ラストシーンだけ書くためにこんなになってしまった……。
「ようこそ、ミレニアムへ。ヤマト隊長、ラミアス大佐」
ハイジャックしたはずのミレニアム艦橋で、コノエはキラマリューを『快く』歓迎した。平時と変わらぬコノエの振るまいに、後ろに控えていたナタルは「どうしたことか」と二人に眼で訴える。当然のように返事は苦笑で返された。
「よくぞ、生きておられた」
「ええ。クルーに死者が出なかったのはほとんど奇跡だと思います」
その点はナタルも同意だった。あの状況で全員命に支障がなかったのは、強運か悪運かのどちらかだろう。
「艦長の迅速な判断とノイマン大尉の操舵技術のおかげです」
ナタルは素直に二人を褒める。どちらがかけても、生存はありえなかった。当の二人は当時は必死過ぎて、何を褒められているのか分かっていなかったが。
「して、これはどうした状況ですか? 見たところ既に発艦準備も出来ているようですが」
マリューが当初企てた策では、ハイジャック後、ナタルたちを召集、直ちに発艦準備に取りかかる手筈だった。それがもう発艦準備は完了していて、あとはMSの搬入と志願者以外の退艦を待つだけとなっている。
「ええ。そうね……」
マリューは気まずそうに言葉を濁し、コノエはニヤケ顔を取り繕うともしない。
「……つまり、見抜かれていた。というわけですか」
溜め息ひとつ。マリューの苦笑いが肯定の証だった。
「貴女がたがそう簡単にくたばるとは思っておりませんでしたので」
あくまで慇懃にコノエは告げる。「ハイジャックされるとは思いませんでしたが」と皮肉つきではあったが。
「それで、我々はこれから如何いたしましょう?」
「僕らはアルテミス要塞に潜入してラクスを救出します」
キラがパネルを操作しながら作戦を説明する。
「ミラージュコロイドを使って、敵の感知を潜り抜け入り込む……ニコルの戦術だな」
アスランが補足を入れる。ザフト時代にアルテミス要塞を攻略した時のやり方だ。
「我々は敵主力艦隊を突破し月へ向かいます」
「囮になるーーということね」
ナタルがパネル上のミレニアムから月まで線を引く。マリューもそれに頷いた。
「こちらの素性が感知されれば、奴らは即座にオーブ襲います。その前に、レクイエムを無力化する必要があります」
アルバートが早口で説明する。モニターには月の裏側から地球に向けて屈折したラインが伸びる。レクイエムの軌跡だ。考えただけでもぞっとする。
「レクイエム本体はシールドに覆われ通常火力では攻撃不可能。中継リングもミラージュコロイドで偽装されついて発射されるまでどこに存在していらはらか予測できない」
モニターに次々とシュミレーション映像が映しだされる。レクイエムは中継点として複数の屈折リングを使用し、実質どにでも照準を合わせることができる。
二年前のロードジブリールは廃棄コロニーを利用していたため破壊は容易であったが、ファウンデーションはリングもミラージュコロイドで秘匿する徹底ぶりだ。
「ただ一ヶ所を覗いて」
アルバートが不敵に笑い一ヶ所を指し示す。パネルで月の裏側の一点が点滅した。
「第一中継ポイントは必ずレクイエム直上ーー射線上にあります。発射直前なら確実に」
つまり、発射直前に射線上にある中継リングを破壊できればレクイエムを一時的とはいえ無力化できるということだ。
レクイエムはその巨大さ故大量のエネルギーを消費する。チャージにも時間がかかるし、中継リングの換装にも時間を要する。その間にレクイエム本体にたどり着ければーー。
「総員の退艦完了しました」
通信士のアビーが報告する。これで出発の準備は整った。
「ではーーラミアス『艦長』」
コノエがキャプテンシートをマリューに差し出す。
「え? い、いえ!そういうわけには」
マリューは戸惑い辞退しようとするが、コノエは悠然と微笑んだままだ。
「この艦は、今はザフトでもコンパスでもない。反逆者ーーいわば、海賊です。それにふさわしい戦い方を知る者がこの席にすわるべきだ」
