俺生産系オタクに戻ります   作:微睡

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5 目には目を歯には歯を、そして

「先輩、質問なんですけど」

 

 美雪が俺に問いかける。先ほどの説明で大体の事情は察してくれたと思うんだが。いいよと返事をする。

 

「先輩の先輩、飛鳥井先輩でしたっけ?そのあとは連絡とかは取っていないんですか?ほかのサークルの人とかとも」

 

「あぁ、そもそもあのサークルで顔を合わせたことがあるのが、飛鳥井先輩と空井さんの二人だけだからね。スクリプトの人はフルリモートかつ顔を全く出さない変わり者だったし」

 

 そこでいったん区切りをつけて、先ほど持ってきた綾鷹を一口口に含む。この苦々しさがいいなだよな。高いお茶は甘いんだって茶道部の友人が言っていたのは覚えているが、それが抹茶だけじゃなくて緑茶にも適応されるのかは分からない。まぁ高い安いなんて素人の俺にはよくわからんが。

 

「で、連絡を取っているかだね。答えはNO。先輩たちが今どうしているかも知らないし、あの人達も俺にはもう興味の欠片もないよ。逃げるしか能のない俺には」

 

 ふにゃっと笑って見せる。そう逃げ出した。他人から酷評されるのが怖くて、そして先輩達みたいな天才と比べられることから逃げた。

 

「・・・・」

 

 美雪はそれ以上何も語らない。押し黙ったままだ。いかん。流石に空気を悪くしすぎたか?こんなことを聞かされて笑っていられるような子じゃないだろ。年下の女の子に気を使わせるとかマジありえない。

 何か言おうと口を開けかけたその時。

 

「そんな話あったわね。何度も聞かされたら眠くもなるわ。で、その過去回想はもう終わった?私、貴方の回顧なんてこれぽっちも興味ないんだけど」

 

 「・・・」

 

 「・・・」

 

 「・・・」

 

 せんせー茅野さんが空気をぶち壊しましたーという声が心の中で聞こえてくる。よくいるよな、逐一先生に報告する女。大嫌いだったわ。こっちが悪くないのになぜか悪者扱いされる原因だったし。

 とはいえ、今の彼女の発言を悪者扱いするつもりは全くない。一周回って空気を叩き直したまである。古のブラウン管テレビみたいに。

 この空気が終わっていた状況だったから逆に有難いし、こいつなりに気を遣っているんだろうなと分かる。確かに過ぎたことをくよくよ悩むなんて下らない。茅野らしいといえば茅野らしい励ましかただったのだろう。

 とはいえだ。とはいえだよ、茅野君。君この調子でよく友達作れるな。長年一緒にいる俺と葵だから裏の意図を汲めているんだぞ。

 大学のお友達にも同じことやっていないかお母さんほんと心配なのよ、全く、と内心茅野のお母さんなりきりプレイを開く。なんか元気が出てきた。俺は苦笑しながら三人に喋りかける。

 

「茅野、何度もじゃない、二回目だ。間違えんな。んで、そろそろ何か遊びでも始めるか」

 

 どうでもいいことだが、何か反論させてもらおう。このまま何も言い返せないのは負けた気がしてなんか嫌だ。

 俺の返答に葵は「細けぇな」と笑いながら、何で遊ぶか聞いてくる。

 

「美雪さんは麻雀とかできないだろうし、この部屋であるものと言えば・・・桃〇とマリ〇ぐらいか?」

 

 俺の家にはゲーム機と呼ばれるものが殆どない。

 辛うじて存在するのが、赤と白と黄色の三色ケーブルを用いる、任天堂がかつて販売していた家庭用据え置きゲーム機とあといくつか。歴代家庭用ゲーム機の中でも世界販売台数第七位に位置するこれは、販売終了して年月がかなり経つがいまだに現役で頑張ってくれている。

 友達がいなかったから買う必要なかった、とかそういうのじゃない。うん、本当に。

 ただ単にその後の後継作や、別ハードを買う機会が無かっただけ。

 それに、クズ大学生街道まっしぐらのこの三人は集まれば酒とつまみと麻雀で一夜を過ごせるし、最新ハードじゃなくて懐かしの旧作をプレイする方が何故か盛り上がる。

 それこそ先日オンラインプレイが終了した携帯型ゲーム機なんて、俺たちが小学生だった時の青春といっても過言じゃないから、大学生になってからも、葵とポケモ〇対戦とかするとかなり盛り上がった。

