黝簾石の道標   作:赤辻康太郎

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機動戦士ガンダムSEEDFREEDOMナタル生存if後日談風小説です。
ファウンデーション戦後にこんな一幕もあったんじゃないかなと思って書きました。
ノイマンほぼ出てきませんがノイナタです。


いつか貴方と

「アークエンジェルに戦闘艦橋を?」

イズモ級戦艦の艦長室で、艦長のマリュー・ラミアスは資料に目を落とした。

「はい。その様に打診が出ております」

副艦長のナタル・バジルールも資料を見ながら説明する。

ファウンデーションとの戦闘後、母艦を失った元アークエンジェルクルーは取り敢えずの母艦としてオーブ政府からイズモ級MS運用戦艦を一隻与えられていた。その間にアークエンジェル級の新型艦を造設する予定になっている。

その際、アークエンジェルに新設する設備についてのアンケートを取った。実際の戦闘や運用に関わるもの、娯楽、完全に個人の趣味の設備など様々な意見が寄せられた。マリューとナタルはそれらの中からどれを取り入れるかのリスト化を進めていた。

そのひとつに、アークエンジェルに戦闘艦橋の設置があった。

「貴女からーーではないわね」

アークエンジェルのCIC担当でもあるナタルからは誘導砲塔や新型のリニア砲などを意見しているが、艦橋までには手をつけていない。

「ハインライン大尉からの打診です」

ミレニアムに在籍し、コンパスで兵装開発に携わっているハインラインは、アークエンジェルにも戦闘艦橋を是非にと推し勧めてきた。マリューたちが今読んでいる資料も、ハインラインが作成したものだ。そこには戦艦艦橋の有意性がさめざめと記されており、本人が居ないのに早口で捲し立てる彼の姿がありありと浮かんでくる。

「どう思われますか?」

ファウンデーション戦の折、マリューは実際にミレニアムの戦闘艦橋に上がり指揮を執っている。ハインラインの資料にはその際のナタルの指揮能力やノイマンの操舵技術の高さも記されていた。その点からも、ナタルはマリューに意見を求めた。

「そうね。艦長として意見を述べるなら、『アリ』だとは思うわ」

「そうですか」

マリューがアリと言った時、一瞬だけナタルの眉間に皺がよった。

「アレなら艦の死角をカバーできるし、何よりタイムラグが少なくなるわ」

戦艦の艦橋は、どうしても頭上や後方が死角となる。もちろんモニターやレーダーで確認はできるが、どうしても数瞬の誤差ができる。

その点、戦闘機のキャノピーの様な半球ドーム状の戦闘艦橋は、戦況をリアルタイムで目視でき死角も少ない。特に敵味方が入り乱れる密集戦ではその視認性の良さが有利となる。勿論その分『的』になりやすいなどの欠点はあるが、それらを抜きにしても設備する価値はあるとマリューは判断した。

「確かに、ノイマン大尉も、臨場感があると評していました」

当の本人も戦闘をしているのに臨場感とはどうなのだとマリューは思ったが、それよりも気になるところがあった。

「ナタルーー貴女、大尉に話したのね」

「はい?」

ナタルは言われて「しまった」という顔をした。

この手の相談は本来艦長であるマリューに真っ先に話すべきであるし、他の案件は全てまずマリューに伝えていた。しかし戦闘艦橋だけは、最初にノイマンに話していた。そのことを指摘されたのだ。

