俺生産系オタクに戻ります   作:微睡

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7 幕間 柊美雪の独白

 幕間 柊美雪の独白

 

 2024/04/02 20:30

 

 先輩のおうちをお邪魔してから二十分。

 ようやく自宅についた私はそのままお風呂に浸る。久々に家を出て他人と話したから疲労満杯、今日は早く睡魔に襲われること間違いなしだろう。

 ぽちゃんと音を立てながら私は足を簡単にマッサージを行う。

 明日筋肉痛で苦しまない為にも今のうちにね。

 

「うーん、でもやっぱり断られちゃったよね。あのお願い」

 

 一緒に同人サークルを作ってほしいという、先輩にしてみれば不躾なお願い。

 心から申し訳ないと思っているし、嫌がり拒否する先輩の気持ちも十分に理解できる。

 けど、それでも、私は先輩と一緒に作品を作りたい、その気持ちは本物だから、こうして無理なお願いをしている。

 だって先輩の作品は、いや先輩は私を救ってくれた大事な人だから。

        

 *           *            *

 

 五年前、中学二年生だった私は学校内でいじめに遭っていた。

 理由は単純、当時の私が協調性がないタイプだったから。

 中学校に入学した当初は仲良くできていた。

 自分自身、比較的容姿には自信があったし、ただ周りの女の子達と話を合わせていれば、それだけでクラスの中でうまく立ち回れていた。

 だけどそのうちクラスの中で揶揄されたり、からかわれる子が出てきた。

 私は、その子たちを嘲笑うことの面白さが理解できず、けど注意することもできず、ただ曖昧な態度をとることしか出来なかった。

 子供というのは残酷だ。他者を見下し、自分の優位性を示そうとする純粋無垢な獣。

 罪には罰が代償として課される大人の社会とは違い、学校という子供が多数を占める社会は大人が深く介入できない一種の無秩序社会だ。

 ここでは彼らのように、少しでも舐められれば一生笑いものにされる。あいつは嘲笑っても、反抗しない従順な子羊だと狼が味を覚えてしまう。

 そしてまた、その常識を受け入れられない人もまた迫害の対象となる。

 クラスというコミュニティから溢れる、空気の読めないおバカさんとして。

 要するに、私は見下され、排他される対象となってしまったのだ。

 まずは女子の軍団からのシカト、情報を回さないという軽微な意地悪が行われる。

 それが始まりの合図。ひとたび迫害対象が決まれば後は全員が空気を読んで、同じように扱う。だって違う行動をすれば次の標的は自分になってしまうから。

 今の時代、暴力的なものや器物損壊が証拠となることは小学生でも知っている。だからこそより陰湿に、第三者からは見えないようなやり方で行われる。だから親にも先生にも相談できなかった。言っても「からかっただけ」で済まされてしまう。

 見えない空気が人を支配し、その人の行動や思考を操る社会。

 人の顔を見て、他人からどう思われるかで行動を決める社会。

 私はそんな空気も社会も大嫌いで、けど抗うことも諦めて、ただ内申点の為だけに学校に通う辛くつまらない日常を送っていた。

 いっそのこと狼にでもなれたら楽なのに、その決断すら自分で下せない。

 私は愚者は愚者でも高潔で自由の象徴の方ではなく、字面通りの愚か者でしかなかった。

 

 そんな社会も自分自身さえも嫌いになっていた私を救ってくれたのがクロノスだった。

 たまたまTLに流れてきたクロノスの紹介。

 先ほど先輩から聞いた「先輩の先輩」による魅せるPVにシナリオの紹介。

 話を聞いた今今思い返せば、アレは完成されたプロモーションなのだと分かる。ビジュアルノベルなんて全く興味を持っていなかった私にプレイさせるぐらいだ。

 興味を持っても手元になくては意味がない。

 夏コミこそ後のオンライン事後通販で購入し、プレイしたのが中学二年生の秋だった。

 あの時の衝撃は今でも鮮明に脳裏に焼き付き、忘れることができない。

 

