黝簾石の道標   作:赤辻康太郎

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機動戦士ガンダムSEEDナタル生存ifノイナタ短編小説です。
時期はDESTINYからFREEDOMの間くらいを想定しています。(FREEDOM前日譚的な立ち位置)
ノイナタでデートしたりサプライズしたりしてます。



黝簾石を紡がせて

戦艦内に設けれた談話室で、ナタル・バジルールは端末とにらめっこをしていた。

当然、端末の先に相手がいるわけではなく、かといって特段変な顔をしているわけではない。彼女が難しい顔で睨み付けているのは、タスク表、つまりはスケジュール表だ。

このところ以前よりもテロリストによる襲撃は鳴りを潜め、多少の小競り合いはあるものの比較的平和な日々が続いていた。

それゆえか業務(軍人なので普通の会社とは違う)が滞りなく進み、むしろ予定以上の進行具合だった。

つまりは、ぽっかりと意図せず空白ができたのだ。そのことを艦長であるマリュー・ラミアスに進言し、他の業務を回してもらおうとしたところ--

「じゃあ休みなさい」

と追加業務どころか休暇を承認さるてしまった。

「しかし、それでは他の者に示しが……」

ナタルは抗議してみたものの、マリューは呆れ顔とともに

「貴女ねぇ……それなら休む時は休むもの大事ってことを部下に示しなさい」

とにべもない返答をされてしまった。たまたま(かどうかは分からないが)同席していたムウ・ラ・フラガ大佐にも「折角だから休みなさいな」と笑われてしまう。

というわけで、目下端末を前ににらめっこをしている。だからと言って、空欄になったスケジュールが埋まるわけでもないが。

「どうしたんですか? 難しい顔をして」

不意打ちに声をかけられて、ナタルはハッと顔を上げた。端末の画面から切り替わった視線の先には、驚いたような部下の顔があった。

「なんだ、大尉か」

「なんだってことはないんじゃないですか?」

拍子抜けしたような表情のナタルに、声の主、アーノルド・ノイマンは苦笑いを浮かべる。その両の手には湯気の立つ紙コップ。小脇にナタルのものと同じタブレット端末を抱えていた。

コップの柄からして、最近導入されたコーヒー自販機のものだ。インスタントではなく、自販機が直に豆を挽いてドリップするタイプのもの。クルーからの評判は上々だった。

「どうぞ。少しはスッキリするんじゃないですか?」

「ああ。ありがとう」

ナタルはカップを受け取ると、まずはその薫りを堪能して、一口啜った。鼻に抜ける芳しい香り。しっかりと苦味はあるものの後味はスッキリとしていて余韻に微かな甘味で酸味は少なめ。名店の豆を参考にしているだけあって自販機とは思えないほどの味わい深さである。もっとも、この自販機の導入を推し進めた男は、自分のオリジナルブレンドが採用されなくてかなり不貞腐れていたが。

コーヒーを一口二口飲んで、ナタルはふと気がついた。ノイマンは最初からコーヒーを2つ持っていた。

「何か用事だったか?」

ナタルの様に談話室に休憩をしにきたのならコーヒーは1つのはずだ。かといってココには彼の友人のチャンドラやトノガタはいない。ならナタルに用があると考える方が自然だ。

「ええ、まあ」

ノイマンは少々煮え切らない返事をした。ナタルに用があるのは確かだが、用件を言っていいか躊躇っているようだ。

「どうした? 何か分からない事でもあるのか?」

「ある--といえばあるのですが」

「言ってみろ。事によっては艦長に進言してもいい」

ナタルの裁量で解決できるならそれでよし。無理ならマリューに判断を委ねる。副艦長として、ナタルの言動は一貫して正しい。

「いえ、そこまでの事では……」

「なら言ってみろ」

いい淀むノイマンに少し苛立ちながらも、ナタルは二の句を促す。このままグダグダとするよりもスパッと解決してしまった方が彼の為にもなる。

ナタルに急かされ、ノイマンも意を決して口を開いた。

「この日、空いてますか?」

そう言ってノイマンがタブレットのカレンダーで指したのは、ナタルがどうするか悩んでいたその日だった。

 

