4.
「ミオリネさん、エリクトを連れてって欲しいんです」
スレッタに呼び出されたミオリネは病室に入るとスレッタにそう告げられる。
「エリクトを?」
「はい。私の傍にいてもまだ退院できる見込みはないし、色々なところを回れる方が楽しいと思うんです」
『はぁ? ミオリネとなんて絶対嫌だけど。ねぇスレッタわかってる? ボクがミオリネの傍にいたって部屋は片せないし朝も起こさないけど。ボケてるの』
エリクトの冷笑まじりの声にミオリネは頬を釣り上げた。
『嫌だって言ってるでしょ』
「だからお願いって言ってるんだよ」
『スレッタがしたい事は重々承知してるけど、それってボクには関係なくない? 巻き込まないでよ』
「関係あるもん」
軽口と言うには殺伐としていた。エリクトは珍しくスレッタにも冷たい声をかける。
ミオリネは黙って拳に力を入れた。爪が手のひらの肉にくい込んで、僅かな痛みを感じる。
そうだ。目が覚めてからと言うものの、スレッタの言動はミオリネの意見を求めていない。決まっていることをお願いのように言い回しているだけ。
婚約者の可愛いわがままだとミオリネは思うことにしているが、それはそうとして、エリクトは正直連れて歩きたくなかった。また酷いことを言われたらキーホルダーをゴミ箱に捨てるのは容易に想像がついたからだ。
『いや関係ない』
「関係ある」
『じゃあどう関係するのか説明してみなよ』
「なんの話をしているんだ」
『うわ、今日も来たよ崇拝しに』
病室に顔を出したグエルがミオリネとエリクトを無視してスレッタにのみ顔を向ける。それに対してスレッタの自分には向かない穏やかな表情で向かい入れて、ミオリネの苛立ちを募らせた。
「ミオリネさんこれから出張が多くなるので、浮気……不倫防止にエリクトに見張ってもらいたいなって思うんです」
「浮気なんて、しないわ」
『ボクはスレッタと一緒にいるって決めてるし、ミオリネとなんて絶対嫌だ』
「こうしてわがまま言うんです」
『わがままじゃなくて真っ当な意見だけど』
「いいんじゃないか。嫁と小姑で一緒に居れば。家族になるというなら、仲も深まるだろう」
「そう、そうですよ。カゾクになるんですから、仲良く交流を深めてください」
「あんた……!」
グエルが皮肉に、ミオリネは思い切り顔を歪めてグエルを睨みつけた。
スレッタがミオリネを選んだのだ。それに文句を言うのであれば、ミオリネではなくスレッタに文句をいえばいい。好きな女に文句も言えない意気地無しに、皮肉など言われる覚えは断じてない。
『ふぅん。かぞく、カゾク。家族、ねぇ』
エリクトは吐き捨てるように言い放ったあと『――いいよ』と一転して、エリクトは年長者らしい落ち着いた声を出した。
何が彼女の翻すきっかけになったかはわからなかったがどうやら引き取らないといけないらしい。ミオリネには受け取らないという選択肢は思い浮かばなかった。スレッタの失望したような顔は、ミオリネの心臓をひやりとさせるからだ。
『スレッタのやりたいこと、理解した。――つまりはそう、ミオリネがスレッタの立派なお嫁さんになれるように、見張っていてほしいというわけだ』
「うーん、そうじゃないけど……。でも少しそうかも」
「なんであたしが呪いのキーホルダーを身に着けてないといけないのよ」
それでも最後の抵抗として、ミオリネは苦渋の表情で最後の抵抗としてスレッタに尋ねる。けれどもスレッタはにっこりと笑うだけだった。
「通信機器を地球寮の皆さんが作ってくれたんです。だから、ずっと今のような大音量のエリクトの声が響くわけじゃないですよ」
少しだけ胸を張って答える。銀色の小さな装置だ。骨伝導技術を使っていそうなものである。
「……あんたがそう望むなら、それでいいわよ。スレッタの婚約者だから、あたし」
そう自分に言い聞かせなければ納得できそうになかった。
ミオリネはエリクトの入ったキーホルダーと通信機器をスレッタの手の中から乱雑に奪い取ると「あんたはいいわよね」とグエルに吐き捨ててスレッタの病室を出て行く。
その実悔しい思いにかられる。グエルは自分で言っていたように毎日病室に来ているようで、自然な形でスレッタを受け入れいていた。スレッタは自分を受け入れてくれたはずなのに、なんでグエルも自然な形で受け入れているのか。
『さっきはああ言ったけど』
「なによ」
『ボクは君を許していない。スレッタがああ言っただけで、調子に乗らないでよ』
「乗ってない」
『どうだか。……愚かな君のその小さい腕で、全部抱え込めるといいねぇ』
嘲笑うような冷笑がミオリネを突き刺す。なぜそんなことを言われなければならないのか、ミオリネには全く理解できなかった。
「そうか。シャディクが……」
「もう少し時間がかかると思うけど、そんな形にはなると思う。それで、出所したらなんだけど――」
ミオリネはサビーナへシャディクが司法取引した旨を伝えた後に、これからの話をする。
出所したらボディガード兼秘書として株式会社ガンダムで全員雇う。エナオとサビーナには特に秘書として役割も担ってもらいたい。そんなことをつらつらと話した。
「私たちは全員、アーシアンだ」
サビーナがぼそりと呟いた。ミオリネは言っている言葉の意味が理解できなくて「は?」と返す。
「スペーシアンとアーシアンの格差問題に尽力したいという気持ちはわからなくはない」
「何が言いたいわけ?」
「いや、まだまだ子供騙しだなと。ガンド医療の研究を進めてそれをアーシアンに還元する。優先的に取引をする。それでアーシアンの孤児たちが少なくなり、笑顔が増えるならそれでいいがな」
「喧嘩売ってるわけ? そういう未来をあたしたちが作るの。シャディクも出所したら、協力させるわ」
「……格差とはなんだろうな、ミオリネ・レンブラン」
サビーナの唐突な問いにミオリネは片眉をはね上げた。こちらが協力を申し出ていると言うのに、人を馬鹿にしているような態度がミオリネを腹立たせた。
「貧困問題でしょ。それを解決するのよ」
サビーナがミオリネを見極めるように上から下まで見つめる。
ひとつひとつの仕草がミオリネの癇に障る。まさか協力する気は無いとか言い出すのではないだろうか。
「確認だが、シャディクがそうしろと言ったんだな」
「そうよ」
「……わかった。手伝おう」
「文句言わずに働きなさいよね。うち今薄給なんだから」
「格差、ね」
ミオリネはぎろりとサビーナを睨みつける。呆れたように肩をすくめられた。ミオリネが椅子を蹴り飛ばすようにして立ち上がると「帰るわ」と言い残してサビーナに背を向けた。どの仕草においてもミオリネの苛立ちを助長させる。とどめと言わんばかりに部屋を出る直前に大きなため息が聞こえて、壊す勢いで扉を閉めた。