 まぁ高学年になって塾に通い始めてから、ゲーム機に触れてこなかった俺にはそこまで思い出がないんですけどね。

 そんなミルクコーヒーぐらいほんのり苦い記憶が呼び覚まされる。

 

「それなら桃〇がいいです、先輩!」

 

 美雪がはい!はい!と積極的に答えてくる。

 先ほどの俺の話を聞いて、少しつらそうな様子をしていた美雪は、幾分か元気が出てきたようだ。他人の話とはいえ、嫌な話を聞かされたら曇るよな。改めて少し申し訳なさを感じてしまう。俺は「了解」とだけ返事をし、ゲーム機のセッティングを行う。

 葵も茅野も俺と一緒になって準備を手伝う。HDMI端子じゃないから変換アダプタを使う必要があるのが手間であるが、よくこの部屋で桃〇をプレイすることも相まって、三人ともかなり手慣れている。

 これからやるのは2010年版。最新作はキャラが変わっているみたいだけど、昔ながらのこっちの方が可愛いと思う。憎らしさもかなりあるけど。これもある意味、愛と憎しみ表裏一体っていうやつか? 

 準備が一段落したとき、葵がにんまりと俺に笑顔を向けてくる。嫌な予感しかしない。

 

「唐突なんだけどさ、最下位のやつが一枚ずつ脱いでいく脱衣桃〇とか思いついちゃったわ!」

 

 やっぱりアホだこいつ。早くなんとかしないと。

 

「俺もしかしなくても天才?なぁなぁ清十郎、今度合コン誘うから一緒にやろうぜ」

 

 俺にツッコむ暇も与えず、さらりと俺にも共犯になれと誘惑してくる。

 

「お前はその口縫い付けろ。あと俺は合コンなんて行く訳ない。俺が参加しても、引き立て役Bにすらならねぇよ」

 

 葵はちぇーといいながら、起動した桃〇で初期設定を行っていく。傍から見ているお前の妹の呆れ顔を見てみろ。ほんと気持ち悪いよお兄ちゃん、と目で訴えかけているぞ。身内の恥は見たくないよな。かわいそうに。

 

「そういえば何年プレイにする?」

 

「そうね・・・十五年でどうかしら?今の時刻から考えて、終わるのが八時過ぎくらいになるのだけど、美雪さんはそれでも大丈夫?」

 

 ナチュラルに俺と葵への気遣いが見られない。部屋主の俺はいいけども。

 

「茅野先輩。大丈夫ですよ。私何時でも、徹夜でも大丈夫です!」

 

 おい、部屋主の俺の意見はどこ行った。

 

「徹夜は遠慮させて貰うわ。隣に座っているこの狼に食べられたくないもの」

 

 俺のことをじろりと嫌そうな目で見てくる。こっち見んな。

 

「俺にそんな勇気ないって話をさっきしたよな。お前の頭は鳥頭か?」

 

「鳥頭は清十郎、貴方の方よ。それは告白する勇気があるかないかでしょ。雄鶏だって自分に分不相応な程魅力的な雌鶏を野生の本能で襲うことぐらいあるもの。違うかしら?」

 

「・・・俺はすぐに物事を忘れてしまう、臆病で使えない雄鶏です。そのことを忘れていて申し訳ありません」

 

 ぐすっ。そこまで高火力でぶん殴んなくていいじゃないか。これ以上言ってみろ、大の男が泣き出してやるからな。覚悟しておけ。

 

「あのー茅野先輩と秋葉先輩って仲良しさんですね。羨ましいです」

 

 美雪さんよ。この会話のどこを聞いてその感想が出てくるのか分からないのだけれど。ただ一方的にぶん殴られてたよね、俺。あと何か言葉に棘があるように感じたんだけど、何か気に障るようなことをしたかな。

 

「み、美雪さん、勘違いしないでね。こんな男と仲良いなんてあるわけないでしょ」

 

 勝ち誇るような笑顔をしていた茅野は、慌てて顔を赤くし否定する。こほんと咳ばらいをして再び口を開く。

 