「すみません。本来ならまず艦長にお話しすべきでした」

ナタルは頭を下げて謝罪した。マリューは苦笑いしつつも頭を上げるよう言った。

「いいのよ。彼も戦闘艦橋に上がったものね。彼の意見も大事だわ」

「……はい」

一拍置いてナタルも肯定した。この手の設備は、実際の使用感を知っている者の意見が重要だ。ナタルもその経験から誘導砲塔の増設を申し出たのだから。

だがナタルの表情は少し険しくなった。まるで自分の胸の内をひけらかしたかなような、目の前の人に見透かされたような気持ちになった。

「それで、貴女はどう思うの?」

そらきた、とナタルは予め用意しておいた台詞を言った。

「艦長が良いと思われるなら、私が意見する理由はありません」

これならマリューも納得するだろう。そう思っていたが、マリューらクスリと笑い、意味ありげな視線を送ってきた。

「それは、ナタル・バジルール『少佐』としての意見よね?」

「もちろんです」

じゃあ、とマリューはいたずらっ子よろしく笑う。

「ナタル・バジルール『個人』としてはどうなの?」

ナタルの眉間が更に険しくなった。自分は指揮官として答えておいて、部下には個人的意見を求めるのか。場合によってはパワハラである。

だがナタルもここで感情的になるほど幼くはない。

「軍艦の運用について、私個人が意見できるわけがありません」

ナタルは頑なに回答を控えた。マリューもそれは予想できていたのか、肩を竦めるだけに終わった。

「そうね。貴女が気になっているのは戦闘艦橋『そのもの』ではないものね」

だが会話が終わったわけではなかった。マリューに心の中を覗かれている様な気がして、ナタルは目線を逸らした。マリューはそれを肯定の意と取った。

「貴女は大尉が『私』と戦闘艦橋に上がるのは嫌なのでしょう?」

「別に嫌とはーー」

言っていて気がつく。これでは肯定しているようなものだ。気がついたときには遅かったが。

「やっぱりね」

マリューは納得して頷いた。どこか満足感すらある様に見える。

「しかし、個人的な感情と運用は関係ありません」

ナタルはまだ固持しているが、もはや無駄な抵抗なのはナタル自身分かっていた。それでも、目の前の人に素直に認めるのは癪だった。

「そうね。軍の規律として、個人的な感情論は控えるべきね」

「当然です」

「けど、感情に引っ張られる時もあるわよね?」

今の貴女のように、とでもマリューは言いたげだ。ナタルは敢えてその事には触れないことにした。

「指揮官がそのように動いては、末端の兵に混乱を招きます」

ナタルは再三、兵士に規律を重んじるように説いている。それはマリューに対しても同じで、その度に衝突することもあった。

「そうね。一兵卒としては失格よね」

でも、とマリューは続ける。

「ひとりの人間として、その感情を持つのは当たり前のことよ?」

マリューはナタルに、自身の感情を否定しないように諭す。ナタルもそれがマリューの優しさであると理解はしているが、軍人としてのナタルが、それを押し殺す。

「……艦長は軍人として少し甘すぎます」

ナタルはせめてもの抵抗を試みる。マリューはそれを否定することなく、素直に認めた。

「それは自覚しているわ。前にそれで貴女に怒られたものね」

「……止めてください」

軍人として、ナタルは自分にも他人にも厳しかった。反面人情を優先しがちなマリューとは反発することもあった。

「まあ、そこが貴女の良いところだけど」

マリューも厳しいナタルにはいつも襟元を正されたし、それが艦内の規律を守っていたことを知っている。だからこそ、ナタルにはその抱いた感情を大切にして欲しかった。

「これは私個人の考えだけど、もし私が貴女と同じ立場なら、私も嫌よ」

「艦長?」

「例え仕事とは言え、他の女と二人きりにはしたくないわ」

ナタルは少し驚いた。マリューの重い浮かべているであろう相手、ムウ・ラ・フラガとマリューの関係は、ちょっとやそっとじゃ揺るがないと思っていた。そんな彼女でも、嫉妬を覚えるのか。