数日後、ナタルはノイマンの運転する車で、オノゴロ島とヤラファス本島を結ぶ海峡に架かる橋を進んでいた。

ノイマンから誘われた時はドキリとしたが、よくよく思い返せば、オーブに亡命していた頃は時々ノイマンと食事に行っていたから今更ではある。けどそれは大抵仕事終わりで、こうして休日に2人で出かけるなど数える程もあっただろうか。ノイマンの運転も、彼がその頃勤めていたタクシー以外は今回が初めてなような気がする。

そう考えていたら、何だか気恥ずかしさが込み上げてきた。

「大丈夫ですか?」

「え?」

不意に声をかけられて、ナタルは気の抜けた返事をしてしまった。

「顔色、優れていないようですが?」

「ああ、いや、問題ない。少し考え事をしていただけだ」

ナタルの返答にノイマンは良かったと言い、

「休みなんだから、たまには仕事を忘れてみたらどうです?」

と笑われてしまった。

「そうだな……」

ナタルは返事をしながら、自分は他人から仕事人間だと思われていると悟った。それは否定のできない事実である。

「……いい車だな」

ただそう思われるのも癪なので、ナタルは話題を変えることにした。丁度いい的もある。

「そうですね。割りと年式はいってる方ですが、整備士の腕が良いんでしょうね。良く走ってくれます」

ノイマンが運転しているのはブルーのセダンタイプ。残念ながら私物ではなくレンタカーだが。

「もう少し派手な方がお好みでしたか?」

借りた車を見せたとき、ノイマンは不安そうに尋ねたが、ナタルは、

「いや、これが良い」

と答えた。

キラやムウなら派手なスポーツカーも様になるし、隣に乗るラクスやマリューにもよく映えるが、自分が乗るとなると遠慮したい。それに、ノイマンと乗るなら、こういったオーソドックスなタイプの方が気が落ち着く。

BGMで流しているのも、流行りの楽曲ではなくクラシックの交響曲。存外に渋い選曲にナタルが驚くと、

「貴女はこっちの方が良いでしょう?」

とさらりと言ってのけてみせた。こういった気配りが、ノイマンを憎めないところだ。

しばらく仕事の愚痴という他愛のない会話を交わしているうちに、車は無事に首都オロファトに到着した。

オロファト最大級といわれるショッピングモールにやってきた2人は、ノイマンの勧めでまずは映画を観ることにした。

「……これか?」

これから見る映画のポスターの前で、ナタルは立ち尽くした。ノイマンが観たいといった映画が、アニメ映画だった。

「評判良いみたいですよ」

「しかしな……」

周りを見れば、休日も相まって同じ映画を観に来ているのは小さい子供を連れた親子ばかり。若い人も見受けられるものの、ナタルとノイマンと同世代のカップルは極少数だ。かといって、既に前売券まで用意されていたので今更拒むわけにもいかない。覚悟を決めて、ナタルはスクリーンに向かうゲートをくぐった。

結論から言えば、映画の出来映えはすこぶる良かった。

アニメならではの派手なアクション。声優の名演。感動のラスト。元が子供向けというわけで、いかにも子供が好みそうなシーンはいくらかあったものの、全体を通してみればそれを含めても大人も楽しめる内容だった。

ナタルもエンドロールを観る頃には、眼に涙を湛えていた。

「良かったでしょう?」

鼻をすするナタルをノイマンがからかう。笑うノイマンの涙袋もパンパンに膨れている。

「悪くはなかったな」

強がってみせるが、感動していたことは一目瞭然だったので意味はなかった。

「行きましょうか」

然り気無く差し出される手。人混みが激しいのではぐれないようにとのことだろう。ナタルは躊躇いつつも、その手を握ることは吝かでもなかった。

その後、2人はショッピングモール内のレストランで食事をし、アクセサリー店やブティック、アパレルショップを巡り、いくつか気になったものを購入し、モールを出た。時刻は夕刻を少し回ったところ。今日はオロファトにホテルを取ってあるので時間を気にする必要はない。ホテルに荷物を預けると、今回の次の目的地に向かった。

「ここに来るのも随分と久し振りだな」

雑居ビルの地下に居を構えるその店の名はesqisse。オーブ亡命の頃にノイマンに連れられて以来、日々のコダゴタで足先が遠退いていた。ノイマンも同じことを思っていたのか「そうですね」と笑い、ナタルのためにドアを開けた。カランとこ気味良いベルの音が鳴り、冷房のひんやりとした空気が頬を撫でた。