「あとさっきも言ったけど、先輩呼びじゃなくて茅野さんとか凛さんでいいからね。先輩って呼ばれるとくすぐったいのよ」

 

 茅野が困惑した顔を見せる。こいつ、先輩呼びそこまで好きじゃないんだな。

 

「あっすみません、茅野先ぱ、じゅやなかった、茅野さん。先輩呼びが定着しちゃってて」

 

 美雪が言うこともよくわかる。俺もとりあえず年上の人には先輩呼びしてたな。

 名前覚えてなくても、とりあえず先輩って呼んでおけばよかったってのもある。

 その反面、後輩に対して後輩とだけ呼ぶのは許されていないから、名前を覚えるのに結構苦労した。そろそろ世間も後輩とだけ呼ぶのも許してください。

 とはいえ、ここで茅野が呼び方をさんづけに変えたのに、俺だけ先輩呼びさせるのはいささか心苦しい。俺には後輩が殆どいなくて、先輩呼びしてくれるのが少し嬉しかったけど、やっぱりここは先輩呼びを辞めさせるか。

 

「それなら俺も秋葉でいいよ、美雪さん」

 

「あーいや、秋葉先輩は先輩で呼ばせてください」

 

「・・・う、うん。それならそれでいいんだ」

 

 これ何?

 もしかしなくても、俺嫌われている?

 先輩と後輩という関係を強調することで、先輩とは仲良くなりたくないです、と暗に主張しているのか。あれもしかして、さっき言葉に棘があったのは「私の茅野先輩に何軽口叩いてんだ?お前覚悟できてんだよな」ということでしたか・・・泣き出していいですか。

 

「おい、お前ら茶番はそこまでにしてもいいかー。準備できたしそろそろ始めるぞ」

 

 葵がコントローラを全員に渡してくる。茶番じゃないんだけどな。俺が一方的に女の子二人から嫌われていいることを再確認させられる儀式だったよな。

 悲しみに暮れながらふと横を見ると、先ほどまで騒がしかった茅野が黙っている。

 こいつのことだ、どうせ桃〇を始まる前からシュミレーションしているに違いない。人生ゲームに似て、合計資産額を争う桃鉄というこのゲームはいかに戦略を立てるかが鍵となる。都市を独占することで収益が二倍になったり、その土地で有名な偉人を仲間にすることで自分へのサポート、相手への妨害を行ってくれるようになる。この独占を上手く使いながら、どう勝ちに行くかが勝負のポイント。

 そして何度もプレイしている俺たちは考えることが大体同じ。十五年プレイだと、資産がそこまで貯まらず、独占可能な物件も限られる。その為、自ずと俺たちの戦略は被る様になる。

 自分へのサポートと相手への妨害の両方を行ってくれるさぬきの平賀源内。

 自分へのサポート性能が殆どないが、短期期間で著しい相手への妨害を行うことが出来る岐阜の織田信長。

 この二つの土地の独占又は、その妨害が優先される。

 そのほか偉人が出てくる地名が俺たちの脳内にはインプットされている。ゲームなんてしてなさそうな美雪に負ける理由が見当たらない。

 俺は心の中でこの試合のカモになるであろう美雪に謝る。

 ごめん、俺たちクズ三人組は初心者に配慮とかしないんだよ。全力で行かせてもらう。

 そんなことを思いつつ試合は開始した。

 

 *             *               *

 

 六時間後、俺たちは思い出した

 今までは三人+NPC1でやっていたから崩壊寸前の空気が保たれていたとことを。

 俺達はクズではあるが、流石に友人には気を使ってNPCにトラップを全て押し付けていたことを。

 プレイヤーが四人になれば、友情破壊が容易に起きることを。

 

 始まりの1年目はまだ和やかな雰囲気は残っていた。初めの二、三年でつまずくとその後の挽回が難しいため、他の社長の妨害を行うことより、急行系カードを使って兎に角目的地にたどり着き、貧乏神を喰らわないかが重要視された。

 偉人駅は大体が他の物件駅に比べて高額である。その為、初期の頃独占することができず最初の数年間は独占が起こっても笑いが起きていた。

 問題はその後。資産に余裕ができ、偉人がゲットできる物件駅を独占できるようになってから。

 始まりは、とある女性社長による岐阜の独占、第六天魔王織田信長の登場だった。

 織田信長による全プレイヤーに毎ターン行われる妨害行為。段々と空気が悪くなっていったのを感じた。

 そして決定的だったのは、その妨害行為への腹いせに、とある男性社長がさぬきを独占し、女性社長を指名して報復の妨害行為が行われ始めたこと。目には目を歯には歯を妨害には妨害を。

 これによって友情は完全に消え去った。

 

 問 「やられたら、やり返す倍返しだ!」の精神で桃〇をプレイしたらどうなるか?

