと」

 

 私にとっては、レックスこそが欲望そのもの。どれほどでも薄汚い感情を向けられてしまう。ハッキリ言えば、ただのメスになっている。

 だが、戦場では許されぬこと。レックス以外の男に何かを許すなど、禁忌という言葉ですら言い表せないほどの罪なのだから。

 

 油断するなど、あり得ない。ただ、全力で敵を斬り裂くだけ。それだけでいい。

 

「魔力を斬り裂く剣も、まだまだ磨ける。レックスに託せるはず」

 

 闇魔法を使わずとも、敵の魔法に対抗できる。そうなれば、もはやほとんどの魔法は意味をなさない。光属性だろうとも、無属性だろうとも。

 ミレアルがどんな魔法を使うかは、分からない。だからこそ、剣士として磨かれることが意味を持つ。

 

 そう。ミレアルは魔法使い。それだけは、伝承で語られているのだから。

 

「やはり、強くなることが私の道。レックスにも、簡単には負けられない」

 

 ミレアルにすら届く剣技を、レックスに身に着けさせる。そうすることが、私の義務。ならば、雛形だけでも作らねばなるまい。

 私が紡いだ剣技が、レックスをさらなる先へといざなう。

 

「組み伏せられるという願いは、まだまだ遠くなりそうだな」

 

 どこまでも強くならなければ、今後の戦いにはついていけないだろう。そうならないように、ただ自分を磨き続ける。

 まったく、厄介なものだ。私の願いを叶えるために、わざわざ遠ざかる道を進まねばならないのだから。

 

「だが、困ることはない。レックスならば、私を軽く超えてくれるはずだ」

 

 それだけの才能は、持ち合わせている。積み重ねた努力も、並大抵のものではない。私程度ができること、必ずこなしてみせるだろう。

 

「私はただ、研鑽を重ねればいいだけ。単純なものだ」

 

 その先に、レックスに組み伏せられる日がやってくる。

 

 本当に、楽しみなものだ。

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