「いらっしゃいませ」

以前と変わらぬ佇まいで、バーのマスターはグラスを磨いていた。

「随分と、お久しぶりでございましたね」

マスターが2人に微笑む。数える程も訪れていないナタルの事も覚えているのは流石はバーのマスターといったところか。

「ええ。ご無沙汰してます」

「ここ最近仕事が立て込んでたんで」

2人が軍人であることは、マスターには黙っていた。しかし、バーのマスターは雰囲気で察しているのだろう。「最近は色々と不安定な世の中ですからね」と他愛のないような事を言った。

「何になさいますか」

「僕はジントニックを」

「私は何かモクテルを」

「かしこまりました」

注文を給ってマスターがカクテルの作製に取りかかる。氷とグラスがぶつかる音、液体を注ぐ音、ステアで起こる渦と水面。そのどれもが洗練されているようで心地よい。瞬く間に、2人の前にグラスが置かれた。

「どうぞ。ジントニックと本日のモクテルです」

少し茶目っ気にウィンクしてみせる姿が妙に様になっていて可愛らしい。昔は画家志望で放浪していたというから、そういった処世術は身につけているのだろう。もっとも、その旅は二人連れだったようだが。

ナタルに出されたモクテルは「サンライズ」というオレンジジュースをベースにしたものだ。これを出した理由を聞いたら、

「何か、新しいことを始められているご様子なので」

と返事が返ってきた。当たらずとも遠からず。マスターの慧眼に、ナタルは内心舌を巻いた。

しばらくマスターを交えて歓談しながら飲んでいると、ふと1枚の絵が目に入った。この店の名の由来ともなった1枚の下絵。だが今日は、以前見た時と雰囲気が違うように感じる。

「最近額装を変えまして」

よほど真剣な眼差しで見ていたのだろう。マスターが教えてくれた。たしかに、前はシンプルな焦げ茶色の額装だっのが、今は真鍮色に変わっている。額装が変わっただけなのに、絵の印象も変わって見えるから不思議だ。

「へえ。またどうして」

「彼女の月命日でしたので」

店の下絵の作者は、既に鬼籍に入っていた。

「こう言っては不謹慎ですが、彼女のために何かしてあげたくなりまして」

「良いのでは。故人を偲ぶことに不謹慎も何もないでしょう」

故人の為を思ってした事である。それを否定するとこなど、ナタルにもノイマンにもできない。

「そう言っていただけると」

「俺も良いと思いますよ。なんだか少し華やかで」

下絵といっても絵は絵である。多少華やかな方が見栄えがするのは当然だ。マスターも「ありがとうございます」と頭を下げた。

「やはり、少しでも華やかな方が彼女も喜ぶでしょう」

世の中の女性は、老いも若きもみな美を求める。軍人の家系であるナタルでさえも、その気持ちは多少なりとも理解できた。

「お二方も、本日は何か良いことがございましたか」

「え?」

唐突なマスターの問い、というより確信に、2人は目をキョトンとさせる。

「そんな風に見えてましたか」

「ええ。それはもう。店に入れた時から幸せな雰囲気が漂っておいででした」

やはり茶目っ気たっぷりに笑うマスター。そこまで浮かれていたのか、とナタルは少し恥た。軍人たる者、いかなる時も常在戦場であるべきだと言うのに。

「おや。どなたでしょう」

と、店の奥からベルが鳴った。音からして電話の着信音だ。マスターは断りを入れると、奥に引っ込んでいった。

「……全く、なんたる事だ」

マスターが奥に引いたのを確認して、ナタルは嘆息した。幸いにも、客足も自分たち以外いない。

「まあまあ。今は休暇中ですから」

自らの痴態を嘆くナタルをノイマンがなだめる。彼のいう通り、今は休暇中。軍服を脱いでいるのだから、多少の羽目外しはご愛敬だろう。しかし、根が真面目ななたるはそれがどうしても受け入れられない。

「君とて軍人だ。いつ何時敵襲があるか分からないんだ。少しは気を引き締めろ」

「……はい」

流石の仕事人間も、ここまできたら堂に入ったものだ。露骨に意気消沈するノイマンを、今度はナタルがなぐさめる。

「……すまない。少し言い過ぎたな」

「……いえ。少佐の仰ることも尤もです」

気まずい沈黙が流れる。それを破ったのは、ナタルだ。

「君は、なぜ今も軍服を着ようと思ったんだ?」

「え?」

ナタルがノイマンをじっと見つめる。

「JOSH-Aの後も、アークエンジェルがオーブ軍に配属になった時も、君は艦を降りるとこも出来たはずだ」

JOSH-Aでの連合軍の自爆、デュランダル議長の折のオーブ攻防戦。いずれの時も、アークエンジェルクルーには退艦の機会があった。それでもノイマンは艦に乗り続けた。それなナタルも同じだが、元々が軍人の家系であるナタルと違って、ノイマンは一般家庭の出のはずだ。軍に殉ずる理由などないだろうに。

