2.
診断結果としては全治三週間だった。聞き手の指を固定させた指先をミオリネはじっと見つめる。このままでは仕事はできないので、ほとんどの業務はリリッケとアリヤに任せて、ミオリネはもっぱら物思いに耽っている。
スレッタが望むのであれば、指輪は用意する。豪奢な指輪が良いと、スレッタは言っていた。ベネリットグループの資産を売り払ってはいたが、だからと言ってレンブラン家の資産がなくなったかといえばまた別問題だ。デリング・レンブランという男は抜かりがない男で、ある程度自身の資産を確保するために、ベネリットグループ内のレンブランが経営する非上場企業を一〇〇パーセント子会社として飼っている。ミオリネはそれがわかっていたからベネリットグループの解散を宣言することができた。たとえ解散させて地球に資産売却したとしても、スレッタを生涯養うくらいの資産はあったからだ。
褐色の肌に似合う、豪奢な指輪。さすがに婚約者を連れずにジュエリーショップに顔を出す勇気はなかったミオリネは集めた資料を丁寧に捲る。
「私はもう、間違いたくない」
ぼそりと呟く声が、ひとりの室内に落ちる。
自分がやってきた罪の中には、クイン・ハーバーのことだけじゃなくてスレッタのことも含まれる。ミオリネがプロスペラとエアリアルをスレッタから無理矢理引き離したから、スレッタはクワイエット・ゼロ計画をとめるためにキャリバーンに乗った。グエルが止めようと声を上げたのを、ミオリネは睨みつけて口を閉ざさせた。ミオリネが彼女をガンダムに乗せた。ガンダムに縛られないで生きてほしいと宣いながら、弱い自分を言い訳にして彼女に犠牲を強いた。パーメットの体内への流入を抑えるためのフィルターがない機体に乗せることに反対しなかったのも、スレッタがここまでひどいことになるとは思っていなかったからだ。いつだってエアリアルに乗ったスレッタは大丈夫そうだった。それが、初めて同調訓練をした時に辛そうな悲鳴をあげているのを見て自分の選択がまた間違えたことを突きつけられた。
「私がここまでこれたのは、ミオリネさんと出会えたからです。これは間違いなんかじゃありません」
その言葉はミオリネを奮い立たせる一言だった。自分がしてきた行いをすべて否定されて閉じこもっていた自分を奮い立たせる一言。魔法のような言葉で、ミオリネの背を押した一言だ。
その言葉を、スレッタを裏切らないためにも、ミオリネは彼女に尽くさなくてはならない。悲劇のヒロインぶっていても、白馬の王子様はミオリネの前にはもう現れないのだから。
「飽きないね、ミオリネも」
スレッタよりも濃い肌の色をしている男が、以前であれば着崩した服で前開きの服でもないのに上半身を露出させていた男が、ぴっちりと服を着こんでいる。
それが誰かの前に出るためにしっかりしている格好をしているのではなく、誰の目にも触れずに牢に閉じ込められているのだから、ミオリネとしては気が喰わない。
「飽きないわ。あたしは大切なものを守るって、罪と向き合うって決めてるの」
「その結果がその指先の包帯?」
シャディクは揶揄いながらミオリネの指先を痛ましそうに眺めた。決して手を伸ばしたりはしない。きっちり机一つ分。それが今ミオリネとシャディクの距離だった。
「なんだっていいでしょ。不注意で指を挟んだのよ」
「よくはないでしょ。誰なんだい、って言っても、俺はもうミオリネを守れないからね。気を付けなよ」
「どうして嘘ついたの」
面会に来るたびに毎回問いかける言葉だった。シャディクはクワイエット・ゼロ計画も自分の立案だと聴取で自白した。司法取引をしたとは言え、振れば出てくる罪とやらに、公判は時間をとっている。
プロスペラが稼働させた計画は、結局は状況証拠しか残っていなく、クワイエット・ゼロ母艦そのものもパーメット粒子の分離による解体で物的証拠は残っていない。その為、プロスペラは罪を償うことなくスレッタの近くにいる。それがミオリネにとって正しい事かどうかはわからなかった。けれども、あの母子を引き離すことは、もうミオリネには二度とできないのだろうと同時に思う。
「嘘なんてついていないさ。――それよりも、ザビーナたちはどうなんだい」
「……一応、まだ先だけど出所はできる方向で話は進んでいるわ。出てきたら秘書として株式会社ガンダムで雇うつもり。秘書というよりは、ボディガードとしての側面が強くなりそうだけど」
「パイロット科からね。体術も自身がある子たちばかりだ。有益に使ってほしい」
フォルドの夜明けのことについて話す代わりに、罪を軽くする。シャディクにとっては屈辱な取引だったはずだ。身内を売ることである。実際にシャディクが取引したことで、格差問題の火薬庫となっているクイン・ハーバーを拠点としているフォルドの夜明けは少しずつ逮捕者が出ているし、テロ組織は思ったよりも大きな組織として、解体への着手への道を模索している最中だった。変に手だししても戦争の火種になることは分かり切っている。
シャディクがそれでもフォルドの夜明けについて話したのは、一途にミオリネを信頼してくれてだからだと、ミオリネは勝手に思っている。
「時間です」
無機質に刑務官は声をかける。シャディクが面会できる時間は短く十分ほどしかない。
シャディクは肩をすくめて立ち上がる。
「さようなら、ミオリネ・レンブラン」
二度とここに来るなというように、シャディクはいつもそう言い残して部屋を後にする。その割にはいつでもきていいよとでも言うように、今まで見てこなかった穏やかな顔で言うのだから質が悪い。
「あんたの冤罪だって、晴らしてやる」
しまった扉に向けてミオリネはつぶやく。その声をきいてるものは勿論いない。