 答 友情破壊が必ず発生する。

 

 *            *               *

 

 そんなこんなで十五年が経過していった。

 結論から言えば殴り合いの喧嘩にはならなかった、辛うじて。後輩、それも友人の妹の目の前であからさまなことをするほど俺たちは見境がないわけではない。

 だがその代償として、小さな小競り合いが起こっていた。例えば葵が買ってきたポテチがいつの間にか誰かによって食べられているとか、いないとか。犯人が誰かは名誉のために言わないでおくけどさ。

 

「茅野。そんなに食べると、お前太るぞ」

 

「何かしら?秋葉君。何のことを指しているのか詳しく言ってくれないと分からないわよ。あと女の子に体重の話は禁句よ。次言ったら首へし折っちゃうぞ!」

 

 俺のことを苗字で呼んでくるし、語尾もいつもと違う。

 アハハなんて笑ってるけど、目が笑ってないです。

 もしかしてお怒りMAXでいらっしゃいますでしょうか?

 ほんと舐めた口きいてすみませんでした、茅野様。

 

「・・・」

 

「・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「え、えっと終わりましたね。結果発表かぁ...わー楽しみだなーー」

 

 一人美雪が場を盛り上げようとしているが、それでは解決しない空気が漂っている。

 足の引っ張り合い、いや悪意というグローブでの殴り合いか。途中から一位になるために相手プレイヤーを妨害するのではなく、妨害された腹いせに妨害しかえす泥沼展開へと落ちていった。特に俺と茅野と葵の三人で。あの万年笑顔の葵でさえ笑ってない、そんな激戦がここにあったのだ。

 

 運命の結果発表。

 誰が勝つかなんて予想はついているんだけど。

 最初に激動の桃鉄史が始まる。誰が一番目にゴールしたかや、キングボンビーに襲われたか等大まかに発表されていく。これで戦いを思い出せということだろう。やっべ、汚い言葉で罵り合った記憶しか蘇ってこない。

 その後画面が代わり、青、黄、赤、緑。四色の電車が出発する。

 この電車が順番に脱線していき、最後まで残れば一位ということになる。

 まず初めに葵が、次に俺の電車が脱線していく。なんか脱線するシーンがかなり腹立たしい。コミカルなキャラクター達が脱線させていくのだが、この死んでいる空気の中では余計にプレイヤーの気持ちを逆なでしてくる。

 そして残った茅野と美雪。

 誰もが予想していた通り、最後の最後に脱線したのは・・・茅野だった。

 恐る恐る隣を見ると、そこには今にでも呪殺できそうなぐらい睨んでいる茅野がいた。

 おい、茅野、そう画面のキャラ達を睨むんじゃない。こっちがチビるわ。

 

「わっわーい。勝てました・・・」

 

 ほれ見ろ、勝者の美雪も反応に困っているじゃん。

 

「おめでとう美雪さん。不甲斐ない先輩たちしかいなくてごめんね」

 

 美雪は途中何回か貧乏神に取りつかれても被害が殆ど0で終わった。俺達三人が互いに互いの足を引っ張ていたせいで、連続してビリになる事態が全くなかったのである。

 そのおかげで、順調に資産を増やした彼女が順当に優勝した。

 面白みにこそ欠けるものの、真面目な人が優勝するのは全く構わない、いや逆に好きと言ってもいい。

 

「そりゃそうよね。私含めてこのバカ三人の借金の多さは異常だもの」

 

「そもそも凛が岐阜独占したのが悪いんじゃねぇの」

 

「お前もだ葵、平賀を使って何度も茅野を足止めさせてただろ。まぁお前が独占してなかったら俺が代わりに独占して茅野を妨害してただろうし何も言えねぇけど」

 

