物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう   作:maricaみかん

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658話 エリナの疼き

 レックスたちの魔力を封じられ、私たちは苦戦することになった。無数に現れる敵を、ただ剣技だけで斬り続ける。これまでの生でも、実行したことのない難題。それも、フィリスをかばいながら。

 危ない場面は、何度もあった。戦場で苦しんでいる顔を出す真似ができなかっただけで、余裕なんてなかった。

 

 感情を思うがままに吐き出せるのならば、私はわめきすらしていただろう。頭を掻きむしったかもしれない。そうしなかったのは、レックスがいたから。傭兵としての経験もあったが、結局はただの見栄。女の面目。

 頼りない女だとレックスに思われるくらいなら、死んだ方がマシだ。そんな考えだけで、絶望的な戦場でも泰然とし続けた。

 

 それだけの価値があるものを、私は見ることができた。フィリスのもとに敵を通してしまい、あわやといった瞬間。レックスの体は、導かれるように動いていた。そして、フィリスの敵を斬り裂いていた。剣を当てずに、斬撃を飛ばして。

 私には、想像することすらできなかった絶技。あまつさえ、さらなる先まで。レックスは、とんでもないものを身に着けてしまった。

 

 その夜には、興奮で寝付けなくなってしまうほど。ただ、私は震え続けていた。

 

「空間を斬り裂く剣、か……」

 

 レックスの剣は、ただ一度振っただけで何十人もを斬り裂いていた。剣の届かない範囲まで、一気に。魔力を使っていないという事実が、まるで信じられないほど。

 だが、ミレアルによって魔力が封じられていた。フィリスと同じ技は、使えていなかった。そう。本当にただの剣技だけで、空間までもを斬り裂いてしまった。

 

 敵地でなければ、私ははしたない感情を発散していただろう。そんな光景が、目に浮かぶ。もはや私は、レックスのことしか考えられない。そう、魂から理解させられた。

 

「こうも見事に、私を超えられるとは……」

 

 私には、生涯かけても生み出すことのできない剣技。それを実現したのは、私の弟子。まさに大人と子供と言うだけの差があった相手。

 口の中に、唾液が溜まっていく感覚があった。飲み込むと、喉に引っかかるような気がした。

 

「ふふふ、疼かせてくれる。やはり、レックスは違うな」

 

 金に釣られただけで、レックスの面倒を見ることになった。その才覚に惚れ込んで、人生の目標を定めた。私は、何一つとして間違ってはいなかった。

 あの剣技を生み出す土台となれたことが、どれほど誇らしいか。大将首を取ることなど、比較にすらならない。

 言わば、虫をはたき落とすことと歴史に名を残すことほどに違う。皇帝になるという目標など、ほんの小さなことでしかなかった。痛切に理解させられた。

 

 私がこれまでの人生で積み上げてきたことは、レックスが羽ばたくための栄養。それで十分。どれほどでも、私の技術を貪れば良い。すべてを吸い上げられようと、奪われようと、レックスならば。

 

 なにせ、誰もたどり着くことがないだろう境地を見せてくれたのだ。対価としては、まるで足りないと言い切れる。

 

「だが、まだまだ。ミレアルが魔力を奪えるのなら、まだ手札はあると見るべきだ」

 

 それこそ、ミスリルやアダマンタイトのような鎧を量産できても何も不思議ではない。私に思いつくようなことはできる前提で動くべきだろう。

 ただ、あらゆるすべてに警戒し続けることは実質的に不可能。私が実際に考えるべきことは、何を斬るべきかだ。

 

 そう。魔力防御だろうがミスリルだろうがアダマンタイトだろうが、ただ斬り捨ててしまえば良い。それができるのならば、ああだこうだと考えずに済む。

 身に着けた剣技からレックスが何かを学び取ってくれれば、それで良い。

 

「私もさらなる進化をせねば、足りないだろう」

 

 もちろん、レックスの剣技を参考にさせてもらうが。自分より優れた剣技を知っていて無視することなど、ただ効率が悪いだけ。私は結果を出さなければならない。くだらないこだわりなど、持っている余裕はない。

 

 だが、レックスと同じ道を進むことにも限界はある。私とレックスでは、純粋に適正が違うのだから。私は獣人で女。レックスは人間で男。構成する何もかもが違う。そこから目を背けていても、何もつかめはしない。

 

 それに何より、私の果たすべき役割というものがある。

 

「ただ真似をするだけでは、レックスの成長には繋がらない」

 

 レックスの剣技は、空間を斬り裂くというもの。そう。普通の剣では斬れないはずのものを斬っている。ならば、私も同様に従来の剣技を超えてみせる。

 幸い、参考にできる材料は目の前にある。レックスの剣技を見取り、体に刻み込む。そこから、私にとって最適な形になるようにすれば良い。

 

「遠くに届かせる剣技をレックスが生み出したのなら、私は相手の防御を無意味にする剣を生むべきだな」

 

