物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう 作:maricaみかん
俺のもとに、ただ声だけが届く。それだけで、魂が揺さぶられたとすら感じた。
声だけだというのに、信じられないほどの存在感がある。本体が顕現でもしてしまえば、どうなるというのか。それを察させるだけの現状があった。
だが、それで心を折ることなどありえない。俺は、みんなの想いを背負っているんだ。
背筋を正して、息を吸って、声を感じる先に視線を向けた。天高くに座しているような気配を感じながら。
「お前が、ミレアルだな……?」
「我が名を呼び捨てにするとは、不遜ですね。ですが、許しましょう」
どこか甘やかな、喜色すら感じるような声。同時に、みんなの気配が動いたのも感じる。
俺の頭に、声が浸透していくよう。モニカに甘えている時に感じていた安らぎが、もっとひどく広がっていくような。
それでいて、仲間たちと接している時と同じ心地よさがあるような。
これが、女神の力だというのか。俺の感情にすら、直接干渉できるほどだというのか。ただ、声だけで。
みんなの気配を探る。胸に温かさが伝わってきた。俺と同じように、空を見上げているようだ。
「なるほど、みんなにも声が聞こえているんだな」
「ええ。レックスのしもべどもにも、情報の共有は必要でしょう?」
舐めつけるような声が聞こえる。よりにもよって、しもべときたか。
確かに、立場上は上下関係を持っているだろう。社長と社員のような関係に近いかもしれない。
それでも、俺は確かに絆を紡いできた。みんなを大切にしてきたし、みんなだって俺を慕ってくれたんだ。
しもべなんて、思ったことはない。もっとずっと大事な存在で、比較にならないほど素晴らしい時間を過ごしてきたんだ。
「しもべなんかじゃない。大切な仲間だ」
「認識の差異について、議論するつもりはありません。その歪みは、興味深くもありますが」
相変わらず甘やかに、俺に語りかけ続けてくる。
さて、敵の言葉を真に受けるべきなのかどうなのか。なんとなく、ミレアルの言葉は本心に思える。本当になんとなくだが、本気で俺を愛し子だと思っているように感じる。
まあ、相手の立場に立って考えてみれば当然なんだよな。俺なんていつでも殺せる程度の戦力差なんだから、嘘をつく理由がない。
そんな駆け引きなどしなくとも、俺を簡単にひねりつぶすことができるのだから。
ならば、情報を集めることを優先する方が正しいか。ミレアルが何を狙っているのか分かれば、話が早い。
「なるほどな。じゃあ、なんの用で俺に話しかけてきたんだ? まさか、愛の言葉を語りに来たわけじゃないだろう」
「ふふふ、それも面白くはありますね。我が愛し子がどのような魅力を備えているのかも」
弾むような声で笑うのが聞こえた。なんか、笑い声を聞くと落ち着くような感覚がある。
これは、女神の魅了というやつなのだろうか。本当に直感でしかないのだが、ミレアルは俺の心を操っていない気はする。
なんというか、俺を魅力的に思っているのは本気にしか聞こえない。
まあ、それでふざけた試練を与えてくるとんでもない邪神ではあるのだが。
「悪趣味なやつだ。俺を愛しているというのなら、どうして試練を与える」
「それを知りたければ、私を打ち破ることです。あなたにならば、できるでしょう」
「自分が死ぬとは思わないのか? ずいぶんと高みから見下ろしてくれるものだ」
「私には、そもそも死という概念が存在しません。風が死にますか? 水が死にますか?」
まあ、地球がというかこの星が滅べば死ぬのだろうが。そういう屁理屈で反論しても意味はないだろう。
実際、人間のスケールで殺せるような存在ではないと分かるだけで十分だ。
おそらく、女神ミレアルは概念的な存在だということも分かった。だから、物理的に力で叩き潰すのは厳しいのだろう。
