6.
口先では簡単に言うもんだが、実際には上手くいくはずもない。それをグエルは画面越しの嘲笑に実感させられていた。
「アスティカシア高等専門学園を再建させたい?」
「旧べネリットグループで経営していた学園を今更再建させてどうする。議会連合からまた目をつけられる」
「募集する生徒はどうするんだ。また旧べネリットグループの御曹司令嬢を集めたところで、何も変わらんだろう」
口々にそういうジェターク・ヘビー・マシーナリーの株主に、グエルは慎重に言葉を選んで口を開いた。
「生徒たちは優秀な生徒を募集します。旧べネリットグループの子供たちがただ入学をするのではなく。投資してくださった方々は、卒業後その生徒たちを引き抜きという形で自社などに紹介すれば良いのです」
「それだ」
冷たい声がグエルを突き刺した。発言をした株主のひとりはまるで子供を相手するかのようにかぶりを振って口を開く。
「企業の立て直しもできていないのに、投資というのがそもそもおかしな話だ。子供の戯言に付き合う暇もない。こちらは株を手放したって良い」
「っ、」
話は終わりだと次々と回線を切られる。
大きく息を吐きだして、頭を抱えた。この調子ならば投資としての学園再建など到底出来そうにもないし、スレッタがリハビリを完治させる方が早いかもしれない。
「君って表情に感情が乗るタイプなんだね。別にポーカーフェイスが上手ければ世間を渡り歩けるってわけでもないけど」
聞いたことあるような声が、グエルの耳に届いた。
顔を上げて端末を確認すると、それは見た事のある顔だった。しかし、口調がグエルと知っている人物とは違うように思える。
「エラン……?」
「そ。エラン・ケレス。まぁ、君が知っているエラン・ケレスとは別人だけどね。所謂オリジナルってやつ」
クワイエット・ゼロ計画を止める際に聞いたことがある話だった。ペイル社の非道な人体実験とパーメット粒子の人体流入耐久訓練。そうして造られたエラン・ケレスシリーズのオリジナル。
大人しかった四号とは違い少しだけ口数が多く、しかし騒がしかった五号よりは落ち着いている。しかしその瞳は一番腹の底が読めない、そんな印象を持つ男だった。
「まぁ、君みたいな人間は感情押し殺すよりも愚直に頭下げた方が人望は得られそうだけどね」
「それで、なにか」
ジェターク・ヘビー・マシーナリーの保有株数多い株主を集めた会議だったはずだ。
「君の話をもう少し聞こうと思って」
「え?」
「自分で言ったんだろう。アスティカシアを再建したいと。優秀な生徒を集って投資した企業や株主に優先的に斡旋するというのなら、まあまあ乗らない手はない。こちらは現状ただの資産家なのでね。起業するにも優秀な人材を欲してるのさ。だったら、引き抜くよりも育てた方がいいだろう」
ふふん、と画面越しにエラン・ケレスはドヤ顔で主張する。彼は何故か自信に満ち溢れているようで、胸に手を当てて芝居じみていた。
「それに、現状ペイルに手を伸ばしている人間もいるみたいだし、大逃げしないとね。……哀れな娘への小さな贖罪でもある」
「ケレスさん、電波が悪くて……なにか?」
「いいや? 再建への出資は僕がしよう。かわりに優先的に人材は斡旋すること。ジェターク学園長、それでいいかな?」
グエルの返事を待たずに、エラン・ケレスは内容は追ってメールするとだけ言い残すと会議から退出した。
ぽかんとグエルはその場でかたまる。まさかのこぼれ話に、少しだけ浮き足立ってしまったのは、仕方の無いことであろう。
そんな経緯を経て、エラン・ケレスの出資のもとにアスティカシア高等専門学園は復興を果たした。最初の復興して最初の入学生は受験方式にしたが、一年と二年は旧アスティカシア生徒から復学したいものを優先させた。