マリューは困ったようにキラとナタルを見やる。それに対し、二人とも静かに頷く。今回の戦いは今まで以上に熾烈なものとなるだろう。ならば、今はマリューの『攻め』の指揮が必要だ。
マリューは二人の表情を見て、腹を括ったように一息吐いた。
「……分かりました。ならーー」
「コノエ大佐、副艦長をお願いします」
マリューの台詞に被せるようにナタルが進言した。てっきり副艦長もナタルが引き継ぐものだと思っていたコノエは呆気にとられた。
「よろしいので?」
「はい。今この場では、コノエ大佐が適任かと」
コノエは思案する。ナタルも長年アークエンジェルで副艦長を勤めてきたが、実力からいって一艦隊の艦長を任されていてもおかしくはない。その彼女が自ら副艦長の任を降りるというからには何か考えがあるのだろう。コノエはこんな時は自分の直感を信じるとこにしている。
「分かりました。では、よろこんで」
コノエは指名を快く引き受けた。後ろでいきなり役職を失ったアーサーが声を上げていたが。
「私はCICを担当させていただきます」
全体指揮はマリューとコノエに任せ、自分は戦闘指揮に専念する。それがナタルの考えだった。
「ではバジルール少佐、こちらへ」
アルバートが自分の近くの席を指し示す。ナタルは誘われるがままその席についた。
「少佐の戦術眼はかねがね。火力支援は私が致しますので存分に」
「ああ。よろしく頼む」
アルバートは人間としては扱いにくいが、技術力の高さと思考の早さは随一だ。ナタルも存分に頼ることにした。
「バジルール少佐、よろしいでしょうか?」
アビーが言いにくそうにナタルに尋ねた。
「どうしたウインザー? 何か問題が?」
「いえ、問題ってほどじゃないんですが」
アビーがチラリと操舵席を見やる。そこにはミレニアムの操舵手から説明を受けているノイマンがいた。
「ノイマン大尉、大丈夫ですか?」
「大尉が? 問題はないはずだが、どうした?」
「いえ、何だか目が充血してたし、目蓋が腫れてたみたいなんで」
顔は直ぐに洗わせたし、化粧で隠したつもりだったが、やはり女性の勘はあなどれないのか、アビーは的確に見抜いていた。ナタルも隠しだてする気はなかったので素直に答えることにした。
「ああ、それなら心配ない。
平然と宣うナタルにその場の全員、アルバートまでもが驚いてノイマンを見る。一瞬で注目の的となったノイマンはあわてふためいた。
「え? え?」
「大尉……貴方ね」
「ち、違います! アークエンジェル! アークエンジェルです!」
慌てて言い繕うが、それはそれでどうなのだ、マリューは案じた。
「ナターーバジルール少佐! 変なこと言わないでください!」
「私の胸で泣いていたのは事実だろう」
二度目のナタルの発言に、またしても艦橋内が騒然となり、ノイマンも弁明に追われる羽目になった。
かくして多少のアクシデントはあったが、ミレニアムは発艦準備を終え、オノゴロ島の港を後にした。
ミレニアムの艦首が波をかき分け進んでいく。その海上に数隻の艦影が見える。オーブ軍の艦隊だ、彼らはミレニアムに停止を呼び掛けるが、マリューはそのまま前進を指示した。
「撃ちぃ方ぁ始めっ!」
艦隊と戦闘機形態のムラサメからミサイルが放たれる。放たれたミサイルはミレニアムの付近で炸裂し派手な水柱を上げる。
その水飛沫の中から、ミレニアムは無傷で現れた。むしろ艦体に付着した水が煌めき、艦を輝かせるほどだ。『百発百外し』はオーブ軍の伝統技能である。これらもすべてファウンデーションの目をミレニアムに向けるため。
ミレニアムは大気圏を突破するため急上昇する。加速によるGがクルーに重くのしかかる。
「月の裏側でエネルギーが収束してる模様! 」
アビーが緊張した声で報告し、艦橋に戦慄が走る。
レクイエムへのチャージが始まったのだ。先ほどファウンデーションからオーブにレクイエムによる制裁の通告があったばかりだ。
「やはり……騙されてはくれんか!」
コノエが歯噛みする。
「彼らは最初からオーブを撃つつもりだったのよ。口実さえあれば!」