「よく分かるように説明してくれて、ありがたい限りだ」
「ええ。我が愛し子には、よく現状を理解してもらう必要がありますから」
子を見守る母のような声と言えばいいのか。本当に、慈しむような感覚が伝わってくる。
最初に声をかけてきた時からずっと、俺に好意的な感情を向け続けているとしか思えない。
だからこそ、理解できない。明らかに、俺を苦しめたいとしか思えない試練なのだから。
それとも、ミレアルの愛情とは作者が物語の住人に向ける偏愛のようなものなのだろうか。特定のキャラクターを苦しめて喜ぶというのは、前世でも聞いた。
あり得そうな気がするのが、本当に怖い話だ。
「俺はお前に勝てないと言いたいのか?」
「私が、正しく権能を使うのならば。今すぐにでも、あなたの守るべきすべてを殺すことだって」
やはり、そうか。強がりを言っている気配はない。ただ明らかな事実を告げているだけに聞こえる。
だとすると、試練を乗り越えるしか道はないのだろう。少なくとも、戦って勝つという道は選べない。
いっそのこと、ミレアルに本気で惚れさせてみるか? なんてな。俺が狙って誰かを落とせるとは思わないし、そもそも神の価値観など分かるはずもない。
なにせ、俺に狂った試練を与えながら愛し子と語る存在なのだから。
下手に惚れさせたら、どんな未来が待っているか分かったものじゃない。
「なら、なぜそうしない? お前は、何を狙っている?」
「あなたを本当の意味で傷つけてしまえば、輝きが失われますから」
「へえ。俺を愛しているというのも、存外嘘じゃないらしい」
「もちろんです。あなたは、いずれ私の伴侶となる存在なのですから」
そんな言葉をかけられてしまう。よりにもよって、伴侶ときたか。本当に俺を愛しているらしい。
だからといって、フィリスやエリナ、ブラック家の仲間たちを危険にさらしたことを許せるはずもない。
なら、答えは決まりきっていた。
「返事はひとつ。お断りだ!」
「それも、良いでしょう。いずれ、あなたは自ら選ぶのですから」
「予言のつもりか? 絶対に外れるさ、そんなもの」
「我が愛し子。しばらくの間、力を蓄えることです。仲間たちと、協力して」
その後に、最終決戦が待っているということだろう。分かりやすい道のりがあって、ありがたいことだ。
ミレアルに何をするのが正解かは分からない。おそらく、殺すことは絶対に不可能。
ならば、素直に試練を乗り越えるだけか。もっと良い手段があるのか。まだ、見えてこない。
それでも、きっと大丈夫。俺には、みんながいるんだから。
「言われずとも、そのつもりだ」
「適度に研鑽の場を与えましょう。ですが、あなた達を大きく妨害はしません」
なるほど。新技の実験台をわざわざ用意してくれるという話らしい。至れり尽くせりとはこのことか。ミレアル本人が敵であることを除けばだが。
本当に、どこまでも軽く見ているらしい。腹立たしいことだ。だが、仕方ないのかもな。純然たる力量差があることは、否定できない。
「それはそれは、気遣ってくれてありがたい限りだ」
「あなた自身と仲間の力を束ね、私に挑みなさい。勝てたのならば、あなたに平穏を与えましょう」
「そんなもの、与えられるものじゃない! 俺たち自身の手で、つかみ取ってみせる!」
「期待していますよ、我が愛し子。私に、その力をぶつけるのです」
「言われなくても、そのつもりだ!」
「褒美は、私自身。女神の愛を、その一身に受けられるのです」
おぞましいことを言っている。試練で弄んでおいて、俺が喜ぶとでも思っているのか。
やはり、ミレアルと相容れることはなさそうだ。
「何度でも言ってやる。お断りだ!」
「すでに、あなたは私の愛を受けているのです。それを知る瞬間が、楽しみですね」
その言葉を最後に、気配は消えた。
俺がすでに愛を受けている。試練のことだとすれば、もう知っている。
知らないこととは、なんだ?
なぜか、胸騒ぎが消えなかった。