 クロノスは先輩が説明した通り王道タイムリープ。

 ただ主人公がタイムリープを繰り返しながら、最初はなんとも思ってなかった記憶喪失のヒロインのことを大事に思うようになり、彼女のことを救おうとするありふれたボーイミーツガール。

 全ての真実を知った主人公は閉ざされた世界を元に戻すには、ヒロインを殺す必要があることを黒幕から伝えられる。黒幕もヒロイン自身もみんなヒロインの死を望む。

 そこで主人公はヒロインを生かすか殺すかで大いに悩み苦しみ、悩み、一つの結論へとたどり着く。ここで何を選び取るかというのがクロノス最大の見せ場。

 結局トゥルーエンドではヒロインを助けるのだが、その助け方が読み手の予想の斜め上すぎてネット上では批判殺到したのは別の話。理論や筋は通っているし、感心している意見も多かったが・・・10の好評より1の不評が目立つように、ネット上で先輩が叩かれる原因となった。

 私的にはぶっ飛んではいるけど、胸が熱くなる展開で大好きなんだけどね。

 

 それはさておき、全員がヒロインの死を望む空気に抗う主人公の姿。

 どんな困難にも決して挫けず、自分の気持ち・信念を曲げない主人公の姿。

 それは私がなりたかった姿そのもので、眩しくかっこよく見えた。

 小さい幼稚園生が仮面ライダーとかプリキュアとかを見て、キラキラと目を輝かせるのと同じだ。「俺もライダーになりたい!」とか「私もあんなお姉さんになりたい」みたいに思い、その姿に憧れる。

 私も同じだ。空気に立ち向かいたいと、私の気持ちを大事にしたいと思ったのだ。 

 何を行うか、決めるのは空気でも周りでもない。私自身だ。

 そう思えたこの時、この瞬間。私の人生は変わった。いや、変えることができた。

 

 *             *              *

 

 そこからの中学生活、確固たる自分を持って彼らに歯向かった。

 悪口をボソっと言われたなら倍返しでお見舞いする。

 連絡や情報が私に入ってこなくても、自分の力で切り抜けていく。

 クラスで孤立しようと舐められようと、自己の尊厳だけは奪わせない。

 クラスの子と仲良くなるなんてことはなかった。けど、相手もこれ以上は無駄だと思ったのかそれ以降、彼らは露骨なことはしなくなった。

 この頃の自己を押し通すやり方では、友達なんてできず、軋轢しか生まなかった。

 だから、これが正解だとは思わない。若気の至りだと今では思う。

 もう少し上手くやりようがあっただろうと。

 周囲と孤立する道しか選べなかった私の弱さだと。

 高校ではこのことを反省し、上手く立ち回るようになったおかげで友達も出来、楽しい学校生活を送ることができた。

 

 それでは、中学の頃を後悔しているかと聞かれると、答えはNOだ。

 少なくても自分の信念や想いは曲げずに済んだ。

 空気に押しつぶされて、他人を貶めるというやりたくないことをせずに済んだ。

 中学卒業をしたとき、心から笑える自分でいれた。

 それだけでも当時の「見えない空気に立ち向かいたい」という選択や想いは間違っていなかったと思うことができる。

 

 私は私の選択を後悔しない。

 正解でなくても、間違っていなかったと証明するために、前に進み続けたい。 

 クロノスが私を変えてくれた。救ってくれた。強くしてくれた。

 私という人間の人生を大きく変えてくれた作品。

 唯のゲーム、それも同人作品なんかに人生変えられるなんて馬鹿じゃないの、そう世間が私のことを非難しようとも、何度だって私は言ってみせる。

 「私はクロノスを愛しているんだ!この気持ちを否定させてたまるもんですか」って。

 

 だからこそ、先輩がネットの誹謗中傷を受けて筆を折ったという事実が私には耐えられなかった。

 

 *         *         *

 

「そろそろ出ようかな、のぼせそうだし」

 