 空間を斬れるのなら、時間すらも斬れないだろうか。そんな、本来ならば荒唐無稽な発想。だが、私には実感があった。それは、成せるのだと。

 剣を握ることが、子供の頃よりも楽しめそうだと思えた。

 

 私はレックスを見守りながらも、ただ訓練を続けた。疲れているはずなのに、自然と体が動く。私がどれほど剣技にのめり込んでいるのか、誰にでも分かったはずだ。

 仮説を立て、実際に剣を振り、実戦でも検証をする。レックスの剣技は、どのような動きをしているのか。しっかりと分析して、私なりに落とし込んだ。

 

 つまるところ、魔力を斬り裂く剣と同じでしかない。本来あるべき流れに、剣を差し込む。それだけで、斬ることができる。空間も、時間も。

 それを証明する瞬間は、首都での戦いだった。知り合いだっただけの、単なる小物。試し切りの相手としては、最適ではあったが。

 

無速(アライブキル)。悪くない剣技だ。レックスとは違う道にたどり着けた」

 

 時間を斬り裂き、敵を斬り裂いたという結果だけを残す。相手には、剣を振られたという事実すら認識できない。

 本来ならば、このような剣技を持った時点で大抵の相手は殺せる。それこそ、見えない距離から一方的に圧殺されるのでもない限り。

 

 だが、ミレアルの力は途方もない。足りると考えて動くのは、楽観が過ぎるはず。まずこなすべきことは、レックスに伝えること。それから。

 

「さて、レックスはどのようにして対処するだろうか。楽しみだ」

 

 幸いにも、レックスと剣技をぶつけ合う機会はすぐにやってきた。連邦の民たちが望み、私も求めた。結果として、模擬戦は衆人の前で行われた。

 結果は、レックスの勝ち。空間を斬り裂く剣で、私の剣を届かなくした。私が斬り裂くべき空間を、断絶させることで。

 

 そして何より、複数の斬撃を同時に放つ。距離を詰める手段は、今の私には無かった。あまりにも心地よい敗北が、そこにはあった。

 

「負けてしまったか……。ただの剣技だけで……」

 

 その日の夜は、ただ戦いを頭の中で繰り返し続けた。何度も何度も、呆れるほどに。思い描くたびに、体温が上がっていくよう。実際、息は荒くなっていた。

 私室にこもって、私はただ自分の欲望に向き合う。女として、疼くとしか言いようがなかった。

 

「思った以上に、興奮するものだな……」

 

 ここで欲望を発散すれば、これまでの生で感じたことのないほどの極地にたどり着ける。そんな予感はあった。

 私にとっては、溺れたくなるほどの誘惑。だが、破れるほどに布を噛むことで耐え抜く。

 

「だが、まだだ。レックスはまだ、成長できる」

 

 私の見せた剣を、さらなる高みへとたどり着くきっかけにするはずだ。魔力を斬り裂く剣も、そう遠くないうちに身につけるだろう。理論としては、すでに高度なことをこなしているのだから。

 

無速(アライブキル)も、いずれは覚えるのだろうが……」

 

 レックスが私の技を糧にすることは、もう疑いようがない。覚えるかどうかは、ただ時間の問題でしかない。

 だから、私はただ見守り続けるだけだ。レックスの師として、ただそばで。

 

「それよりも、新しい技を導き出せるかどうかだ。私も、立ち止まる暇はない」

 

 私には、剣を振り続けるだけの理由があった。レックスの敵を打ち破るために、レックスをもっと強くするために。

 

 そんな中でも、レックスは私のことを気にし続けていた。話し合う機会まで用意して、私の心を知ろうとするのだから。

 

「まったく。どんな願いでも聞くとは」

 

 つい、乾いた声が出そうになった。レックスに私の欲望を叩きつけるべきか、一瞬は悩んだ。だが、まだ止められた。

 最高の一瞬は、耐え抜いた先にある。おそらく、その瞬間にこそ私は幸福の絶頂に達するのだろう。

 

「私がどんな欲望を抱いているのか、知りもせず……」

 

 私より強くなったレックスに、組み伏せられたい。そんな欲望を、あの純粋な男に伝える。どんな顔をするのか、楽しみで仕方ない。

 きっと、目を丸くするのだろうな。慌てた顔をするのだろうな。

 

「だが、言ったことを撤回させはしない」

 

 悪い女に捕まると、言ったはずだ。それを、骨身にまで刻みつけてやるだけ。師として、人生の教訓を与えてやらねばな?

 

「レックスのすべてを、私に刻み込んでもらおうじゃないか」

 

 体中の毛が、逆立っていく。だが、腹筋に力を込めて抑え込む。この渇きは、いずれレックスに満たさせてもらおう。

 

「それでこそ、恩を返すというものだろう?」

 

 なあ、レックス。私に感謝しているというのなら、私の願いを叶えてもらおうか。

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