黝簾石の道標   作:赤辻康太郎

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機動戦士ガンダムSEEDFREEDOMナタル生存if小説第二話です。今回はアカツキ島での一幕となります。
大の男が女胸で大泣きするの、ありだと思います。


翔る想い

オーブ領内アカツキ島地下秘密ドック。ブラックナイツの猛攻を辛くも潜り抜けたアークエンジェルクルーとアグネスを除くヤマト隊は、アスランとメイリンの手を借り身を潜めた。

先立って連絡が入っていたのであろう。一行がたどり着いた時には医療班、整備班が既に待機しており、到着と同時に各員のメディカルチェックと残存機体ーーといってもヒルダのギャンとムウのムラサメ改だけだがーーの整備が始まった。

ドックの談話室でマリュー、ナタル、ノイマンはテレビを見ていた。あれから数日、どのニュースも核攻撃の悲惨さを沈痛な面持ちで報道している。死者、行方不明者のべ15万人超。当然オルドリン自治区よりも被害は大きく、先の二つの大戦のころに比べても、上から数えた方がはやい。

「キラ君は?」

「まだ治療中のようです」

「無理もない。撃墜されたのだからな。むしろ生きている方が奇跡だ」

キラもシンも寸前の所で救出されたとは言えパイロットスーツは破れ、いくつも傷を負った。特にキラは精神的なダメージも大きいと容易に想像がつく。

死に体も同然。気まずい静寂の中、テレビのアナウンサーの声だけがただむなしさに拍車をかける。

不意にドアが開く音がする。そちらを向くと、当のキラとシンが入ってきた。部屋着のスウェットに着替えてはいるが、その表情は疲労と混乱で暗くなっている。

マリューはキラを目に捉えると直ぐにテレビを消した。今の報道はキラには重い。

「二人とも、もう大丈夫なの?」

「ええ」

答えるシンの声は暗い。生き延びたが、愛機を失った。更にはファウンデーションに残ったはずのミレニアムもどうなったか分からない。今後の事よりもシンはルナマリアの安否が気がかりだった。キラはーー言うまでもないだろう。

キラはマリューが消したばかりのテレビを再度点けた。入ってきた時に漏れ聞こえたアナウンサーの報道。その続きが気になった。

『ーー以上の点を踏まえ、各国代表は当面の間、コンパスの活動の凍結を決定ーー』

そこまで聞いてキラはテレビを消した。予想していたとは言え、やはりこの耳で聞くのは辛い。

「本当なんですか? コンパス停止って?」

シンはマリューたちに問い質した。報道された内容は事実ではあるが、彼女らの口から答えは返ってこない。

「ああそうだ。カガリは頑張ったみたいだが」

返ってきたのは後ろからだった。振り向くと、アスランがメイリンと連れ立って入ってきた。

コンパスの構成国でもあるオーブは事件の真相解明を主張したが、交渉は決裂した。

「あいつら……くそっ!」

シンは怒りのまま、ソファーの背に拳を叩きつける。コンパスの活動を停止したということは、ファウンデーションの核攻撃の責はコンパスにある、と各国首脳陣が判断したということ。つまりはキラのせいだと言っている。ナタルは深い溜め息をはく。

「無理もない、か。あのような失態をおかしたのだ。誰も責任をとりたくないし、とらせようにも糾弾する相手もいない」

目撃者も物的証拠も、ここに居る者を除き全て核の炎に飲まれてしまった。

「唯一、残ったミレニアムは今オーブに入港している。こちらの状況は伝えていない」

ミレニアムは無事、つまりルナマリアも無事ということだ。そのことにまずシンは安堵した。

「……ラクスは?」

キラが暗いままアスランに尋ねる。ミレニアムにいないのなら、彼女はどこにいるのだろう。

アスランの情報によると、ラクスはファウンデーションと共に居ることが分かった。またターミナルの調査で、アウラが19年前、メンデルの遺伝子工学研究所に所属していたこと、彼女の研究テーマが「コーディネーターを超える存在を造り出すこと」とも。