 延々と愚痴がやいやいと続いていく。

 友情破壊ゲームなんてやるものではないなと改めて再認識させられた。今後桃鉄は当分やらないだろう。ってか絶対にやらん。

 

「ええーと、兄さんお暇させていただこう。もう夜遅いし」

 

「うん?あぁもう八時か。清十郎、腹減ったしそろそろ俺たち帰るわ」

 

「それなら私も帰るわ。清十郎、今日はありがとね」

 

 葵も茅野も帰る準備をする。この部屋を使う約束として、帰る前にみんなで片づけることにしている。ちゃんと手伝ってくれるあたりこいつらの人の良さが伺える。

 そんな中美雪が俺の方を見つめてくる。お手洗いの場所でも聞きたいのだろうか?

 こちらも美雪の目を見て、一旦外に出る。俺に用があれば美雪も来るだろう。

 部屋の中とは違い、廊下は冷ややかでどこか澄んでいる。まだ本格的な春になる前の冬の香りを残した涼しい空気。肌寒さを感じながら、扉の外で待つ。

 ガチャっと音を立てドアが開き、部屋の中からは案の定美雪が出てくる。

 

「どうしたの?」

 

 彼女は何か言いたそうにするものの言い淀む。少しの間逡巡した後、再び彼女は口を開く。

 

「本当は先輩にお願いしたいことがあって、今日は先輩の元を訪ねたんです」

 

 そして彼女は息を吸い直す。この場の空気が少し変わる。

 真剣な眼差しで俺のことを見る彼女の口が動く。

 

「先輩。私ともう一度同人サークル作りませんか?」

 空気が変わるどころか、時間が止まった。

 

 柊美雪は俺の目を見て、今日この俺を訪ねた理由、要望を口に出した。言っていいのか少しの間逡巡し意を決したように発したその言葉に、俺は胸を強く殴られたような痛みを感じる。

 過去のトラウマがそうさせているのか分からない。けど一つ確実に言えることがあるとすれば、その真剣な眼差しに既視感を覚えがあるということ。

 

『ねぇ秋葉君。私はあなたを諦めない。あなたの作品を読んだあの時の私の判断は間違いなんかじゃないって織っているから。次こそ成功させるし、今回みたいなことは絶対に起こさせない。だからサークルに戻ってきて』

 

 あぁ、そうだ、思い出した。飛鳥井先輩の眼だ。

 あの時、サークルから逃げ出した俺を引き留めようとしたときのあの眼。

 蒼く透き通り、こちらの考えや気持ちを理解しようと、支えようとしてくれた優しい眼。

 先輩そんな眼で俺を見ないでください。俺があなた達の作品を台無しにしてしまった。

 才能が俺にはないんです。只の凡人でしかない。

 

「あ、あの、秋葉先輩。私、クロノスの先輩のストーリーが大好きなんです」

 

 知ってるよ。さっき葵が教えてくれたから。美雪はお前の味方だって。シナリオを否定することはしないって。力説してくれたよ。あいつは友人に嘘をつかない。全て事実に違いない。それは分かっている。けど・・・

「あの時も今も私はずっとあなたの作品に助けられて──」

 

「ごめん、美雪さん。俺は参加できない。創作活動は一切しないって心に決めたんだ」

 

 誰かの期待を背負うことができない。

 天才と比べられることに耐えられない。

 誰かに批判されることが怖いんだ。

 そして、俺はもう何も創れない。創っちゃいけない。

 だって俺は全てから逃げたんだ。今更そんな資格なんて或るわけないだろ。

 

「そうですか・・・」

 

 俺の返答を聞いて、美雪は蚊の鳴くような声を出す。

 ゆっくりと後ろを向き、部屋のドアに手を掛ける。そのまま中に入っていこうとする。酷く寂しげなその背中に俺は既視感を抱く。どこで見たのか思い出せない。

 そして、美雪が部屋の中に入る直前、俺の耳は「私はそれでも諦めませんから」と低くか細い声が聞こえたような気がした。

 俺は一人残された冷たい廊下で、バクバクと鼓動する心臓を落ち着かせるように大きく息を吐いた。

 

「なんで今更過去のことを蒸し返されなくちゃいけないんだよ」

 

 小さな声で俺は呟く。

 その声は誰にも届かない。

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