かつてのデュランダルと同じ戦略。自らの意にそぐわぬものを理由をつけて撃つ。それがどんなにこじつけであろうとも。
またもやオーブが非情な戦火に飲まれようとしている。それだけは阻止しなければ。
「准将!」
ナタルが叫ぶ。キラがナタルの方を向くと、彼女はコクンと頷いた。キラも彼女の意図を察し、国際救難チャンネルの回線を開く。
「ファウンデーション、聞こえるか?」
アルテミス要塞では、聞こえてきたキラの声にオルフェらが驚愕していた。
キラ・ヤマトが生きていた。それはファウンデーションにとって非常に不都合な事実だ。彼らは生き証人。エルドアで何が起きたかを知る唯一の者たち。核の焔で灰塵と帰したはずが不死鳥の様に舞い戻ってきた。あまつさえ、我々を挑発しようとは。
「あの出来損ないを殺せ! レクイエム、標的はミレニアムじゃあ!」
アウラは感情的に命じた。オルフェの知らぬ怨嗟すら感じる彼女に、オルフェもどうしようもない。
「月の裏側に高エネルギー反応。レクイエムです」
アルバートが淡々と告げる。ノイマンもハンドルを握り直した。
「撃てー!」
「タンホイザー起動! 緊急制動!」
急上昇していたミレニアムが急激に速度を落とす。進路を予想し放たれたレクイエムのビームは、ミレニアムを捉えることなく海面を抉る。
「撃てー!」
大気圏に向けて陽電子砲を放つ。発生した電磁ストリームとそれによる圧力波で、ミレニアムは一気に大気圏を突破した。
ミレニアムをロストしたアルテミス要塞では、オルフェの怒号が響き渡った。
「マリューさん、行ってきます」
「ええ。気をつけてね」
キャバリアーのコクピットからキラが手をふる。キラはミレニアムの護衛をシンたちに任せてラクス救出に向かう。
「……」
向かうはずなのだが、キラは通信を切らなかった。まるで何かを待っているかのようだ。
「キラ君?」
「あ、いえ……その……」
言い淀むキラ。その後ろでは、アスランが何かを察したように苦笑していた。
キラとアスランが揃って出撃する場面。前にどこかでーー。
「ーーちょっと待って。バジルール少佐!」
「はい?」
突然名前を呼ばれたナタルが困惑する。自分に何の用があるのか。
「キラ君たちに一言声をかけてあげて」
「私がですか!?」
「ええ。オーブの時みたいに」
ナタルは困惑しきった顔でモニターのキラを見る。キラも何かを期待するようにナタルを見ている。シンやルナマリアも、何事かとナタルとキラを見やる。
「ははあ。これが噂の『バジルール節』ですか」
コノエは愉快そうに笑う。バジルール節とは、パイロットの出撃前にナタルがかける激励の言葉のことだ。元はマリューの言ったオーブ解放戦での出来事が発端だが、それが巡りに巡ってオーブ軍でも噂になり、いつしか大事な戦闘でのナタルの声かけが慣例化した。
ナタルもそれで士気が上がるのなら、と半ば黙認していたが、まさかここでも求められるとは思っていなかった。
「しかし、上官に向かってそのような……」
「じゃあシンたちに、ってことで。それなら構わないでしょう?」
いつからこの青年はこんなに強かになったのだろう。ナタルがシンやルナマリアの顔を窺うと、二人ともじっと見つめ返してきている。ヒルダですら面白そうだと笑っていた。
「……ザラ大佐はよろしいのですか?」
「いいんじゃないですか?」
「私も良いと思いますよ」
一縷の望みをかけたが、アスランにもメイリンにも同意され、ナタルは一呼吸吐いた。
「……アスカ大尉、ホーク中尉」
「はい!」
「はい」
ナタルはゆっくりと語りかける。
「この戦いは、世界の命運を分けるものとなる」
シンの首筋にじんわりと汗がにじむ。そうだ。この戦いで世界の未来が決まるのだ。
「ーーなどと言う大それたものではない」
「え?」
シンとルナマリアが訝しげになる。この戦いに敗れれば、オーブは焼かれ、世界はファウンデーションの、アコードのものとなるのに。
「世界の命運など、我々の手には余り過ぎる。我々はただ、敵に囚われた仲間を救いに行くだけだ。ヤマト隊長の愛する人を」