『ザラ一佐、至急応答願います!』

館内放送での呼び出しに、アスランは急ぎインカムで応答する。

「どうした?」

『月より膨大な熱量を感知しました。映像出します!』

テレビのモニターが瞬時に変わる。そこには、巨大なレーザーによって焼かれる都市が映っていた。雪の降りしきるレンガ通りの街並みが、一瞬にして灰塵に帰した。

「……モスクワよ」

エリカ・シモンズが苦々しげに呟く。

ユーラシアの首都。どれ程の人があの光の中にいたのだろうかーー。

「これが……ファウンデーションの、報復? もう?」

「いくら何でも早すぎる」

「核……攻撃……?」

シンが呆然として映像に見入るが、アスランはそれを苦い顔と憤りを腹んだ声で否定する。

「いや、これは……レクイエムだ」

レクイエムーーかつてロード・ジブリールそしてギルバート・デュランダルが使用した軌道間戦略砲ーーレーザー発射口といくつかの偏向コロニーによって構成されるその兵器は、レーザーを屈折差せることにより理論上どの標的も狙撃できる、という代物だ。その威力はプラントのコロニーをなで切りにし、艦隊ごとアルザッヘル基地を破壊した。

アスランはレクイエムをジェネシスに匹敵するほどの強力な兵器だと評した。そのレクイエムが再び口火を切ったのだ。一瞬で街一つを壊滅させたそれは、まさに神話に出てくる「神の雷」とも呼べる。

レクイエムがモスクワを襲った直後、各国首脳陣は緊急会談を開いた。解体されたはずのレクイエムが再び動きだしたのだ。しかも、宣戦布告もなしにいきなり多くの無辜の命が奪われた。断じて許されるべきではない。一体誰が ? その答えも直ぐに明らかになった。

中央モニターが切り替わり。一人の金髪の男性が映し出された。背景には、ファウンデーションの核爆発。オルフェ・ラム・タオだ。

オルフェは沈痛な面持ちで語り始めた。

「我々は地上を追われた……ナチュラルの放った憎しみの核によって」

オルフェは語る。ファウンデーションはデスティニープランを実行していたこと。自分たちもまた、遺伝子操作によって生み出された存在『アコード』であること。そして自分たちこそが人類の未来を担うものであると。

「我らはそのために生をうけた。ーー君たちの指導者の一人、かのラクス・クライン総裁も我らの同胞なのだ!」

この事実に、演説を聞いていた全員が耳を疑った。ラクスが、彼らの側についたというのか。デュランダル議長を、デスティニープランを否定した彼女が。

「彼女も人類を導く者として、我らと共にある。我々の意思は彼女の意思であり、我々の願いは彼女の願いでもある!」

アスランは歯噛みする。最初から、彼らはラクスが狙いだったのだ。ユーラシアに核を撃たせて既成事実を作ることも、コンパスを打ち倒しキラを亡き者にしようとしたことも、全てはラクスを手中に収めるための手段に過ぎなかったのだ。

ブルーコスモスも、自国の民ですらそのための手駒、捨て石でしかなかった。そのためだけに彼らは多くの命を奪ったのだ。

「全ての地球国家に要求する。即時に武装解除し、デスティニープランを承認、実行せよ。猶予期間は5日」

「5日って……」

たったの5日。その間に国の、人類の未来を決めろと言うのだ。要求を告げるオルフェの声は先ほどの熱弁とはうって変わって冷淡そのものだ。嘲りさえも垣間見えるほどに。

「なお、我々の要求を受け入れられぬという勢力には、ラクス・クラインの名の下に、レクイエムによる制裁を下す。その頭上にメギドの火が落ちることになるだろう」

オルフェの勝ち誇った顔が画面から消えたのち、各地は混乱に陥った。社会の下層に甘んじる者たちは不平を爆発させ、既得損益を守らんとする支配者階級の人々はアコードをコーディネーター以上のバケモノだと罵った。