「意外?」

「……少し」

「いやね。私だって女よ。嫉妬の一つや二つくらいするわ」

苦笑しながら答えるマリューに、それでもナタルは懐疑的だった。

「……どんな時にですか?」

「そうね……誰かと通信してたり、廊下で談笑してる時。その相手が男の人だったらホッとして、女の人だったらムッときて。そんな感じよ」

同じだ、とナタルは思った。彼が誰かと話している時、それがムウやチャンドラだったら何も思わないのに、他の女性士官、アビーやルナマリアでさえ胸の奥が苦しくなる。やっとの思いで平静を装う。たとえそれがマリュー相手でも。

「一応言っておくけど、貴女も例外ではなくてよ」

「私もですか?」

「そりゃそうよ。貴女だって女、だもの」

そんな所まで一緒だったとは。

「まあ、年甲斐もなくとは思うわよ。けど結局、女は幾つになっても女ってことね」

「そういうものですか」

そういうものです、とマリューは大仰に頷いた。

「だからまあ、貴女の気持ちはわかるわ。例え頭では理解していても、心が追いつかないこともあるのよ」

やはりと言うか、その辺りの経験はマリューの方に一日の長がある。ナタルは素直に受け入れることにした。

マリューの胸には、おそらくだが、『大切な人』から贈られたと言っていたバラのペンダントが下がっているはずだ。その大切な人が誰かは分からない。だがその人がマリューの中から消えたわけではない。それでも、それごとムウはマリューを愛すると決め、マリューもそれを受け入れた。

ナタルも、自分もそんな関係を築けていけたらと秘かに願った。

「取り敢えず、戦闘艦橋の件は前向きに検討する方向で行きましょうか」

「分かりました」

申し出を断って技術大尉に臍を曲げられても困るし、何よりナタルも戦闘艦橋の有意性は理解しているから反論するつもりはない。ーーマリューの指摘通り心から称賛するわけでもないが。

「……なんなら、貴女が艦長になって、彼を引き抜けばいいわ」

ナタルの胸の内を見透かしたように、マリューがとんでもないことを言い出した。

「私がですか?」

「ええ。貴女にはそれだけの実績も実力もあるし。前にも言ったわよね? 貴女なら良い艦長になるって」

「それは……」

ナタルは二の句を継げるのを躊躇った。確かに、自分にも戦艦一隻を担うことはできるかもしれない。しかし、いきなりソレをやるとなると不安があるし、上層部が認めるとも限らない。

それに今はコンパスも人手不足だ。ファウンデーションの一件で世界情勢がまた変わり、コンパスへの風当たりも強くなっている。今は人員を分散させるのはあまり得策ではないのではないだろうか。

「もちろん今直ぐは無理でしょうね。私もまだ彼を失うのは惜しいわ」

「艦長の無茶に応えられるのは彼くらいですからね」

ナタルは皮肉を込めて言った。ファウンデーション戦でもノイマンの補佐に入ったミレニアム正操舵手が彼の横で終始青い顔をしていたのを思い出す。マリューも当然それは分かっているので苦笑いで返した。

「失礼します。ラミアス艦長、今よろしいですか?」

噂をすれば何とやら。艦長室のドアを叩いたのはノイマンだ。マリューは入室を許可した。

「失礼します。ーーバジルール少佐もおいででしたか」

ノイマンはナタルに気がつくと軽く敬礼した。ナタルもそれに敬礼で返す。

「ああ。私の方は終わったからもう良いぞ」

ナタルはマリューに視線を送り、マリューもそれに頷いた。ノイマンは少しキョトンとしたものの、直ぐに自分の用件を告げるべくデスクに向かう。

「では艦長。私はこれで」

「ええ」

入れ替わりにナタルが退出する。すれ違いざま、ナタルはノイマンに囁いた。

「ーー待っていろ」

「え?」

聞き返そうとしたが、その時にはナタルはもうドアをくぐっていた。

「それで、何か用かしら?」

「あ、はい。次の針路についてご相談がーー」

マリューの声で我に返り、ノイマンは持っていたタブレット端末をマリューに差し出した。

ノイマンがナタルの囁きの真意を知るのは、もう暫く後のことである。

 

 




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