 足のマッサージも済んだことだし、明日に向け準備万端。

 往復四十分のウォーキングぐらいなら余裕だろう。問題はその後なのだが・・・それはまた明日考えよう。あとは野となれ山となれ。神のみぞ知るってやつだ。

 先輩がもう一度筆を取ってもらうのが私の高校生の時からの夢。たとえ、これが行き過ぎた自己中心的な欲だとしても、先輩にだって否定させない。 

 

「私厄介ファンと言われようと、諦めませんから。絶対」

 

 頬を叩いて喝を入れる。浴室の中で反響する私の決意。

 

 浴室の中で反響する私の決意。

 誰にも聞かれることのないそれは、私の中でより一層強固なものとなっていった。

 

 *         *          *

 

 髪も乾かし終わり、明日も朝早いからと就寝する一歩手前。

 お布団に入りながら、また今日のことを思い出してしまう。私の今日の黒歴史は何度でも私の頭の中でリプレイされ続ける。

 

「にしてもあの挨拶は我ながらないなー」 

 

 あの挨拶。先輩に告白してしまったこと。

 緊張していて噛み噛みだったのはまだしも・・・いやよくないけどさ。

 初対面の人に何を言ってしまったんだ、私のバカ!

 それに胡麻化した挙句、先輩の禁句ワードに引っかかる始末。もう少し手順を踏んでから話を進めるつもりだったのに・・・ほんと踏んだり蹴ったり。

 そもそも先輩は私のことを知らない。そんな何も知らない他人から「好きです」なんて言われたら気持ち悪いに決まっている。少なくても私は引いてしまう。

 

「ほんと何やってんだろ。私」

 

 先輩は私のことを知らない。では私はどうか?

 私は先輩のことを知っている。三年間遠くから見つめてきた。

 先輩は覚えてなかったけど、文化祭の時は園芸部の企画展示を見たり、質問したりお喋りもした。クロノスの特典に含まれていた、製作者インタビューで先輩の好きな作品、食べ物、女性のタイプから、シナリオを書くことに対して抱いていた情熱、全て知っている。

 あとはまぁ、兄さんから教えてもらった先輩のSNSのアカウントとかも・・・いや、流石にそんなに覗いてないけどね。

 だって鍵垢の方じゃないし、週三ぐらいでしかチェックしてないもん。

 

 でも言い換えればそれだけの関係。一方通行で、関係性と呼ぶのも烏滸がましいような何か。

 そのうえで、私が先輩に抱くこの気持ちは何なのか未だに私自身理解できない。いやそもそも言語化することがまだ出来ていない。

 もしこの感情を恋だと仮定するなら、それはとんでもなく歪なものに違いない。だって殆ど話したことのない男の子を三年間思い続けるとか歪以外の何物でもない。

 人を好きになるってもっと難しくて、ドラマチックで、甘酸っぱいもののはず!

 

 では何か?

 尊敬か崇拝か。いやそれもまた何か違う気がする。

 好きという気持ちはあると思うが、ただの好意か愛か尊敬か、又は違う何かか。

 いくら考えても結論が出ないこの感情。

 今日一日先輩とたくさんお喋りして、先輩から直にどんな過去やトラウマがあったのかを聞くことが出来た。理想の思い描いていた先輩通りの優しく、それでいて自分に自信を持てないタイプの人なのも分かった。

 でもやはりこの人が好きですか?と問われても私は分からない。

 

  だから、私はもっと先輩のことを知りたい。

 先輩に私のことを知ってもらいたい。

 先輩と仲良くなりたい。それこそ今日の茅野さんと秋葉先輩みたいに仲良く言い合えるぐらいの関係に。

 そして先輩を過去の苦しみから解放し、復活させて、一緒に作品作りあげたい。

 最終的にこの気持ちが愛だと確信できたなら・・・・いや、それはその時考えよう。

 とにかく明日からは先輩の好きな感じのタイプで行こう。

 私がどれ程、陰から先輩のことを見てきたことか。すべて完璧に把握済み。

 

 ふふん、私の分析力と魅力で先輩のこといちころにしちゃいますから!

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