皆の表情がキッと絞まる。
「無論、相手もそれをさせまいと撃って出るだろう。向こうの戦力の高さは君たちもよく知っているはずだ」
シンが対面したルドラの姿を思い出す。あの時はなす術もなくヤられてしまった。けどいまは違う。デスティニーもルナマリアもいる。負ける気がしなかった。
「だがそれは付け入る隙でもある。彼らは己の力を過信している節がある。必ず油断する場面がくる。そこが好機だ」
アコードたちは旧来のコーディネーターやナチュラルを見下している。しかも一度は勝った相手だ。慢心し、隙が生まれる時が必ずくる。勝機はそこにある。
「敵は強敵、数も甚大。圧倒的にこちらが不利だが、君たちならやってのける。我々なら成し遂げられる」
マリューやコノエらクルーも強く頷く。
「各位、全力を持って己の任を果たすように!」
ナタルは最後に武運を祈り通信を切った。キラたちはナタルの声を胸に仕舞い、出撃していった。
ほうっと息がでる。周りを見ると、クルーがじっとナタルに視線を注いでいた。気恥ずかしくなって帽子を目深に被る。
「出過ぎてはいなかったわよ」
「いやあ。いいものが聞けましたな」
アーサーも同意して首を強くふる。他の面々も表情が柔らかくなった。
「バジルール少佐、俺感動しました!」
「私も。次からは少佐の艦に乗りたいです」
シンとルナマリアも口々にナタルを誉め称え、ナタルの頬がますます赤くなった。ノイマンがその様子に笑いを溢すとナタルに睨まれたのはご愛敬といったところか。
「敵艦隊捕捉! 針路予定経路に陣形を敷いている模様!」
眼前に敵艦隊が確認できるまで来た。数は多数。旗艦を中心に翼のように陣形を展開している。戦力差は歴然であった。
「艦橋遮蔽。第一戦闘配備」
ミレニアムの艦橋が臨戦態勢を取る。モニターに写し出された敵艦隊に僅かな空隙が見られる。
「この陣形では、こちらの陽電子砲は使えませんな」
コノエがぼやく。明らかな進路の誘導。おそらくそこから敵の主砲が流れ込むことは予測できる。だがそこを避けようにも敵艦隊の数が多すぎる。MSも出てくるだろう。
「問題ありません。我に新兵器あり」
唯一、アルバートだけが自信満々にモニターに指を走らせる。
「耐熱耐衝撃結晶装甲展開!」
聞きなれない兵装の名にマリューはコノエを見やる。コノエは肩をすくめてみせた。大丈夫と言うことだろうか。
アルバートが心なしか嬉々として操作すると、艦体各所からジェルのようなものが吹き出し艦体をすっぽりと覆うとすぐに硬化し、艦体を結晶のようなもので包みこんだ。
「戦術『バジルール』を行う」
マリューの指示に、ナタルが片方の眉尻を上げる。この戦術は予めプログラムをセットしたミサイルを配置しておき時間差で起爆させる時間差攻撃だ。この戦術でアークエンジェルは窮地を脱したこともある。
戦術名は発案者であるナタルの名前から取ったものだが、ナタルはこれには些か不本意であった。戦術に自分の名前が付くのは軍人として誉れ高いものではあるが、彼女には遺品のように感じられてならなかった。そうマリューに何度か抗議したが、笑って取り入ってはくれなかった。今回も横目で見やるが、マリューは意にも介していないようだ。
「ミサイルタイミング、入力完了」
「ミサイル射出」
アルバートの声で我に返り、急いで指示を出す。ミレニアム後部発射口からミサイルが放出され宇宙にばら蒔かれる。後はタイミングを見計らうだけだ。
「アンチビーム爆雷発射」
「トリスタン、CIWS起動。ミサイル発射管、ナイトハルト、ディスパール装填」
マリューとナタルが指示を飛ばす。ミレニアムの各武装が起動し、唸りを上げながら迎撃体勢に入る。
「最大戦速で中央突破!」
ミレニアムが敵陣に突撃する。ファウンデーション軍もミレニアムの到達予想ポイントに照準を定めた。
「撃て!」
オルフェの号令でファウンデーション艦隊が一斉攻撃を開始した。ミサイルが、ビームが、陽電子ビームの本流が宇宙空間を貫きながらミレニアムに向けられる。これほどの火線では回避は不可能だ。