オーブ首長国連邦代表カガリ・ユラ・アスハもまた対応に追われる。デスティニープランを受け入れることは出来ないとしても、猶予が5日しかない。国民を避難させるにも、彼らを討って出るにも時間が足りない。カガリは忸怩たる思いで、胸元に忍ばせた指輪を握りしめた。

 

「遺伝子で人を選別し、適正によって役割を定めるデスティニープランーーデュランダルとアウラはそれを管理し人々を導く者たちを造った。それが、アコードだ」

遺伝子で優位にたつ者が下の者を支配するーーある意味では社会形成の原型とも言える。

キラはアスランの説明でどこか腑に落ちるものがあった。シェラの言った「勝てない運命」。遺伝子でそう決められているのなら、確かにキラが彼らに勝てる道理がない。キラの口元が苦味で歪む。アスランは横目でキラをチラリと見て、話を続けた。

「彼らアコードの計画の一番の要がオルフェ・ラム・タオ。そして、ラクスだ」

「ラクス?」

彼女はアコードの計画の、単なる旗印ではないというのか。

「だから彼らはラクスを拐った。彼らのプランに必要だったからだ」

「彼女もまた、彼らのピースの一つ、というわけか?」

ナタルの問いにアスランは頷く。オルフェは言った。彼女も同胞であると。だとすれば彼女にも『役割』があるはずだ。

「情報によれば、プラントでは現在軍によるクーデターが起きている」

「ええ!?」

シンが声を上げる。ヒルダはクーデターを起こしそうな人物に心当たりがあった。国防委員長のジャガンナートだ。彼もまたプラントに燻る反ナチュラル主義者の一人であった。

「しかし、今の我々には手の打ちようがない。戦うためのMSも、宙に行くための艦もないのだからな」

「つまり……ここに居る全員が死人も同然、というわけね」

誰ともなしに暗い溜め息が漏れる。ファウンデーションに対抗する手段がない現状、彼らのまやかしを暴くことはおろか、迂闊に動くことすらできない。このまま死体と思わせておく方が安全とはなんとも皮肉が過ぎる。

「ともかく、今は現状を分析してみましょう。これから先のことはその後で」

空気を変えようと、努めてメイリンは明るく振る舞う。アスランも頷き、彼女の操作するノートパッドを見やる。

「ーーこれは推測だが、彼らアコードたちは俺たちの心が読める」

「え?」

シンがきょとんとする。しかし良く良く考えてみれば、彼らの先を予測した戦闘といい、戦闘中に響いた声といい、確かにそう思わせるだけの現象はあった。

「おそらく、人の精神にも干渉することもできるのだろう」

「それって……人の心を操る……ということ?」

「それで隊長が!」

キラの暴走の原因が分かった。キラはアコードにより幻覚を見せられていたのだ。おそらくは、更に彼の焦燥感を駆り立てることもしたのだろう。キラが突如気が狂ったのではないと分かり、シンもホッとした。

「何もかもが自作自演じゃないか」

「問題は、そんな連中にどう対抗すべき、かだな」

ノイマンが静かに憤り、ナタルが首を傾げる。一つの疑問の解決は、新たな課題を浮き彫りにしただけだった。

「ラクスを助けよう」

暗く沈んだ空気を払うようにアスランは言った。

「それしか方法がない。現状を打開し、プラントを、ファウンデーションを止めるためには彼女の言葉が要る」

彼女の出自はどうあれ、これまでも彼女の言葉が人々の心を突き動かしたことには代わりない。ならば今回も。指導者としては未熟なれど、人格者としては年長者も舌を巻く彼女の言葉があれば。

マリューが他の者たちを見て、皆が頷いた。

「……無駄だよ」

「キラ君?」

だがキラがそれを否定した。マリューが怪訝そうに彼を見やり、ナタルが眉尻を上げる。シンもノイマンも、意外そうにキラを見ていた。本来なら真っ先にラクスを救いだそうとするはずの彼が。