「……そうですね。軍に入った頃は、国のため、国民のためと戦ってきましたが、アラスカでそれも分からなくなりました」

JOSH-Aの一件で軍に疑問を抱くようになったのはノイマンだけでない。ナタルを始めとするアークエンジェルクルーもそうだ。

「オーブに亡命してからは、拾ってくれたオーブのためと思って戦ってきました」

大西洋連合に居られなくなったアークエンジェルを、オーブは快く受け入れてくれた。

「今は違うのか?」

「違いません。ただ、優先度は変わりました」

オーブより優先すべきものが出来たとノイマンはいう。

「それは何だ」

「何だって……」

またしても、ノイマンは返答を躊躇った。しかし、今は酔いも回っているのか、口を開くまで時間はかからなかった。

「……貴女ですよ」

「え?」

ノイマンの頬が赤いのは、酔いのせいだけだろうか。

「ナタル。貴女に笑ってほしくて、ただそれだけです」

ノイマンはジャケットのポケットを漁ると、小さな箱を取り出した。

「貴女が笑ってくれれば、俺はそれだけでいいんです」

ノイマンが箱を開ける。そこに入っていたのは、指輪だった。ナタルの瞳の色と同じ、紫紺に輝く宝石のあしらえられたそれは、紺碧に染められたビロードの台座にスッポリと鎮座している。

「これは……何で……?」

いったい何時購入したのか。何故指輪なのか。そもそもどうやってナタルの指のサイズを知ったのか。

様々な疑問が頭を巡るが、驚愕が強くて言葉が出てこない。

「実は結構前から用意してたんです。サイズは……まあ秘密ってことで」

いたずらっ子らしく笑い、ノイマンは惚けているナタルの指に指輪を通した。それは彼女の左薬指にしっかりと収まった。

「……」

指を開いて閉じて嵌め心地をみて、石をそっと撫でてみた。

「独占欲の強い人は、相手に自分を連想させる物を贈ると言いますが、貴女にはその必要はないでしょう」

「何故だ?」

ナタルの疑問に、ノイマンは首を竦めてみせる。

「貴女なら、俺が何を贈っても、俺を想ってくれるでしょう?」

はにかんで笑うノイマン。彼にしてはキザっぽい台詞だが、店の雰囲気もあってか少しも厭味に感じない。ナタルは反論しようとしたが、その通りなので口を噤んだ。

「まったく。君というやつは……」

改めて、しげしげと指輪を見つめる。今回の外出といい指輪といい。つくづくサプライズ続きの休暇だ。けど、悪い気はしない。これも惚れた弱みだろうか。

「長々とお待たせしました。どうも相手方の要領をえなくて」

マスターが戻ってきて、ナタルは咄嗟に左手を右手で覆って指輪を隠した。そんなことをしても意味はないのだが、気恥ずかしさがそうさせた。

「おや……何やらまた良いことがありましたな」

2人を交互に見やって、マスターはそう告げた。

「そう見えますか?」

「ええ。そりゃあもう」

マスターは確信を持って頷いた。

「先ほどより幸せそうなオーラが漂っていますよ」

そう笑うマスターの笑顔は、やはりチャーミングだった。

それからしばらく飲んだあと、2人はホテルに戻った。ベッドで横になってからも、指輪の入った箱に目線が行ってしまう。油断するとにやけそうになる顔を、ナタルは抑えるのに必死だった。それでも、つい箱の中身を思い返しては口元が弛んでしまう。

これでまた、戦う理由が1つ増えた。彼女にとって戦いは仕事。もはや戦場が居場所とすらも思えるほどだが、そんな彼女にも帰るべき場所と愛する人ができま。今はそれが何よりも愛おしい。今度は私からお返しをしてやろうと画策し、ナタルは微睡みに身を委ねた。

翌日、艦に戻った2人を、冷やかしと質問の嵐が襲ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 




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