「回避もしないだとっ!?」
だがミレニアムはオルフェの予想外の行動を見せた。集中放火をものともせず、ビームの奔流の中を突っ切ってきたのだ。命知らず、無謀とも言える行動に、オルフェはただ驚くばかり。
「トリスタン、CIWS撃ちぃ方ぁ始め!」
マリューが命じ、ミレニアムの迎撃システムが起動する。ミサイルの誘爆とエネルギーの奔流でミレニアムが強く揺れた。
「持ちこたえれるか?」
「当然です」
コノエが危ぶむ中、アルバートが平然と言ってのける。だがビームの中を突き走るという未知の経験に、誰しもが心の中で祈りを捧げた。
「何だとっ?!」
オルフェが驚愕に目を剥く。砲火の残滓から現れたミレニアムは、傷ひとつおっていなかった。
オルフェが急いで迎撃を命じるが、その前にミレニアムは艦隊に肉薄し、既に中央を突破していた。後れて、回頭しよいとした戦艦が爆発した。プログラムに沿って、ミサイルの自動追尾システムが次々に敵艦を屠る。
「やるな、賊どもが!」
オルフェは吐き捨てるように唸った。相手が一隻だけだと舐めていたところはある。それを度外視しても見事な突破劇だ。オルフェはすぐさま追撃を命じた。
「超高速ミサイル接近。追撃です。敵艦隊回頭中」
「ディスパール、ってー!」
「艦回頭180度。左ドリフト。相対速度合わせ」
マリューが急速旋回を命じる。艦体が横滑りしながら回頭。ミサイルを迎撃する。敵艦隊を、今一度正面に捉えた。
「全MS発進!」
通信機から聞こえるマリューの指示に、シンは操縦桿を握り直した。デスティニーのコクピットは体によく馴染む。デュランダルがシンの為に造らせたから当然と言えば当然だ。
あの頃は言われるがまま、命じられるがままに戦っていたが今度は違う。ちゃんと自分の意思で、成すべきことを成すために戦う。今のシンは、高揚感すら感じていた。
「進路クリア。デスティニー発進どうぞ!」
シグナルが青に変わる。シンはレバーを引き、ブースターを最大まで上げる。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」
デスティニー、インパルス、ゲルググがミレニアムから発進。続けてインパルスの全シルエットも射出された。対艦隊は彼らに任せる。
「戦闘艦橋に上がります。ーー後はよろしく」
「はっ!」
「ご武運を」
パイロットスーツを着こんだマリューとノイマンの椅子がせり上がる。その先は半球状のドームが覆う、戦闘機のキャノピーのような特殊艦橋だ。MSの全天周程ではないにしろ、戦況をリアルタイムで目視できる。マリューが適宜指示を出し、ノイマンが操縦する。ミレニアムはさながら複座式のMAと化す。
「アーノルド!」
上がっていくノイマンにナタルが呼びかける。いつもの階級呼びでもファミリーネーム呼びでもない、ファーストネーム呼びにクルーが少しざわめく。ノイマンも何事かとナタルを見やる。
「頼んだぞ」
それだけ告げると、ナタルはじっとノイマンを見つめた。ノイマンもナタルに微笑み返す。
「任せてください!」
ノイマンも親指を立てて応える。今度は艦を沈めさせはしない。ノイマンは前方に蠢く艦隊をキッと睨む。
「艦長」
「何? 大尉?」
「奴らに目に物見せてやりますよ」
ナタルに焚き付けられたのはシンたちばかりではなかったようだ。その目には闘志の焔が宿っていた。マリューは逸るノイマンを「ほどほどにね」と窘めた。
ミレニアムはあくまでも囮だ。だがマリューは、ただ囮で終わる気はない。焚き付けられていたのは、マリューも同じだった。
デスティニー、ブラストシルエットインパルスの高エネルギービーム砲が艦隊を凪払い、ゲルググが無人のMSを切り伏せる。針路は月。レクイエムを破壊、無力化するためにミレニアムは進軍していく。
「キャバリアーより通達! 『ワレ、ウタヒメノダッカイ二セイコウセリ』!」
「よしっ!」
コノエが拳を握り、艦橋にも歓声が上がる。これで目的は果たした。あとはレクイエムとファウンデーションだ。