復学希望者にはセセリア・ドートとロウジ・チャンテの名前はあった。他にも地球寮の面々の名前もあり、別の教育機関への編入するよりも復学する道を選んだらしい。ちなみにミオリネの名前はなかった。三年生ももう一度復学し卒業資格を得るものを集ったが、基本的に一年もあれば解体させられたベネリットグループの立て直しを図るために入学を希望する者は少なかった。名前があるのは二年生・一年生ばかりである。
グエルは一通の手紙をもって、慣れた病室を訪れた。きっかり三回ノックをすると、すっかり病室の主になった少女は落ち着いた声で入室を促す返事をする。
「おはようございます、グエルさん」
テレビでペイル・テクノロジーズを糾弾するニュースが流れていて、スレッタはそれをぼんやりと眺めて掌を握ったり閉じたりしていたが、グエルの入室を確認するとテレビを消した。
スレッタは毎回複雑そうな表情でグエルを迎え入れる。今日はそれを無視して、持ってきた花束を花瓶に活けて、グエルは椅子に座った。
「体調はどうだ」
「今日はリハビリはお休みなんです。体調も問題ありません」
「そうか。なら、これを渡そうと思う」
グエルはその手紙を差し出す。アスティカシア専門高等学園の復学確認書類だった。スレッタは何度も確かめるように手紙に印字されている文字を読み返した。
「再建したんですか、アスティカシア」
「あぁ。来期から授業も始まる。新入生だって入学する。俺は約束を守ったぞ、スレッタ・マーキュリー」
「おかげで私は苦しかったですけどね。リハビリつらくても、この先にまた学校に通えるんだって思ったら、負けられないって気持ちにさせられました」
だいぶメンタルも落ち着いてきたスレッタは、グエルにあたり散らかした記憶を掘り返したようだった。あれ以降、スレッタはリハビリがつらいと泣くことはあれど、だからと言って怒りを顕わにすることはなかった。もしかしたらミオリネには言っているのかもしれないと思ったが、スレッタは「ミオリネは逃げた」と言っていたので、この手の話はしないだろうと踏んでいる。スレッタのやるせない心情を知っているのはグエルだけなのだ。
「俺だって再建には苦労した。――スレッタ・マーキュリー、俺はこれを将来有望な、優秀な生徒へ送りたい」
「……まだ、リハビリは完全とは言えません。長時間ひとりで行動するのはつらいし、反射神経だってずっと落ちてます。パイロット科に復学したところで、パイロット科を卒業できるかなんてわかりません」
スレッタは自分の掌に視線を落とした。しばらく考え込んだ後、口を開く。
「でも、ちゃんと卒業したいです。こうしてベッドにいることの方が多いし、つらいこと、まだいっぱいあると思うけど、でもこの一年のリハビリと比べたらきっと乗り越えられると思うんです」
ぱちぱちと死神が不思議そうに目を瞬かせた。そして穏やかに口元を緩めると、スレッタの髪を撫でる。まるで姉の様な仕草に、この死神はスレッタをどうしたいのかわからなくなる。だんだん元気になるというのに、この幻覚はいまだに消えてくれそうにない。
スレッタはグエルの手から手紙を受け取る。
儚いような、それでも強気な笑みを浮かべていて、グエルの知っている強い瞳のスレッタ・マーキュリーを思い出させた。
「卒業するなら、首席です」
「その調子だ。教員免許もとって、将来へ存分に役に立ててくれ」
スレッタの余生があとどれくらいかだなんて聞きたくなかった。それよりも前向きに生きてほしくてあえて将来の話をする。スレッタもきっとそれに気が付いていて、けれどもグエルの手を取らないスレッタは甘い蜜だけを啜ることを選択したようだった。利用するなら利用すればいい。それくらいの覚悟はグエルはできている。
グエルが手を差し出す。スレッタはグエルとその手を交互に見つめた。しばらくその手を取るか取るまいか迷ったのだろう。グエルが手を引っ込めないのを確認して、スレッタはグエルの手を取った。
握手した手は、グエルが想像しているよりもしっかりと力が入っていた。