「どうせまた同じだ。僕らが何をやっても……」

キラは、もういい加減うんざりしていた。争いを繰り返す火との愚かさにも。それを止められない己の無力さにも。

「結局また繰り返しだ。あんなに苦しんで、迷って、戦って……戦って……戦って、戦って!」

キラは戦った。平和のために。ラクスのために。たが彼がもたらしたのは破壊と死。新たな争いの火種の生むばかり。

キラの頭に、デュランダルとオルフェの言葉が響く。結局のところ、彼が正しかったのだ。自分には、人々は変えられない。

「……」

ナタルが人知れず奥歯を噛み締める。ここにいる全員が、彼の苦しみを知っていたはずだ。いや、知った気になっていた。そのくせ、彼の胸中をろくに知ろうとしなかった。頑張っているの一言で片付けてしまっていた。

「だから、彼女は僕を捨てて彼を選んだ」

オルフェの腕に抱かれるラクスを想像するだけで、胸が引き裂けそうなほど痛む。けれど、自分には彼女を抱く資格がない。彼女がそう下した。

「僕じゃ駄目なんだ! 彼女の望むもの、何一つあげられない! 平和どころか、彼女を笑顔にすることすら僕にはできない! 僕じゃ幸せにできない! だから彼女は僕を裏切ったんだ!」

「いい加減にしなーー」

言いつのるキラに、ナタルが口を開くより前に、アスランの拳が飛んだ。

「くだらない泣き言はやめろ!」

アスランが責め立てる。殴られたキラは後ろに吹っ飛び床に転がった。

「自分が、自分がばっかりで、彼女の気持ちを何一つ考えてないだろう、お前は!」

アスランが激しく吐き捨てる。

「もういい! そんなに戦いたくないなら、ここでいじいじ腐ってろ!」

呆然とするキラの頭にカッと血が昇る。何も分かってないくせに!

「そんなこと、君に言われたくない!」

キラは感情のままアスランになぐりかかるが、アスランはそれをヒラリとかわし、逆に殴り返した。

「自分だけが戦っているつもりか?」

「仕方ないじゃないか! 君たちが齢から!」

「ふざけるな!」

アスランが怒鳴る。様相こそ殴り合いだが、実際はキラが一方的に殴られているだけだ。それでもキラは頑なに追いすがる。止めに入ったシンも、彼らに殴れるほどだ。なおも止めようとするシンを、ヒルダが押さえ込む。やらせておけ、と。

「よろしいのですか?」

ノイマンがナタルに耳打ちする。

「ああ。私もハーケン大尉と同意見だ。今のキラは言って聞いてくれるような状態ではない。ならば、殴ってでも聞かせてやるほかあるまい」

その役目は自分たちではなくアスランが相応しいとナタルは言う。その通り、キラはアスランに殴りかかりつつ、本音を吐露した。

ただラクスに会いたい。彼女に笑っていて欲しい。だけど、どうすればいいのか分からない。

頑迷な思いに縛られていた。それが自分の運命なんだと決めつけていた。デュランダルを討った自分の責務だと。ラクスの、他の人の気持ちを何一つ考えようともしなかった。

「ラクスは……世界が平和になるように望んでいた……」

「でも、誰かに『平和』をポンとプレゼントしてもらおうと思ったわけじゃないでしょう?」

「そこへ向かって、共に歩む相手を望んでいたんじゃないのか? 一歩一歩、たとえ小さくとも」

マリューとアスランの言うとおりだ。独りよがりでラクスの気持ちを無視していた。裏切っていたのは最初から自分だった。もっと早くちゃんと話し合うことができていたら……

「今も……そう思ってるかな、ラクスは……?」

「不安なら、会って聞いてみろよ」

「え……?」

「行こう、キラ。ラクスを助けよう。俺たちで」

アスランが手を差し伸べる。キラは目を上げて、周りを見た。気遣わしげに見守る皆の顔があった。

「言葉にしないと、伝えられないこともあるから」

キラも手を伸ばす。アスランが手を握り、ぐっと引き上げた。

キラは気が付いた。自分はひとりではない。皆がここに居る。同じ思いを持ち、頼ることのできる仲間が。

 