「月の裏側にエネルギー反応。レクイエムです」
それも束の間、アルバートが冷淡に報告する。艦橋が一気に静まりかえった。敵がラクスの奪還、ミレニアムの真の目的に気づいたのだ。レクイエムの目標は、おそらくオーブ。
「ここまで来て……」
クルーの誰かが悲痛な声を上げる。その声を呼び水に、艦橋に動揺が走る。このままではオーブが。
だがそんな中で、コノエ、ナタル、アルバートは冷静だった。勿論絶望的な状況であることは理解している。しかし同時に、あのオーブが、カガリが、目の前の脅威に何の手も打っていないとは思えなかった。
「レクイエム射線上に熱源あり! これはーーMSです!」
アビーの声が思わず大きくなる。ナタルは「そうきたか」と思う一方、おそらくそのMSに乗っているであろう男のくじ運の悪さに同情した。
「垂直軸線、誤差修正。射出電圧臨界ーー!」
レクイエム直上に現れたMS、アカツキに搭乗していた男、ムウは装備した陽電子実弾砲の照準を何もない筈の虚空へ合わせる。
「行けっ!」
ムウが叫び、トリガーを引く。実弾は陽電子により加速され宇宙空間を貫いた。何もない筈の所から爆発が起き、レクイエムの偏向リングが消失した。これでレクイエムのビームは屈曲することなく真っ直ぐに進むはずだ。
「馬鹿め!」
だがレクイエムの発射そのものが止まるわけでなはい。レクイエムはその大口を開けたまま、オーブの代わりとばかりにアカツキに牙を剥いた。
「うおおおおおっ!」
アカツキがシールドを構え、その身にレクイエムの咆哮を受ける。コクピット中の計器が警報を慣らし、衝撃で身体がバラバラになりそうだ。それでもーー!
ビームの奔流が途絶えた時、アカツキはまだそこにいた。装甲はあちこちが剥げ落ち、多少なりとも損傷はした。それでも、機体もパイロットも無事だ。
「ムウっ!」
マリューが恐怖に満ちた叫びを上げる。その声で、ムウはようやく詰めていた息を吐いた。
「やれやれ……不可能を可能にするのも楽じゃないね」
ミレニアム艦橋から、今度こそ歓声が沸き上がる。偏向リングを破壊したばかりか、ビームを受け止め、あまつさえその流れ弾で敵に損害まで与えたのだ。かつてこれほどの戦果を上げた者がいてだろうか。
しかし、とすぐにナタルは顔を引き締める。偏向リングを破壊したとはいえ、リングは元々使い捨て。すぐに他のリングが装填される。やはりその前に、レクイエムを破壊しなければ。
「敵艦隊よりMS発進。おそらく、ブラックナイツと思われます」
そらきた。いよいよ本命のお出ましだ。コノエも口を引き締める。ここから戦いは更なる苛烈さを極める。
「誘導砲、分離」
「トリスタン一番、二番、クルヴェナール、目標敵艦隊。ってー!」
ミレニアムも戦場に躍り出た。艦体から飛び出た誘導砲塔がミサイルを撃ち落とし、ビーム砲とリニア砲が敵艦を貫いていく。シンたちも、ブラックナイツと交戦を始めたようだ。
「接近する MSあり! ズゴックです!」
アスランがラクスを引き連れてミレニアムに帰投。
ラクスはミレニアムに帰還するなり、すぐに全チャンネルでの放送を要請。ラクスの声が、意志が、戦場に、全世界に行き渡る。それは身体を流れる血液の様に、脈々と巡る水の様に人々の心を得った。ただファウンデーションの陣営を除いて。ファウンデーションも彼らについたザフト軍もその手を弛めようとはしない。そこまで来てしまったのだ。
「本艦はこれより敵艦隊を突破し、敵旗艦艦隊に突撃する。決戦よ!」
マリューが覚悟を決めて宣言する。アルテミス要塞を落とした今、レクイエムを発射できるものは敵旗艦に居る。頭を落とせば、この戦いは終わるはずだ。
「艦長さん」
通信機からラクスの声が聞こえる。マリューが手元のモニターを見ると、ラクスがパイロットスーツに着替えていた。ばかりでなく、彼女は綺羅たちが開発したプラウドディフェンダーに乗っていた。
「私も出撃します。許可を」