当面の問題は艦とMSだったが、その問題も、マリューとエリカの提案で解決した。今キラたちは『艦』の調達に出かけていた。あてがわれた私室で、ナタルは報告を気をもみながら待っていた。失敗することはまあないだろう。しかし不測の事態が起きるとも限らない。調達班に選ばれなかったことを少し後悔し始めていた。

「バジル―ル少佐。少しよろしいでしょうか?」

ナタルを訪ねるものが居た。声でノイマンだとすぐに分かる。彼は真面目くさった口調でドアを叩いた。

「問題ない。入れ」

ナタルも上官ぜんとして答えた。「失礼します」とノイマンがドアをくぐる。

「どうした?、何か用か?」

「用ってほどじゃないんですが……」

彼にしては歯切れが悪い。言葉を選ぶ方ではあるが、それにしても言葉を発するのをためらっているようだ。

「なんだ? 言ってみろ」

「たいした事じゃないんですが……その……謝罪をしたくて」

「謝罪? 何かしでかしたのか?」

少なくとも、ナタルの記憶では、ノイマンが彼女に謝罪しなければならないことはなかったはずだ。

「……アークエンジェルです」

「ああ……」

アークエンジェル。ヘリオポリスからエルドアまで自分たちを乗せた艦。幾度となく共に死線を潜り抜けた相棒と言うべき大切な艦。ナタルはその艦の名を聞き、ノイマンが何を謝りたいのか分かった。

「申し訳ありません! 自分がもっと、ちゃんと操縦していたらーー」

アークエンジェルは沈むことはなかった。そう言いたいノイマンの言葉を、手を上げてナタルは遮った。

「あの状況では仕方ない。たとえだれが操舵していても、どんな戦艦でも、結果は変わらなかっただろう」

「しかしーー」

もっと上手くできていれば。ノイマンの眼はそう語っている。艦を沈めた責が自分にあるかのように。

「自惚れるな!」

そんなノイマンを、ナタルは叱りつけた。ノイマンの頬を両手で掴み、ナタルは怒鳴る。

「自分が上手く出来なかったから、アークエンジェルは沈んだと言うのか? 自分のせいで? それでは先ほどのキラと同じじゃないか! 独りよがりのただの甘えだ!」

ノイマンは眼を見開く。面と向かって、ナタルにこんな風に怒鳴られたことがなかった。

「君の操舵技術が高いのは確かだ。技術ならナチュラルの誰よりも、いやコーディネーターにでさえ引けをとらないだろう」

「バジルール少佐……」

「だが、だからと言って、操舵手に責任を取らせる馬鹿がどこに居る? 本来ならその責任はラミアス艦長と私が負うべきものだ」

マリューだけに責任を負わせないのはナタルの人柄か。彼女もまた、アークエンジェルの撃沈に心を痛めていた。

「そう君に思わせていたなら、私の不徳の致すところだな」

「そんなっ!」

ナタルにそんなことを言わせるつもりはなかった。ノイマンはただ、本当に謝りたかっただけだ。アークエンジェルを守れなかったことを。

「……だが、もしまだ君が言いたいことがあるのなら」

ナタルはノイマンの頬を解放し、そのままそっと両手を広げた。その顔は、柔らかな笑みで溢れていた。

「いくらでも私の胸を貸そう」

「ナタル……」

思わず呼んだ名前に。ナタルがさらに相好を崩す。

「やっと名前を呼んでくれたな」

「……ナタル!」

こんな状況で、甘えてはいけないと思っていた。自分の胸の内に秘めた想いは表に出してはいけないと我慢していた。けれど、それももう限界だった。

だからナタルの元に来た。ノイマンはナタルの胸に飛び込んだ。

「ナタル、俺は……俺は……!」

「うん」

ナタルがそっとノイマンの頭を撫でる。

「俺は守れなかった。アークエンジェルを! 大切な相棒を!」

「それは私たちも同じだ」

「けど見捨ててしまった! 退艦する時何の躊躇いもしなかった! 今まで一緒にいたのに、あっさりと捨ててしまった!」

ノイマンの気がかりはそこだったのかと、ナタルは理解した。彼は後ろめたかったのだ。大切にしておきながら、最後はあっさりと捨ててしまったことを。それはナタルたちも同じだというのに。

「アークエンジェルの最期を、あんな風に終らせたくなかった! もっともっと、戦えたはずだった!」

「そうだな」

ドミニオンに取って代わられた時だって、アークエンジェルは懸命に戦った。要塞メサイアとも渡り合った。

「俺は何もできなかった!」

「そんなわけないだろう」

ナタルが優しく語り掛ける。彼女は自分の額とノイマンの額をくっつけた。目の前には、泣き腫らした眼に涙を湛えた愛しい人の顔。ナタルは涙の伝うその頬を優しく両手で包み込んだ。

「私たちが生きている。ダリダ中尉も、ラミアス艦長も、みんな生きている。君が守ったんだ。君だから守れたんだ」

「俺が……守った……」

ノイマンも目の前を見る。そこには優しく微笑む愛しい人の顔。引き込まれる様な深い紫色の瞳が輝いている。

「そうだ。君が守ったんだ。君じゃなきゃ守れなかったんだ」

あの状況下でアークエンジェルが収まる場所を見定めて胴体着陸を成功させることは、熟練の操舵手でも至難の技だ。ノイマンはそれをやってのけた。それだけでも、彼がアークエンジェルに居てよかったと思える。

「君はそれを誇っていいし、私もそれを誇らしく思う」

「ナタル……」

「それとも、私を守った程度では不満か?」

「そんなことっ!」

おどけてみせるナタルに、ノイマンはこみ上げてくるものを抑えきれない。彼はナタルを力いっぱい抱きしめた。ナタルもそれを拒みはしなかった。

「君を守れてよかった! 君も守れなかったら俺はーー!」

「なら、それで良いじゃないか」

二人はじっと、お互いを見つめあう。二人の唇が触れ合うのにそう時間かかからなかった。

「すみません。お見苦しいところを……」

「いや、問題ない。むしろ珍しいものが見れた。その点はファウンデーションに感謝しないとな」

「勘弁してください」

ノイマンが苦い顔をする。これも珍しいとナタルは口元を緩ます。

「そういえば、ネックレスしてたんですね」

ナタルの首筋にネックレスチェーンが巻かれているのが見えた。ナタルは普段襟元を閉めているので気づかなかった。

「ああ、これか? 以前アスハ代表に教わってつけてたんだ」

教わって、にノイマンは違和感を覚えた。勧められてではないのか。

「ほら、これだ」

「それは……」

チェーンのトップについていたのはペンダントではなく指輪だった。紫色の宝石が埋められた。

「……普段つけるのもはばかれるからな」

ナタルはそういうのをひけらかす性格ではない。しかし折角の贈り物を引き出しに仕舞っておくのも忍びない。そんな時、偶然カガリに教わった方法が、指輪をトップ代わりにすることだった。

「少佐もでしたか」

「え?」

ノイマンが襟の留め具を外すと、ナタルと同じように首に紐を巻いていた。

「俺も、ザラ大佐に教わったんで」

ノイマンの胸元から出てきたのは、ナタルのと同じ意匠の指輪。こちらには緑色の石がはめられている。

「……似た者同士、というわけか」

「ですね」

嬉しさと気恥ずかしさで、二人は微笑んだ。

それから程なくして、マリューから『艦の調達』が無事終了したと連絡が入った。通話口の声が腑に落ちなさそうだったが、取り敢えずは出撃の準備ができそうだ。アカツキ島もオノゴロ港も俄に忙しくなる。

最終局面はもうすぐそこまで迫ろうとしていた。




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