いくらなんでも無茶だ。彼女は戦闘経験はおろか、訓練すら受けていない謂わば素人。そんな彼女をみすみす危険な戦場に曝すわけにはいかない。それでも、彼女の意思は固かった。
「総裁、アルバートです」
アルバートは自信に満ちた声で言ってのける。自分が完璧に誘導すると。
「バジルールです。本機体は戦艦やMSに比べて小さいので被弾のリスクは少ないでしょう。しかし万が一もあります。私も途中までですが、及ばずながら助力いたします」
「そこから先は俺が引き継ぐ」
ナタルもアスランも、ラクスに助力を惜しまなかった。
マリューはモニターのコノエを見やる。彼も静かに頷いた。信じてみよう、ということだ。
「分かりました。発進を許可します」
「ありがとうございます」
ラクスはズゴックを連れ立って出撃した。
ラクスを見送った後も、ミレニアムは突き進んだ。
「タンホイザー、ってー!」
ミレニアムの艦首砲が艦隊を穿つ。陽電子の槍が貫いた艦隊の中央口が空いた。
「今よ! 両舷全速!」
ミレニアムが加速しながらその隙間を抜ける。
「目標、敵旗艦! ぶつけてでも墜とす!」
マリューの声に気迫がこもる。操舵桿を握るノイマンの手に汗が滲む。
ミレニアムは一本の槍となり、敵旗艦を貫こうと迸る。
「右舷後方よりナスカ級!」
マリューがハッとしてそちらを見やる。ザフト軍艦が砲撃しながら突撃してきた。向こうも同じ事を考えているのだ。通信機からブルクハルト艦長ジャガンナートの怨嗟にも似た叫びが響く。彼もまた、路は違えど同じ未来を案じた人間なのだ。
「忘れてねえよ……」
バスターのビーム砲とミサイルがブルクハルトのエンジンを抉る。
「だからこそ……こんなことはもう終らせねばならんのだ」
デュエルのランサーダートが艦橋に突き刺さった。
ジャガンナートの信念は、志半ばで果てることとなる。しかし彼の意志は途絶えたわけではない。彼の想いもまたイザークとディアッカ、若いザフト軍に引き継がれる。今度は路を違えぬように。
二機の援護を受け、ミレニアムはファウンデーション旗艦グルヴェイグに迫る。
「突貫する! 艦首衝角『轟天』起動! 全砲門、近接装填!」
ミレニアムの球状艦首から衝角がせりだし熱を帯びる。速度を増し、見る間に視界いっぱいに旗艦が広がる。
「衝撃に備えて!」
ラムアタックの衝撃に耐えるため、クルーが手近なところを必死に掴む。次の瞬間には、ミレニアムの穂先がグルヴェイグの横っ腹を突き抜いていた。
近接砲門から火花が吹き、その衝撃と逆噴射でミレニアムがグルヴェイグから離れる。瞬く間にグルヴェイグはその身を炎に焼かれ、宇宙の虚空の塵となった。燃える艦体を見つめながらノイマンは心の中で呟いた。「仇は取ったよ」と、今は亡きアークエンジェルに想いを馳せて。
時を同じくして、月に火柱が上がった。シンたちがレクイエムの破壊に成功したのだ。それから間もなくして、フリーダムもラクスを伴って凱旋した。
ミレニアム艦橋内は俄にお祭り騒ぎとなる。ムウが艦橋に戻るなりマリューが抱きつき、熱く口付けを交わす。キラやシンもクルーに揉まれ人混みに消えた。
そんな喧騒の傍らで、ノイマンはひっそりとヘルメットを外し、頭を振った。汗が球となり無重力を漂う。そんな彼の肩に、誰かがポンと手を置いた。ナタルだ。彼女はそっと彼に顔を向けると、
「おかえり」
と一言だけ告げた。おかえり。その一言が、何よりの賞賛だった。
「ただいま」
ノイマンはそっと、ナタルの唇を自分の唇で覆った。彼女は一瞬驚いた素振りをみせるが、すぐに受け入れた。視界の端でコノエが曰くありげに見ていたが、気にしないことにした。
ここにひとつの小さな戦争が終わった。しかしその火種は小さくとも、炎を煽り、傷痕は人々の心に深く根づいた。
ひとつの戦争の終りは、新たな戦いの幕開けでしかないのかもしれない。それでも人は進んで行かなければならない。自分を守るために。愛する人を護るために。未来に産まれ生きる人たちに伝えていかねばならない。
「アナタを愛しています」とーー。
ご感想などございましたらよろしくお願いいたします。